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俺は君に味方する

 

 

俺は君に味方する

 もやがゆっくりと流れていた。森から国道に溢れ出す白い絨毯は、白い闇と化して地上を覆い隠す。
  サナク市郊外の森を横切る一本道を、一台の大きな荷台車が走っていた。  
  アイムの運転する『一発おとどけなんでも屋』。通称「いおな社」の最新式自走荷台車である。

 荷台車であるのに、これを牽く馬も牛も竜も瓜豚もいらない。車輪に直結した回転力樽に、水と残飯だけを入れてやれば、たちまち千里も走るという高度証理学と普及法呪の複合商品だった。最近は免許手続きも簡便化されて、一般庶民にも十分手の届く製品となっていた。
 アイムは会社に宿代を負担してもらえなかったために車のなかで夜を明かした。買っておいた朝食のパンをかじりながら、いま国道を走りだしたところだ。ラジオヂョンは朝っぱらからハイテンションな流行音楽をかけまくっているが、聴いている人間のノリはなかなかついていけるものではない。
  げしょげしょとしょぼくれた音をたてて、暖気運転不足を訴える荷代車もやっと調子が出てきた。
「う………んーーんっ、ん!」
 アイムは猫のように背中を丸めて伸びをした。長身の彼には狭い車内での一泊はかなりつらい。しかし今日は納車が終われば、業務を終えることができる。
昼には約束していた女友達と遊んでいるはずだ。
  楽しいことを想像してにやけてみるのはうきうきして気持ちがいい。ついでに夜まで想像のハメを外してみたりする。
 だらしのない笑いを浮かべる彼、アイム・チャンピオンは十九歳の学生だ。
 見事な銀髪に灰色の瞳。恵まれた体格は若い筋肉に包まれて、はちきれんばかりの躍動感を秘めていた。
 遊ぶ学生はよく働く。社会勉強は金がかかるが、稼げるものだ。
  学校に行っているのと同じほどの時間をアルバイトに費やす彼の肌は浅黒く日焼けしていた。東方系が混じる醤油顔は造りは淡泊だ。しかし釣り目気味のために、少しきつい印象を与えていた。
  まあ、黙って立っていれば良い男、といったところである。

 学費は故郷からの仕送りで足りているので、アルバイトで稼いだ金はすべて遊ぶために使える。
 一晩ぐらいは仮眠でも充分に元気だ。プレゼントをなににしようかと考えるだけで、加減速栓を踏み込む脚にも力が入る。

  その瞬間。道路の先の霧が乱れて渦を巻いた。
「うん?」
  すっ、といくつもの影が、彼方を横切った。
 アイムは無意識に荷台車の速度をおとした。これからデートなのにバンビなんて轢きたくはない。

  前方に集中した神経に、真上から不意打ちがやってきた。
 どどどっ……っ
 車内にいてもわかる重低音が、突然にあたりに満ちた。
「おおっ!」
 金色に輝くとてつもなく巨大なものが荷台車の上を追い越していった。特徴的な反地牽引力エンヂムの金属音を響かせて、それは霧を吹き飛ばした。
 
「すげえ、宙空連絡船だ。なんでこんなところに」
 それは、きわめて珍しい垂直離着陸型の
宙空連絡船だった。
 優美な曲線で構成された機体は、見とれてしまうほど美しかった。表面仕上げ材の繋ぎ目にそって、びっしりと書かれた法呪文は見たこともない文字だった。しかしそれは華麗で、かつ証理学の威圧感も兼ね備えていた。
 ずがっ……!
 荷台の山積みの貨物のうえに、ひどく重いものが落ちた音がした。

 それはずるずると柔らかい音をたてながら荷台の後ろはじまで滑っていった。
  走っている荷台車に、空からなにかが飛び降りたようだ。

 なにかを曵いてしまった! アイムの脳裏に様々なトラブルと手続きがフラッシュした。
「じょ、冗談じゃないぞ」
 アイムは息を飲んだ。連絡船に目を奪われて、事故を起こしてしまった。

 全身から血の気が失せた。
 あわてて後視鏡をのぞき込んだが、道路にはなにも落ちてはいない。

「…………?」
 重い減速栓を響かせて荷台車は道端に止まった。酷使された車輪から吹き出す白い蒸気がいつまでもとまらない。

「白き米、餅、麦の麺、緑の西瓜とりしきる……」
 アイムの口から小さいころに口ずさんでいた召幸の法呪文が漏れ出た。
  恐るおそる道路に降りた彼は、あたりに満ちる蒸気をかきわけて車体のまわりを一周してみた。しかし異常は認められない。荷箱のうえにも道路にもなにも残ってはいなかった。

 きつねに摘まれたような気分だ。
 呆然と立ち尽くす彼をかすめて、なにかがひゅん、と飛んでいった。
「えっ?」
 誰かが石でもなげつけたのかと振り向いた。
 そのすぐ目の前に、人影があった。
 女の子だ。
 いつからそこにいたのか、まったく気がつかなかった。道路の真ん中に立っている。

「……やあ」
 アイムはかすかに声を出した。
 少女は薄汚れた青白いジャンパージャケットを着て、苦しそうに肩で息をしていた。

 赤みの深い長髪が風もないのにふわふわと搖れていた。見たこともない奇妙なカールが印象的だ。
「ご、うこし、いかもぬ、う」
 アイムにわからない言葉でなにごとか、しきりにつぶやいていた。尋常ではない雰囲気がその娘から発散されていた。

「や……あしゅ……だ!」
 彼女の言葉に答えるように、あたりの深いしげみから敵対的な怒号が帰ってきた。

 一般人の関わるべきでない危険な雰囲気だ。
「わ、わかった。俺は消えるから」
 ころがるようにアイムはドアに走り寄った。よくわからないが、かかわらずにさっさと立ち去ったほうが懸命なようだ。

「しっ……」
 少女の口から笛のような音がもれた。ぱらぱらっと音を立てて、道端に転がる小石がいくつも空中に浮かび上がっていった。

 それにしたがって、なにかの重さに堪えようとするかのように少女の腰が降りていった。
 その瞬間を待ち構えていた五、六人の男女が、茂みの中から飛び出してきた。
  彼らの手には見たこともない奇妙な装置が抱えられていた。

 青いコートを羽織った太った男が、すばやく回りに指示を飛ばしていた。
 少女は決死の形相で、しかしチャンスを捕らえた猫のようなしなやかさで身体をかがめた。
  そのまま片足がうしろにひかれて、全身が地面に対してひどくななめになった。

「な、なに?」
 アイムは目をむいた。見えないかべにでもよりかかるように少女のからだがとんでもない前傾姿勢をとったのだ。

  短距離選手がスタートした瞬間、そんなポーズだ。 
  動いてもいない人間の身体が、そんな姿勢を取って立っていられるわけがない。

 アイムにはわからない少女の意図を理解したように、飛び出してきた彼らは散開しようとした。
  しかしそれを計算づくで、少女の鋭い気合いが朝もやにかすむ石畳を走った。

「はっ!」
 宙に浮かんでいた無数の石が兜虫のように飛び出した。
  同時にその反動を受けたかのように少女の身体は、後ろに跳ね飛ばされた。

「がっ……」
 まともに石つぶてを食らった男達が悲鳴をあげて散っていった。
 いったいなにが起きたのか。
  アイムには少女の前面の空気が、激しい衝撃を受けて水蒸気化するのがはっきりと見えた。

「う、うわっ」
  もう、がまんできない。アイムは荷台車のドアに飛びついた。すばやい動作ではねおきた少女が彼に続いて荷台車に乗り込もうとした。

「ちょっ、ちょっと待った。俺は関係ないんだ。かかわらないでくれ」
 少女は汗にまみれた必死の表情でアイムにすがりついてきた。
 ーーなんだ? ファッションか? ーー
 まだ幼さののこる少女の風貌の異様さにアイムは目を奪われた。
  アルビノといってよいほどの肌の白さと、色素の抜けた赤みがかった瞳。

 長くカールのかかった赤茶色の髪は、ゴルゴンのように、すこしもじっとしていない。
「た、あう……すけ……て」
 アイムはしかし、すがりついてくる少女の腕をふりはらって荷台車を発進させた。ちいさな悲鳴をあげて少女は道路に転がった。そのわずかなもみあいで貴重な時間を失った彼女めがけて、男達が殺到していくさまが後視鏡に映しだされた。

「恨んでくれるな。俺のせいじゃない」
 アイムは激しい良心の呵責を無視しながらつぶやいた。
  事情のわからない彼に真に正しい判断のできようはずもない。一見して外国人である彼らが争っていることに関与などすべきではない。

 すがりついてくる少女の悲壮な瞳が脳裏を横切った。激しくかぶりを振って引き返そうとする気持ちを押さえつけた。
 突然、数十メンツル先の空間が陽炎のように揺らいだ。
  ぎょっ、として
減速栓を引いた。
 ぼろり、と見えないマントをぬぎさるように、ふたりの人影がなにもない空気の中から湧き出てきた。
  あの少女と追っ手のひとりだ。

 一瞬、目の前に映画の銀幕でもかかっているような錯覚を覚えた。
「うわっ、うわあぁ!」
 アイムは激しく舵輪を切って横をすり抜けようとした。動力栓を踏み込んでスピードをあげる。その視界の片隅で男を残して、また少女の姿が消えた。

 同時に、ダダンッ! と、荷箱になにかがぶつかるような音が響いた。
「ひっ!」
 反射的に減速栓を引いてしまった。
  荷箱の上の音は、急激に止まろうとする車体に翻弄されて前のほうに移動していった。

「あっ……ああ」
 かすかな悲鳴の尾をひいて、少女が運転席の屋根を飛び越すように落ちてきた。

 いまやりすごしたはずの彼女がなぜ荷箱の上にいるのだ!
 一瞬のはずの時間がおそろしく長い。
  アイムは目の眩む驚きに捕らわれて、宙を舞う少女のしなやかな肢体をみつめていた。

 車体は完全に停止していない。このままでは道路に落ちた彼女を轢いてしまう。
 しかし少女の身体がまた消え失せようとしていた。
  見えないベールが彼女の全身を包み隠しつつあった。

「逃げろーー!」
 無意識のうちにアイムは絶叫した。
 ぶわっ! と、突風が助手席から吹き付けてきた。あまりに突然のことでなにがおきたか理解できない。

「あうっ!」
 ばばんっ、というものすごい音と悲鳴を響かせて、人間の身体が前面ウォールの内側にはりついた。

 びしり、とギヤマンに蜘蛛の巣状のひびが走った。
「!……!」
 アイムは言葉もなく、そこにあらわれたものに目を奪われた。
 少女が荷台車の内側から飛び出してきた。 彼のすぐ横からーー、横のどこかから、湧いて出た。

 力を失った少女の身体は、不自然な格好のまま全面ウォールからずり落ちた。
「わあああっーー」
 悲鳴しか口から出てこない。アイムはパニックに陥って叫んだ。
 支えを失ったマネキンのように、崩れ落ちていく彼女が信じられない。

 しかし舵輪を握る彼の硬直した手にからみついてきた彼女の長い足は、間違いなく実在のものだ。
  自分の手によりかかる柔らかなふくらはぎの感触がひどく生々しい。

 ショックでもうろうとする意識の下から、少女は切れ切れにつぶやいた。
「……たす……け……て」
 後視鏡には連絡船のもとに集まりつつある追っ手の姿が映し出されていた。

 アイムはまったく理解できないこの状況からはやく逃げだしたかった。
「おおっ、ちくしょう……!」
 気を失って助手席の下にうずくまる少女を乗せたまま、アイムは荷台車を急発進させた。



「それで連れ帰ってきちゃってどうする気なのよ、アイム!」
 社長のキリエが呆れかえって大声をあげた。
 社長と言っても、やっと二十八歳の彼女は、ゴージャスに広がった豊かな金髪を振り乱して逆上した。

