エアリスは、祭壇の正面に描かれている女神の絵に目を奪われた。 「これ……」 誰にともなく呟く。 その、長い長い髪の美しい女性は、両手で印を結び、何事か祈っている様子だった。そして、その額には、アーモンド型の黒くて大きな第三の瞳が輝いている。 「ジェノバだ……」 クラウドが、息を呑んだ。 それは、ライフストリームの中で見た、セフィロスとうりふたつの魔性の美を持つ女性の姿だった。 「これが……ジェノバ……?」 エアリスの視線は、その壁画に釘付けである。 「おでこについてる目……、邪眼ってヤツだね。見つめられたら、石になっちゃったりして」 もちろん、そんなものではないことはユフィにもわかっていた。黒くて、魅惑的で、危険な第三の瞳……。 「黒マテリア……?」 クラウドが、かすれた声で言った。 目をさませ!! キーンと、クラウドの耳の奥が鳴る。 「うわぁっ!」 頭の中で、何かが爆発したような衝撃を受けて、クラウドはその場に倒れた。 「クラウド!」 反射的に、エアリスとユフィはかがみ込む。クラウドを気遣って、その顔をのぞき込んだ。 「メテオだ……メテオを呼ばなければ……」 憑かれたように呟くクラウドを見て、エアリスはハッとした。ユフィも気づいたようだ。クラウドのその瞳は、まるでさっきまでそこにいたセフィロスと同じ、狂気に魅入られている。 「黒マテリア……メテオ……ジェノバ……」 「クラウド! しっかりしなさい!!」 エアリスは、クラウドの耳元で叫んだ。 これでは、まるで……。 もしかしたら。もしかしたら……。 背筋を凍らせるほどの恐怖を感じた。 「あぁっ!」 クラウドは、突然、こめかみを押さえて体をのけぞらせた。頭痛に苦しみながら、うわごとのように呟く。 「俺は……。俺は……俺は……」 頭を振って床の上を転がる。 「取り込まれちゃ、ダメ!」 エアリスが、そんなクラウドの頬をパンと平手で打った。返す手で、もう一発。ぎゅっとクラウドを抱きしめた。 「エアリス……」 クラウドは、憔悴した目で自分を抱きすくめたエアリスを見つめる。かろうじて、現実にとどまっているという感じだ。 「だいじょぶ?」 エアリスが、ホッとしたように体を離した。 「ああ、すまない」 クラウドは、そこに座り込んだまま、こめかみを叩く。ユフィが、怯えたような目でクラウドを見ていた。 「どうしたんだ? ユフィ……?」 そんなユフィを、クラウドは逆に気遣う。 「え? ううん。なんでもない」 あわててかぶりを振ったが、ユフィは、激しく動揺していた。あの目は、ジェノバに取り付かれたセフィロスと同じ目だった。そしてやはり、エアリスによって正気を呼び戻される。それは、何を意味するのか……。 「ユフィ」 エアリスが、動揺する少女の肩を抱いた。耳元で囁く。 「きっと、もう、わたしにはあまり時間がないわ。彼を止めるのは、あなたよ。しっかりして」 「え? 時間がないって? それ……」 「どうしたんだ?」 クラウドが、不審な顔で2人を見た。 「ううん。気にしないで。それより、これが、ジェノバなのね? 額の邪眼が、黒マテリア……」 壁画を見上げる。本当に、美しい女性だった。 「あ……」 弾かれたように、クラウドは立ち上がった。驚いて、エアリスとユフィも立ち上がる。 「セフィロスが言ってた。……あれは、ジェノバのもうひとつの封印だ。メテオは全ての物を破壊する悪魔の使者であり、同時に大いなる封印でもある……」 「なにそれ?」 ユフィが、即座に聞き返す。 「メテオを呼ぶ黒マテリアが、ジェノバの第二の封印ってコトかしら?」 エアリスが、腕を組んで考え込んだ。 「とりあえず、あれ、取ってこようか」 ユフィが、ピョンと祭壇を飛び越して、壁画に埋め込まれたジェノバの邪眼に手を伸ばす。その、指先が一瞬触れた瞬間、唐突に地鳴りが起こり、地震のように建物全体が揺れだした。 驚いて、クラウドは叫ぶ。 「どうしたんだ!?」 あわてて、ユフィは、手を離す。