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臨の意識は、夢魔の潜む女教師の夢へと向かい、暗闇の無意識の回廊を抜けた。 様々な記憶の粒や思い出の雲が、高速ですり抜けて行った。 ぐんぐんと深層世界へと降りて行き、次第に世界が構築され始めた。 何度『夢入り』しても、この瞬間だけは現実に戻ってしまったかと錯覚してしまう。 リアルな夢であれば、一瞬、目が覚めてしまったのではないかと。 しかしサイケデリックな空が、この世界が夢である事を表わしていた。 明るい光に包まれたそこは学校、近代設備の整った大きな学校だった。 臨はその校門の前に立っていた。 ピカピカな白亜の校舎。鉄筋の4階建て。最新鋭の設備が見え隠れしていた。 僻地で育った臨には、この夢の中で形作られた大きな学校は驚きの対象だった。 キョロキョロと辺りを見回しながら校庭を横切り、校舎の谷間、渡り廊下を進んだ。 と、そこに探していたその人はいた。 「アハハハハハハ」 女教師は明るく笑う、良い生徒たちに囲まれて幸せそうだった。 「先生……」 臨を見た女教師は、ハッと我に返ったような顔をした。 「ゆ、夢守さん」 たじろぐ女教師の様をみて、笑っていた生徒たちが一斉に彼女の顔を覗き込んだ。 「せんせい、ぼくたちを見捨てたりしないですよね」 臨を見つけた生徒達はスクラムを組むようにして行く手を阻みながら女教師を見た。 何重にも取り囲んだ生徒たちは口々に臨を罵り、排除しようとした。 生徒たちの顔は常に笑顔のまま。しかしそれはどこか作り物な感じがした。 「せんせいを苦しめる悪い生徒はどっかへ行け」 「田舎者! せんせいはお前みたいな生徒はキライなんだよ」 「せんせいの前から消えろ!」 その言葉、ひとつひとつを受けとめながら、臨は静かに語り始めた。 「私は、出来の悪い生徒だったかもしれない」 一歩づつ、踏みしめるようにしながら近寄った。 「でも私は先生の本当の生徒。決してお前たちみたいな、『良い生徒を演じている』だけの存在とは違う」 臨のきっぱりした言葉に生徒たちは固まった笑顔のまま怯んだ。 「先生が暗い所が嫌いなのを知ってる? 自分の自転車に『ゴエモン』なんて名前を付けてるのを知ってる? 先生が甘いものが大好きなのを知ってる?」 「夢守さん……」 「私、私……嫌われてたっていい。私は昔から先生が大好きだった」 「そんな、私だって夢守さんの事、決して嫌いなわけでは……」 態度が軟化しそうな気配を察知し、生徒たちは女教師を幾重にも取り囲んだ 「せんせい。いいんですか? あんな田舎の学校にたった一人でいても?」 「せんせいはこんな都会の学校にいたいんだよ。田舎になんか帰さないからな」 「せんせいは渡さない」 爽やかな笑顔のサッカー部員。しかしその笑顔は固まったままの石膏仮面のようだ。 臨に向かって蹴り放たれたボールが弾丸のように襲いかかった。 しかし左脚を軸に回転し膝と肘を使い、勢いを倍加させて相手の顔面に叩き返した。 バリンッ! と顔が割れた。 「出てけ! ここはボクらとせんせいの世界だ。お前みたいな田舎者の来る所じゃない」 防具を付けた剣道部員。空手、柔道、さまざまな格技部の猛者たち。それが臨に向かって襲いかかって来た。 何人もの猛者から様々な攻撃を仕掛けられているというのに、全てを紙一重でかわし続けた。 「……先生、待って」 視線をさまよわせた瞬間に、臨は大勢の人の波に飲み込まれた。 「きゃあ!」 生徒姿の夢魔が圧倒的な物量を持ってのしかかってきた。