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過激な白昼夢

Action-18

 

 図を頼りに、大氷河の吹雪の中を進む。途中、何度も遭難しかけながら、絶壁の麓の小屋までたどり着いた。
 そこに住んでいるボルゾフの言によれば、この地には、大昔、何かが空から降ってきたという言い伝えが残っているのだそうだ。そのときに大地が盛り上がって、ガイアの絶壁と呼ばれる、険しい壁が出来た。
 そこに、2000年の昔、宇宙からの厄災が飛来したのは、確実だった。
 一同は、一晩の宿と貴重な助言を与えてくれたボルゾフに礼を言い、ガイアの絶壁に挑んだ。身を切る吹雪に行く手を遮られながら、氷壁を登りつめる。
 途中の洞窟に出没するツインヘッドのモンスターや、ブルードラゴンに手を焼いたが、なんとか頂上まで到達した。
 オーロラのカーテンの下に、巨大なクレーターが広がっている。不思議な翡翠色の光の帯が、その中央から噴出していた。それは、とても神秘的で心奪われる光景だった。
「星のエネルギー、集まってるのかな?」
 エアリスが、呟く。
「ライフストリームだ……」
 クラウドが、遥かに眺望して、懐かしそうに言った。
「かつて空から何かが落ちてきてここにぶつかった……。2000年かかっても治らない傷……。ジェノバは、この中心にいる」
「ジェノバの首、運んだのは、ここで復活させるためだったのね?」
 エアリスの言葉に、クラウドはうなずいた。
「ジェノバが、セフィロスに命じた。私を彼の地へ……。最初に落ちてきた、この場所は、今も星のエネルギーが集まっている」
「そして、さらに、この大切なエネルギーを使って、メテオを呼ぼうとしてるんでしょ?」
 ティファが、きらきら光る精神エネルギーの帯を見つめながら言った。
「許せないよね。こんどは、この程度の傷じゃ、すまない……」
 皆が、そのライフストリームの神秘的な流れに目を奪われていると、突然、バレットが吠えた。
「どっちなんだ? いったい……!」
 じれったそうに拳を振り回す。
「あの野郎、セフィロスの野郎だ、この星を本気でブチ壊すつもりなのか!?」
「それがわからないんだ……」
 クラウドは、自信がなさそうに首を振った。
「ライフストリームの中で、アイツは言っていた。メテオは、災いの使者であり、大いなる封印でもある」
「封印?」
 エアリスが、ハッとしてクラウドを見た。
「黒マテリア……メテオ……。封印……封印の聖なる星……もうひとつの力、封印……」
 記憶をまさぐるように呟く。
「何かわかるのか?」
 エアリスは、頭を抑えて小さくかぶりを振った。
「あ……ダメ……。何かが、わかりかけてるんだけど、見えてこないの……。セトラの意識が、わたしに伝えようとしてる……。でも、ダメ……。ここじゃ、聞こえない……」
 そのとき、はるか上空を神羅の飛空艇が渡って行った。
「あれは……?」
 一同が、その銀色に輝くフォルムに視線を奪われていると、ケット・シーが言った。
「ルーファウスや。ここが約束の地やて、勇んで来ましたんや」
「約束の地……?」
 エアリスが、怪訝な顔でクラウドを見る。
「ここは、約束の地じゃないのか?」
 エアリスは、考え込んだ。そうなのだろうか? 本当に……? 確かにエネルギーが集まる土地だけれど……。エアリスは、小刻みにかぶりを振った。
「ちがう……。少なくとも、わたしにとっては……。でも、もしかしたら、ジェノバにとってはそうなのかもしれない」


 飛空艇の上では、ルーファウスが眼下に広がる大クレーターを見下ろし、満足したように言った。
