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セピア色の胎動

Action-1

 

 番街スラムの公園は、遊ぶ子供の姿もなく閑散としていた。
「青い瞳……、見ると、思い出すわ」
 ゆるくウエーブがかった髪を頭上高く桃色のリボンで束ねたエアリスが、滑り台の上に腰掛けて少しはにかんだように言った。風に、ツイストした栗色の髪が揺れる。
「恋人?」
 クラウドが、その隣に並んで腰を下ろした。背中に巨大な剣を背負った、勇ましいいでたちだった。不自然な形にセットされた尖った金色の髪と、特徴的な青い瞳を持った青年である。
 頬を薔薇色に染めて、エアリスは小さくかぶりを振った。ピンク色のスリップドレスに、真っ赤なGジャンを合わせた姿は、花売りという職業さながらのあでやかさだった。
「そんなんじゃ、ないかもしれない。でも、忘れられないの」
 伍番魔晄炉のミッションでのアクシデントで、クラウドはアバランチの面々と離ればなれになり、はるか上空から落下した。ちょうどスラムの教会の屋根と花畑がクッションになって、かすり傷程度でことなきを得た。
 落ちてきたクラウドを介抱したのが、エアリスだった。
 クラウドは、その教会でエアリスに再会したとき、自分では説明のつかない不思議な気持ちになった。とても懐かしいような、愛しいような、切ないような……。先日、彼女の売る花を購入したことがあっただけなのに、と疑問に思ったものだった。それで何となく、彼女のことが気になるのだ。
 ところが、エアリスは神羅カンパニーの工作員タークスに狙われる立場だった。クラウドは、タークスのレノという赤毛の男から彼女を救い自宅まで送り届けた。
 しかし、エアリスの母エルミナは、娘の前に現れた魔晄の瞳を持ったクラウドに不安を隠せない様子だった。過去に、エアリスと青い瞳の者との間に何かがあったのは、容易に想像できた。
 魔晄の青い瞳……。それは、ソルジャーの印だ。
 クラウドは、母の娘を思う気持ちをくみとって夜中のうちに旅だった。しかし、そんな彼の行動に気づいたように、エアリスは先回りして彼を待っていた。
 そうして、建設中の六番街に出没する強力なモンスターを打ち倒しながら、七番街と隣接する公園までたどり着いたところだったのだ。
「忘れられない相手って、ソルジャー?」
 クラウドが、そっとエアリスの横顔をのぞきこむ。
 エアリスは、懐かしそうに目を細めて虚空を見つめた。口許に浮かぶ笑みが、彼女の想いを雄弁に物語る。
「あのね、戦争、終わる、少し前……」
 個性的な口調で、エアリスはとつとつと話し出した。彼女のあでやかな外見と裏腹な幼い話し方のギャップは少なからずクラウドを驚かせたが、その舌足らずな言葉の奥に秘められた希有の存在感が、心地よいあたたかさとともに彼の心に忍び込んできていた。
「教会の向こうのスラムの外辺に、輸送機、墜落したの。強力な破壊魔法のマテリア、たくさん積んであって、それ、ショックで暴走するところだったんだけど……」
 マテリアというのは、魔晄を凝縮して生まれるビー玉大の宝石だ。不思議なことに、それを武器や防具に装備すると、古えの知識である魔法が使えるようになるのだった。
 マテリアは、育てることも可能で、マスタークラスになるとどんな物も痕跡さえ残さず破壊し尽くすことや、瀕死の者を生き返らせることが出来るのだという。
「輸送機の墜落事故……? マテリアが暴走……?」
 クラウドは、記憶の糸をまさぐった。
「そんな大事故があったかな?」
「ううん。マテリアの暴走はくいとめられたの。でなきゃ、教会、残ってないわ」
「そうか。その暴走をくいとめたのが、そのソルジャーなんだな? でも、そんなこと、普通のヤツじゃ出来やしないぜ」
「え? そう? クラウド、無理?」
「うーん……。積んでたマテリアの種類と数にもよるけど……。こっちも無事じゃいられない」
「うん。だからね、クラウド、空から落ちてきたとき、ホント、びっくりした。あのひとかと思っちゃった」
 うふっと笑って肩をすくめた。その笑顔が愛らしく朱に染まる。よほどそのソルジャーのことが好きだったんだな、とクラウドは複雑な気持ちになった。
「で?」
「クラウドって、こんな話、興味あるの?」
「変かな?」
「女の子同志ならね、彼の話で盛り上がれるけど……」
「そんなもんかな……」
「まあいいわ。で、その人、ケガしてて、手当してあげたの」
「グッと来る出会いだ…………」
「もぉ、茶化すんなら、教えてあげない」
 ぷうっと膨れて、エアリスはそっぽを向いた。
「茶化してなんかいないよ。俺も、エアリスに助けられて、嬉しかったから……」
「え?」
「傷つき倒れたとき、君みたいな人が側にいてくれたら、ホッとすると思う」
 真面目な顔で、クラウドは断言する。
「そうなの?」
 エアリスは、興味深そうな顔でクラウドに向き直った。
「そいつもきっと、感動したと思うよ」
「そうかな……。だったら、いいな……」
 エアリスは、遠い目をしてやわらかく微笑んだ。
「そのソルジャーのクラスは?」
「……ファースト、だと思う」
「だったら、俺と同じだ。名前を教えてくれないか? 知ってるかもしれない」
 クラウドは、思わず身を乗り出す。
「なまえ……」
 エアリスは、ためらって瞳をゆらゆらと揺らした。言おうか言うまいか明らかに迷っている表情だ。
「……ううん。いいの。ただ、ちょっと、思い出しちゃっただけだから」
「そう?」
「それにもう、死んじゃったし、ね…………」
 ハッとして、クラウドは顔色を変えた。当然、ソルジャーならば、そういうことも有り得る。
「すまない。気がつかなかった……」
 エアリスは、ゆっくりとかぶりを振る。
「クラウド、あやまることないよ。昔のことだもん」
 だが、その想いが単に昔の淡い恋であったなどとは、彼には思えなかった。エアリスがその男のことを語るときの満ち足りた幸せそうな表情が、それを確信させた。時を経て、相手が死んでしまってもなお、彼女は想い続けているのだ。その、ソルジャーのことを。
 なんとなく、その相手のことが羨ましく思えた。
「なんか、恥ずかしいな。わたしのことばっかり。それより、ティファさんのこと、教えて?」
 エアリスが、急にティファの話題で切りかえす。
 ティファはクラウドの幼なじみで、つい最近7年ぶりの再会を果たしたばかりだった。実は、ティファもアバランチに加わり、反神羅の活動を続けていたのだ。幼い頃、村の子供たちの人気者だった彼女に、ほのかな憧れを抱いていたことが思い出される。
「ど、どうして、そこにティファが出てくるんだ?」
 エアリスは、くすくすと笑った。
「あわてるところが、あやしい。だって、ティファさんのお店に行くんでしょ?」
 ティファは、七番街で酒場を経営していた。若干20歳の若さで酒場を切り盛りするのは無理がありそうだが、そこがアバランチのアジトになっているので、酒場経営も隠れ蓑のようなものだった。その店、セブンス・ヘブンを、今、クラウドは目指しているのだ。
「それとこれとは……」
「会いたいな、わたし、ティファさんに」
「え?」
 エアリスは、指を1本立てて振り回す。
「ソルジャーとつきあうのって、いろいろ、タイヘンって、教えてあげるの」
「だから、そんなんじゃないって…………」
 頑なにティファとの関係を否定するクラウドの背後で、七番街に通じるゲイトが重々しい音をたてて開いた。黄色いダチョウを思わせるチョコボという鳥に引かれた車が、ゲイトをくぐって現れる。その、後部に乗っている人影を見つけて、クラウドは思わず立ち上がった。
「ティファ……!」
「えっ?」
 エアリスも立ち上がる。
 ウォールマーケットに向かって走って行くチョコボ車には、長い黒髪を腰のあたりでちょこんと縛った肉感的な美女、ティファが乗っていた。
「どうして、ティファが……?」
「様子が変だったわ。行きましょう」
 エアリスが、滑り台をつるんと滑って下に降りた。先にたってウォールマーケットの方に走って行く。あわてて、クラウドはその後を追った。