 その身長はアイムより頭ひとつほど低いが、女性としてはかなり高いほうだ。
 はっきりとした目鼻立ちを、華やかな化粧でさらに引き立てている。
 はっとするような美人である。
 街角ですれ違ったならば、おもわず目線を捕らえられる、迫力のある美しさだ。

 アイムのバイトする、いおな社は通信販売を営む小さな会社だ。幸い社屋だけは郊外に二階建ての自社屋敷として持っているが、それも商品の一時滞留所としてほとんどのスペースを割いている状況である。
 まわりに緑が豊かなことだけが取柄だ。
 事務所のとなりの狭い社長室でのやりとりは、きき耳を立てている社員全員に筒抜けのはずだ。

「どこの何者ともつかない人をかってに連れてきちゃったりして、誘拐になるかもしれないじゃない! なにを考えているのよ」
 機関銃のように罵声を浴びせられてアイムは一言もかえせずに立ち尽くしていた。
「はあっ……」
「はあ、じゃないわよ。まったく。はやく警察に連絡しなさい」
「えっ、でも、この子は別になにも……」
「ばか、保護してもらうのよ」
 となりの部屋でざわめきが起こった。
「ちょっ、ちょっと待って。あなた」 
 懸命に押しとどめようとする若いカミイユをひきずるようにして、紅い髪の少女が強引に社長室に入ってきた。

「わあたし、きつと、おやくたちます。どうきや、たあすけてくらさい。どうきや」
 少女をうさんくさげに眺めていたキリエはぶっきらぼうに聞いた。
「あんた、名前は」
「アージェー」
「アージェー? どこの国よ。まあいいわ。聞きなさいアージェー。私たちにはメリットがない」

 よくわからないというように、少女は悲しげな視線をアイムに向けた。
「ああっ、事情のよくわからない俺達としては、だれかに追われていた君を無条件に助けていいものかどうか、よくわからないってことだよ。……その、友達になるまえに、助ける判断をするのは難しいって」
 少女は利発そうな瞳をまっすぐにアイムに向けて言った。
「わあたしの、力は、まちいがいなく、おやくたます」
「私の力?」
 聞きとがめるようにキリエが言った。
「なんのことよ? アイム」
「ええとっ」
 煮えきらずにアイムは言葉を濁した。
  あれは噂に聞く、エスと呼ばれているものだ。

  古くから知られる法呪文と一線を画する、人間による法呪の高速発現手段だ。意志によるイメージを法呪に直結させる極めて得意な才能全般を指す。才能全般とは、その定義が明確にされていないことによる曖昧な表現だった。
 そんなものが彼女にあることを知ったら、野心満々のキリエはろくでもないことを考えかねない。
 彼はすこし後悔しだしていた。キリエに助けを求めるべきではなかったのではないか?
「みてくらさい」
「き、君」
 止めようとするアイムの前に出た少女は、ぐいっと腰を落とした。
  そのままアイムによりかかるようにして、低く声を発した。

 キリエの口から悲鳴がもれた。

「き、きゃあっ」
  彼女の身体が見えないなにかに押されるように後ろにずりさがっていった。
 同じ力で押し返されるように、少女はアイムの身体にぶつかってきた。
 始まったときと同じ唐突さで、その力は消えた。
「ま、エスプか、あんた……」
 信じられないものを見た驚きで、キリエとカミイユは立ち尽くした。

「じょ、冗談じゃないよ。あんた! アイム、とっとと連れていきなさい。あたしたちは健全な市民なんだからね。こんなウルトラマンとかかわる筋合いはないわよ!」
 血相を変えて叫び出したキリエは、ふたりを蹴り出すようにして屋敷から追い出した。
「ま、待ってくれ。社長。損な話しじゃないじゃないか!」
「ばか! あんたもとっととその娘を警察につきだして手を切った方が身のためよ」

 屋敷に押し入ろうとするアイムを見て、キリエは鍵までかけてしまった。
「くそうっ! 給料よこせ!」
「ハアイ、アイム」
 二階の窓からのりだしたカミイユが、彼のバックを投げ下ろした。そのあとを追うように、給与明細の薄い紙切れがひらひらと舞い降りてきた。

「解雇よ、解雇! その娘を片付けたら、また雇ってあげるわ」
 不安そうに少女はアイムに擦り寄ってきた。たとえ言葉が不自由でも、自分が原因で彼の立場がまずくなっていることはよくわかった。

す それが哀れでいとおしい。
「もう、頼まないぜ。ばかやろう!」
 アイムはバックを拾い、少女の手を取ると全面ウォールにヒビが入ったままの自分の受持ち荷台車に乗り込んだ。

「あっ、こら、アイム! なにする気よ」
 あわててキリエが玄関を開けようとした。
「退職金にもらってくぜ。当然の権利だ」
「犯罪者ーー!」
 キリエの絶叫をあとに残して、アイムは荷台車を発進させた。
 彼はその足で大学の自走車部に行き、荷台車を売ってしまった。
 彼らが不正な手段で車体を入手して、レースに使用していることは秘かに有名な事実だ。悪くない額で彼らは引き取ってくれた。

 熱心な彼らは、今日のうちにも荷台車をばらしてしまい証拠も残さないことだろう。


 その夜、ふたりは街のホテルで食事をした。
 まとまった金が手元に入ったため、あまりあとさきを考えない性格のアイムは豪勢な食事を取ろうと彼女を誘ったのだ。

「おまたせいたしました」
 専任給仕がランチに満載した皿を次々とテーブルのうえに並べていった。

「テイスティング?」
 専任給仕がワインの栓を抜き、アイムの前にかざした。
「元気をだして。味見しろって。君にまかせるぜ」
「…………」
 しかし紅い髪の少女は、うつむいたまま顔を上げようともしない。
「いいや。それでいいよ。悪いね」
 アイムは専任給仕にチップを渡して下がってもらった。
「……わたしは、あなたにめいわくをかけています」

 ぽつりっ、と少女はつぶやいた。
「えっ? そうかい? まあっ、食べなってば。ここは黄色頁本で、ずっとまえからチェックしてたところなんだ。やっぱりうまいぜ。うん」

「なにも、なにも……おれいができません」
 長いまつげに隠れた瞳から、しずくになった涙がぽつりと落ちた。

  アイムは心臓が止まるかと思った。 
ーーか、かわいいっもんだーー
 彼の口からセロリがぼろりと落ちた。
  あわててテーブルのしたに払い落とす。

 こんな可憐な子は初めて見た。柄にもなく胸がどきどきして止まらない。
「……どうして、てきかもしれない、わたしを 、たすけてくれるのですか? わたしはあなたをころすかもしれないのに」
 アージェーは憂いに満ちた、しかし切迫した切ない表情でアイムを見た。

 なにか、目の前で展開されている光景と台詞が現実離れしていて、アイムは銀幕のヒロインを見つめているような気分になっていた。
「なにも、なにも……おれいができません」
「えっ? ……えっ、ごめん、聞いてなかった」
「いまは……わたしはむりょくです。でも、きっと、むくいます」
「い、いやだなあ、気にするない。はっはっはっ」
 なんだかよくわからなくなってしまったアイムは、とりあえず大笑いをしてごまかした。

 しかし馬鹿面したことが恥ずかしくなって、フォローをしようと姿勢を正した。
  生まれて初めて、大事にしていた言葉を言った。

「き、君の美しさがそうさせるのさ」
 ワイングラスを指三本で持ち上げて、ふたりの視線が合うように目の高さで揺らせたみせた。

「…………」
 みるみる彼女が真っ赤になっていった。
  自分もゆでたてのロブスター並になっているのがわかる。

 はた目にはただの変なカップルだろう。
  でも二人は奇妙な気持ちの繋がりを感じていた。
 そのとき、アイムの後ろで、かつんっ、と高そうな靴のかかとが打ち鳴らされる音が響いた。

「無粋な会話を許していただけるかな? お嬢さん」
 そこには上品な口髭をたくわえたスリムな紳士が立っていた。
 さっ、とアージェーは緊張した。
「いやいや、私が話しをしたいのは彼氏のほうなのだよ」
「ええ? 俺ですか?」
 振り向いたアイムは、そこに立つ男を思いだそうとしたがわからなかった。大学の教授にこんな人がいただろうか?

「私はこういう者だが」
 そう言って紳士は薔薇の文様のついた手帳を、マジックのような早業でどこからか取り出した。

「…………!」
 目の前にピンクの薔薇を突きつけられて、アイムは椅子ごとひっくり返りそうになった。

「わ、悪いけど、俺は興味ないな」
「なに?」
 紳士が怪訝な面もちで聞き返した。
「私はこういう者なのだが」
「だから興味ないんだってば。しつこいぞ」
「なにを言っているんだ? 君はこの紋章を知らないのか?」

「言わせるのか? 恥ずかしいな」
 目を剥いて紳士は口元をひくひくさせた。
「恥ずかしい、だって? 恥ずかしい?」
 アイムはちょっと、頬を染めて言った。
「だから、男色好事家だろう? 薔薇って言ったら相場は決まってるじゃないか」

「なっ……!」
 くんっ、と紳士の顎が上がった。そのままもんどりうって倒れてしまうかに見えた。見る見るその顔色が変わっていった。

「ば、馬鹿者! 警察だ! 警察。警察のマークを知らないのか」
「け、警察ぅ?」
 そう、べつに警察のマークが菊である必要はない。
 彼は大学入学のためにこの国にやってきたため、そんなことも知らなかった。

「証拠をみせてみろよ」
「しょ、証拠だって? 証拠?」
 思わぬリアクションに紳士はたじろいだ。警察手帳をかざして相手が平伏しなかったことなどない。執拗に手帳をつきつけた。

「これが目に入らないのか」
「しつこい奴は嫌いだ」
「馬鹿者ぉ!」
 紳士は錯乱したように、ふところから警察名の刻まれた凶悪な拳銃を引き抜いた。

「証拠を体に撃ち込んで欲しいかね」
「…………!」
 反射的にアイムは両手を上げた。
  いっぺんにワインの酔いもふっとんだ。荷台車の件がもうばれたのか。
  そうだ、アージェーのエスの力を借りれば、たやすく逃げられるではないか。彼女に向けようとした目線が宙を切った。

 彼女がいない。
「えっ?」
 スカートをひるがえして、長い足をむきだしたまま、はるかかなたのレストラン出口からかけだしていく彼女の姿が見えた。

「わああっ、なんて奴だ。逃げやがった!」
 テーブルをひっくりかえさんばかりに飛び上がったアイムは彼女のあとを追おうとした。

「逃がさんぞ! 容疑者!」
 紳士の猛烈なタックルをくらって、床にたたきつけられた。外に待機していたらしいゾンビロウ機動警士たちが、さらにそのうえに殺到してきた。暴動鎮圧に投入される、斬っても撃っても死ぬことを知らない化け物どもだ。

 なにがなんだかわからないうちにアイムは逮捕された。


 ーー俺はこんなところでなにをしているんだ? ーー
 頬に軟膏テープを貼られたアイムは、呆けた目で取調べ室のなかを見渡していた。
  もう夜の十時だというのに、これから取調べをおこなうとのことである。警察は仕事熱心だ。

 なにかの本でこういうところの食事は、靴の敷革のように丈夫だとあった。
 いまアイムに出されたのは、靴のかかとと良い勝負のムニエルだった。まさに硬質ゴムである。たかがこれしきの料理に、これほどの技量を発揮できる調理師に尊敬の念を禁じ得なかった。
 調理師の真心に答えるべく、アイムはたっぷりと時間をかけて味わった。
 机の向こうでは、さきほどの紳士がーークワバン刑事というらしいーーしきりにペンをもてあそんでいた。アイムの横柄な態度に、いらいらをつのらせていた。
「いいかね、アイム君。もう一度聞くよ」
「おう、聞け」
 クワバンはべきっ、とペンをへし折った。
「いおな社から荷台車の、トラックの盗難届けが出されている」
「トラック、ドラッグ、トリップ野郎……」
 クワバンはぐしゃっ、と調書を握り潰した。
「……いおなの報告では、君が乗り去ったことに間違いはないそうだ」

