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天下無敵のお嬢様

Action-14

 

 ールドソーサーに着くと、真っ先にディオの展示室へ向かった。
  案の定、怪しげなコレクションに混じってキーストーンが展示してある。
 そこで、どうしたものかと悩んでいると、背後からディオが現れた。早速、貸し出しを頼んだが、遊び心溢れたディオのこと、つまらないことには荷担しないらしい。
 闘技場で戦い楽しませてくれれば相談に乗らないこともない、という彼の申し出を受け、クラウドは単身、バトルスペースにその身を投じた。孤軍奮闘し、かなりの成績をあげたので、ディオも満足してキーストーンを譲ってくれた。楽しいことには目がないという、太っ腹な男であった。
 キーストーンを手に入れたクラウドたちは、急いでとってかえし、古代種の神殿に向かおうとしたが、運悪く唯一の交通手段であるロープーウェイが故障して、そこに足止めとなった。
 困っているとケット・シーが、ここのホテルに顔がきくというので、彼の裁量に任せることにする。
 そして、夜。ロビーに集った仲間たちは、久しぶりにゆっくりと語り合う時間を持った。
「なぁ、オレ様にゃ、イマイチよくわからねぇんだが、約束の地たぁ、どういう場所だ?」
 途中参加のシドが、煙草をふかしながら質問する。
「魔晄エネルギーに満ち溢れた豊かな土地。……というのが神羅の考え方だ。実際にはどんなところなのか、どこにあるのかすらわからない」
 クラウドが答えた。だが、それではますますわからない。エアリスが補足した。
「セトラは、旅をして、感じるの。ああ、ここが約束の地だってね」
「エアリスもわかるのか?」
「たぶん。でも、コスモキャニオンの長老が言ってた、セトラの死に場所っていうのは、違う気がする」
「じゃあ、なんだ?」
「うん……。ちょっとね、もしかしたらそうかな、って思ったこともあったんだけど……」
「えっ? なになに? 今までに行ったところのどこかに約束の地があったの?」
 思わずティファが、身を乗り出す。
「ううん。そんなはっきりしたものじゃないの。でも、約束の地っていうのは、そこに行ってわかるというより、あとで、ああ、あそこが約束の地だったんだって、感じることもあるのかな、なんて、ね」
「エアリスにもはっきりわからないのに、セフィロスは、約束の地をみつけられるのかな?」
 エアリスは、少し考えた。
「あのひと、捜してるのは、約束の地じゃないかもしれない」
「えっ!?」
 一同の、驚いた視線がエアリスに集まる。
「そんなこと、言ってたの?」
「そうじゃないけど、なんとなく、わかるの。あのひと、こだわってるのは、多分、ジェノバの封印だわ」
「ジェノバの封印!?」
「やはり、ジェノバか……。封印をすべて解くと、ジェノバが復活するのか?」
 クラウドは、低く呻くように言った。その、第一の封印はおまえだ、とセフィロスに言われたのだ。それが意味するところを考えあぐねた。
「全ての封印が解かれたとき、ジェノバが完全な力を取り戻して復活する場所が……」
「約束の地!」
 逢着した考えに、皆が底知れない恐怖を覚えた。
「そんなことのために、約束の地が利用されるなんて、許せない。……止めなきゃ、なにがあっても」
 エアリスが呟いた。それは、自分自身への誓いの言葉のようでもあった。


 その後、各部屋へ引き上げた彼らは、思い思いの時間を過ごした。
 女の子たちの部屋では、ティファが鏡の前でせっせと髪の手入れをしている。ユフィは、ベッドに俯せに寝転がって、雑誌を眺めている。マテリアの賢い育てかたという特集ページだ。
