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灼熱の太陽への懺悔

Action-6

 

 は、照りつける太陽と潮風に包まれた常夏のリゾート地、コスタ・デル・ソルに着いた。
 ここでもまた、黒いコートの男がゴールドソーサーに向かったという情報があった。
「やっぱり、追って来いって言ってるみたい」
 エアリスが、はるか水平線を眺望する。青い海がキラキラ輝いていた。
「オレたちに? マジかよ?」
 バレットがおおげさに身を引く。
「いや、俺もそう思う」
 クラウドが、エアリスを見た。
 バレットは難しい顔をする。
「おいおい、わかるように説明してくれって」
「あのね、不思議じゃなかった? あの時……。神羅ビルで、全員、捕まっちゃったのに、簡単に脱出できたのは、ジェノバが逃げ出して、プレジデントが殺されたからでしょ?」
「ああ、そういえば……」
「もしかしたら、それって、偶然じゃなかったのかもって」
「偶然じゃない?」
「うん」
「やめてくれよ、おい」
 バレットが、右腕の銃をぶんぶん振り回した。
「オレたちに用があるなんて言うなよな。クラウドには何か言ってたがよ」
 エアリスは、抜けるような青空を見上げる。
「助けに来てくれた……なんてこと、ないよね……?」
 その、思いもよらないエアリスの言葉に、一同が仰天した。
「セフィロスが? なんで?」
 ティファが、目をしばたたく。
 なんで? というよりは……。
 誰を?
 クラウドは、思い出した。
 そういえば……。あのとき、六番街の公園で、エアリスは何と言っていたか……?
 戦争終結前、輸送機が墜落して積み荷のマテリアが暴走する事故が起こり、それをくい止めたソルジャーがいた、と。
 マテリアの暴走……。想像を絶するパワーだ。マバリアを張ったのだろうか? それでも、パワーを全て抑えることは出来ない。
 エネルギーの暴走を抑えるには、冷気による封印が必要だ。いくつもの魔法を組み合わせて、はじめてそれは可能になる。簡単なことではないだろう。
 もしかしたら……。
 クラウドは、カームの町以来エアリスの様子がおかしいのは、古代種の生き残りである自分とジェノバの存在の間に割り切れないものを感じているからだと思っていた。多分、ほかの皆もそう思い、彼女を気遣ってきたのだろう。
 でも、もしかしたら、エアリスが思い詰めているのはそんなことではないのかもしれない。
 それに、運搬船の中でセフィロスと遭遇したときの様子も、おかしかった。
「エアリス、君の言ってたソルジャーって……」
 エアリスは、ハッとしてクラウドを見た。その瞳に激しい動揺が浮かんでいるのを見て、クラウドは全てを察知する。
 なんてことだ……。
 クラウドは、眉をしかめて唇を噛んだ。
「なに? どうしたの? 2人とも……」
 ティファが、ただごとならない様子のクラウドとエアリスを見比べる。エアリスが、ティファを見て少し寂しく微笑んだ。
「だいじょぶだから。心配かけてごめんね」
 クラウドは、そんなエアリスをそっと見つめた。あまりのことに、問いただす言葉さえ出てこなかった。
「ごめん、クラウド……」
 エアリスが、クラウドを振り返る。
 何だか煮詰まっている様子の仲間たちを横目で見て、ユフィがのびのびと空を仰いだ。
「気持ちいい。アタシ、泳いじゃお」
 ぴょんと飛んで、ビーチに向かって一散に駆けて行く。
 エアリスは、そんなユフィの無邪気な様子に、救いがあるような気がした。


