凶の部屋

 


 夕日がドアをくぐると、男も一緒について入ってきた。辺りは真っ暗。何一つ見えない。自分の鼻先すらもわからないというやつである。
「あ、あれ? ……どうなって……」
 夕日は不安げに呟いて闇の中、辺りを見回した。すると男の声がすぐ耳もとで聞こえた。
「危ない。暗闇でうろつくと危険だ。ほら、俺に捕まって」
 そう言って男は夕日の肩に手を回し、そっと抱くようにしてゆっくりと進んだ。
 突然ポウッと部屋が明るくなった。と言っても、紫かがったピンク色の、なんとも妖しい灯りである。夕日はギョッとして目を見張った。そしてまた、隣の男もギョッとして目を見張った。
 その部屋は今入って来たらしきドアがひとつしかない小さな一室で、中央にどでかいベッドがドンと据えられている。妖しい光りに照らし出され、妖しい色をたたえているシーツと枕カバー。いわゆるラブホなたたずまい。そのベッドの真ん中に、やはり背広姿の男が一人あぐらを掻いて座っていた。
 しかも、なにやら険しい顔をしている。きゅっと唇をヘの字に曲げ、腕組みをし、じいっとこちらをにらむみたいに見つめている。その鋭い眼差しは、あきらかに怒っていた。
 夕日は見も知らぬ男が怒りを露わにしてこちらを見ているのを不思議に思い、戸惑った。いったいどうしてあんな目で見つめているんだう?
 しかしその理由はすぐにわかった。男が見つめているのは夕日ではなく、その隣で肩を抱いている男のほうだった。男は呆然としたようにつぶやいた。
「あ……啓太さん……。どうしてここに? なにしてるんですか?」
 啓太と呼ばれた男は、むっとしたように小鼻を膨らませ、低い声で応えた。
「どうしてここにじゃない。おまえこそ、なにやってんだ、森太郎?」
「え? いや、その……」
 森太郎という名であった隣の男は、動揺してくちごもった。啓太はさらに厳しい瞳を向け、問い詰めた。
「その手はなんだ、おまえ? いっいたなんの目的でこの部屋にやってきたんだ?」
「あ……いや、その……ハハハハハ」
 森太郎は汗を流しながら乾いた笑いを発した。隣に可愛い少年を連れて肩を抱き、こんな部屋にやってくるとしたらやることはひとつしかない。目的なんて見え見えである。
 啓太はギリギリと歯を噛み締め、いっそう低くうめいた。
「森太郎〜、てめぇぇ……」
 
 その後に始まった阿鼻叫喚の地獄図は、容易く語れるものではない。横で見ていた夕日は、ポソリとつぶやいた。
「ああ……そうか。確かにここは凶の部屋らしいな。だって出口のない血の池地獄……」
 目の前では、いまだ男たちの壮絶な痴話喧嘩が続いていた。 

 

出口なし(自力でお戻りください)