 薄暗い部屋の明かりが、息をつくようにゆらめいた。
 そのとき、エアリスが、バーボンとグラスを抱えて戻って来た。
「これ、シドからくすねて来ちゃった」
 ドアを、ひょいと足で閉めながら、エアリスは、琥珀色のボトルをかかげて見せる。
「あ、いいな、それ。なーんだ、オジサン、いいもの隠し持ってるじゃない」
 ティファが髪の手入れの手を休めて、エアリスを振り返る。
「でしょ? バレット、女だけで酒盛りかよぉ、とか言って混ざりたがってたけど、オヤジなんて無視よね〜」
 きゃぴきゃぴと笑って、テーブルの上にボトルとグラスを置いた。ベッドの少女を見る。
「ユフィ、挑戦してみる?」
 ユフィは、驚くべき体の柔らかさを披露するように、背中をねじ曲げてエアリスを振り返った。
「やった! よくオヤジのドブロクくすねて飲んでたんだ。みんなの手前、良い子してるの辛くってさぁ」
 ぴょんと跳ねて起きあがり、さっさとテーブルについた。
「へえ〜」
 エアリスが、頼もしそうにユフィの悪戯っ子のような瞳を見た。その眼前に、琥珀の液体が入ったグラスを置く。
「ううっ。エアリスって話せるなぁ。説教くさいこといっさい言わないもんね」
 大げさに感動して、ユフィは皆にグラスが行き渡るのを待った。
「ほんとに、だいじょうぶぅ?」
 そんなユフィの顔を、ティファが心配そうにのぞき込む。
「ヘ〜キヘ〜キ。一升酒流し込んだ時は、さすがに二日酔いがバレて、オヤジに殴られたけどさ」
「なんか、すごいんじゃない? このコ」
 ティファが、呆れて、エアリスに同意を求める。
「よぉし、気に入った! 飲も飲も。実は、わたし、底なしなんだ」
 バシンとユフィの細い肩を叩いて、エアリスが元気に笑った。
「うわ〜。ほどほどにしとかないとぉ……」
 ティファが、身を引く。
「なぁに言ってんの。酒場きりもりしてたくせに」
「えへへ、覚えてた?」
 なんとなく、3人は互いの顔を見合わせて、首をすくめて笑い合った。
 エアリスが、グラスに手を伸ばす。
「みんなが、無事で、いい結果が出るように、乾杯」
「あれ? 彼と幸せになれますように、じゃないの?」
 ユフィが、すかさず混ぜっかえす。
「やだもぉ、ユフィったら……」
「だって、憧れちゃうもん。命がけの恋って、めちゃめちゃカッコイイよ」
「生意気言って。苦しい恋、したことないくせに」
 ティファがユフィの頭をこづいた。
「そんなこと、ないよ。アタシだってちゃーんと……」
「えっ!?」
 思わず、エアリスとティファが合唱する。まあまあ、飲みなさい、とお姉さんたちはユフィにグラスを勧め、アルコールで舌が滑らかになるのを待った。
 しばらくすると、ほどよく酔いが回ってきた。
 ユフィが、頬杖をついた姿勢で2人を見る。ちょっと考えて、意を決したように言った。
「あのさー、参考までに聞きたいこと、あんだけど……」
「なになに? ラブレターの書き方?」
 ティファが、お姉さんぶって聞き返す。
「う〜ん。あのねー……はじめての時って、すごく痛いの?」
「え゛?」
 ティファは、一瞬、むせそうになって、エアリスを見る。エアリスは、口許に運んだグラスをテーブルに戻して、ユフィを見、ティファを見、そしてユフィに視線を戻した。
「……それはね、自分の気持ちと、相手の技術と、物理的な大きさによるわね」
 さらりと言い切る。
「物理的な大きさ……」
 ティファは、唖然とした。見たところ、エアリスはさほど酔っているようには思えない。
「じゃさ、エアリスは、どうだった?」
 ユフィは、真剣な表情で身を乗り出す。エアリスは、ふふ……と、笑った。
「痛かったよ。でも、それ以上に幸せだったかな? 実は、ぽーっとしてて、痛みなんか感じてなかったような気もするし……」
