ケット・シーの裏切りが発覚し、一行は複雑な思いを胸に古代種の神殿へ向かった。 神殿の扉は、既に神羅によって開かれているはずだ。そこには、何が眠っているのだろうか。 「取り返しのつかないことに、ならなきゃいいね……」 ティファが、ぽつりと言った。皆も同じ思いだった。 神殿に繋がる吊り橋を、エアリスが先頭にたって渡った。石段を登りつめ、神殿に入ると、そこにタークスのツォンが倒れていた。 「あっ! ツォン!」 エアリスが、思わず駆け寄る。クラウドも、その傍らに歩み寄った。 「セフィロス……あいつは……何者だ……?」 ツォンは、あえぐように言って、エアリスを見る。 「セフィ、中にいるの?」 思わず聞き返したエアリスの表情を見て、ツォンは低く笑った。 「ふふふ……。エアリス、それでもおまえは奴を追うのか?」 「えっ?」 「おまえたちのことは……、以前から知っていた……」 意外なツォンの言葉に、エアリスはとまどいを隠せない。 「ツォン……知ってたのに、どして?」 「報告すれば、たいへんなことになる。恐らく、宝条が黙ってはいなかったろう」 「でも、わたしはともかく、あの人は……、宝条なんて恐れていなかった」 「いや……。宝条は……」 不意に、ヴィンセントが横から口をはさんだ。いつも無口な彼が、自分から何かを話し出すのは珍しい。ツォンは、目を細めてヴィンセントを見た。 「そうか。君はもとタークス……。知っているんだな……」 「なに? なんのこと?」 エアリスは、急に不安になった。セフィロスと宝条の間に、何があるというのか。 「エアリス……」 ヴィンセントは、低い声で切り出した。 「宝条は、セフィロスの父親だ」 「なんだって!?」 一同の間に、怒涛のような衝撃が走る。 「うそ……」 エアリスは、絶句した。 「ジョーダンきついよ。似ても似つかないじゃん」 ユフィが率直な感想を漏らす。勿論、皆も同じ気持ちだった。それほどに、宝条とセフィロスは、その容姿、能力においてかけ離れている。 ヴィンセントは、エアリスに向かって静かに言った。 「宝条は……、なにかにつけて比較されるガスト博士を見返したかったんだろう。ガスト博士の助手を務めていたルクレツィアを説き伏せ、ジェノバの遺伝子と自分の遺伝子をかけ合わせて、子供をつくった……」 エアリスが、青冷める。 「なんてこと……」 「それがセフィロスなのか……? でも、そこに何故、ルクレツィアが登場するんだ?」 クラウドが、首をかしげる。 「遺伝子そのものだけでは、生物は発生できない。ルクレツィアの卵子が、除核され核移植に使われた。当時は、体外培養にも限界があったから、受精卵はそのままルクレツィアの子宮に戻され、普通に出産した」 「でも、遺伝子は、ジェノバのものなんだな?」 クラウドが、確認する。ヴィンセントはうなずいた。 「奴の体を構成する細胞のひとつひとつが、ジェノバから受け継いだ破壊への衝動に突き動かされているのだろう……。それに、自らの意志だけであらがうのは、不可能に近い」
エアリスは、セフィロスと再会して間もない頃の会話を思い出していた。 「俺は……止められないかもしれない」 教会の奥で、十字架を見上げて、ふと、セフィロスが言った。 「え?」 何のことかわからずに、エアリスは男を見る。 「自分で自分を、制御できないと思うことがある……」 「セフィ……?」 「もしかしたら……」 男は、傍らで不安な顔をしている少女に視線を移した。 「もしかしたら、俺がおまえに惹かれたのは……。俺を止めることができる、唯一の存在だから、なのかもしれない」 「わたしが、あなたを?」 男は、静かにうなずいた。その目があまりに真剣だったので、それ以上、問いただせなかったのだ。
