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震える目撃者

Action-2

 

 ォールマーケットからワイヤークライミングでプレートの上まで登ったクラウドたちは、ミッドガル中心街に要塞のようにそびえたつ神羅本社ビルに忍び込んだ。
 警備兵との衝突を可能なかぎり避け、足跡を残さぬように細心の注意を払って、66階までたどりつく。
 そこの会議室に重役たちが集まるのを見た彼らは、通気孔に潜り込んで会議の様子をうかがった。そこではプレジデントたちが、とんでもない悪巧みを繰り広げている最中だった。
 ネオ・ミッドガル計画の再開、それが会議の焦点だった。古代種が導くと言われる約束の地を魔晄溢れる豊かな土地と解釈する彼らは、そこに新たなミッドガルを建設しようというのである。
 科学部門統括責任者の白衣の男が現れた。この男こそが、現在、古代種の研究の第一人者である。
「おお、宝条くん。あの娘はどうかね」
 プレジデント神羅は、身を乗り出して白衣を身にまとった男、宝条の報告を待った。
 宝条は、神経質そうな目を細め、右手の中指でメガネをずり上げる。
「サンプルとしてはかつてのデータを上回る。母親イファルナとの比較では、初期段階で相違が0.0028%……」
「約束の地はどうなる? 計画に支障はでないのか?」
「心配無用。サンプルの遺伝的安定度の高さが、新たな可能性を生むでしょうな」
 宝条は、卑屈な笑い声を上げた。それは、科学という魔物にとりつかれた、狂気を孕んだ目だった。
 会議は終わり、重役たちは、三々五々とそれぞれの部署に引き上げて行く。
「いまのはエアリスの話……だよな」
 通気孔の中で、クラウドが呟いた。
「たぶんね。あとをつけましょう」
 3人は通気孔を逆戻りし、実験室に戻っていく宝条を追った。
「宝条……」
 クラウドが、その科学者の名前をしみじみと反芻する。
「知ってるのか?」
「いや。話には聞いたことがあるが実際に見るのは初めてだ。そうか……あいつが……」
 クラウドは、記憶を探った。
『偉大な科学者の仕事を引き継いだ、未熟でコンプレックスのかたまりのような男だ……』
 と、彼は言っていた。
 セフィロス……。
 何かにつけて、あの男の影がつきまとう。
 あの男のことを思い出すたび、全身が総毛立つほどの恐怖と怒りに襲われ、血が逆流して、眩暈がするようだった。
「上へ行くみたい」
 宝条の後をつけながら、ティファが言った。
 その声で、クラウドは現在の目的を思い出す。宝条のあとについて階段を登り、67階のサンプル室へ着いた。
 サンプルケースにおさまった、赤い毛並みの、不思議な光る尾を持った獣に宝条が話しかけている。クラウドたちは思わず物陰に隠れ、彼が立ち去るのを待った。
 宝条がさらに上の階へ向かったので、それを追おうとしたクラウドは、奇妙なサンプルポッドを発見した。
 ネームに視線を走らせる。
 JENOVA……。
 そこには、禁断の名前が刻まれていた。
 クラウドは、ゴクリと唾を呑み込み、小さな窓からその中を覗きこむ。
 首のない不気味な生物が、高濃度の魔晄溶液の中でぞわぞわとうごめいていた。
 腰を抜かすほどショックを受けて、クラウドはその場にしりもちをついた。
 驚いて、ティファが駆け寄る。
 起きあがろうともせず、クラウドはうつろに呟いた。
「ジェノバ……セフィロスの……。そうだ……迎えに……ここに運んだのか……」
「クラウド、しっかりして!」
 ティファが、クラウドの肩を揺すった。
 かすれた声で、クラウドは2人に訊く。
「見たか?」
「何を?」
 バレットは、怪訝な顔だ。
「こんなになっても……生きてる?」
 そのただごとならないクラウドの様子に、バレットは指し示されたポッドをひょいと覗いて見る。
「何だい、この首なしは?」
 彼の反応は、その程度だった。
「けっ、バカバカしい。さっさと行こうぜ」
 ごつい腕を振り回して、クラウドを追い立てるように促した。
 クラウドは、気力を振り絞って立ち上がり、頭を振った。
 奥のエレベータを使って68階の宝条の研究室に上がった。
 研究室でエアリスを発見したクラウドたちは、先刻、階下に居た光る尾を持った赤い獣レッドXIIIの協力を得る。猫科の動物を思わせるレッドXIIIは、人語を話せる発声器官を持った絶滅間近の貴重な種族だった。
 エアリスの救出を果たしたクラウドたちは、彼女を守りながら神羅ビルを脱出しようと試みたが、タークスに裏をかかれ、全員が捕らえられてしまった。
 67階の監禁室に放り込まれたクラウドたちは、途方に暮れていた。厳重な警備を施されたそこから抜け出すのは、容易なことではない。処刑されるのも時間の問題かと思われた。
「逃げられるかな?」
 ティファは、不安な心をおさえきれない様子だった。
「俺にまかせておけ、と言いたいところだが、プレジデントの気まぐれで、まだ処刑されていないというだけの状態だな」
「うん……」
 クラウドは、狭い監禁室の壁にドンともたれかかる。お世辞にも綺麗とは言えない天井を仰いだ。
 エアリスはどうしてるだろう?
 別の場所に捕らえられている彼女のことが気になった。