「ここが、そうか……」
「プレジデント神羅が探し求めた約束の地ですな」
 ハイデッカーが、太った腹を揺らして大笑いする。
「しかし、手に入れるのは、私だ」
 ルーファウスは、髪をなでつけた。
「……悪いな、親父」
 その背後で、神羅カンパニーを辞めて放浪中だった筈の宝条が、クックックッ、と笑っていた。
「あの場所は、誰のものにもならん……。何故なら、リユニオンの終着点にすぎないからだ」
 手すりに体重をあずけ、クレーターを眺望する。
「セフィロス……おまえに会うのが楽しみだな……」


 神羅の飛空艇をやり過ごし、クラウドたちは曲がりくねった岩肌の道を走った。吹き荒れる竜巻を抜け、先へ先へと進む。
 と、見覚えのある後ろ姿があった。
「セフィロス!」
 一同は立ち止まり、思わず身構える。
「来たか……」
 セフィロスは、ゆっくりと振り返った。その瞳には、狂気が棲んでいる。クラウドは、ゾクリと背筋が凍るような気がした。
「そう。ここは、リユニオンの終着点だ」
 我らの役目は、黒マテリアを母のもとへ運ぶこと。
「我ら……?」
 ジェノバ遺伝子を持つ者たち……。
 フフフフフ……。
 地の底から響くような笑い声が聞こえて来た。
 セフィロスが、地を蹴って跳躍する。
 上空で、白刃が閃いた。
 その切っ先から、衝撃波が放たれる。煽られて、クラウドたちは吹っ飛んだ。
 セフィロスは、ふわりと着地する。刀を振り回して、結界を解き放った。
 途端に、邪悪な気配が辺りに満ちる。首のないジェノバの体が、一瞬、そこに見えたような気がした。
「ジェノバ……!」
 異口同音に叫ぶ。まばゆい光とともに、巨大なモンスターが現れた。
 ジェノバ・DEATHだった。
 有無を言わせず、戦闘になだれ込む。ジェノバは、赤い光や熱風を放ち、クラウドたちを焼き払おうとする。
 クラウド……。
 不意に自分を呼ぶ母の声を聞いたような気がして、クラウドは防御を忘れた。
「ばかっ!」
 ユフィが体当たりして、クラウドを押し倒す。ババッと地面が裂け、ユフィの背中を赤い光が直撃した。ユフィは、悲鳴を上げて体をのけぞらせる。
「ユフィ!」
 クラウドは、己の不覚を呪った。どうしてジェノバの化身と相対すると、命のやりとりの最中にこんなミスをしてしまうのだ?
 しかし、考えている暇はなかった。ユフィは、唸りながらも不屈の闘志で立ち上がった。
「しゃんとしろ! クラウド!!」
 ぴしゃりと言い放ち、ユフィはジェノバに向かって飛び込んで行く。生者必滅をぶちかました。
 ジェノバは、赤い残像を残して消えてゆく。いつのまにか、セフィロスの姿も消えていた。
「ジェノバ遺伝子……」
 クラウドは、呟いた。
「けっこう、ヤバそうだよね。セフィロスもまともじゃないし……」
 エアリスに傷の手当をしてもらいながら、ユフィが言った。いてててて、と顔をしかめる。
「ジェノバはリユニオンする……。ジェノバ遺伝子を持った者が、ここに集まるということだ。どこまで、正気を保っていられるだろう……」
 クラウドは、急に弱音を吐いた。
「じゃあ、引き返すのかよ?」
 怒ったように、バレットが言う。
「いや、そうじゃないが、もう少し、考えた方が良かったんじゃないかと、思っただけだ」
「いくら考えたって、持ち駒はこれしかねえんだぜ! これ以上、どうしろって言うんだよ!?」
「持ち駒……」
 クラウドは、ぼそりと呟いた。
「封印だ……。ジェノバの封印はいくつあるんだ? それを集めるのが先だったかもしれない」
「それ、多分、マテリアだと思う。特殊な、大きな力を封じ込めたマテリア」
 エアリスが、髪をくくった桃色のチーフに触れる。
