クラウドを連れて村の宿屋に戻った一行は、一様に暗い表情だった。 「罠って……言ってたね、クラウド」 死んだように眠り続けるクラウドの枕元で、ティファがつきっきりで看病している。その様子を離れて見守りながら、ユフィが呟いた。 「クラウド、どうなっちゃうのかな?」 今にも泣きそうな表情で、傍らのエアリスを見た。 「封印が、間にあっていればいいけど……。今はまだ、わからないわ」 エアリスは、そっとユフィの頭を抱き寄せる。ユフィの肩は、震えていた。 「いったい、ぜんたい、どうなっちまったんだ!?」 バレットが、沈鬱な雰囲気に耐えきれず、大声を上げた。 「オレがなんでもないもんが、どうしてクラウドだとこうなっちまうんだよ? おい!」 思わず、ヴィンセントに詰め寄る。 「それは私にもわからない。しかし、セフィロスが、あの本を見つけ、何らかの影響を受けた可能性は高いと言えるな」 「チッ。落ち着いた野郎だぜ」 レッドXIIIが、いらつくバレットの側を離れようと、座っていた体を伸ばした。 「あの本には、いったい何が書かれているのだろうな?」 「何言ってやがる。白紙だったじゃねえか?」 「つまり、相手を選ぶということだ。本が読ませる相手を選ぶ……。不思議なことだが……」 「わたしも、そう思う。わたし、触ろうとすると、ものすごい敵意、感じたもの」 エアリスが、指先で走った火花を思い出す。 「ジェノバだと、思うのか? セトラの娘としては……?」 ヴィンセントが、相変わらずの硬い物言いをする。エアリスに対しては、何か少し構えているようだった。 「間違いないわ。ジェノバは、わたしが邪魔なの。それ、ずっと前からわかってた……」 突然、ティファが怒ったような声で言った。 「そんなことより、クラウドをお医者様に診せてあげなきゃ……。このまま死んじゃうかもしれないのに!」 エアリスは、黙ってティファの顔を見た。何だかティファに、責められているような気がして辛かった。 「うん。そうだよね……。でも、死ぬなんて……」 そっとティファに歩み寄り、その肩に手を置いて慰める。そのエアリスの手を、ティファは乱暴に振り払った。 「エアリスにはわからないよ、私の気持ち……。私、不安で不安で気が狂ってしまいそうなのに……。エアリスみたいに強くなんてなれない!」 エアリスは、振り払われた手をそっと胸に抱いた。ティファの言葉が心に突き刺さった。 強い? ともすれば、足元から崩れて、赤ん坊のように泣き叫んでしまいそうな自分を持て余すこともあった。それでも、こうべを上げ、前を見つめつづけなければ自分の存在理由が、無に帰することになる……。 この星に残された最後のセトラとして。 哀しいさだめの男を愛したひとりの女性として。 自分が自分という存在であるために……。 「ティファは……いいな」 そんな、エアリスとティファのやりとりを見ていたユフィが、羨ましそうに言った。 「え?」 そっとティファがユフィを見る。 「幸せだよ、女の子らしくてさ」 「何言ってるのよ? 私はただ……」 ユフィは、ちょっとだけ笑った。びっくりするくらいに落ち着いた、大人の女性のようなたおやかな表情だった。 「アタシ、行ってくる。だから、ティファは、クラウドについててあげて」 「行くってどこに?」 反射的にティファは訊く。 「そんなの決まってる。あの本が何なのか、知ってそうなヤツ、追っかけてシバキ倒して、引きずってでも連れてきてやるよ!」 あの本が何なのか、知ってそうなヤツ……? 最初、一同は、ユフィが何を言っているのかわからなかった。 「それは、宝条のことか?」 ヴィンセントが、いち早く悟る。 「あったりぃ〜。頭イイじゃん」 ユフィはニッと笑った。 