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「ダンナ様…………パンダでも
                              お飼いになるのですか?」

 

 なんだか信じられないように、キョトンとしたメイドさんが妙な事を言った。

「いいえ、今の所、パンダはぬいぐるみも買う予定はありませんが」

 メイドさんに手を引かれ、玄関までやってくると、そこに小包が届いていた。

 小包という表現はちょっとそぐわないほど、大きなものでしたが……。

 それはメイドさんの背丈をはるかに越える大きな竹笹でした。

「なるほど、メイドさんは初めてでしたね。毎年、この時期になると友人が七夕用に笹を送ってくれるのです」

 屋敷にだけ飾るよりも、町の皆さんに喜んでもらえればと、毎年広場に寄贈していたのです。ですが

「今年は屋敷にも一本お願いしていましたから」

 おかげで、大きな笹が二本もやってきたという訳です。

 確かに笹を餌だと見れば、ここにパンダがいたら大喜びしたかもしれませんね。

 赤、青、黄色に緑、金銀の色紙を用意するとメイドさんは開口一番!

「懐かしいです」

 そして横にあるスズリを見つけて訊ねた。

「ダンナ様、それは?」

「朝露を集めて摺った墨です」

 それからしばらく、私たちは折り紙細工と短冊書きの時間を共にした。

 短冊に願いを書こうとは思うのですが、メイドさんに見られると思うとなかなか書けません。

 メイドさんも何か、思い付かないのか筆が止まっていた。

 『天の川』 『織り姫』 『七夕』 『星祭』

 しばらくお互いに無難な事を書いていた。

 ようやくメイドさんが何かお願いを書いたようでした。

『ダンナ様がニンジンを食べられるようになりますように』

 …………それはいくら七夕の星も難しいと思うのですが……。

 だんだんメイドさんの短冊に、願い事が書かれるようになった。

『立派なメイドになれますように』

『ダンナ様がいつまでもご健勝でありますように』

 私たちはデコレートされた笹を庭に立てた。

『メイドさんがずっと側にいてくれますように』

 私はそっと一番高い所に短冊を下げた。

 メイドさんが私にこっそり下げた短冊、そこには

「このまま……」と最初だけ見ることができました。

 このまま……? その後に続く言葉を知りたかったけれど、やめておきました。

 一年に一度だけ逢える、織り姫と彦星。

 どうか私たちの願いを聞き届けて下さい。

 

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「すぐお替わりを用意いたします、ダンナ様」

 

 今日のお茶受けは私の好きなエクレアでした。

 とてもおいしいハンドメイドのお菓子。

 お菓子を作った後のメイドさんは とってもごきげんです。

 もう一杯お茶をお願いして、ちょっと書斎に資料を取りに行った。

 その時、キッチンのすみでメイドさんが、陶磁器のティポットに何か囁いているのが見えた。

 何気なく覗いてみると、メイドさんの小さな声が聞こえた。

「おいしくおいしくおいしくね☆おいしくおいしくおいしくなあれ」

「……メイドさん」

 小さな呪文。

 まるで幼子が一生懸命お願いするみたいなその仕草。

 それがあまりにも微笑ましくって思わず声を掛けた。

「メイドさんは魔法使いだったんですか?」

「魔法使い? いいえ、私は丁寧な「言葉使い」を心がけているだけです」

 気持ちを言葉にして、ベストスパイスに具現化しようとしているメイドさん。

 魔法使いというのは魔力で命のないものたちを操る者かもしれない。

 しかし、メイドさんのそれは魔法の力などではなく、誰でも持ち得る想いの力。

 なるほど。丁寧な言葉は相手に優しい気持ちを与えてくれる。

 魔法なんかじゃないメイドさんのミラクルマジック。

 でも、おいしいお茶を飲んだ後、

 「おいしいですよ」と言った後、

 横にいるメイドさんのこぼれるような笑みは、どんな魔法にも負けない魅了の力。

「お菓子がおいしいのは自分の好きなものだからではないのかもしれませんね」

 そう、メイドさんが側にいて、心のこもったおいしいお茶と共にあるから。

「今度は人参茶でも試してみますか? ダンナ様のためにいっぱい心を込めますよ☆」

 メイドさ〜ん、いぢめないで下さいよ〜。

 