「含蓄のあるお言葉ですねー、お姉さま」
 ティファは、いちいち大げさなリアクションを起こすのをやめた。こういう話になったら女の子だってすごいのだ。
「そりゃあ、まあね」
 エアリスは動じない。
「ね、ね、ね、その相手って、やっぱ、セフィロスなんでしょ?」
 もう、ユフィはセーブがきかなかった。エアリスは、悠然と微笑んだ。
「そう。16のときだから、今のユフィとおんなじね」
「16かぁ〜……。うーん……。どうしたらそんな雰囲気になれるんだろ〜?」
 ユフィは、くるくると髪をかき回して、悩みくるう。
「あら、ユフィはそのままで充分、セックス・アピール、あると思うけどな」
「え? え? どこらへん? アタシ、ティファみたいに胸ないし……」
 エアリスはそっと手を伸ばして、ユフィの細い肩を撫でる。
「突き出た鎖骨」
「鎖骨ぅ?」
「そして、細くて棒のような足」
「足……」
「とどめが、綺麗なおへそ」
「へそ……?」
 ティファが、プッと吹き出した。
「もぉ、失礼しちゃうなぁー」
 ユフィは、ぷんぷんとふくれた。
「ごめんごめん。でも、エアリスの言ってるのホントよ。男の人ってね、けっこう変なトコに執着してるものなんだから。膝の形とかぁ、耳たぶのあつさとか、ね」
「さすが、ティファ。よくわかってるじゃない」
「まあね〜」
「そーかぁ。鎖骨かぁ〜……」
 ユフィは真剣に考え込む。こりこりと自分の肩に突き出た鎖骨を触ってみた。
「でもさぁ、イザってときには、やっぱ、鎖骨よか胸じゃないの?」
「だいじょぶ。相手よりやわらかく膨らんでたら平気。胸ばっかりに執着してるのって、それ、マザコン」
「なるほど。でも、なんで?」
「だってねぇ、もう、全身、キスされちゃうのよ。肘の内側とか、肩胛骨の下とか、感じちゃうんだから」
「えええええ……」
 ユフィは、思わずのけぞる。
「まあ、そこんとこは、相手の余裕度にかかってるんだけどね」
「経験値が低いと即物的だもんね」
 ティファが、笑う。
「あぁ、やっぱ、ティファってそういう相手とも当たってるんだぁ。お姉さんって、辛い」
 エアリスが、心から同情した。
「そういうエアリスはどうなのよ?」
「う〜ん。わたしは、偉そうなこと言えないな。別の人、知らないもん」
「おお……。セフィロス一筋……」
 ユフィが感動した。
「もっとも、あのひとは、どうだったかわからないけどね。だって、すっごい慣れてたもの。わたしのことなんか遊びだったかもしれない」
 ちょっと不満そうに唇を尖らせて、エアリスは言った。
「うわ、さすがに手が早いヤツは慣れてるのかぁ……。そりゃ、あの美形だもんね。女には不自由しなさそうだけど」
「でも、いいの。抱かれるたび、幸せで、もう死んでもいいって思ったもの」
「ををを……」
 ユフィには、刺激が強すぎるようだ。エアリスは、くすっと笑った。
「な〜んて、ね。だから、わたしが、もし、姿を消したら、男に走ったと思ってくれていいわ」
 真顔で、ティファがうなずく。
「こないだセフィロスと会ったとき、ホントにそう思っちゃったわよ」
「あ、それ、アタシがいないときだ」
「エアリスったらね、クラウドが大変なときに、ちゃっかりセフィロスとねぇ……」
 ひそひそと、ユフィに耳打ちする。
「だから、それは、ごめん、ってば……。反省してるわ」
 エアリスは、困ったような顔になる。ティファは、悪戯っぽく笑った。
「あのとき……、私、ずいぶんひどいこと言っちゃったね。ずっと謝らなきゃって思ってたの。ごめん、エアリス……」
「そんなことないよ。わたし、あのとき、やっぱり自分のことしか考えてなかったもの。あのひとに会いたくて、会いたくて、会いたくて……」
