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これを書き記すのは 語り部としての、私の務めなのかもしれない。 えっと。一体、どこから話せばいいのかな。 私の名前は『夢語 望−ゆめがたり のぞみ−』。 チャームポイントはウェーブのかかった髪とバ・ス・ト、それにメガネかな。 職業:女子大生(って言っても休学中だけどネ)&ただの物書き、つまり小説家。 平凡と非凡は、ある瞬間を境にして大きく変わる。 私の……いや、私たちの日々の暮らしが大きく変わったのは一人の少女の来訪から。
『夢守 臨−ゆめもり りん−』。
彼女の旅立ちから、すべての物語は始まった……
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物語は、草原を走る臨のシーンから始まる……
1.「暁の旅立ち、運命を背負いし戦士『臨−りん−』」
月もない暗い夜。 都会ならば夜といえどネオンの光や喧騒で賑やかなことだろう。 が、人里離れたこんな山村では原始の静寂が取り巻いていた。 遠く離れた彼方に、家の明かりや小さな街路灯だけが瞬いて見えている。 あの光の下では人々が幸せに暮らしているのだろうか。 人は目で見、耳で聞いたものを判断材料にしている。 故に、それが利かない状態では不正確な、あるいは突飛な想像をしてますます不安に陥るものだ。 『闇』は人の正確な判断力を狂わせてしまう。 闇の持つ魔力に普通の人間は耐えられない。 何か得体の知れないモノが産み落とされたとしても、誰も気がつかないような空間。 ここはまさに、星の瞬きさえも厚い黒雲に遮られた漆黒の闇の中であった。 タッタタタタタッ その闇を、まるでミシンで縫うが如く走る者があった。 ハッ、ハッハッ。 小さな口から、テンポの良い呼吸が繰り返されていた。 腰まである長い髪を一本にまとめたおさげ髪。 髪を留めた鈴が、揺れる度に小さくリンリンと鳴った。 それが身体に付かない程のスピードで、幼い顔を赤くしながら少女は走っていた。 顔立ちは童顔で、まだあどけなささえ残っているのに、その瞳は山猫を思わせた。 一見すると中学生くらいだろうか。しかし本当の年齢はわからなかった。 (嫌な予感がする) 次第に呼吸も荒くなり始めていた。 少女の名は臨。 西暦2000年に到達しようとしている現代にして、その姿はまるで戦国の『忍者』。薄汚れ、擦り切れた服は運動性能に富んだ、言い換えると丈の短い衣装だった。 そこから健康的なふとももと、細い二の腕が露わになっていた。 手足に巻き付けられたサラシは、奇異でありながらどこかしら彼女に似合っていた。 そして胸に巻き付けられたサラシで隠された小さな膨らみが、少女が女であることを封じていた。 彼女は山村の奥、人里離れた深い山中を走っていた。 時刻は、夜も更けた丑三つ時に差し掛かっていた。 規則正しいテンポで地を蹴り、鍛えられた脚力は風のような高速移動をさせていた。 夜風が背筋を震えさせた。ねっとりとした冷気が集まりはじめていた。 悪寒。全力疾走で身体は熱くなっているのに、ゾクゾクした。 (嫌な気配……) 臨は住み慣れた館へと向かって闇の中を疾走していた。 ここ数日、気に掛かっていた不快な感じ。それがこの夜、一度に集まったように臨の身体にまとわりついてきた。 そう、人の心の陰から邪なる存在が生じても、誰も気がつくことはない。 闇の中から不定形な、災いを為すモノが生まれても、人は気がつかないのだ。 しかし臨の砥ぎ済まされた五感が、それを超越した第六感を刺激して、ますますその存在を感じていた。 木々の間を抜け、草原を越え、臨は走った。 一刻も早くこの気配の正体を知りたい。 