「たとえば、わたしが持ってる白マテリア」
「そして、これ、だよね? ジェノバの邪眼、黒マテリア」
 ユフィが、左肩の盾に仕込んだ黒マテリアを指す。
「そして、ジェノバ遺伝子を持つ者か……」
「クラウドとセフィロス? だったら、役者も小道具も揃ってるわよ」
 ティファが、確認するように言う。
 役者も、小道具も……。では、それを迎える舞台が待っているというわけか。
「だったら、いいじゃねえか。オレは行くぜ」
 のしのしと腕を振って、バレットが先に進んだ。
 どこか引っかかるものを感じながら、クラウドはその後に続いた。ここまで来て、引き下がることが出来ない以上、進むしかなかった。
 最後の竜巻の渓谷を抜けると、辺りが真っ白な光に溢れた。
「なにこれ? どうしたの?」
 ティファが、不安そうに真っ白な空間に目をこらす。
「おちつくんだ、ティファ。ジェノバの本体が近くにいるんだ。何が起こっても不思議じゃない」
 クラウドの言葉と同時に、真っ白だった空間がゆらめき、懐かしい場所の風景を映し出した。そこは、クラウドとティファの故郷、ニブルヘイムだった。
「うそ……」
 ティファは、驚いて辺りを見回した。
「でも、どうしてニブルヘイム? 絶対、へんだよ、これ」
 すかさず、ユフィが叫ぶ。
「これは、ジェノバが創り出した幻覚だ。俺たちを混乱させようとしてるんだ」
「そうだわ。かあさん、言ってた。ジェノバは、過去の幻影を見せるんだって。そして、人々の心に忍び込みとりついて、心、喰い尽くしてしまう……」
 エアリスの言葉に、クラウドはうなずいた。
「わかってる。動じるものか」
 そして、村が炎に包まれた。5年前、セフィロスが村を焼き払ったときの回想だ。
「もう、やめて!」
 ティファが叫ぶ。
「凄い……。この炎が、全ての始まりだったんだ……」
 まるで映画でも見ているように、ユフィは呟いた。
「……これは5年前、現実にあった風景だ。そして、つい最近、俺も……」
 悔恨の念に囚われそうになるクラウドに、エアリスがすかさず喝を入れる。
「ダメだよ。そのことは、もう、気にしちゃダメ。あそこのお家の人たちに、ケガ、なかったんだから……自分、否定したら、負けだよ」
 クラウドは、ぶんぶんと頭を振った。
「ジェノバ!」
 声を張り上げる。
「おまえは何が言いたいんだ!? この炎の熱さと、心の痛みを思い出させて、どうしようって言うんだ!?」
 その声に呼応するように、黒いコートを翻した男が炎の中に舞い降りて来た。セフィロスだ。
「おまえに与えられた役割を果たす時が来た」
 静かに、セフィロスは言う。炎の照り返しで、その白銀の髪が怪しく燃えていた。
「セフィロス、やめて!」
 エアリスが叫ぶ。セフィロスの瞳が、わずかに揺れた。
「エアリス……。俺は、正気だ」
 確かにそうかもしれない。
「じゃあ、どうして、こんなこと……」
 エアリスの悲痛な声には答えず、セフィロスは、クラウドを見た。
「クラウド、目を覚ませ。おまえは、誰だ? どんな使命を持ってこの世に生まれて来たのだ?」
「なんだって……? どうしてこんな幻覚を見せる?」
「過去の映像を見せているのは、ジェノバだ。彼女は、おまえに本来の自分を取り戻せと言っている。そして……」
 瞬間、稲妻が閃き、セフィロスの体を撃った。衝撃で、セフィロスは膝をつく。
「セフィロス!」
 エアリスが、男のもとに駆け寄った。
「来るな!」
 セフィロスは、それを厳しく制する。エアリスはビクッとして立ち止まった。
「まだだ、エアリス。おまえの役目はこの後だ……」
 鋭い視線が、まっすぐにエアリスを射抜く。セフィロスは、刀を支えに立ち上がった。
