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星とさだめと魔とカナン

Action-9

 

 フィロスを追って巨大な遊興施設であるゴールドソーサー着いた一行は、その絢爛豪華な雰囲気に、思わず童心に帰ってしまいそうになった。
 わくわくしながら各スクェアを探索していると、園長と名乗るディオという男に出会った。話を聞くと、セフィロスらしい男が、黒マテリアを探してここに来たというのである。
 黒マテリア……。
 それが何であるのかすら、今のクラウドたちにはわからなかった。
 結局、どこに行っても一足違いでセフィロスに会うことは出来なかった。
 収穫といえば、関西弁を喋る珍妙な猫型占いロボット、ケット・シーに出会い、行動を共にすることになったことと、園長ディオの厚意でバギーを手に入れたことくらいだった。
 彼らは、セフィロスが残した黒マテリアというキーワードを求めて、進路を南へとった。
 ゴンガガ村付近の、メルトダウン魔晄炉へ向かう途中のジャングルにさしかかったときのことだった。
「……誰かいる」
 クラウドが気配を察して身を隠した。
 タークスの赤毛の男レノとスキンヘッドの巨漢ルードである。聞き耳をたてると、ティファとか、古代種とか言っているが、結局、女性の好みの話らしい。
 そこへ、新人のイリーナが駆けてきた。
「先輩! 来ました。ホントに、来ました」
 ホントに?
 クラウドが、疑問に思う間もなく、レノとルードに発見され、戦闘に突入した。
 ルードが炎の魔法を操り、レノはタークス光線を放つ。魔法が矢継ぎ早に飛び交い、めまぐるしく攻撃と回復を繰り返したあと、クラウドのリミット技が勝負を決めた。
 逃げ足の早いレノが、さっさと戦線を離脱する。
「どうして、わかったのかな? わたしたち、ここに来ること」
 エアリスが、前屈みになって埃を払いながら、不思議そうに言った。クラウドは考え込む。
「尾行されたか……? いや、そんな気配はなかった。ということは……」
 ユフィが、言いにくいことをはっきり言う。
「仲間んなかに、スパイでもいるんじゃないの〜?」
「そんなこと、考えたくもない……」
 クラウドは、天を仰ぐ。
「俺はみんなを信じるよ」
 その先には、メルトダウンの傷跡も生々しい、壊れて廃棄された魔晄炉があった。
 クラウドは、その独特な雰囲気の漂う廃虚に何かひっかかるものを感じた。
 この魔晄炉は……。
 唐突な頭痛に襲われて、クラウドは頭を押さえた。
『時は満ちた……。目覚めの号砲が鳴ったのだ』
 目覚めの号砲……。頭痛の中で、錯綜する記憶の片鱗が見えたような気がした。
 と、そこにヘリのローター音が近づいてきた。神羅の兵器開発部長、スカーレットが降りてくる。後ろにツォンを従え、悠然と歩いて来た。
 クラウドは痛む頭をかかえ、余計なもめ事をさけようと物陰に身を潜めた。
 スカーレットは、魔晄炉の中をのぞき込み舌打ちをする。
「ここもダメね。タークスの情報網も落ちたものだわ。私が探してるのは、ビッグでラージでヒュージなマテリアなの」
 ツォンに向き直る。
「あなた、知らないかしら?」
「は。……存じません。さっそく、調査します」
 ツォンは、控えめな態度を崩さず、頭を下げる。
「おねがいね。それがあれば、究極の兵器が造れそうなのよ」
「それは楽しみですね」
「宝条がいなくなったお陰で、私の兵器開発部に予算がまわってくるのよ」
「うらやましいかぎりです」
「でもね、せっかく完璧な兵器をつくっても、あのハイデッカーに使いこなせるかしら。かつての名将も、もう若くはないということね」
 ツォンは答えなかった。軽々に同意はできない立場だ。スカーレットは、声を張り上げて笑った。
「あら、ごめんなさい! ハイデッカーはあなたの上司だったわね!」
 笑いながら、スカーレットはツォンを従え、再びヘリへ戻っていった。
「ビッグでラージでヒュージなマテリア? 究極の兵器?」
 クラウドは、スカーレットの言葉に不吉なものを感じた。神羅カンパニーは、今度は何をはじめようというのか。
 ゴンガガ村で、ひと休みして、一行はコスモキャニオンを目指す。
 そこは、星命学を求める人々が世界中から集まるといわれる、自然主義者たちの美しい谷、レッドXIIIの故郷だった。
 レッドXIIIは、故郷に帰り着くやいなや、長老ブーゲンハーゲンの元へ駆けて行った。
 それを追い、ブーゲンハーゲンの天文台に登って行くと、そこでは長老とレッドXIIIが再会を喜んでいた。
 クラウドに挨拶した長老は、彼らがミッドガルから来たと聞くと哀れむような口調で語りだした。
「天に届け、星をもつかめとばかりにつくられた魔晄都市。あれは、ワシには巨大な墓標に見える。墓碑銘まで刻んであるじゃろうが……神羅、とな……。この星が死ぬようなときになって、やっと気づくのじゃ。自分が何も知らないということに」
「……星が死ぬ?」
 クラウドは、ブーゲンハーゲンを見つめた。その、深く皺が刻まれた表情は穏やかで英知に富んでいた。長老と呼ぶにふさわしい風格を備えていた。
「明日か、100年後か……。それほど遠くはない。この星は死ぬ運命にある」
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
「星の悲鳴が聞こえるのじゃ」
「星の、悲鳴だって……?」
 クラウドは不思議な感覚を覚えた。ときどき、頭痛とともに感じる妙な既視感とは別の、心の琴線に触れるような感じだ。
「ほう。おまえさんは、不思議な星回りの元に生まれたようじゃ。対極を成す、光と影、白と黒、生と死……」
「そんなことを言われたのは、初めてだ」
「まあ、そのうちわかるわい」
「じいさま」
 レッドXIIIは、ブーゲンハーゲンに、これまでの経緯を簡単に説明した。
「……で、クラウドたちは、セフィロスを追い、星の命を救うために旅をしている」
「星を救う! そんなことは不可能じゃ。人間なんぞに何ができる」
 確かにその通りかもしれないと、クラウドは思った。ちっぽけな人間に、いったい何が出来るのか。星の命を救うなど、尊大な驕り高ぶった狂人の妄想なのかもしれない。