「うん。わかるよ。あのときのエアリス、嫉妬しちゃうくらい綺麗だったもの」
「え?」
「男の力ってすごいなって思った。あんまり色っぽいんで、バレットも困ってたじゃない」
「やだ……。恥ずかしいな」
 ユフィが、頬を染めてうつむくエアリスと、グラスをゆらゆら揺らすティファを見比べる。
「それって、どんなふう? 色気ってのもイマイチ良くわかんないんだよね、アタシ」
 ティファは、グラスをコトンと置く。
「うんうん。教えてあげましょう。……あのね、男の人に愛されて、すっごく感じちゃったりしたら、どうなると思う?」
「それって、イクってヤツ?」
「そうそう」
 ティファは、すっかり出来上がっているらしい。エアリスは、ドキドキした。
「何度もイッちゃうとね、頭の中が真っ白になって、自分の体が自分のものでなくなっちゃうみたいな不思議な感じになっちゃうの。すごいときは、動けないくらいめちゃめちゃになっちゃうのよ」
「え〜、マジ?」
「やだ、もぉ、ティファったら……」
 エアリスは、息をついて自分の肩を抱く。
「あ、思い出してる……」
 からかうように言って、ティファはエアリスの背中を指でヒュッと逆撫でした。
「やん……」
 色っぽい声を出して、エアリスは身をよじる。
「うわ。かわいい声」
 すかさず、ユフィが感心する。
「でしょでしょ? こういう、普段とはまるで違う声だって出ちゃうんだ、感じると」
「ちょっと思い出しちゃっただけで、そうなるの?」
 まじまじとユフィが、エアリスの顔をのぞき込む。
「もぉ、2人とも、おもちゃにしないで」
 ティファが、笑った。エスカレートして、もう止まらない。
「あのね、終わったあとの女を見れば、男のテクニックがわかるのよ」
「終わったあと?」
「しゃんしゃんと身支度を整えて、じゃ〜ね〜なんて言えるようじゃ、若葉マーク」
「ふんふん」
「あのときのエアリス、立ってるのもやっとって感じだったな。近づくと、ぱあってイイ香りがしてね……」
「えっ? なにそれ?」
 エアリスが、驚いてティファを見る。
「あれ? 自分で気づいてないの? イクと体臭が変わるコ、いるのよ。エアリスもそうだと思う」
「ええええ……。やだ、そんなこと、知らないよ……」
 口許に両手を持って行ってじたばたする。
「彼は知ってるよ。ぜったい。あのあと、しばらくは独りにさせないんじゃない?」
「えっと……、そういえば……」
「だよね〜。あれじゃ、ほかの男に襲われちゃうよ」
 エアリスは、ぷるぷると頭を振った。
「やだなぁ、ティファ、あのとき大変だったのに、すごい観察力じゃないの」
「自分でも驚いてる。でも、好きな人に抱かれてるエアリスが羨ましくて、キレちゃったみたいなとこあるから、私」
「ごめん。でも、最初はそんなつもりじゃなかったのよ。ホントに」
「ゴーインに襲いかかられたとか?」
 からかうように、ティファは言う。
 エアリスは、遠い目になった。そのときの会話を思い出す。
「……あのときね……、引き返す最後のチャンスだ、って言われたの」
 ひやかしてやろうと構えていたティファの目が、ふっと真面目になる。
「それは、きっぱり彼のこと忘れるってこと?」
「うん。……でも、あのひと、ずるいの。抱きしめて、キスして、そんなこと言うのよ。それで黙って引き下がれると思う?」
 2人はそろってかぶりを振った。
「だから、わたし、言ったの。たとえどんなことがあっても、ぜったい、命をかけてあなたを止めてみせるって」
「命をかけてかあ〜、すごい愛の告白だぁ〜」
 ユフィは、ど〜ぞど〜ぞとばかりに、バーボンをエアリスのグラスにそそいだ。エアリスは、それをくいっと飲み干す。タン、とテーブルを鳴らして空になったグラスを置いた。
「そしたら、あのひと……」