「キリエは三回まわってあっぱらぱあだぜ」
「訳のわからないことをいうのはやめろぉ!」
 椅子を弾き飛ばしてクワバンは絶叫した。
「ん……ぺっ!」
 アイムは大口を開けてあっかんべぇをした。
「……! ……」
 クワバンは、ものも言わずにうしろにひっくり返った。
「ノオオーーッ!」
 バッタのようにはね起きたクワバンは、本当にそう叫んで飛びかかってきた。

「き、きさ、き、貴様、け、警察をなななめるとるの、かあ!」
「クワバン・タナボン、三十四歳、未婚」
「き、貴様。い、いつのまに」
  真っ赤になってアイムの手から自分の警察手帳をもぎとった。
「ア、アイム・チャンピオン……」
「フルネームで呼ぶな」
「アイム・チャンピオン」
「おまえがか?」
 どん、と机を殴りつけた。
「アアァイム・チャンピョオオン!」
 ガッツポーズを取って目いっぱいに叫んだ。
  ちょうどメッセージを持って入ってきた婦人警官の娘がびっくりして。
「は、はい!」
  と、返事をした。



 彼女のメッセージは、アイムの弁護士が面会に尋ねてきているとのことであった。
「周到な奴だ。貴様」
 いまいましそうにクワバンはへし折ったペンを投げ捨てた。
 案内された面会室は、深夜にもかかわらず活気があった。かなりの人数がせわしげに出入りを繰り返している。

 その一角の応接コーナーで、ひとりの外国人が彼らを待っていた。
 恰幅の良い体格を真っ青なスーツで包んだ男だ。緑がかったまっすぐな髪の毛が元気に逆立っている。まるで頭に芝生を植え付けたかのようだ。
「……うっ……」
 アイムはすぐに気が付いた。彼は今朝、アージェーを追っていたひとりではないか。

 たしか指示を出していた男だ。
 案内の婦人警官に気がついた男は立ち上がり、彼らに近づいてきた。

「君がアイム君? 私はマス ハチャトリアン。よろしく。手続きは完了しています」
 南洋系らしい男は巨体をゆらしながら、口元だけで柔らかく笑った。原色のトロピカルなハンカチでしきりと汗を拭いている。
 愛想は良いのに、神経質そうな男だ。
 ぷよぷよとした両手でアイムの手を取り、いっしょに来るようにうながした。

「お、おう、ご苦労」
 アイムは手を振り払いたいのをぐっと我慢して、鷹揚うなずいてみせた。

 ハチャトリアンはすこし意外そうな表情でアイムを見つめた。もうすこし反発を受けるものと予想していたのであろう。
 しかしアイムにしてみれば荷台車の窃盗は事実であるし、このまま拘置されて取調べが続けばそのことが明らかになるのは時間の問題である。
 とりあえずここを出られるものなら歓迎だ。
「ふふんっ、じゃあね」
 アイムはわざとクワバンの前に立ち止まって髪を整えた。ピューッ、と小さく口笛を鳴らしてみせる。
「せいぜい、駐車違反には気を付けろよ」

 ものすごい目付きでにらみ返された。場違いながら妙に説得力のある脅しだ。
 それを遮るようにハチャトリアンがアイムによりそってきた。歩き出すように促している。はやく外に連れだしたいのだ。
 アイムは主導権を握りたかった。先制パンチのつもりで、耳打ちするようにつぶやいた。
「おい、彼女はどこに行ったんだ?」
「……それを教えて欲しい。君の行動は立派な正義感からだということは知っている」

 流暢な言葉で彼はささやいた。アイムが彼女を保護していることをちゃんと掴んでいる。
「来るのが遅かったな。とんでもない娘だぜ。俺を見捨てて逃げやがった」

「続きは外に出てからにしよう」
 アイムの言葉を全然信用していない。
「廊下は黙って歩け」
 すぐ後ろに張り付いたクワバンが、ぎりぎりとにらみつけながらうなった。
  もうすぐ出口だ。アイムはふたりから逃げ出す方法を考えながら振り向いた。

「小学校の先生じゃあるまいし……」
 そのとき、警察署内のどこか遠くのほうで、かすかな悲鳴が上がった。

「なんだ?」
 クワバンは敏感に異常を感じ取り、警戒の色を見せた。
 ざわめきは山火事のようにすべてのフロアーに広がりつつあった。いい知れぬ動揺があたりに満ちてきた。

 ーーっと、そのとき、トランポリンのように床が持ち上がった。
 ワンテンポ遅れて、ズンッ、ととんでもない音が響きわたった。あたりのギヤマンというギヤマンが木っ端みじんに砕け散った。

「うわわっ!」
 アイムは足をすくわれて床に転がった。
 次の瞬間、建物の中とは思えない、すさまじい爆音がまわりを圧倒した。

「な、な、なんだ。戦争か、か」
 アイムは立つことも出来ずに、じたばたと床を逃げ回った。
 あまりに唐突すぎる。
 あちこちで悲鳴があがり、留置場のほうから開放された大勢の男女が駈けてきた。

 拘置されていた人々まで、逃げるようにとりはかられたらしい。それほど異常ななにかが進行中なのか。
 いたるところで職員がなにごとか叫んでいるが、轟音のために全く聞き取れない。
 とにかく逃げ出さねば。
  どこからか建物が崩れ始めている気配である。まるで巨人が暴れ回っているような騒ぎだ。

 ハチャトリアンはとっくにどこかに消えていた。クワバンだけがしつこく服のすそにしがみついていた。
「な、なんて奴……!」
 本格的に建物が崩れ始めた。へたに動かない方が死なずにすむと思えるほどだ。

 駈け降りようとした階段が向いの壁ごと、どっと崩れ落ちた。クワバンがうしろにしがみついていたおかげで助かった。
 広く開けた視界に外の様子が見渡せた。
 ごおおっ、という破壊音とともに、右手の警察生協が、巨大な象塊竜に押し倒されるように崩壊していった。

 しかしその破壊者の姿はなぜか見えない。
「な、な、なにごとだ。これは」
 クワバンが愕然として叫んだ。
 自飛矢攻撃を受けているわけではない。地震でもない。いったいなにが進行しているのか想像もつかない。

 しかし現実に天下の警察が攻撃を受けているのだ。
  いかなる組織といえども、正面きって警察に戦いを挑めるとは考えられない。そもそもなんの利益があるというのか。

  本気になった警察はギャングよりも始末に悪い。
「ハイッ、ハイィッッ!」
 アイムはバレー部仕込みのかけ声で、蜘蛛男よろしく、ぴょんぴょんと壁を飛んで逃げ回った。どうにかまだ無事な三階に飛び込んだ。振り向くと、四つ足で駆け回るクワバンがまだついてきていた。

 走りでた廊下のむこう、わずか数メンツル先を、なにか巨大なものが、建物をまっぷたつにしながら横切って行った。
 ほんのりとピンクに輝くエネルギー性シールドに包まれた、金色のものだった。
 髪の毛の逆立つ恐怖のなかで、アイムはなぜかその姿に見覚えのある気がした。
「ど、どこかで見なかったっけぇ?」
 もたついている間に足元の床は地面にたたきつけられた卵のからのようにひび割れ出した。あわてて手近の部屋に飛び込んだ。

 『女子更衣室』と書いてあったが、喜んでいる場合ではない。
 崩れさった廊下のむこう、綿飴のような土煙のなかから、明らかに見たことのある優美なラインを持つ、金色の巨大な機体があらわれた。

 可変後退翼の飛行機から翼をもぎとったような、特徴的で華麗なフォルム。
 見間違いようもない。
 アイムは顎がはずれた。
 アージェーを拾ったときの連絡船ではないか!

 なにがどうなったのだ。まさかハチャトリアンはここまでして自分を連れ去りたいのか。
 警察を敵に回すほどの価値が自分の情報にはあるのか。
  連絡船はゴンゴンと、化学燃料による噴射をしていた。
  連絡船の巨体を垂直に上昇させるための激烈な爆風だ。船体の真下に棍棒を突き立てているようなものである。
  常識を逸した兇器な推進剤の爆発に乗って連絡船は浮いていた。

 本来は非常用の補助装置のはずだ。
 しかし、なるほど、あの噴射をくらって立っていられる建物などあるとは思えない。
 吹き飛ばされそうな爆風のなか、立ち尽くす二人にむかって、連絡船からエンヂムに負けない大音量の声が降ってきた。

『アイム! たすけにきました』
 アージェーの声だ。 
「なに、なんだって?」
『いま、しょうらい力線をおくります。うごかないでください!』
「じょ、冗談じゃない! いま仮釈放になったばかりだぞ。誰が大脱走なぞ頼んだ!」

 背中にいやな気配を感じた。
「ふっ……ふ、や、やはり貴様ァ」
 クワバンの勝ち誇った顔がそこにあった。
「し、知らん。俺はあんな女なんて知らない」

 アイムは脱兎のごとく駆けだした。
  その瞬間、いま彼の立っていたところにオレンジ色の招来力線が当たった。

『うごかないでください』
「待てっ、犯罪者!」
 すかさずクワバンが追いかけてきた。
 アイムはクワバンに追われているために、一カ所にいられないのだと勘違いしたアージェーは、宙空世界航行用対塵光学デュウを照射しだした。

 まぶしいシャワーのような光線が、激しく辺りにヒットして小爆発が起きた。熱い蒸気とかけらがクラッカーのように跳ね上がってたちまち二人の姿を覆い隠した。
 クワバンとアイムの間に距離などほとんどない。アイムは自分が撃たれているような錯覚を覚えた。もう泣きだしてしまいそうだ。
「助けてくれ!」
 爆音のなかで声はどこにも届かない。完璧に犯罪者だ。これであらゆる保安機構から追われることは間違いない。どこでなにがどうなってしまったのだ。

「うおおおぉぉーー!」
 錯乱一歩手前でアイムは絶叫していた。
 気が付いたときには、身体が宙に浮いていた。招来力線に捕まったのだ。

 力線はゴムひもが縮むように彼をカーゴベイに放り込んだ。
 もんどり打って網床に転がったアイムに、軽いなにかがすがりついてきた。

「あいむっ、あいむ。だいじょうぶですか」
 紅い瞳を泣きはらしたアージェーが、噛みつかんばかりの勢いでアイムに迫った。
  震えるかすれた声で、油で汚れた白い指でアイムのシャツを握りしめた。

「ごうもんされませんでしたか?」
「ご……いや、いや。へいきだ」
「……よかった。グーツッ。ネスパ……」
 後半は彼の知らない異国の言葉でつぶやいていた。
 しかしその意味はよくわかった。
 この娘は本当に彼を助けたい一心でやってきたのだ。純粋にアイムの身を案じて。

「俺はーー」
 アイムはうつむく彼女の髪に触れようとした。その瞬間、アージェーはスイッチを切り替えたようなすばやさで表情を引き締めた。

「だっしゅつします。きてください」
 意外な力でアイムの手を引き、パイプとブロックの隙間をつなぐだけの狭い梯子をかけ昇った。

「いそいで」
 ショックと疲労でなにも考えられない。
「アイム、しっかり。はやく、安全帯をさげてください」
  アージェーにうながされるままに、身体をなにやら狭いところに押し込んだ。

 気が付くと、ひどく窮屈ななにかの席に身を置いていた。
「えっ? な、なんだこれ?」
 あたりを見渡して愕然とした。そこは宙空世界での船外作業用搭載艇操縦席だった。
 半透明の風防が無慈悲に降りてきた。かすかな音を立ててロックされた。