この気配の出所が自分のもっとも安心できる場所と密接な予感がして…… 人里離れた山奥にある、臨の帰るべき家。臨にとって、そこが全てだった。 「御館様……」 山中、奥深くにある大きな館は人を寄せ付けない雰囲気を持っていた。 日本家屋の面持ちと武家屋敷のような構造の、広いそれに臨は『御館様』と『刀自様』と三人で暮らしていた。 『御館様』はその屋敷の主人であり、物心ついた時から剣術の指南をしてくれた人であった。 実の兄でも父でもなく、年齢や本当の名前すら知らない謎の男性であった。 が、兄と呼ぶには恐れ多い存在であり、でも父と呼ぶにもその人は若くみえた。 本当の両親を知らない臨にとって、真の名も知らぬものの、『御館様』こそもっとも尊敬し、師事を乞う人物であった。 今風に言うロンゲとは違う、女のように長い髪は、臨にとって憧れでさえあった。 そして常に砥ぎ澄まされた精悍な表情で、臨を厳しく見つめていた。 修行の時も、いつも時代かかった着物姿でいて、寡黙を押し通す姿しか臨は知らない。 臨は幼い頃から厳しく修行をさせられていた。 剣術や格闘術の数々を、訳もわからないまま鍛えられていたのだ。 普通の女の子がしないような、いや普通ならば男でもしない訓練を、臨はこれまで叩き込まれてきたのだった。 御館様は、その細い身体から信じられないほど凄まじい剣技を繰り出してきた。 容赦のない修行だったが、臨は弱音を吐くことはなかった。 御館様の修行。そこには慈愛があった。 「臨よ、強くなれ。自分の身を守るために、そして大切なものを守れるように」 多くを語らない御館様が、よく口にするのがこの台詞だった。 守るべきもの。臨はそれがなんなのかわからないままに修行は続けられてきた。 ただ自分の身と大切なものを守ることのできる強さを御館様は持っている、その事だけはわかっているつもりだった。 御館様の強さは、臨も身を持って理解している。 どんな状況であっても心配することなどないはず。 なのに……。 この言い様のない胸騒ぎはなぜだろう? 取り返しのつかない何かが起きそうで、『急いで館へ戻れ!』と虫が知らせていた。 不安を振り払うように、臨は懸命に走った。 夜の闇がますます臨を飲み込む。 さらにその闇を切り裂くように疾走する臨。 (あと少し) この森を抜け、一つ山を越えれば館が見えるという闇の中、気配が変わった。 まるで黒インクが染み込んで、闇の深さが濃くなったようだった。 ガサガサッ! 闇の気配が変化した後に音が付いてきた。 突然そこに人影が、臨の行く手を遮るように現われたのだった。 「ハッ?」 猫のようにしなやかな動きで、踏み込んだ足で反動をつけ、大きく後ろへ一回転して身構えた。 「(何かいる。かなり大きな何かがこちらを見ている)」 それはわかるのだが、闇の中ではその輪郭すらままならなかった。 闇の中、無音の中、双方とも不動のまま、しばらく対峙が続いた。 「夢守さん……夢守さん……夢守臨さん……」 しかし声を掛けられ、目をこらしてみると、闇の中にうっすら見えてきた。 「(先生?)」 姿をみせたのは臨のよく知る存在だった。 鬱蒼と繁る森の中から、突然現われたのは細面な顔に眼鏡の似合う女の先生だった。 かつて学舎で教わった女教師は、昔と変わらず決して派手ではないワンピースに化粧っ気のない顔であった。 血の気のない顔は、疲労の為か、不安の為か、随分やつれて見えた。 「恐かった……」 よろよろと臨に近づき、身体を屈めてしっかりと抱き付いてきた。 小中学校が合同の、小さな田舎の分校には不釣り合いな若くて綺麗な先生であった。 でもいつも何か心配そうな顔をしていた。今もそれは変わっていないようだ。 