揺れが止まった。 「え〜、もしかして、コレ?」 再び手を伸ばして、邪眼に触れる。建物がぐらぐらと揺れた。 「やっぱり……。どうなっちゃってんの?」 クラウドが、ユフィの傍らに回り込んだ。 「どれ?」 ひょいと手を伸ばす。その、手が触れるより早く、壁画の邪眼がぽろりと壁からこぼれ落ちて、クラウドの手に治まった。 「うそ」 ユフィが、目を丸くする。と、同時に、ハッとして、クラウドを張り倒す準備をした。しかし、今度は大丈夫だった。クラウドに変化はない。 「世話、かけるな……」 強烈なパンチを繰り出す構えでストップモーションしている少女に、申し訳なさそうに微笑んで、クラウドは手の中の邪眼、黒マテリアに視線を移した。 「クラウドを選んでるの……?」 エアリスが、茫然と呟く。神羅屋敷にあった目覚めの書といい、この黒マテリアといい、クラウドに反応しているのは明白だった。 不意に、神殿が、不気味な震動を始めた。揺れが、少しずつ大きくなっていく。 そのとき、エアリスの頭の中に、声が反響した。声、というよりは、意識の集合体が発するイメージのようなものだ。 「え? 危険? 神殿が崩れる?」 クラウドとユフィは、驚いて思わずのけぞった。 「この神殿は、黒マテリアを守ってたの。だから、早く逃げなきゃ、生き埋めになっちゃうわ!」 考える余地はなかった。3人は、即座に身を翻し、その場から脱出を試みる。 「近道があるって」 古代種たちの意識に導かれたエアリスが、時の大穴を12時の方向に進んだ。 「え? 門番がいる? 倒さなきゃ、出られないの?」 3人が、互いに顔を見合わせた瞬間、神殿のゲイト・キーパー、デモンズ・ゲイトが現れた。どんな盗掘者も一撃のもとに葬り去るデモンズクラッシュで、3人をなぎ払う。 時間との戦いだった。戦闘が長引けば、崩壊する神殿に押しつぶされてしまう。 エアリスの究極の呪文、大いなる福音で無敵状態になっている間に、デモンズゲイトをなんとか倒し、神殿の外に転がり出た。 それを待っていたかのように、巨大な石造りのピラミッド型の神殿が、内側に向かって崩れ落ちてゆく。 3人は、身を伏せて、大地を揺るがす震動に耐えながらその様子を見守った。ものすごい砂煙が辺りを覆いつくし、何も見えなくなる。 その煙が晴れたあとには、もう、何もなかった。神殿のあった位置が地中深くえぐり取られ、深い穴の中に瓦礫が散乱している。 「いったい、どうなったんだ? 封印は、解かれたのか?」 クラウドが、手の中の黒マテリアを見つめる。 「わたし、聞いてくる」 エアリスが、深く剔抉されたすりばち状の穴の中に降りて行く。瓦礫を伝いながら、慎重に進んだ。クラウドも、エアリスに続く。ユフィは少し考えて、上で見張りをすることにした。 穴の底に降り、エアリスはひざまずく。その場に残る古代種の意識に、答えを求めた。 「封印は、解かれたの? 黒マテリアを、わたしたち、どうしたらいいの?」 胸の前で、指を組んだ。目を閉じて、心を解き放つ。 その、瞬間、脳裏で青い魔晄の輝きがスパークした。 「きゃ……!」 悲鳴を上げて、エアリスはその場にくず折れる。 「エアリス!」 あわてて、クラウドはその体を抱き起こした。 「じゃま……しないで……セフィロス……!」 エアリスの体は、小刻みに震えていた。今の衝撃で、全身が痺れている。 「ううん……ジェノバ……!」 エアリスが見つめる視線の先に、ふわりと黒いコートが翻った。 「セフィロス!」 至近距離に降って湧いたその男に、ユフィが驚いて一歩下がる。 左手に握った抜き身の刀が、キラリと光ってユフィの目を射た。 「邪魔をしているのは、おまえのほうだ」 凍り付いた無表情で、男はエアリスを見下ろした。 2人の視線が、絡まり合う。 それは、とても恋人同士の見つめ合いなどではなかった。クラウドも、ユフィも息を呑み、言葉を失った。それほどに、距離を隔てた2人の間には、死と隣り合わせともいえる緊張感があった。 