 ティファを捜してウォールマーケットのドン、コルネオの館に女装してもぐり込んだクラウドは、驚くべき情報を入手した。神羅カンパニーの治安維持部門統括責任者ハイデッカーが、アバランチの本拠地を叩くため、スラムの空を覆うプレートの支柱を壊し、七番街プレートを落下させようと計画しているというのだ。
 プレートが落下すれば、その下で生活する七番街スラムの住人もろとも、ひとつの街が崩壊する。急を察したクラウドたちは、回り道を強いられながらもプレート支柱に急行した。
 そこでは、バレットをはじめとするアバランチの面々と、神羅兵との死闘が繰り広げられていた。
 セブンス・ヘブンに残してきたバレットの娘のマリンを、安全な場所に避難させてくれるようエアリスに頼み、クラウドはティファとともに機械塔と呼ばれる支柱の階段を登り始めた。
 最上階で戦っていたアバランチのリーダー、右腕をギミック・アームに変えた巨漢のバレットと合流したとき、タークスのレノが現れ、支柱を破壊する時限装置を作動させてしまった。レノを駆逐し、装置を解除しようと試みるが、緊急用プレート解放システムの設定と解除は、一筋縄ではいかないしろものだった。
 ヘリコプターで、勝ち誇ったように現れるタークスのリーダー、ツォンへ向かって、バレットの怒りの右手が火を噴く。
「そんなことをされると、大切なゲストがケガするじゃないか」
 不敵に言い放つツォンの傍らに、エアリスがいた。
「エアリス!」
 ティファが、驚いてヘリの方に駆け寄った。
「エアリスをどうする気だ!?」
 クラウドも、ヘリの旋風に目を細めながら上空のツォンを仰ぐ。
「さあな」
 ツォンは、白々しく両腕を広げて見せた。
「我々タークスにあたえられた命令は、古代種の生き残りをつかまえろ、ということだけだ」
 古代種……。
 その言葉を聞いた瞬間、クラウドの全身が金縛りにあったように、凍り付いた。
 脳裏によぎる影がある。
 それは、白銀の髪を炎に染めた、あの男の姿だ。
 あの時……。
 たくさんの罪もない人々を焼き払った地獄の炎の中で、あの男は、確かに笑っていた……。
 ぞっとするような、美しい表情で……。
 セフィロス……。
 英雄と呼ばれた最強のソルジャーだった……。
「ティファ、だいじょぶだから! あの子、だいじょぶだから!」
 ヘリから必死で身を乗り出し、エアリスは、ティファにうったえた。そんなエアリスを、ツォンは平手で打ちすえる。
「だからはやく逃げて!」
 殴られながらも気丈にエアリスは叫ぶ。意思の強いエメラルドの瞳がクラウドたちを見下ろして、心配するなとうなずいた。
「そろそろ爆発するぞ。逃げられるかな?」
 ツォンは、勝ち誇ったように笑い出す。彼が右手を振って操縦士に命じると、ヘリは上昇を始めた。
 同時に、柱の上部が爆発して吹き飛ぶ。ガラガラと支柱が崩れ出し、3人のいる場所も崩壊寸前になった。
 3人は、支柱を支える1本のワイヤーに身を託して空中に踊り出た。
 そのとたん、柱が瓦解した。堅固だった筈の機械塔が、縦横無尽に走った亀裂を呑み込んで無数の隕石となって降り注ぐ。
 ぐらり、と巨大なプレートが傾いだ。
 そして……。
 空が、墜ちる……!
 人々は狂乱して逃げまどい、己の罪の所在も知らずに死んでいった。小さな抵抗組織を壊滅させるには、あまりに大きすぎる代償だった。しかし、それが神羅のやりかたなのだ。
 命からがら脱出に成功した3人は、六番街公園のあたりに投げ出された。目の前で展開する惨劇に、なすすべもなく怒りの拳を握りしめる。
 しかし、神羅の凶行に悲憤慷慨しているバレットとティファを尻目に、クラウドは別のことを考えていた。
 古代種……。
 タークスのツォンが言い残したその言葉が、彼に5年前の忌まわしい出来事を思い出させていた。
 5年前、彼の生まれ故郷のニブルヘイムで、それは起こった……。
 もし、エアリスが古代種なのだとしたら……?
 矢も楯もたまらず、パッと身を翻し、五番街に向かって駆け出した。
 しかし、わずかに走っただけでキーンと耳鳴りがし、頭の芯がガンガンと痛み始めた。思わず、頭を押さえて立ち止まる。
『目をさませ……!』
 頭の中に、響く声があった。
「誰だ……?」
 聞き覚えのある、男の声だ。
「クラウド、どうしたの?」
 ティファが駆けてきて、心配そうにクラウドの顔をのぞき込んだ。クラウドは、大きく息をついて顔を上げる。
「大丈夫だ」
 軽く頭を振った。
「エアリスを助けに行くんでしょう?」
「ああ。でも、その前に確かめたいことがあるんだ」
「え? なに?」
「……古代種」
 バレットが、いらいらして銃の右腕をぶんぶん振り回した。
「何でもいいぜ。はやいとこ、マリンの所へ連れてってくれ!」
 確かに、エアリスに頼んだマリンの無事を確認する必要もある。3人は、うなずき合うと、五番街のエアリスの家へ向かって走り出した。