「先生、お久しぶりです……でもどうしてこんな所に?」 「どうしたの、夢守さん。そんな格好をして?」 臨の問いに答えず、逆に臨の出で立ちを問うのだった。 そして肩にまわしていた手を、次第に腰やお尻の辺りへ持ってきて撫で回し始めた。 少女の着る忍び装束のような稽古着の裾から手を潜り込ませた。 「うふ、夢守さん、可愛いわ」 抗う臨をよそに、今度は健気な主張をする二つの膨らみにそっと手を添えた。 「あ、あの先生? あっ、やめて下さい」 無理矢理、女教師の悪戯な手を解いて後ずさりした。 女教師は臨の身体をまさぐった指を、名残惜しそうにぺろりと舐め始めた。 虚ろな笑みが広がりながら。 「あ〜んなに小さかったのに、フフ、大きくなったわね」 「どうしてこんな所にいるんですか? 先生は暗い所が嫌いだったのに」 悪戯な手から守るようにしっかり身体を抱えていた。 「先生ね、嫌いなの……先生は……」 臨は決して隙を見せず、構えを解きはしなかった。 「……キライなのよ……いやでいやで仕方がないの」 目を閉じて、祈るように小さな手を胸の前で握った。 「先生? まさかね。こんな暗闇で明かりもつけず、顔の判別が付くはずない!」 昔と変わらない姿だが、この人が月のない闇夜を一人歩きするのは不自然過ぎた。 「お前、何者?」 臨の一喝に、うつむいた女教師が、突如ツメを立て、臨に向かって襲いかかった。 「……生徒が……あなたみたいなのが 大嫌いだったの! だから死んで頂戴」 いつもの不安げな横顔から一変して醜悪な形相となった。 身体を青白いオーラが漂い、カッと見開いた瞳は赤く光り、狂気を見せていた。 「ぐっ、何故……」 とっさに逃げようと背を向けたところを羽交い締めにされた。 女の細腕とは思えないパワーで襲いかかった。 それは人をも超越した怪力だった。 耳元に掛かる興奮した荒い息。舌をいっぱいに伸ばしてチロチロと動かした。 「嫌い、キライ。こんな所も嫌い! みんな死ね! 消えてなくなれ」 普段の姿からは想像もできない取り乱しよう。 胸の内に押さえ込まれていた気持ちが一気に堰切れたように出てきたのか。 「嫌だ、いやだ。こんな所で朽ち果てるのは嫌だ! 帰りたい。都会の学校へ帰りたい」 荒涼な心に、火がついて暴れまわる馬のようだ。 「お前さえ、生徒さえこんな所にいなければ〜!」 「せ、先生、や…めて」 悲しい……。臨にはこの女教師の姿が悲しかった。 知りたくなかった、女教師の内心を聞いてしまって。 もし、そう思っていてもハッキリ告げられると、切なさでいっぱいになった。 見た目の地味さや性格からして、こういった所の方が合っているように思われていたのだろうが、彼女も若い女性。僻地にいるよりもそう考える方が自然かもしれない。 『衝動殺人』。 もし臨が普通の少女であったのなら、この凶行もそんな言葉で片付けられるだろう。 臨が普通の生徒であり、抗える術を持たない少女であったなら……。 そう、これは臨にとって恐怖など微塵もなく、ただただ悲しかった。 「お前のような『夢守りの民』が死ねば我らも住みやすくなるぎゃ、さぁ死ね」 少女の最期を期して口走った言葉に、臨の抵抗の仕方が変わった。 古来より人の心に『魔』が差し、人を悪しき道へと誘う存在を彼女は知っていた。 人を惑わせ、苦悩する様を見て悦に入るモノ。人の安らぎを恐怖に変えるモノ。 それを知る臨が、この女教師の異常さを恐れることなかった。 「お前が大嫌い。お前が大嫌い。お前がいなくなればいい。死ね、死ね! 死ね!」 ベアハッグでギリッギリッと締め付けられる身体。苦しい呼吸の中、 「うぐっ、お、お前なんかに言われる筋合いじゃない」 悲しみを振り払い、臨は己の運命を遵守した。 