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遺伝子の刻印

Action-10

 

 一行は、コスモキャニオンを出て北へ向かった。5年前、煙火に沈んだニブルヘイムの廃虚があるはずである。
 しかし、ニブルヘイムは、昔と寸分違わぬ姿でそこにあった。違いがあるとすれば、給水塔の回りが石畳に整備されたことと、村人が、クラウドやティファのことを覚えていないことだ。
「へんだね? 村、ちゃんとしてるよ」
 エアリスは、不思議そうにクラウドを見た。
「どしたの?」
 ユフィが、考え込んだクラウドの顔をのぞき込む。
「俺は、ウソなんか言ってない! 俺は覚えてる……あの炎の熱さを……」
「わかってる。誰もウソだなんて、言ってないよ」
 エアリスは、思い詰めた表情のクラウドを慰めた。
「神羅だな」
 バレットが、憎々しげに言った。
「なんでまたこの村だけ再建しやがったんだ?」
「そんなこと、決まってる! ここで5年前に起こったことは、星の運命を変えるほどの出来事だったんだ!」
 クラウドは、拳を握りしめて叫んだ。
「待って。神羅は、セフィロスを古代種だと思っているのよね?」
 ティファが、確かめるように訊いた。
 クラウドは、ヘリポートで彼とあいまみえたときのことを思い出す。
「ルーファウスは、そう言っていた……」
「古代種だと思っているから、彼が約束の地へ向かうのを追っている……。でも、変ね。彼がここへ派遣されたのは、どう考えてもジェノバと会わせるためだと思うんだけど……。ジェノバがただの古代種だと思っているなら、わざわざそんなお膳立てしなくてもよさそうなのに……」
 クラウドはハッとした。そういえば、おかしなことを言っている男がいた。
『あれは、大いなる誤算だった。しかし、神の啓示でもあったのだ……』
「宝条……?」
 クラウドは、そのマッドサイエンティストの陶酔した表情を思い出した。
「宝条は、ジェノバが古代種じゃないのを知っていた!」
「ヤツが情報を操作し、上層部への報告を捏造しているのかもしれんな」
 レッドXIIIが、納得したようにうなずく。
「ただの脇役じゃねえってことか。チッ。甘く見てたぜ」
「宝条は、こうも言ってた。セフィロスは神の子だ。時は満ちた。今こそ、復活のときなのだ! ……と」
 クラウドが、記憶を探った。
「神……復活……。それって、やっぱり、ジェノバのこと?」
 エアリスが、震える声で確認する。
「他に考えられるか?」
「じゃあ、この、5年、何だったのかな? あのひとがジェノバに会ってから、5年もたってる……」
「5年……」
 クラウドは、突然、耳鳴りを感じて両の耳を押さえた。激しい頭痛と共に、失われた筈の記憶の断片がフラッシュ・バックする。
 それは、魔晄炉の内部だった。
 セフィロスが培養ポッドを破壊し、中に眠るジェノバを睨み据えた。
 一瞬、目を細めたかと思うと、手にした長刀を水平になぎ払う。
 そこで、クラウドの頭の中は真っ白になった。
「しっかりしなよ、クラウド!」
 ユフィが、耳元で怒鳴る。
「なんだ……?」
 低く、呻くようにクラウドは呟いた。
「え?」
 ユフィが、耳を傾ける。
「あのとき、ヤツが斬ったのは、何だったんだ?」
「なに? 何の話?」
 クラウドは難しい顔をして考え込んだ。
「何か思い出したの?」
「わからない……。大事なことかもしれないんだが、はっきりしないんだ……」
「とにかく、調べてみようぜ」
 バレットが皆を促す。
「神羅屋敷ね?」
 ティファもうなずく。
 全ての始まりが、そこに隠されている筈だった。

