表紙 はじめに 作品リスト 作品紹介 ■街のあかり ■過去のない男 ■白い花びら ■浮き雲 ■愛しのタチアナ ■ラヴィ・ド・ボエーム ■コントラクト・キラー ■マッチ工場の少女 ■レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ ■真夜中の虹 ■パラダイスの夕暮れ リンク |
■ 愛しのタチアナ Pida huivista kiinni, Tatjana (Take Care of Your Scarf, Tatjana) …1994/フィンランド 60年代、フィンランドの片田舎。仕立て屋のヴァルト(マト・ヴァルトネン)は、コーヒーが切れていたのに腹をたて、母親を物置に閉じ込めて家を飛び出した。修理の済んだ愛車に整備工のレイノ(マッティ・ペロンパー)を乗せ、一路試運転と繰り出す。 食堂で出会ったのは、ロシアから来たクラウディア(キルシ・テュッキライネン)と、エストニアから来たタチアナ(カティ・オウティネン)。バスの故障で立ち往生している二人を乗せ、クルマは再び走り出す。 食事をしたり、お茶を飲んだり、ホテルに泊まったり、しかし言葉の壁も手伝って、傍からみればずいぶん殺伐とした旅。 やがて四人は港についた。さて、これからどうするか… 冒頭、スカーフを巻いた女の子をバイクに乗せ、風を切って走る若者たち。きっと「タチアナ、スカーフに気をつけな」(原題)とでも後ろに声をかけるのだろう。しかしこの映画に出てくる二人ときたら… 四十すぎて母親に頼りきり、コーヒー中毒でカップを持つ手も震えているヴァルトと、髪にグリース、「ジミー」と書かれた皮ジャン、ぴかぴかの靴でロックンローラーを気取ってみても、老眼鏡がなければサインもできないレイノ。ヴァルトの前では「ラップランドなんざ、トナカイしかいない」「女をさがすなら南部だぜ!ハハ!」などと軽口を叩き、ワルを気取ってみせるが、女性の前では全く口を開かない。レストランで彼が思い切って披露する「チェコの遺跡のジョーク」の絶望的につまらないこと… 彼等がクルマで旅に出たのは、きっと、同じことの繰り返しから抜け出すため。でもこんなに無口なんじゃあ、「タチアナ!」と語りかけられる日はくるのか?と心配になってしまうのですが、そこはそれ、アキ映画なので、男と女がいればそこに恋がめばえます。 レイノははじめからタチアナが気に入ってたようで、初対面の際、クラウディアがロシア語で話しかけると笑い飛ばすのに、タチアナに替わったとたん「じゃあ乗れよ」と神妙顔になるのが可笑しい。 そうはいっても…音楽が流れても、男たちは微動だにしないので、女二人でペアになって踊る。タチアナが遅ればせながら自己紹介をしても、何の言葉も返ってこない。めずらしく男たちがはしゃいでると思いきや、そこは工具屋の前…(整備用のレンチや、ミシンに使うベルトなんかが置いてある) 思春期に入った小学生の「男子」「女子」並みに、同じ場にいながら完璧に別行動をとる彼等。 でもある日、レイノは思い切ってタチアナの隣に座ってみる。すると彼女は頭をもたせかけてきた。肩に手をまわすレイノ。二人の心は通じ合っていたのだ。 私が一番好きなのは、ボンネットを開けて何やらいじくっているレイノを写真におさめるタチアナのはにかみ顔。なんて可愛らしい、恋する女の顔。 「食事に行こう」と男二人でさっさと部屋を出ておきながら、着いた先ではちゃんと「食券4枚」を注文するヴァルトとレイノもいい。女たちのほうも、しっかりキレイな服に着替えて出てくるし。 「おい、外国に行ったことあるか」 「ない」 「金持ってるか?オレはもうない」 そして、ヴァルトのなけなしのお金で二人は… この映画、小道具の数々もとても楽しいのです。 レイノの皮ジャンやパンタロン(ふつうのジーンズの裾を切って、白い布をあててある!)はもちろん、「ジョニー・キャッシュ」(原語では「アンニッキ・タハティ」…フィンランドの国民的歌手)、ヴァルトのクルマについているレコードプレイヤー(あんなの見たことないけど、ほんとにあるのかな?)、専用のコーヒーメーカー、タチアナが首からさげたカメラ、4分の1切れのサンドウィッチ… おそらく、アキ自身の少年時代の思い出も詰め込まれているのでしょう。愛の、これもひとつのフーガ。心あたたまる一作です。 (そして、マッティ・ペロンパーの遺作でもある。合掌…) (04/07/06) |