 それは、戦争終結間近のことだった。
 ミッドガルの五番街スラムに残る委棄された教会、その近くの荒野に輸送機が落ち、マテリアが暴走する事故が起こった。
 急激に空から近づいたジェット音にハッとして、エアリスは花を手入れする手を休めた。
 不吉な予感を感じて、教会の外に走り出る。
 黒い大きな輸送機が超低空でプレートの上を横切った。プレート断面からかいま見えるその姿は、恐ろしいほどの大きさだった。スラム外辺部に、向かって高度を下げてくる。
 エアリスは、反射的に身を伏せた。
 すさまじい轟音とともに、輸送機が地面に不時着する。とても立っていられないほどの衝撃が、大地を震わせた。
 輸送機の黒い巨体に光る亀裂が走り、機体を中心に光の球が膨れ上がる。
 強烈なエネルギーの暴走だった。
 瞬間、エアリスは覚悟を決めた。この至近距離では助からないと思った。
 ところが。
「おまえたちは逃げろ!」
 轟音の中、不思議なくらいクリアによくとおる声が響いた。数人の兵士が、機体から放射状に散ってゆく。
 カッ! と虹色の閃光がひらめき、膨張する光の球を八角形の結界が取り囲んだ。
 結界の中で、すさまじい爆発が連続して起こった。結界の表面から、抑えきれないエネルギーが、太陽のフレアのように炎の舌を伸ばす。
 それは、驚くべき光景だった。エアリスは、逃げるのも忘れてその様子に見入った。
 凍てついた氷の風が、結界の回りを取り巻いた。
 再び、虹色の閃光が走る。
 氷の風を閉じこめ、エネルギー体をさらに外側から囲い閉じる。
 誰かが、暴走するエネルギーを抑えようとしているのだと、気づいた。
 それは、長い白銀の髪をなびかせた、ひとりのソルジャーだった。
 彼が魔法を唱えて腕を振り上げるたび、髪が重力に逆らって舞い上がる。
 エアリスは、その美しい身のこなしに目を奪われた。
 やがて、何かが氷結するような鋭い音をたてて、結界に閉じられた光の球は消失した。
 致命的な危険は、回避されたのだ。
 ソルジャーは、左手でこめかみを押さえ、うつむいてかぶりを振った。ふらりと、教会のほうへ歩いて来る。
 エアリスは、そのソルジャーから目が離せなかった。
 ソルジャーは、教会の壁にもたれかかって荒い息をついた。憔悴しきっている様子だった。
 エアリスは、少しためらって、意を決した。
「あの……。だいじょぶ?」
 男の傍らに駆け寄って、その顔を見上げる。驚くほどに整った顔をした青年だった。その額を、鮮血が染めている。
「平気だ。家の中に入っていろ」
 血の気の失せた顔で、男は言う。
「でも、ぜんぜん、だいじょぶじゃ、なさそう」
 ふわりと、エアリスは、男の額に掌をかざした。
 頭が割れるような激痛が緩和され、男は驚いた目でエアリスを見おろす。
「こっち、来て。ちゃんと手当しないと、死んじゃうかも」
 エアリスは、男の右側に移り、その腕を取って自分の華奢な肩に回した。
「独りで歩ける」
 男の言葉を無視して、エアリスはその体重を支えようと必死にがんばる。
「わたし、こう見えても、けっこう、力もちなの」
 だからといって、簡単に支えられるものではない。よろめきながら、2人は教会の中に入った。絡まったまま、もつれるように倒れ込む。
 エアリスのピンクのスカートの裾が、ひらりとはだけた。
