表紙
はじめに
作品リスト
作品紹介

■街のあかり
■過去のない男
■白い花びら
■浮き雲
■愛しのタチアナ
■ラヴィ・ド・ボエーム
■コントラクト・キラー
■マッチ工場の少女
■レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ
■真夜中の虹
■パラダイスの夕暮れ

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アキ・カウリスマキ

■ 真夜中の虹
   Ariel…1988/フィンランド

「ここには仕事がない。でも南へ行ってどうなる?皆そこでゆきづまるだけだ。おれは別の方法で解決するが、マネはするなよ」
フィンランドの北の果ての炭鉱町。ともに失業した父親に自殺されたカスリネン(トゥロ・パヤラ)は、形見のキャディラックでヘルシンキにむかう。強盗に遭って全財産をうばわれる。港で日雇い仕事につく。子連れの女性に出会って恋におちる。強盗をみつけたのでぶちのめそうとしたら連行される。刑務所に入れられる。同室のミッコネン(マッティ・ペロンパー)と脱獄する。国外脱出の費用稼ぎのため銀行をおそう。ミッコネン斡旋屋に刺される。
南へいってもダメなら、もっと南へ行けばいい!カスリネンは果たして、幸福への切符・真夜中の虹を見ることができるのか?


真夜中の虹


カウリスマキ作品を初めて観る人には、とっつきやすくていいかもしれません。70分そこそこにしてこの波乱万丈ぶりだし、のちの作品に通じる要素がバランスよくおさまってます。
カスリネンが飲みにいくシーンは「マッチ工場の少女」、裁判のシーンは「過去のない男」なんかを思い出させる。アキ映画はとても記号的で、強盗に入る先は銀行だし、金なくなったらクルマ売りに行くし、恋はみなひとめ惚れ。
そういう「お約束」を活かして楽しくみせるのが腕というもので、この作品も非常に洗練されたつくりになってます。以前書いたように、アキが目指すのは「言葉がなくても通じる映画」ですが、その通り、カスリネンの表情によって「父親の自殺」が、ガラスの割られるショーウィンドウによって「カスリネンとミッコネン、脱獄後の服を調達」が、ナイフを持つ手によって「ミッコネン刺される」が…あげればキリがないけど、そうしたカットの積み重ねで物語がわかりやすく進行していく。えらくポップな印象を受けます。

カスリネンは古いラジオを持っており、作中ではおもにこのラジオから流れる音楽がBGMになります。北の町にいるときは演歌っぽいの、ヘルシンキに出てきてからはロックンロールぽいの。このラジオはデートに脱獄にと大活躍してくれる。デートといっても、殺風景な海辺で寝転がってラジオ聴くだけなんだけど。



刑務所ではじめて顔を合わせたカスリネンとミッコネン。おもむろに無言で手の運動(なんかペンチみたいな器具あるでしょ、あれ使って)をしてみせるミッコネン。その後タバコを投げてよこして一丁あがり、心が通い合う。
タバコひとつで男同士の友情が…というのは昔から映画によくあるシーン(といいつつ今思い出せるのは「スケアクロウ」くらいか)。アキ映画ではたとえば「パラダイスの夕暮れ」のニカンデルとメラルティンもそうでした。でもっていったんタバコにありついたら皆、灰おちないかハラハラするくらいくわえっぱなし。オトコだわ。

それにしてもマッティ・ペロンパーは素晴らしい。アキの言を借りれば「カメラに愛されてる」。何度みても笑える男気にあふれたケーキの食べ方、死ぬときは「ゴミ捨て場に埋めてくれ…俺は寝る」だもん。でもって手元のボタンを押すと、カスリネンがいくらがんばってもびくともしなかったクルマの幌がウィーンと…(笑)
この幌のシーンみると、生きてれば笑えることも泣けることもゴチャゴチャ混じってるんだよなあ、人生って、映画ってそういうもんだよなあ、と思わされます。二人が斡旋屋と車内で話してると、いきなり相手がワイパー動かしたり。なんなんだ?でもそういうことってある。
トゥロ・パヤラももちろんいいです。サングラスかけて30メートルくらい離れて見ればあれ、鮎川誠?といった風情。でも一歩動けばカウリスマキ・キャラ以外何物でもない。

カスリネンと恋におちるイルメリの息子。8歳くらいかな。この子がまた可愛いんだ。幌のしまらないクルマに乗って「気持ちいい風だね!」なんて言うのが泣ける。
結婚初夜にはカスリネンに寝室からしめだされてしまうのですが、オモテに警察の車がくるとちゃんと父親に教えるの。「警察がくるよ、パパ」



そして、私の大好きなラストシーン。
白み始めた空、海にうかぶアリエル号めざして、三人(+運び屋のおにいちゃん)を乗せた小船がゆく。汽笛に重なって流れるのはフィンランド語の「Over the Rainbow」。

「大空の虹のはるかかなた
 そこにはむかし聞いた夢の国がある
 大空の虹のはるかかなた
 そこでは空はいつも青く
 あなたの夢はきっとかなう」


しかし、彼等はまだ船に着いてすらいない。もしかしたらミッコネンみたいにやられちゃうかもしれない。船に乗れたとしてもその先どうなるかわからない。この曲は物語の最初に流れるべき曲だ。でもこれで終わってしまう。
まあ映画は、物語は、いつか終わらなきゃならないんだけど。

彼等は虹を見ることが、越えることができたのか?
それはわからないけれど、夜の海をゆく3人を見てるだけで胸がつまって、涙がこぼれそうになります。

ちなみに原題は「Ariel」。邦題もすごくいいよなあ。



(03/05/27)