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単行本リストから読みたい作品を選んでくることもできます)

おしおきしちゃうから!(1975年週刊マーガレット17号〜22号)

記念すべき初単行本の表題作となった一作は、今の岩館真理子からはちょっと考えられない超絶コメディです。
赴任してきた妙な女教師と、あこがれの男の子を取り合うはめになる主人公。
よくある少女マンガのストーリーですが、女教師の超デフォルメされたルックスやドタバタギャグ(「こまわりくん」なんてのまで出てくる)などが時代を感じさせてくれます。



キッスはせがまないで!(1974年週刊マーガレット52号〜1975年6号)

初連載作。描いているときはまだ北海道の高校生だったそうです。
なんと願いをかなえてくれるドジな悪魔(!)が出てくるコメディ…舞台が「聖オシャマンベ学院」というのが妙に岩館真理子らしかったりしますが。
「キララのキ」に至るまで、ファンタジーもの?はこれしかない…んじゃないかな。
ファンとしては感慨深い一作。





初恋時代(1975年週刊マーガレット30号〜1975年45号)

ひとめぼれで始まる恋のゆくえ。
読者投稿によるダジャレ(主人公の所属するコント研究部!の活動として出てくる)や占いの数々、当時の少女漫画にはこういう読者参加型のものがあったのですね。

前編は「すてきな出会い」の巻、後編は「先生は下宿人」の巻、という副題がついています。



わたしのいじめっ子(1974年週刊マーガレット新年増刊号)



落第します(1973年週刊マーガレット秋の増刊号)





ふたりの童話 (1976年週刊マーガレット1号〜1976年31号)

小学生の同級生が、様々な事件を経て愛をはぐくんでゆく物語。
青春大河乙女ちっくもの…とでもいうのでしょうか。
小学生時代の雪合戦で、好きな男の子の投げた玉に石ころが入ってた…という回想シーンがなんだかせつなくて、じんときてしまいました。



おいてけぼりの冬(1977年週刊マーガレット4・5合併号)



やっぱり女の子!?(1974年週刊マーガレット13号)



シンデレラは6月生まれ(1974年週刊マーガレット28号)





グリーンハウスはどこですか?(1976年週刊マーガレット40号〜50号)

下宿「グリーンハウス」にやってきた女子大生の理津。住人達は彼女のことを、てっきり昔ここに住んでいた仲のよいカップルの娘だと思いこんでしまう…
いわゆる下宿モノですが、テーマは家族。理津は、いまや離婚してしまった両親がかつて愛し合っていたころに住んでいた家を見にきたのです。
しかし、理津の正体がいかにも思わせぶりに小出しにされるあたりなど、ちょっと冗漫なかんじがしないでもない。

両親とごく普通に暮らしてきた私にとっては、両親の間に愛があるかどうかなど考える余地もなく、家族なのだから一緒にいるのが当たり前のこと。でも唯一真実なのは、家族になったという事実だけ。ほんとうは「かわるかもしれないものは、たくさんある」んですよね。
「二人はこの先ずっと、幸せに暮らしましたとさ」という予定調和的なイメージは岩館作品には似つかわしくないような気がします。今はこうだけど、この先どうなるかわからない。初期のこんな作品にも、そうした人間関係の不安定さの一端があらわれているとみていいかもしれません。



あの星をひとつぶ(1977年週刊マーガレット33号)

メロドラマチックな一作。ある日突然、恋人から「君の妹と結婚する」と言われたら…
その理由というのがかなり強引なんですが、それよりも「あんなにたくさんの 星の中の ひとつぶが元で ひとつぶがわたし」…これ、どうもドリフのコントを思い出してしまうんですよね。志村けんと松田聖子が心中するやつ。すいません





17年目(1977年週刊マーガレット42号〜50号)

血のつながりのない兄をずっと思いつづけてきた少女。
となると、少女マンガたるもの大体こんな結末だろうと予想がついてしまうのですが…そうならない!ラスト数ページで、かなり意外なケリをつけてくれます。

岩館真理子はこのように、家族の物語をたくさん描いています。
正直言って私にはなかなか実感できないものも多いのですが、さらっと描いてあるあたりとても読みやすい。家族というテーマを通して家族以外のいろんなものに対して感じる思いまで描いているようで、共感できなくても心にくるものがあるのです。





