吉の部屋

 


 夕日がドアをくぐると、男も一緒について入ってきた。辺りは真っ暗。何一つ見えない。自分の鼻先すらもわからないというやつである。
「あ、あれ? ……どうなって……」
 夕日は不安げに呟いて闇の中、辺りを見回した。すると男の声がすぐ耳もとで聞こえた。
「危ない。暗闇でうろつくと危険だ。ほら、俺に捕まって」
 そう言って男は夕日の肩に手を回し、そっと抱くようにしてゆっくりと進んだ。数歩歩くと、そっとどこかの上に夕日は座らせられた。ふわりと柔らかな感触がお尻の下から返ってくる。なんだろうと思う間もなく、突然ポウッと部屋が明るくなった。と言っても、紫かがったピンク色の、なんとも妖しい灯りである。夕日はギョッとして目を見張った。
 その部屋は今入って来たらしきドアがひとつしかない小さな一室だった。しかも中央にどでかいベッドがひとつ、ドンと据えられている。妖しい光りに照らし出され、妖しい色をたたえているシーツと枕カバー。いわゆるラブホなたたずまいであった。
 そして、そのベッドの上には、夕日とその男が二人、ピッタリと身を寄せ合って並んで腰掛けていた。夕日は驚き、慌てふためいて叫んだ。
「ななな、なんですか、ここは? 出口に向かう部屋じゃなかったんですか?」
「どうやらここは吉の部屋らしいね。ほら、あれ」
 男が指差したそこには、ドアの上に淫靡な文字で『吉の部屋』と書かれていた。
 夕日が呆然としていると、男は肩にあった手をすっと下げて、背中へとまわしてきた。そしてもう片方の手で、夕日の額をそっと撫で、頬を包み、親指の腹で唇を優しくこする。夕日は戸惑いながらも、ドギマギしてつぶやいた。
「あ……あの、貴方は……」
「俺? 俺は森太郎。きみは?」
「は? あ、あの……ゆ、夕日です……けど」
「夕日か。可愛い名だね」
 ささやきながらも、男の指先は唇の上を這い、そしてゆっくりと人差し指が口の中へと入ってきた。
(あ……)
 夕日は森太郎の指を舌先に感じ、ぞくりと身震いした。優しく口の中をうごめくそれは、なにやら妖しい妄想を呼びおこす。まるでなにかいけないものをしゃぶっているような錯覚……。
「ん……はあ……」
 息が荒くなり、強張っていた体から力が抜けた。すると森太郎はそれを待っていたかのように、そっと夕日をベッドに横たえると器用に服を脱がせ始めた。自身もネクタイを緩め、スーツを脱ぎ捨ててワイシャツの前を開く。広くたくましい胸が夕日の目に飛び込んできた。篤志の細身な少年の体とは違う、大人の男の肉体。華奢な夕日をすっぽりと包み込んでしまいそうな、包容力を感じさせる。森太郎は剥き出しになった夕日の白い胸に、唇を這わせた。
「あ……いや……」
 夕日がビクンとのけぞると、森太郎は意地悪げに笑った。
「感じやすいんだな。幼い顔をしているわりに、結構開発されてるってわけか」
「そんな……あっ、だめ……そこは」
「ふふ、じゃあ遠慮はいらないね? たっぷり楽しませてあげられそうだ」
 そう言うと、森太郎は夕日の体のあちこちに熱いキスの雨をふらせた。脇の近くを強く吸われ、乳首をなぶられ、首筋に舌を這わせられると、夕日はたまらず身悶えして嬌声をあげた。
「あ、いや、いや……、やめて……ください……、お願い……はうっ」
 だが森太郎は容赦なかった。夕日が胸に弱いことをいち早く見ぬくと、執拗にそこを集中して愛撫してくる。自分の胸の下であられもなく乱れ悶える少年を、満足げに見下ろした。
 夕日が涙を流しながら、もうやめてと哀願すると、森太郎は今度はスッと膝立ちになり、夕日の腕を引っ張って半身を起こさせた。ハアハアと息をつく夕日の前に、固くそそり立った森太郎のそれがあった。夕日はちらりと彼を見上げた。なにを要求されているのかはわかってる。少し戸惑い、だが夕日は素直にそれを受けいれた。
 口一杯にそれは押し込まれ、咽の奥にまで突き当たった。ちょっぴり苦しくて、夕日は目に涙を貯めた。男の前に膝まづき奉仕させられている己の姿は、思うとかなり屈辱的だ。だけどそれが逆に被虐的な気分を味あわせ、興奮を倍増させた。
 夕日は懸命に口撫した。大きかったものが、いっそう大きく固く張り詰めていく。森太郎はそのうちすっと横たわると、夕日の体を自分とは反対向きにして上から奉仕するよう仕向けた。夕日が従順に従うと、すぐに彼の口が夕日のものを弄ってきた。
「んんん……!」
 夕日は森太郎を咥えたまま身悶えした。こんな行為は始めてだ。目の前のものをしゃぶっているのに、自らもしゃぶられて深く感じている。混乱と錯覚が快感をいっそう強くする。やがて森太郎の指が後ろにさし込まれた時には、夕日は危うく最後まで行きついてしまいそうなほどの快楽に襲われた。
「あああっ、はあっ!」
 思わず口にあったものを離し、大きく叫んだ。森太郎が残酷にささやいた。
「離しちゃだめだろ、夕日? ここを触ってほしけりゃ、ちゃんと続けなきゃ」
 指がスッと引き抜かれる。夕日はたまらず追いすがるように腰を突き出した。
「いや、抜かないで。ちゃんと……しますから……」
 涙と一緒になった途切れ途切れの声で、必死に哀願して夕日は口撫を続けた。すぐに応えるように指が入ってくる。夕日はきゅっと強く眉をひそめ、全身を襲う激しい快感をこらえた。
「んー……ん、んん、ふうん……」
 口の中一杯に森太郎が広がっているので、言葉に出して喘ぐこともできない。甘ったるい鼻声を子犬のように漏らして、ねだるようにあさましく腰を振った。やがてどうにもこらえきれないのか、森太郎のものを離して悶え狂い始めた夕日に、彼はにっこりと笑って体を入れ換え、夕日をうつむかせてその華奢な腰を高く持ち上げた。
 そして荒く息をついて彼の訪れを待つ夕日に、意地悪くささやきかけた。
「なにが欲しい? 言ってごらん、夕日」
「……そんな……森太郎、さん……」
「ほら、ちゃんと口に出して言うんだ。でないとこのまま放り出してしまうよ」
「あ、いや! だめ……ああ……。いれ、て……。入れてよ、森太郎さん、お願い……」
「そんなに欲しい?」
「うん……うん、欲しい……。ねえ、お願い、早く……」
 顔だけひねって涙で一杯に潤った瞳を向け、続きを乞う夕日の姿は、ゾクゾクするほど色っぽかった。上気した頬はほんのりと桜色に染まり、艶やかさをいや増している。森太郎はごくりと唾を飲み、自分のものを小さなそこに押しいれた。
「ああああっ!」
 夕日の悲鳴のような嬌声が、小さな部屋に響き渡った……。

