ドアをくぐると、そこは鏡の部屋だった。
 辺り一面、どこもかしこも大きな鏡が張られている。俗に言うミラーハウスというやつである。夕日はいぶかしげに周りを見回しながそろそろと進んだ。
 どこを見ても、自分ばかりが映っていた。何十何百、何千と……いや、もっともっと数えきれないほどに増殖して続く自分の姿。見ていると、なんだか頭がクラクラしてくる。上も下も、右も左もないような奇妙な感覚が襲う。
 あまり見ていると本当に眩暈がして胸が悪くなりそうだったので、夕日はとりあえずできるだけ周りを見ないよう、足元をにらみながら歩いた。
 そんな風に歩いていると、妙に不安な思いが胸の中に膨らんでいった。
 この部屋に入ってから、なにかがおかしかった。それまで通ってきたひとつひとつの部屋の記憶が、なにひとつ思い出せないでいる。そして薄れていく記憶は、自分自身の存在すら不確かなものにしてしまう。まるで自分が鏡に映る虚像のひとつになってしまったかのように……。
 たくさんの己の姿に包まれながら、夕日は強い孤独に襲われた。
(篤志……どこ?)
 急に愛しさが募って、胸が苦しくなった。彼に早く逢いたい。早く彼の傍に行きたい。こんなおかしな世界ではなく……。
 夕日は出口を求めて懸命に進んだ。
 入り組んだ細い道をあちこちと曲がりながら歩いていくと、ふいに前方に自分以外のものの姿があるのが目に入った。
 ドアをくぐると、そこは鏡の部屋だった。
 辺り一面、どこもかしこも大きな鏡が張られている。俗に言うミラーハウスというやつである。篤志はいぶかしげに周りを見回しながゆっくりと進んだ。
 どこを見ても、自分ばかりが映っていた。何十何百、何千と……いや、もっともっと数えきれないほどに増殖して続く自分の姿。見ていると、なんだか妙にイライラとしてくる。どこに向かったら本当に出口へと辿りつくのか、疑わしくさえなってくる。。
 あまり見ていると腹が立って鏡の一枚でも叩き割ってしまいそうだったので、篤志はとりあえずできるだけ周りを見ないよう、足元をにらみながら歩いた。
 そんな風に歩いていると、妙に不安な感情が沸きあがってきた。
 この部屋に入ってから、なにかがおかしかった。それまで通ってきたひとつひとつの部屋の記憶が、なにひとつ思い出せないでいる。そして薄れていく記憶は、自分自身の存在すら不確かなものにしてしまう。まるで自分が鏡に映る虚像のように、なんの価値もない存在に思えてくる……。
 たくさんの偽物の自分に包まれながら、篤志は胸の詰まるような孤独を感じた。
(夕日……どこだ?)
 今はただ、どうしようもなく夕日に逢いたかった。夕日に逢って、今の自分を包んで欲しかった。優しい腕で、なにもかも許すように。
 入り組んだ細い道をあちこちと曲がりながら歩いていくと、ふいに前方に自分以外のものの姿があるのが目に入った。

 

 

「あ、篤志!」
「夕日!」
 二人は同時に叫んだ。長い迷路を通り、ようやく巡り会えたのだ。
 互いに逢いたいという想いが高まっていただけに、その嬉しさはひとしおで、二人は思わずその姿に向かって駆けだした。一刻も早く傍に行きたかった。

ァ ィ ェ ゥァ ィ ェ ゥァ ィ ェァ ィ ェ ゥ

 

 

 ガツンッ!

「いったぁっ!」
 夕日は思わず額を押さえてうずくまった。目の前にチカチカと星が飛んでいる。じわりとにじんでくる涙に視界を霞ませながら、夕日はたった今衝突した何かを手で探った。
「な、なに、これ?」
 てっきりなにもないと思っていたそこは、透き通ったガラスの壁であった。そこに思いっきりぶつかっていったのである。
 普通ならガラスがあるかどうかの判断ぐらいはつくのだが、周りが一面鏡で、たくさん自分の姿が映っていたため、なにも映っていないそこはただの通路であると軽く判断してしまったのだ。
 まさしく、感覚と判断の盲点をつかれたような、巧妙なトリックであった。もっとも、いささか悪趣味で危険なものではあったが……。
 ふと見ると、篤志もまた同じように額を押さえて難しい顔をしてガラスの壁をにらんでいた。どうやら彼も同じトリックに引っかかったのだろう。
 二人はガラス越しに顔を見合わせると、大きなため息をついた。せっかく巡り会ったと思ったのだが、まだ気を抜くのは早過ぎたようだ。仕方なく二人は立ちあがり、ちょっと自嘲するように微笑みあって、またそれぞれの道を歩き始めた。
 どれだけ歩いただろう。長い長い鏡の通路にいい加減嫌気が差し始めたころ、やがて二つに別れた道が姿を現した。ひとつは右に曲がり、もうひとつは左に曲がっていた。
 夕日はしばし考えた末、その道を進んだ。

 ガツンッ!

「いってぇっ!」
 篤志は思わず額を押さえてうずくまった。目の前にチカチカと星が飛んでいる。じわりとにじんでくる涙に視界を霞ませながら、篤志はたった今衝突した何かを手で探った。
「な、なんだ、こいつは?」
 てっきりなにもないと思っていたそこは、透き通ったガラスの壁であった。そこに思いっきりぶつかっていったのである。
 普通ならガラスがあるかどうかの判断ぐらいはつくのだが、周りが一面鏡で、たくさん自分の姿が映っていたため、なにも映っていないそこはただの通路であると軽く判断してしまったのだ。
 まさしく、感覚と判断の盲点をつかれたような、巧妙なトリックであった。もっとも、いささか悪趣味で危険なものではあったが……。
 ふと見ると、夕日もまた同じように額を押さえて恨めしそうにガラスの壁を見つめていた。どうやら彼も同じトリックに引っかかったのだろう。
 二人はガラス越しに顔を見合わせると、大きなため息をついた。せっかく巡り会ったと思ったのだが、まだ気を抜くのは早過ぎたようだ。仕方なく二人は立ちあがり、ちょっと自嘲するように微笑みあって、またそれぞれの道を歩き始めた。
 どれだけ歩いただろう。長い長い鏡の通路にいい加減嫌気が差し始めたころ、やがて二つに別れた道が姿を現した。ひとつは右に曲がり、もうひとつは左に曲がっていた。
 篤志はしばし考えた末、その道を進んだ。

 

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