「よし、私も行こう」 「ボクも行きますわ。宝条さんには、ちょっとばかり聞きたいこと、ありますよって」 ケット・シーが、名乗りを上げた。 「あんた、宝条を知ってんの?」 「まあ、いろいろとありますのや。大人の世界って複雑なんですわ」 「ふ〜ん。アッヤシイな〜」 「怪しくないメンバーがいますかいな? 今更、疑わんといてほしいな〜」 「ま、いいけど」 「宝条の立ち寄りそうな先はわかるのか?」 ユフィとケット・シーの間にヴィンセントが割って入る。 「さあね。でも、山を越えて行ったのは確かだよね」 「なるほど」 「あとは、どうやって先回りするか、ってとこ」 ユフィは、拳を握りしめ、反対の掌にパンパンと打ちつけた。 「おい、おまえら3人で行く気か?」 バレットが、盛り上がっている3人を見る。 「来たきゃ来てもいいけど、クラウド、ここに置き去りにはできないんじゃない?」 すっかり、ユフィのペースだ。 「では、じいさまの所に運ぼう。あそこなら、安全だ」 レッドXIIIが、コスモキャニオンで面倒をみてもらおうと提案する。確かに、ここから近くて安全なところといえば、妥当なところだ。 「しゃーねえな。オレが担いで行くしかねえか。これで、けっこう重いんだぜ、こいつは」 「バギーがあるけどね」 ユフィは、首をすくめる。そして、エアリスを見た。 「エアリスは……。勿論?」 見透かしたように確認する。 エアリスは、ちょっとだけ悪戯っぽく笑った。 「うん。もうひとりの、知ってそうなヤツに、会ってくるわ」 「やっぱ、近くにいるのかな?」 「だってここは、悪夢の始まりの場所だもの」 「誰だ? そりゃ?」 バレットが、エアリスとユフィをかわるがわる見る。 「まあ、それは聞かないお約束、ってことで……」 ユフィが、おどけて飛び跳ねた。 「さ、行くよっ!」 ヴィンセントとケット・シーを促して、真っ先に走り出す。あまりに元気でパワフルな、つむじ風のような少女だと皆は思った。 「じゃあ、オレたちはどうする?」 バレットがティファの傍らに歩み寄り、お伺いをたてる。 「うん。夜道は危険だし、少し様子を見てからのほうが良くないかな?」 一刻も早く医者を、と言っていたのとは裏腹な意見だった。やはり、彼女も混乱しているのだろう。 「ふーむ。それじゃ、明日の朝一番ってことにするか」 そろそろ日が暮れる。確かに、意識不明のクラウドを抱えて、夜の道行きは危険だった。
エアリスは、そんな彼らを残して独りで宿を出た。 空が、オレンジ色に染まっている。手にロッドを握りしめ、単身、ニブル山への道を急いだ。 山道は険しい。途中に出没するモンスターに、エアリスひとりでは手を焼いた。集団で現れるダブルブレインやキュビルデュヌスの特殊攻撃に、さんざん苦しめられた。 傷だらけになりながら、やっとのことで釣り橋を渡り洞窟に入る。 そこは、古びた配管が残る異様な空間だった。錆び付き折れ曲がった配管を右手に見ながら、崩れそうな階段を注意深く下りる。 そこで、とんでもないものに遭遇した。 緑の鱗と、大きな翼を持ったドラゴンだった。その、見上げるほどの巨体に、エアリスは身も凍るほどの恐怖を感じた。さすがに、その怪物を独りで倒せるとは思えなかった。 一瞬、諦めにも似た、やるせない気持ちが湧いてくる。 たどりつけないかもしれない……。 それでも、ロッドをビュンと振り、身構えた。 冷気の魔法を唱える。ドラゴンは火炎放射を放った。とっさに身をかわしたが、エアリスの髪が、ちりちりと焦げる。体力も魔力も攻撃力も、あまりに違いすぎた。 エアリスは膝をつき、ロッドを握りしめる。朦朧としながら、再び冷気の呪文を呟いた。 その、瞬間、エアリスの頭上にドラゴンファングが炸裂した。