ミッドガルは、混乱していた。 メテオが降ってきて、ウェポンが暴れている世界だ。パニックが起こっていないだけ、ましと言える状況だった。 「どうして、ミッドガルなんだ?」 ウォールマーケットを歩きながら、男は、傍らの娘に聞いた。 「わからない……。でも、呼ばれるの。わたし、あの教会にいたときだけ、道が見えたような気がして……」 そう言って、そっと男の腕に自分の腕を絡みつかせた。男は、そんな娘に視線を落とす。 通りすがりの親父が、寄り添って歩く2人を冷やかして行きすぎた。 「あいやぁ〜、いいねぇ、若いモンは……。この世の終わりに幸せなこったぁ〜」 抜身の刀を持ち歩く者によく言えたと思って、エアリスは失笑した。 セフィロスは、ふわりと振り返ってその親父の後ろ姿を見る。別段、変わったところのない、民間人のようだった。彼が振り返るのを予想していたように、ひらひらと後ろ向きのまま手を振っている。 「やだ。だいじょぶよ。そんなに、警戒しなくても」 クスクス笑いながら、エアリスは男の腕を引き寄せた。 「セフィって、いつもそう。どこにいても、どんなときでも、周りにアンテナ、張ってるみたい」 「かもしれない」 「もうちょっと、力、抜けばいいのに」 男は、ふっと笑った。彼女にそう言われると、今がどんな状況なのかも忘れて本当に力を抜いてしまいそうだった。 「わたし、あなたの寝顔、見るの、夢だったの。輸送機の事故のときに見たっきりで、あとは、ぜったい、わたしよか早く起きてるんだもの。ちょっとずるいよ」 「寝顔?」 「そうそう。で、ね、膝枕とかしちゃったりして……。なんか、普通っぽくて、幸せそうでしょ?」 「そうか……。じゃあ、眠らなきゃならないな」 エアリスは目をしばたたく。 「え? もしかして、セフィ、いつも寝てなかったの?」 「おまえの寝顔を見ていた」 「うそ」 エアリスの頬が、赤く染まる。そんな娘の反応を楽しむように、男は笑った。 ウォールマーケットを抜けると、七番街プレートの残骸が未だ散乱する公園があった。 「あ、ここでね、クラウドにあなたのこと話したの……」 エアリスは、ぱっと男から離れる。滑り台に向かってダッシュしようとした。一瞬早く、男が、その娘の腕を掴んで引き戻す。 エアリスは、びっくりして男の顔を仰いだ。彼が、そんなことをするとは思ってもいなかった。むしろ、べたべたとくっつかれるのを嫌がっているとばかり思っていたのだ。 「どしたの?」 男は、とまどった瞳で娘を見た。エアリスは優しく微笑む。そっと、男の両腕を掴んだ。 「たとえどんなことがあっても、ぜったい、わたし、あなたの側にいるから。もう、ジェノバになんか、渡さないから……」 そう言い切って、男の腕を離し、ピョンピョンと滑り台の上に登って行く。 「来て、セフィロス」 無邪気に呼んだ。言われるままに、男は娘の気まぐれに付き合う。2人、並んで腰を下ろした。 「クラウド、訊くんだよ、そいつ、なんて名前だって」 「教えたのか?」 「まさか。彼がソルジャーじゃなくたって、知ってるじゃない」 「そうかな」 「セフィ、自分がどんな有名だったか、わかってないよ」 「俺自身には、関係ないことだ」 「また、そんな言い方して……。英雄って言われるの、嫌いだって知ってるけど……」 「大人げないな」 エアリスは、クスッと笑う。 「他愛もない会話……。今、わたしたちがこんなこと話してるなんて、罪かもね」 「話をふったのはどっちだ?」 「わたし」 セフィロスは、髪をかき上げた。かき上げた手を後頭部の辺りで止める。 「不思議な気分だな」 「え?」 「このまま、このスラムで、星の終焉を迎えてもいいと思えてきた」 「本当?」 エアリスの顔が、ぱあっと輝いた。大輪の花がほころぶような笑顔だった。 「星の命も、ジェノバの野望も、セトラのさだめも、全て忘れて、ここで……」 ぶつぶつとエアリスは呟く。 「すごい誘惑」 エアリスは、立ち上がった。つるんと滑り台を滑って、下に降り立つ。 