 しばらくの間、物も言えずにぐったりと伏していた夕日は、横で森太郎が煙草を吸うのをぼんやりと眺めていた。
 端正な横顔だったが、どこか冷淡そうにも見えた。愛という感情が介在しないからかもしれない。
 夕日はホウッと深くため息をついた。篤志以外のものを受けいれたのは初めて。当然浮気なんて行為も初めて。だから本当はもっと良心の呵責に落ち込んでもいいはずなのに、なんだか疲れてしまって上手く頭が働かなかった。
 なにげなく部屋を見渡すと、入り口の上の『吉の部屋』の文字が見えた。
 『吉の部屋』……。いったい何が吉なんだろう? そりゃあ確かに気持ちは良かったけれど、別にこんな行為を望んでいたわけではない。というより、篤志にばれたらどうしようという思いが胸の中に湧きあがった。まさか一緒に来た遊園地で浮気する羽目になろうとは。これでは吉どころか、大凶ではないか。
 うーむと難しい顔で思い悩んでいると、森太郎が声をかけてきた。
「なに考えてるの? 夕日くん」
「はあ……この部屋の、いったいどこが吉なのかなぁと思って……」
 すると森太郎はニッコリとお軽く笑って言った。
「そりゃあ決まってるじゃないか。きみのように可愛くて綺麗で純で、そのくせ感度の良い新鮮な男の子が手に入るんだから、これを吉と呼ばずしてなんといおう。まごうことなき『吉の部屋』だよ、うん」
 夕日は一瞬絶句し、そして低くつぶやいた。
「……それって、貴方にとって吉って意味だったんですか?」
「あれ、違うの? 俺はそう思ってたけど」
 ハハハハと笑う森太郎の顔面に、数秒のち、夕日の熱い鉄拳が一発入った。
「失礼しちゃうな。これだから大人は油断できないんだ。まったく」
 怒った夕日は形良い唇を尖らせて、プンプンと膨れながら入って来たドアから出ていった。
 残された森太郎はしびれる頬をさすりながら、肩をすくめ、悪びれた様子もなくつぶやいた。
「まあ、痛かった代償にしては美味しかったし、よしとするか。それにしても、いい締まり具合だったなぁ。良く開発されてたし。まったく、あんなに純情そうな顔してああなんだから、今時の子は油断ならない」

 ……それはあんたのほうだ。

 

怒ってドアから出ていく