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背理する道化の微笑

Action-22

 

 らるる都の廃虚は、貝殻で造られた家屋が残る、まるで海底にいるかのような神秘的で異質な空間だった。
  夜気が辺りをひっそりと押し包んでいる。
 干上がった滝を臨む石段に座り、エアリスはセフィロスの肩にもたれかかっていた。
「古代種たちの意識が流れ込んでくるみたい」
 囁くような声で、エアリスは言った。
「俺を、殺せと言ってるだろう?」
 男は、しなだれかかる娘の髪を優しく撫でる。
「ふふ……。さあ……」
 エアリスは、ごまかした。彼に再会し、愛し合うようになってから、古代種たちの意識はいつも、この男は危険だと告げていた。近づいてはいけない、愛してはいけない、破滅が待っている……。
 けれども、愛さずにはいられなかった。己の存在すべてを賭けて、想い続けずにはいられなかった。それが罪だというのなら甘んじて罰をうけようと、開き直ったような気持ちで思っていた。
「こうしてると、全部、夢みたいね」
「そうだな」
「名前、なんてつけようか……?」
「名前?」
 エアリスは、少し悪戯っぽく笑う。そっと下腹部に手を持って行った。
「女の子よ。セトラだもの」
 男は、こみあげる激情を抑え込むように、娘の体を抱き寄せた。
「ごめん。いけないこと言っちゃった?」
 エアリスは、男の胸に顔を埋める。
「いや……」
 男は、かぶりを振った。娘を胸に抱きしめたまま、天を仰ぐ。祈る神など持ち合わせてはいなかったが、それでも、何かに祈りたい心境だった。
「セラフィータ……」
 男は、呟いた。
「え?」
 エアリスは、そっと顔を上げる。
「熾天使……セラフィータ……。すてきな名前だね……」
 微笑んだ。
「そんな名を、俺がつけるのは嫌味だな」
 セフィロス・ルシフィール・ド・ジェノバ……。
 彼に与えられたミドル・ネームは、堕天してサタネルとなった、12枚の翼を持つ最高位の天使の名だった。
「そう? もともと、ルシフィールは、光を掲げる者なのよ。多分、父さんは、あなたにこの星の未来を託してたんだと思う。でなきゃ、セフィロスにルシフィールなんて、そんな意味深な名前、並べないよ」
「結果は、厄災の使者だ。期待を裏切ったな」
「そんなふうにばかり言うのよくない。セラフィータ、がっかりしちゃうよ……」
 男は、苦笑した。決して生まれることのない、ジェノバ遺伝子を持ったセトラの子供……。
 セラフィータ……。
 それでも、娘は幸せそうだった。
「ぜんぶ終わったら、旅に出ようね」
「旅? さんざん歩き回ったんじゃないのか?」
「あなたと、この子と3人で」
「おまえがそうしたいなら」
「じゃ、決まり」
 にこっと笑って、小首をかしげた。男も、つられて微笑む。ふわりと優しく吹き付ける風が、2人の頬をなぶった。
 そのとき、そこに珍入者が現れた。
「これは、驚いた組み合わせだ」
 白衣を翻した、卑屈な笑みを浮かべた男である。
「宝条……!」
 セフィロスは立ち上がった。エアリスは、その腕に身を隠すようにすがりつく。
 宝条は、大げさに両腕を広げた。
「君たちの結婚は、おおいに奨励するところだ。なぜ、隠していた? え?」
 セフィロスは、冷たい目で宝条を睨む。
「どうせ、子供をとってサンプルに、とか言うんだろう?」
「よくわかっているじゃないか」
「ふざけるな!」
 よくとおる声で、ぴしゃりと言い放った。
「科学の力が及ばない次元に、私を導いてくれ、セフィロス」
「世迷い言を……。そうしておまえは、取り返しのつかない災いを呼び起こしたのを、忘れたのか?」
「クックックッ……。災い? ジェノバを古代種だと認定したのはガスト博士だ。あの天才科学者ガストが、そもそもの発端だったんだよ」
「父さんは、こんなこと望んじゃいなかった筈よ!」
 思わず、エアリスが声を上げる。
「そうか。ガスト博士はおまえの父だったな……。ますます、結構。ガスト博士も、私と同じことを考えていたのだ。古代種イファルナと自ら交わり、次代のサンプルを残す……」
「サンプル……」
 エアリスは、茫然と呟いた。
