一行は、アイシクルロッジに居た。 セフィロスが言い残した、ガスト博士の日記というのが気になったからだ。 雪に閉ざされた極寒の村は、ひっそりと外界との関わりを絶っているようにも思われた。パブで、イファルナというセトラの生き残りがこの村に住んでいたと話してくれた老人が居た。しかし、神羅に連れ去られてそれっきりだという。 老人に礼を言って、さっそく教えられた家へ行くと、ガストの家は昔の設備もそのままに放置されていた。 ビデオの装置がある。クラウドは、再生スイッチを押した。 真っ赤なワンピースを着た、若き日のイファルナが3D投影される。 「かあさん……」 エアリスは思わず駆け寄って、ホログラフの母をふわりと抱きしめた。 「では、イファルナさん、セトラの話をお願いします」 横から映像の中に入って来たガストに促され、イファルナは話し始めた。 「およそ2000年前、わたしたちセトラの祖先は、この星の悲鳴を聞いたそうです。最初に星の大きな傷口を見つけたのは、ノルズポルにいたセトラたちでした」 「イファルナさん、ノルズポルという土地はどこにあるのです?」 「それは、このあたりのことです。そして、セトラたちは星読みを始めました」 「星読みとはどういうことですか?」 「……うまく表現できませんが、星と対話することです。……星は、空から降ってきた何かと衝突して傷ついたと語ったそうです。何千人ものセトラが力を合わせて、星の傷を癒そうとしました。でも、その傷はあまりにも深く、星自身が長い年月をかけて治す他はなかったのです」 「古代種、いやセトラは、星を治す特別な力を持っているのですか?」 「いえ、そういう力ではありません。星の上にあるもの全ての生命力がエネルギーになるのです。セトラたちは、必要とされるエネルギーを絶やさぬために必死で土地を育てようとしたのですが……」 「ふむ。北の大空洞に近いこのエリアに雪解けの時期が来ないのは、星の傷にエネルギーが集中しているからなんですね」 「ええ。傷の回復に費やすエネルギーは、急速に土地を枯れさせ……そして星は、セトラにノルズポルから離れるように勧めたそうです。でも……」 イファルナは、辛そうに膝をついた。ガストは、イファルナを気遣う。 「少し休みましょう」 しかし、イファルナは、首を振った。 「大丈夫です。セトラたちが、長年親しんだ土地から旅立ちの準備をしていたとき、そのものは現れたのです!」 「北の大空洞に現れた、その者とは、いったい何者なのですか? まるで見当がつかないのですが……」 「それが星を傷つけた者です……。空から来た厄災! わたしたちはそう呼んでいます。その者は過去の幻影を自由自在に操り、圧倒的な美しさで人々を魅了し、あざむき、女王のように君臨しました。そして……第三の邪眼を見開き、セトラたちの心を奪っていったのです。心を失ったセトラたちは、モンスターと化しました」 「セトラが、モンスターに……!」 「その者は、ノルズポルと同じように、別のセトラの部族に近づき、彼らの心を食いつくしました。その者の黒い邪眼、その中には、セトラたちの精神エネルギーが封じ込められているのです……」 「顔色があまり良くない。今日はこれで終わりにしましょう」 ガストは、膝をついたイファルナの肩を抱く。 映像が、途切れた。 「黒マテリアは、セトラの精神エネルギー……?」 クラウドが、不思議な顔をして自分の手の中の黒マテリアを見た。 「封じ込められているというのだから、その精神エネルギーで、逆に封印してしまったのではないのか?」 ヴィンセントが、落ち着いた口調で言った。 「なんでえ、ジェノバのヤツ、食いすぎで腹を壊しちまったってぇのかい?」 シドは、煙草を吹かしながら豪快に笑う。 「セトラの意志の力、あなどった、ってこと?」 エアリスが、クラウドを見る。 「古代種たちは、ジェノバにいくつもの封印を科したんだ。