エアリスは、クラウドの腕をすり抜け、ふらつく足で立ち上がった。 「あのひとを返して」 静かに、言う。 「自惚れるな、セトラの娘よ。おまえは、最初から、私を導くためにのみ利用された存在だ……」 エアリスは、絶句した。さすがに、そんなことをセフィロスの口から言われると、打ちのめされてしまう。もしかしたら、本当にそうなのではないかと不安になった。 古代種、セトラ……。 もし、自分がセトラの生き残りなどではなかったら……。普通の、何の取り柄もない女の子だったとしたら……。 それでも、愛は育っただろうか……? イエスと言い切る自信がなかった。 「ばっかやろうっ! 目を覚ませっての!! なんでそんなひどいこと言えるんだよぉっ!」 突然、ユフィが大声で怒鳴った。自分の身も省みず、一直線にセフィロスに斬りかかる。 紫色の風車が、ビュンと唸った。 「ダメ! ユフィ!!」 エアリスは、悲鳴を上げた。いかなユフィとて、まともに斬りかかって勝てる相手ではない。まして、今のセフィロスが、手心を加えるはずもない。 セフィロスは、体を右にねじって左手の刀を水平に引き寄せた。肩越しに、向かって来る少女めがけて刃を突き出す。 と。セフィロスの足元に、ズドンと護りの錫杖が突き刺さった。 プリンセスガードだ。エアリスが、とっさに自分の武器を投げつけたのだ。翼を広げた天使の中央に輝いている真っ赤な宝石が、ピカッとまばゆい光を放った。 ユフィが、目を覆ってしりもちをつく。赤い光に包まれて、セフィロスは膝を折った。 「セフィ!」 エアリスが叫ぶ。男は、顔を上げた。ゆっくりと立ち上がって、傍らに突き刺さっているプリンセスガードを引き抜く。 その様子を、しりもちをついたままのユフィが見上げた。 「アップで見ると、やっぱ、すごい……美人……」 思わずボケた感想を漏らす少女に、男は、フッと笑いかけた。ひらりと身を翻し、神殿跡に飛び降りる。 「キレてる美形って、すごい迫力……」 ユフィもその後を追いかけて地下に降りていった。 ふわりと舞い降り、刀を抱え込むように着地した男に歩み寄って、エアリスが優しく言った。 「よかったね。せっかく助けてあげた女の子、殺さずにすんで」 「助けた?」 セフィロスは、頭を振った。 「頭、痛いの? だいじょぶ?」 そっと、癒しの手をかざす。 「平気だ。ジェノバの意識が、抵抗してるだけだ」 エアリスは、うなずいた。 「あの子、ユフィね、6年前、ウータイで、焼け落ちる砦の中からあなたが助け出したのよ」 ジェノバに支配されてしまう前の、彼が彼自身であったころの記憶を呼び起こすように、エアリスは言った。そんなことで、この男を現実の意識に引き留めておけるのかどうか、わからなかったが。 「ウータイか……。ああ、あの時の……」 降りてきた、ユフィを振り返る。 「命の恩人に刃を向けるなんて、ひどいガキだって思った? でも、あんたが悪い。あんた、エアリスをめちゃめちゃ傷つけてる」 ユフィは、右手の人差し指を立てて、容赦なく男を指さした。 セフィロスは、エアリスに視線を戻す。エアリスは、ふるふると首を振った。 「なんでもないの。それでも、わたし、決めてるから。だいじょぶだから……」 セフィロスは、エアリスの目を見た。深いエメラルドの瞳が揺れている。 「それでも?」 「うん。あなたが、わたしのこと、古代種の生き残りとしてしか必要じゃなかったとしても」 男は目を伏せた。浅く息をついて、かぶりを振る。 「俺は……、おまえに、苦しみしか与えられないんだな……」 「そんなことない!」 思わず、エアリスは、男の腕にすがりついた。 「自分を否定しないで。わたし、幸せだもの。あの時だって、わたし……」 「あの時?」 今までに感じたことのないエアリスの雰囲気に、セフィロスはとまどいを覚えた。何か、自分が知らないことを言っているような、そんな感じだ。 クラウドはハッとした。思い当たるふしがある。