私の「アーサー王伝説」入門(5)  
    ラフカディオ・ハーンのThomas Malory
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    アーサー王伝説の大成者、トーマス・マロリーの『アーサーの死』に対しラフカディオ・ハーンが絶賛しており、日本の学生に読むことを強く勧めています。  

  
 

ラフカディオ・ハーンのThomas Malory

 A History of English Literature1954年版)by Lafcadio Hearnより

 P113115の訳   *訳注

   この講義の最初に申し上げたように、次の大きな出来事はロマンス(*中世騎士道物語のよう文芸作品)の終焉である。ロマンスは戦争における火薬の使用で終わったと言われている。君たちは覚えていると思うが、あの完璧なバイヤール(*Bayyard フランス中世末活躍した大胆不敵、勇猛果敢な騎士)が砲丸で背中をやられ、死にかかったとき、なんと叫んだか。「もう騎士道はおしまいだろう」と。しかし、火薬や他の外的な事柄でロマンスは終わったのではない。バイヤールの予言にかかわらず、騎士道は真の紳士の中に生き続けるであろう。ロマンスは自らを使いつくして死んだのである。それは、自然で、極めて幸せな死に方であった。イギリスにおけるその最後の作品 ― 中世精神(中世ロマンスのことを言っているのだが)の最後の偉大な作品は、あらゆる時代や国の全ロマンスの中で最高であると言われてきたのは正しい。それは、散文で書かれ、タイトルは『アーサーの死』Morte d’Arthur  by Sir Thomas Maloryである。

  我々はトーマス・マロリー卿ついて何も知らない。エドワード・ストラチー卿や他の人もそれについて書いているけれど。彼は、その人物に関する限り、ただの幻である。

しかし、1470年にこの本を書いた紳士が誰であろうと、彼が、紳士であり、学者であり、英語散文の大家であることを認めるだろう。最初の偉大な散文のロマンスはあの陰気な紳士ジョン・マンデビル卿のTravelsであると申し上げた。ある程度、マロリーの文体は、マンデビルのそれを思い出させるかも知れない。しかし、マロリーは、マンデビルに比べ、遥かに力強く、もっと音楽的、もっと詩的、何より、もっと近代的である。

イギリスの散文の中で、この15世紀の文章ほど、読んで楽しい本はない。読むのに、中世英語の用語集や辞書の助けは必要がない。“truller”(娼婦?)といった馴染みのない単語も文章の前後から容易に理解できる。この本の魅力は、単に響きの良い、美しい英語の魅力だけではない。この本の大きな魅力は、それが表現しようとする理念(idea)にある。つまり、完全な騎士道の理念、それは、戦士の行動に、家臣(retainer)の行動に、指導者の行動に、友達の行動に現れる理念なのである。恋人や夫の行動についてはそれほど多くはないが、十分に汲み取れる。西洋や東洋の - 中世ヨーロッパや昔の日本のこれらすべての理念は、ある観点からは、大変相異があるものであるが、しかしながら、日本の学生がこの本をきっと楽しんで読むことができると思う。古いサムライの理念でこの国(日本)で意味するすべてのことは、この素晴らしい本で示された理念によって、イギリスでも表現されているからである。イギリスの騎士と日本の武士は、細部では、同じ義務を負うものではないが、基本的には同じ理念である。君たちがこの本を読めば、両者はある意味で、心の兄弟(ghostly brothers)と感じるだろう。安くて最上の版は、Macmillan Globe Libraryにある。Strachey編纂のもの。それは全員が蔵書すべき本の一つである。

これ以上お話する時間はないが、一つ付け加えると、今見るような形で、この本をあるのは、イギリス最初の印刷者、キャクストンCaxtonのセンスの良さのお陰である。彼の版本は、1485年、手稿が作られて15年後に現れた。この驚くべき本の出現と共に、イギリス中世ロマンスは終わりを告げた。それは先行するロマンスのどんなものより優れ、それを越えたり、匹敵するものを書くことは望めない。

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【参考】

マロリーのこの本については
「ユリイカ 1991年9月号 特集アーサー王伝説」の
向井毅「マロリーにはじまるアーサー王」に詳しい。