激痛に襲われ、すうっと意識が遠ざかる。 セフィ……! エアリスは、無意識にその名を呼んでいた。もう、その男のことしか考えていなかった。 次の瞬間、ヒュンと空間が裂けるほどの鋭い音をたてて、銀色の輝きが宙を舞った。ドラゴンの巨体が、一瞬、硬直し、ズズズンと地鳴りを上げながらくずおれる。 きらきらと輝く長刀正宗の残像の中に、男の姿が浮かび上がった。男は、慣れた動作で刀を収めると、そこに倒れたエアリスに歩み寄った。 傍らにかがみ込み、そっと頚動脈に触れて脈を確かめる。優しくその体を抱き上げて、閉じられた瞼に、乾いたキスを送った。
エアリスは、懐かしいぬくもりに包まれていた。以前、何度も、こうして男の腕の中で目覚めたことがあった。 最初は、そこがあの五番街スラムの教会なのではないかと錯覚してしまったほどの、穏やかな暖かさだった。まどろみの中で、自分がドラゴンと戦って倒れたことを思い出した。 ここは、神に護られた教会ではない。かつてジェノバが眠っていた、ニブル魔晄炉だ。 ハッとして、目を開く。そのエアリスの頭を撫でる大きな手があった。エアリスは、ためらいながら、男の顔を見上げた。 顔を見るのが怖かった。 でも。昔と同じ、笑顔がそこにあった。 「おはよう」 男は、優しい声で言った。そっとエアリスの額にキスをする。エアリスは、涙が出そうになった。そんなふうに、朝の挨拶を交わしていた頃に、戻ったみたいだった。 「助けてくれたんだね……」 「呼んだだろう? 俺を」 エアリスは、ちょっと拗ねたような目をする。 「先に、呼んだくせに」 セフィロスは、驚いたような顔になった。 「いつ?」 「コスモキャニオンにいるとき、星空から、あなたの声、聞こえたわ。嬉しかったけど、こんな山の中なんて、わたし、殺す気? って思っちゃった」 「そうか……。それでも来たのか、ひとりで」 エアリスは、クスリと笑う。 「自惚れちゃうでしょ? 5年もたってるのに」 「5年か……。それでも、俺がこうして正気を保てるのは、おまえがここにいるからかもしれない」 「え? ぜんぜん前と同じに見えるけど……」 男は、首を振った。 「いや。あのときから、記憶がクリアだったことは少ない。俺は、もう以前の俺じゃないんだ。このままジェノバに取り込まれ、戻って来られないかもしれない」 「怖いの?」 エアリスの瞳が、まっすぐに男の目を見る。 「そのほうがまだ救われるな」 男は、口許を笑わせた。 「この身をつき動かす破壊への衝動は、ジェノバの本能だ。そこには恐怖も後悔もない。己が神と君臨するまで、あらがう者全てを焼き払う……」 「じゃあ、どうして、わたし、呼んだの? 止めてほしいって、思ってるからじゃないの?」 「エアリス……」 「神羅屋敷の地下に、ジェノバの意識が封じ込められた、白紙の本、あったわ。わたし、触ろうとすると、すごい拒絶反応が起こって、ダメなの。でもね、逆に確信しちゃった。ジェノバはわたしを恐れてる。わたしがいるかぎり、彼女はあなたを支配できないんだって」 男は、エアリスの細い体を抱きしめた。この、折れそうな体のどこに、それほどの強さを秘めているのかと、改めて思い知らされた。 「離したくない……」 男は、抱きしめた娘の耳元で囁いた。 空白の5年間を埋めるように、お互いの唇を求め合う。 男の首に回したエアリスの指先に、長い髪が絡んだ。 「引き返す、最後のチャンスだ……」 男は、娘を抱きしめたまま、感情を押さえつけた声で選択を迫る。 しかし、そんなことが出来るはずがなかった。 「ずるい……」 エアリスは、いやいやをするように切ない顔で首を振る。 「……そうだな」 男は、複雑な表情で微笑んだ。 