その封印をジェノバより先に探し出して、保護すれば、ジェノバの復活は防げるんだろうか……」 クラウドは、考え込む。 「結果はどうなろうと、それしか出来ること、ないじゃん」 深刻になった一同の暗い雰囲気を打ち破るように、ユフィがあっけらかんと言った。 「簡単に言わないで。あなたは、直接関係ないから、そんなふうに割り切れるのよ」 ティファは、辛辣だ。ユフィは、口を尖らせた。 「関係ないからこそ、見えるってこと、ない? ティファは、いつもわけもなく怯えてるみたいだ。そんなに怖いなら、旅をやめればいい」 「おいおい、喧嘩はよせよ」 バレットが2人の間に割って入る。 「なんだい? おかしいぞ、ティファ。おまえさんらしくもない」 ティファは、ふうと息をつき、頭を振った。 「ごめんなさい。ユフィの言うとおりだわ。私、怖いの。何か、すごく良くないことが起こりそうで、怖い……」 「そりゃあ、なあ? セフィロスってバカみてえに強いヤツを追っかけてたと思ってたのに、その後ろに、とんでもないモンまで控えてやがったんだからなあ、オレだって怖いさ」 「バレットも?」 「おうよ。だがな、そいつを何とかしないことには、星を救えねえ。オレたちの、いや、マリンみてえな子供たちの未来のためにも、誰かがやらねえとな」 「うん……」 「だがよ。こればっかりは、強制はできねえ。命の保証がねえんだからな。だから、本当に嫌になっちまったんなら、誰もとめねえぜ」 ティファは、ふっと笑った。 「やだな。ここまで来て、引き下がるわけに、いかないわよ。ごめん、みんな。ユフィ……」 「まあいいや。次、見よう。次……」 ユフィが、ちょっとバツが悪そうに首をすくめ、次のビデオを再生する。 空間が揺らめいて、映像が現れた。 「では、イファルナさん、ウェポンという名のものの存在について語っていただけますか?」 ガストが、イファルナの正面に歩み寄る。 「はい、博士。博士がセトラだと誤解した者、ジェノバと名づけた者こそが、空から来た厄災なのです。その空から来た厄災を滅ぼすことを、星が意識しはじめました……。ジェノバが存在する限り、星が自身の力で傷を完全に治すことができないからです」 「では、ウェポンとは、星が生み出した兵器ということですか?」 「ええ……。でも、実際にウェポンが使われた歴史がないのです。少数の生き残ったセトラたちが、ジェノバの封印に成功し、平和が蘇りました。星はウェポンを生み出しましたが、使う必要はなくなったのです」 「では、もう、この星にウェポンは存在していないのですか?」 「ウェポンが消えることはありません。この星のどこかで眠っているのです。ジェノバを封印したといっても、いつ、蘇るとも限りません。星の傷は完全に治ってはいないのです。星はまだ、ジェノバを警戒しています」 「ウェポンが眠っている場所はどこなのですか?」 「わたしには、わかりません……。ここでは、星の声が、あまり聞こえないのです。博士……。もしかしたら……あの……」 親指と人差し指で目頭を押さえ、ガストは頭を振った。苦悩に満ちた表情だった。 「……ありがとう、イファルナさん、今日は、このくらいで……」 そのとき。 「博士! ストライフさんが来たよ!」 バタンと乱暴に扉を開けて、白銀の髪の少年が元気に走り込んで来た。 「セフィ……」 驚いて、イファルナが、少年をカメラから遠ざけようとする。 少年はくるりとカメラを振り返った。冴え冴えとした、魔晄の瞳の少年だった。 「セフィロス……」 一同は、仰天した。それは、子供の頃のセフィロスだった。まだ、あどけない表情だが、面影がある。 「ごめんなさい。お仕事中だった?」 ちょっとかしこまって、申し訳なさそうな顔をする。イファルナは、かがみこんで少年と目線の高さを同じにして、優しく微笑んだ。 「いいのよ。ストライフさんがみえたのね? セフィ、お茶の用意を手伝ってちょうだい」 「はい」 満面の笑顔で、イファルナに抱きついてキスをする。