「ち、宙空世界に逃げだしてどうする気なんだ」
 しかしアージェーはアイムの言葉を無視した。
「いきます」
 ドシュッ、と鈍いカタパルトの音を響かせて搭載艇は打ち出された。

「うわ、うわああぁーー!」
 アイムは生まれて初めて味わう本物の恐怖に魂を凍らせた。 
 
 そこは宙空世界ではなかった。靜かに上昇を開始した宙空世界船はまだ、大気圏の内側にいた。漆黒の夜空と街の明りが風防越しに狂ったように回転していた。
 アージェーは宙空世界専用の搭載艇を、無謀にも惑星の空で飛ばそうとしているのだ。
 艇は強力なエンヂムの力だけで自飛矢のようにふっとんでいった。
「ぎゃああぁぁっっ」
 ヒステリーをおこしたアイムは化け物のような形相で悲鳴をあげ続けた。

 上も下もわからない状況の中で、アージェーは超絶の指さばきをみせた。人間技を越えたコントロールで搭載艇の回転を止めて、軌道を安定させたのだ。
 しかし確実に高度は落ちていた。細い雨に煙る真っ黒な森が眼下にせまっていた。
「お、落ちる、落ちるぞ。おいっ」
 狂ったぜんまい人形のようにアイムは騒ぎ立てた。
「落下傘はどこだ!」
 宙空世界船は落下傘など積んでいない。
 アージェーは冷静に搭載艇を減速させようとしていた。しかし推進剤はわずかしかない。

「わたしにつかまって、ここからでます」
「な、なにィ?」
 いまや搭載艇は、ほとんど自由落下状態だった。つまりまっさかさまに落ちているのだ。

 安全帯をはずしたアージェーの小柄な身体が、宙空世界遊泳のようにアイムに覆いかぶさってきた。
  紅く光る瞳だけが、操縦装置のほうを向いていた。

 アイムは不思議な緊張感にひかれて、その目線を追った。
「うっ……」
 首的エンヂムの動力栓が見えない指で押し込まれていった。
 どんっ、とエンヂムの轟音が腹の底に響いた。最後の推進剤が強烈な減速をかけていく。

「アイム! アイム」
 彼の胴に回されたアージェーの腕に力がこめられた。
 衝撃は突然襲ってきた。


  ばかん! という破裂音に全身が叩きのめされた。
「……かっ」
 意識に断絶があったかのように搭載艇が消えていた。
  いきなり押し寄せてきたすさまじい風圧に意識が遠のきかけた。

「…………!」
 悲鳴すら上げられない。たったいままで乗っていた搭載艇がなくなっていた。

 温度が、圧力が、光がすべて瞬間に切り替わった。そのギャップに神経がついていけず、視界を覆う暗黒の意味を理解できなかった。
 ふたりは雨の降る夜の大空に放り出されていたのだ。
 反射的にアイムはアージェーの細い身体にしがみついた。
「アイム! たすけて!」
 アージェーがちいさく叫んだ。
 その声が彼の意識を現実に引き戻した。
「くそっ、くそおぉーー!」
 自分にはなにもできない。助けを求めるアージェーにすがるしかできない。アイムは歯がゆさと悔しさに悲鳴を上げた。

 へんだ。なかなか森の木々が迫ってこない。
  それどころか、少しづつ落ちる速度が鈍ってきていた。
 アージェーが強力な念力で減速をかけていたのだ。
  固く閉じたまぶたが強い緊張でぴくぴくと痙攣していた。

 ほとんど視界のきかない闇のなかから、突如、立木の頂上が迫ってきた。
「……くっ……」
 アイムはアージェーの全身を丸めるように腕のなかに抱き締めた。

 ざざっ、と固い針葉樹の枝葉が襲いかかってきた。ふたりの身体は枝にはじかれながら、長い落下を続けた。
 ふわり、と空中にはきだされたと思った次の瞬間、もんどうって地面に叩きつけられた。
「…………っ!」
 衝撃で息もできないアイムのうえに、へし折れた木の破片が降ってきた。

 アージェーはうまくアイムのうえに乗る姿勢で落ちていた。
 しかし小さな彼女はすでに力を使い果たして意識を失っていた。


 どれほどの時間がたったのだろう。アイムはやっとのことで、上半身を持ち上げた。

「うっ……ふうっ」
 たまっていた息を苦労して吐き出した。
 ずっと降り続いていた雨が、葉の間からしずくとなってぽたり、ぽたりと落ちていた。

 アージェーのちいさな顔が濡れて、わずかに血がにじんでいた。
 おそるおそる自分と彼女の身体をチェックしてみた。
  さいわい骨折はしていない。わずかな切傷と打撲傷ですんだようだ。まさに奇跡である。

 その奇跡は目の前の華奢な少女が起こしたものなのだ、そのことが信じられなかった。
 彼の名前を何度も呼び、いま無防備に横たわるその姿は、あまりにも可憐でやわらかい。
「……ええい、くそお、こんなことしてるばあいじゃない……」
 苦痛と疲労で気絶してしまいそうだ。そんな甘い逃避の誘惑をねじふせて、アイムはアージェーを抱きかかえて立ち上がった。

 長い夜が明けかかっていた。
 かすかに自走車の音が聞こえる方角に向かっていくと、ほどなく見覚えのある細い道にでた。

「なんてこった、「いおな」の近くじゃないか」
 アイムは荷台車をヒッチハイクして貨物室にもぐりこんだ。親切な運転手は事情も聞かずに、いおなの近くを通ると言ってくれた。

 その荷台車は、豚を貨物室一杯に積んでいた。片隅にアイムは小さくなって座り込んだ。
 豚たちが物珍しそうに近寄ってきた。怪我をして、血まみれのあやしげなふたりを見物しようと鼻先でつっつきまわした。
「……う……んっ」
 アージェーが腕の中でかすかに目を開けた。
「だいじょうぶ、心配ない」
 アイムは濡れた彼女の髪をなでながら、そっとささやいた。アージェーは声もたてずに、また、まぶたを閉じた。

 「いおな」についたころ、朝日がやっと遠くの山々から昇りかけていた。
 全身の痛みに四苦八苦しながら貨物室から降りるアイムに、運転手が気の毒そうに声をかけてきた。
「おいっ、若いの。本当にここまででいいのか? 今日は土曜日だぞ。なんだったら、病院につれていくぞ」
「……あっ、いや、いいんだ。ありがとう。これから、ここでパーティーなんだ」
 しまった、気がつかなかった。土日曜日はいおなは休みではないか。中に入れない。
 しかたなく敷地内に止めてある大型荷台車の運転席にもぐり込んだ。幸いドア錠からは、まだアイムの登録が解除されていなかった。このまま乗り逃げすることもできる。
 しかしアイムの中で形を成しつつあったアージェーを助けるためのプランには、いおなにある道具の助けが必要だった。
 助手席うしろの簡易ベッドに横たえたアージェーが、うっすらと目を開けた。
「……アイム……うまくいきました? わたしはせいこうしましたか?」
「寝てなきゃだめだぜ。心配いらない。あとはまかせてくれ」
 そうだった。彼女は純粋にアイムを助けようとしただけなのだ。アージェーの意識はアイム救出劇の過程でストップしていた。

「よかった……たすけることができたのですね」
 ほおっ、と息をつき、アージェーはうっすらと涙を浮かべた。
「やっといちどだけおんがえしができました……」
 アイムは、ばかやろう! と、叫びそうになるのを、ぐっとこらえた。白く細いアージェーの指が宙をまさぐるようにアイムをもとめた。
「……おい、目が見えてないのか?」
 驚いてアイムはその手を握りしめた。ぴくんっ、とアージェーが緊張するのがわかった。

「法呪をつかったあとは、ときどきこうなります。どうか、しんぱいしないでください」
 恥じらうように、色白の頬がほんのりと染まった。
 ーーおおおぉぉっっーーー!  ーー
 おもわずアイムはさかりのついた雄のように雄たけびを上げそうになった。
  アージェーを抱き締めて振り回してやりたい! 自分のために命をかけてくれる異性など、他の誰かに望めるだろうか。

 この娘が愛しい。
  守ってやりたい。
  アイムは生まれて初めて、ゲーム感覚の恋愛を越えた愛情を感じた。

「聞こえるか? 名前を教えてくれ。君をあの……野郎たちから守りたい。もっとワケを話してくれ」
 信じられない、という表情でアージェーは見えない瞳をアイムに向けた。
  見るみるその眼から大粒の涙がこぼれた。

「一蓮托生だ。俺を信じろ……アージェー」
  アイムは始めて彼女を名前で呼んだ。
 ふわっ、と浮き上がるような不思議な姿勢のまま、超越の力を持つ少女はアイムの首筋に抱きついた。

  顔を伏せたまま、うなじを彼の目の前にさらしたまま。小さなアージェーはアイムの胸の中に身体を埋めた。
「…………っく……あっ」
 そのまま声を殺して震えながら泣きだした。アイムは両手を回していいものか躊躇した。

「わたしのなまえは、アマトセノツ・ジュチイセワレミヒ・ハキテノリイスといいます。GASSOではたらいていました」
「アマ……、えっ? GAS、ガッソー?」
「アージェーです。わたしのなまえはアージェー。ガッソーはキナラカミ連邦の民間研究所です。わたしはそこで被研体として雇用されていました」

「実験台ってことか。そんなことを連邦じゃ許しているのか?」
「……いいえ、非合法です。わたしはそれをしって、にげだしました」

 汗と血で固まった髪が、アージェーの額と口元に張り付いていた。アイムはそっと指先でそれをはがした。触られることに慣れているのか、アージェーはまったく抵抗しない。
「そして、あなたにたすけられました」
「それは、なんだ。きっと、つまり、その……そうしろと、さ」
 不思議そうにアージェーはアイムを見上げた。大きな紅い瞳が揺れていた。

「どこかで誰かが、俺達に言ったんだ」
 くすり、と少女の微笑みで笑った。
「この、くにでは、おとなでもまんがをよむってきいてます。ほんとうなんですね」

「……そういう無粋なことをいう口は詰め物をしてしまえって、君のママは言っていたぜ」
「アイム……!」
 かすかに抵抗しようとした両手をはがいじめにして、アイムは少女に唇を重ねていった。
 幼い子供同士が、生まれて初めて自分の意志でキスするように、堅く渇いた唇がかすめるように触れて、離れていった。

  その瞬間、荷台車のドアが外から開けられた。
「こおらぁーーっ! 発情泥棒猫」
 そこには目を三角にしたキリエが徹夜明けのひどい顔をして立っていた。

「うわわぁ」
 子供のような情けない悲鳴を上げてアイムは飛び上がった。
「そんなところでなにやっているのよ、あんた達。来なさい。すごいことやってくれたわね。ニュースはあんた達のことで持ちきりよ」
「し、社長。今日は休みなんじゃ……」

 意表をつかれたアイムがタコのように赤面して言った。
「あんたのおかげで、いままで警察で事情聴集よ。いいから来なさい」

 休みの社内は、がらんとしていて妙にこころもとない。アージェーを応接ソファに横たえたあと、アイムはキリエに促されてテレビヂョンのスイッチを付けてみた。
 そこでは、早くも組まれた特番が、昨夜の警察署襲撃の模様を繰り返し流していた。
 その主犯としてーーすでに容疑者扱いではないーーアイムの顔写真が出されていた。

「おおっ、すごい。俺がテレビヂョンに出ているぜ」
 アイムはおもわず横に設置された録画装置のスイッチを入れた。しかしその顔はおよそ彼とは思えないほど凶悪な表情だった。そのまま手配書に使われたら、彼が捕まることなどないのではないかと思えるほどだ。