体の内に抑えきれない破壊への衝動を秘めていることを、恐れないと言い切る不敵さに反した、迷いに揺れる表情だった。 この弱さが……おまえを不幸にする……。 そんな心の声を聞いたような気がして、エアリスは、力一杯、男を抱きしめた。 「ね、ぎゅって、して……」 その甘えた声音に、男は逆らえなかった。 運命を受け入れる決断を下すときが来たのを、感じていた。 魔晄の鈍い光に照らされながら、2人は睦み合う。まるで時が止まったような、めくるめく瞬間が、彼らの想いを押し包んだ。
夜半すぎ、クラウドは唐突に覚醒した。 耳の奥で深く呼ぶ声が聞こえる。それは、母なるものの声だ。 ベッドの上に半身を起こした。傍らで、その枕元に突っ伏して眠っている女がいる。向こうのベッドには、いかつい右腕が銃の男。そして、真っ赤なたてがみを持った獣。 クラウドは、何かに導かれるようにベッドを降り、階下へと階段を下った。全てが夢の中の出来事のように、正体なくふわふわとしてつかみどころがなかった。 しかしそこには、地獄の底から沸き上がるような黒い誘惑があった。それは、破壊への衝動だ。壊し、燃やし、打ち砕き、立ちはだかる者を根絶やしにしろという衝動だった。 クラウドは、静まり返ったニブルヘイムの村を眺め回した。何の感慨も起こらない。 炎の呪文を唱えながら、すうっと両腕を浮かせた。広場をはさんだ反対側の民家に向かって、火を放つ。炎の柱が夜空を赤く染めた。 「クラウドっ!」 宿屋の中から、ティファが飛び出して来た。バレット、レッドXIIIも続く。レッドXIIIが、ティファを追い越して、高く地を蹴って跳躍し、クラウドに飛びかかった。そのまま、地面に組み伏せる。 「ばっかやろう! なんだってこんな……」 バレットが、燃え落ちる建物に飛び込んで、中から煙に巻かれた夫婦を担ぎ出して来た。 ティファは、給水塔の消火栓を操作して水を噴き出させる。水圧で、飛ばされそうになりながら、足をふんばって民家の火事を消そうとした。 野次馬が次々集まって来る。 「だぁー、ちくしょう、ヤバイぜ」 バレットが、クラウドの頬をパンパンと乱暴に張り飛ばした。しかし、その瞳には、破壊の衝動に取り付かれた悪魔が宿っていた。 青く輝く魔晄の瞳が、残虐な光を放つ。 「これじゃ、まるで……」 ティファが、震える声で呟いた。 「ティファ!」 レッドXIIIが、そんなティファを制する。 ティファは、悲鳴のような声を上げた。 「まるで、5年前の再来だわ!!」 その声が合図のように、クラウドはバレットの巨体を突き飛ばして立ち上がった。信じられないパワーに、バレットは一瞬ひるんだが、驚いている余裕はない。 クラウドは、ニブル山の方に向かって走り出した。 「クラウド!」 泣きながら、ティファが追いかける。そんなティファに、クラウドは振り返りざま、いかずちの呪文を放った。 「あぶねえ!」 とっさに、バレットが庇う。 地面がバリバリとスパークするさまを冷たい目で見下ろして、クラウドは、パッと身を翻した。まるで別人になってしまったような、豹変ぶりだった。 「クラウドーーーっ!」 走り去る後ろ姿に向かって、ティファが絶叫する。 必死の消火も虚しく、燃え上がった民家を包んだ炎はさらに広がる勢いだった。 「これが、ジェノバの罠なのか……?」 レッドXIIIが茫然と呟いた。まさに、カームの宿でクラウド自身がその口で語った、5年前の事件と同じシチュエイションである。 「追うんだ! ヤツは正気じゃねえ! もしも、このまま……アイツまで……」 バレットも、さすがにみなまでは言えなかった。 「どうして、クラウドが、こんな……」 ティファは泣きじゃくる。 「泣くのは後だ! 置いていくぞ!!」 バレットが一喝し、ニブル山に向かって走り出した。レッドXIIIが、そして、遅れてティファが続いた。 あまりのことに、仲間たちのほうが錯乱しそうだった。
