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「ダンナ様?! どちらですかぁ?」
「……」
困りました……。
メイドさんが私を探しています。
ですが、今、私は非常に恥ずかしい状況にいるのです。
メイドさんが、トイレのお掃除を終えるまで、書斎で待っていたのまでは良かった。
お掃除を終わったのを見計らって、トイレに入ったのまでは良かった。
しかしトイレットペーパーが切れているのに気が付かなかったのは良くなかった。
「ダンナ様?」
「……」
もちろんメイドさんに持ってきてもらえばよいのですが……
その時、扉の向こうから小さな声がしました。
メイドさんに見つかってしまったでしょうか……。そう思っていると
「にゃぁお☆」
と、愛らしい猫の声が聞こえました。
「どこの仔猫か知りませんが、実はトイレットペーパーが切れているんです」
「……ふみぃ?」
「メイドさんに知られるととても恥ずかしいのでこっそり持ってきてもらえませんか」
しばらしくて、扉の向こうから、小さな鳴き声がした。
「にゃお☆」
さらにカリカリッと扉を引っかくような音がしました。
またしばらくすると今度は何も聞こえなくなり、私がこっそり扉を開けると、そこ
には真新しいトイレットペーパーがおいてありました。
ご丁寧な仔猫です。私の気持ちを察して姿も見せずに消えたようでした。
「あ、ダンナ様、どちらにいらしたんですか?」
リビングへ戻ると、メイドさんがいた。
「いえ、その……。それより私を探していたようですがどうしたんですか?」
「買い物に行って来ますとお伝えするつもりだったんです」
「買い物ですか、それで何を?」
「はい、トイレットペーパーが切れていましたので、買ってきますと……」
ペコリとおじぎをしてキッチンへ向かおうとするメイドさんに私は声を掛けた。
「メイドさん、親切な仔猫がいたのですが、お礼は何がいいと想いますか?」
「仔猫へですか? 最近の仔猫はおいしいチョコレートも食べるみたいですよ☆」
振り返りながらそう言うと、小首を傾げて手を招き猫よろしく顔の横へ持ってきて
「にゃん☆」と鳴いた。
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「……メイドさん、これは……」
ダンナ様は困ったようなお顔をしました。
いつもの夕食の時間でした。
「ハイ。ニンジンです」
「メイドさんのお料理はみんな美味しいです。が、私はどうもニンジンが苦手でして」
「ダンナ様、好き嫌いはいけませんよ」
何度お料理にニンジンを入れても こっそり残してしまうダンナ様。
「世の中にはご飯が食べたくても食べられない方もいらっしゃるんですから」
「その方たちに私のにんじんを差し上げるというのはいかがでしょうか……」
冷や汗をかきながら、苦しい言い訳をするダンナ様。
私が少し怒りんぼな顔を見せると、ダンナ様はおずおずと話しました。
「そんなにお口をへの字に曲げないで下さい、せっかくの可愛いお顔が台無しですよ」
「ダンナ様、私のお顔を心配して下さるのでしたら是非ニンジンを食べて下さいませ」
こっそり横へ避けようとするニンジンを指さして言いました。
「そうすればこんな顔をしなくても済みますし、笑顔にもなれますから」
私はちょっとそっぽを向いて目を閉じました。
ダンナ様はシュンとなられています。
こっそり片目を開けてご様子を見てから、ふぅと小さく溜め息をついて言いました。
「わかりました、ダンナ様。その代わり、他のお料理は全部召し上がって下さい」
人差し指を指しながら代案を提示すると、パッと明るい顔になられました
「よろしいですね、ダンナ様!」
「ありがとうございます。判りました、他のものは全部食べますから」
ニンジンの入ったお皿をキッチンに下げにいきました。
チラリを振り替えると、ダンナ様は他のお料理をぱくぱくと召し上がっていました。
もう、子どもみたいなダンナ様。
でもダンナ様はご存知ありません。
今、食べているお料理の中に、ニンジンが細かく刻んで入っている事を。
クスクス。
いつか、ちゃんとニンジンを食べられるようになってくださいね、ダンナ様☆
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「ダンナ様、雨ですね」
雨のそぼ降る庭先で、カサを差してたたずむメイドさんがいた。
グレーの世界に、メイドさんのきれいな空色のカサだけがひときわ目立っていた。
「このお屋敷も大きくて素敵ですが、こちらにもご自分のお家をもっている方がいらっしゃいますよ」