「でも、わかってる。もし、そうしてって、わたし、言ったら、あなた、独りで行ってしまうんでしょう? そんなの、嫌。ぜったい、嫌! 5年も待ったの。もう、離れたくない。お願いだから、わたしを離さないで……!」 大きく見開いた瞳から、大粒の涙が、ぽろぽろと溢れた。 「わたし、もう決めてるの。どんなことも怖くない。あなたを護ることができるなら、わたし、死んでもい……」 その言葉は、最後まで声にはならなかった。ふわりと舞い降りた男にかき抱かれ、唇をふさがれたからだ。あまりに強く抱きしめられたので、息が止まってしまいそうだった。 「俺は……。自分の不甲斐なさに眩暈がしそうだ……」 男は、切なく呟いた。 「どうして……。いちばん大切なものを護り通すことができない……? これだけの力を持っていながら、何故……?」 抱きしめる男の腕が震えていることに、エアリスは気づいた。 「セ……フィ……?」 男は、かき抱いた娘の体を伝うように、ゆっくりと地面に膝をついた。うなだれると、白銀の長い髪が、地面に投げ出されて散った。 娘の足元にひざまずいたまま、肩を震わせる。信じられない姿だった。泣いているのかと、思った。 エアリスは打ちのめされたような気がした。もしかしたら、自分の存在こそが、彼を追いつめているのかもしれない。 「……わたし、ずっと思ってた。セフィは強いから、泣いたり、苦しんだりしないんだって……」 エアリスは、そっとかがみ込み、セフィロスの頭を抱きしめる。 「ごめんね。わたしのせいだね。でも、だいじょぶ。わたし、ぜったいくじけないから。どんなことがあっても、セフィロス……、あなたを、愛してる……」 男は、顔を上げてエアリスの目を見た。一点の曇りもない、まっすぐな瞳だった。それは、初めて彼女を意識した子供のころから変わっていない。どんなときでも、まっすぐに前だけを見つめている。そんな瞳に惹かれたのだ。 セフィロスは、静かに立ち上がった。 優しくエアリスの体を抱きしめた。彼女をその腕に抱く瞬間だけは、全てが宥恕されるような気がした。恐ろしい罪も、果てしない迷妄も、己が遺伝子に組み込まれた忌まわしい記憶も、どこかに消え失せてしまうような気がした。 そっと、おとがいをすくい上げる。その、薔薇の唇にくちづけた。 白銀の長い髪が、エアリスの体にからみつく。 上部プレートから漏れるわずかな光が、重なった2人の影を揺らした。まるで、時間が止まってしまったようだった。 「セフィ……」 逞しい腕のなかで、エアリスは少しだけ身をよじった。 「まだ、時間、あるのかな?」 「おまえが望むなら」 「帰りたいね……あの頃に」 「後悔してるのか?」 「あなたは?」 「……どうかな?」 エアリスは、男の胸に体重をあずけ、その鼓動に耳を傾けた。 「あのね、クラウド言ってた」 「なにを?」 「……あなたのこと、忘れてしまえるなら、そのほうがいいって」 「俺も、そう思う」 「……わたしも、そう思うわ」 エアリスは、そっと顔を上げた。 魔晄の色をたたえたセフィロスの瞳が、優しくエアリスを見おろす。エアリスは、目を閉じた。胸一杯に、沸き上がる想いがあった。それは、決してゆらぐことのない、確かな想いだった。その想いに殉じて、滅びてゆくのかもしれないと、思った。 「でも、無理。こんなに、愛してる……」 謡うように言って、男の体をぎゅっと抱きしめた。