エアリスの首筋にキスをして、セフィロスは体を離した。 娘は、上気した頬を薔薇色に染め、切ない吐息を漏らす。全身から力が抜けてしまったようで、すぐには動けなかった。 「綺麗だ」 男が言った。 「や……わたし……こんな……」 娘は、恥じらって右手の甲を額に持っていく。そんな仕草を見て、男は娘を愛しいと思った。そして、これが普通の恋人たちのあたりまえの日常だったなら、と詮無いことを考えた。 ふと、男は、近づいて来る者の気配を察して顔を上げた。そちらに神経を集中させる。 「……エアリス」 静かに、呼びかけた。エアリスは目を開け、男の顔を仰ぎ見る。 「来たのね?」 痺れたように力が入らない手足を無理に突っ張って、エアリスは半身を起こした。男が、そっとその体を支える。 「ヤツが、あの本に導かれるのはわかっていた」 「悔しいな。わたしを待っててくれたんじゃ、ないのね?」 「どうかな?」 男は、フッと微笑む。 エアリスは、ピンク色のスリップドレスをふわりと羽織り、急いで前のボタンをとめた。 「そのまま、上着を着ない方がいい」 男は、笑顔で、少し悪戯っぽく言う。 「どして?」 「鎖骨が綺麗だ」 冗談とも本気ともつかない口調でそう言い、男はエアリスの華奢な肩に突き出た鎖骨にキスをする。唇が触れた瞬間、娘はピクンと体を震わせた。 「この肩に、男2人の運命を背負うのは、重すぎるだろう?」 「男2人って?」 「アイツは、まだ、現実に戻れる。真実を知り、それを乗り越えられれば……」 「それ、クラウドのこと? あなた、何、知ってるの?」 男はそれには答えず、質問を繰り出す娘の口を自分の唇で塞いだ。 「おまえは、ここにいろ。じきに仲間が追ってくるから、拾ってもらうといい」 「行っちゃうの?」 哀しい目で、エアリスは男を見つめる。 「まだ、やることがある」 「ね、セフィ、今でも、わたしに、止めてほしいと思ってる?」 男は、浅くうなずいた。 「出来るなら、かたときも離れず側にいてほしい。そうすれば、狂わずにすむ」 エアリスの表情が、花の蕾がほころぶように、ぱあっと輝いた。 「わたし、たとえどんなことがあっても、ぜったい、命をかけて、あなたを止めてみせる……」 男は、立ち上がり、バッ! と黒いコートを頭上に振り上げて袖を通した。その動作をじっと見つめている娘に、視線を戻す。 「そのときがくるのを……待っている」 そして、姿勢を正し、狂気の舞台へ向かって、ゆっくりと歩み出た。
クラウドは、群がる敵を鬼気迫る強さで打ち倒し、魔晄炉にやって来た。何かに吸い寄せられるように、JENOVAと書かれた扉の、階段下までたどり着く。 その禁断の扉が、シュンと音をたてて開いた。 白銀の髪をなびかせた、ジェノバの申し子が現れる。 クラウドは、憑かれたようにその姿を見上げた。 「ジェノバの洗礼を受けし者よ。おまえは、おまえのさだめを知れ」 低いが、よくとおる声で、セフィロスは詠うように言った。 「さだめ……」 クラウドは、放心したように呟く。 「おまえは、リユニオンを知っているか?」 「リユニオン? 何のリユニオンだ?」 「……それでいい。目をさませ、クラウド。ジェノバがリユニオンし、空から来た厄災として復活を遂げる前に……!」 クラウドは、震える手で自分の頭をおさえた。 「ジェノバ……リユニオン……復活……?」 ガンガンと頭が鳴った。打ち砕かれ、バラバラに壊れてしまうのではないかと怖くなるほどの激痛だった。 「あぁ……俺は……俺は……」 頭を抱えてうずくまる。 