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「あっ、んんっ、ああダンナ様」

 

 メイドさんの声を聞きつけ、私は奥の和室にたどり着きました。

 和室の襖を開けると、そこには、ぺちゃんこ座りをしてるメイドさん。

 苦悶の表情です。

「ど、どうしたんですか!」

 可愛いお顔を小さく歪めて、汗をいっぱいかいているご様子。

「ダ、ダンナ様、はぁっ……こ、来ないで下さい」

 顔が紅楊しています。

 びっくりしたような、泣きそうな、潤んだ瞳でこちらを見ています。

「だ、だめです、お願い……来ないで」

 にじり逃げるメイドさん。

 ただならぬ雰囲気を感じた私は、メイドさんの言葉をあえて聞き流した。

 メイドさんはその場を離れようとしていた。

 なのに、腰が抜けたみたいにずりずりと畳を手で這っていました。

 その時、足先が和テーブルに触れた。

「きゃ〜☆ ぅん……あ、あ、あ、あし……」

「…………」

 私は無言で、メイドさんの臣脚を指さした。

「……足が……しびれた?」

 コクコクと首を頷くメイドさん。

 どうする事もできない私はただただ、しばらく時間をおいて、側で見守るだけ。

 この屋敷の中に唯一畳のあるこの和室。

 珍しく和室でキチンと正座をしていたためにそうなったそうです。

「あの……えっと、お騒がせしましたダンナ様」

 ようやく落ちついたメイドさんはさっきまでとは別な意味で赤くなっていた。

「いえ、でもびっくりしました……てっきり」

「てっきりなんですか?」

 知ってか知らずか、メイドさんはまっすぐな瞳で私の顔をのぞきこんだ。

「な、いえ、そのなんでもないんです! あたふた」

 ものすごい想像をしていた私は瞬間的に慌ててそれを打ち消した。

「?」

 よほどオーバーな動作をしていたのでしょう。メイドさんは首を傾げていました。

 どんな想像をしたのかは、皆さんのご想像におまかせする事にしましょう。

 

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「メイドさん、どうされました? こんな夜更けに」

 

 テラスで物音がすると思って見てみると、その人影はダンナ様でした。

 ガウンを羽織って何かしてるご様子。

「ダンナ様こそ、もう真夜中ですよ」

「真夜中にしか見られないものを見ていたんです」

 ダンナ様はいつもの口調で、一度言葉を切ると空を見上げました。

「星の音楽を聴いていたんです」

 都会から離れたこの町、このお屋敷のテラスからは、満天の星空がよく見えました。

「もう夏ですね。夕涼みをしながら、星をご一緒に見ませんか」

 ダンナ様の人なつっこい笑顔。

 星明かりと微かな光の中でもダンナ様の優しいお顔がわかります。

「夕涼みにはもう随分遅いと思うのですが……はい。ご一緒させていただきます」

 星々の、かすかな瞬きは宇宙のリズムを刻み、ささやき掛けているようです。

 静かな夜、聞こえないはずの自然の音達がが聞こえてきそうでした。

 星達のオーケストラ。星のささやかな瞬きが奏でるメロディ。

 ダンナ様はまるで、星達の指揮者のように調子を合わせます。

 淡い星明かりが身体中に降り注いでいるような気持ちになりました。

 ダンナ様のそばにいるとそんな不思議な気分になっていきます。

 そうして第何楽章まで、そんな星の音階を聴いていたでしょうか。

「さぁ、もうおやすみになって下さい。ダンナ様」

「そうですね、すみませんメイドさんまで付き合わせてしまって」

「いいえ、素敵な音楽会でした」

「春には春の。夏には夏の星達の姿があります。またご一緒したいですね」

 おやすみなさいませ。ダンナ様。

 夢の中でも素敵な星が見られるといいですね。

 