 クラウドたちと引き離されたエアリスは、最上階の社長室に連行されていた。
「約束の地というのは、どこにあるのかね?」
 プレジデント神羅は葉巻をくゆらせながら、高圧的な態度で訊く。
「どこって訊かれて、すぐ答えられるようなものじゃないってことぐらい、知らないの?」
 エアリスは、つっけんどんに言った。プレジデントは、ムッとする。
「ツォン。この娘には、少し痛い思いでもさせたほうが良さそうだな」
 エアリスの傍らに控えていたタークスのリーダーに向かって、聞こえよがしに言った。
「は……。しかし……」
 ツォンは、ためらうように言葉を濁す。
「ふん。立場を忘れているのではないか? おまえらしくもない」
「いえ、決してそのような……」
 エアリスは、キッとした目でプレジデントを睨んだ。
「拷問したいならすればいい! でも、そんなことしたって、約束の地は手に入れられないわ!」
 プレジデントは、むう、と唸った。ことのほか強情で気の強い古代種の娘に、どう対処したものかと思案した。
「ツォン、宝条は何と言っておる?」
「は。約束の地については、彼は興味はないと……」
「まったく、科学者というものは……ガストといい、宝条といい……」
 プレジデントは、気落ちしたように首を振った。ガストという名前が出て、エアリスの顔に動揺が走った。その表情を読んだようにプレジデントが笑う。
「そうだったな。おまえは、ガスト博士の娘だったな……」
 エアリスは唇を噛んだ。もどかしくて、イライラした。こんな問答を続けていても無駄なのだ。神羅が欲しがっている約束の地は、そこに導くと言われている彼女自身にも、どんなものなのかわかってはいないのだから。
 ふと、エアリスは妙な感覚を覚えた。ひどく懐かしいような、不思議な感じだ。
 そんなはずはない、と理性が否定した。
 鳥肌が立った。
「とはいえ、ガストはよくやった。古代種の血を継承させたのだからな」
 プレジデントが何を言っているのか、エアリスの耳には聞こえていなかった。
「うそ……」
 知らず、エアリスは呟いた。両手を無意識に口許に運んでいた。その手が、小刻みに震える。
 でも、そんなことって……。
「その血を、私のために役立てるのだ、古代種の娘よ」
 プレジデントの声が、ひどく遠かった。
 エアリスは、勝ち誇ったように語る男の後ろに広がる、壁一面の窓を見つめた。
 スモーク処理されていて、内側から外の様子は見て取れない。
 だしぬけに、プレジデントの背後の窓が、巨大な爆発音とともに吹き飛んだ。
 瞬時に警報が鳴り響き、粉々になったガラス片が室内に舞い込む。
 ツォンが、反射的にエアリスを庇って床に伏せた。
 刹那、一陣の疾風が舞い込んだ。
 床に伏したエアリスは、その男の風に舞う白銀の長い髪に視線を奪われた。
 驚きのあまり、声を出すことも出来なかった。
 エアリスとツォンが見守る中、突然あらわれた男は、手にした長刀をプレジデント神羅に向かって振り上げる。
「ひぇ……セ……セフィロス……!!」
 我を失ってひきつるプレジデントの顔面を、鋭利な刃が斬り裂いた。
 芸術的なほどの角度で血飛沫が飛び、天井を朱に染めた。
 エアリスは、床に腕を突っ張って体を起こした。信じられないものを見るような目で、風に髪をなびかせてたたずむ男を見つめる。
「セフィロス……」
 男は、そんなエアリスに視線を向けた。冴え冴えとした青い魔晄の色をたたえた瞳が、ふっと和らぐ。口の端で薄く笑って、パッと身を翻した。
「セフィ!!」
 叫んで、エアリスは破られた窓に走り寄る。
 吹き込む強風に目を細めながら、外のヘリポートに男を捜した。
 しかし、既に、その姿はない。
 エアリスは、その場にぺたんと座り込んだ。
 あまりのことに動揺して、体の震えが止まらなかった。
 生きていた……。セフィロスが……。
 だけど、どして、こんな……。
「大丈夫か? エアリス……」
 座り込んで震えているエアリスのもとに、ツォンが歩み寄った。そっと手を差し延べる。娘は、うるんだ瞳でツォンを見上げた。あわてて、その涙を指先でぬぐい去る。
 ツォンは、そんな娘を、切ない表情で見下ろした。
 地上70階、破られた窓から吹き込む風が、2人の目撃者の間を、音をたてて吹き抜けた。


