Oct 27, 2004 [去年の今ごろ]
2004/10/27(Wed)
情報が入ってきた
4日目に入り、朝は家でテレビを見ながら朝食を食べる余裕が出てきた。ときおり上空をヘリコプターが通り、その度に家が揺れるのが地震を思い出させてこわい。
家に入れるようになると、テレビやインターネットを利用して情報を手に入れることができるようになってきた。テレビのワイドショーではマスコミの方々が危険区域に立ち入って被害状況をしきりにレポートし、スタジオの人が同情の目でコメントをする映像が流れていた。そんなのを見てすこし腹が立ったり。 取材に力を入れるあまりに災害救助のじゃまをするようなことだけは起きてほしくない。
そんなテレビで見た小千谷の土砂崩れの映像にゾッとした。土砂崩れの現場が、私が十日町に行く際に利用することもある道路だったからだ。今後、余震が収まり活動可能な範囲が広がるにしたがって地震の被害を目の当たりにすることになりそう。そう思うと気が重い。
今回被害に遭われた方ができるだけ早く普段の生活を取り戻せることを願います。
情報が入って安心した
今回の地震が起こって4日が経ち、長岡地域での余震が収束に向かっている(気象庁によればまだ要注意)ことにより地震発生当初のような不安は解消されてきた。
余震の減少以外に不安を解消する要素となったのが情報だった。例えば一つ、ラジオの地震情報。夜、車の中で生活していると今何が起こっているかを知ると少しでも安心することができる。ラジオを聞いているだけで他人と恐怖を共有していた気がした。その他に、見聞で得られた情報がある。ローソンに物資(商品)が大量に運び込まれたのを見て安心したのだ。
私は地震発生当時ローソンで店番をしていた。それからの二日間は店の手伝いをしており店の状況をほぼリアルタイムで見ることができた。
当日はコンビニで
まず当日は地震直後に停電があり、レジにロウソクを灯し営業を続けていた。
日曜日の夜
次の日の夜に訪れたときも停電は続いていた。そして店の災害用品とカップラーメンなどの食料はほぼ売り切れていた。昨晩は客が押し寄せていたので当然か。驚いたことにおにぎりだけは大量に在庫があった。話を聞けば、発注はしなくても本部が支援として配送してきたとのこと。当時は避難所などで食料が不足していると認識していたため、あるところにはあるんだなと関心と疑問を抱いた。その日、私が帰宅する直前(10:40ごろ)に電気は回復した。
月曜日の夜
月曜の夜は本来バイトの予定がなかったが店長から電話で、商品の入荷があるので品出しを手伝ってほしいと言われたので行ってみた。通常時の配送時間から2時間ほど送れて荷物が入荷した。通常時より配送時間が遅れたのは道路状況に加えて入荷した品物の量にあったようだ。
からっぽになった棚を埋めてあまるほどの大量の入荷。こんなものどこから持ってきたんだろうと驚く。これだけ物資があるなら店頭で売らずに物資が足りないところに直送してしまえばいいのにと思ったくらい。
これだけしっかりした物流体制を見ることで大きな安心を得ることができた。
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