表紙
はじめに
作品リスト
作品紹介

■街のあかり
■過去のない男
■白い花びら
■浮き雲
■愛しのタチアナ
■ラヴィ・ド・ボエーム
■コントラクト・キラー
■マッチ工場の少女
■レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ
■真夜中の虹
■パラダイスの夕暮れ

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アキ・カウリスマキ

■ パラダイスの夕暮れ
   Varjoja paratiisissa (Shadows in Paradise)…1986/フィンランド

ニカンデル(マッティ・ペロンパー)はゴミ清掃車の運転手。LL教室で英語を習い、卵を焼いてひとり窓の外を眺めながら食べる。
スーパーのレジ係イロナ(カティ・オウティネン)と知り合った彼はデートに誘うが、一張羅でキメたものの、ビンゴ屋(皆が机に向かって黙々とビンゴをやっている)に連れて行き大失敗。ところが翌日、リストラされたイロナは彼を頼ってやってくる。一緒に暮らし始める二人。
しかし高級ブティックに職を得たイロナは、ゴミ職人のニカンデルを疎んじるように。店長と出かける彼女を横目に、精一杯強がるニカンデル。

いつものLL教室。流れる例文。「傷ついたり、完璧でないものも、また楽しいものなのです。恋とはそんな、おかしなものなのです」。訳してニカンデル、「傷つけられても、短所があっても、愛していればすべてが楽しい。おかしなものだ、おかしくて楽しい、恋って…」そして、ヘッドフォンを置くと彼女のもとへ…


パラダイスの夕暮れ


マッティ・ペロンパーとカティ・オウティネンが初めて共演した、アキの長編第3作。発表当時、ジム・ジャームッシュは「最も美しい映画のひとつ」と絶賛したそうです。

冒頭、ピアノが奏でるジャズの調べとともに青い扉がひらくと、現れるのはボルボの青い清掃車。そこで働くニカンデルたちの制服も青。いつも「青」がしっとりと輝いているアキの世界にひきこまれてしまいます。
いっぽう、イロナが勤めるスーパーの制服は鮮やかな赤。青と赤が出会う。ボーイ・ミーツ・ガール。
あらすじからもわかるように、ほんとにただの「男と女のゴタゴタ」を描いたメロドラマなのですが、なんともいえない雰囲気が漂っており、観るたびに胸がいっぱいになってしまいます。

アキ映画にタバコは必需品ですが、この作品の登場人物が最もヘビースモーカーなんじゃないかな?皆、とくにイロナはひっきりなしにタバコを口に運んでいます。
海辺でニカンデルに押し倒された彼女は、それでも左手に火のついたタバコをしっかり持ったまま。いっぽう、イロナにドタキャンされて落ち込んだニカンデルは、手からタバコを落としてしまう…アキ映画のキャラがタバコ手放すなんて、相当のショックに違いない。



「先のことなんてどうでもいいの」「私は天気のように気まぐれ」と言うイロナは、その後のカティが演じるキャラクターとはちょっと雰囲気を異にする女。アキ映画にしては、髪型も華やかだ。
しかし、ニカンデルを袖にしておきつつも、同僚が彼のことをわるく言うと「あんたが連れてるような、道路でガムも食べられないようなキザ男とは違うわ」と言い返す。
いっぽうマッティ演じるニカンデルは、例によって実直一本槍のぶっきらぼうな男。しかし好きな人が来るとなればいそいそ料理を用意する。旅先では「ルームサービスです」と朝食を手に登場(本人はジョークのつもりなんだろうけど…)。なかなか可愛いところがあります。
それにしても、レストランでの会話

「…なぜ私といるの?」
「俺には理由なんてない。
 あるのはただ、この名前と、ゴミ集めの制服、
 虫歯に病気の肝臓、慢性胃炎…
 いちいち理由をつけるぜいたくなんて、俺にはない」
「…ちょっと聞いてみただけよ」
「喋りすぎた」
「…冷えるわね」
「そうか…俺は感じない」


マッティ、しぶすぎる。
アキ映画には、こうして労働者が自らの境遇を主張するセリフが唐突に出てきて驚かされますが(愛する人の国外逃亡に着いていく際、「労働者階級に祖国はないのよ」とマルクスを引用?する「コントラクト・キラー」のマーガレットが断トツ)、この映画ではまだまだ取り入れ方がこなれてないというか、こういうところは青い、青臭いかんじがします。アキまだ20代。



ラスト、二人が船で旅立つときに流れる曲が素晴らしい。
フィンランドのムード歌謡を「イスケルマ」というそうですが、その曲調と、言葉はわからずとも朗々と歌われる詩が胸にせまります。

この心にいつわりなんてないけれど
本当はわかってる すべて幻、見果てぬ夢
だけど、離れているとこんなにも君がいとしい
昼も夜も 僕だけを見てほしい
でもわかってるんだ
君も僕も知っている 燃え尽きたら、もう戻れない
待っているのは 辛く苦しい、現実という旅路
僕を見て でもそれだけじゃだめなんだ
この闇に負けない心を 明日の涙を吹き飛ばそう

急がないで 大切なのは、今の君と僕
太陽が涙の雲に隠れてしまう前に、美しい世界を二人でゆこう


ゴミのトラックで港へ向かう。待っているのは「small potatoes」しか食べられない暮らしかもしれない、それでも、美しい世界めざして、愛し合う二人はゆく。




ちなみに、前年の「カラマリ・ユニオン」に続いて、アキ自身もホテルのフロント係として出演しています。まだ痩せている!(笑)
(「カラマリ・ユニオン」のアキはものすごい美形なので(髪型はオヤジだけど)、今現在の彼しか知らない人は、見たらびっくりするかも…)



(04/07/06)