「ぐふぉっ」 全体重を乗せた肘打ちを腹に打ち込んで、体勢を整えた。 臨の瞳に戦士の凛々しさが宿った。 しかし一瞬だけ哀れみの翳りを漂わせもした。 「ごめんなさい先生。私は今、こんな所でのんびりしている暇はないんです」 間髪を入れず、3発の右パンチが女教師の胸にヒットした。 深々ともう一発、腹に左拳がめり込むと、ぐぅと唸った 「うがぁらぁぁぁ!」 対する殺気立った女教師……いや、女教師の中に潜む存在の反撃が続いた。 爪を鋭く尖らせ両サイドからむちゃくちゃに、ブンブンと振り回した。 しかし臨にとっては目を閉じていても、かわせる程の稚拙な攻撃だった。 そうこうする隙に、逆に女教師の細い首を片手で鷲掴みにし、ギリギリと締め付けた。 「ぐぇぐぐっぐ」 「…………」 「ぐっ、や、やめて夢守さん……先生になにをするの……」 「…………」 「やめて、苦しい……」 「…………」 臨は答えずにいた。容赦なく首を握り絞める。 と、女教師以上に苦しんでいた『存在』がネを上げた。 「ぐぇぐぐっぐぇ〜! ギャギャー! 貴様と言う奴は〜」 「…………いつまで粘る! 早く先生の身体から出て来い、夢魔!」 喉の奥から吐瀉物と共に、ムカデのように多くの触手をもったグロテスクな存在が正体を露にした。 ニシキヘビほどの大きさのソレは、女教師の細い喉からどうやって出てきたのか不思議なほどだった。 臨は巨大な妖虫が出るのを確認すると、ぐったりした女教師を抱えて後退した。 「先生、ゴメンナサイ……」 意識のない彼女を木の根元にもたれさせると再び戦闘体勢になった。 不気味な妖虫がシャカシャカと無数の足を動かして迫って来た。 「覇ッ!」 跳びかかってきた妖虫を叩き落とした。 ぐにゃりとした肉の塊は、何度、叩き落としてもしつこく襲いかかってくる。 殴りつけても致命的なダメージにはならなかった。 払い除けられてはすぐ再び向かってくる。 口から奇妙な呼吸音だけが漏れた。 臨と妖虫を取り巻く空間に、奇妙な妖気が充満し始めた。 「今なら使える」 夢魔だけが持つ、特有の魔性気を感じ、臨は構えた。 「ハァァァー。たぁー!」 臨が精神を集中させると全身からオーラが溢れ、それを纏い、装束が変わった。 少女の若い肢体を見せながら、随所に日本鎧のようなパーツがついていた。 肩あて。小手。おでこには不思議な紋様の描かれた鉢巻きが装備されていた。 「何て『魔性力場』。こんなにはっきりと変身できるとは」 自らの姿を見て、臨は改めて夢魔の影響下にいることを再認識した。 夢魔と戦うためのこの姿、本来ならば変身変化は夢の中だけでしかできない。 しかし夢魔の放つ『魔性気』の漂うフィールド『魔性力場』の中でならば、例え現実世界でもそれが可能とは皮肉なものだ。 握り拳を二つ重ねて前に突き出すと、そこに白い光の粒が集束した。 そして光の中から一振りの刀が出現した。 それがさらに2つに分け、臨は二刀流の構えをとった。 「私は夢守りの民の戦士、夢守臨。人の夢に入り込み、仇為す夢魔を倒す者」 夢守臨。その瞳は神秘の海に似て、一見あどけない少女のようでいながら、二刀流を使う戦士であった。 武器を構えた臨にも怯まず、妖虫は一直線に跳びかかって来た。 「邪魔は……させない。夢守二天流、参ノ太刀! 奥義『飛鳥飛翔煽』」 内側に構えた二本の刀をハサミのように挟み込んで後、鳥が羽根を広げるように一気に斬り開いた。 「ぎゃぎゃぎゃ〜〜」 臨の力を伝え光を放つ刀で、永久機関のごとく∞を描きながら、鮮やかに切り刻んでいった。 太いニシキヘビ大だった妖虫が、いくつもの汚いスライスになった。 切られた妖虫は、どろどろのコールタールのようになり溶け出した。 