 最近、これといって大きな事件が起きていなかったためか、各局ともに全力の特集を 組んでいた。
 ある局などでは、訳知り顔の評論家が、アイムが生まれる前の「グライ銀行虐殺事件」他、一連の凶悪事件を引っ張り出して、今回の事件との共通性を強調していた。
 つまり全部アイムの仕業だと言っているのだ。いつのまにかアイムは悪の大秘密結社のボス中の大ボス。全身戦闘改造人間の破壊魔王にされていた。
 ある大学などでは、学費値上げ反対のキャンペーンプラカードにアイムの写真をでかでかと貼っていた。
「……なんだ、こりゃ……なにを考えているんだ? あのくそかばぼけどもは」
「わ、わたし……なんてことを……」
 やっとしでかしたことの非常識さを理解したアージェーはうろたえて顔色を失った。

 しかし、警察署を襲うことの犯罪性を常識として知らない環境にいたことは、アージェーの責任ではない。
 アイムは震えるアージェーのあたまを優しくなでた。
  アージェーのためにも、ほかならぬ自分のためにもこの罪はハチャトリアンの一味にかぶってもらわなくてはならない。

 キリエが社員の机を片っ端からあさって、クッキーやカップラーメンを見つけてきた。いま医者を呼ぶわけにもいかないため、衰弱したアージェーには、自動販売機から運動飲料を山ほど買ってきて与えた。
 やがて、アージェーは静かな寝息を立て始めた。
「さて、アイム。いつここを出ていってくれるの? 巻き込まないでちょうだいね」

 一息ついたキリエが不機嫌そうに言った。
  アイムはずっと考えていた。アージェーの存在を闇に葬り、彼の元に止める計画を。
そのためには、彼女に一度死んでもらわなければならない。
アイムの中で練られていた計画は、リスキーではあるものの、かなり実現性があると思えた。にやりっ、と笑ってアイムはキリエに近づいた。

「社長、ハネルカン大学に納入する複製生体装置が二機ありましたよね」
「……おいおい、なにを考えているの? あまり聞かないほうが身のためのようね」
「彼女の複製生体を造ってくれませんか?」
 ぎくっ、とキリエは口元をひきつらせた。
「なに言ってるのよ。あれは売り物よ。それに私は操作方法なんて知らないわよ」

「あっ、大丈夫。俺、知ってますよ。授業で使ったから」
「いやよ。私はテレビヂョンになんて出たくないわ」
 キリエはビールを手にしたまま、ぷいっ、と横を向いてしまった。

 アイムはこれみよがしの仕草で、ジャケットの隠しポケットから二百万アンを出した。厚さを見せつけるように、わざわざ縦方向でキリエの頬に突きつけた。
「うっ……な、なんのつもりよ」
「あげるよ。社長。「いおなむなんかの雇われ社長じゃ、給料なんて安いんだろう?」

「ば、馬鹿にしないでよ」
 さらに百万アンを出して反対の頬をなでた。
「セットアップまではやるからさ。納品物の稼働チェックをするのは一流のサービスさ」

 すこし目の下を赤らめてキリエは片方の眉を上げた。
「条件をひとつだけ、聞いてくれる?」
「いいとも」
「あんたは出てって」
「……そりゃないだろ、社長」
「育成期間は二ヶ月もかかるのよ。そのあいだずっとあんたをかくまってられるわけないじゃない。警察をなめちゃだめよ」

「オーケー。ちゃんと彼女に食事をやってくれよ」
「金魚をあずかるんじゃないんだから。それよりあんたこそ荷台車を返しなさいよ」

「当前だろう? ビジネスライクにいこうぜ」
「じゃあ、さっさとセットアップして、今日中に出てって」

 
『ハチャトリアン博士、どうしたことだ。なぜ、リュホルナイマンカ・ハキテノリイスは見つからない。不都合が生じたのなら支援の実行部隊を送るが?』

 堂々と公衆回線を通じた連邦からの指令に、ハチャトリアンの巨体は硬直した。彼の主催する研究所GASSOは、連邦からの強力なバックアップのもとで運営されていた。つまり、連邦の干渉下にあると言っていい。
 支援の実行部隊とは、連邦直属の危険な実力部隊のことである。一度介入を許せば、彼の研究所は完全に連邦の支配下に組み込まれてしまうことだろう。
 自由な研究を望む彼と部下たちにとって、それはなんとしても避けたいことだった。
「どうか、ご心配なく。実験結果はほぼ整理されています。彼女の手がかりも得ています。彼女を保護するのは時間の問題です」
『科学者らしくない、不明瞭な表現だ。私は不満足だ。今後の計画、タイムスケジュールを二日以内に提出することを要求する』
 カメラのフレーム外から、部下が心配そうにハチャトリアンの顔色を伺った。
「おまかせください。監査官」
 ハチャトリアンは懸命に自信に満ちた表情を繕おうと笑顔を作ってみせた。

『彼女に関する研究結果報告の期限は二ヶ月以内であることを忘れないことだ。次回の報告学会のための手配一切はすでに完了している。君の研究所の未来は報告の評価で決まる。関係諸氏の不興を買わないことを希望する』
 通信はそこであっさりと切られた。しばらくのあいだ、ハチャトリアンは暗くなった銀幕にひきつった笑顔をむけ続けた。
「ハチャトリアン博士、国には連絡船を奪われたことも報告していません。しかも、あの警察襲撃の一件から、我々としても面だった調査ができないためにアージェーの手がかりもまったく得られていません」
 わかりきったことを部下は念を押すように言った。
「もちろんだ。連邦へもそのことは伝わっているだろう。それでも我々は学会での栄光のためにアージェーを得る必要があるのだよ」

「しかし、先ほどの報告の通り、彼女に関する研究データはほぼ取り終えています。報告の場に彼女は必要ないのではありませんか?」
 ハチャトリアンは若い研究員に向かって苦笑いを浮かべた。
「報告の場に十三人のアージェーが必要なのだよ。連邦中央は兵器としてのエスプを見たがっているのだからね」

「はい」 
「オリジナルから複製生体にエスが複製されることを証明しなくてはならない」

「だからこそ、私の出番ね」
 すっ、と見えないカーテンがはがされるように少女が現れた。
「私が一番うまくやれるわ」
  声が先か姿が先かわからない何気なさでハチャトリアンのすぐうしろに自転送現出した。

 短く刈り込まれた髪の毛が真っ赤に染められている。ぴったりとしたレザースーツから細い手足がすらりと伸びていた。
 若い研究員は恐れるように後ずさった。
 切れ長の濃いサングラスが、あたりにひしめく機器のパイロットランプを反射してぎらぎらと光っていた。つん、と細く尖った顎の線が、好戦的な性格を見せつけている。

  ハチャトリアンが少女に視線もくれずに言った。
「ミラマーズ。アージェーとは戦うな。エスプとしてのカルト値は彼女のほうが明らかに高い」
「はっ、こざかしい。ハチャトリアン博士。私をオリジナル扱いしなさいよ。私は博士のためにかわいい実験動物になるわよ」
 ミラマーズと呼ばれた少女は声を出さずに笑った。
「アージェーの保護が最優先だ。不本意ではあるが、敵の誘いに乗ってみることにする」

 自分の言葉をまったく無視されて、ミラマーズはむっ、としたように顎を持ち上げた。
 彼女はいままで見ていたらしい新聞を、テーブルのうえにたたきつけた。
 そこには露骨なペット広告が載っていた。
『アージェー、差し上げます。眉目秀麗。超絶技巧特技有り。委細面談。十月八日十九時、時無し屋敷屋上』

  差しだし人は『磯野 田呂べえ』とある。いかにもどうでもよい偽名だ。
「差し上げますってところがいいわね。気前のいい人って好きよ」
「いいか、我々はこの国で充分すぎるほどの騒ぎを起こしてしまっている。連絡船が警察に回収されたこともわかっている。いつまでもあのアイム・チャンピオンという若者を悪役にしておいて済むものでもない。金でスムーズに解決できるものなら、我々としてもそれを厭わない」

「我々じゃなくて、私でしょう? 博士」
 裏返した人差指を突きつけるようにミラマーズが言った。
「自分からあげる気前のよさは、好きじゃないわ。もらうものだけもらいましょう」

 彼女と話すことにストレスを感じているようすで、ハチャトリアンは神経質そうに手を振った。
「命令だ。トラブルは起こすな。四百万アン用意した。これがこちらから提示できる限界だ。これで手をうたせたまえ」
「アージェーを保護している相手もわからないのに? 警察かもよ? ギャングかしら」
 胃の当りを押さえながらハチャトリアンはいらいらとして言った。
「だからこれは君の仕事なのだ。ミラマーズ。君の冷静な行動に期待する」
「ふふんっ」
 少女は面白そうに、ぺろりと親指の先を嘗めた。
「くれぐれも戦うな」
「臨機応変にね」
 少女はサングラスをはずして、挑むようにハチャトリアンを見つめた。

 その顔はアージェーとまったく同じだった。


  アイムは夜の闇にまぎれて自走車でいおなに乗り付けた。大きな毛布を手に、あたりを警戒しながら裏口から中に入っていった。

 あの新聞広告はアイムの出したものだ。そして約束の十月八日は明日である。相手が素直に食いついてきてくれるとアイムは確信していた。
「アイム、アイム……」
 アージェーが泣きだしそうな顔で駆け寄ってきた。
「おおっ、アージェー。ひさしぶり。元気? キリエにいじめられなかったか?」

「はい……はい。よくしてもらいました」
 うれしそうな、真っ赤な顔をしてアージェーはうなずいた。
「失礼しちゃうわね。アイム。私たちはもう素肌のふれ合いで結ばれた仲よ」

 豊かな金髪をうしろで結びながらキリエが社長室から出てきた。
「…………!」
 アイムはうさんくさそうにキリエをにらみつけた。
「このあいだ、温泉に連れていってもらいました」
 申し訳なさそうに笑いながらアージェーが言った。
「ど、どうりで玉の肌だ」
「えっ? たまのまたですか?」
「……アージェー。淑女はそんなこと言っちゃいけない。キリエみたいな大人になるよ」
「たまのたま?」
社長! 時間がない、始めようぜ。アージェーは社長室で休んでいてくれ」
「アイム。教えて下さい。いったいなにをしているんですか? 私の……ために危険をおかしているのなら、無理をしないで下さい。どうか、教えて下さい。私に手伝えることならなんでもします」
 キリエは意地悪そうな笑いを浮かべながら、アイムに視線を送った。
「教えてあげたら?」
 アイムのプランはアージェーの複製生体を使って、ハチャトリアンたちと取り引きしようというものだ。

 とてもアージェーには正直に言えない。
「アージェー、言葉が上手になったな」
「アイム、はぐらかさないでください」
「大丈夫、なにも心配ない。おとなの商取り引きの用意をしているだけさ。それがすんだらアージェーは俺達とずっといっしょにいれるんだ」

「…………」
 納得しかねるようすでアージェーはおし黙った。
「アイム、もうひとつ、気になっているのですが……」
「なに?」
「ここしばらく、ずっと感じていたんですが……変なんです。まるで私がひとりじゃないような……私が何人もいるような感じがしているんです」

 ぎょっ、として、アイムとキリエはアージェーを見た。
「つ、疲れているんだ。きっと。心配ないさ。今夜はカールポンでも飲んで、ゆっくり寝ることだ」
「はい、そうします。焦豆茶をいれますか?」
「いや、いいよ。もう、おやすみ。また明日話そうぜ」
「わかりました。アイム、キリエ。おやすみなさい」
「おやすみ」
 キリエも軽く手をふり答えた。あっけないほどあっさりとアージェーは社長室に入っていった。