 神羅屋敷に入ると、そこは相変わらず沈鬱な雰囲気が漂っていた。人の心を惑わす嫌なモンスターまでが出没し、容易に奥へは進めない。こんな仕掛けは5年前にはなかった。誰かが、この屋敷の秘密を封印しようとしている。
 クラウドは手紙を見つけた。それは、宝条の手紙だった。
『ここへたどり着いた者へ。私は、研究を完成させるため、あらゆる邪魔を排除しなければならない。ジェノバの秘密を探ろうとする者よ。己の分をわきまえ、わが軍門に下れ』
「なんだ、こりゃ?」
 ユフィが、呆れ返った。
「あのオッサン、ついに切れたかな?」
「先にここへ来て、罠を仕掛けていったのは確かね」
 ティファが、辺りを見回す。特殊な攻撃を仕掛けてくるモンスターが多いのも、うなずけた。
 そのとき、2階からバレットが叫んだ。
「おーい。怪しい金庫があるぞ!」
 クラウドは、バレットを見上げる。
「俺たちは、金庫破りに来たんじゃない」
「いいからちょっと来てみろよ! タイムリミット付きだぜ」
「タイムリミット?」
 クラウドは興味を覚え、2階に向かった。そういえば、たしかにあの部屋には金庫があった。
 一同は、金庫の前で首をかしげた。ただやみくもにダイヤルを回しても、おいそれと開くものではない。考えあぐねていると、さきほどの宝条の手紙をひらひらさせていたユフィが、あっと叫んで飛び上がった。
「これ、炙り出しだぁ!」
 ろうそくの炎に紙をかざすと、文字が浮かび上がってくる。謎かけのような不思議なヒントが並んでいた。
「遊んでやがるぜ」
 バレットが、憎々しげに言う。
「しょうがない、付き合ってやるか」
 クラウドが決断し、皆は手分けして謎を解き始めた。
 床やら箱の裏やらに、番号が記されている。それを発見するたび、強力なモンスターが現れ、苦しい戦闘を強いられた。
「ちくしょう。前言撤回だ。あいつ、オレたちをマジで殺るつもりだぜ」
 バレットが泣き言を言った。
「この分じゃ、金庫の中にはとんでもないものが潜んでいそうだ」
 皆、同感だった。ここで全滅すれば、確実に時間稼ぎになる。
「俺たちを足止めしている間に、宝条が先にセフィロスに追いつくことになる……」
 クラウドが、考え込んだ。
「宝条は、何のためにセフィロスを追ってるんだ?」
「悠長に考え込むなぁっ!」
 敵に幻惑され、自分の心の中に閉じこもってブツブツ言っているクラウドを、ユフィがガツンと殴りつけた。
 ハッと我に返り、クラウドはユフィを見る。
 ユフィはニッと笑って、ダン! と床を蹴り、モンスターに斬りかかって行った。
 かなりの労力を費やして、金庫を開けるための番号を入手した。
 再び一同が金庫の前に集まる。
 いちばん手先が器用そうなユフィが、金庫破りに挑戦した。
「なんかヤバイもんが出てきたら、アタシだけ残してトンずらするつもりだな」
 とかなんとか言いながらも、20秒のタイムリミットに果敢に挑む。
 3回目の挑戦で、ピンとロックが外れる音がした。
「やたっ!」
 ユフィが小踊りする。
 と、喜ぶ間もなく、バカでかいモンスター・ロストナンバーが現れた。
「出た〜」
「バカ! 早く下がれ、ユフィ!!」
 クラウドの声と同時に、頭上にいかずちが閃く。光るエネルギーがユフィを直撃した。
「きゃ!」
 衝撃で、ユフィの体が宙を舞う。
 ロストナンバーは続けざまにサンダラを連発し、クラウドたちに襲いかかった。
 戦闘は熾烈を極めた。虹色の巨体を揺すって、ロストナンバーは魔法攻撃を繰り返す。打撃攻撃で応戦していると、突然、敵の姿が変わった。紫色に染まった頭部を怒りに震わせながら、長くて巨大な腕を振り回し始めた。
 強烈なコンボが、炸裂する。そのあまりに大きいダメージに、彼らは何度も戦闘不能に陥りながらも、蘇生と回復を繰り返し、すんでのところで勝ちを拾った。