2人で仲良くキッチンに向かって行った。 皆は、茫然として、その過去の映像に見入っていた。 セフィ……。幼い日のセフィロスは、ガスト博士とイファルナに育てられていたのか……。その、屈託なく笑う無邪気な笑顔と透き通る魔晄の瞳が愛らしかった。もしも、このまま、この田舎町でひっそりと暮らしていたならば、彼が負うさだめは違ったものになったのだろうか……? 「やだ……。セフィ、かわいい……」 我が子を慈しむような表情になって、エアリスは呟いた。もし、彼との子供が無事に生まれていたら、ちょうど同じくらいだろう。 「こりゃあ、なあ? こんなもん見せられると、参っちまうよなぁ……」 バレットも、人の親だ。子供の運命が狂わされてしまうことには、人一倍、敏感である。 「ちょっと待ってよ。ストライフさんって、言ってなかった?」 ティファが、クラウドを見た。 クラウド・ミシェール・ストライフ……。 それが、彼のフルネームだ。 「俺の両親がニブルヘイムに移り住んだのは、母が妊娠中のことだったそうだ。それ以前には北の方に住んでいたらしい、どこにいたのかはわからない」 「じゃあ、クラウドのご両親なのかな? ガスト博士やイファルナさんと知り合いだったとか?」 「複雑じゃねえか。ただの偶然なのかい?」 シドが、煙草をもみ消す。 「詮索はあとだ。続きを見よう」 ヴィンセントが、悩みだした皆を仕切る。 ビデオの続きはプライベートなものだった。娘の記録・生後10日目である。 「博士……いえ、あなた、何をしてるの?」 映像が落ちた3Dステージに、イファルナの声が響いた。 「あっ、ビデオを撮ろうと思っているんですよ。でも、なんだか機械の調子が悪くて……」 「何を撮るの? まだ、話していないことがあったかしら?」 「いえ、そんなことではないです。かわいい我が子を撮るんですよ。この、眠っている顔が、また、とてもかわいい〜んです」 「もう、それならビデオより先に、この子の名前をきめなくちゃ!」 「私はもう決めてますよ! 女の子だからエアリス、これしかありません」 「エアリス? 大地の恵みがありそうな素敵な名前ね。あなたのカタイ頭で考えたにしては上出来じゃないかしら」 「でしょ? あっビデオが……!」 ザリザリという雑音に包み込まれるように、音声も消えた。 エアリスは、目をうるませていた。自分が、どんなに愛されていたのかがよくわかったからだ。父ガストのことは、沢山の人が噂をしてはいたが、実際にその顔を見、声を聞いたのは初めてだった。確かに彼は、優しくて実直そうな男だった。しかし、その同じ人間が、あのセフィロスを創り出したのだ。哀しい運命しか与えられなかった、孤独な戦士を……。 次のタイトルをスタートさせた。娘の記録・生後20日目である。 映像が立ち上がると、イファルナが歩いてきた。 「あなた、またビデオ? この前、撮ったばかりじゃないの」 「そう言わないでくださいよ。私とあなたの、とってもかわいい娘なんですよ。娘のすくすくと育っていく姿を、残しておきたいと思いませんか?」 「そんなに可愛がってばかりじゃ、強い子に育たないかもしれないわ。エアリスは普通の子とは違うんだから、これからどんな人生が待っているか……」 「そんなこと言っちゃダメです! 私が、どんなことをしてもあなたとエアリスを護ります。あなたとエアリスは、私の宝なんです。何があっても、離しません!!」 イファルナは、涙ぐんだ。 「あなた……。わたし、今、とっても幸せよ。あなたに会わなければ、わたし……」 ガストは、そっとイファルナの体を抱きしめる。そのとき、ドアをノックする音が2人の邪魔をした。 「もう、いったい誰なんですか? イイところで……」 「は〜い、いますぐ……」 イファルナが、玄関のドアを開けに行く。しかし、そこに居たのは地獄からの使者だった。 「あ、あなたたちは……!」 イファルナが悲鳴のような声を上げる。あわてて室内に逃げ込んで、ガストの後ろに隠れた。 