となりの住人(1978年週刊マーガレット37号)

越してきたお向かいにすんでいるのは、通称「チカン」「ヘンタイ」の変わり者。
周囲の人の写真を取りまくったり、おかしなイタズラをしたり。
けれど、そんなに悪い人でもないと慶子は思う。
…と書いてみると、わりとよくある話です。しかしこの主人公も、両親が離婚の危機に瀕している。

それにしても「きみのムスッとした顔、気に入ってんのや」なんて、一度言われてみたいもの。私の場合、むっとしていても「楽しそうだね」と言われてしまうんだから。



さたでい・ぱあく(1978年週刊マーガレット46号)

園子は焼きイモが大好きな中学生。土曜日の公園でみかける「白菊の君」と「ニーチェの君」にあこがれている。
しかし、憂いを秘めたあこがれの人の実体は…

園子ちゃんの内巻きのおさげ髪とくるくる変わる表情が、ほんとに愛らしい一作。
ラスト2ページの笑顔がいいのです。女の子って…女の子って、こうなんだよなあ。



約束(1979年週刊マーガレット6号)

岩館真理子唯一の外国もの。
(78年の週マに掲載された「エトランゼ」も外国が舞台なのですが、これは未完ということもあり単行本には収録されていません)

フロランスを中心とする3人の男達。4人は幼なじみだったが、男達はみなフロランスを愛していた。しかし彼等の告白を受けた彼女は、3年後の12月31日まで待ってくれと答える。
運命の日、華やかな道を歩んでいる3人に比べて自信を持てないギイは、もやもやした気持ちを抱えながら仕事に励んでいたが…
観光バスの運転手であるギイの周りをうろちょろする日本人観光客が、いい味出してます。



メモランダム(1979年週刊マーガレット13号)

高校3年生の瞳は、担任の北先生のことが大好き。
しかし、素直になれずついつい意地悪をしてばかり。顔を合わせると怒鳴りあいになってしまう。
卒業したら思いを伝えると決めたものの、美人の友人・真貴をみつめる先生の視線が気になってしまい…

しんしんと降り積もる雪が印象的な一作。舞台は北海道でしょうか。
カッコいいけど熱血漢でちょっとダサい先生にあこがれる、というあたりいかにも乙女ちっく漫画。しかしなかなかにせつなくて情緒あふれるお話です。かわいらしい扉もいい。





チャイ夢(1980年週刊マーガレット1号〜13号)

クリスマスの夜、町中で倒れてしまった桃子は、一軒の下宿に運び込まれる。
彼女を助けてくれたのはカメラマンの昇。桃子は、彼の部屋に大きく飾られている自分の姉の写真をみつけて驚く。

「昔飼ってた犬が死んだとき 悲しくて泣きそうになったのに おねえに先に泣かれてしまって なんとなく泣くのがイヤで ぐっとこらえてしまった」という桃子。いまでも姉にひけめを感じて、素直になれずにいます。
「もういちど 子供にもどって いろんなことやりなおして 素直な女の子にうまれかわりたいな」というの、シンプルな願いではあるけど私にもよくわかる。素直になるというのは、ある種の人にとっては非常に困難なことなのです。

ところどころ入るコメディタッチの描写とロマンチックな部分がバランスよく、かわいらしい一作。男の名は「ひわまた昇」、主人公がバイトするスナックの店名は「ヘミングウェイ」というのもおかしい。





4月の庭の子供たち(1979年週刊マーガレット21号)

おっちょこちょい(この言葉も最近耳にしないな)の女の子、るうが主人公。オトナたちに習い事を山ほど押し付けられて、あたふたしてしまいます。
子供に大人の勝手を押し付けるもんじゃない、という結末なんですが、このるうちゃんがあっけらかんとしててほんとにかわいらしい。



6月・雨の降る町から(1980年週刊マーガレット30号)

8月・銀河にむけて(1980年週刊マーガレット39号)

「6月…」と「8月…」は、男子ばかりのクラスに入学した二人の女の子の物語。クリクリ頭で元気モノの大田さんと、ちょっとボケてるけどかしこい八王子さん。
お互いの目でみた学校生活が一篇ずつ描かれます。
大田さんのようにおちゃらけ者になりたいとがんばる、八王子さんの涙ぐましい努力がおかしい。