学生服、ユニフォーム、セーラー服が逆らいがたい波となって臨を押しつぶした。 不意の人海戦術に、幾重にも折り重なった下にいる臨。 「おしくらまんじゅう、押されて泣くな! おしくらまんじゅう、押されて泣くな!」 「夢守さん!」 臨を心配する女教師に、スーツに身を包んだ教頭といった風体の男が生徒の後ろから囁いた。 「ホッホッホ、心配はいりません。ただの遊びですよ。ささ、せんせいは職員室へ」 「先生ー!」 臨の叫びに二、三度振り返った女教師だったが、生徒集団に促されて校舎の中へと消えていった。 そして女教師がいなくなると、そこにいた全生徒が臨の姿を覆い隠すほどのしかかった。 「おしくらまんじゅう、押されて泣くな! おしくらまんじゅう、押されて泣くな!」 それは『おしくらまんじゅう』などという生易しいものではない。 敵を徹底的に押し潰すため、仲間を度外視し、圧死させんとする原始的な攻撃だった。 満足そうにその様を見ていた教頭は背を向けて、戻ろうとした時、 「そういえばあの唄の続きは『あんまり押すとあんこがでるよ』」でしたかな」 思い出したようにそうつぶやくと、醜悪な狐面の片鱗を見せた。 「ケッケッケ。真っ赤なあんこがでるかもしれませんな。楽しみたのしみ」 その瞬間、 「ハァっ〜、たぁぁぁぁー!」 背後から強烈な閃光がほとばしった。 人垣の隙間から 閃光が漏れ、重なった生徒夢魔たちを跳ね飛ばした。 「なに? 小娘〜」 振り返ると、日本鎧のようなそれでいて肌の露出もある戦士が姿を見せた。 肩当てに剣道の胴を短くしたような胸当て。その下はかわいいおへそが見えていた。 臨が夢の中で、再び戦闘スタイルに変化したのだった。 天にかざした左手に、光を放つ刀が出現した。 「せんせいはわたさない……せんせいはわたさない……せんせいは……」 体勢を立て直した生徒軍団は壊れたプレーヤーのように同じ言葉を繰り返していた。 「ごたくはいいから先生を返せ。さもなくば……」 ちゃきっと刃を構えた。 「斬る!」 夢魔達はそれまでの生徒の姿から、それぞれ本来の姿へと、一斉に変貌を遂げた。 巨大な昆虫を思わせる姿の者。手足の生えたグロテスクな物体の者など様々だった。 が、戦闘衣を身に着けた臨に下級夢魔など敵ではなかった。 手にした刃を一振りする毎に敵は消滅していった。 しかし如何せん敵の数は多かった。 そう悟った臨は、一旦敵を引き離すと渡り廊下と校舎の壁を三角跳びして気合を発した。 空中を舞いながら攻撃術法を撃ち放った。 「 臨 空 天 神 波<リンクウテンシンハ>!」 聖なる気功の塊が、校庭にいた残りの夢魔を吹き飛ばした。 術法。夢魔を打ち倒す聖なる力の込められた気功波だった。 これは臨の受け継いだ、攻撃の術法と呼ばれるものだった。 「……先生はどこ?!」 刀を携えて校舎の中を駆け出した。 廊下、教室と次々に学ランを着た夢魔が襲ってきた。 しかし雑魚など一撃で粉砕、術法や夢守ニ天流の剣術を使うまでもなかった。 臨は、まるで雑草でも刈り取るように、端から刀の下に調伏させていった。 「ここか……」 『職員室』のプレートが掛かった部屋へと入った。 中から同じ顔、同じスーツ、同じネクタイの教師たちがワラワラとやってきた。 「コラー挨拶せんかー! 出ていけー職員室から出ていけー」 「あらら……」 臨はその数の多さと、これまでの夢魔とは違うと悟り、くるりとまわれ右をしてドアの外へと出た。 逃げた後を追いかけようとした教師夢魔たち。 それが扉の所で一直線に並んだ瞬間、クイックターンで振り返り、臨の剣技が貫いた。 切っ先の届かない後ろへは気の刃が伸び、串刺しにした。 