「クックックッ……捜しましたよ、イファルナ……いや、セトラ!」 神羅兵を引き連れた宝条が、ずかずかと部屋に上がり込んで来た。 「久しぶりですね、ガスト博士!」 ガストは背にイファルナを庇い、宝条を睨み付ける。 「宝条くん、どうしてここが?」 「いやあ、あなたたちがここにいるのは、かなり前からわかっていたんですがね……。私は、新しいサンプルが欲しかったんですよ……」 そう言って宝条は笑った。ガストは愕然とする。 「新しいサンプル? まさか、エアリスのことじゃないだろうな!?」 神羅兵が、左右からガストを威嚇するように銃を構えた。 「ほう……エアリスちゃんですか? いい名前だ」 「私は、神羅とは手を切ったのだ。宝条くん、帰ってくれたまえ」 イファルナは、宝条の前に、すうっと膝をついた。 「お願い……。エアリスは関係ないわ。わたしさえいればいいんでしょ?」 「イファルナ!」 あわてて、ガストがそんな妻を押し止める。 「宝条くん。君は少し勘違いしているのではないかね? 私は、あのプロジェクトを己の野望のために利用しようと思ったことはない」 宝条は不敵に笑った。 「きれい事を言うのはおよしなさい。あなたは、重大な事実を知って逃げ出した。誰にも明かしていないジェノバ・プロジェクトの真実、私が気づいていないとでも思っていたのですか? ……ガスト博士、あなたがいちばんよくわかっているはずだ。この星の運命は、我々が握っているんですよ!」 ガストは、苦しげに首を横に振る。 「君は、あやまちに気づいていないのか? 私たちは、恐ろしいことをしてしまったのだぞ!!」 「それがあやまちか、天啓かは、歴史が証明してくれます。無駄な抵抗はしないで下さい。大切なサンプルに傷をつけたくないですからね」 そのとき、階下から少年が風のように現れた。ガストと宝条の間に、小さな身を盾にして割って入る。怒りに燃えた瞳で宝条を睨み据えた。 「死にたくなかったら、帰れ!」 凛とした声で、言い放つ。 「ダメよ、セフィー!」 とっさに、イファルナが、少年を背後から抱きしめた。 「ほほう。セフィロスか。大きくなったじゃないか」 「この子は何も知らないわ! そっとしておいて!!」 「セフィロス、おまえは、神の子だ。私のもとに来れば、ふさわしい力を与えてやるぞ」 「黙れ! 死にたくなかったら、帰れと言ってるんだ!!」 その、尋常ではない雰囲気に、さすがの宝条も、首をかしげる。 「おまえは、ほんとうに、そんなことができるのか? 銃口がまっすぐ狙っているぞ」 セフィロスは、宝条を見上げ、ゆっくりと口許を笑わせた。絶対的な自信がもたらす、勝ち誇ったような笑みだった。 宝条の背筋に、悪寒が走った。わずか5歳の少年に気圧されて、身を引いた。 少年は、すっと左手を浮かせる。風もないのに白銀の髪が舞い上がった。 「セフィー!」 イファルナが、叫んだ。 「ダメだ! 殺してはいけない!!」 ガストがとっさに少年を抱きしめるのと、神羅兵が引き金を引き絞るのが同時だった。 銃声が、長く尾を引いて響き渡る。 「きゃー! あなた!!」 イファルナの悲鳴を最後に、カメラが破壊された。 「どうなったんだ?」 バレットが一同を見回した。 「父は、このときの傷がもとで亡くなったわ」 エアリスが、説明した。 「そして、わたしたちは、宝条の研究所で、軟禁状態だったの。あそこを脱出するときまで」 「セフィロスは?」 「宝条が保護者だったみたい」 「セフィロスは、知っていたのか? 宝条が父親だと」 ヴィンセントが、エアリスに訊く。エアリスは、首を横に振った。 「宝条のこと、憎んでたのか、軽蔑してたのか、ほんとは嫌いじゃなかったのか、わたしには、わからない。だって、あのひと、宝条を殺すことなんて、いつでも出来たもの」 「それは、その通りだな……」 「しかし、父親と言ってもその役割はアヤシイものだな。