ピクニックのときに皆がサザンの「わたしはピアノ」を歌うんですが、私この曲好きなんです。いいシーンでした。



鏡の中の華子へ(1979年週刊マーガレット28号)

静養のため山奥にやってきた少女が、元気な男の子にあこがれる。
しみじみ味わい深くて好きな一作です。
華子がどもりながらも必死で「明日会いましょう」と伝えるシーンが、岩館真理子らしい描き方でいい。ラフな絵に、でかい文字とふきだし。ドラマチックなコマ割りでもない。
でもその後、華子が「おかあさーん ちゃんといえたよ」というところなんてとてもかわいらしい。
華子の最期を聞かされた少年のモノローグなどなしに、ストンと終わってるとこも好きです。
(でもこれはページ数が足りなかったと見た…(笑))





乙女坂戦争(1981年週刊マーガレット3・4合併号〜9号)

事件のカギを握るのが「根津甚八」というあたり、時代を感じさせる一作。

女子寮に転入してきた柊子は、来る途中ずっと跡をつけてきた女・一子に寮の中でもつきまとわれる。そのうち事情は判明するものの、一子は柊子の幼なじみである大藪くんと親しくしている様子。なんとなく気に入らない柊子だが…

これを境に作品の雰囲気が変わったような気がします。御本人はのちに「存在感の薄い作品」とおっしゃってますが、私はこの話にとても思い入れがある。
主人公ともう一人の女の子との関係が身に染みるからです。
「おいしい関係」のたまこと今日子、「まるでシャボン」の世津子と草子、にも通じるところがあると勝手に思っているのですが。
自分なりに真面目に生きてるんだけど、小心者なのでついおちゃらけてしまいがちな「私」。あるいは気をまわしすぎて本心をさらけだせないことがあったりする。そういう人間は、自分の気持ちを素直に表現できる一本気な人間に対して敗北感を抱くことがあるものです。
じれったくてやるせない、不安や嫉妬。
こういった感情をマンガから感じ取れるのは、私にとって岩館真理子の描くものだけです。
こういう女性同士の物語をまた描いて欲しいと思っています。





ふくれっつらのプリンセス(1981年週刊マーガレット21号〜32号)

いつもラジオ番組のDJに恋の悩みを打ち明けているはじめ。恋人に別れ話を切り出されたことを相談した数日後、ディスコでぐうぜん当のDJ・俊さんと知り合う。

はじめと俊さんの恋物語なんですが、最後の最後まで、はじめはふられた相手・牛ちゃんのことを思っています。追いかけて追いかけて、結局ふられる。彼女に惚れた俊さんは、それを見守っているといったかんじ。

岩館真理子はかつて田原俊彦のファンだったそうです。
ちなみに小椋冬美も彼のファンだったそうで、私生活を描いた小作品中、妹に「若い男(田原俊彦)の裸の写真を部屋にはってるなんて…」とからかわれるシーンがある。
こんなことを描かれるくらいだから、さぞかし昔はかっこよかったのでしょう。
で、この作品の「俊さん」というのはやっぱりそこから取ったのでしょうか?
(追記…これは細川俊之からとったんだそうです。「事典」の「細川俊之」の項を参照)
ちなみに「森子物語」の東山くん、「おいしい関係」の浩二さん、「まるでシャボン」の羽賀さんも芸能人から拝借したと想像してますが…





ガラスの花束にして(1981年週刊マーガレット41号〜1982年4・5合併号)

「ふくれっつらのプリンセス」の続編。
妹のつぎ子と行った旅行先で、年下の少年・隆志に親切にされたはじめ。一緒に上京してきた彼とその後も会うようになる。
一方俊さんははじめにプロポーズをするが、彼に恋人がいると誤解した彼女は断ってしまう。

私は隆志くんが好きです。陰気で何事も思いつめそうな彼ですが、その怖いところがなんとなく魅力的。若さというのは、ときには男を暗くさせるものだから。
初対面の俊さんに向かっていきなり「はじめさんの…おなかの子の父親は僕です」などと言ってしまうところなんて、おかしくもかわいらしい。
そして、そんな彼からはじめを守るのが妹のつぎ子。妙にずうずうしくてたくましくて、頼りになる。
「さあ高橋くん ねえさんはだめだけど このあたしがどこででもついてってあげる」なんて堂々と言ってのけたりして、隆志くんをうろたえさせます。この二人が実はいちばんいいカップルになりそうなんだけどなー(笑)