 星を支配し、神になるとうそぶいたセフィロスと、大差ないのかもしれない。それを、正義という名のもとに正当化しようとしているだけなのかもしれない。
 ブーゲンに勧められ、彼らは天文台に登った。
 この星を取り巻く星系の模式図が立体的に再現されている天文台では、星々が宝石をちりばめたように輝いていた。
「きれい……。ホントの宇宙って、こんななのかな?」
 ユフィが感動して目を見張った。
「宇宙の仕組みが全て、この立体ホログラフィックシステムにインプットされておる」
 流れ星が長く尾を引いて天空を横切り、小惑星がブラックホールに吸い込まれる。迫力のあるショーが、眼前で展開された。
「人間は、いや、全ての生物は死にゆく運命にある。そして、朽ち果て、星に還る。これは知っているな?」
 皆は一様にうなずいた。
「では、意識、心、精神はどうじゃ? 実は、精神も同じく星に還るのじゃ。宇宙に生きるものすべてに意識があり、エネルギー循環のシステムの一翼を担っている。そして、星に還った精神はまざりあい、星を駆けめぐる。それは、ライフストリームと呼ばれるうねりじゃ。ライフストリーム……。すなわち、星を巡る精神的なエネルギーの道じゃな」
「精神エネルギー……」
「そうじゃ。この世に生まれいずる新しい命、子供たちは、精神エネルギーの祝福を受けて生まれてくる。ごくまれに、そうした祝福を受けずに生まれてしまう生命もあるようじゃが」
「それって、もしかして……」
 エアリスが、言いかけて口をつぐんだ。
「ともあれ、生命は、時が来ると死に、また星へ還る。今言ったような例外もあるが、それがこの世界の仕組みじゃ。星が星であるために、精神エネルギーは必要不可欠なものなのじゃ。ではその精神エネルギーがなくなったらどうなる?」
 クラウドは、茫然と呟いた。
「星が、死ぬ……?」
「そうじゃ。それが星命学の基本じゃな」
「精神エネルギーが失われると星が滅びるってことか?」
 ブーゲンハーゲンは、重々しくうなずいた。
「精神エネルギーは、自然の流れの中でこそ、その役割を果たすのじゃ。むりやり吸い上げられ、加工されたのでは、本来の役割を果たさん」
「魔晄エネルギーのことを言ってるのか?」
「魔晄炉に吸い上げられ、ずんずん減っていく精神エネルギー。魔晄炉によって過度に凝縮される精神エネルギー。魔晄エネルギーなどと名づけられ、使い捨てられているのは、全て星の命じゃ。魔晄エネルギーは、この星を滅ぼす悪魔の光なのじゃ」
 ブーゲンハーゲンは、クラウドの青く輝く魔晄の瞳を睨み据えた。
「青き瞳持つ者、災いの使者となり、萌ゆる大地を灼き払わん……」
「それは!?」
 ブーゲンハーゲンは、ひとつ咳払いをした。
「なに、昔からの言い伝えじゃよ。その昔、古代種たちが全ての力を結集して封じ込めた宇宙からの厄災。その厄災の瞳は、そう、おまえさんのように青く輝いていたそうじゃ」
「宇宙からの厄災……?」
「星とともに生きた者の話。この星を襲った厄災のこと……。もっと知りたいかの? それなら、長老たちの話を聞くとよかろう」
 ブーゲンハーゲンは、そう言って、長老たちの居る場所を教えて奥に引き込んだ。
「青き瞳持つ者、災いの使者となり、萌ゆる大地を灼き払わん……」
 クラウドは、低い声で繰り返す。エアリスは、とまどったような視線をゆらゆらと揺らした。
「まるで、セフィロスのことだよね」
 ユフィが、皆の考えを代弁した。
「だけど、ソルジャーの瞳って、魔晄を浴びたから青くなるんでしょ?」
 エアリスは、怯えたように、小さくかぶりを振った。
「あのひと、わたし、覚えてるかぎり、昔から、青い瞳だった……」
「え? マジ? それって、彼、いくつくらい?」
「12歳……」
「そして、マテリアなしで魔法が使えたのか……。それは、ジェノバから継承された力なのか?」
「ねえ、ジェノバは、ほんとうに古代種なのかな? わたし、わからなくなってきた。古代種ってなに? いったい、どういう種族なの?」
 エアリスの疑問は、もっともだった。
「とにかく、長老に会おう」
 クラウドが皆を促し、長老がいるという、パブ・スターレットに向かった。
 そこに居た長老ブーガに、古代種のことを訊ねた。
「古代種といえばガスト博士じゃ。時々、ここにも来ておった。博士は、古代種の謎を追い続けた神羅の学者じゃったが、神羅に毒されておらん生真面目な男じゃった。かれこれ30年近く前になるが、ついに古代種の死体を見つけたと喜んでおったな。たしか、ジェノバとかいう名前をつけて、いろいろ研究しておったのじゃが……ある日、疲れ切った顔をしてここに現れた。ブツブツ言うには、なんでもジェノバは古代種じゃなかったとか。とんでもないことをしてしまったとか……」
「ジェノバ、古代種じゃなかったの?」
 エアリスが、悲鳴のような声を上げた。
「なんじゃ? おまえさんらは、ジェノバを知っておるのか?」
「わたし、ガスト博士の娘のエアリスです。父は、わたし、生まれてすぐ死んじゃったの。でも、そんな、ジェノバが古代種じゃないなんて……」
「ガスト博士の……? 亡くなった?」
「とんでもないことって、まさか……」
 エアリスは、あまりの衝撃に立っていられないほどだった。ふらふらと側の椅子に座り込む。テーブルに肘をついて頭を抱えた。クラウドは、そんなエアリスを黙って見つめる。ショックなのはクラウドも同じだった。その、あまりのリアクションの激しさに、長老ブーガのほうが慌てた。
「いったい、おまえさんらは何を知っておるのじゃ?」
 エアリスは、頭を抱えたまま苦しげに呟く。
「ああ……。父さん……。父さんは何をしてしまったの?」
 クラウドたちは、割り切れない思いを抱えたままパブ・スターレットを出て、広場で皆が集うコスモキャンドルの炎の輪に加わった。
 長老から得た情報を、交換する。
「それって、セトラは、エアリスひとりになっちゃったってこと?」
 ティファが、確認するように訊く。
「うん」
 エアリスは、もういつもの表情に戻っていた。なんでもないことのように、あっさりとうなずく。
「……だけど、あのひとは、もっともっと、独りぼっちなのかもしれない……」
 消え入るような声で呟いて、満天の星空を見上げた。