「思い当たるふしがありそうだな」 ヴィンセントは、エアリスの表情を読んだように言った。 「え、あ……じゃあ、あのひとは、知ってたの? 自分の出生のこと」 クラウドが、確かめるように言う。 「5年前のニブルヘイム以前にってことか?」 「ええ」 クラウドは、即座に否定した。 「それはあり得ない。ライフストリームの中で、全てを知ったと言っていた」 バレットが、不思議そうに言う。 「そもそも、その任務にどうしてヤツが派遣されたんだ? ただの魔晄炉調査だろう?」 「ウラがあることには、ヤツも気づいていたようだった。神羅屋敷にも、膨大な資料がそのままになっている」 考え込んだクラウドに、ユフィが言った。 「それ、宝条の罠だよ。あの目覚めの書も、アイツがわざとあそこに放置してたみたい」 「罠か……」 クラウドは、呟いた。 罠……。宝条の仕掛けた罠……。 あの科学者は、何をもくろんでいるのか? そして、ジェノバの封印……。 「宝条が罠を仕掛けたとすれば、それは、セフィロスを救うためだったかもしれない」 倒れているツォンが、苦しそうにあえぎながら言った。 「えっ!?」 一同が、仰天してツォンに注目する。 救う? 宝条がセフィロスを……? 「ニブルヘイムにセフィロスを派遣する命令を下したのは前社長、プレジデント神羅だった。戦争終結後、プレジデントは力をつけすぎていた英雄を畏れていた。その気になれば、この星さえも破壊できるほどの魔力を持った彼の処遇に困窮していた……」 「そんな……。あのひと、何も望んでなかった。ただ、普通に生きることしか、考えてなかったのに……どして……?」 ツォンは、低く笑った。 「頂点に君臨する支配者は、自分より優れたものを本能的に畏れるものなのかもしれん」 「プレジデントは、セフィロスをどうするつもりだったんだ?」 クラウドが、ツォンの傍らにかがみこむ。 「筋書きは、おまえたちが知っている通りだ。毒は毒を持って制す……。ジェノバの首が斬り落とされ、セフィロスが姿を消したことで、プレジデントは目的が果たされたと安堵したらしい」 「それって、何か、勘違いしてない?」 ユフィが口を挟んだ。 「そう。プレジデントは、真実は何も知らなかった。ジェノバが本当は古代種などではないということも、宝条がプレジデントの命令を逆手に取り、セフィロスを自らの手で操ろうとしたことも……。セフィロスが自分を殺しに来たときに、己の過ちを悟ったことだろうが……遅かったわけだ」 「ツォン、どして、そんなこと?」 エアリスは、何もかも全てを見通したようなツォンの物言いに、とまどいを覚えた。 ツォンは、寂しく笑った。 「ハハハ……。哀しいものだな。私は、君たちのことが気になって、いつも動向を探っていた。その過程で、宝条の野望も知った」 「どうやって、あのセフィロスを操るつもりだったんだ?」 クラウドが、ツォンの傍らにかがみ込む。 「ジェノバ……。神羅ビルにいたジェノバよ」 エアリスが、培養ポッドの中の、首のない生物を思い浮かべた。クラウドもそれを思い出す。 「母親を人質に取るってわけか。……でも、セフィロスは消えた……」 エアリスは、胸騒ぎを抑えきれないように呟いた。 「5年という時間は何を意味するの?」 クラウドも、うなずく。 「ジェノバの首はどうなったんだ?」 弾かれたように、ヴィンセントはクラウドを見た。 「首……ジェノバの首か……?」 「ああ。5年前、セフィロスが自ら斬り落とした」 「それは……脳の情報を持ち去ったということにならないか?」 「脳……?」 ヴィンセントは、天を仰いだ。 「ジェノバは、リユニオンする……。あの仮説は正しかったのか?」 「リユニオン? じゃあ、神羅ビルから体が消えたのは……」 ティファは、神羅ビルで起こった血の惨劇を思い出す。バレットも、低く唸った。 「首を求めて動き出したってわけか?」 「えぐー」 ユフィが、その様を想像して、自分の腕をさする。 「しかし」 ヴィンセントは、考えた。 「何らかのきっかけが必要だと思うが……」 「目覚めの号砲……」 クラウドは呟いた。 「魔晄炉が爆破されたからかもしれない」 エアリスが、続ける。 