そんなことを、何故、思い出したのかわからない。でも、それは多分、いつか彼女が言っていた……。流産してしまった子供のことだ。 そんなことを、クラウドが思い出した瞬間、セフィロスの顔色が変わった。それは、かつて彼が表情にしたことのないほどの、激しい驚愕の色だった。乱暴に、エアリスの両肩を掴む。 「子供だって!? 本当なのか? エアリス!」 大きく見開いたエアリスの、緑色の瞳に走った動揺がそれを肯定していた。 セフィロスは唇を噛んだ。激情を呑み込んだような苦しげな表情で、エアリスを見る。抑えつけた、低い静かな声で言った。 「何故、俺に言わなかった? どうして、そんなことを、アイツが知ってるんだ……!?」 「え? クラウド……?」 ユフィが、3人を、代わる代わる見比べる。 エアリスは息をつき、観念したようにポツポツと語り始めた。 「妊娠がわかったのが、あなたがニブルヘイムに行った後だったの……。そのあと、死んだって報道されて……。わたし、ぜったい、生みたかったんだけど、染色体異常っていうの? 赤ちゃん、育たなくて……。でもね、ほんの少しの間だったけど、お腹の中に、あなたから貰った命、生きてるんだって思ったら、それだけで、すごい、幸せだった……。幸せだったから……立ち直れた……」 セフィロスが、かなりのショックを受けているのは、はた目にも明らかだった。神になるなどとうそぶき、狂気を演じる姿からは、想像もできない変容だった。そもそも、彼がこんなふうに狼狽する様などというものを、クラウドは見たことがなかった。 エアリスは、そんなセフィロスを見て、無理に笑ってみせる。 「やだな。そんな顔しないで。あなたのせいじゃ、ないのよ」 「いや……」 セフィロスは、即座に否定した。 「俺のせいだ。俺の遺伝子には、特異な性質があるらしい。正常な発生を見る確率は、限りなくゼロに近い」 「どうして、そんなこと?」 疑問の目を向ける娘の、栗色の髪をそっと撫でて、男は説明した。 「ガスト博士の日記を、アイシクルロッジで見た。そこには、ジェノバ遺伝子の驚くべき性質と、その実験結果が、残されていた。……ジェノバは、己の力をよりパワーアップさせるために、その遺伝子を、自ら、ランダムに組み替える……」 「なんだって?」 驚きの声を上げるクラウドの胸に、黒い不安の影がよぎった。 「そうして、希有の確率で発生したのが、俺だ。ジェノバの遺伝子は、とんでもない化け物を生むわけだ」 「でも、それなら……」 エアリスが、セフィロスの両腕を掴んだ。 「古代種は……。セトラの能力は、女系遺伝だもの。だいじょぶ。ジェノバの遺伝子より優先される、封じ込められる」 「女系遺伝?」 「だって、絶滅種なのに、2000年もの間、血が薄まらずに能力を継承するなんて、そうじゃなきゃ不可能だもの。あのね、ミトコンドリアの遺伝情報が、セトラの能力を伝えるんだって。父さんの立てた仮説だけど」 通常、遺伝子DNAは、減数分裂、X、Y染色体の結合により、個体としての情報が変化決定するが、そのDNAを包む細胞内に存在するミトコンドリアは、母から子へ、その子供のうち、女の子からまた子供へと、変異することなく継承されていく。 古来より、巫女などの能力が女系遺伝するのは、そういった科学的根拠があるのかもしれない。ガストが立てた仮説とは、ミトコンドリア内に存在するという遺伝情報の永続性だ。 「エアリス」 思い詰めたような声で、セフィロスは言った。 「さっき、俺は何と言った?」 「え?」 「あの娘に、斬りかかられる原因となった言葉だ」 ユフィがすかさず、リピートする。 『自惚れるな、セトラの娘よ。おまえは、最初から、私を導くためにのみ利用された存在だ……』 ジェノバが導かれる? どこへ? 最初から……。再会したときから? それとも、出会ったときから……? いや、そうではない。生まれたときから……? セフィロスは、愕然とした。恐るべき、狂気のシナリオが思い浮かんだ。 