「もぉ、めちゃくちゃだぁ……」
 ユフィが、ぜえぜえいいながら大の字に転がった。エアリスも、ロッドを支えにぺたんとへたりこむ。
「これも、宝条のサンプルなのかな?」
「だろうな。それにしても、なんて破壊力だ……」
 さすがに、クラウドもその場に腰を下ろした。
「あ、金庫の中に、鍵」
 ティファがそれを見つけた。手にとって、ためつすがめつする。
「どこの鍵だ? ご大層に金庫の中にいれるたぁ……」
 バレットがどすどすと歩み寄る。
「恐らく……。地下だ。昔、開けられない扉があった」
 一同の視線が、クラウドに集まる。
「これ以上強力なモンスターに出てこられたら、勝ち目はないぞ」
 レッドXIIIは、理性的だ。
「だからって、苦労して手に入れた鍵、使わないテはないんじゃない?」
 さすがに若いだけあって回復の早いユフィが、ティファの手から鍵を取り上げた。
「アタシが、開けてやるからサ」
 さっきもそれで先制のいかずちを喰らったわりに、懲りていない。
「ダメだ」
 厳しい声で、クラウドがユフィを止めた。
「えー、なんでぇ? クラウド、諦めちゃうの?」
 クラウドはゆっくり立ち上がり、ユフィに歩み寄る。少女の手から鍵を取った。
「俺が開ける」
 一瞬、ユフィはキョトンとして、すぐに、えへへ、と笑った。
「もしかして、アタシのこと心配してるとか?」
「バカ言ってな。こんなことで、おまえにもしものことがあったら、親父さんになんて言い訳するんだ?」
「げ。なんで親父が出てくんだよ? カンベンカンベン」
 それでもユフィは、なんだか嬉しそうだった。
 彼らは、2階の隠し階段から地下に降りた。
 地下の廊下には、ツインヘッドの嫌なモンスターが出没し、くねくねと体を蠢かせながら襲いかかってきた。宝条の趣味がうかがえるような、気味の悪いモンスターだった。
 なんとかそいつを撃破し、地下室の開かずのドアの前に立つ。クラウドは、深呼吸して鍵穴に鍵を差し込んだ。
 後ろで皆が身構える。しかし、モンスターが飛び出してくる気配はなかった。いささか拍子抜けして部屋の中へ入ると、そこは棺桶の並ぶカタコンベだった。
「なに? ここ……」
 ティファは、自分の肩を抱くようにして腐臭の漂う墓所を見回した。
「隣に実験室がある。恐らくここは、実験体の安置所だ」
 クラウドが、中央にある棺の前に立った。
「宝条は、ここに何かを隠したのかもしれん」
 ふと、棺の中から声が聞こえたような気がして、クラウドは驚いた。その棺を調べようと身をかがめると、ひとりでに棺の蓋が開いた。クラウドは、ぎょっとして飛びすさる。
「……私を悪夢から呼び起こすのは誰だ?」
 棺桶の中から、黒い蓬髪の翳りのある男が現れた。しかし、いきなり攻撃してくる気配ではない。
「……見知らぬ顔か。出ていってもらおうか」
 男は、迷惑そうに抑揚のない声で言った。クラウドは肩をすくめる。
「ずいぶんうなされていたようだな」
 エアリスが、クラウドの後ろからひょこんと顔を出して、笑いかけた。
「こんなとこで眠れば、夢だって暗〜くなるよ」
「悪夢にうなされる長き眠りこそ、私に与えられたつぐないの時間」
 文学的で哲学的な回答だ。
「何を言ってるんだ?」
 クラウドは、首をかしげた。
「他人に話すようなことではない。出て行け。この屋敷は悪夢の始まりの場所だ」
 しかし、それにはうなずける。
「……確かに、そうだな」
 クラウドが肯定したのを見て、男は少しだけ興味を持ったようだ。
「何を知っている?」
「あんたが言ったとおり、この屋敷は悪夢の始まりかもしれない。いや、夢ではなく、現実だな。セフィロスが正気を失った。この屋敷に隠された秘密がセフィロスを……」