 ニブル山は、寒々とした空気に閉ざされていた。肌に突き刺さるほどに冷たい夜気に覆われた空は、抜けるように透き通り、こぼれ落ちんばかりの星々が輝いている。
 満天の星という形容はこういう星空をいうのだ、と改めて思い知るような、圧倒的な、新月の、星降る夜だった。
 奇妙な形のとがった山肌を登った、洞穴へ続く崖の上に、ひとりの男が腰を下ろして星空を見上げていた。
 冷たく乾いた風が男の頬をなぶり、長い白銀の髪をさらってたなびかせる。
 はるか南を眺望すると、コスモキャニオンの明かりが見えた。その明かりは、生あるものの命の源のように輝いていた。
 寒々としたこの山とは対照的だった。
 男は、数え切れない人数の血を吸った凶刀を左手に持ち、それを眼前に掲げた。
 鋭利な反りの浅い長刀が、男の魔晄の瞳を映し出す。
 その白刃が、きらりと宙を一閃した。
 背後から忍び寄る緑色の鱗を持ったドラゴンが、一刀のもとに斬り崩される。
 巨体が倒れる震動が、地面を揺らした。
 男は、刀を左右に振り、無表情のままコスモキャニオンの明かりに視線を戻した。
 闇に吸い込まれてしまいそうなほどの静謐が、男を包み込んでいた。