「なんて言ったの?」
 ティファも、思わず身を乗り出した。エアリスは、ちょっとうつむいて、幸せそうに言った。
「……待ってるって」
「そう、か……」
 ティファは、ため息をついた。
「待ってるってことは……。アタシたちと別れるってことだよね?」
「ん」
「でも、そしてどうするの? どうやってあのセフィロスを止めるの?」
「わからない……。ただ、不思議なんだけど、彼、わたしの、そばにいるときだけ、記憶がクリアなんだって」
「ああ、そんなこと、言ってたよね」
 ティファは、うなずく。
「エアリスがずっとくっついてれば、アイツも正気でいられるってわけか……」
「断言はできないけど」
「不謹慎なようだけど、やっぱり、羨ましいな」
 ティファが、酔った目でエアリスを見た。
「どうして?」
「それって、本当に必要とされてるってことだもの、最高じゃない? 私はセフィロスにはいい感情持ってないけど、それでも、彼がエアリスのこと、求めてるのは本当だと思う」
「……そこに待っているのが破滅で、行き着く先が死かもしれないけどね」
「エアリス……」
「ふふ……。でも、わたし、後悔してないよ。眩暈がして、倒れそうなくらい、あのひとを愛してる……」
 ユフィが、椅子を鳴らして立ち上がった。感極まった表情で、両目を涙でうるませている。
「エアリスぅー……」
 ガバ! とエアリスの体に抱きついた。
「やだ、どしたの? ユフィ? 酔っぱらっちゃった?」
 ぽんぽんと、その背を叩く。
「エアリス、大好きぃー……」
 小さな子供みたいに言って、ユフィは、エアリスを抱きしめた腕にぎゅっと力をこめた。
 何だか暖かい気持ちになって、エアリスも、ユフィを抱きしめた。


 酔っぱらって、ちょっとふらふらする足で、ユフィは廊下に出た。夜風に当たって酔いをさまそうと、ロビーに降りる。
「あれ〜。どしたの? クラウド、眠れないのぉ?」
 ロビーでぼうっとしているクラウドを発見して、階段を駆け下りた。
「ユフィ?」
 声のした方を見上げて、クラウドは立ち上がる。子供のように元気な走りっぷりで、下10段くらいを飛び降りる少女の姿を見守った。まるで、よく慣れた子犬が、尻尾を振り回しながら駆け寄ってくるようだ。
 その、体が、何かにけつまづいたように、前につんのめる。
「危ない!」
 思わず、クラウドはコケる寸前のユフィの体を抱き止めた。
「えへへ〜。セーフ……」
 嬉しそうに笑って、ユフィは、クラウドを見上げる。その時、クラウドは、女の子たちの部屋で何があったのか、瞬間的に察知した。
「おまえ、ガキのくせに、酒飲んで酔っぱらってるな?」
「バレた?」
 ユフィは、まるで悪びれない。
「何言ってんだ。そんな酒臭い息して、バレたも何もないもんだ」
「だ〜いじょぶ。アタシ、強いから」
 クラウドは呆れ返った。
「エアリスも、ティファも、何考えてるんだ!」
 ユフィは、クラウドの腕の中で、ちょっと困った顔になった。
「ごめん。怒らないで。アタシが勝手に飲んだんだから。エアリス、すごくいい話聞かせてくれて、何か、嬉しくて……。感動して、泣いちゃって……」
「ユフィ……」
 ユフィは、クラウドの腕をすり抜けた。
「クラウドも、少し肩の力、抜きなよ。眉間にしわ寄せてるクラウドって、見てるの辛いよ」
 酔っているせいか、キャラクターが少し違った印象を受ける。心なしか、女の子らしく見えてしまって、驚くクラウドだった。
「ユフィ、少し、風に当たってこようか」
「へ?」
「夜遊びしようって、誘ってるんだよ」
「アタシを?」
「他に、誰がいるんだ?」
 クラウドは、ひょいと手を差し出す。ユフィは少しためらって、満面の笑みで差し出された手を取った。