ヒュージマテリア回収作戦は、神羅とのいたちごっこだった。コレルでは暴走する機関車を止め、コンドルフォートでは、砦への侵略を防ぎ、ジュノンでは潜水艦を撃沈した。その時、どさくさにまぎれて神羅の潜水艦を頂戴したので、海底の探索もできるようになった。 水中深く潜行すると、海底の抜け道を発見した。どこに繋がるのだろうと進むと、巨大なクレーター跡に出た。クレーターに山の渓流が滝となって流れ込んでいる。 その滝の奥には、洞穴があった。そんな場所には秘密が隠されていると相場が決まっている。彼らは、意を決して滝のカーテンをくぐった。 そこには、過去の亡霊が時を止めたままひっそりと隠れていた。 過去の亡霊……。ジェノバの申し子を生んだ女性、ルクレツィアだった。 彼女は、長い長いときを、ここで過ごしてきた。現世との関わりを絶ち、いつまでも色あせぬ若く美しい姿のままで……。ジェノバ遺伝子を持つ者を胎内に宿した影響か、目覚めの書に仕組まれた罠か、彼女の時間は止まってしまっていた。 「ルクレツィア……なのか……?」 時を隔てた突然の再会に、ヴィンセントは我が目を疑う。それは、ルクレツィアにとっても同じことだった。 「ヴィンセント……?」 かつて、ジェノバ・プロジェクトチームの一員として研究をしていたルクレツィアは、その警護の任についていたタークスのヴィンセントと恋に落ちた。しかし、つまらぬ行き違いから仲違いし、とりかえしのつかないことになったのだ。 ルクレツィアは、ジェノバ遺伝子を持った子供のゆりかごとなり、目覚めの書の洗礼を受けた。血に飢えた殺人鬼と化したルクレツィアは、警備員を殺し、止めようとしたヴィンセントにも狂った刃を向けた。 彼女が幸せなら、と思って身を引いたヴィンセントには、あまりに辛い結末だった。 そして、運命の赤ん坊は産声を上げた。 セフィロス・ルシフィール・ド・ジェノバ……。 禁断の生命樹と、神に最初に造反した天使ルシフィールの名を合わせ持つ、厄災の申し子だった。 「ルクレツィア……生きていたのか……」 ヴィンセントは、かつて愛したその女性に複雑な視線を向けた。 「消えてしまいたかった……。死んでしまいたかった……。でも、私の中のジェノバが私を死なせてくれない……」 ルクレツィアは、切ない表情でうつむく。 「最近、セフィロスの夢を見るの。あの子はどうしているのかしら……。あの子を生んだのに、私は一度も抱かせてもらえなかった。それでも、母親だと思っているのよ……」 「ルクレツィア……」 「ヴィンセント……教えて? セフィロス……、あの子が死んでしまったというのは、本当なの? でも、信じられない。ニブル魔晄炉、古代種の神殿、竜巻の迷宮……。夢の中であの子は、必死にジェノバと戦っている……」 ヴィンセントの後ろで、ことの成りゆきをじっと見守っていたクラウドたちが、驚いたように互いの顔を見合わせた。 その、夢というのは、もしかしたら現実に起こったことではあるまいか? クラウドとセフィロスが時としてシンクロするように、ジェノバの遺伝子はルクレツィアにもその影響を色濃く残しているのかもしれない。 「あれは、本当に夢なのかしら? 私の後悔が見せる幻なのかしら? これも、私の罪だというの……?」 ヴィンセントは、とまどった。まさか、ここで全てを打ち明けるわけにもいくまい。彼女には知る権利があるのかもしれなかったが、しかし……。 ヴィンセントが黙っているので、思わず、クラウドが前に進み出た。 「セフィロスは……」 その、クラウドを、ヴィンセントが押し止めた。 「セフィロスは……、死んでしまったよルクレツィア……」 苦しむかつての想い人にそう言ってあげるのが、彼に出来る精一杯のことだった。それは、優しすぎるがゆえの嘘だった。それで彼女が救われるわけではないことを、充分承知していても真実を告げることはできなかった。それが、彼の弱さでもあった。
五番街スラムの教会は、旅立つ前と寸分たがわぬ静けさに包まれていた。 「おねえちゃん!」 花の手入れをしていた子供たちが、エアリスの姿をみとめて駆け寄って来た。 「お花、たくさん咲いたよ。おねえちゃんに見せようと思って、一生懸命、育てたの」 エアリスは、子供たちの頭を撫で、笑顔で応える。 「ありがとう。これからも、お願いね」 「あれ? おねえちゃん、帰って来たんじゃないの?」 「うん……。また、ちょっと出かけちゃうけど、すぐ、戻ってくるから……」 そう口をついて出た言葉が、ひどくぴったりくるような気がして、エアリスは驚いた。