 再び雷光がスパークし、セフィロスの頭上に襲いかかる。セフィロスは、刀を高く差し上げた。刀身が避雷針になって、白刃がバチバチと火花を散らす。男は、帯電した刀をブン! と振り回した。
 大地に落雷して、ドンと大きな震動が起こる。そのショックでニブルヘイムの幻影が消えた。もとの、荒涼とした、竜巻の迷宮に戻る。
「ジェノバ……」
 セフィロスは、刀を握った左肩を押さえた。彼を完全に支配しようと、ジェノバが焦っているのがうかがえた。
「クラウド、時間がない。黒マテリアを破壊するんだ!」
 セフィロスが叫んだ。クラウドは、弾かれたようにセフィロスを見る。それは、彼が初めて口にした、ジェノバに造反する自らの意志だった。
「セフィロス……」
「この場所でなら、それが出来る。急げ!」
 言うやいなや、セフィロスは刀を逆手に握り、地面に勢いよく突き立てた。
 パシッと大地に光が走る。
 結界だ。
「クラウド、これ!」
 ユフィが、クラウドの手に黒マテリアをすべりこませた。
 クラウドは、ユフィを見てうなずき、セフィロスが張った結界の中へ走り込む。結界が、2人を包み込んだまま、閉じた。
 クラウドが手を開くと、刀の側にふわりと黒マテリアが浮かんだ。
「シンクロして、サポートしろ」
 有無を言わさず、セフィロスはクラウドに命じる。
「そんなこと、どうやって……」
 方法がわからずに、クラウドはとまどった顔でセフィロスを見る。
「正宗を握れ。あとは遺伝子が知っている……」
 言われるままに、クラウドは突き立てられた刀の柄を握りしめた。手の中に、熱いエネルギーを感じる。セフィロスの意識と同調するために、目を閉じた。
 セフィロスは、すうっと両腕を宙に浮かせる。長い呪文を唱えて、封印の五芒星を切った。
 結界内部が、まばゆい光に満たされる。
 子供たちよ……。
 不意に辺りに邪気が満ち、ジェノバの声があたりに反響した。
「ジェノバだわ!」
 エアリスが、異変をいち早く察知して周囲を見回す。天空がにわかにかき曇り、妖艶な美しい女性の像が空に浮かんだ。
「でた……」
 ユフィが、思わず後ずさる。
 私の子供たちよ……。
 あらがうのはおよしなさい……。
あなたたちの役割は、メテオを呼ぶこと……。
「メテオ……」
 茫然と、ティファが呟く。
「究極の破壊魔法、メテオか……」
 バレットが唸った。
 結界内部の光が、輝きを増す。
「だいじょぶ。黒マテリア、破壊できるわ」
 エアリスが、そう確信したとき、ジェノバの罠がその姿を現した。
 ジェノバの罠……。
 エアリスの傍らで、じっとたたずんでいたティファが、大地を蹴って駆け出した。
「ティファ!?」
 驚く皆を尻目に、ティファは、一散にセフィロスの張った結界に駆け寄る。
 走りながら呪文を唱え、結界に体ごと飛び込んだ。
 閃光がひらめき、一瞬にして結界が崩壊する。それは、彼らと同調出来るものの力だ。
 ティファは、浮遊する黒マテリアをつかまえた。
「メテオを……!」
 憑かれたように呟く。
 破られた結界の上に、ジェノバの強力な意志が降臨した。
 真っ青な魔晄の輝きが、3人を押し包む。
 ぐらぐらと大地が揺れた。


 クレーター内部、竜巻の迷宮の中心部に、ルーファウスがスカーレットを伴ってやって来た。
「すっごーい」
 その場所一帯、いたるところにきらめくマテリアを見回して、スカーレットが感動した。
「これ、ぜーんぶマテリアなの?」
 ルーファウスも、満足した様子だ。
「外は豊富な魔晄。そして、中心部はマテリアの宝庫。これぞまさしく約束の地だな」
 遅れてやってきた宝条が、そんな2人をあざ笑った。