「待ってて。今、お水、持ってくるから」
 スカートの裾を押さえて、エアリスは、焦って立ち上がろうとする。
 その腕を、男は素早くつかまえた。
「いい。それより、少しだけ、側にいてくれないか……」
 エアリスは、不思議な感じがした。ひどく懐かしいような、暖かいような、ずっと探していた子供の頃の宝物を見つけだしたような、そんな感じだ。
「いいわ」
 ふわりと、男の傍らに腰を下ろす。男は、そんな花の香りの少女をいとおしむように見つめた。
 左の肩口から、激しく出血していた。
「あ……」
 エアリスは、妙な既視感に襲われた。
 いつか、どこかで、こんなふうに……。
 白銀の髪と、青い魔晄の瞳、赤い鮮血……。
 エアリスが、じっと、男の青い瞳を見つめ返したとき、男はふっと目を閉じ、その場に倒れ込んだ。
 エアリスは、驚いた。あわてて、その体を抱き起こす。腕が、不安で震えた。
 もしかしたら、外見からは予測できないくらいのダメージを受けているのかもしれない。輸送機の墜落、暴走したエネルギーの中和。精神的にも、肉体的にもギリギリだったにちがいなかった。
 なんとかしなければ……。エアリスは、そうっと胸の前で指を組んだ。
 一心に祈り始める。
 これは、いつでもどこでも使えるわけではなかった。でも、この場所なら、祈りは届くかもしれない。
 傷つき倒れたソルジャーを救うため、エアリスは精神を集中させ、祈り続ける。
 心が、大いなる意志とシンクロし、全身に強い気が集まるのを感じた。エアリスの胸元で、白く輝く光球が膨らみ、彼女を取り囲むように、光の風が吹き抜ける。
 うつむいた少女と横たわる男をやわらかく押し包むように、癒しの風が渦を巻いた。
 その風の中で、男は不思議な安心感を覚えていた。暖かな、知る筈のない、母の懐に抱かれているような、そんな感覚である。
 急に体が軽くなり、傷の痛みが引いていった。
 男は、エアリスの腕の中で目を開いた。青く輝く魔晄の瞳が、少女を見上げる。
 エアリスは、目顔で優しくうなずいた。
 男は、起きあがろうと体に力を入れる。
「あ、待って、もう少し。わたし、治せるから……」
 エアリスが目を閉じると、再び、やわらかな癒しの風が2人を押し包んだ。
 風が消失すると、男は、静かに体を起こした。
「すまない。迷惑をかけたな」
 エアリスは、微笑んでかぶりを振る。
「ううん、ぜんぜん。それより、体、だいじょぶ?」
「ああ」
 外の通りを、何台もの車が走る音がした。事故の通報を受けて、救助隊が来たのだろう。
 男は、その方向に視線をさまよわせ、再び傍らの少女を見た。
「名前を教えてくれないか。きっと礼をする」
「エアリスです。でも、そんな、お礼なんて」
「エアリス……?」
 男には、その名前に覚えがあった。そして、この、意志の強そうなエメラルドの瞳……。
「きみはもしかしたら、宝条のところにいた、エアリスか……?」
 宝条と聞いて、急に少女は警戒する。
 その、確かすぎる反応を見て、男は、嘆息して、かぶりを振った。
「信じてくれ。奴には、きみと会ったことは言わない」
「あなたは……いったい……?」
「……忘れているなら、そのほうがいい」
「わたし、あなたに会ったこと、あるの?」
 男は、ふっと微笑む。
「子供の頃に何度か」
「え……?」