どうして、そんな気分になったのかわからない。 「あ〜! おにいちゃん、だ〜れ? もぉ、おねえちゃんをいじめたら承知しないんだからねっ!」 教会の戸口で、エアリスと子供たちのやりとりを見ていたセフィロスに気づいた少女が、声を張り上げる。以前、タークスがエアリスを狙って何度もここを訪れたのを知っているからだ。 「だいじょぶ。あのひとね、わたしの、いちばん大切なひと……」 「へー」 少年は感心する。 「かっこいいなぁー。あの剣、本物? 悪いヤツをやっつけちゃったりするの?」 エアリスは、少年に微笑んだ。 「そうよ。すっごく、強いんだから」 「ねえ、コイビト? おねえちゃんのコイビトなの?」 少女はしっかりませている。エアリスは、苦笑しながらうなずいてみせた。 「だからね、ちょっと2人にさせてくれる?」 「もっちろん。じゃまなんてしないわ」 ませた少女は傍らの少年をつっついて、パタパタと走り出した。戸口で、セフィロスとすれ違いざま、彼を見上げてあどけなく笑う。 「おねえちゃん、趣味いい。ひゃくてんまんてんだわっ!」 パチンとウインクして、走り去る。少年も、あわててその後に続いた。 毒気を抜かれた表情で子供たちを見送り、セフィロスは教会の中に入った。 「ちょっと意外。セフィ、けっこう子供好きなんだ?」 「そうかな?」 「そんな顔、見たことないもの」 「ああ……。俺は、子供の頃から、食えないガキだったからな」 エアリスは、笑った。 「知ってる。宝条の研究所では、めちゃくちゃだったよね。機材は壊す、報告書は消去する、サンプルは逃がす……」 「サンプル?」 「わたしと、かあさん」 「……そんなこともあったな」 「忘れちゃってたの?」 ちょっと不満そうに、男の顔をのぞき込む。男は目を伏せた。 「忘れるものか……。ガスト博士に止められて以来、誰かに対して、殺意を抱いたのはあの時が初めてだった……。あのときは、本気で、宝条を殺そうと思った。島全体を吹き飛ばそうかとも思った」 「セフィ……」 男の、腰の辺りにふわりと抱きつく。 「ごめん。変なこと思い出させて……」 男は、そんな娘の髪を撫でる。 「そんなに心配ばかりするな、エアリス」 娘は、顔を上げて、笑う。 「そだよね、なんか変だよね。こんなに、しがみついてばっかりの女なんて、ヤだよね」 そう言って、パッと体を離した。 「そんなことは言っていない」 男は、娘のリアクションに苦笑する。 「まあ、少しくらい離れていても、ジェノバは降りて来られないようだがな」 「だよね。わたし、あなたといられるのが嬉しくて、ここへ来た目的、忘れてたみたい。ちょっと待ってて……」 くるりと身を翻し、奥の祭壇に歩み寄る。そこにひざまずいて、胸の前で指を組んだ。 かつて、古代種の意識といちばんよくシンクロ出来た場所がここだった。古代種の神殿に残っていた意識たちとは違った、もっと多目的な、雑多な意識たちが語りかけてきたものだった。 エアリスは意識を集中し、心を開いていった。必ず、道が見えると信じていた。 祈り続けていると、不意に背中から抱きしめられて心が乱れた。首筋に、男の熱い吐息を感じる。 「ちょっと待っててって……言ったじゃない……」 エアリスは、身をよじった。 「待てない」 強引なことを、平気で言う。この男には、もともとそういうところがあった。 「もぉ……」 エアリスは、観念した。どのみち、あらがえるはずがないのだ。 「俺が、もっと神に近いところへいかせてやる……」 耳元で囁くように言って、後ろからエアリスを抱きしめたまま、覆い被さるようにキスをした。このひとときが永遠だったなら、と思わずにはいられなかった。