 クラウドたちは、約束の地について詳しいという長老ハーゴの部屋に向かった。
「約束の地というのは、はっきり言って存在しない。ワシはそう考えておる」
 だしぬけに、ハーゴはそう言い切った。
「ようするにワシらには存在しないが、古代種にとっては存在したということじゃ」
「古代種にとっては?」
 エアリスは、首をかしげる。
「約束の地とは古代種の死に場所ではなかったか、とワシは思っておる」
 死に場所と聞いて、エアリスは胸の奥がざわつくのを感じた。約束の地と死が結びついた瞬間、妙に落ち着かない気分になった。
 長老は続けた。
「古代種の人生はきびしい旅の日々じゃ。草や木、動物、あらゆる生き物を増やして精神エネルギーを育てる旅。彼らのつらい旅は生きているあいだずっと続いたという……その旅を終え、星に還る場所……つまり死に場所が約束の地なのじゃ」
 クラウドは、いささか納得しかねる表情だ。
「約束の地には至上の幸福があると聞いた。神羅もそれを無尽蔵な魔晄エネルギーだと決めつけて、ネオ・ミッドガル計画なんてものをブチ上げたんだ。約束の地とは、本当にそれだけのものなのか?」
 長老は、しわがれた声で笑う。
「至上の幸福? 古代種にとっては、星に還る瞬間、運命から解き放たれる瞬間こそが、至上の幸福ではなかったか、とワシは考えておるんじゃ。勿論、今となっては、真実はわからんがの」
「古代種が星に還る場所には、精神エネルギーが溢れているってわけか?」
 バレットが、珍しく頭を使って発言する。確かに、そんな解釈も可能だ。
 クラウドはエアリスを見た。いつか、彼女は言った。自分もその場所に行けばわかる、と。それは死に場所のことなのか?
「どう思う? エアリス……」
 答えに窮して、エアリスは視線をさまよわせた。ただ、その考えがどうにもしっくりこない、そんな気がして落ち着かなかった。