暮れ六つ時は銀の雨(1979年週刊マーガレット36号)

新人賞を取ったばかりの作家・聡は、いつも噴水のそばで自分をみつめている少女から一通のラブレターをもらう。
あまりにも率直なアプローチにあきれた彼はあそびでデートにつきあうが、一途で無鉄砲な彼女のことがなんとなく気になりはじめ…

聡は大学時代の同級生とつきあっているのだが、将来に不安をおぼえはじめた彼女に転職をすすめられる。いっぽうまだ中学生の麻子はといえば…
「あたし…聡さんが三文作家になりはてても 行きつくとこがこじきだったとしても 中年太りになってもハゲになっても 変わらずに好きよ」
果たしてふたりはずっと幸せに暮らすことができるのでしょうか。でも、いっときでも人生にこういうロマンがあるというのはそう悪いもんじゃない。





えんじぇる(1982年週刊マーガレット16号〜1982年34号)

好きだった先輩と別れ、やけになってお見合い結婚したスウ。
夫はマジメないい人で、娘も産まれた。しかしなんとなく不安で、素直になれない。

いわゆる「結婚後の恋愛物語」。子育て、別居、すべてが地に足ついてないようでふわふわしてるんですが、たとえいくつになっても人生にはこういう部分があるものかもしれない。
夫の周作さんは、照れ屋で意固地だけど、ほんとうは愛情深い人。眼鏡をとった顔がかわいらしいです。





1月にはChristmas(1983年週刊マーガレット2・3合併号〜4・5合併号)

「12月はきらい クリスマスはきらい 誕生日はきらい」
順正の隣に引っ越してきた少女・瑞希は、世の中に嫌いなものが多すぎる。なにもない部屋でうずくまっている彼女のことを順正が気にかけても、いつもふてくされて去って行ってしまうのだ。
愛し方を知らない不器用な瑞希のことが心にひっかかる順正。
彼には、幼なじみの落ち着いた婚約者がいます。
けれど「どうすればやさしい言葉をしゃべれるの?…あたし、どういうふうに生きていけばいいの?」とすがる瑞希に対して、おれと一緒に…と胸の中でこたえてしまう。

「乙女坂戦争」から担当が替わって、好きなものが自由に描けるようになったそうです。それでこんな暗い話(笑)


赤い淡い夜が好き(1982年週刊マーガレット42号)

弟の学費のため、パトロンを捜しにレストランへやってきた大学生の晶子は、一人のおじさんと出会う。彼と契約をしようと、恋人の部屋を出るものの…
これもまた、血縁がからんだストーリーです。しかし、最後まで貫かれた愛はハッピーエンドを迎えます。

「あたしたちのこの窓も ずっと遠くから見ると あんな風に ちっちゃな光の点に 見えるのかしら」
私は家やビルの灯りって好きです。人工的なものなのになぜこんなに美しいんだろうと考えると、そこに人間がいるからなんですね。





森子物語(1983年週刊マーガレット12号〜29号)

森子は所帯じみた高校生。夜、店に出る母親のかわりに、弟や妹の面倒をすべてみているからだ。
早く卒業して家を出たいといつも思っていますが…
「いつかうちを抜け出して、どこか別の世界へ行く」という主人公の思い、その思いによって今の生活に耐えられたりする、けれどたまにはいいことがあったり、当然いやなこともあったりして心が揺れてしまう…そういうの、非常によくわかります。

岩館真理子の作品には、ただこっちから見られるだけの存在である男の子が出てくることが多い。
この作品からその傾向が顕著に表れはじめます。コメディとなるとまた別ですが。
東山くんは、森子の顔を知りません。しかも彼がなにを考えているか、読んでいるほうにはさっぱりわからない。
このほか、たとえば「わたしが人魚になった日」の主人公は好きな人に顔を覚えてもらえない。「まるでシャボン」でも、羽賀さんは世津子の顔をみて「名前なんだったっけ」などと言ってます。
なんとなく、男は置き去りにされている気がします。
若いときの恋ってそういうもんだったりするんですよね。相手の人格などどうでもよくて、恋心のための生贄にされてしまう。
勝手に人を好きになってるだけの時期が、実はいちばん幸せなのかもしれません。
恋愛の責任を、まだ負わなくてもいいのだから。