さらに、素早く剣を引き抜くと、後ろへ間合いを取り、構えた。 「夢守二天流。弐ノ太刀!」 手にした刀を下段に構えて振りかぶり、峰刃に右腕を添えるとその構えのまま突進した。 その激突部には鋭い刃を添えた右肩からのショルダーアタック。 先頭の3人ほどを斬り裂きタックルし、勢いでドミノ倒しに崩れる奴等を踏み越え扉の奥へと進んだ。 そこはおしゃれな職員室。コンピュータやコピー、きれいなキャビネットが並んでいた。 職員室というよりもどこかのオフィスと言った雰囲気もあった。 しかし無気質な冷たい感じがするところだ、と臨は思った。 部屋の中を見回すと、女教師は職員室の隅で、頭を抱えてシクシクと泣いていた。 「先生……大丈夫ですか?」 「ゆめもり……さん
私、私は……」 その顔は臨がよく知る女教師だった。どこか不安げで、か弱い姿だった。 「……あなたを殺そうと……他のみんなを……でもそれは、ううぅ……」 その心を反映してか、この夢の中の女教師はどこか幼く見えた。 「わかっています。夢魔に心の隙を憑かれたのですね」 怯える彼女に、膝を折って屈み、手をさしのべてしっかりと手を握った。 「さ、帰りましょう。先生」 「あっと、まだ下校時間ではありませんよ、ケケケ」 背後から先程の教頭、狐顔の夢魔がニヤニヤしながら現われた。 「『定着』するにはもう少しかかりますからね」 教頭づらをして、さも楽しそうに2人の女性を見下ろした。 「定着してしまえばもうあなたも苦しむ事はありませんよ、センセイ」 「先生、夢魔のいいなりになってはいけません」 女教師は取り憑かれていたとはいえ自分の行いを振り返った。 「私は夢守さんだけじゃなく他の子にもあんな事を……。私なんてもう教師失格」 「そうだ、お前は教師にあるまじき行動をした! 生徒を殺そうとした問題教師!」 ニヤニヤした顔から急に目を釣り上げて怒声を上げた。 そしてすぐさま柔らかく、 「だが、ここの問題生徒を殺せば誰にも気づかれない。そうだ殺せばいいんですよ」 あくまで優しく、己の都合通りに操ろうとするのは、夢魔の常套手段だった。 「夢魔! まだそんな事をいうのか、人の心の弱さにつけ込むなんて、許さない」 「ケッケッケ。そうさ。全てはこいつの心の弱さが悪いんだろうが」 「許せない……優しい先生の心につけ込んで……」 「優しさとは弱さのことか? その女が望んだ夢だ。その女の希望なのだよ、生徒の皆殺しは」 「ちがう! 違うのよ。ね、夢守さん私、私は……」 僅かな生徒数で小中合併した学校で女教師は頑張っていた。 しかし、次第に歳を重ね、いつしか (生徒さえいなければ私はこんなところにいなくてもいいのに……) 夢の中、心の中に真っ黒な影が女教師を支配したのは、そんな事を思った時だった。 臨はすっくと立ち上がり、刀を横一文字に構えた。 「何を思おうとも夢の中なら自由! しかしそれを利用し、現実世界への行動に焚き付けたのは夢魔、お前たちだ」 気合を込め、刀身を起こすと白い輝きを放っていた刃がフラッシュした。 「うおっ……!」 突然の閃光に狐夢魔は幻惑された。 「先生、逃げて下さい」 職員室の窓をぶち破り、そこから校庭へ一緒に避難した。 「おのれ、夢の中での死は、すなわち現実の死も同じ。死ねぇ〜ケケケ」 グラウンドを走る二人の後ろから獣毛の針が発射された。 普段なら難なくかわせる攻撃が今の臨には避けられない。 「くっ……」 「遅い! 弱い、弱いぞ、さっきまでの勢いはどうした」 今度は口から無数の触手を吐き出した。 ぬめぬめとした粘液を身にまとった触手は、うねうねと2人に近づき、バネのように身を踊らせて襲いかかってきた。 