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   英人Pさんとの百人一首の旅。思わぬ発見が・・・  

  
   

百人一首 (1)

英人Pさんと『百人一首』を読み始めた。週1回、3首前後を読むのだが、面白く、続きそう。彼は、古典文法を一応終え、竹取物語全編、徒然草半分位読んで来て、古文には少し馴染んできたところである。テキストには『原色小倉百人一首』。これは、内容も実にしっかりしていて、美しい造本で、値段も驚くほど安い。彼はWilliam N.Porterの英訳本も参考にしている。全部暗唱できるようになるように誘導し、日本人の心の一端を伝えたい。教える方の私もはまりそう。
本の説明。
島津忠夫本、安東次男本は標準的な解説。安東次男の方が詩的。田辺聖子は作者を上手く描き出し、一首ごとに、短編小説的面白さがある。織田正吉は、百人一首には、似た歌が多く、作者の代表的作品が採られていないという、我々が抱く疑問に答える本で、労作である。
吉海直人は、図解が多く、教える時に役立つ。岩波文庫『百人一首一夕』(上下)は江戸期の注釈、上巻が目下行方不明。写真下は原色小倉百人一首』から。
英訳本については別に書きます。


  
   

百人一首 (2)
百人一首の英訳は、1865年のFrederick V. Dickinsを初訳として、21種類あるという。韻律が命の詩歌において、言語体系の異なる言語への翻訳は不可能なのだが(翻訳できない残りが詩歌だとさえ言われる)、不可能であるが故に、逆に、これに挑戦するする人が後を絶たない。詩歌の翻訳論を別にして、身近な英訳本を2種取り上げる。
① William N.Porter訳Tuttle社から出版されていて、入手しやすい。1909年初版で、著作権も切れていて、アマゾンで安い版を注文したら、下記のような本が来た。(写真右)これは、Tuttle社版のコピーで、書誌的情報が削除されているので、正体不明な本となっている。(アマゾンで安い本を注文すると同じようなことがよくある。)英詩の脚韻を用いて訳出し、作者の伝記の部分は、珍しいエピソードを拾っている。
② Peter McMillan訳 Columbia University Press刊、これをアマゾン見るとなんと数万円、一時140万円と値がついていて、呆れてしまった。図書館から借り出して、一部コピーした。そうこうしているうちに、この本の和訳(写真左)が出ていること知って、入手した。百人一首の英訳部分は、全て出ているので、コピーが無駄になった。現在アマゾンを検索すると、この本は姿を消し、ペンギンから来年4月出るペーパーバックスの予約を受け付けている。和歌のイメージを写そうしたといい、「あひびきのやまとりのおのしだりをの~」では、キャロル・ファンお馴染みの「長い尾話」のように、縦に長々と縦に表現している。
私は翻訳比較にはあまり興味がないのだが、Pさんも英訳しているし、私も戯れに英訳してみると意外と面白い。少なくとも、元の和歌の理解が少し深まる。

 

  
   
2016年10月16日

百人一首 (3)
あしびきの やまどりのおの しだりおの ながながしよを ひとりかもねん
                   - 柿本人麻呂
Pさん曰く「Oの音が繰り返し現れて、長いイメージがよく出ていますね」こんなことを言われると嬉しくなって、しばらく韻律の話となる。日本人も百人一首は音の調べを楽しんでいて、その意味をあまり詮索していない。
Pさんがトーマス・ハーディの詩‘The Darkling Thrush’の一節を教えてくれた。
  At once a voice arose among  
  The bleak twigs overhead
  In a full-hearted evensong  
  Of joy illimited;  

彼に言わせるとAt once/ a voice/ arose/ among/・・・ と口ずさむと気持ちも視野も上昇して行くそうである。ツグミが歌い始めるシーンで、私も一度は読んだ詩なのだが、気付かなかった。(この詩は岩波文庫『イギリス名詩選』にも収録されている)
Pさんは日本語の韻律を味わう資質を持っているかもしれない。
(続く)