夜汽車にのって(1983年週刊マーガレット34号)



昔 赤いレンガの道で(1983年週刊マーガレット43号)

貴子と奈保は性格が正反対の姉妹。人付き合いが苦手でぶっきらぼうな姉の貴子に比べ、妹の奈保はがんばり屋で皆に愛されるタイプ。
講師の仕事がダメになった貴子は、奈保の提案もあって歯科医のひろしさんのところへ花嫁修業に行くことに。しかし彼が奈保のことを好きなのではないかと思い、なかなか素直になれない。

これもまた、タイプの違う女二人の物語です。
しっかり仕事して、子供も産んでいる妹に対してひけ目を感じている姉。けれどほんとうは、妹のほうにも姉に複雑な感情を持っていた。
実際に言わないとわからないことが、世の中にはたくさんあるもんだなと思います。
それにしても、「あたしが一生めんどうみてあげるから、家で一日中好きなことでもしてなさいよ」なんて言ってくれる妹って…私もほしかった…





わたしが人魚になった日(1983年週刊マーガレット47号)

いつも海にやってくる男性のことを好きになった主人公(名前がない)。
咄嗟に海にとびこんだ彼女を助けた彼は、ケガをして入院する。しかし、彼の恋人は見舞いに来ない。
主人公は恋人の代わりに毎日花束を病室に届けるが…

海に飛び込む勇気はあっても、恋心を打ち明ける勇気のなかった彼女。入院中の彼は、彼女の顔をみても自分が助けた相手だということすら思い出してくれません。
遠回りな手段とはいえ、彼のために一生懸命行動する主人公のけなげさが哀しい。

ひとりよがりすれすれのところで微妙にバランスを取っている、という岩館真理子独特の魅力が存分に味わえるのがこの一冊。下の「おいしい関係」、あとヤングユー行ってからの「白いサテンのリボン」あたりとともに「踏み絵的単行本」だと私は思ってます。「まだ八月の美術館」なんかはかなり落ち着いてきたと言わざるを得ない(笑)
しかし、中には行き過ぎてわけわからなくなってるのもあるわけで、個人的にはその線ギリギリなのがこの「わたしが〜」で、見事に成功したなーと思うのが次の「街も星もきみも」。



街も星もきみも(1985年週刊マーガレット4・5合併号)

雪の降る街。無愛想な高校生・カムは、ひとりきりで廃墟に暮らす少年・トオルと出会う。
汽車に乗って街を出ようと約束する二人。

岩館作品の中でもとくに無国籍感の強い作品。いちおうカムの制服に学生カバンという格好から、日本のどこからしいことはわかるのですが。
冒頭の橋のシーン、二人が丘の上から夜の街を見下ろすシーン、最後にカムが一人で汽車を待つシーン、とにかく絵が素晴らしい。凝った描写でもなんでもないんですが、怖いほど無限のひろがりを感じさせます。
それから、二人が出会う場面で「おれ…さっきの犬だよ」と現れるトオル。こういうちょっとヤバい男の色気を描くの、実は岩館真理子ってうまいんですよね。ぞくぞくします。
カムが、もらった小箱を開けずにずっととっておくというのもいい。
これを読むといつも、救われたような寂しいような、妙な気持ちになります。



幾千夜(1983年週刊マーガレット51号)

故郷の記憶をなくしたリカは、ナイトクラブで歌手をしている。
そんな彼女の声を「猫に似ている」と言う男がいた。毎晩不機嫌な面持ちで店に通ってくる彼は、実は不幸な事故で妻を亡くしたばかりであった。

子供のころ事故で家族と記憶を失ったリカは、決して髪を切らない。長い髪は、彼女が忘れてしまったことを覚えているから…
アパートに住む奥さんや受験生は、悩みもあり平凡だけど夫や母親という「帰る場所」を持っています。でもリカは、いつもひとり。自分の出処がわからないというのは不安定なものなのでしょう。
しかし、相変わらず最後にはホッとするあったかいシーンが用意されています。



センチメンタルリング(1984年週刊マーガレット4・5合併号)

「幾千夜」の続編。





おいしい関係(1984年週刊マーガレット17号〜31号)