 夜半、けたたましい警報に驚いて跳ね起きたクラウドは、閉じこめられていた房のドアが開いていることに気づいた。
 罠かもしれないと思いつつ、廊下に忍び出て少し進む。看守が何者かに襲われてこときれていた。恐らく、背後から首に腕をかけられて、そのまま……。いともたやすく、首の骨を折られている。プロの仕業だった。
 疑心暗鬼のまま房に戻ると、ティファが警報に怯えたような顔をしていた。
「どうしたのかしら?」
「看守が殺られている。何があったかわからないが、とりあえず出よう」
 バレットとレッドXIIIに声をかけて、一同は警報が鳴り響く廊下を、注意深く進んだ。
 同じ階のサンプル室に進むと、おびただしい量の血痕が床を朱に染めている。
「ジェノバ・サンプル……」
 レッドXIIIが呟いた。
 あの、首ナシのサンプルが血痕を残して消えていたのだ。
「……逃げたのか? ジェノバ……?」
 思わず、クラウドはそんなふうに考えた。
 アレは確かな意志を持っていて、邪悪な力でアイツを目覚めさせた……。
 アレは、彼の……。
 クラウドは、動揺を押し隠し、床を引きずったような血痕を目で追った。エレベータで上の階に上がったようである。皆は、その後を追った。
 通路の壁には、鋭利な爪のようなもので引っかかれた跡が残っている。廊下の所々に、無惨に切り裂かれた死体が放置されていた。人ではない何かが、出会ったもの全てを抹殺しながら、目的へ向かっているようだった。
 69階から社長室へと登る階段に、血痕が続いている。妙な胸騒ぎがした。
 と、その階段の途中で、血の道しるべがふいに消えていた。
 皆は、互いの顔を見合わせる。その理由がわからないまま、社長室へと急いで階段を駆け登った。