「そして、セフィロスが、神羅ビルに現れたから?」 「リユニオン……。同じ遺伝子を求めてセフィロスを追いかけはじめたってことか?」 クラウドは、仮説を説いた。そこに、ティファが割り込んだ。 「ちょっとまって。あの運搬船……。ジェノバ・BIRTHと戦わなかった? あのとき、セフィロスに会ったけど、あれってどこかからか投影された映像かもしれないって」 「じゃあ、首なしジェノバは何を追っていやがるんだ?」 ついに、シドも口をはさむ。 「そもそもその仮説が間違ってるってことはねえのかい?」 ヴィンセントは、首を振った。 「わからない。ジェノバはリユニオンする……。自分の遺伝子を求め、再統合する性質があるというのは、ガスト博士がたてた仮説にすぎない」 「いったい、どうなってるんだ?」 デッドロックだ。皆がそれぞれに煮詰まった顔になる。 クラウドは、かすかな耳鳴りを覚えていた。 私の、子供たち……。 そう言ったジェノバの声が、耳にこびりついて離れなかった。 「……確かめてくればいい……。おまえたちが、その、目で……」 ツォンが、諦めたように言った。え? と思って皆が、ツォンを見る。ツォンは、キーストーンをクラウドに差し出した。 「中には、セフィロスがいる。気をつけろ……」 そう言い残して、がくっと力を失った。 「ツォン!」 思わず、エアリスが抱き起こす。肩口から、ざっくりと斬り下げられた刀傷が、痛々しかった。エアリスは、唇をかんでうつむく。 「どして……こんな……」 この刀傷をつけたのが誰なのかは、明白だった。エアリスは肩を震わせる。やはり、あの男の側を離れてはいけないのではないかと思った。しかし、そしてどうするのか? 自分の行く道すらも、混沌とした闇の中にあるのを思い知り、暗澹たる気持ちになった。生半可な気持ちでは、あの男を止めることはできない。ジェノバも、邪魔をしてくるだろう。 「辛いね、エアリス……」 エアリスの横にしゃがみこんで、ユフィがツォンに手を合わせた。目を閉じ、拝むように頭を傾ける。 「でも、いちばん救われないのはアイツだよ」 「ユフィ……。そだね、否定したら、負けだよね」 「うん。たとえどんなことがあっても、ぜったい……でしょ?」 「たとえどんなことがあっても、ぜったい……」 自分自身に言い聞かせるように呟いて、エアリスは立ち上がった。 「クラウド、扉、開けて」 促され、クラウドは手にしたキーストーンを石の鍵穴に乗せた。鍵穴が光り、不思議な力が働いて、神殿内部への道が開かれる。 気がつくと、神殿内に築かれた広大な立体迷宮の真ん中に立っていた。 「うひゃ〜。迷子になっちゃうよ〜」 ユフィが、入り組んだ道を眺望して、泣き言を言った。 「だいじょぶ。わたしについてきて」 エアリスは、見えない力に導かれるように、先にたって歩き出した。迷路に出没するモンスターを打ち倒しながら、進む。 探索して歩きながら、エアリスが言った。 「クラウド、話があるって言ってたよね?」 ライフストリームから帰還した後、ミディールでそんなことを言っていた。クラウドは、うなずいた。その場には、いっしょにユフィもいたが、彼女は、まるで関係のないような顔をしているくせに、どういうわけか一番のエアリスの理解者のようなので、話すことに抵抗はなかった。 「セフィロスとライフストリームの中でいっしょだった」 「うん」 「アイツは、すごく危険なバランスの上に立っている。ジェノバの支配から解き放たれた一瞬に、俺に何かを伝えようとしていた。いや、思い出せと言っていた」 「で、クラウド、思い出したの?」 「それが……。5年前にもヤツといっしょにライフストリームに落ちたところまでは思い出したんだが、そこで何を知ったのかは……」 「どして、クラウドだけ、忘れちゃったのかな?」 「わからない。俺に、その莫大な情報量を受け入れるだけの器がなかったからかもしれない」 「だったら、クラウド、壊れちゃってるよ、今頃」 「いや。