体育教師・安藤とつきあっているたまこは、ある日双子の音吉兄弟と知り合う。彼等は顔はそっくりだが、性格はまるで正反対。軽くて明るい兄と、暗くてコワい弟。
安藤が別の生徒ともつきあっていることが発覚し、たまこは気になっていた音吉の弟・コーチのもとを訪れるが…

ときおり乱雑といえるほどラフになる絵柄、とりとめもなく錯綜するストーリー、とどめにとってつけたようなタイトル。
それでもどうしようもないほど…それだからこそ岩館真理子の魅力が全篇にあふれている一作。

ちなみに私が最も親近感を抱いてるのがこの主人公です。
冒頭、スキーの授業でモタモタしてるシーンなんて、まるで自分をみているようでした。スキー板が雪にささってしまったまま休んでるとことか。
そして、全作品中もっともエロを感じる一作でもあります。
といっても、キスシーンすら出てこないし、不倫ネタがどうとかいうわけでもない。なんとなくいやらしい。



5月にお会いしましょう(1985年週刊マーガレット25・26合併号)

海辺の町に住む高校生のたるみは、女優になるのが夢。しかし大好きな木村くんや家族のことを考えると、なかなか町を出ることはできなかった。
そんなある日、ひょんなことからたるみにそっくりな女の子・まりもが家に同居するようになる。
自分と同じ顔の彼女を周囲が受け入れてしまったことに対して、たるみは複雑な思いを抱くが…

「自分がもうひとりいたら…なんて考えたことない?」
たるみが「自分のことが好き」と繰り返すのは、自分に言い聞かせているようにも思えます。この町で皆に愛されて暮らす自分が好きだから、だから私はここから出て行かないのだと。
そんなところに、自分とうりふたつの顔をもつまりもが現れる。
自己確認のすべを失って戸惑うたるみ。追い討ちをかけるように不幸な事件が起こる。
ふたりの少女は、あやふやな夢をかたちにするために、これまでの自分を相手に預けて出発することにするのです。

たるみが夜の海沿いの道を、自転車で走っていくシーンが素晴らしい。どうしてこんなカンタンな線でこれほどまでに印象的な絵を描くことができるのでしょうか。





週末のメニュー(1984年週刊マーガレット39号〜47号)

「おいしい関係」の続編。
なんだか中途半端に終わった前作ですが、こちらではきちんとケリがついてます。
「おいしい関係」のラストでコーチが言いかけた「来年…」という言葉の意味も、この話のラストでわかります。

音吉兄のブティックで働きはじめたたまこ。相変わらず、弟・コーチとの仲はうまくいかない。
そんなとき、安藤と同棲している今日子が妊娠し、幼なじみである音吉兄弟のところに助けを求めにくる。
明るい・暗いだけの単純な性格にみえた二人の男ですが、次第に別の顔がみえてきてなかなか面白い。

たまこがコーチに夜道で告白するシーンがとても好きです。夜中に急に思い立って、タクシーででかけるなんて。



シルエット(1985年週刊マーガレット30号)

会社のお金を使い込んだ比呂美と、義弟でまだ16歳の恵三は、汽車に乗って北海道まで逃げてきた。
二人は森の中のロッジで暮らし始めるが、実はこの逃亡劇の裏にはとある事情があった。

ちょっとゴタゴタした雰囲気の短編ですが、ラストシーンがあったかくて好きです。
傍からみたら姉にふりまわされて踏んだり蹴ったりだけど、いつもマジメで一本気な恵三くん。最後に真実を知った彼が、思わず悪口をぶちまけてしまうところはせつないです。





遠い星をかぞえて(1986年週刊マーガレット8号〜32号)

両親、2人の姉と暮らす中学生のふたみ。実は彼女のほんとうの父親は、いつも訪ねてくる庄介おじさんだった。おじさんはふたみのことを引き取りたいと申し出るが…

ふたみはピアノを習いに行っている隣の家の男の子が好きなのですが、最近ひけめを感じてしまいうまくいきません。なぜならふたみの家にはピアノがないから。
そして、ひょんなことから知り合った大学生の卜部くん。純朴で優しい青年ですが、年齢のギャップなどから、ちょっとしたすれ違いを感じることもある。
14歳の女の子の、家族や好きな人に対する思いがしみじみと胸に響きます。

ところでこの卜部くん、私はかなり好きなのですが、現実にこういう男性というのはいない。
ふたみが彼をうちに呼んだとき、可愛らしいワンピースで待ってるんですが、途中でふと気が変わって普段着のTシャツに着替えてしまう。こういう気持ちよくわかります。