「ジェノバの遺伝子から、おまえを創り出したようにな、セフィロス!」
 セフィロスの顔から、すうっと血の気が引いた。頬が白桃のようにすきとおり、瞳の青さだけが輝きを増す。全ての者を圧倒するような殺気が、彼の全身を押し包んだ。
 宝条は、思わずゴクリと唾を呑み込み、数歩、後ずさりした。
「ダメ、殺しちゃ……!」
 思わず、エアリスがセフィロスの背中に抱きつく。
 宝条の顔が、卑屈に歪んだ。
「わ、私を殺すか? おまえの罪状にもハクがつくというものだな。クックックッ……。ハッハッハッハッハ……。さあ、殺せ! 親殺しは大罪だ!!」
 セフィロスの瞳に、緊張が走る。
「それが、切り札のつもりか?」
「ククククク……。驚いた様子ではないな。いつ知った?」
 セフィロスは、自分の腰にしがみついたエアリスを見た。
「……おまえも、知っていたのか?」
 娘は、揺れる瞳で、セフィロスを見上げる。
「ヴィンセントが知っていたわ。古代腫の神殿で、ツォンからも聞いた……」
 エアリスは、今にも泣きそうな表情だった。科学者たちの驕りと興味から生み出された生命、それがかつて英雄と詠われたソルジャーなのだ。その発生に、愛はなかった。それを思うと、切なくて哀しい。だからこそ、自分が命をかけて愛するのだ、とエアリスは思った。
 セフィロスは目を伏せ、低く笑った。
「父親……? 俺に、父などいない。母は、ジェノバ……。そして、俺の体を支配するのは、2000年前に宇宙より飛来した災いの神そのものだ」
 ゆっくりと、手にした長刀を構える。
「宝条……。愚かで、矮小な男……。おまえなど、ジェノバを発生させるための触媒にすぎない!」
「セフィロスっ!」
 彼が刀を振り下ろすのと、エアリスが叫ぶのが同時だった。
 白刃が一閃し、ザクリと宝条を斬り崩す。男の額に、光る亀裂が入った。
「なに……?」
 人ならざるものの気配が辺りに充満した。
「ふわっはっはっは……」
 不気味な声で、宝条が笑う。白衣をまとった男の体が、ぐにゅぐにゅと脈打ち、巨大な怪物の姿に膨れ上がってゆく。
「きゃぁ……」
 エアリスの、かすれた悲鳴が、辺りのおどろおどろしい空気に呑み込まれた。
「さがってろ」
 右腕で、エアリスを庇い、左手の正宗を握りしめる。セフィロスは、本能的に察知した。
 これは、もしかしたら……。
「ジェノバ……?」
 呟くセフィロスに、エアリスは、驚きの視線を向ける。セフィロスは、厳しい声でエアリスに叫んだ。
「水の祭壇に急げ!」
「でも……セフィ!」
 宝条が変化した怪物は、低く咆哮を上げ、今にも襲いかからんとしている。
 セフィロスは、エアリスを振り返った。
「行け! そして、今度こそ……」
 エアリスの瞳に涙が溢れた。うるむ瞳で、男の顔を見上げる。ふるふるとかぶりを振ると、涙がこぼれて左右に散った。
「……俺も……すぐ、いく…………」
 そう言って、セフィロスは口の端で笑った。それは、何かに魅入られたような、魔的な微笑みだった。
 エアリスは、声を出せなかった。口を開けば、ただ赤ん坊のように泣き叫ぶだけなのがわかっていたからだ。
 もう、二度と……。
 その腕にかき抱かれることはないのだと、身を切られるような喪失感のなかで悟った。
 二度と、生きては、触れることができない。
 そう確信できることが、たまらなく哀しかった。
 それでも、後戻りはできない。この、哀しい運命を背負った男を愛しつづけると誓ったときから、わかっていたことだ。
 セフィ……。
 エアリスは、瞳で呼びかけた。
 2人の視線が絡まって、離れる。
エアリスはパッと身を翻した。崩れた廃虚の下に眠る、古代種の都を目指して駆け出す。涙が、あとからあとから溢れてきて止まらなかった。
 どうかあの人をお救い下さい……。
 ただそれだけを、姿なき神に祈った。もし彼を救えるのなら、命など惜しくはないと、痛いほどに思った。
 はるか下に通じる透き通った階段を駆け下りながら、エアリスは後頭部がほんのりと暖かくなるのを感じた。驚いて髪の結び目に触れると、そこに潜ませてある白マテリアが熱を持っているのがわかった。
 時は満ちた……。
 今こそ、星に祈りが届くときだ。
 マテリアに封じ込められた聖なる力が、エアリスに全てを伝えていた。