そうかもしれない。現に、5年間の記憶がないんだ」 「あのひとは、この5年間、どこで何してたのかな?」 「それは、ジェノバの首と関係があると思う」 「首……ジェノバの首か……。なんとなく、不吉なキーワードね」 「不吉と言えば……みんなには言えなかったんだが……、アイツが、妙なことを言っていた」 「妙なこと?」 「第一の封印」 「ジェノバの封印のこと? それが?」 「セフィロスは、第一の封印は、俺だと言った……」 「えぇっ!?」 だまって大人しくしていたユフィが、びっくりして大声を出す。エアリスも、驚いて立ち止まった。 「第一の封印が解かれたって、クラウドのこと?」 「俺には、なんのことだかわからなかった。でも、明らかに今までとは別の力がみなぎってくるのを感じるんだ」 「それについて、セフィ、説明してくれなかったの?」 「すぐにジェノバ・LIFEが現れて、ヤツは消えた」 「ジェノバ・LIFE……。確実に復活しつつあるってことかな?」 「だと思う」 「でも、クラウド、第一の封印だなんて……。どういう意味なんだろうね?」 「ジェノバは……5年前、俺とセフィロスが斬り合いになったとき、それを止めたんだ。私の、子供たち……、そう言って」 「私の、子供たち……?」 「そのとき、セフィロスは言った。ジェノバより生み出されし者、と」 「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。それって、マジ?」 あまりのことに、ユフィはひきつった声を出す。エアリスも、目を丸くした。 「だから、目覚めの書に反応したの? クラウド、ジェノバの子供なの?」 3人の間に、疑問が渦巻く辛い沈黙が落ちた。 「俺は、人間じゃないのかもしれない……」 クラウドは、うつむいて首を振った。 「遺伝子? クラウドもジェノバの遺伝子、受け継いでいるのかな?」 「でも、俺には、両親がいた……」 「だったら、宝条、何か知っててもいい筈、だよね?」 ユフィが、挑むように言った。 「あいつ、変なこと言ってたよ。ジェノバ遺伝子を使って子供を作る実験は、セフィロス以降、成功しなかったって。それで、ジェノバ自体の遺伝子を使うのを諦めて、セフィロスのクローンを作ろうとしてたって」 2人は、驚いてユフィを見る。 「どうして、そんなこと……?」 「アタシ、ロケット村で宝条に会ったんだ。そのときは、何言ってんだ、コイツぐらいにしか思えなかったけど、大事なことかもしんない」 「じゃあ、宝条は、クラウドのこと、知らないのね?」 「でも、もしかしたら、ガスト博士が何か知ってたかも。宝条、言ってた。ガスト博士は逃げたんだって」 「逃げた?」 「逃げるには、理由が必要だよね。エアリスのお母さんと駆け落ちしたってのが、大方の見方らしいけど」 「凄い情報だわ、ユフィ……。そっか、父さんが何か知ってたかもしれないのね……」 「でも、ガスト博士はもういない」 暗くなるクラウドに、エアリスは笑いかける。 「あら、別に、知ってる人に聞けばいいじゃない。近くにいるはずよ」 ユフィは、首をすくめた。 「嬉しそうだと思うのは、アタシの気のせい?」 「気のせいじゃないわ。だって、嬉しいもの」 「……エアリスは、すごいな……」 羨ましそうに、ユフィは言った。 「だって……、たとえどんなことがあっても、ぜったい! だもの」 「それって、無謀を正当化する、必殺の呪文みたいだよね」 「うん。自分に負けないための呪文……。一度上がってしまった幕は、きちんと降ろさなきゃ」 「今、芝居は、どこらへん?」 「第二幕が始まったばかり、ってとこでしょ?」 クラウドは、他人事のように軽口をたたきあう2人の娘を見くらべた。そして、その強さに脱帽した。この2人は、どこか似ているのかもしれないと思った。自分の力でしっかりと地面に立とうという意志が、どんな局面に際してもしっかりと、こうべを上げさせるのだ。 