変異したジェノバの遺伝子を、都合良くXYとして発現させるだけの存在だったのかもしれん……」 「おい、わかるように言ってくれよ」 バレットが、ヴィンセントをつっつく。 「つまり、セフィロスの遺伝情報に、宝条のそれはほとんど関与していないのではないか、ということだ」 「だよね〜。あのセフィロスが宝条の息子だなんて、世も末って気がするもんね」 ユフィが、しつこくそこのところにこだわる。どうしても、容姿的なギャップを埋められないらしい。クスッとエアリスがそんなユフィを見て笑った。 「セフィロスは、カンペキ、母親似だよね」 同意を求めるように、ユフィはクラウドとエアリスを見た。 「なんで、そんなこと知ってんでぇ? クソガキ」 シドが思わず突っ込む。 「古代種の神殿で、ジェノバの肖像を見たもん。もう、分身って感じだよね?」 クラウドが、うなずいた。 「その点に関しては、同感だな。恐ろしいほどに似ている。だが……」 「変異する遺伝子、だよね?」 エアリスが、階下に通じる階段を下りた。皆も、その後に従う。 「日記って、言ってたけど、当然、ここは宝条に調べられてるだろうし……」 ぶつぶつ呟きながら、エアリスがそこらへんを探し始める。 「日記かあ……。もちっと具体的に教えてくれればいいのにさ、エアリスの彼って、けっこうケチだよね」 ユフィが、ベッドにぽんと身を踊らせる。 「ほんとにそうね」 エアリスは、苦笑した。 ユフィは、ベッドでごろごろしながら、大の字になって大あくびする。何気なく、上へのばした手の先が、枕元で赤く光っているライトに触れた。 「おりょ?」 ビリッときたような気がして、手を引っ込めた。 「どうした? ユフィ……」 クラウドが、そんなユフィの傍らに歩み寄る。 「うん。よくわかんないんだけどさ、あのときみたいなんだ」 「あのとき?」 「ほら、古代種の神殿で、ジェノバの額の黒マテリア触ったときみたいな……」 「なんだって?」 わらわらと皆が集まってくる。 「ここ、アタシが触ったんじゃビリビリするだけだけど、もしかしたら……」 指し示された赤いライトを前にして、クラウドはためらった。 「また、俺だけに反応するなんて、言うなよな」 「ビビってる場合じゃねえぞ、クラウド。早いトコ、ためしてみな」 バレットは、煽りまくる。 「大丈夫。クラウドがおかしくなったら、アタシ、ブン殴ってあげるから」 元気に請け合って、ホークアイを構える。ニカッと笑って、ユフィもクラウドを促した。 「じゃ、触るぞ」 クラウドが、そおっと手を伸ばす。一同は、固唾を呑んで見守った。 指先が、ライトにタッチする。 ブン! と機械が唸って、ベッドの上にホログラフ映像が浮かび上がった。白衣を身にまとった、ガストの3D映像である。 「うわ、びっくりした」 ガストの映像と重なってしまったユフィが、あわててベッドから転がり落ちた。 「このスイッチに反応する者に、重大な事実を伝えなければならない」 神妙な顔で、映像のガストは言った。 「これを操作出来る者は、セフィロスと……。おそらくもう1人、ストライフ夫妻のご子息だろう。私は、君たちに詫びねばならない。科学という魔物にとりつかれた愚かな行動が、君たちの運命を狂わせた。君たちには罪はないのに、その運命は、容赦なく君たちの上に襲いかかるだろう。そのとき、少しでも役にたてばと思い、これを残すことにする」 「ストライフ夫妻のご子息って、クラウドのことだよね?」 わかりきったことを確認するように、ティファが言う。しかし、それは、この映像を見ていることでも明らかだ。 映像のガストは続けた。 「X月X日。古い地層から、仮死状態の女性を発見した。私は、それがこの星に伝わる幻の種族、古代種の生き残りではないかと思った。そして、何とか、古代種の血を受け継ぐ者を蘇らせることはできないものかと研究を重ねた。その研究が承認され、スタートしたのが、ジェノバ・プロジェクトだ。しかし、研究はすぐに行き詰まった。