「セフィロスだと!?」
 男は、棺の中で立ち上がった。
「セフィロスを知っているのか?」
 2人は同時に言い放つ。
 緊張感ただよう沈黙が、3秒。
 男が、言った。
「君から話したまえ」
 うながされるままに、クラウドはこれまでの概要を語り始める。その話が進むうち、男の表情が険しくなっていった。
「……すると、セフィロスは、5年前に自分の出生の秘密を知ったのだな? ジェノバ・プロジェクトのことを。……以来、行方不明だったが、最近、姿を現し、多くの人々の命を奪いながら、約束の地をさがしている、と」
 深いため息をついた。
「今度はあんたの話だ」
 クラウドが、せっつく。しかし、男は首を横に振った。
「悪いが……話せない」
 ユフィは、口を尖らせた。
「ひでーなぁ、それってないんじゃない?」
「君たちの話を聞いたことで、私の罪はまたひとつ増えてしまった。これまで以上の悪夢が私を迎えてくれるだろう」
 そう言って、棺桶の中に腰を下ろす。
「さあ……行ってくれ」
 再び眠りに入ろうと、その蓋に手をかけた。その男の厭世的な態度に、クラウドはイライラする。
「あんた何者だ? 名前くらい教えろよ」
「私は……元神羅製作所総務部調査課、通称タークスの……ヴィンセントだ」
「タークス!?」
 一同が、異口同音に声を上げた。
「元タークスだ。今は神羅とは関係ない」
 その皆の反応の大きさに、ヴィンセントと名乗った男もわずかに心を動かされたらしい。
「ところで君は?」
 クラウドに名前を訊いた。
「元ソルジャーのクラウドだ」
「君も元神羅か……」
 目を伏せる。そして、思い切ったように質問した。
「では、ルクレツィアを知っているか?」
「誰だって?」
「……ルクレツィアだ」
 クラウドは、首を横に振る。そんな名に記憶はなかった。
「その、ルクレツィアが、どうしたっていうんだ?」
 ヴィンセントは、覚悟を決めたように、低い声で答える。
「セフィロスを生んだ女性だ」
 クラウドは驚いた。反射的にエアリスを見る。エアリスは、目を見開いたまま、ふるふると首を左右に振った。
「生んだ? セフィロスの母親は、ジェノバではないのか?」
「それは……間違いではないが、遺伝的には、ということだ。ジェノバの遺伝子は、除核されたレシピアント卵子に核移植され、実際には、美しい女性から生まれた。レシピアント卵子を提供した女性が、ルクレツィア。ジェノバ・プロジェクトチームの責任者、ガスト博士の助手だった」
「それじゃ……人体実験じゃないか?」
 ヴィンセントは、自嘲的に笑った。
「私は、実験を中止させることが出来なかった。彼女に思いとどまらせることが出来なかった。それが、私が犯した罪だ。愛する、いや、尊敬する女性を恐ろしい目に遭わせてしまった」
 罪だ償いだと、自己の内側にこもろうとする男の内向的な態度に、エアリスの怒りが爆発した。クラウドを押しのけて、ずいっと前へ出る。
「その償いが眠ること? それって、なんか、へん!」
 ピシッとヴィンセントを指さした。
「あなた、知ってるはずでしょ? ガスト博士のことも、ジェノバ・プロジェクトのことも。知ってるなら、どうして告発しないの!?」
「告発? 私にそんな力はない……」
「そうね。もう、今となっては、告発なんか無意味かもしれないわ。でも、あなた、わたしたちの知らなかったこと、知ってる。セフィロスを止めるために、力をかして!」
 ヴィンセントは、驚いた。
「止めるだって?」
「そう! たとえどんなことがあっても、ぜったい!」
 その、エアリスの勢いに、ヴィンセントは少しだけ微笑む。
「君は……ルクレツィアに似てるな。意志が強くて、信じたことは貫き通す。しかし、それは諸刃の剣だ。滅びをも呼ぶ」