 谷の中央で燃えるコスモキャンドルの所に全員が戻ったところで、ブーゲンハーゲンが、思い出したように切り出した。
「実は、気になっていたことがもうひとつあるんじゃ。古代種セトラと、ガスト博士の言っていたジェノバ、そしてセフィロス。……セフィロスとは、ガスト博士の息子ではなかったかの?」
 一同は、驚いてブーゲンハーゲンの顔を見る。
「初耳だ。ヤツは、父親のことは一言も……」
 クラウドが考え込んだ。
「いや、昔のことだが、不思議な青い瞳をした……。セフィと呼ばれていた少年が、ガスト博士とここを訪れたことがあったんじゃ。あのときの少年は、まだ3つか4つだった。無邪気にナナキと遊んでおったが……」
「えっ!? セフィロスと遊んだ!?」
 レッドXIIIが驚いて思わず飛びすさる。
「おまえもまだ、子供じゃったからな」
「あの聡明な少年が成長し、ジェノバの復活などともくろんでいるとは……。ワシにはどうも腑に落ちんのじゃ」
「しかし、セフィロスは、俺の故郷を、罪もない人々を炎で焼き払った……!」
「ふむ……。そこも解せん。英雄とまで呼ばれた超人的な力をもった男が、なぜ自分の得にもならぬ田舎の村を焼かねばならんのじゃろう?」
 クラウドは唸った。
「確かにセフィロスは、俺の知る限り、あのときまでは非戦闘員に危害を加えることはなかった。たとえそれがどんな状況でも」
 それまで無関係を装っていたユフィが、おずおずと口を開く。
「あ、あのね。アタシもずっと変だと思ってたんだ。だってさ、アタシ、10歳の頃、助けられたことあるんだ。セフィロスに」
「えっ?」
 一同の視線がユフィに集まる。
「アタシの故郷は何度も戦場になって、もう、ボロボロだったんだけど、そこに追い打ちをかけるように強いソルジャーが投入されて……。だけど、アイツ、敵だったのに、アタシのこと炎の中から助けてくれたんだ」
「どうして、それ、黙ってたの?」
 ティファは、責めるような表情だ。
「だって、すっかりセフィロスって、悪役じゃん。言い出せないよ、普通」


 それは、激烈を極める戦争の末期だった。何度も侵略を受け、奪還を繰り返してきたウータイは、国力も民衆もすっかり疲弊しきっていた。
 神羅のソルジャー投入により、戦局は一気に神羅有利に展開し、ウータイの抵抗組織は篭城作戦を余儀なくされた。そして、篭城した砦も一角が崩壊、敵に奥まで攻め入られたのを機に、自ら火を放って総員玉砕を覚悟した。
 その炎の中からユフィを助け出したのが、セフィロスである。
 男は、川縁に少女を横たえ、やけどを治療した。
「おまえ、女の子だろ? 無謀だぞ」
 うっすらと目を開けた少女に、男はぶっきらぼうに言う。
「おしとやかにしろ、なんて、親父みたいなこと、言うなよな」
 存外、鼻っ柱の強い物言いに、男は安心したように笑った。
「言わないさ。俺は、強い女が好きだ」
「えっ?」
 一瞬、ユフィは目を点にする。この敵の英雄が、自分にそんなことを言うとは思っていなかった。
 英雄セフィロスは敵の象徴だから、見つけ次第殺せと仲間が盛り上がっていたのを知っていたし、戦場に翻る白銀の髪が、まるで伝説の妖狐が持つ、あやかしの尾のように見えて怖かったからだ。
「おかしいか? 心の強い、絶対に自分に負けない女性ってことさ」
 ユフィは、手当してもらった手足を曲げたり伸ばしたりして様子を見ながら、あけすけに聞く。
「英雄さんでも恋するんだ?」
「よせよ、その、英雄さんていうのは」
「なんで?」
 男は、遠い目をして砦が崩れる様子を見やる。
「……人間でいたいから、かな」
「へえ。けっこう複雑なんだぁ。こりゃ、彼女も強くなきゃ務まらないか」
「生意気言ってな、ガキ」
 男の、意外に悪戯っぽい言葉遣いに警戒心を解き、ユフィは興味津々で身を乗り出す。
「ねえねえ、それってどんな人? 美人?」
「こういうケガなら、風で包んで治せる」
「風で? へえぇ……すごいかも」
 ユフィは、味方の砦が落ちる様を、敵の象徴と並んで世間話をしながら見つめた。
 これで戦は終わり、ひとまずは休息の日々が来ると思うと悲しくなかった。
 物心ついたころから戦火の中で硝煙をかいくぐって生きてきた少女には、夜中にあわてて飛び起きなくてもいい、あたりまえの平和が嬉しいのだ。
「アタシもね、もっともっと強くなって、いつか惚れた男を護ってやるんだ」
 ユフィは、無邪気に言い放つ。
「頼もしいな」
「ちょっとバカにしてない?」
「してないさ。護るっていうのは、力が全てじゃない」
「う……ん? そうなの?」
「そういう意味では、俺も、あいつに護られてると思う」
 ユフィはなんだかよくわからなかったが、そのときの男の表情に、ひどく感動したのだ。自分もいつか恋人に、こんな顔をさせられたらいい、そんなふうに無条件に思いこんでしまうような、豊かな笑顔だった。
 遠くの方から、ユフィを捜す声が近づいて来た。
「げ。親父だ」
「じゃあな。強くて、いい女になれ」
 そう言って、男はふわりと立ち上がる。流れるような身のこなしに、ユフィは思わず見とれた。
 去っていく男の後ろ姿に、大声で叫ぶ。
「ありがと! あんたのこと、忘れない!!」
 男は、立ち止まり、肩越しに振り返って微笑んだ。
 柔らかく、暖かい笑顔だった。