どんな条件下でも、受精卵が発育しないのだ。その原因はジェノバの遺伝子の特異性にあった。ジェノバ遺伝子は、受精後、自らの遺伝子を変異させてしまう性質があったのだ。だが、そのランダムな変異のほとんどは発生に不適応な染色体異常を生み、自ら死んでいった。私は、この特異な性質に唖然とし、その理由を必死に追及した。そして、出た結論は、より強力に、より大きな能力を得るための進化を遂げようとしているのではないかということだった。私は、実験を繰り返した。やっとのことで64細胞まで分裂した受精卵を、ひとつひとつの細胞に分離し、核移植することでクローン胚を作り出した。クローンでありながら、それぞれが違った性質を持った個体として生まれてくるのではないかという期待が私の胸を熱くした。ところが、結果は失敗だった。分けられた64の細胞は、一カ所に集まり、重なり合うように、もとのひとつに戻りたがるようにして死んでいた。離ればなれになった同じ遺伝子を持つ者を求めて再統合するようだった。このとき立てた仮説が、ジェノバはリユニオンする、というものだ。変異してしまった遺伝子でも、お互いがお互いを呼び、再統合する。それは、遺伝子レヴェルでの影響力が、ケタ外れに強いということだ。逆に言えば、ジェノバ遺伝子を持つものは、己の遺伝子が命ずるままに生きることになる。その、遺伝子の記憶には逆らえないのだ。それは果たして、古代種セトラなのだろうか、ここに至って、私は疑問を感じ始めた。そんなとき、受精卵のひとつが、奇跡的に成長を始めた。私は疑問を抱えながらも、科学者としての誘惑に勝てなかった。そうして誕生したのが、セフィロスだ。しかし、その後の研究は停滞していた。セフィロス以降、ジェノバ遺伝子の発生はゼロだった。私は、ジェノバ本体から遺伝子を取るのを諦め、成功体からのクローンを創ることを試みた。生殖細胞に依らない、セルフ・クローンの実験もかねていた。そんなおり、私のもとに、イファルナという女性が連れて来られた。その、イファルナこそが、古代種の生き残りだった。私は、彼女の口から、ジェノバの正体と、恐るべき事実を聞かされた。では……、セフィロスは……。私は、何度、この手でセフィロスを殺してしまおうと思ったか知れない。2000年前にこの星を襲った厄災の遺伝子を、さらに進化した形で受け継いでいる少年を、生かしておいても良いものかと悩んだ。だが、すぐに、セフィロスは、私の手などでは殺すことが不可能だということがわかった。あの子は、自分に向けられた殺意を跳ね返すことが出来る。恐るべき、ジェノバの力だった」 一同は、言葉もなく、ガストの長い話を聞いていた。そこに、全ての発端があった。実験によって偶然に生み出された生命、それがセフィロスだったのだと、ガストは冷静な口調で告げていた。そして、彼を自らの手で葬り去ってしまおうと考えたとも言っていた。 「これ、セフィロスも見たんだよね……」 ぽつんとユフィは呟いた。 「たった独りで……」 エアリスを、振り返る。 「あのひとは……ずっと独りだったわ。だれが側にいても、わたしといるときも……。今更、泣いたりしないわよ」 そう言ってプリンセスガードを抱きしめた。心の中で、そっとその名前を呼んでみる。今、ここに彼がいたら、力一杯抱きしめて離さないのに、と思った。 映像が、フェード・インした。白衣の科学者が再び現れる。 「X月X日。私は、セフィロスの存在を恐れていた。しかし、同時に自分でも信じられないくらいに惹かれていた。もし、この子と同じ能力を持った者がいたら……。それは、相反する力となりうるかもしれない。それとも、リユニオンし、より強力な存在と化すのだろうか。私は、ジェノバに魅入られてしまったのかもしれない。そんなとき、イファルナが私を現実に引き戻してくれた。仮に、セフィロスがジェノバの申し子だとしても、愛情を持って育てることが大事だと彼女は言った。私は、目が覚めた。