前を見つめ続けるかぎり、未来はある。そう信じるしかなかった。 立体迷宮を抜けると、巨大な岩が転がる通路に出た。盗掘者たちを駆逐するための仕掛けだ。ダッシュとストップを繰り返す、だるまさんがころんだ走法で難所を走破し、通路を抜ける。 と、不意にエアリスが神殿内に漂う古代種の意識とシンクロした。 「クラウド、ちょっと、こっちへ来て」 もと来た通路を逆行して走る。岩トラップの通路の中央に、不思議な光が溢れる泉があった。 「古代種の意識がいっぱい。そっか……意識……心が今も生きてるんだわ……。心が生きる? 体が死んでしまっても? そうして何を護ってるの?」 エアリスは、泉の端にひざまずいた。溢れる光の中にそっと手を伸ばすと、エアリスの腕を光のヴェールが包み込む。クラウドとユフィは、その神秘的な光景に目を見張った。 「わたし、方法がわからないの……。どうしたら、護れるんだろう……星の命……。どうしたら、救えるんだろう……あのひとを……」 泉の輝きが、下から膨れ上がり、噴水のように上へ向かって溢れ出た。 「え……?」 エアリスが、溢れ出た光の中に立ち上がり、ゆっくりとクラウドたちを振り返る。 「見て。意識のスクリーン……」 噴水のように溢れ出る光の幕に、映像が浮かんだ。壁一面に古い壁画が描かれた部屋に、ツォンがたたずんでいる。ツォンは、壁画を見上げて感じ入っていた。その後から、イリーナが駆けて来る。 「ツォンさん、これは? これで約束の地がわかるんですか?」 ツォンは、イリーナを振り返った。 「……どうかな。とにかく、社長に報告だ」 「気をつけてくださいね、ツォンさん」 言い残して、イリーナが駆けて行く。壁画を見上げて、ツォンは呟いた。 「ここが約束の地……? いや、まさかな……」 そのとき、長刀を手に、ふわりと舞い降りる影があった。ツォンの背後に着地して、刀を脇に抱えてうずくまる。ツォンは、気配を感じて振り返った。 「セフィロス!」 青い魔晄の瞳の造反者は、ゆっくりと立ち上がった。 「おまえが扉を開いたのか。ごくろうだった」 色のない声で、セフィロスは言う。その、セフィロスの冷たい声を聞いた瞬間、クラウドの耳の奥で、キーンと金属的な音が鳴り響いた。 「まただ……」 クラウドは、同時に襲った頭痛に、顔をしかめる。 「ここは……なんだ?」 映像の中のツォンがセフィロスに訊いた。 「失われた知の宝庫。古代種の知恵……知識。そして……第二の……」 セフィロスは低く笑った。両手を広げ、高くかかげ上げる。抜き身の刀がきらめいた。 「私は星とひとつになるのだ」 ツォンは仰天する。 「星とひとつに?」 「愚かなる者ども、考えたこともあるまい。この星のすべての精神エネルギー。この星のすべての知識……。私はすべてと同化する。私がすべて……すべては私となる」 「世迷い言を……」 セフィロスは、超然と微笑む。悪魔に魅入られた、冷たい微笑みだった。 「おまえたちには死あるのみ。死によって星に還った精神エネルギーは、やがて私の一部となるのだ!」 言うやいなや、セフィロスはツォンに斬りかかった。ツォンの右肩に、ザクリと凶刃が食い込んで、逆袈裟に斬りしだかれる。 男が前のめりに倒れ込んだのを見て、セフィロスはふわりと飛び上がり、消えて行った。 「すごい……。なんか、パワーアップしてない?」 ユフィが、エアリスを見る。 「私……とか言ってるしさ。あれって、ジェノバそのものだよね?」 エアリスは困ったような顔をして、曖昧にうなずいた。クラウドは、頭を振ってトントンと叩いている。 「だいじょぶ? クラウド……」 「ああ……」 「ねえ、クラウド、ああいうときって、自分が何したか、何を言ったのか、ぜんぜん覚えていないのかな?」 「覚えてたら、自己嫌悪に陥っちゃうと思うよ、アタシ」 ユフィが、冷静に分析する。 「うん。そうだよね。でも、なんだかひっかかるの。どして、わたし、側にいくと、ジェノバ、あのひとを操れなくなるんだろ?」 