「何か、すごい、嬉しい」
 ユフィは、ぴょんぴょん跳ねる。
「おまえ、大人しくしてないと、回るぞ」
「そしたら、クラウド、狼になっちゃったりしてぇ〜」
 つないだ手を、ぶんぶんと振り回した。
「ば〜か。ガキ相手にできっかよ」
 釣り込まれて、クラウドは笑い出す。酔いも手伝った少女の底抜けの明るさが、今のクラウドにとってなによりの救いだった。
 ターミナルフロアに出ると、今夜はマジカルナイト、全てのアトラクションが無料になってるよ、と係員が呼び込みをしていた。
 イベントスクエアで、楽しいショーが始まるとの言葉につられて、2人はそちらへ向かう。
 ゲイトをくぐると、本日100組目のカップルとのことで、特別に演劇に出演させられてしまった。
 勇者アルフリードが、悪竜王から姫を救い出す物語である。
 勇者に扮したクラウドが大ボケをかましているうちに、長いドレスを翻して、姫役のユフィが悪竜王をブチのめしてしまった。場内が沸き、勇敢な姫に拍手喝采が送られて、物語はハッピーエンドとなった。
「も〜、クラウドったら、アタシが相手だからって、セリフくらいちゃんと言ってよね〜」
 ターミナルフロアに戻って来たユフィが、不満そうに文句を言う。
「おお、愛しい姫よ〜……なんて言えるかよ」
「じゃ、かわいいかわいいユフィちゃん、て言ってみて」
「なんで?」
 ユフィは、ガックリと肩を落とす。
「ま、いいや。次、行こう。次」
 ラウンドスクェアへ向かい、2人きりでゴンドラに乗る。ユフィは、周りの景色を見下ろして無邪気に騒いだ。
「キレ〜。すごい〜。おとぎ話の中にいるみたいだね〜……」
 クラウドは、失笑した。
「忙しいヤツだな……。少し落ち着けよ」
 ゴンドラの窓に映ったクラウドの顔をじっと見つめて、ユフィはちょっと真面目な顔になった。
「だって、ヤバイこと言っちゃいそうでさ……」
「ヤバイこと? 何だよ?」
 チョコボが、向こうの方からドドドドド……、と走ってくる。
「わ〜。レース、アタシも出たいなぁ〜……」
「おまえ、支離滅裂だぞ、大丈夫か?」
 クラウドは、保護者のように、酔っぱらった少女を心配する。ユフィは、窓から視線を戻してクラウドに向き直った。
「クラウドは、アタシのことなんか、てんでガキだと思ってるもんね」
「なんだよ? いきなり……」
「ね、『かばう』と、『カウンター』のマテリア、アタシにちょうだい」
「え?」
 唐突な申し出に、クラウドは面食らった。ユフィは、ひょいと腰を浮かせ、クラウドのほうに進み出る。ゴンドラのバランスが崩れて、ぐらりと揺れた。
「危ない!」
 クラウドが、思わず支える手を差し出す。その腕の中に、ユフィは倒れ込んだ。棒のように細い手が、クラウドにしがみつく。
 一瞬、目と目が合った。
「えへへ〜。2回目」
 微笑んで、クラウドを見上げる。その悪戯っ子のような笑顔が、ふっと大人びた色を放った。ふわりと顔を近づけ、チュッとキスをする。クラウドは、目をしばたたいた。
「好き……」
 黒目がちな大きな瞳が、まっすぐにクラウドを見上げた。
「アタシが、護ってあげる……」
「ユフィ……」
「アタシ、ガキだから、気の利いたこと言えないけど……、もっともっと強くなって、クラウド護ってあげる……」
 クラウドは、何と答えていいものかと途方に暮れた。女の子から、しかも、5つも年下の少女から、もっと強くなって護るなどというアプローチを受けたのは初めてだった。
「アタシじゃ、役不足?」
 酔ってうるんで濡れた瞳が、ゆらゆらと揺れている。クラウドは、弾け飛びそうになる理性をかろうじてつなぎ止めた。
「わかった……。わかったから、そんな目で見るなよ」
「そんな目って?」