「素直な娘ね。いまどき珍しいわ」
 感心したそぶりでキリエがつぶやいた。
「命令されることに慣れているんだろう」
 面白くもなさそうにアイムは言った。
「おや、ずいぶん事情を調べたようね」
「よくわかっちゃいないよ。さあっ、始めようぜ」
 ふたりは社屋を出て、倉庫の奥にセットした複製体産出倶にむかった。

  倉庫とのあいだは、通路があるわけではないので、真っ暗な敷地内を歩いて行かなければならない。
 がさっ、と社屋の横のしげみが鳴った。あわてる人の気配が一瞬した。
「……しいっ……!」
 低く鋭い声が音のように走った。
「うん?」
「どうしたの? アイム」
「いや……なんでもない。誰かがいたような気がしたんだ」
「いま出てこないんなら、無視しちゃいなさい。今夜で終わるのよ」

「ああ。嫌なことはとっととすませちまおう」
 あたりのしげみはそれきり虫の声に満たされた。


 それは、ひそかにアイムのマークを続ける警察の張り込みだった。
  彼らの調査でもアイムが主犯格ではないことがはっきりしていた。しかし彼が警察署襲撃の関係者であることは確かである。なにかしら、うさんくさい動きを続ける彼の行動は、逐一警察のスタッフにより、監視されていた。

 アイムはそれを知らなかった。

 
 約束の夜が来た。
 アイムはハチャトリアンたちが来ることを疑っていなかった。
 自走車で乗り付けたアイムは屋敷の屋上がやけに騒がしいことに気が付いた。どうやらペット差し上げます、の記事を真に受けた人達が本当に集まってしまったらしい。

 なんの動物かを書かなかったのに、物好きな連中がいたものだ。
「ハアイ、あなたもお客さん?」
 ほっそりとした、十五、六歳の少女がアイムに声をかけてきた。
 日が長い季節とはいえ、もう薄暗がりのこの時間に、真っ赤なサングラスをかけている。薄いぴっちりとしたレザースーツがすっきりと似合っていた。

 それはアージェーの顔をした少女。
   ミラマーズだ。
「俺は主催者側さ。大勢の人に参加してもらえそうでうれしいよ。君は好事家の一人かい? 若い身空でたいへんだ」

 さあ、カーテンアップだ。アイムは少し緊張しながら少女と向き合った。
「私の主人が執心なのよ。ぜひ、私にゆずってもらえないかしら」
 少女は奇妙な迫力で迫ってきた。
  アイムは危険な気配に躊躇して身体を引いた。彼女が取り引きの本命であることは、すぐにわかった。

「裏取り引きは無しだ。他のお客さんをすっぽかしちゃ悪いぜ」
「談合に妥当なだけの額は用意したわ」
 ミラマーズはスーツと揃いのデイパックから札束をのぞかせた。
「へえっ、力づくだと思ったぜ」
「私のボスは小心者の紳士なのよ」
 しかし、アイムは生きたまま複製生体を渡すつもりはなかった。調べられれば複製生体だということはすぐにわかる。
「ボスを悲しませるのは、私の本意じゃないの」
  アイムの計画は残酷だった。疑いの残らないように生きた複製生体を相手の目の前で殺してしまうつもりでいたのだ。

「ひとりかい?」
 アイムが聞いた。
「私はスリルが大好きなの。他の人達は車で待たせてあるわ。さあ、ハンサムさん。素直に渡して」

「いいだろう。まってくれ」
 アイムは後部座席から毛布にくるんだアージェーの複製生体を運びだした。

「なあに? どういうつもり。その娘は怪我をしているの?」
 突然、耳元で声がした。
「うわぁ」
 アイムは悲鳴をあげて飛び上がった。一瞬にしてミラマーズが十数メンツルを移動して彼の横に立っていたのだ。
  その腕から見えない力で複製生体をもぎとられそうになった。
「お、おまえ! まさか」

「私の名前はミラマーズ。その娘とおなじエスプよ。だって私はその娘の複製生体なんだから」
 サングラスをはずした端正なその顔には、アージェーと同じ目が笑っていた。
「アージェーは眠らせているのね。好都合だわ。オリジナルと力比べなんてしたくないわ。さあ、お金はあげるわ。その娘を渡して」
 この世は複製生体だらけだ。みんな考えることはおなじなのだ。
「……いいとも。もっていってくれ。エスプと喧嘩をしちゃいけないって、ラジオで言っていたからな」

 ミラマーズは靜かにデイパックから腕を抜こうとした。
「ほらっ」
 その腕が抜ける前に、アイムは複製生体を投げつけた。
「あっ」
 ミラマーズが体勢を崩した一瞬の死角をついて、アイムは隠し持っていた登山ナイフを抜きはなった。
  冷たく濡れたような刃は、己の色を持たずに闇の黒を映し出した。

  長身のアイムの全体重を預けた切っ先は、彼自身にも信じられないあっけなさで複製生体の背中に滑り込んでいった。
 びくんっ、と初めて複製生体が生き物らしい反応を見せた。
「まさか、あなた!」
 すばやくミラマーズは身体をひねった。複製生体を抱いたまま、短い自転送でアイムの手から逃げた。動揺した手付きで、しかしすばやく複製生体の身体を点検した。

「シッツッ……!」
 ミラマーズの口から悲鳴が漏れた。ナイフは見事に心臓をかすめていた。即死だろう。

「あなた、アージェーを! いったいどういうつもりで」
「バイバイ」
 長居は無用だ。アイムはすばやく自走車に駆け込もうとした。
「ぎ…………っ」
 すでに心臓の鼓動も止まった複製生体の口から、ひどく人間離れした声が漏れでた。

 ミラマーズとアイムはぎょっ、として複製生体に目をやった。
 初めて動き始めたカラクリ人形のような仰々しさで背筋が伸びだした。

「ぎっ……ぎいぃぃぃっ……ぎぎいぃぃ」
 海の怪物に似たひどい表情で、裂けめのような口が開いていった。アージェーをグロテスクにデフォルメしたようなその顔がいやらしく歪んだ。
  メロンをも飲み込みそうな丸い口からは異常に発達して犬歯が覗いていた。

「き、きゃあっ」
 ミラマーズは本能的な恐怖感に複製生体を払いのけた。しかしそれを合図にするかのように複製生体は地面にくず折れていった。

「いそげ! アージェーを回収しろ」
 ハチャトリアンの部下たちがおっとり刀であたりの物蔭から飛び出してきた。

「まだ間に合う。アージェーを解体して、複製生体原体に使うぞ。いそげ」
 わらわらと十名近い科学者たちが複製生体に殺到していった。
「そこまでだ、諸君」
 よく通る声が天から降ってきた。
「全員、その場をうごくな!」
 場違いなその声に全員が硬直した。
「はははははははっ、警察だ。この薔薇の紋が目に入らないか!」
 屋上に人影があった。ハンディな照明橙を自分に向けて、自らを照らし出した人物が、誇らしげに手帳を掲げていた。

「ク、クワバンだ」
 アイムは転がり込むように自走車に逃げ込んだ。
「あははははっ、悪人どもめ。神妙にしろ。私が。そう。クワバンが。このクワバンが!   悪党どもを逮捕する!」

 『差し上げます』の広告目当てを装って、屋敷の屋上に待機していた警士達が、毛虫のふ化のように、わらわらとロープで飛び降りてきた。
「あははははははははははははははははははっ」
 あっ、というまもなく、ハチャトリアンの部下達は捕らえられていった。

「ちっ!」
 ミラマーズは殺到する警士たちをよける短距離自転送を繰り返しながら複製生体の死体に近づいた。

「あっ! くそっ」
 まずい。アイムのプランでは複製生体を殺した段階でハチャトリアンが諦めてくれることを想定していた。このうえさらに研究材料にされたのでは、生きたまま拉致されるのとかわらない。

 アイムは自走車を発進させて警士達のまっただなかに突っ込んでいった。
「アイム チャンピオンだ! 重要参考人だ。逃がすな!」
 いつのまにか乱戦に参加していたクワバンがめざとくアイムの姿を見つけて叫んだ。

「ミラマーズ、乗れ! はやく」
 アイムは警士達を蹴散らすように自走車を急停止させた。ミラマーズは初めてアージェーが飛び込んで来たときのように止まりきっていない車内に自転送現出した。

「きゃっ!」
 ミラマーズは正面手すりに激しく身体を打ちつけた。しかし、アイムはそれにかまわず自走車を急発進させた。その屋根にものすごい音を立てて人が飛び乗ってきた。

「逃がさーーんっ」
 いったい、なんだというのだ、このクワバンという男は。
  その後ろは空襲警報のようなサイレンを鳴らしながら警察装甲車が追いかけてきた。

「アイム。自走車を止めて! 自転送でいっしょに逃げましょう」
「無茶言うな。この状況で止められるかよ」
 冗談じゃない。ミラマーズといっしょにのこのことハチャトリアンの元になどいけない。だいいち帰ってこれる保証などまったくない。

「止めなさい!」
 彼女の鋭い命令とともに、アイムの体重が激増した、
「うっ……」
 血が足に向かって下がり、視界が貧血のように暗くかすんだ。
 ミラマーズが念力で上から押さえつけようとしたのだ。
「へっ、バカにするな。おまえの体重以上の力を掛けれないことぐらい知っているぜ」

 アイムはくそ重い左手を伸ばすと、ほとんど宙に浮いてしまっているミラマーズの身体を引き寄せた。
「あっ、くっ。なめるな!」
 ミラマーズは燃えるような瞳でアイムをにらみつけた。力が暴風のようにアイムの頭部にプレッシャーをかけた。

「こっちの……せりふだ」
 アイムは前を見たまま、襟首をつかんだミラマーズの頭を引いた。ふたりの顔のあいだには見えない風船があるようだ。

 アイムにかかるプレッシャーと同じ力がミラマーズの顔をも歪めていく。
 たらたらと鼻血が流れだした。
「……う……うわ」
 耐えきれなくなったミラマーズが力を脱いた。その瞬間、アイムは急減速栓を踏んだ。

「だああぁぁっ……!」
 長い悲鳴をあげてクワバンがふっ飛んでいった。
「やばい!」
 知らないうちにかなりの速度が出ていた。このスピードで硬い舗装道路にたたきつけられたら、いかにタフなクワバンといえどもたたではすまない。

 おもわず目を覆おうとしたとき、彼らの前の暗闇がゆるりと搖れた。
 そう、あの日の夜明けのように。
「ああぁぁぁっっーー」
 クワバンの身体はそのまま地面に激突はしなかった。まるで磁石の反発でもあるようにわずかに空中に浮いたまま滑っていった。
 まるで見えないスケートリンクが目の前にあるようだ。そして彼らの自走車の前にはアージェーが立っていた。

「ア、アージェー……」
 ミラマーズは獣のように、全身をこわばらせた。
 あきらかにミラマーズは彼女を恐れていた。
 あまりの展開の早さに、逃げ出すこともできないでいたアイムは、アージェーが近づいて来るのをただ見つめていた。

「アイム…………」
 アージェーが泣いていた。
「……ひどい……」
 なんのことかわからずに、アイムはアージェーの悲しげな顔を見つめていた。

「さっき、私の感じていた、もうひとりの私の感触が消えました。絶叫をあげて、それっきりぷっつりと」
 自走車の外に立ったアージェーは窓ごしに複製生体の死体を見ていた。アイムはなにか言おうとして口をぱくつかせたが、言葉にならなかった。
 弁解の余地はない。
  だからこそアージェーには秘密にして事を進めていたのだ。これが法的に殺人行為なのかはわからないが、アージェーの目には冷酷非道な仕打ちに映るに違いない。アイムはアージェーとまったく同じ姿形をした者を、たしかに刺し殺したのだ。

 アージェーの顔に姿に固執していないからこそできたはずだ。アージェーは涙に濡れたせつなげな顔を、まっすぐにアイムへむけた。
「アイム、わたしはあなたが好きでした。あなたに助けてもらったときから、ずっとお慕いしていました」
「いや、違うんだ。アージェー、これは……」
 アイムはうろたえてやっとそれだけ言った。
「うぬぼれではなく、あなたの好意も感じていたつもりでした。わたしの姿を好いてくれていると思っていました……」