潜水艦での海底探索は続いた。 撃沈された神羅飛空艇を発見し、その内部に侵入する。 奥のカーゴルームを探索し、居合わせたタークスのレノ、ルードと一戦を交えたあと、隠し扉の奥の研究室に入った。 「これは……」 クラウドは、激しい既視感を覚えた。頭を押さえてうずくまる。あわてて、ユフィが駆け寄った。 「どしたの? クラウド……。ここ、なんかヤバイの?」 クラウドは頭を振る。 「神羅のゲルニカ飛空艇……。魔晄ジェネレータ……。俺は、これに乗っていた……」 「ええっ!?」 一同が驚く。 「俺は、この飛空艇の警護をしていた……?」 記憶があいまいだった。確か、テロによって墜落した筈だ。その責任を取らされて、査問、降格、減給……。いや、そもそも、5年ぶりに現れた自分が、何故この飛空艇の警護に? 5年ぶり……現れた? それまでは、そう……。突然、巨大なハンマーで殴られるような頭痛が、クラウドを襲った。頭の中に、何者かの意識がむりやり割り込んでくる、そんな感じだった。 「お、おい……」 ゆっくりと立ち上がったクラウドの憑かれたような瞳を見て、バレットが二、三歩、後ずさる。 クラウドは、わずかに口許を笑わせた。その笑みは、ジェノバが降りたときのセフィロスに酷似している。 「ヤバイよ、マジで……」 ユフィが身構えた。 「ほんとに、ブン殴って正気に戻るのかよ?」 バレットが、不審な顔をする。 「やるしかないって!」 ユフィは、折り鶴を振り上げ、ブン! と力まかせに振り下ろした。クラウドは、陸奥守吉行を閃かせ、折り鶴を払う。ユフィの頬に切っ先がかすって、ピッと赤く血しぶいた。 「もぉー、ロケット村のジジイ、日本刀なんか、クラウドに渡すからぁ〜」 刀を持っているから憑かれやすいわけでもあるまいが、日本刀を構える姿は、さすがにセフィロスとダブって見える。 クラウドは身を翻し、研究室の階段を下りて行った。何か、目的があるようだ。あわてて、皆がその後を追いかけた。 クラウドは、振り返りざまストップの呪文を唱える。瞬時にして周りの時間を止められ、一同は立ち往生した。 クラウドが向かった先には、不思議な形の武器が置かれていた。円形に鍛えられた薄く鋭利な刃を持ち、中心から五方向に赤く鋭い刃が突出した、触れるだけで大ケガをしそうな武器である。幻の武器、不倶戴天だった。共にはこの世に生存しえないという意味の、究極の殺傷兵器だ。 クラウドは、その武器に向かって、デジョンを唱える。ふわりと両手を浮かせた。 「ちょっと待ったぁっ!!」 時間の魔法が解けたユフィが、あらんかぎりの大声で叫んで、ロッドを振り回した。エアリスが残して行ったプリンセスガードだ。 ビュンと勢い良くブン回して、クラウドの背後から殴りかかる。そのユフィの意志の力に呼応するように、ロッドに埋め込まれた赤い宝石が輝いた。信じられないくらいのまばゆい閃光が周囲を赤く染める。殴りかかったユフィもびっくりしてひるむほどの、爆発したような光だった。 勢いが弱まったロッドが、ボコッと気のぬけた音をたててクラウドの頭にぶつかる。クラウドは、前のめりに倒れ込んだ。 周囲の真っ赤な光が、溶けるように消えてゆく。皆が、倒れたクラウドの側に歩み寄って来た。 「いやはや、まったく、参っちまったなあ……」 シドがぼりぼりと頭をかいて、倒れたクラウドを見た。 「だけど、しょうがないよ」 プリンセスガードを握りしめて、ユフィは思い詰めた声を出す。 「それ、効くみたいだしな」 バレットは、プリンセスガードを指さした。 「ちょっと暴走したって感じだけどね」 ユフィは、ふうと息をついた。ティファが、クラウドの傍らにかがみ込む。 「こんな乱暴なことして、クラウド、大丈夫なの?」 ユフィを見る。 「乱暴……だよね、やっぱ」 ユフィは、ちょっと肩を落とした。けれども、あの場合はこうするよりほか、なかった。クラウドの体を乗っ取ったジェノバが、次元の狭間に葬ってしまおうとした武器は……。 「そのロッド、私が預かるわ。なにも殴りつけなくてもいいんでしょ?」 ティファがユフィに向かって手を差し出す。 「え……。でも、これ、エアリスが……」 困った顔になって、ユフィはロッドとティファを見比べる。オッホン、とシドが咳払いをした。 「まあ、どっちでもいいじゃねぇか? 