「古代種だから、というのはタテマエで、ホントはきっと、彼がエアリスのこと愛してるからだよ。だって、ジェノバに操られてちゃ、イーこと出来ないじゃん」 えへへ〜とか笑って、ユフィはくるりと回った。 「もぉ、ユフィったら、わたし真面目に考えてるのに……」 「だって、事実が全てを物語ってるもん」 「でも、もし、わたしの力じゃ、あのひとを引き戻せなくなったら……?」 「えっ?」 ユフィの表情が強張る。 「封印が解かれて、ジェノバがパワーアップするってことだな?」 エアリスは、クラウドの目を見てうなずいた。 もしも、そんなときが来たら、そのときこそセフィロスはためらわずに彼らの頭上にその狂った刃を振り下ろすだろう。彼の圧倒的な強さの前に、太刀打ちできる術はあるだろうか。 「壁画の部屋へ急ごう」 何かにせきたてられるように、クラウドは先を急いだ。 時の大穴を抜ける途中、エアリスは特殊な魔力を封じ込めたロッドを発見した。翼を広げた天使を模した細工が施された、プリンセスガードである。 「これ……護りの錫杖かも……」 エアリスがロッドを握りしめると、その腕に希有のエネルギーを感じた。 「護りの錫杖?」 ユフィが、珍しそうに天使の中央に輝く深紅の宝石を見つめる。 「うん。誰かを護りたいって念じると、その想いを増幅してくれるっていうか……」 「へえ……」 感心するユフィの眼前でロッドを振り回して見せる。そして、はい、とユフィに差し出した。 「え? なに?」 ユフィは、とまどう。 「ちょっと、振ってみて」 エアリスが何を考えているのか、ユフィにはわからなかった。とりあえず、言われるままに、そのロッドを手に取る。 「こう?」 えいっ! と勢い良く振り回した。ビュン、と風切り音が耳を裂く。くるりとロッドを脇に抱き込んで、かっこいいポーズを決めた。 「どう? 何か感じる?」 エアリスは、ユフィの顔をのぞき込んだ。 「これ、不思議。あったかいよ」 エアリスは、ユフィの感想を聞いて安心したように微笑んだ。 「ユフィ、素質あるかも」 「素質? なんの?」 訊きながら、ロッドをエアリスに返す。 「うん。今にわかる。きっと」 「え〜、やだなぁ、イミシン……」 「だいじょぶ、だいじょぶ。悪いことじゃないから」 笑顔でエアリスは請け合う。 時の大穴を抜け、壁画の間へと進んだ。 「ここが、壁画の間……」 エアリスが壁一面に描かれた絵を眺め回した。 「どこだ!? セフィロス!!」 クラウドが、大声で呼ぶ。 その声に反応するように、白銀の髪を翻して、男が舞い降りてくる。長刀を抱き込むようにうずくまった姿勢で、セフィロスは着地した。 「よく来た。洗礼を受けし者よ」 その抑揚のない声を聞いて、クラウドは、ちら、とエアリスを見た。エアリスは首を横に振る。今のセフィロスは正気ではないということだ。 セフィロスは、冷たい瞳で3人を見る。音もなく身を翻し、奥の間に進んだ。あわてて男の後を追うと、彼はある壁画の前にたたずみ、その絵に見入っていた。それは、黒マテリアを祀り、祈りを捧げる様子を表したものだ。 「黒き瞳の瞬き……、神の降臨……。素晴らしい……」 「ジェノバの第三の邪眼のことを言っているのか?」 クラウドの言葉になど耳を貸さず、さらに男は奥へ進む。次に描かれた様子は、高く掲げられた黒マテリアの上に、巨大な飛来物が長く尾を引いて落ちてくるところだ。 「よく見ておくがいい」 男は、クラウドに向き直って言った。 「何を?」 「この壁画に記された真実。繰り返される歴史。……私は、神になるのだ」 手にした長刀を、天にかざす。その白刃のきらめきが、彼の狂気を助長するようだった。 セフィロスは、なおも奥へと進んだ。 篝火が焚かれた小さな祭壇がそこにあった。クラウドたちが駆け寄ると、男は、ゆっくりと振り返った。 「ねえ、神になるって、どうするつもりなのさ?」 ユフィが、思わず詰め寄った。