「危ない!」 女教師を庇った臨に隙間なく触手が寄生した。 「きゃぁぁぁぁ!」 皮膚を喰い破り身体を這いずり回る感触は、見る者にすら嫌悪感を感じさせた。 しかし 「くっ、その程度で何をする気?」 気合い一閃。無数の触手はちりぢりにかき消えた。 喰いちぎられたはずの肌も傷ひとつなかった。 「はぁ、はぁ。大丈夫です。どんな敵が来ても先生は私が守ります」 「でも……」 「先生。これは夢、先生の見ている夢です。早く目を覚まして!」 一見、中学生のようなあどけない臨の顔が頼もしく見えた。 「流石は夢守りの民。と言ったところか。ならばこれはどうだ」 長い狐面を掲げて理解不能な呪文を唱えた。 すると、運動場の地面がボコボコと盛り上がった。 そこに呼吸とも奇声ともつかないモノを発しながら 二体のゾンビ兵が出現した。 「ボァ〜」 その姿は血まみれの身体に黒く腐った肉。窪んだ眼球。ズルリと剥け落ちそうな皮膚。 垂れた胸の辺りがわずかに膨らんでいた事から女性のようだと察する事ができた。 「ひっ……!」 女教師が悲鳴をあげそうになった時。 「きゃぁぁぁー! いやぁぁぁ!」 これまで夢魔に負けないでいた臨が、先に悲鳴を上げた。 「夢守さん?」 手にした刀を放り投げて、臨は頭を抱えてぶるぶると震えて小さくなっていた。 カチャンと音を立て、刀が大地に落ちた。白い光も消えてしまった。 「ほぅ、これは意外。こんなもので戦闘不能になられるとは。ケッケッケ」 長い髭を指で撫でながら、狐夢魔は高みの見物を決めこんでいた。 腐臭を放った屍兵士が、ぜんまい仕掛けの人形のように歩み寄ってくる。 「夢守さん……」 ゆっくりと2体のゾンビ兵はこちらに近づいてきた。 歩く度に己の重さに脚が耐えきれず肉が削げ落ちそうになっていた。 そんなアンデットが現われて、頼もしかった臨は怯えていた。 頭を抱え、耳を塞いで泣いている子どものようにうずくまっている。 「…………」 怯える教え子の様子を見つめ、女教師は勇気を振り絞った。 光を失った刀を拾うと、よろよろとよろけながらゾンビ兵の前に突き出し、構えた。 「わ、私の生徒に手を出したら、許しません」 女教師のささやかな抵抗に、後ろから狐夢魔が正体の片鱗を現し、凄んで見せた。 「がぁー! 邪魔だ。引っ込んでろ!」 大きな声とおぞましい姿に、女教師はビクッと怯えた。 身がすくんで動けなくなりそうだった。 「(私は教師。この子を助けなければ!)」 チラリと臨に目を配った。 動けない臨は、取り乱し、泣いていた自分の姿そのものだったのだ。 再び勇気を奮い起こして 「えいえい、あっちいけ!」 刀を両手につかんで、でたらめに振り回した。 すると、切っ先が近づいていたゾンビに当たった。 ぐにゃりとした感触の後で、腐った腕がズルリと切り落とされた。 「やだっ……いやいや! お願い、生徒が恐がるから来ないで」 刀から伝わる気持ちの悪い感じに、女教師は思わず刀を放り出したくなった。 「何を今更いい教師ぶる! お前は自らの欲望のために教え子を殺そうとした女」 女教師の目に涙があふれた。 違う、違う。そうじゃない。自分はただ恐かったのだ。 流れの速い時代の中、時間を超越したような素朴な片田舎にいる事が。 一人だけ取り残されてしまうような気がして しかしそれはこの村が悪いのではない。生徒たちに罪はない。 悪いのはわがままな自分。 優しすぎる環境に埋没してしまうことが恐かった。 「あんな田舎にいたら、お前もほれ、こいつのようになって」 「ボァ〜」 朽ち果てた、動く死体が相変わらず近寄ってきた。 