 エアリスは、悟ったように説教する男を、キッと睨みつけた。
「それが、なんだっていうの? 後悔抱えたまま、おばあちゃんになってから、回顧録でも書けっていうの? わたし、そんなの、いや!」
「危険だな。君は、手を引いた方がいい」
 エアリスは、ふうと深呼吸する。こういう後ろ向きの手合いには、ついガンガン言ってしまうのが悪い癖だと自覚はしているのだ。だが、止まらない。
 落ち着いた声で、エアリスは言った。
「ところが、そうもいかないのよ」
「なぜ?」
 切り札を差し出すように、エアリスは嫣然と微笑んだ。
「わたし、セトラだもの。この星に残された、最後のセトラ」
 案の定、ヴィンセントの顔色が変わった。何事にも興味がなさそうなポーカーフェイスが、崩れている。
「なんだって……? 古代種の血は、受け継がれていたのか……? なんてことだ……。では、ジェノバ・プロジェクトは……。ルクレツィアは……」
「過ぎちゃったこと、悔やんでばかりいても、何にも解決しないよ。あなた、そのルクレツィアって人、好きだったんでしょ?」
「…………」
 男は、当惑する。エアリスはちょっとうつむいて、少しだけ微笑んだ。胸の底にわだかまったしこりを氷塊させるような、不思議な笑顔だった。
「わたし、セフィロスに恋してるの」
 まっすぐにヴィンセントを見て、言い切る。
 ヴィンセントは、愕然とした。迷いのない娘の目を、驚いた顔で見つめる。
「だから、会いたい。そして、絶対、こんなこと止めさせたい。そのためだったらなんでもする。そう決めたの」
「……明解だな。だが、ほんとうにそんなことができるのか?」
「わからない。でも、あのひとを止められるのは、わたしだけだから」
 ヴィンセントは、うつむいた。
「負けたな。あのとき、ルクレツィアを止めることが出来たのは、私だけだったというのに……」
 エアリスは、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「今からでも遅くないよ。だいじょぶ。間に合う」
 ヴィンセントは、不思議と元気づけられるような気がした。この星に残された、たったひとりのセトラ……。その細い肩に、星の運命を背負い、相対する敵をも愛すると言い放つ。なんという無謀な……。しかしそれ故に美しい、綺麗なアンバランス……。
 ヴィンセントは、初めて人間らしい笑みを見せた。
「セフィロスは、君のことを……?」
「え、あ、それって、わたしが答えるの?」
 急に、エアリスは勢いを失う。ユフィが横で楽しそうに笑った。
「もう、メロメロ。あいつアタシのこと子供だと思って油断したね。アタシ、6年前に、セフィロスから直接聞いてんだ。うふふふふ……」
「やだ、ユフィったら。もぉ、あのひと、どこでなに言ってんのよぉ……」
「いいじゃん、ホレられてんだから。でも、そのときのエアリスと今のアタシ、同じ歳なのになぁ。神様って、不公平〜」
「なに言ってんだよ、おまえ。彼氏が欲しかったらこんな生活から足洗えよ」
 すかさず、クラウドが意見する。
「性差別反対」
 ユフィは、クラウドにアカンベをした。
「ったく、かなわないな、おまえには」
 その子供みたいなやりとりを目の当たりにして、ヴィンセントは、ため息をついた。
「それはともかく、おまえたちについていけば、宝条に会えるのか?」
 クラウドは、ヴィンセントに向き直る。
「アイツは、意外な大物のようだな」
「ああ」
「今、ヤツもセフィロスを追っている。となれば、いずれは……」
 ヴィンセントはうなずいた。
「わかった。おまえたちについていくことにしよう。元タークスということで、力になれることもあるだろう」
 そうしてヴィンセントは、夢魔を打ち払うため、長い眠りから現実へと戻ることになったのだった。