「生きていたんだな……」
 ツォンが、ぼそりと呟いた。風に飛ぶエアリスの髪を見つめる。髪を束ねた後頭部に、桃色のリボンがはためいていた。
「その、髪飾りは、どこで手に入れた?」
 低い声で、ツォンは訊く。エアリスは答えず、ふらりと立ち上がった。
「ヤツは、おまえがここにいることを、知っていたようだった」
 弾かれたように、エアリスはツォンを見る。
「そんなこと……!」
「何故、今頃、姿を現した……?」
「わたし、何も知らない……」
 うつむいてかぶりを振る。
「本当に?」
 ツォンは、エアリスの肩を掴んで、おもてを上げさせる。エアリスは、いやいやをするように首を振った。
「どして? わたし……何も……」
「本当に知らないのか!?」
 ツォンの迫力に圧されて、エアリスは怯えた表情になる。全てを見透かされているようで、怖かった。
「ツォン……。どして、そんなふうに訊くの?」
 かろうじてそれだけ言えた。あの男に会ってあまりに動揺してしまったので、平静を装うのが難しかった。
 ツォンは、ハッと我に返ったようにエアリスの肩から手を離した。プレジデントの死体に目をやり唇を噛むと、自分の成すべきことを思い出す。
 プレジデントが、朱に染まった形相で仰向けに倒れているデスクの脇に走り寄り、非常用の内線を開いた。
 ツォンがどこかに連絡しているのを眺めて、エアリスは、もう一度視線を外にさまよわせた。
 輝ける光に彩られた、ミッドガルの夜景が闇に浮かび上がっていた。
 5年前と寸分違わぬ青い瞳を思い出して、胸がいっぱいになった。
 そのとき、階下から数人の足音が登ってくるのが聞こえた。
 クラウドたちである。
 階段を登り切った彼らは、そこにひらけた光景に、思わず息をのんで立ち止まった。
「いったい、何があったんだ……?」
 クラウドの声に、エアリスが振り返った。
「プレジデントが殺られたのか!?」
 バレットが大声で喚いた。ツォンは、チッと舌打ちをする。
「運命はおまえに味方しているようだな、エアリス……」
 そう言ってエアリスを肩越しに見る。デスクを乗り越えて、走った。
「待ちやがれ!」
 ツォンに向かって、バレットがつかみかかる。その乱暴な腕をひらりとかわして、ツォンは飛びすさった。
「クラウド!」
 ツォンは、プレジデントの死体に駆け寄ったクラウドの背に厳しい声で呼びかけた。
「この……傷は……!」
 プレジデントの額から斬リ下げられた傷口を見て、クラウドはツォンを振り返る。
「やはり、わかるようだな。ヤツが、地獄から蘇った……。悪夢の再来だ!」
 ふふっと笑って、ツォンは階下に通じる階段に姿を消した。
 何だか、毒気を抜かれてしまったバレットは、止めるのも忘れてそれを見送る。
「まさか……」
 クラウドが、プレジデントの死体を凝視したまま呟いた。
「生きていたのか……? セフィロス……!?」
「えっ? セフィロス!?」
 弾かれたように、ティファが叫ぶ。
 クラウドは、割れた窓際にたたずむエアリスを見た。
「ずっと、ここにいたのか?」
 エアリスは、うなずく。
「見ていたのか? プレジデントが殺されるのを」
 再び、エアリスはうなずく。
「セフィロスの姿を見たのか?」
 エアリスは、とまどった表情でクラウドを見返した。
 クラウドは、自分の頭上に右手を持っていく。
「背は6.2フィート……。白銀の髪を腰まで伸ばした、恐ろしいくらい綺麗な男だ」
 エアリスは困ったように首を傾げた。目撃者は、きちんと証言しなければならないのか。やはり。
「……見たわ。確かに、セフィロスだった」
 クラウドは目を細めた。
「ヤツは、何か言っていたか?」
「何も」
「エアリス、なんか、様子が変ね。何かされたの?」
 ティファが心配してエアリスの側に駆け寄った。そんなティファに、エアリスは微笑む。
「だいじょぶ。ただ、ちょっと、びっくりしちゃって……。心配ないから」
 ティファは、ぐっと拳を握りしめた。
「セフィロス……。あの、悪魔が生きてたなんて……。今にとんでもないことがおこるわ!」
 悪魔……。
 エアリスは、ティファの横顔を見て、複雑な気持ちになった。
 そんな彼らのただごとならない驚きかたに焦れたバレットが、大声で喚く。
「誰がやったっていいじゃねえか! これで神羅も終わりだってことだぜ!」
 だが、クラウドは難しい表情だった。
「いや。アイツが現れた以上、神羅がどうのと言っていられる事態じゃなくなったのかもしれない」
「そりゃあどういうことだ?」
 バレットがクラウドに問いただそうと歩み寄ったとき、ヘリの爆音が近づいて来た。
「ルーファウスか!? しまった! アイツがいたか!」
「誰なの?」
 ティファが、バレットを見た。
「副社長ルーファウス。プレジデントの息子だ。長期出張中だと聞いてたんだがな……」
 思わぬ強敵の登場だったが、クラウドには、セフィロスが生きていたということ以外、考える余裕はなかった。
「バレット、エアリスをつれてビルから出てくれ」
「あ?」
「本当の星の危機だ」
 皆は、そろって怪訝な表情になる。クラウドの言っている意味がわからなくて説明を求めようと詰め寄った。
「わけはあとで話す。今は俺を信じてくれ」
 思い詰めた瞳でクラウドを見つめて、エアリスがうなずいた。
「クラウド、ぜったい、聞かせてね。本当の星の危機。あなたが知ってること……」
「ああ。俺は、ルーファウスを倒してから行く」
 そう言い残して、クラウドはヘリポートへ飛び出した。

 爆音と、ものすごい旋風が近づき、真っ白なスーツに身を包んだルーファウスが降りて来る。
「なぜ、私と戦うのだ?」
 ルーファウスは、合点がいかぬ表情で、剣を構えるクラウドを見た。
「おまえは約束の地を求めて、セフィロスを追う」
 ルーファウスはうなずいた。
「ふむ、その通り。……おまえは、セフィロスが古代種だと知っているらしいな?」
「……古代種か……。とにかく、おまえにもセフィロスにも約束の地はわたせない!」
 金髪の御曹子は、物憂げな動作で額の髪をなでつける。
「残念だな。友だちにはなれないようだ」
 おもむろにショットガンを構えて、対峙するクラウドに狙いをつけた。