「クラウドぉっ!!」 女の、悲痛な叫び声が近づいた。 セフィロスは、その声に目を細める。 頭痛に苦しむクラウドの頭上をひらりと飛び越して、魔晄の光が溢れる内部通路に出た。そこは、もともとが作業員用の通路なので、申し訳程度の手すりや防護柵しかない。落下すれば、魔晄の海にダイブすることになる危険な場所だった。 「セフィロス!」 現れた男の姿を見とめて、ティファはひるんで立ちすくんだ。忌まわしい記憶が彼女の脳裏に蘇る。冷たい刃が体に食い込む特異な感触を思い出して、全身が総毛立った。 「邪魔をするな」 セフィロスは、厳しい声で言い放つ。 「クラウドに、何をしたの!? クラウドを返してっ!」 セフィロスは、低く笑った。 「思い違いをしてもらっては困る。曲解は、真実を見失うばかりか、事態を複雑にする」 「あなたの言葉なんか、信じられないわ!」 「では、仕方がない。再びこの刀の露となるか?」 ティファは、背筋が凍り付く恐怖に全身を震わせた。セフィロスは、片手で刀を振り上げる。 「こんちくしょーっ!」 バレットが吠えて、右手の銃が火を噴いた。ガトリング砲が、セフィロスめがけて襲いかかる。 しかし、銃弾は見えない力によって跳ね返され、バレットたちの足元で鋭い音をたてた。まるで、セフィロスの周囲にバリアでも張られているかのようだった。 その後ろから、クラウドがよろめきながら姿を現す。 「教え……てくれ……。俺は……なんだ……?」 「クラウド!」 ティファが叫ぶ。 バレットとレッドXIIIが、パイプの通路を駆けてくる。 セフィロスは、ハッと天を仰いだ。強大な意志の力が、彼を支配しようと狙っている。 エアリス……! とっさに、セフィロスはセトラの娘を呼んだ。 ジェノバの意識が降りてきて、その愛し子を包み込む。セフィロスは、邪悪な光が宿った青い魔晄の瞳を輝かせ、ニッと口許を笑わせた。 その表情の激変に、相対していたティファは息を呑む。さっき斬られそうになったときのセフィロスも怖かったが、今はまるで雰囲気が違う。人ならざるものが、憑依しているとしか思えなかった。思わず気圧されて、バレットもその場に立ちすくむ。 セトラの娘を、殺せ……! セフィロスの耳元で、悪魔が囁いた。 エアリスが階段を駆け下り、通路に現れる。ピンクのスリップドレスから白い肩と腕が覗く、髪をおろした艶容だった。 セフィロスは、その、愛する娘を振り返った。長い髪が、その動きにつれてふわりと舞い踊る。 殺せ……! 長刀を、エアリスめがけて投げ放った。 「エアリス!!」 ティファが悲鳴を上げた。 エアリスは、まっすぐ自分に向かってくる凶刃に視線を吸い寄せられた。恐怖は感じなかった。氷のような無表情で自分を見据える美しい悪魔に向かって、静かに微笑んだ。 それでも、いい、と思った。 しかし。 それを身を持って止めた者がいた。 クラウドだ。クラウドは、飛来する凶刃を、まともに腹に受けた。深々とそれは突き刺さり、体を貫通する。 エアリスが息を呑み、ティファが叫び、バレットが、レッドXIIIが、愕然として立ちすくんだ。 クラウドは、長刀を腹に抱えたまま、ふらふらとセフィロスに歩み寄る。 「まだ、だ……」 クラウドは、口の端から血を流しながら喘ぐように言った。 「まだ……、終わりじゃ……ない……」 クラウドは、ふらりとよろめいた。通路のパイプの上でバランスを崩す。あっという間に魔晄輝く地下に向かって、落ちて行った。 「クラウドぉっ!」 ティファが、パイプにすがりついて絶叫する。しかし、その姿はもうどこにも見えなくなっていた。 「ちくしょうっ!」 バレットが喚いて、再び銃を乱射する。セフィロスの左腕が、ふわりと宙に浮いた。