篤志と別れて一人左の入り口から入った夕日だったが、入ったそこは、なんだか会社のオフィスのようだった。というより、そのものである。灰色の事務机がたくさん並んでいて、所々に衝立が立ててある。しかし当然と言えば当然なのだろうが、そこには誰も働く者の姿はなかった。
「なんだ、ここ?」
 あまり遊園地のアトラクションらしくないその様子に、夕日は首を傾げながらも机の間をぬって奥へと歩いていった。と、少し進んでひとつの衝立を越えようとしたその時、急にその向こうから一人の男が現れ、危うくぶつかりそうになってしまった。
「うわ!」
 慌てた夕日は、思わず反射的にあとずさった。が、その拍子に後ろにあった机にぶつかって、よろよろとよろけてしまった。だがすかさず手が伸びてきて、転びそうになった夕日の体をしっかりと支えた。気がつくと、ぴったりと胸と胸があわさって、目の前にひとりの若い男がいた。
「大丈夫? きみ」
「あ、はい」
 夕日は茫然としながら応えた。触れそうなほど間近に迫った男の顔は、驚くほど端正だった。知的で綺麗な顔に縁無しの眼鏡が良く似合っている。ダークブルーの背広に身を包んだ姿が、なんとも大人の男の雰囲気を漂わせていて魅力的だった。実は大層な面食いの夕日は、一目見てドキンと胸が高鳴るのを感じた。
(わ、なんて素敵……こ、好みかも……)
 抱かれた体がしびれたように動かない。真正面から見つめられて、鼓動がいっそうドクドクと高鳴った。
 男は夕日の前髪をついと指でかきあげて、ニッコリと微笑んだ。
「道を探してるの?」
「え? あ、はい」
「じゃあこっち」
 男は腰に手を回したまま、夕日を奥へと連れて進んだ。いったい何者……と不思議に思いつつも、まるっきり好みのタイプであったため、夕日は素直に従って共に歩いていった。
 少し進むと、オフィスの一角に三つのドアがあった。男はその前に立ち、ニッコリと破顔して言った。
「どれを選ぶ?」
「は?」
 夕日は思わず問い返した。すると男は、少し意地悪っぽい雰囲気を漂わせて説明した。
「このうちのどれかひとつは出口に続いてるはずなんだけど、後の二つは別の部屋に続いてるんだ。ひとつは吉の部屋、そして残るひとつは凶の部屋。さあ、きみはどこがいい?」
「ど、どこって……」
 夕日は悩んだ。そりゃあ、出口に向かう道が一番良いけれど、吉の部屋というのもなんだかちょっと興味がある。凶というのは、いったいどんな事態が待ちうけているというのだろう。想像もつかない。
 夕日は目を閉じ、しばし考え、そしてすっと手を伸ばしてひとつのドアを指差した。
「これ!」

 

左のドア

真ん中のドア

右のドア