庭のみどりの上を指さして、招いてくれた。
そこには、小さなかたつむりが雨の中をゆっくりゆっくり歩いている姿があった。
私のために、小さな身体でいっぱいに背伸びしてカサを掲げるメイドさん。
そっとメイドさんからカサを拝借して、私が代わりにカサを差す。
「メイドさんも素敵なものをお持ちですね」
メイドさんのカサを見ながら言った。
小さなひとつ屋根の下、アイアイ傘だと思うと急に頬が熱くなるのを感じた。
初めてメイドさんがやってきた時、荷物の中に刺さっていたカサ。
「取り立てて何でもないものなんです。でも私にとっては大事なもの」
そのカサもそんなにメイドさんに大事にしてもらえたら幸せですね。
「ですから私、雨の日もそんなに嫌いではありません」
「そうだ! いつも頑張っているメイドさんに、今度長靴をプレゼントしましょうか」
そう言うと、控えめに辞退されてしまいました。
「ありがとうございます。ですが私は当然の事をしているだけですから」
細かい音を立てて降りしきっていた雨が、次第にやみ始めた。
風が雲の緞帳を引っ張って、空のステージに青空が見えた。
「わぁ〜!」
エプロンドレスの裾を摘んで、水たまりに濡れないようにするメイドさん。
胸の奥から暖かくなるような微笑ましくも、可愛らしい仕草。
くるくると舞いながらはしゃぐメイドさんが私に話しかけた。
「でもお日様が出ている方が、お洗濯も出来ていいですけど」
水滴のキラキラ反射するガーデンステージで、ダンスを披露したメイドさんに、
大空も負けじと大きな虹の橋を創って見せてくれた。
「ダンナ様! いつも頑張っているご褒美でしたら、この虹を戴きます」
虹を指さしてから懇願するように胸の前で手を合わせて私を見つめた。
「この虹が消えるまでのダンナ様のお時間を私に下さい」
虹が消えるまで、私はメイドさんと一緒に空を見ていた。
でも、メイドさんと一緒に虹を見られるなんて、私の方が幸せな気がします。
いいのでしょうか。私の方が素敵な贈り物をもらっているようです。
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「ダンナ様ぁ〜、んっく☆
んっく!」
いつものエプロンドレスを着たメイドさんが、ぱたぱたと駆け寄って来ました。
何かを言いかけていながら、別の事が気になるような感じでいました。
「あ、あの……ダンナさま……えっと……実は、……んっく★」
「え?」
「え〜ん、実は先ほどから 急に んっく★ その、んっく★…… んっく!」
どうやらメイドさんは、しゃっくりがとまらなくなったようでした。
「やはり、オーソドックスにびっくりさせるのがよろしいでしょうか」
「そうですね、んっく★ お願いしますダンナさ……んっく★」」
「頃合を見計らって脅かしますから」
お仕事に戻ろうとメイドさんが後ろを向いた時、私はすかさず肩をぽんっと叩きました。
「わっ!」
「…………」
「どうですか?」
「……止まったみ……」
と言いかけた時。
「んっく!」
私たちはハァと溜息を付きました。
私が驚かせると言っても、メイドさんはそれをご存じでの事ですから、やはり無理のようでした。
「砂糖水を器に入れて、上にお箸で十字を作って四方から飲むと止まるそうですよ」
とっておきのおまじないだったのですが、効果はなかったようでした。
色々な方法でとめようとする私たちでしたが、なかなかメイドさんのしゃっくりは止まりません。
「メイドさん、口を大きく開けて下さい」
「ハイ、こうですか……」
すると、ひときわ大きく、ヒックっ!
「やん……」
酔っぱらった人の真似をする時に出るような大きなしゃっくりが出て、メイドさんは恥ずかしそうに口元に手を当てて頬を染めた。
「今のしゃっくり、かわいらしかったですよ、もう一度聞かせて下さいませんか?」
私がそういうと、メイドさんは口を押さえたままフルフルと首を横に振りました。
「そんな事をおっしゃらずに、もう一回しゃっくりして下さい」
メイドさんに顔を近づけてみると、口元から小さく声が漏れた。
「恥ずかしいですぅ」
「止まりましたね? しゃっくり」
私が微笑むと、メイドさんも驚きながら、しつこいしゃっくりが止まっているのに気が付いた。
「え? あ、本当! 流石はダンナ様です、ありがとうございました」
止まりそうで止まらないしゃっくりに一喜一憂しているメイドさん。
見ていると、とても面白いトーイみたいでしたよ。ふふ☆
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