 2人の一騎打ちは、クラウドに軍配が上がった。傷ついたルーファウスはヘリで逃走し、その追跡を断念したクラウドは、バレットたちの後を追う。
 ティファと合流し、エレベータで1階まで一気に下りたが、ビルの外は強力な部隊にすっかり囲まれていた。
 バレットとレッドXIIIが、エアリスを守って立ち往生している。
 そんなとき、クラウドはいいものを発見した。
 ショウルームに展示されていた、魔晄エンジン搭載の1160ccという巨大排気量を誇るバイクである。乾装重量でもとんでもなく重そうなしろものだ。
 そのバイク、ハーディ=デイトナを奪取したクラウドは、同じく3輪トラックを奪った仲間たちとともに、強行突破を試みた。
 低く唸るような独特なエンジン音が、長く尾を引いて夜のハイウエイを疾駆する。ハーディ=デイトナにまたがったクラウドは、そのモンスター・マシンを力でねじ伏せ、風を切った。
 追っ手の火炎放射をまき散らすモンスターは手強かったが、からくもそれを打ち倒し、彼らはしばしの平安を勝ち取った。
 全ての事象が、怒濤のように傾斜しはじめたようだった。
 高速道路のはずれから、塵にかすんだ朝焼けが眺望出来た。
「あのね、エアリス。質問があるんだけど」
 はるかに広がる大地を見渡して、ティファが切り出した。
「な〜に?」
「約束の地って本当にあるの?」
 エアリスは、どんなふうに説明したらいいものかと思案する。
「セトラの民、星より生まれ、星と語り、星を拓く……。セトラの民、約束の地を知る。至上の幸福、星が与えし定めの地」
「……どういう意味?」
「かあさんから聞いたのは、それだけ。その時、来ればわかるからって」
 クラウドが、口をはさんだ。
「……星と語り、だって? 星が何か言うのか?」
「う〜ん。人が大勢いて、ざわざわしてるかんじ。だから、何、言ってるのか、よくわからない」
「今も聞こえるのか?」
「聞こえたの、スラムの教会だけ。かあさん……本当のかあさん、言ってた。いつか、星と話して、エアリスの約束の地、見つけなさい……って」
「今でも、教会に居たら聞こえるのか?」
「うん。大人になったら聞こえなくなるのかと思ってたけど……。ときどき、すごく大切なこと、聞こえるみたい。あのときも……」
 不意に、強烈なイメージで、5年前の記憶がフラッシュ・バックした。胸に、肩に、背中に、暖かいぬくもりが蘇る。
 あのとき……。
 彼の腕に抱かれて眠ったとき……。不思議なくらいに鮮明に聞こえた。
 止めなさい……。この人を止められるのは、おまえだけしかいない……。
その夜の甘やかな想いを忘れることはなかった。あんなに幸せだったことは、なかったから。
 それなのに、何故……?
「あのとき……?」
 クラウドの声で、エアリスは我に返った。
「う、ううん。なんでもない」
 なんとなく、それを告げてはいけないような気がした。
 何かが動き出すような……。大いなるものの胎動が聞こえてくるような気がして、エアリスは、独り震えた。
「それじゃあ、どうするよ?」
 GIカットの針のような髪をバリバリとかきながら、バレットがクラウドを見た。
「セフィロスは生きている。俺は……あのときの決着をつけなくてはならない」
「なんだかわからねえが、それが星を救うことになるんだな?」
「……おそらく、な」
「おっし、オレは行くぜ!」
 バレットは、あっさりと同意した。彼の頭の中には、徹頭徹尾、星を救うという言葉しかないらしい。エアリスも、意志の強い瞳でうなずく。
「わたしも、行く。知りたいこと、あるから」
「古代種のことか?」
 エアリスは、クラウドの視線をそらして、わずかにうつむいた。
「……いろいろ、たくさん」
 彼らは共闘を誓い、高速道路の外れからスラムの外辺に降り立った。
 街自体が巨大な要塞のようだったミッドガルを出ると、そこには広大な、まだ見ぬ大地が広がっている。
「行こう」
 クラウドが、皆を促した。朝日が、彼らの行く手を照らし出していた。


 

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