 忘らるる都の民家跡で休んでいたクラウドは、夜中に不意に目が覚めた。不吉な胸騒ぎを覚える。
 そんなクラウドの気配を察して、ユフィが眠い目をこすりながら起きあがった。
「どしたの? 気分でも悪いの?」
 クラウドは、心配そうな顔のユフィを見た。
「ここに、エアリスがいる。そして、セフィロスも」
「いっしょなのかな? でも、どうしてそんなこと、わかっちゃうわけ?」
「理屈じゃない。感じるんだ、俺の心が」
「それって、セフィロスとシンクロしてるってこと?」
「わからない。でも、エアリスに対する、この切ないような、やるせないような、もどかしいような気持ちが、ヤツの心なのだとしたら、危険だと思う」
「切なくて、やるせなくて、もどかしい? なんだろ?」
 2人で、思わず見つめ合った。ユフィは、まだ眠っている仲間を、起こして回る。
「嫌な予感がする。早く、エアリスを捜そう」
 促したクラウドの瞳が、かつてないほどに緊張していた。


 セフィロスは、グロテスクな怪物と化した宝条と対峙していた。
 怪物は、銀の光を放って、セフィロスを掴まえようと狙う。それは、まさに、セフィロスを支配下に置こうと迫るジェノバの化身だった。どういう経緯でジェノバにその体を明け渡したのか、巨大モンスターとなった宝条は、あざわらうようにセフィロスを見下ろした。
『我が子よ……。何故、あらがう?』
 セフィロスの頭の中で、声が反響した。
「俺に、触るな!」
 その声を振り払うように、手にした長刀をヒュンと振り上げる。同時に、地を蹴ってジャンプした。
 紫電一閃。
 モンスターのいびつな顔面が、ぱっくりと大きな赤い口を開くように斬り裂かれた。耳をつんざく雄叫びを上げ、怪物は猛り狂う。
 ピカッとその周囲をまばゆい光が取り囲んだかと思うと、天空からドン! とエネルギーが落ちて来た。
 スパークする空間に激しい竜巻が起こり、燃えさかる灼熱の溶岩が雨霰と降り注いだ。
 メテオ・ストームだ。
 セフィロスは、その攻撃をまともにくらって膝をつく。刀を支えに顔を上げ、醜悪な怪物を睨み据えた。
 爆炎の中に、巨大な化け物が見え隠れする。
 セフィロスは、目を閉じ、シャドーフレアの呪文を唱えた。左の腕をふわりと振り下ろす。
 怪物の頭上で、超高温の暗黒のエネルギー体が炸裂した。
 空間を揺るがすほどの大爆発が起こり、熱風が吹き荒れた。
 モンスターは地面にドウと崩れ、白衣のマッドサイエンティストの姿に戻った。
「セフィロス! わるあがきはやめろ。おまえは神にもなれるのだ! 己の本能に従え! クックックッ……ハァッハッハッ……」
 狂ったような笑い声を残して、宝条は去って行く。
 しかし、セフィロスは深追いしなかった。追ってこの場を離れることこそ、ジェノバの思うつぼだ。
 立ち上がり、エアリスの向かった方角を振り返る。
「エアリス……」
 メテオ・ストームで傷ついた腕を押さえた。
 ジェノバは、気づいただろうか……? 彼らがこれからやろうとしていることを……。
 七番目の封印を解き放とうとしていることを。
 クラウド・ミシェール・ストライフ。
 ジェノバの邪眼、黒マテリア。
 コレル魔晄炉ヒュージマテリア。
 コンドルフォート魔晄炉ヒュージマテリア。
 ジュノン魔晄炉ヒュージマテリア。
 ニブル魔晄炉ヒュージマテリア。
 そして……。
 セフィロスは、エアリスの後を追って駆け出した。恐らく、もう残された時間はあまり、ない。全ての事象が、そこへ向けて傾斜し始めていた。
 運命の神が、嗤う。
 迷いの全てを振り払った。
 セフィロスは、己の心に対して、武装した。

 

 

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