「……エアリスに会って、強い人だなあって思った。戦場に平気でピンクのスカートはいて出ちゃうくらいトンでるし、いつも、どんなことがあっても、まっすぐ前みてるし。あのとき、セフィロスが言ってたのは、こういう人なんだろうな、って思ってた」
「ユフィ……」
「だからさ、母親が搾取された古代種の末裔だってカンちがいして、あのセフィロスがブチ切れちゃうなんて、おおボケって気がしてた。……だって、同じ古代種ってキーワードなら、エアリスだってそうじゃん」
 ユフィは、ぶんぶんと手を振り回した。
「人間でいたいから、英雄って呼ぶなとか言っちゃうヤツが、どうして、そんなかたちで人間であることを捨てたりできるんだろ? アタシ、頭悪いから、わかんないよ!」
「いや、待ってくれ。おまえ賢いぞユフィ」
 クラウドが、立ち上がった。
「へ?」
「ガスト博士は、ジェノバは、古代種じゃなかったと言い残して行方不明になった。ジェノバは古代種じゃない……。じゃあ、何だ?」
 一同は、顔を見合わせる。
「セフィロスの母親は、いったい、何だったんだ?」
 皆が口をつぐみ、辺りは沈黙に包まれた。誰もが胸騒ぎを覚えていた。不吉な思いを口にできずにいた。
 エアリスは、青ざめた。ずっと恐れていたものが、現実になって目の前に突きつけられたような感じだった。5年前、彼がニブルヘイムに発つことを知ったとき、彼女は古代種の意識に触れた。彼をジェノバに会わせてはならない。ジェノバは、この星に降りかかった、最大の……。
「もったいぶってたって、真実は変わらないんじゃないの?」
 冷たいくらい冷静なユフィの言葉が、沈黙を破った。
「さっき、じーさんが言ってたじゃん。宇宙からの厄災って」
 エアリスが、顔を上げてユフィを見た。
「やっぱり、そう思う?」
「だって、エアリスが古代種なら、ジェノバって絶対、同じモノじゃないよ。そんなの、誰にだってわかる」
「ジェノバ、2000年前の地層から、仮死状態で発見されたのよね?」
「ああ」
 クラウドがうなずく。
「2000年前、この星を襲った宇宙からの厄災……。ジェノバ・プロジェクト……」
 エアリスは、詠うように言って目を閉じた。すうっと顔を上げる。その、閉じられた目尻から、一筋の涙が伝った。
「そっか……。だから、わたしじゃなきゃ、ダメなんだ……。セトラにしか、ジェノバは封印できない。あのひと、止めることできるのは、わたしだけ……」
 そして、そっと目を開けた。その瞳にもはや迷いはない。驚くほどの、強固な意志の輝きを放っていた。
「エアリス……」
 クラウドは、そんな彼女に圧倒された。強いな、と思った。自分のほうが、導き出された恐るべき答えに、愕然としたまま立ち直れなかった。
「人生、いろいろあら〜な」
 わかっているのかいないのか、そんなクラウドの背中をどついて、ユフィが元気づけた。
「この、かわいくて強いユフィちゃんがついてるって」
 ニッと笑って、ピースサインをする。
 何だか、毒気を抜かれたような気がして、クラウドはあいまいに微笑んだ。

 

 

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