「約束の地など存在しない。伝説……言い伝え……ばかばかしい」
「仮にそうだとしても、想像していた通りのものがここにある。それで良いではないか? そのカタサが、二流科学者の限界だというのだ」
 ルーファウスは、笑った。
 そのとき、突如として地鳴りが起こり、周囲の壁自体が激しく震動した。
「どうした?」
 ルーファウスが叫ぶ。
「壁の中よ! 何か、動いてるわ!」
 スカーレットが指をさしたその壁の中に、魔晄の瞳を輝かせた巨大な生物がいた。
 宝条は、驚いて目を見張った。
「ウェポン……! 本当にいたのか……。とても信じられる話ではなかったが……」
「なんだというのだ?」
 話の見えないルーファウスは、いらいらして宝条を睨む。
「……ウェポン。星が生み出すモンスターだ。本当の意味で、星に選ばれ、星の守護者として君臨するものかもしれん。それは、星の危機に現れ、全てを無にするのだという。ガスト博士のレポートには、そう記されていたよ」
「そんなレポートは、見たことがない。どこにあるんだ?」
 宝条は自分の頭を指さす。
「ここだ、ここ……」
 ルーファウスは、ため息をついて髪をかき上げた。
「君は、隠し事が多いな……」
 再び、周囲が不規則に震動した。クレーターが崩れ落ちるのではないかと思われるほどの大きな揺れだった。
 そのとき、空間がゆらめいてクラウドたちが現れた。スカーレットが、仰天して喚き散らす。
「あんたたち、どっから来たのよ!?」
 しかし、クラウドたちとともに現れた白銀の髪の男を見て、次の言葉を失う。
「セ……フィロス……」
 その傍らに、ティファが倒れていた。
「思わぬ伏兵がいたものだな……」
 こめかみを押さえて頭を振り、セフィロスはティファを見た。クラウドは、握っていた正宗をセフィロスに渡し、倒れたティファを抱き起こす。
「ティファ!」
 しかし、ティファは気を失ったままピクリとも動かない。
「クラウド……」
 低い声でセフィロスは言った。
「メテオが、発動した」
 一同の間に、衝撃が走る。
「今度こそ、後戻りはできないぞ……」
 セフィロスは、クラウドを見つめ、その視線をエアリスに移した。
 エアリスは、じっとその男の目を見つめかえす。静かにうなずいた。ユフィに歩み寄り、そっとプリンセスガードを手渡した。とまどった目で、ユフィがエアリスを見たが、エアリスは優しく微笑むだけで何も言わなかった。
 セフィロスは宝条を見て、その目を細める。
「おまえこそが、この星に降って湧いた厄災かもしれんな」
 冷たい声で言った。宝条は、喉の奥で笑う。
「おまえにそう評価してもらうとは、嬉しいよ、セフィロス。私の創ったクローンTは、お気に召したかね?」
「クローンT!?」
 クラウドたちには、そのプロジェクト・ネームに覚えがあった。神羅屋敷で発見した、実験のメモに、そんなことが書いてあった。
「そのクローンTには、成長促進因子として、ジェノバ遺伝子を使用している。何か不都合なことでもあったかね?」
 一同は、茫然と、マッドサイエンティスト宝条を見つめた。
「クローンTのオリジナルは、5年前、ニブル魔晄炉内部で発見した実験体だ。確か、見事な太刀さばきで、斬り崩されていたな……。おまえに斬られて、助かるものなどいまい」
 宝条は、皮肉な笑みを浮かべてセフィロスを見た。長刀を握りしめ自分を睨み据える屈指の剣士を前にして一歩も引かない姿は、敵ながらいっそあっぱれとすら思えた。
「俺に、斬られたいのか? 宝条……」
 低く押し殺したその声に、宝条は含み笑いする。
「私を斬るか? それもよかろう。しかし、ここでは無理だな。ジェノバがそれを許しはしまい」
 ジェノバが……?