効率から言えば、早さの点でクソガキ、いや、ユフィのほうが確かだと思うけどな」 「あ〜あ……しょうがねえな、また、オレが担ぐのかよ……」 バレットが、大げさにため息をついた。 「こいつ、見かけによらず重いんだぜ」 とかなんとか言いながら、せっせと気絶したクラウドを担ぎ上げる。 「で、そりゃ、なんだい?」 担ぎながら、ユフィに問題の武器のことを訊いた。 「不倶戴天。相手が強ければ強いほど力を増す究極の武器ってわけ」 「そいつを知ってるってことは、おまえさんに関係あるのかい?」 「うん。戦争中、ウータイから盗まれた」 「ヤバイ武器らしいな。ジェノバのヤツ、コイツを消しちまうために、クラウドを操ったのか……。ごたいそうなこった」 「逆に言えば、これ、ジェノバに通用するってことだよね」 ユフィが、不倶戴天を拾い上げた。ぐっと右手に握りしめる。 「いけそう」 ニッと笑った。 「ったく、とんでもねぇガキだぜ」 シドがユフィの背中をどつく。 「ふふっ……」 笑いながら、ユフィはティファを振り返った。 「ティファ、やっぱプリンセスガード、アタシが持ってる。ごめんね。次は、そっとやるから……」 「私にあやまらないでよ。痛い思いするの、私じゃないもの……」 「うん……」 不倶戴天をヒュンヒュンと振り回す。思わず、皆が体を引いた。 「そして……、アタシが倒れたら、あとはお願い」 円形の武器を胸に引き寄せ、突き出した赤い刃にキスをする。仲間たちを見回して、しっかりとうなずいた。 「行くぜっ!」 ピョンと飛び上がって、不倶戴天を振り上げる。思わず、皆が釣り込まれて、拳を上げてしまいそうになるくらいの、小気味よさだった。
繰り返す波の中で、何かがわかりかけたような気がした。不思議な確信とともに、己の向かうべき道、向かうべき場所が、パノラマ状に脳裏で展開する。 未来が、降りてきた。 「も……ダメ……おかしくなりそ……」 娘は、荒い吐息をついて、震えた。震える唇にくちづけて、男はささやく。 「それじゃあ、もっと……と言いたいところだが、何か、見えたな……?」 うっすらと、娘は目を開ける。 「ん……」 上気した顔で、微笑んだ。 「やっぱり……ここだったんだ……わたしの……」 男はうなずいた。 「約束の地か……?」 「そう……」 エアリスは、満ち足りた表情で男を見た。全てを悟った瞳の色だった。 「この子が……導いてくれるわ……」 そっと男の背中に手を回す。 「この子……?」 「うん。決して生まれてくることのない、わたしたちの、子供……」 「生まれてくることのない……」 男は低く呟く。その言葉の内に秘められた真実を、痛いほどに感じた。 「それでも、俺と来るのか?」 「やだな……まだ、置いてくつもり?」 クスクスと、娘は笑った。 「エアリス……」 男は、娘の裸身を力強く抱きしめる。
娘は、小さく声を漏らし、ピクンと体をのけぞらせた。 エアリスは、自分の胎内に再び命の芽が宿るのを感じていた。 そして、その子は、決してこの世に生まれいずることはないのだと、確信していた。 ようやく、わかったのだ。ここは、生命が育まれる場所。命の始まりの場所。自分にとっての、約束の地なのだと……。 約束の地とは、恐らく、特定の場所ではないのだろう。古来、彼女たちは、次代のセトラを育むために、星のエネルギーをもっとも受けられる場所を選んだ。似通った場所にたどり着き、そこが自分にとっての約束の地なのだと感じたのだ。 確かに、約束の地は、魔晄エネルギーの豊富な土地でもあるかもしれない。それはすなわち、生命エネルギーが溢れる場所ということだ。 至上の幸福が約束された場所、それはやはり、コスモキャニオンの長老たちが言っていたような、生から解放されることの幸福を求める場所ではありえないのだと、実感した。 至上の幸福は、生命を育むことにこそある。 命が芽吹く場所……。 エアリスは、暖かい男の腕の中で、幸福の絶頂を、知った。 |