強力な破壊魔法を唱える。 「やめてっ! セフィロス!!」 エアリスが、まっすぐにセフィロスのもとへ走った。 バレットが放った銃弾が、わずかにその肩先をかすめて血しぶく。 エアリスは、体当たりするようにセフィロスの背中に抱きついた。 その、瞬間。文字通り、憑き物が落ちたようにセフィロスの表情が変わった。 「エアリス……」 自分の背中にしがみついた娘を、振り返る。 バレットは、唖然として銃を引っ込めた。ティファは、下を見つめたまま泣き叫んでいる。 エアリスは、セフィロスの瞳をまっすぐに見つめ、哀願するように言った。 「お願い。クラウドを助けて……」 大きく見開かれた深い緑色の瞳が、揺れている。 「わかった……」 腰に回った娘の腕を引きはがし、そっと手を伸ばして彼女の被弾した肩に回復魔法をかける。 エアリスは唐突に思いついて自分の髪を1本抜き、セフィロスの左の手首に巻き付けた。 「これ、お守り。少しなら効くかも」 セフィロスはフッと笑い、手首を見た。彼女がそんな子供っぽいことをするとは、思っていなかった。だが、そんなことに望みを託すほど、彼女から見た自分は危険なバランスの上に立っているのか、と思い知った。 「南東の島に、ライフストリームが吹き出すところと呼ばれる村がある」 「ライフストリームが吹き出すところ?」 「ミディールという村だ。そこから、地上に出られる」 「そこで待てばいいの?」 セフィロスは、うなずいた。そして自分も、魔晄の海に向かってふわりと身を踊らせる。 はるか深い翡翠色の輝きに向かって、ダイビングして消えて行った。 その様子を、エアリスはかがみ込んで見送る。 「だいじょぶ。きっと。クラウド、生きてる……」 ぽつぽつと呟いた。 そっと立ち上がり、我を失って泣き崩れているティファに歩み寄った。 「だいじょぶだから……。泣かないで、ティファ……」 その肩に、手を乗せる。 「触らないで!」 ヒステリックに叫んで、ティファは、エアリスの手を振り払った。キッとした目で、エアリスを睨めつける。肌を出し、明らかにいつもと違う女の香りを漂わせる彼女に、敵意さえ抱いている表情だった。 「あなた、ここで何してたの!? あいつと……あの、セフィロスと、何してたのよ!」 「ティファ……」 激しく頭を振って、ティファは喚いた。 「クラウドがあんな状態だったのに……。もしかしたら、クラウドは、あなたのことが好きだったかもしれないのに……。どうして、こんな、裏切るようなこと……」 「……それは、違うよ、ティファ。クラウド、わたしとセフィロスのこと、知ってたもの」 「えっ?」 不意に、クラウドとエアリスが、コスタ・デル・ソルのインで、親密に話し合っていたのを思い出した。あのときは、嫌だ嫌だと思いながらも、ヤキモチをやいていたのだ。 「すぐ、話さなくて、ごめんね。でも、好きになっちゃったら、引き返せない……。それはわかってくれるよね?」 「いつから……? いつから、付き合ってるの?」 ティファの、泣きはらした目が、エアリスを見つめる。 「6年前。グラスランド戦役が終結した頃かな?」 ティファは、ため息をついて首を振った。 「信じられない……。どうして、あんな、冷たそうで、怖い人のこと……」 少しだけ、エアリスは微笑む。 「クラウドと同じこと、言うんだね。でも、ほんとは、そんなに、怖くないんだけどな……」 「殺されかけたくせに! クラウドが庇ってくれなきゃ、あなた、死んでたのよ!! アイツは、平気であなたのこと、殺そうとしたのよ!」 「うん。そだね。ちょっと中途半端に離れちゃったからね」 「なんのこと?」 「さっき、わたし、抱きついたら、あのひと、正気に戻ったのわかった?」 