 エアリスの家の辺りは、何事もなかったかのように静かだった。
 エアリスの母エルミナは、再び訪れたクラウドを見て、肩を落としてため息をついた。
「エアリスは、ここから連れていかれたよ」
「どうしてエアリスは神羅に狙われるんだ?」
 クラウドの問いに、エルミナは諦めたように、力なく椅子に腰をおろした。
「あの娘は、古代種の生き残り……私は、本当の母親じゃないんだよ……」
 それは、15年前のことだった。エルミナの夫は、ウータイという遠い国で戦っていた。その夫が休暇で帰って来るというので、彼女は駅に迎えに行ったのだ。しかし、夫は姿を見せず、かわりに、ぼろぼろに傷つきやつれ果てた母と、その傍らで泣く女の子に出会った。
 傷ついた母親は、エアリスを護って、と言い残してこときれた。
 夫は帰らず、子供もいなかったエルミナは、寂しさも手伝ってか、まだ7歳だったエアリスを家に連れて帰った。
 エアリスは、すぐにエルミナになつき、いろいろと不思議な話をした。どこかの研究所みたいなところから母親と逃げ出したこと。かあさんは星に還っただけだから、さびしくなんかないということ……。
「星に還っただって?」
 バレットが、太い首をねじ曲げる。
「わたしには意味がわからなかったよ。夜空の星かって聞いたら、ちがう、この星だっていわれて……。まあ、いろんな意味で不思議な子供だったね」