古代種の女系遺伝能力は、ジェノバにとって、願ってもない幸いだった。自己の遺伝子を組み替え、より強力になったジェノバを、確実に継承していく手段として、古代種の能力を取り込む。 絶滅したはずの古代種が、そこにいた。エアリスの母、イファルナだ。 ガストとイファルナは、運命の糸に翻弄されるように愛し合い、セトラの子孫を残した。次代のジェノバを育む、生きたゆりかごとして。 「どしたの? セフィ……」 打ちのめされた表情でたたずむ男を案じて、エアリスはそっとその腕に触れた。 ふわりと甘い花の香りが、男の視線を呼び戻す。 「エアリス……」 男は、切なく呟いた。その瞳に、かつてないほどの苦悩の色が浮かんでいるのを見て取って、エアリスはドキリとした。正気の時にさえ、人類全てを根絶やしにすることすら恐れないと言ってのけたこの男が、いまさら何を迷うのか。 「わたし、いけないこと、言った?」 男は、淡いピンクの紅をさした薔薇の唇が動くさまを、じっと見つめた。 セトラの娘……。 ジェノバの継承者として、なぜ自分が男として生まれたのかということに、セフィロスは気づいた。 一度、発生を見るたびに不安定な変異を繰り返すジェノバの能力。ミューティションにより生存不可能となった個体は排除されるが、その数が多すぎる。しかし、そこにセフィロスが誕生した。生まれながらにして、人ならざる力を持った特別な存在として。 ジェノバは、彼に伴侶を与えたのだ。自分のパワーアップした能力を確実に次代へ伝えることのできる相手を。それが、セトラ、女系遺伝能力を持ったエアリスである。 全てが、ジェノバの筋書きに踊らされていたというのか? 彼女と出会ったことも、愛したことも……。全てが……。 セフィロスは、頭を振った。 ならば……。離れなければならない。けれども、彼女と離れることは、イコール、ジェノバにその身を明け渡すことだ。行く道は、全てジェノバに押さえられている。 第三の邪眼を輝かせて、妖艶に微笑む自分とそっくりの母の姿を、頭上に感じた。さながら、絶対者、神のごとくに、彼女は我が子の頭を抑えつけていた。 セフィロスはエアリスを見つめた。黙ったまま、じっと自分を見上げるエメラルドの瞳は、不安で揺れていた。愛しいと思った。その気持ちが、最初から仕組まれていたことなのだとしても、否定することなど出来ないくらいに心が傾いていた。 しかし。もしかしたら。古代種の血を絶てば、ジェノバの目論見を砕くことができるのだろうか。 古代種の血を絶つ……。それは、エアリスを殺すということだ。自分自身が導き出した答えに、セフィロスは悄然とした。 その考えが、ジェノバのものでないという保証もない。迷妄の果てに待っているのは、破滅なのだろうか……。 ジェノバは、セトラを利用しようとしているのか? それとも邪魔なのか? これこそが、ジェノバの罠だ。 けれども、エアリスを愛している。側にいれば、必ず抱いてしまう。二度と離したくないと、府抜けた衝動に屈服してしまう。そうしてもし、希有の確率で厄災の命が芽吹いてしまったとしたら……。 眩暈がした。 「セフィ……?」 たまりかねたように、エアリスが男の両腕を掴む。男は、諦めたようにやわらかく微笑んだ。 「これが……さだめというものか……」 ふわりと、左手でエアリスの頭を撫でる。 「え?」 瞬間、電気が走ったみたいに、セフィロスの意識がエアリスの脳内に走った。古代種の遺伝能力を利用しようとするジェノバの野望だ。エアリスは、切ない表情でうつむいた。 「そっか……。じゃあ、しょうがないね」 いつもの口調で呟いて、顔を上げる。セフィロスの瞳をまっすぐに見て、何事もなかったかのように微笑んだ。 「信じてるから。ためらわないで」 「エアリス……」 男は、それでも微笑む娘を、衝動的に掻き抱いた。まるで、2人をあざ笑うかのようにたたみかけて襲いくる、さだめという怪物を、心の底から呪わずにはいられなかった。 |