悪魔の研究から手を引き、イファルナとともに、セフィロスを連れて逃げることにした。そうして、たどり着いたのが、ここ、アイシクルロッジだ。しかし、セフィロスは日増しに大きく強くなって行く。マテリアも持たずに、不思議な魔法を使えるようにもなったようだ。私は、不安だった。そして、ついに研究を再開した。隣家の2階に住んでいたストライフ夫妻から、子供が出来ないという相談を受けたので、不妊治療のまねごとを始めたことも、研究欲を助長した。セフィロスは、私が何をしようとしているのかわかっているように、細胞採取に協力してくれた。どんなに痛い思いをしても、決して泣いたりはしなかった。私には、その、子供らしくない強さも驚異だった。そして、運命が味方したとしか思えない偶然で、クローニングは成功した。5歳の子供から採取した細胞から育てたセルフ・クローン、文字どおりコピーだった。しかし、それはあくまで、ジェノバ遺伝子を受け継ぐ者だ。変異遺伝子の作用により、その容姿、能力は、コピーであってコピーではないのかもしれない。だが、何らかの特殊な能力は継承されているに違いない。願わくば、セフィロスと相対するだけの力を持って生まれてほしい。そんな淡い期待を胸に、私は、培養した卵を、ストライフ婦人の子宮に着床させた」 「うそ……」 ティファが、茫然と呟いた。 「クラウドが、セフィロスのクローン……?」 あまりに衝撃的な事実だった。 クラウドは、手の中の黒マテリアを見る。そこに、母の邪眼が黒々と輝いていた。 私の子供たち……。 ジェノバが言っていたのは、こういう意味だったのか。 クラウドは、ぼんやりとそんなことを思った。不思議なほど、冷静にガストの言葉を受け入れていた。そうなのだ。そうでなければ説明がつかない。 「は……ははははは…………」 クラウドは、気がふれたように笑い出した。一同がぎょっとして、身構える。ユフィは、息を止め、ホークアイを振り上げた。クラウドは、その武器が振り下ろされる直前、真顔に戻る。 「大丈夫だ。狂っちゃいない」 ユフィは、ホークアイを振り上げた姿勢のまま、ストップモーションした。 「ようやく思い出した」 クラウドは言った。 「俺は、5年前、このことをライフストリームの中で知ったんだ。でも、それを受け入れるのが怖くて、自分の記憶を隠蔽していた。アイツが、思い出せと言っていたのは、このことだったんだ。……さぞ、もどかしい思いをしたんだろうな……。こんな重大なこと、勝手に忘れて、ひとりでいい子になってたんだから……」 皆は、言葉を捜していた。しかし、軽々に慰めるのもためらわれた。 セフィロスのクローン……。ジェノバの申し子……。その存在の意味するところは、天使の翼を持った救世主か、地獄から蘇りし悪魔の使者か……。 「どうせなら、顔もそっくりだったら、良かったのにね。きっと、モテちゃって大変だったよ」 妙な雰囲気を割って、からかうようにユフィが言った。その、とんでもないセリフに、皆はドギマギする。だが、皆の心配に反して、クラウドは屈託なく笑った。 「そうだな。あれぐらい綺麗だったら、人生変わるよな……」 「まあ、今のクラウドも、充分カッコイイけどさ」 ユフィは、クラウドのツンツン頭に手を伸ばして、よしよしと子供をあやすように撫でた。クラウドは、ユフィの手を取って、その手の中に、黒マテリアを握らせる。ユフィは、驚いてクラウドを見た。 「これ……」 「触っても、痺れたりしないか?」 「あ、うん。大丈夫みたい……」 「そうか。じゃあ、おまえが持っててくれ」 「え? アタシなんかに預けると、これ持ってとんずらしちゃうかもよ」 クラウドは、笑った。 「本当に出来るか? ジェノバの邪眼だぞ」 うう……、とユフィは考え込む。 「勇気がいるかもね」 「ヤバイと思ったら、いつでも手放していい。危険なことがあるかもしれないからな」 「う、うん……」 ユフィは、うなずいた。クラウドは、一同を見回した。 「みんな、すまない。