Maria Hinako Oki 宮垣先生、この句の音は私も昔からはまっていました!「あしびき」がきりっとした音なのに、「どりのおの しだりおの」のところがごろごろしていていいなあと思います。「りのおの」などの繰り返しがぐるぐるした夜な感じがします。古い日本語の音は、面白くてとても好きです! 大木雛子
宮垣弘 Maria Hinakoさま  この歌を本歌取りして、後鳥羽院の明るい昼の歌があります。

さくら咲くとほ山どりのしだり尾のながながし日もあかぬ色かな 
(新古今集 2巻)


Maria Hinako Oki 宮垣先生 素敵な歌ですね!元の歌よりも色合いが綺麗です!!この歌をモチーフにした絵などがあればとても可愛いだろうなあと思います。
 

  
   

百人一首 (4)
Pさんは、一首一首暗記してゆくのだが、その作者も一緒に覚えている。私は歌の作者を覚えていないものが多く、例えば「ちはやぶる・・・」の作者が在原業平とすぐ出てこない。作者についてよく質問を受けるが、正直ほとんど知らない。名前を覚えることは歌人への最小限の礼儀かもしれない。
そこで、役立つのが『田辺聖子の百人一首』である。私が百人一首を読んでいると言ったら、二人の方がこの本を教えてくださった。作者の人間像を、エピソードを巧みに織り込んで、見事に立ち上がらせている。作家であるからこそ出来ることで、時々、与太郎、熊八といった落語的人物を登場させて変化をつけており、学者だとこうは行かない。彼女は学者ではないが、文学の古典についての深い造詣を示し、歌の鑑賞も繊細である。
文庫版には岡田嘉夫のカラーの挿絵が散りばめられていて、力作ぞろい

 

  
  2016年11月17日

百人一首 (5)作者表記のミステリー

事の始まりは、Pさんから「朝臣」とはなんですか?と聞かれたことに始まる。私は、英語のSirとかLordのように名前につけて敬意を表す言葉の程度の認識にしかなかったので調べてみると、元々、朝臣は天武天皇が684年(天武13)に制定した「真人(まひと)、朝臣(あそみ・あそん)、宿禰(すくね)、忌寸(いみき)、道師(みちのし)、臣(おみ)、連(むらじ)、稲置(いなぎ)」八色の姓(やくさのかばね)の一つで、平安時代では、五位以上の貴族男子の姓または名の下に付けて、敬意を表した語であることが分かった。朝臣を姓名のどの位置に付けるかは、位により決まりがあった。
ところで、百人一首の中で朝臣がつくのは在原業平、藤原敏行、源宗于、藤原実方、藤原道信、源俊頼、藤原清輔の6名で、(本によっては、大中臣能宣も)で、彼らの階位を調べると、正四位下または從四位上であった。三位以上は大臣、中納言など官名が付くので朝臣は略され、五位以下も朝臣は省略されたのだと理解できれば、事は簡単なのであるが、例えば紀貫之は從四位下で朝臣は付かず、菅原道真は正二位、右大臣であるが、単に菅家とだけ表記されている。貞信公(藤原忠平)、謙徳公(藤原伊尹)のように諡号(しごう・おくりな)で表記されているものもある。諡号といえば、百人一首の終わりに出てくる、後鳥羽院も順徳院も1242年、1249年に定められた諡号であるが、百人一首の選者の定家は1241年に死去しているのであるから、少なくとも作者表記は後世の誰かが行ったことになる。又、定家の真筆とみなされている小倉色紙36葉には、歌だけあって作者表記はない。作者表記は誰がどんな基準でつけたのか?百人一首には謎はいたるところにあり、次第に深みへとはまってゆく。この道の専門家、吉海直人の『百人一首の正体』は、最新知見に基づく論考であるが、百人一首の成立状況も霧の中と記している。調べる従い、謎も増えてくるのだが、このような事はPさんには時期尚早と伝えない。




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