 その、刹那。ドカンと、地の底から突き上げるような震動がクレーター全体を揺さぶった。
「崩れるんじゃねえのか?」
 バレットが、ガラガラと石の破片が崩れ落ちてくる辺りを見上げた。
 頭上の、マテリアが鈴なりになった樹枝状のハンモックの中央から、ひときわ大きなクリスタルな塊が、ずり落ちてくる。
 それを見上げて、エアリスは声のない悲鳴を上げた。
「ジェノバ……!」
 その中には、美しい魔性の怪物が眠っていた。目覚めの時を待つ、茨の宮殿に閉ざされた伝説の姫さながらに、あでやかな薔薇色の唇をした、禁断の女神がそこにいた。
「ほう……。ジェノバか……。復活の時を待つ魔女がここにいたのか……」
 嬉しそうに、宝条が両手を上げる。
「やはり、ここが、リユニオンの最終地点なのだな。すべてが終わり、また始まる場所……」
 宝条は、陶酔していた。
 クレーターを揺るがす震動は、ますます大きくなってくる。さすがに、皆が危険を感じ始めた。
「ダメだ、崩れる!」
 クラウドが、叫んだ。
「引き上げるぞ!」
 同時に、ルーファウスも命じる。
 がらがらと轟音を上げて、岩盤が崩れ始めた。皆が、思い思いに散る。
 気を失っているティファを、バレットが抱え上げた。
 クラウドは、砂煙に沈むクレーターの中で、セフィロスがエアリスにその手を差し延べたのを見たような気がした。ユフィに背中をどやされて、ハッと我に返る。
 どさくさにまぎれて、神羅の飛空艇に紛れ込み、崩れ行くクレーターを離れた。
 飛空艇から見たクレーター崩壊の様相は、すさまじいものだった。あと少し脱出が遅れていたら、岩塊に呑み込まれてしまったにちがいない。
 しかし、飛空艇には、セフィロスとエアリスの姿がなかった。
 甲板で眼下に展開するパノラマを見下ろしながら、クラウドが呟いた。
「エアリスは……もう、俺たちの所へは戻らないかもしれない……」
 その傍らで、エアリスに手渡されたプリンセスガードを握りしめたユフィが、うなずく。
「セフィロスが、連れてったんだね。今度こそ……」
「手を、差し延べていた。左手だった」
「え? 左右が関係あるの?」
「おおありだ。ヤツは、両手であの重い正宗を扱えるが、本当は左利きなんだ。だから、どんなことがあっても、利き腕は他人に預けたりしない」
「それってわかるよ。利き腕を空けとくのは、忍びの鉄則だもん。そっか、利き腕をエアリスに……。じゃあ、もう、離さないってことだよね」
「そして、どうするつもりなんだろう……」
「メテオが降ってくるんだよね? どっちみちそれまでの命だから、覚悟を決めたんじゃない?」
 冗談のように言って、ユフィは笑った。
「まさか。あのセフィロスが、諦めたりするものか」
「じゃ、セフィロスが何かやってくれるの、待つ?」
「……それもカッコ悪いな」
「だよね」
 クラウドは、少し吹っ切れたように笑った。ユフィも、ニッと白い歯を見せる。
「それにしても心配だね……」
 真顔になって、ぽつんと呟いた。
「ティファ、か……」
 ジェノバの遺伝子を導入され、宝条の手によって再生されたクローンT、それがティファだった。もっと早く疑ってしかるべきだったと、クラウドは自分の不明を呪った。あのセフィロスに至近距離で斬られて、しかも、その傷を見ていたのに、単純に再開を喜ぶなど愚の骨頂だった。
 ジェノバ遺伝子を巡る第三の伏兵、彼女によって第二の封印は解かれ、メテオが発動した。もう、後戻りは出来ないと言ったセフィロスの言葉が、重く胸にのしかかった。

 

 

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