そして、ある日とつぜん、エルミナはエアリスの能力を知ることになった。
「かあさん、泣かないでね」
「何があったの?」
「かあさんの大切な人、死んじゃったよ」
 エアリスは、泣きながらエルミナに抱きついた。
「心が会いにきたけど、すぐ、星に還ってしまったの……」
「星に、還っただって……?」
 エルミナは信じなかったが、それから何日かして、夫が戦死したという知らせが届いた。彼女は、エアリスの不思議な力を認め、受け入れるよりほかなかった。

 そんなある日のことだった。
 エアリスを返してほしいと言って、紺色のスーツに身を包んだ男がやって来た。タークスのツォンだった。
 存外に優しい口調で、ツォンは少女に噛んでふくめるように言い聞かせた。
「エアリス、君は大切な子供なんだ。君は特別な血を引いている。君の本当のお母さんの血。古代種の血だ」
「古代種って何だい?」
 エルミナが訊くと、ツォンはマニュアルを暗唱するように、微笑を浮かべ、すらすらと話し出した。
「古代種は至上の幸福が約束された土地へ、我々を導いてくれるのです。エアリスは、このまずしいスラムの人々に、幸福を与えることができるのです。ですから我々神羅カンパニーは、ぜひともエアリスの協力を……」
 そんなツォンの演説を、エアリスの幼い声が遮った。
「ちがうもん! エアリス、古代種なんかじゃ、ないもん!」
 ツォンは、身をかがめて少女の顔をのぞき込む。
「でもエアリス、君はときどき、誰もいないのに声が聞こえることがあるだろう?」
「そんなことないもん!」
 エアリスは、小さな拳を握りしめて、ぶんぶんと首を左右に振った。子供ながらに凛とした態度だった。

 エルミナは、立ち上がって窓際に歩み寄った。
「でも、わたしにはわかっていた。あの子の不思議な能力……。一生懸命、隠そうとしていたから、気がつかないふりをしていたけどね」
 クラウドは、少し訝るように首を傾げた。
「それにしても、よく何年も神羅から、逃げつづけることができたな」
「戦争中だったからね……。それに、担当の科学者がプレジデント神羅ほどには、古代種にこだわっていなかったって話だったよ。なんだか不思議なんだけど、かえって、あの子を護ってるみたいだったね、タークスっていうのも変な組織さ」
「じゃあ、今回はどうして……?」
 ティファが首をひねる。
「小さな女の子を連れてここに帰って来たんだ。その途中でツォンに見つかってしまって、その子の無事と引き替えに、自分が神羅に行くことになったんだよ」
 クラウドは、目を細めた。
「マリン、だな」
 バレットが、激昂して叫んだ。
「マリンのためにエアリスは、つかまったのか! ……すまねえ。マリンはオレの娘だ。すまねえ……本当に……」
 クラウドは、意を決したように顔を上げる。そしてエルミナに一礼すると、その家を飛び出した。
「クラウド!」
 バレットが、どかどかと床を踏みならしながら追いかけた。
「エアリスを助けにいくんだろ? オレも行くぜ!」
「私も行くわ」
 ティファが続いた。
 クラウドは、浅くうなずいて2人を見比べる。そして、厳しい声で言った。
「神羅の本社に乗り込む。……覚悟が必要だぞ」
「わかってるわ」
 一陣の風が、吹き抜けた。ティファの髪がふわりとたなびく。
 誰もが思っていた。ここで引き下がるわけにはいかない、と。
 そして彼らは、二度と戻ることのできない運命の深淵へとはまりこんで行くのだった。

 

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