黒い粘着性のある物体はピクリとも動かなくなって、死んだかと思わせていたのだが、突然、急速に収縮すると、 「ぎゃぎゃ、覚えていろ……『ゆめもりりん』。その名は忘れぬからな!」 捨て台詞もそこそこに高速で夜空の彼方へ逃げ去った。 「待て!」 夢魔が逃げ去ると、それまで周りを漂っていた邪悪な魔性気が弱まった。 しかし、まだ完全に魔性気が消えた訳ではなかった。 「ヤツは逃げ出したというのにまだこの姿でいられるとは、魔性力場が続いているのか」 闇。再び静かな夜の闇が辺りを包んだ。 「逃足の早いヤツ」 夢魔の逃げた先を見つめていたその時、後ろから不意に声がした。 「ちっち、まったく同感ですね……」 振り返ると倒れたままの姿の女教師が上半身だけ起きあがった。 「口先と逃げ足だけは我ら夢魔の中でも一番だ、それでも夢魔なのですかねぇ」 目を閉じたまま喋り出した。それは女教師の声ではない。低い男の声だった。 「所詮、低級夢魔。こちらのお嬢さんを他の奴と同じだと考えるからやられるんですよ」 「何者?」 「あなたは夢守りの民の、しかも数少ない戦う事のできる者。ならば判っているはず」 「夢魔……お前も人の夢に取り憑いて災いをなす存在か。何が目的だ」 「この女に大した利用価値はないがあいつに引き継いでじっくり『定着』してやるさ」 狐のような顔つきに変化した女教師はそれだけ言うとバッタリと倒れてしまった。 「夢魔め、まだ他にもいたのか」 狐顔をした夢魔は女教師の精神世界へと潜り込んで行った。 一刻も早く奴を倒さなければ、定着されたらもはや救う手段はない。 『定着』……夢魔が人の心を侵食し、その肉体を完全に支配すること。 しかし他の夢魔が近くにいないとは限らなかった。 そして逃げた夢魔が再び戻ってくる可能性もあった。 ウォォォォォーーーン 闇の中、どこかで獣の咆哮が聞こえた。 闇を糧とした夢魔が己の領域を越えてこの現実世界へと来ているのかも知れない。 こちらの現実世界を無防備にはできない。 リズムに合わせたダンスのような動作に加え、念じると臨の身体が震え始めた。 激しい動きに、次第に臨の身体がぼやけ始めた。 「……多身術……二重双<ニジュウソウ>!」 振動が激しくなると身体が二重写しの写真のようになり、左右に2人の臨が現れた。 どちらかがニセモノではなく、2人の臨はどちらも『夢守臨』。 鏡に映したようにまったく同じ姿の臨たち。 「右臨。先生の身体と、外を頼む。さっきの奴が戻ってくるかもしれないから」 「気をつけて左臨。知っての通り『多身術』中は、本来の半分の力しかないのだから」 陽神。幽体離脱とは肉体と精神の分離状態を言うが、臨はそれぞれを2分の1にして、半分づつの力を分けて持ち、分身する術法を習得していた。 「先生。今、助けに行きますからね」 左側から分かれた臨が女教師の傍らに寄りそうと、すぐさま深い眠りに落ちた。 一見すると先生と生徒が連れ添って眠っているようであった。 が、しかしそれは単なる居眠りではなかった。 臨の身体から半透明の意識体が抜け出ると、次の瞬間女教師の身体に重なり消えた。 女教師の夢の中、精神世界へ少女の意識体は移動しているのだった。 人の夢の中へと入って行く『夢入りの法』。 これぞ臨の、夢守りの民に脈々と受け継がれた、能力であった。 でもその間、少女の身体はまったくの無防備となってしまう。 現実世界へと進出してきた魔物から女教師と己の身を守る為に、臨は自分の分身を残したのだった。 全てはこの日のため。このように戦う日が来る事に備えた、修行の成果だった。 一人で戦う事を運命付けられた戦士の、攻防一体の術法の一つであった。
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