父のスクラップブック

 私の手元に、父が遺していった、スクラップブックが2冊ある。
1冊は、1945(昭和20)年7月28日の新聞記事から始まっている。
当時父が勤めていた職場の人事関係と思われる台紙に新聞記事が貼られている。
スクラップブックをはじめたのは、勤めていた職場の関係もあり、もう敗戦が濃厚になってる状況がわかったからであろうか。

 一部空白のページはあるものの、1945(昭和20)年11月23日までの記事が、100ページ余りにも及んでいる。

 そのスクラップブックの途中には、新聞そのものが挟まっている。
1931(昭和6)年11月21日の満州事変の直後のものから、1945(昭和20)年8月15日のいわゆる、終戦の日までの飛び飛びの日付ではあるが10部もの新聞がある。

 1931年と言えば、父が19歳になる年である。
ちょうど、私が全共闘を体験した歳と同じである。

 このスクラップブックを父がどのような思いで作っていたのであろうか。
今となっては、もうわからない。

 もう1冊は、1954年8月18日から始まっているが、主に「自由日本放送」に関する記事である。

 父は、私が生まれた翌年(1950年)に、レッドパージにより、職場を追われている。