 それは、孤島の研究所を脱出するときのことだった。
 エアリスの7回目の誕生日、凍てつくような冬の日だった。
 警備がとても厳重な島から、幼いエアリスを連れて母イファルナがそこから逃げ出すのは不可能だった。
 イファルナは、連日の検査の影響で身も心もボロボロの状態だったのだ。

 風に途切れながら、警報が島中に鳴り響いていた。
 わずか12歳だった少年の背中を必死で追って、エアリスは瓦礫の散乱する足場の悪い路地を走った。狂ったように吹き付ける雨と風が、身をすくませた。
 風の音が怖くて、波の音が怖くて、サイレンの音が怖くて、それでも歯を食いしばって走り続けた。
 警備兵が集まってきて、銃を構えた。ごつごつした機械兵も姿を現した。
 少年が、自分たちを庇って立ちふさがった。
 長い白銀の髪が、雨に濡れて細い体にまとわりついていた。
 背後には、荒れ狂う海がしぶきを上げていた。
 機械兵の後ろから、白衣に身を包んだ宝条が姿を現した。
「無駄なことだ。ここから逃げられるとでも思っているのか?」
 宝条が、すっと右手を挙げた。
 機械兵のガトリング砲が火を噴く。
 少年が振り返って、イファルナとエアリスの前にシールドを張った。
 その瞬間、少年の左肩が、バッと血しぶいた。ガクンと膝をつく。
「セフィ!」
 エアリスが悲鳴のように叫んだ。
 サーチライトが少年の姿を三方向から捉えた。
 少年は、奥歯を噛みしめると、パッと身を翻し、放列を作る警備兵のまっただ中へ白刃を閃かせて斬り込んでいった。
 エアリスは、母と抱き合いながら、茫然としてその光景を見ていた。
 長い刀が翻るたび、赤い血を吹き上げて兵たちが地にくずおれてゆく。
 まるで、赤子の手をひねるようにあっけなく、一刀のもとに人間を切り崩す様が、目に焼き付いた。
 恐ろしくて、声も出なかった。
 でも、目を閉じることは出来なかった。
 何故だか、自分だけは、目を背けてはいけないような気がした。
「こんな戦力で、俺を止められると思っているのか!? 宝条!」
 雨に乱れ、返り血に染まった銀の髪が、サーチライトを浴びて怪しく輝いていた。
「反抗期にしては、ずいぶんと、派手じゃないか」
 他人事のような感想を漏らす宝条は、再び機械兵に手を挙げて攻撃を命じた。
 少年は、左手を振り上げる。
 天が割れるかと思うほどの轟音が轟いた。
 闇にジグザグの光る亀裂が走り、機械兵に向かって、輝くエネルギーが落下する。
 機械兵たちは、びりびりと震えて、四散していった。
「魔法を操るとは……。驚いたものだな……」
 鬼神のごとき太刀さばきと、マテリアを持たなくても、魔法の力を自在に操れるわずか12歳の少年の強大な力が、その場にいた者たちの心を恐怖で支配した。
 勿論、エアリスも例外ではなかった。
 このとき、助けてもらったにもかかわらず、少女は、セフィロスの存在に恐怖した。その魔性の瞳が、飛び散る鮮血が、人間とも思えぬ美しさが、怖かった。
 怖くて、怖くて、怖くて……。切なくて、切なくて、切なくて……。
 心に焼き付いた映像とともに、固く封印していたのだ。

 エアリスは、驚いた目を見開いて、まばたきもせずに男を見つめた。
「……セフィ……?」
 男は浅くうなずく。
「ああ。久しぶりだな」
「え……あ、じゃあ、もしかしたら……英雄と呼ばれるソルジャーって、あなたのこと?」
 急に、あの日の恐怖が蘇った。緊張して全身をこわばらせ、半身を引く。
 セフィロスは、寂しく微笑んだ。
「俺は、君を怖がらせてばかりだな」
 エアリスは、あわてて否定する。
「ごめんなさい。そんなことないの。そんなんじゃ……」
 外でセフィロスを呼ぶ声がした。姿が見えないので、探しているのだろう。
 男は、すっと立ち上がった。少女に、視線を落とす。
「エアリス、迷惑じゃなかったら、もう一度会いたい」
 エアリスは、ためらうような表情で男を仰ぐ。
 男は、そっとひざまずいた。目線を同じ高さにして、優しい声で言う。
「何もしないから、怖がらないで、はっきり答えてくれ。嫌なら、それでいい」
 エアリスは、そんな男の気遣いに、ちょっとはにかんだような顔をする。
 子供の頃とは随分と違った、落ち着いた大人の雰囲気が、蘇った記憶にとまどう少女を安心させた。
「何もしない、なんて……。もう、そんなに子供じゃないわ」
 悪戯っぽく微笑むエアリスの表情を見て、セフィロスはうなずいた。敏捷な獣が体を伸ばすように、音もなく立ち上がる。
 エアリスの瞳が、まっすぐに長身のソルジャーを見上げた。
「またね、セフィ」
 そうして、2人は引き返せなくなったのだ。
 それが6年前、エアリスがまだ、16歳の頃のことである。

 

 

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