ティファは、泣いていたので気づいていない。バレットが、のしのしと取込中の2人の間に入ってきた。 「おう。オレは見てたぜ。あの野郎、二重人格じゃねえのか?」 エアリスが、いかつい大男を見上げる。 「うん。セトラの力なのかな? わたし、側にいるとジェノバの支配から解き放たれるみたいなの」 「そりゃあ、なあ? セトラうんぬんより、おまえさんの、あ、愛の力ってもんじゃねえのかい?」 慣れないことをどもりながら言う巨漢の照れたような声に、エアリスは頬を染めた。 「そうかな? ……だったら、いいな」 「で、ヤツらはいったい、どうなっちまったんだ?」 ひょいと、底の見えない魔晄の海を見やる。 「あのね、ここ、ライフストリームに繋がってるらしいの。だから、ライフストリームが吹き出す、南の島で待ってろって」 「南の島だぁ?」 「ミディールっていう村」 「どういうことだ?」 「セフィロスに頼んだの。クラウド、助けてって」 驚いて、皆が目を点にした。クラウドを刺した張本人が、それを助けるというのか? 彼らの関係にも未知な部分が多いようだった。 「クラウドも、もしかしたら、とんでもない運命を背負っているのかもしれない……」 「クラウドも? も、ってことは……」 「セフィロス言ってた。クラウドが、あの本みつけて、ここに来るの、わかってたって」 「おいおい、よしてくれよ。たとえ、生きてたとしても、セフィロスみたいなのが2人になっちまったら手におえねえぜ」 「うん。でも、きっとだいじょぶ。クラウドは、あのひととは違う……」 バレットはやれやれと首を振った。セフィロスが止血をしたものの、傷跡が生々しく残るエアリスの肩口を見て、思い出したように詫びる。 「それ、すまなかったな。まさか、銃弾の中に飛び出してくるたぁ、さすがのオレも思わなくてよ」 「かすり傷だから、だいじょぶ。あのままじゃ、みんな殺されちゃうと思って……。あのひと、普通のマテリアと違った魔法使えるから……。本気だったら、この魔晄炉ごと吹き飛んじゃう」 「とんでもねえヤツだな……」 バレットは、ため息をつく。 「とにかく、その、ミディールとやらに向かおうぜ」 ティファと、レッドXIIIが、うなずく。 「それはそうと、早いトコ、上着を着てきてくれねえかな?」 エアリスの白い肩をまぶしそうに見て、バレットが言いにくそうに言った。 「え? 肩ぐらい、ティファもユフィも出してるじゃない?」 「いやー、なんつうか、アレだな。いつも隠してるのがいきなりヒモ1本になるとな……男は単純だぜ。がはははは」 「やだ、もぉ、バレットったら……」 恥じらったように笑って、エアリスは上着を取りに魔晄炉の奥へ走って行った。 その後ろ姿で、ふわふわと、ゆるいウエーブがかかった髪が揺れる。 「確かに、なんとも言えんたおやかな風情だな」 レッドXIIIが、そのエアリスの後ろ姿を見送りながら、ぼそりと呟く。 「女の香りがするってヤツだな、参ったぜ。あの野郎、罪なことしやがる」 レッドXIIIは、呆れたように笑った。 「だからと言って、おまえさんがどうこう出来るわけでもあるまい」 「そりゃそうだがよ! なんか、こう、じれってえじゃねえか! あの野郎が、惚れた女さらってどこかに逃げちまえば、こんな戦い、終わるんじゃねえのか?」 「そんな単純なことなら、ヤツだってさっさとそうしてるだろう」 「……だよな。あんな娘を放って行くんだ。よっぽどのことだろうぜ」 エアリスが、身支度を整えて戻って来るのを待って、一同は、ロケットポートエリアへ向かって山を越えた。
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