どうやら、俺は、とんでもない存在だったらしい」 「まあ、驚いたことは確かだがよ、何かあるなってのはわかってたぜ。あんまり気にすんなってのは、変な言い方かもしれねえが……、おまえさんには、おまえさんにしか出来ねえことってのがあるんじゃねえのかい? それを考えりゃ、いいんじゃねえか?」 バレットが、腕を振り回しながらまともなことを言う。皆が、同意してうなずいた。 「ああ……。それなんだが、もしかしたら、と思うことがあるんだ」 クラウドは、記憶をまさぐるような遠い目になった。 「今の映像で、ガスト博士が言ってただろう? セフィロスのことだ。自分に向けられた殺意を跳ね返すことが出来る……」 「なるほど、彼が英雄と詠われるに至る裏には、そういった体質的なカラクリがあったのだな」 レッドXIIIが、感心したように言う。 「いや。だいたい、どんな戦闘でも、セフィロスが敵に遅れをとるようなことはなかった。ヤツの強さは悪魔的だ。だから、殺意を跳ね返すなんていうことには気づかなかった。だが、もしかしたら、変異したジェノバの遺伝子を持つ者だけが、ヤツの体に剣先を触れさせることが出来るんじゃないだろうか……?」 「それ、どういうこと? クラウド……」 エアリスが、身を乗り出した。 「5年前、セフィロスに戦いを挑んだところまで、話していたと思う。その、あとのことだ。俺は、圧倒的に力が違うはずのセフィロスを刺した。確かに」 「刺しただぁ? ピンピンしてるじゃねえかよ、アイツは……」 バレットが、大きな声を出す。 「ああ。そのあと、ライフストリームに落ちたからな。傷はすぐに癒えた」 確かに、クラウドも、セフィロスの刃に串刺しにされたが、ライフストリームに落ちて復活した。皆も、それがわかっていたので、納得するよりほかなかった。 「そっか……。クラウドがいたんだ……。わたし、もう、途方に暮れてたの。だって、わたし独りじゃ、どうやったって、無理なんだもの……」 エアリスが全てを悟ったような笑みを浮かべる。 「クラウド、あのひと、殺すこと、出来るんだね……」 静かな、声だった。 「いや……。それは可能性の問題で……。そうとでも考えなきゃ、俺には何の取り柄もないし……」 クラウドはとまどっていた。 エアリスは、ふわりとクラウドの両腕をとる。いつも、セフィロスの腕をそうして取るように。 「ううん。きっとそうだわ。……クラウド、お願い。あのひとを……セフィロスを、殺して……」 握られた腕がジンと痺れるほど、エアリスはその手をきつく握りしめていた。思い詰めたエアリスの表情と、その似合わないほどの力に、クラウドは彼女の強い意志を感じた。愛する男を殺してと哀願する切なさに、打ちのめされた。 「エアリス……」 クラウドは、その名を呟いたきり絶句した。やはり、それしか道は残されていないのだろうかと思った。ジェノバの復活を阻止し、この星の未来を取り戻すためには、ジェノバと、セフィロスを倒さねばならないのだろうか。 「時間がないわ……」 エアリスは、クラウドの腕を握ったまま、その瞳を仰いだ。セフィロスと同じ、青い魔晄の瞳が、エアリスを見つめていた。 エアリスは、そっと目線を外して、寂しげに目を伏せた。 運命にあらがう準備は出来た。 それとも、これも大いなるさだめの輪の中に組み込まれたことなのだろうか。 それでも……。 たとえどんなことがあっても、ぜったい……! エアリスは顔を上げ、一同を見回して、笑顔でうなずいた。 「セフィロスとジェノバは、北の果てのクレーターに居る」 唐突に、クラウドが言った。しかし、もう誰も、何故そんなことを知っている、などと訊いたりはしなかった。 遺伝子が呼ぶのだ。ジェノバが、クラウドを呼んでいる。リユニオンし、封印を解き、宇宙から来た厄災として復活するために。 「行くぞ」 力強く皆を促して、クラウドが、ガストの家を走り出た。皆も後に続く。そして、氷雪の大雪原を縦断する過酷な旅に出た。 |