 遅れて駆けつけたバレットたちと合流し、彼らは実験室の奥の書斎を調べ始めた。
 レッドXIIIが、古いメモを発見する。

 体細胞クローンの高速再生と記憶処理実験に関する覚え書き。

 被験者A。死亡。
 採取した脳細胞によりクローニング実験を開始。
 プロジェクトネーム・クローンT。
 
 X月X日。
 DNA操作。高速成長補助因子の付加。
 クローンTの再発生に成功。
 培養実験に移行する。

 X月X日。
 成長過程を3つの段階に分けることでリスクを軽減。
 記憶処理に課題。

 X月X日。
 脳、記憶野に電気信号として記憶をインプット。
 成長過程のブランク期間は、前進性健忘症候群がもたらす非自己認知性記憶障害で処理。

 X月X日。
 覚醒。
 ブランク以前の記憶処理に成功。
 死亡前、数十分、欠損。

 現在、ミッドガルにて実験継続中。

「なんだろう?」
 クラウドが、ここには詳しそうなヴィンセントにメモを見せる。
「宝条の字だが、私が知っている頃は、ジェノバの実験でも、生殖細胞を使っていた。体細胞を使ったセルフクローンの実験は、最近のことだと思う」
「だーっ! なんのことだかよくわからねえっ!!」
 バレットが、頭をかきむしって喚く。
「それに、これ、前進性健忘症候群って、なに?」
 ティファが、つっかえながら読み上げる。
「恐らく、ある瞬間を境に、それから先のことが記憶できなくなる症例のことだと思う。過去の記憶はあるが、新しく起こる事象が、記憶できないんだ」
 ヴィンセントが説明した。
「そんなことってあるの?」
「レアなケースだが、脳の損傷部位によっては起こりうる」
 エアリスが、横から首を突っ込んだ。
「それって、記憶、増えないってこと? 朝起きたら、リセット、かかってるみたいなもん? 同じ1日がぐるぐる回っちゃうの?」
「記憶は1日も持たない。恐らく、小一時間程度で循環し、どんどん1時間前のことを忘れていくんだ」
「怖いね……」
「だが、考えたな。その作用をうまく使えば、本人が無自覚のまま、記憶を繕うことも可能かもしれない」
「宝条に創られたクローンTが、ミッドガルに居るのか……」
 クラウドは、なんとなく胸騒ぎのようなものを覚えた。しかし、それが何故なのかはわからない。
「もう、いいじゃねえか! そんなわけのわからねえもんより、ジェノバだぜ、ジェノバ!」
 正論をぶち上げて、バレットはあたりかまわずがさがさと探し回った。あまり乱暴に扱ったので、数冊の本がどさどさ崩れ落ちる。
「あ〜あ、バレット、本は大切にしなきゃあ……」
 エアリスが、落下した青い背表紙の本を拾おうと腰をかがめて手を伸ばした瞬間、その指先で白い火花が散った。
「キャ!」
 悲鳴を上げてうずくまる。
「エアリス!」
 とっさにクラウドが駆け寄った。エアリスは、震える声で呟く。
「……ジェ……ノ……バ……」
 エアリスの怯えた様子は、ただ事ではなかった。クラウドは、その青背のハードカバーを凝視する。
「こいつがどうかしたのか?」
 本をたたき落とした張本人のバレットが、怪訝な顔でひょいと手を伸ばした。
「あ! ダメ!」
 エアリスが制止するより早く、バレットはその本を拾い上げていた。
「べつに、なんともないぜ」
「そんな……」
 エアリスは、信じられないといった表情でバレットを見る。それに手を伸ばしただけで、空間がスパークするほどの、相反するエネルギーを感じたのだ。確かにそこには、ジェノバの意識が作用していた……。
 バレットは、問題の本を机の上に乗せた。一同が、固唾を呑んでそれを見守る。
「オ、オレが開くのか?」
 さすがに緊張して、バレットは一同を見回した。
「遠慮しないでやってよ」
 ユフィに促されて、ページをめくり始めた。
 しかし。
「なんだぁ? こりゃぁ?」
 その本には、何も記されていなかった。文字ひとつ、絵一枚も描かれていない、白いページが連なるばかりのしろものだった。
「また、炙り出しかな?」
 ユフィが、冗談めかして言う。
「じゃ、おまえ、これ全部あぶってみろよ」
 優に千頁は越えるかという分厚い本を目の前にして、ユフィはうんざりした。
「ごめん。かんべんして」
 エアリスのリアクションから期待が高まっていただけに、一気に緊張感が消失した感じだった。
 クラウドが、その本をのぞき込む。なるほど、真っ白なページが開かれていた。
「じゃあ、なんだって、こんなもんが後生大事にしまわれてんだ?」
 言いながら、本に手を伸ばす。
 白いページに指先が触れた刹那……。
 クラウドの全身を、雷に打たれたような衝撃が走った。
 ものすごい大容量の情報が、瞬時に脳内になだれ込んで来る。
 クラウドは、「あっ!」と言ったきり、硬直して立ちすくんだ。
「クラウド!」
 エアリスが叫んだ。ひらりと書斎机の上に飛び上がり、持っていたプリズム・ロッドを本の上に突き立てる。
 まばゆい光がスパークして、クラウドが、倒れた。
「いったい、どうしたの!?」
 泣きそうな声でティファが叫んで、倒れたクラウドを抱き起こす。
「わ……なだ……。これ……が……ジェノバの……」
 クラウドは苦し気に呟いて、がっくりと意識を失った。
「クラウド! クラウドっ!!」
 ティファの声が、ヒステリックに響く。
 白いページの本に突き立てられた青色のロッドが、薄暗い室内灯に照らされ、鈍い光を放っていた。

 

 

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