「……ヤバイぜ。おかしくなりそうだ……」
「えへへ……」
 ユフィは嬉しそうに笑った。
「それって、少しは、ぐらっと来たってことだよね?」
「あたりまえだろう? それとも、からかってんのか? おまえ」
 ちょっと怒ったように、クラウドは言う。ユフィは、あわてて首を振った。
「からかってなんかないよ。マジだから、すごい、苦しい……」
 窓の外で、夜景を彩るように花火が続けざまに上がった。夜空に咲く大輪の光の花が、美しくまたたき、消えてゆく。
「クラウドが、苦しんでるの見ると、辛い……。クラウドのこと全部、抱きしめてあげられるくらい、がんばって早く、大人になるから……。だから、側にいさせて……」
 不思議な雰囲気が2人を包んでいた。積極的に男を護ると言い切る少女の明確な意志は、クラウドには衝撃的だった。こんな旅を続ける以上、それは文字どおり命がけの決意だ。さっきのお芝居ではないが、自分が火の周りでうろうろしているうちに、ユフィが炎の中の敵を粉砕してしまいそうな気がした。
 そんな図を想像すると、自分があまりに情けない。しっかりしなければと思うと、何故だか妙に元気が出てきた。
 第一の封印のことを聞いて以来、悶々とした気分だったのだが、それが少し晴れたような感じだった。
 ゴンドラが一周して戻ってきた。
「もう、部屋へ戻ったほうがいい」
 クラウドが、ユフィに手を貸しながら言った。
「へんなこと言って、ごめん。でも、『かばう』と『カウンター』のマテリア、忘れないでよ」
 クラウドの手を取ってゴンドラから降りながら、ユフィは念を押す。
「考えとくよ」
 少し強引にユフィの腕を引き寄せて、傍らに来た少女の髪を、くちゃくちゃとかき回した。
「あんまり、がんばりすぎるなって」
 ポンポンと、頭を叩いた。
 連れだってターミナルフロアに戻ると、そこにケット・シーがいた。
「おろっ? ケット・シーじゃん、なにしてんの?」
 ユフィに見とがめられて、ケット・シーはびくっとする。思わず、その手から何かを取りこぼした。
「キーストーン!」
 クラウドとユフィが、合唱する。あわてた様子でケット・シーはそれを拾い、逃げ出した。そのあまりに不審な行動を放っておくわけにはいかない。逃げ回るケット・シーを追いかけて、各スクェアを走り回った。
 ついに、チョコボスクェアで追いつめ、理由を問いただそうと詰め寄ったが、その時、待ってましたとばかりにヘリコプターで、タークスのツォンが現れた。ケット・シーは、ツォンに向かって、キーストーンを放り投げる。一瞬のことになすすべもないクラウドたちを尻目に、ツォンは、ケット・シーに向かって、ごくろうさまです、などと言い残して去って行った。
「おい!」
 クラウドは、残されたケット・シーに詰め寄る。今にも斬りかからんほどの勢いだ。ケット・シーは、あわてて後ずさった。
「ちょちょ、ちょっと待って〜や。逃げも隠れもしませんから。確かにボクはスパイしてました。神羅のまわしモンです」
 ユフィが、軽蔑のまなざしを向ける。
「……そりゃないよ、って感じ」
 ピリピリした空気が流れた。もうこれ以上、スパイとは旅を続けられないと言うクラウドに、ケット・シーはマリンの声を聞かせた。古典的であるがゆえに、最も効果的な手段、人質だ。そうまでして、スパイを続けると公言するケット・シーの目的は何なのか? クラウドは歯がみし、これからもなかよくしてや、などとほざくヤツの後ろ姿を睨みつけた。
 ユフィも、ツインヴァイパーを握りしめたまま、じっとケット・シーを睨んでいた。こんな形で、仲間が分裂するのが、辛かった。

 

 

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