表紙
はじめに
作品リスト
作品紹介

■街のあかり
■過去のない男
■白い花びら
■浮き雲
■愛しのタチアナ
■ラヴィ・ド・ボエーム
■コントラクト・キラー
■マッチ工場の少女
■レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ
■真夜中の虹
■パラダイスの夕暮れ

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アキ・カウリスマキ

■ 浮き雲
   Kauas pilvet karkaavat (Drifting Clouds)…1996/フィンランド

「この世界を しあわせの紙でくるんで
 ちいさなベルとリボンを添えて
 ぼくの愛するあの娘、すばらしいあの娘に贈りたい

 ひとり寂しく みあげる旅の空
 天よ聞いて ぼくの願いを
 歌ってほしい、甘いセレナーデ
 ぼくの愛するあの娘、すばらしいあの娘に」


ピアノの弾き語りに重なる食器の音、ここはイロナ(カティ・オウティネン)が給仕長を勤めるレストラン。だが時代遅れの店は大手チェーンに乗っ取られてしまう。時同じくして夫のラウリ(カリ・ヴァーナネン)も市電の運転手をクビになり、ふたりは揃って職探し。
しかし誰も彼もが精いっぱいの御時世、そうそう仕事はみつからない。ソファとテレビのローンを抱え、クルマ売ったりバクチに出たり、がんばるものの道はけわしく…


浮き雲


冒頭、仕事を終えて市電を待つイロナの表情(この時点ではやってくる電車を運転しているのがダンナだということはわからない)にまず、ああすてきな映画になりそうだ…と思わせられます。二人を乗せた電車が夜道をゆく様はまるで貸し切った夢の遊園地のよう。
閑散とした風景、それに続く全篇がそんなふうに感じられるのは、いつもに増して色遣いがきれいだから。アキのどの作品も彩るあの青に、ふたりが暮らす部屋のソファやイロナのコートの暖色が映えている。カウリスマキが青と赤にこだわりをもっていることがわかります。

寡黙なカップルの何気ない仕草や言葉、表情から、愛がしみじみ感じられるのもいつもと同じ。
帰宅したイロナのコートを脱がせてやるラウリの無骨ながらも慣れた手付き、その後目隠しした彼女を居間に連れて行くと、そこで待っているのは箱から出したばかりのソニーのテレビ!
しかし一日働いた二人は「テレビ」は見てもテレビ番組は観ずに寝てしまう。本棚を買ってもそれ以上のお金がないから、本も買えない。

それから、毎度のようにこの二人も犬を飼っており、映画館、レストラン、どこへ行くのも一緒。食事だって、生活が苦しくてもちゃんとソーセージを分けてやる。そのお返し?に犬も立派に演技しています。映画の帰り道にふたりがウィンドウをのぞきこむシーンでの彼の演技は、賞賛に値する…(笑)



これもカウリスマキを初めて観る人に勧めやすい作品のひとつです。なにせハッキリしたハッピーエンドだから。位置的には「失業三部作」の第一作になるのですが(第二作が今年公開された「過去のない男」)、初公開されたときにはこれがカウリスマキ?とちょっと意外なほどの感動をおぼえました。たしかに(いつものように)最後の最後まで不幸の連続ですが、全体に流れるゆったりしたあたたかさというか、年代順にみていくと、これまでにはなかった心の余裕のようなものが感じられます。
そもそも「浮き雲」は、カウリスマキ映画の看板役者だったマッティ・ペロンパーを主人公に想定して書かれた作品。しかし彼は突然夭折してしまった。そのことも何らかの影響を及ぼしてるに違いありません。
(ちなみに彼はこの映画に写真でちゃんと「出演」しており、エンドクレジットには「マッティ・ペロンパーに捧ぐ」とある)

ラスト、ふたりが開く店の名前は「レストラン:仕事(英語だとwork?)」。仕事がないのに散々泣かされた二人がこんな命名するだなんて、直球すぎて可笑しいやら泣けるやら。
前述のように、ふたりはテレビも本もほとんどみない。現代日本の私たちから見れば、あまりにも「何もない」家でゴハンを食べ、お茶を飲み、仕事に出かけ、たまには映画など観に行くけれど、だいたいは帰ってきて寝るだけの毎日。それでも仕事に誇りを持ち、犬をかわいがり、喜んだり悲しんだりしながら生きている。生活のための仕事、生活のための生活、のなんと貴くせつなく美しいことか。

ところで、イロナがケン・サロ・ウィワ(ナイジェリアの活動家・作家)の処刑を告げるニュースをラジオで聞くシーンがあるのですが、これはアキが「観客がそうした出来事を忘れてしまわないよう」意図的に映画に挿入したのだそう。「マッチ工場の少女」の天安門事件の映像も同じく。こういうところから彼の映画に対する意識…すなわち、映画に社会的な存在意義を持たせようという意識…をみてとることができます。



(イロナとスヨホルム夫人、再会を祝してバーにて)

「もう4杯目です」
「人生は一度きりよ」


カウリスマキもそう思って飲んでるのかな…(笑)



「空に浮かぶ雲に 君は手をのばす
 流れ行く雲は まるでぼくの心のよう…」
   (Pilvet Karkaa, Niin Minakin/雲のように私も生きたい
        ――ラストシーンより)



(03/08/25)