短気な彼女には、こんなのはまだるっこしすぎる。エアリスが、いつまでも彼から離れて黙ったままでいるのもわからない。 「知りたいか?」 男は、ヒュン、と刀を振った。あわてて、ユフィは飛びすさる。 「星は傷ができると治療のために傷口に精神エネルギーを集める。傷の大きさに比例して、集まるエネルギーの大きさが決まる」 男は、刀を逆手に握り直し、ザクリと床に突き立てた。 「……星が破壊されるほどの傷ができたらどうなる? どれほどのエネルギーが集まる?」 男は、笑った。 「その傷の中心にいるのが私だ。エネルギーはすべて私のものだ」 刀を引き抜き、天にかざす。 「星のすべてのエネルギーとひとつになり、私は新たなる生命、新たなる存在となる。星とまじわり……私は……今は失われ、かつて人の心を支配した存在……神として生まれ変わるのだ」 クラウドは、唖然とした。 「星が破壊されるほどの傷? 傷つける? 星を?」 「壁画を見るがいい。最高の破壊魔法……メテオが、それを可能にする」 「そうはいかない!」 思わず一歩踏み出して怒鳴ったクラウドの横を、セフィロスは悠然と通り過ぎ、祭壇から離れた。一同の視線が彼の動きを追いかける。 ふと、セフィロスは振り返った。 「目をさませ!」 クラウドに向かって、厳しく言い放つ。瞬間、強烈な頭痛を感じて、クラウドは膝を折った。 「クラウド!」 ユフィが、駆け寄る。セフィロスは、そんなクラウドを見てニッと笑った。 「目をさますのは、あなたよ!」 ついに黙っていられなくなり、エアリスが、キッとセフィロスを睨み付ける。男は、スッと背筋を緊張させ、エアリスに向かって刀を構えた。 「それ以上、近寄るな、セトラの娘よ」 静かな殺気が、男を包み込む。エアリスは、殺されるかもしれない、と本能的に感じた。それでも、引き下がるわけにはいかない。 「わたしが邪魔? だったら斬ればいい。あなたの腕が、体が、心が、そう望むなら!」 エアリスは、セフィロスに向かって一歩、前に踏み出した。男の構えた刀の切っ先が、わずかに震える。 「エアリス……、ヤバイよ……」 ユフィが、不安な瞳でその様子を見つめた。 息がつまるほどの緊張感が、辺りの空気を呑み込んだ。エアリスは、なおも一歩、前に進み出る。セフィロスは、目を細めた。 「く……るな……!」 低く、呻くように言った。 エアリスは、パッと破顔した。花のように、鮮やかな笑みを浮かべる。 「セフィ……」 優しく呼びかけて、うなずいた。 男は、苦痛に耐えるようにうつむいて歯をくいしばった。刀を握った手に力をこめ、見えない力に逆らうように切っ先を下に降ろす。 エアリスを見つめて、頭を振り、パッと身を翻した。 数歩走って、タン! と跳躍する。吹き抜けの上の階へと、消えて行った。その後ろ姿を、エアリスはじっと目で追う。クラウドとユフィが、エアリスのもとに駆け寄った。 「カンペキ、ジェノバが降りてるじゃん。あのまま、斬りかかってくるかと思って、冷や汗かいちゃった」 「うん。わたしも、ちょっと、そう思った」 「でも、ヤツは斬れなかった……。あたりまえだ。できるわけがない」 クラウドは、頭をぶんぶんと振った。 「それにしても……。これじゃあ、俺のほうがおかしくなりそうだ……」 エアリスが、首をかしげた。 「目をさませって、言ってたね」 「ああ。自分の中に、何かとんでもない化け物を飼ってるみたいな気分だ」 「封印は、まだ完全に解けたわけじゃないのかもしれない」 「第一の封印……俺が、目覚めないから?」 「うん。それとも、別の形に封印し直したとか……?」 「どういう意味だ?」 「クラウドが、しゃんとしてれば、大丈夫ってコトだよ」 ユフィが、バシバシとクラウドの背を叩きつける。クラウドは、ユフィを見て、力が抜けるような気がした。 「おまえは、単純明快だな……」 「誉め言葉として、聞いときましょ」 ツンと鼻を上に向けて、得意なポーズを取る。そして、白い歯を見せて、明るく笑った。 |