それは女教師に似ているように思えた。 老いに対する恐怖が具象化しているようだった。 「もう戻れまい。我々と共に魔道に堕ちるがいい。代わりに最高の快楽を与えてやろう」 突き出た口から、ベロリと伸びた長い舌で舌なめずりをした。 「ひっ、い、い、いやぁぁぁ!」 「先生! 伏せて」 「え?」 白い光の塊が横をかすめて一体のゾンビを打ち倒した。 「ボァ〜」 「夢守さん?」 振り返ると、天高く舞い上がった臨が、再び光の砲撃をするところだった。 「 臨 空 天 神 波 !」 突き出された掌から光が放たれ、ゾンビは一撃の光の中で土に帰された。 女教師のそばへ歩み寄る彼女の顔は、先ほどまでの怯えた子供ではなかった。 「大丈夫。先生が、あ、あ、あなたをまもるから」 腰が抜けそうな程怯えているが台詞だけはしっかりした教師になっていた。 「ありがとう。先生。その気持ち、その想いが私の力なんです」 ニコリと笑うその姿は、かわいかった小中学生の頃と変わらないと思った。 「こしゃくな……地の底から黄泉よりいでよ亡者たち」 再び狐夢魔の呼び声に大地を割って次々と腐臭をまとった骸たちが出現した。 「先生、刀を私に!」 「いいえ、先生が……」 頼もしい言葉に、臨は微笑のなかに凛々しさを見せた。 掴んだ刃に再び白い光りが宿った。 「私は夢守りの民の戦士。これは私の役目なのです」 そう言うと四方を取り囲もうとしている骸を一撃で斬り裂いた。 数はいても動きの鈍い骸達。振りかぶり、叩き斬り、見る間に土へと帰していった。 「馬鹿な? 貴様はこいつらアンデットが苦手のはず……ハッ、だましたな!」 たじろぐ狐夢魔。臨の瞳には怒りと覇気があふれていた。 「先生が勇気を持ってくれた。先生が私に力をくれる。私に怖いものは何もない!」 「 臨 空 天 神 波 !」 高く宙に舞うと、臨から気功波が放たれた。 狐夢魔は逃げる間もなく、光りの中でボロボロになった。 「くっ……、ま、だまだ……なに?」 虚勢を張る隙さえ与えず、臨の剣技が敵にとどめを刺しにきた。 「夢守ニ天流、壱ノ太刀!」 素早い動きで敵の中心を的確に攻撃した。 深手を負った傷口から黒いススのようなものがこぼれていった。 「ちっ……っくしょ〜! ケェーン」 手負いの獣、狐夢魔は暗雲の渦のようになって上空へ、夢の外へと逃げ出した。 すぐにでも追いかけたかった臨だが、それ以上に女教師の事が気がかりだった。 「夢守さん……」 「久しぶりにお会いできて嬉しかったです、先生」 「卒業してもうどのくらいになるのかしらね、夢守さん」 「先生。これは夢です。悪い夢。さぁもう安心して下さい」 「私が……あなたをこんなに苦しめたの。なのにあなたは私を助けてくれたの?」 「先生。誰がどんな夢を見ようとも咎められるものではありません。どんな夢を見るのも自由なんです。だって夢ですから。だから目が覚めたら忘れていいんですよ」 優しく諭すようなその笑みは、先刻までの勇ましい顔はなかった。 臨の笑顔が女教師にはまぶしすぎた。 「待って。私はこの村が嫌いな訳じゃないの……ただ……」 己の内面を知られるというのは辛く、恥ずかしいものだと臨は知っていた。 「ええ、わかっています。新しい学校へ赴任する先生の願い、叶うといいですね」 最後にニコリと笑ってから、狐夢魔の逃げた方向をキッとにらんで臨の姿は消えた。 校庭に残された女教師の目には、自分でもわからない涙が次から次へと溢れていた。
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