 アイムの腕に複製生体を差し貫いたときのいやらしい感触が蘇ってきた。苦いものが喉の奥からこみあげてきた。
「…………」
 いまごろになって手が震えてきた。そうだ。自分はアージェーの姿を殺したのだ。

「……なにも言ってはくれないのですか? アイム。間違いだったとは、事故だったのだとは」
「あ、あんたを助けようとしてやったことじゃないの!」
 意外にもミラマーズが叫んだ。
 アージェーがあらわれた段階で、アイムのプランは見やぶっていた。

 あの死体はアイムの造った複製生体だと。
「まんまと騙されそうになったけど、見事な作戦と行動力だわ。でも、あんたを私達から奪おうとしてやったんじゃない!」

 アージェーは信じられないという表情で、ミラマーズをみつめた。ミラマーズがなにを抗議しているのか理解できない。
「こ、こわくなんかないわよ。言わせてもらうわ。あんたはいつだってそうなんだから。わがままで、ひとりよがりで! ちょっとかわいいからって、だれでも自分の姿を好きになるって決めつけているのよ」
「ミラマーズ……なにを」
「あんたが愛して欲しいのは、自分の姿だけなのよ。あんたは本当は自分しか愛してないんだもの!
他人には自分への献身しか求めてないんだから!」
 アージェーと同じ顔をしたミラマーズが激しく、相手をなじっている。アイムにはもう、これが現実のこととは思えなくなってきた。

 いったい自分はどちらを助けようとしていたのだろうか? さっきまで戦っていたはずのミラマーズがなぜ一方的にアイムの肩を持つのか。
「アイム……あなたもそんなふうに思っていたのですか?」
「えっ……えっ?」
 会話を振られてついていけなかった。
「アイムがそんなこと思っているわけないじゃない! ずっと猫をかぶっていたんでしょう? 知っていたらあんたのためなんかに、こんな危険を犯すはずないじゃない」

 地団太を踏むようにミラマーズが絶叫した。自分はなにか間違いを犯したのか。よけいなことをしてしまったのか。なにをすべきだったか、判断できない。
 アイムは二人を残して逃げだしたくなった。
 正直な話、乗りかかった船でここまで走ってきたが、その動機はたしかにあいまいだ。

 アージェーが好きかと聞かれたら、好きだとは答えるだろう。しかし命がけで愛しているかと言われれば、答に窮する。べつにそれほどのものでもない。すくなくとも今はまだ。
 それほどふたりのあいだに時間があったわけでもない。おたがいを知り合うにはまだまだチャンスが必要だ。
「アイム、アイム……教えて下さい。私はあなたの好意を信じていいのですか? あなたが複製生体を刺したのは、私の姿だけではなく、魂までも愛してくれるからですか?」
「……いや、だから、よく……わからない」
 ためらいなく複製生体を刺したのは、アージェー本人だけを助けたいためか、アージェーの姿になど頓着していないためか。

 おそらくその両方とプラス、スリルを求めた、というのが本音だろう。失望した表情で、アージェーは身体を退いていった。
「ア、アージェー! アイムに謝りなさいよ。礼を言いなさいよ!」
 ミラマーズが叫んだ。しかし悲しげな亡霊のようにアージェーの姿は闇に溶けていった。
 自転送してどこかに去っていった。


「し、失礼なやつ! あんたも馬鹿よ。あんなやつのために命までかけて! 私はあんたを殺していたかも知れないのよ。ばか! ほんとうにばか」

 ミラマーズは感極まったように泣きだしてしまった。アージェーと同じだ。涙もろいのだろう。
「…………」
 アイムは言葉もなくシートにうずくまった。
  アージェーに否定されてしまったいま、彼の行動の意味はなくなってしまった。

「アイム、わたしといっしょにいこう? この複製生体を本物のアージェーだって言えば、それですむわ。わたし達の国へいこう?」
 いつまでも自走車を止めておくわけにはいかない。
  もうなにも考えられなくなったアイムはミラマーズにうながされるまま、自走車を発進させてしまった。



「ようこそ、アイム チャンピオン君。報告は受けたよ」
 ハチャトリアンが複雑な笑顔でアイムを迎えた。もちろんアイムも彼は知っていた。警察署で弁護士として合っている。

 彼らはいおなから山ひとつ越えた渓谷に立つ大きな倉庫群にいた。天井の高い殺風景な室内に、さまざまな装置がうず高くセットされていた。その光景は、まるで巨大な実験室だ。
「なりゆきっすよ。……いったいここでなにをしているんすか?」
「まあ、私のスポンサーがこの星にいるのでね。研究者はなかなか貧乏なものだよ」

 お互いにあまり居心地は良くない。言葉も少なく手にした焦豆茶をすすった。
「博士。いいでしょう。アイムをスタッフに加えましょう? 彼は有能だわ」
「君もそのつもりかね?」
「いや……俺はべつに」
 自分の意志を越えた展開に整理がつかない。
「そうかね。まあ、君の考えはともかく、私達としてはとりあえずこうさせてもらわざるをえない」

「……? うっ」
 目がかすむ。急に猛烈な眠気が襲ってきた。
  しまった! 焦豆茶になにかの薬を入れられたらしい。
「ミラ……なんの……つもりだ!」
 アイムはまだ動く身体を無理やり動かしてハチャトリアンに飛びかかろうとした。しかし、見えない何かに足をすくわれて、その場にもんどりうった。

「うっ、ミラマーズ……」
 ミラマーズの念力だ。
「アイム、ごめんね。さっきの私の言葉は正直な気持ちよ。でも、アージェーは博士達の本当に大切な研究成果だったの。あなたを殺しはしない。ただ、この国を離れるまではおとなしくしていて。そのあとゆっくり話し合いましょう。きっと私たちはうまくやれるわ」

 静かに笑うミラマーズの言葉を聞きながら、アイムはあっさりと意識を失っていった。


 キリエはアージェーに当てがった応接室の扉をガンガンと叩きまくっていた。
「アージェー、アージェー! 開けなさい。どうしたの。なにがあったのよ。アージェー」
 いおなに帰ってきたアージェーは、キリエの姿を見たとたん、いたたまれなくなって部屋へ逃げ込んでしまった。

「アージェー開けるわよ。逃げないで!」
 キリエは合鍵で扉を開けた。
 次の瞬間、かちん、と鍵がしまった。
「あ、くそ」
 再度、合鍵をひねったが、また内側から鍵がかかった。
「こらっ、やめなさい。アージェー!」
 どかんっ、と思いきり扉を殴りつけた。すると扉は自分から開いていった。

 急ごしらえのパイプベッドのうえで、アージェーはひどい顔をして泣いていた。
「キ、キリエ、キリエ。助けてください。私にはもう……どうしていいかわかりません」
 わあっ、とひときわ大きな声を上げて、アージェーはキリエに抱きついていった。
「なによ、いったいどうしたのよ」
 アージェーの丸いあたまをなでながら、キリエは今夜の一件の報告を聞いた。

「そう、途中までは計画どおりじゃない」
「キリエは全部知っていたのですか?」
「私は複製生体を引き渡すと聞いていたけどね。でも、今夜のやりかたのほうが理にかなっていたわね。情報活動なんかの素人だけど、私も不思議だったのよ。渡しちゃって、調べられたらばれるんじゃないかって。アイムだってただの学生でしょ?   だから殺すのは適切だったんじゃない」

「あなたも平然と、言うんですね」
「アイムの行動の基本には、あんたへの愛情や打算的な計画があったわけじゃないわよ。たぶん目の前の局面を効果的に打開しようとしていただけのはずよ」

「それじゃ、面白がっていただけだと言うんですか?」
 信じられないといいたげに、アージェーは首を振った。
「結果としては、あんたの希望どおり、博士の元から逃げ出すことができたじゃない」

 たしかにその通りだ。アージェーはなにも言えずにキリエを見つめた。
「だったら助けを求めたあんたは、複製生体を殺したアイムを責められないんじゃない?」
「で、でも、たとえ動機はなんであれ、ひとつの生命として動きだした複製生体を殺すなんて、殺人じゃないですか。そうじゃなければミラマーズはペットなみの権利しか持っていないことになるじゃないですか」
 アージェーもまた、たびかさなるショックの連続で混乱しきっていた。
「でも、アージェー。じゃあ、あなたがアイムの立場だったらどうした?」
「わ、わたしだったら……?」
「もし私だったら、キリエだったら、危ない橋なんて渡らないで、情が移る前に、さっさとあんたを博士に突き出しちゃってるわ」

 そう、みんなを巻き込んだそもそもの原因は、他ならないアージェー自身なのだ。
 後悔とおびえで、アージェーの顔がみるみる蒼白になっていった。
「大丈夫。いまはもう、そんなことは言わない。ここまできたんだから、きっと守ってみせるわ」
 キリエは強くアージェーを抱き締めた。
「かわいい娘。あなたは良い娘だわ。わかる? 私まであなたを守ってあげたいと思っているの。アイムはふざけた奴だから、自分ではおもしろがっているだけのつもりかもしれないけど。でも今度の計画に失敗したら、きっと一生後悔し続けるでしょうね」

 アージェーは理解した。
  アイムは自分を守ろうとしたのだ。それなのに自分はここでぐすぐずと泣いている。彼女自身に助けを拒否されたアイムは目的を見失ってミラマーズについていってしまった。

 今度はアージェーがアイムを助ける番だ。
「キリエ。私は行きます。……ありがとう」
 すっくとアージェーは立ち上がった。
 満足気にやさしい笑みを向けるキリエから視線をひきはがした。

 アイムにプレゼントされたジャンパースーツを着込み、長い髪を巧みに結い上げてコンパクトにセットした。
「アイムを連れ帰ります。待っていてください」
 自信に満ちた瞳でアージェーは宣言した。


「撤退準備いそげ。この星での任務は完了した。証拠を残すな。撤退仕様五十一による作業を開始しろ!」

 ハチャトリアンの研究所はあわただしい空気に包まれていた。
 連絡船を失った彼らを拾い上げる宙空世界船が三時間後に降下して来ることになったのだ。警察署破壊の件は彼らの仕業であることになっていた。ここに捜査の手が伸びるのは時間の問題だ。

「博士、敷地の外に大勢の人間の反応があります。警察のようです」
 研究員のひとりがハチャトリアンのもとに報告した。居合わせた全員に、ざわっと動揺が走った。
「心配するな。なんとかする。全員、撤退準備に専念しろ」
 ハチャトリアンは近くに待機していたミラマーズに目配せをした。

「ミラマーズ、危険な仕事を頼まなければならない。開発中のゲルパケットを使うことにする」
「わかっているわ。まかせて。博士の名誉のためにも、警察なんかに負けないわ」
「いいか、くれぐれも無理はするな。限界だと感じたら、ためらわずに脱出しろ。ゲルパケットを放棄することは一向にかまわない」
 ミラマーズは心得ているようすで、倉庫の一角に走っていった。宙空世界服のような気密服をすっぽりと着込むと、四メンツル近くある巨大なドラム缶に飛び込んだ。
 紫の蛍光色に輝く不透明の液体は、どぶんっと鈍い音を立ててミラマーズを飲み込んだ。
 次の瞬間に、ぐつ、ぐつっとその表面が沸き立ち、粘度の高そうなそれは、すっと半透明になった。
 ぐらり、とドラム缶が傾き、なかのゼリー質がミラマーズといっしょに流れだした。