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「ダンナ様、月へ行けたらいいと思いませんか」

 

 まんまるくなった月を見上げて、メイドさんはそう呟いた。

「ロマンチックですね」

「はぁっ……そうでもないのです」

 ? メイドさんの溜息は、妙に切実な想いを感じさせた。

「……こんな時は、お月様に行ってから乗りたいです」

「ロケットですか?」

「……体重計です。おつきさまでなら6分の1ですから」

 月と体重計が結びついてしまうメイドさんの発想に、私はつい笑みがこぼれた。

「お月さまで計ったらどのくらいになるのですか?」

「えっと……」

 指折り計算していたメイドさんが、ハッと気が付いて

「知りません! んもう、ダンナ様ったら」

「あ、スミマセン、メイドさん。他意はなかったのですが」

 つんっと、すねて見せるメイドさんの横顔。

 本気で怒っている訳ではないのはすぐにわかります。

 口元の端をきゅっと曲げているけれど、そんな仕草もとても可愛らしい。

「メイドさんはそんなに心配なさるほど、太っていないと思いますが……」

「ダンナ様、女の子は体重がとっても気になるものなんですよ」

「そうなんですか。心にとどめておきます」

 でもそんなに体重が減ったら何かいいことがあるんですか?

「ふふ、そうすれば6倍食べても平気なんですよ☆ はぁっ、お月様に行きたいです」

 でも6分の1の体重になったら……

 メイドさんは兎みたいにぴょんぴょんとどこかへ行ってしまいそうな気がします。

 メイドさんがどこかへも飛ばされないように、こっそり糸を結わえておきたいですね。

 どこへ行ってもすぐにわかるように……。

 でもこんな考え方は、私のメイドさんに対するわがままな深層心理なのでしょうか。

 

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「ダンナ様ー!、逃げて下さーい」

  始まりはメイドさんのその一言でした。

 書斎にいた私は、脱出を叫ぶメイドさんの先導のもと、白い煙から逃げるため、玄関の外まで駆け出した。

「スミマセン。私のせいなんです」

「あ、資料がまだ机の上に……」

 メイドさんの必死な姿に思わず、何も持たずそのまま飛び出してしまいました。

「私の責任です。ダンナ様の大切な資料は私が取ってきます」

「何を言いますか。もう間に合いません」

「早くいけばまだ間に合います。煙に巻かれないうちに」

 屋敷はどんどん白い煙に包まれていました。

「私、行きます。すべては私の軽率さからの不始末ですから……」

「いけません! 危険です!」

 メイドさんは大きく息を吸い込んでから振り返った。

「ダンナ様、もし……私に何かあった時は……」

 そう言いかけて、頭を振って、最悪の事態を否定した。

「メイドさーーんん!」

 メイドさんは私の制止を振り切って、果敢にモウモウと煙る屋敷の中へと飛び込んで行きました。

 もう屋敷中に煙が回っているでしょう。

 しばらくして……バタンと扉が開くとメイドさんが資料を救助して戻ってきました。

「けほけほ……あぁん、目にしみますー」

 涙目になって目をこするメイドさんを、私は思わず抱きしめた。

「なんて無茶をするんですか。資料なんかメイドさんに比べたら……」

 ぎゅっと私の胸に顔を埋めたメイドさんが、おずおずと答える。

「でも、これがないとお困りになるのでしょう」

「数時間の辛抱です。それよりもメイドさんに何かあったら、私は……私は」

「スミマセン。でも私、ゴキブリと違ってこんな事では死んだりしませんわ」

 どうしてこんな事になったのか。その顛末をあらためて聞いてみた。

「実はキチンと準備をしてから駆除しようと思ったのですが……」

「いきなり目の前に姿を見せたので思わず殺虫剤に点火してしまったのですね」

 ともかく、これでメイドさんの天敵であるゴキブリも一掃されることでしょう。

  

 

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