まるでシャボン(1986年週刊マーガレット39号〜1987年16号)

下宿屋をやっている世津子の家に、イトコの草子さんが住むことになった。
ほどなくサラリーマンの羽賀が部屋を借りにくるが、どうやら彼は草子さんを追ってきたらしい。
いつも同じ男をめぐって結びつく、世津子と草子。世津子が心ひかれる男性はいつも、草子をみていた…
連載当時週マを買っていたので、思い入れの強い一作です。羽賀さんの顔を切りぬいて、透明下敷きやカセットレーベルに入れたりしてました。

夏に物語が始まって、冬が来て、また夏が来る。冒頭、草子さんが日傘を差して暑い中をやってくるシーン、雪の中で皆がそれぞれの気持ちをぶちまけるシーン、そしてラストの夏の波の音。季節がどれも印象的です。

文庫「イラストレーションズ」の作品解説によると、岩館真理子はこの話と「おいしい関係」をどうも混同してしまうとのこと。それを読んでちょっと嬉しかったです。私も同じなので…





きみは3丁目の月(1985年週刊マーガレット38号〜41号)

ルツと彰は、仲のよい姉弟。しっかり者で優しい彰のことを、ルツはいつも頼りにしていた。
しかしある日、彰は転校してきた女の子と仲良くなる。しかも彼女の兄は、昔ルツをいじめていたガキ大将。
おもしろくないルツだが…

冒頭の朝のシーン、主人公のダメっぷりがものすごくおかしくて好きな一作です。
こんなにバカバカしくも叙情的な話を描けるのは岩館真理子しかいない。



静かな訪問者(1986年週刊マーガレット1月号)

りりこ先生は、学校帰りの公園のベンチで、3日に一度太郎さんと会っている。会って話をするだけ。実は彼は、先生の妹のかつての夫だが、彼女に心ひかれ、妻と別れてアプローチをしてきたのだ。しかし、素直に受け入れられない先生は、つい冷たい態度をとってしまう。

一人暮しをしていると、たまにわけもなく怖くなるときというのがあります。人間関係が上手くいっていなかったり、イヤな目にあったときなんか、ゴキブリが出ただけでも心細くなる。
下着泥棒にカレーのナベをぶつけてしまうりりこ先生の気持ち、なんとなくわかります。



クリスマス・ホーリー(1988年ぶ〜け1月号)

かつて何人もの女たちとともに暮らしていた、武夫の父。
当時を綴った本を出した武夫のところに、ある日彼の腹違いの妹だというモデルの早穂子がやってくる。
それを皮切りに、次々と女たちがやってきて…
ロマンチックな物語です。





五番街を歩こう(1987年週刊マーガレット26号〜42号)

ビルの谷間の五番街でくりひろげられる、恋人たちの物語。

一組目は、かわいらしい大学生の女の子と家具屋の店長さん。窓を開けるとビルが見える、パリの通りのような部屋で、ブサイクながらも可愛いネコと暮らすカップルです。
その二人が朝食を食べに来るカフェの店長さんと、料理研究家の奥さんが二組目。
三組目は、離婚したばかりの女性と、夫の友人だった男性です。
それぞれの女の立場からみたそれぞれの恋のかたちが丁寧に描かれます。



月夜のつばめ(1988年週刊マーガレット13号)

珍しく30代の女性が主人公です。
ОLの哲子と高校生の愛子は、連れ子同士の姉妹。病弱な母とたくさんの妹の生活を支えるため、哲子は結婚もせずに毎日働いていた。
しかし彼女は、ひそかに愛子の名前で雑誌にマンガを投稿していたのである。作品は入選しデビューが決まる。その日から哲子姉さんの、必死のマンガ家生活が始まった…

毎日家と会社を往復するだけだった、姉さんの生活。それをバカにする反面、いつまでもそのままでいてほしいと願っていた愛子。ほんとうは、そんな姉さんをみることで、社会に飛び出して行く勇気のない自分をなぐさめていたのです。
しかし姉さんのほうも、実は「皆の犠牲」というカラの中に安住していただけだった。
それぞれの一歩を踏み出す二人の姿を描いた名作。読むと元気が出てきます。

(01/07/14)



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