 研究所の周囲はあふれんばかりの警士たちで取り巻かれていた。
「俺達はぁ、警察を愛しているかぁ」
 クワバンが嘗めるような身ぶりたっぷりに叫んだ。
「ガンホー、ガンホー!」
「犯罪者に人権はあるかあ」
「死刑、死刑、死刑!」
「俺達は正義か悪かあ!」
「正義。正義、正義の味方ぁ!」
「突入ーー! 薔薇の紋を恐れぬ不貞の輩をひとりたりとも逃すな。総員突入!」

 クワバンが陣頭に立ち、声を限りに叫んだ。
「うおおぉっーー!」
 署を失った警士達は、それぞれが可能なかぎりの重装備で今夜の作戦に臨んでいた。
  この場所は夕方の作戦のあとすぐに判明した。あのとき逮捕されたあわれな研究員達を文字どおり叩きのめして聞き出したのだ。自分達の警察署を失った警士達の恨みは深かった。

「奴らの国の宙空世界船が接近している。外交特権のために、わが国はこれを阻止できない。宙空世界船の着陸前に全員を逮捕するのだ。ぬかるな! 突入ーーっ!」
 入口にバリケードを築いて進入を阻止しようとする研究員達と、警士達が正面から激突した。
「いけえ。ぶちやぶれ! 税金泥棒ども! 女の尻を嗅ぎまわる気合いを見せてみろォ!」
 しかし、いかんせん警士達といえどこんな乱入まがいの訓練など受けたことはない。ほとんど暴徒対暴徒の戦いになっていた。

  そのとき、わずかに光のもれていた天窓がおおきく開け放たれた。
「なんだ、あれは。おい、見ろ!」
 警士達のあいだに動揺が走った。不定形の不気味なものが、なにかのかたちを取ろうとあがくようにして落ちてきた。

「わあっ、化物だ」
 悲鳴を上げて警士達はいっせいに退いた。ミラマーズの念動力で、それは不自然なほどゆっくりと着地した。

「おい、人が化物に喰われているぞ。助けろ」
 ゲルパケットの中心で泳ぐように動くミラマーズをパイロットとはわかるものではない。
 勇気ある警士達が長い警棒をふるって襲いかかった。しかし彼らは一瞬のうちに弾き飛ばされた。

「な、なんだ」
 ゲルパケットの表面から四方八方を向いた鳥の翼が突き出していた。わけの分からない動きながら、かなりの早さで警士隊に襲いかかってきた。

「せ、戦略的転進ーー! 左右に展開しろ。正面からぶつかるな!」
 クワバン達は蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
「相手は一体だ。相手にするな。逃げまくれ」
 警士達は巧みな発砲でミラマーズを牽制しながら、つぎつぎと建物の中に入っていった。
 ゲルパケットは元来、建築物内での対人鎮圧を想定して彼らの国で開発されたものである。この局面では非能率に過ぎた。

『ミラマーズ! 聞こえるか。アイム君が意識を取り戻して暴れている。B棟貨物室に来てくれ』
 ハチャトリアンの声とともに、激しく機材の壊される声がイヤホンから響いてきた。
「わかりました。……アイム……!」
 ミラマーズは意識を集中して、ゲルパケットごと自転送した。
「おおいっ、化物が消えたぞ」

 あとにはひどい混乱と警士の驚きの悲鳴だけが残った。
「がああぁぁっーー!」
 まだ薬の醒めきらない豆腐のような頭でアイムは暴れ回っていた。証拠を消すために燃やされる資料の煙で視界が効かない。

 決死の形相でしがみついてきた若い研究員を手で振り払う、という簡単な動作がさっきからどうしてもできない。その不快さを我慢しきれずに、アイムは彼の首筋にかみついた。
 潮騒のようなまわりの悲鳴を遠くで聞きながら、激しく首を振り回した。ゴムの断片のような歯ごたえを残して、若者の身体はどこかに飛んでいった。
「ぐ、がっ、あああーー!」
「アイム! アイム! 落ち着いて。私よ。ミラマーズよ」
 突然、目の前に湧き出した羽ぼうき付きのプディングが聞き覚えのある声で叫んだ。

「ミ、ミラマーズか……?」
「そうよ。私よ。いま、宙空世界船が降下を開始したって連絡が来たわ。もうすこしの辛抱よ。警士達の突入を阻止するのを手伝って」

 ミラマーズだ。目の前にミラマーズがいる。記憶と意識が急速につながっていった。
「ミラマーズ。俺はいかない」
「なにを言ってるのよ。だってあなたは……」
「アージェーが残っているんだ。俺はいかない」
「あ、あんな娘のために、また危険を冒すつもりなの? 私達と来てちょうだい。それがあなたのためよ! 間違えないで」

「そんなんじゃない。アージェーが好きだからとか、そんなんじゃないんだ。今の俺にはいおなとの契約がある。アージェーを預けた人との約束がある。それに……俺はもっとアージェーを見ていたい」
 淡く発光するゲルパケットのなかから、ミラマーズは絶望に顔をゆがめて叫んだ。
「どうしてよ! 破滅するかもしれないのに」
 アイムは若者の血にまみれた口もとでにやりと笑った。

「そうだ、うまく言えないけど、彼女を見ていたいんだ」
 ミラマーズは信じられないものを見るように、ゆっくりとかぶりを振った。

「……アイム……」
「よけろ! ミラマーズ!」
 誰かが叫んだ。ミラマーズは攻撃的な気配を察して上を仰いだ。
 鉄パイプを手にした人間が高い天井からまっさかさまに落ちてきた。

「アージェー!」
 アイムはなぜかそれが彼女だと確信した。
 だれもが彼女は床に激突する、と目を覆いかけた。
 しかしその身体は、ぐんっ、と見えない力に支えられて宙に浮いた。

 落下の運動エネルギーが彼女の超絶的な技により、熱エネルギーにまでおとされた。
 ひと一人が数十メンツルも落下する勢いのすべてが、凝縮され、熱に変換された。
  その力はすべて、手にした鉄パイプに集中した。

 黒く重い鉄棒が、一瞬にして白熱に輝く光熱の剣と化した。
「いやああっ!」
 床上を滑るように飛んだ彼女の身体は、光の残像を引いてゲルパケットにぶつかった。

 すさまじい蒸気をあげて、白熱の鉄パイプが突き立った。
「きゃあぁっ」
 安全装置が働いてミラマーズはゲルパケットからはじきだされた。ゲルの飛沫をまき散らしながら床にたたきつけられた。

 一瞬の静寂のあと、全員の視線が動き始めた赤毛の少女に釘付けになった。
  時間の流れが遅くなった緊張した空間の中で、超人を持つ少女の真紅の姿がすべての人間の心を焼いた。
 気迫と尊厳に満ちたアージェーが、ゆっくりとアイムを背にして立ち上がった。
  煙と水蒸気に霞む景色のなかで、超常の少女は自ら光を発するように輝いていた。
「ア、アージェーーーーーッ」
  ミラマーズの必死の声にも、彼女は大きく胸を上下するだけで、応えることはなかった。
 そのとき、宙空世界船が降下してくる独特の轟音が倉庫の上にせまってきた。
「急げ! ミラマーズ。宙空世界船が着いた。ひとりでも多く研究員を運び込め。自転送で逮捕された者達を助けてくれ」
 どこかでハチャトリアンが叫んでいる。
「ア、アージェー。よくも、よくも……」
 ミラマーズは憎しみに燃える熱い目で、巨人のように立ちはだかるアージェーをにらみつけた。

「ミラマーズ、私はここに残ります。博士を、ハチャトリアンをよろしくお願いします」
「あんたなんか……あんたなんかに。いつもあんたは私の欲しいものを取っていく」
 ふたりのあいだで見えない空気の塊が膨れ上がっていった。ミラマーズが攻撃をかけようとしていた。しかしアージェーはまったく意に解さない様子でそれを押し返した。
「ひっ……ぐっ」
 ミラマーズは仰向けにひっくりかえり、堅い床にはいつくばった。

「あなた以上に博士はあなたを必要としているわ。いってあげなさい」
 アージェーは僧侶のようによく通る声で、一語いちごをはっきりと言った。
「ついていてあげて。ずっと助けてあげて」
「……ミラマーズ、ミラマーズ。どこだ。無事か? ミラマーズ」
 悲鳴じみたハチャトリアンの絶叫が宙空世界船の轟音に搖れる倉庫内に響いた。

「いきなさい。ミラマーズ」
 同じ顔のふたりが複雑な境遇と想いのなかで見えない力の絡んだ視線をぶつけ合った。

 その視線を先にはずしたのはミラマーズだった。
「アイム……あなた、ばかよ」
 それを最後の言葉に、彼女の姿が消えた。
「……! ………。………!」
 どこか遠くでハチャトリアンの喜びの声が聞こえた。
 まもなく宙空世界船の轟音がひときわ高くなった。上昇を開始したのだ。警察はほとんど研究員を取り逃がしてしまった。

「オォー・マアイ・ファザアァーー!」
 クワバンのとんちんかんな罵り声が響きわたった。
 くすりっ、と笑ったアージェーが、床に尻もちをついたままのアイムに手を差し伸べた。

「まいったな。腰がぬけちまったい」
 アイムはまだ状況がわかりかねている様子でアージェーの手を取った。

「……ありがとう。アイム。私はキリエに叱られてしまいました。あなたの尽力に答えられないのは、誠実ではないと」
「そんな、むずかしいもんじゃないぜ。美人は得ってやつさ」
 にっこりと笑ったアージェーがおずおずと顔を近づけていった。
「ありがとう」
 はずかしげに震える唇が、けなげな勇気でほこりと血のこびりついたアイムのそれに重ねられていった。
「おおぉーい。だれか、そこにいるのか?」
 煙の中から、クワバンの声が響いた。

 それを合図にするかのように、ふたりの姿はふわり、と消えた。


 数カ月後。
「ねぇ、アイム。見てみて。この記事」
 キリエがアイムとアージェーを手招きで呼んだ。手にしたニュース雑誌をふりかざしている。

「なんですか?」
「見て、アージェー。連邦の学会関係のニュースなんだけど。ここに出てるのあんたの言ってた博士じゃない?」

 アイムとアージェーはそこに掲載された、学会会場で豚の群れを追いかける、青い服の太った男の写真に見入った。
「ハチャトリアン博士……」
 アージェーは意外そうにつぶやいた。
「なにをしているの……?」
 キリエは声に出して記事を読み上げた。
「エスプの複製生体再現性に関する論文発表で、ぎりぎりまで動かしていた複製生体成長装置を開けたところ、豚達が走りだしてきたって……さ。へんな人ね。豚が自転送とかもしちゃうわけ?」

「アイム、これは私の複製生体の再複製ではないのですか? どうしてこんなことに?」
 アイムは思いだしたように言った。
「ううん、てっきりあれは廃棄するもんだとばかり思ってたんだけどな」

「えっ?」
「いや、あれはもともとヒッチハイクしたときの豚の毛から造った、豚の複製生体なんだぜ。姿だけアージェーの情報を使ったんだ」

 アージェーとキリエはあっけに取られてアイムの顔を見つめた。
「あんたって、頭よかったのね」
 キリエが呆れたようにつぶやいた。
「へええっ? 知らなかったかい?」
 へらへらと笑うアイムに、アージェーはやさしく、強く抱きついていった。



  PS
  夜がふけたあと、キリエは足音を忍ばせて倉庫にもぐり込んだ。
 複製体産出倶は二機あった。ひそかにアイムの種付けをコピーして育てていた複製生体のスイッチを切り、除去モードに切り替えてカバーをかけた。

 おおきくため息をついてしゃがみこんだ。
「あーーあっ、連邦に高く売れると思っていたのに……」
雇われ社長のささやかな野望もハチャトリアンの豚と共にしぼんでしまった。

「まあ、ロマンは金と勇気がいるってね」
 情けなさそうに笑ってキリエはつぶやいた。
「くそお。アイムうまくやったわね。こきつかってやるからね」



 

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