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まもってあげる

 

 本作品は「第二回銀羊小説大賞」応募作品です

まもってあげる

 はがんばった。
 私には守らなくてはいけない者たちがたくさんいるから。
 私が死ねばともに滅びる幾億の命たち。
 彼らは私を知らない。
 私が生きていることで、彼らは守られていることをぜんぜん知らない。
 
 朝まで星を数えた夜も、世界が私のものだと感じた大会優勝も。彼らには意味すら理解できない。
 彼らは私を守り、ときにはひどくおびやかす。
 彼らは私の中で無駄な戦いを繰り返す。
 彼らには彼らの理由があるのだ。私はそれを知っている。
 彼らは野蛮だ。生きることと増えることしか考えていない。狭い世界で他者を侵し広がることを渇望する。
 彼らの中には私の味方がいる。戦うためだけに生まれた凶暴な戦士たち。
 敵を覚え、敵を見つけて、滅ぼすためだけに時を待ち続ける。
 私を守る強力なシステム。でも彼らは時に私を裏切り私を傷つける。
 彼らはあまりに小さくて、私の目には見えない。
 彼らには私が大き過ぎて、私を想像することさえない。
 彼らは、その命が私にとってとても大事な意味を持っていることを知らずに生まれて死んでいく。
 お互いを必要としているのに、会ったこともない私たち。
 
「緊急入ります!」
「処置室3番準備終わってます」
「担架移送します。いいですか? 1・2・3!」
「石川さん。聞こえますか? 石川さん。服を切りますからねぇ。だいじょうぶ
ですよぉ」
「心拍下がってます」
「……理菜! 理菜ぁ!」
「電気行きます。下がって」
「…………!」

 ああ……死んでいく……私の中で何百億、何千億の命が消えていく。
 突然の破滅に襲われた彼らには、身を守る術もない。
 流れだす血とともに、異世界である外界に放り出された彼らはひとたまりもなく死んでいく。
 死んでいく理由すらわからないに違いない。
 
「理菜は。あの子はどうなんですか!」
「お母さん。どうか落ちついてください。いま緊急手術中です」
「どうしてあの子が交通事故なんかに」
「通学路にトラックが突っ込んだようです」
「あああっ!」

 ……私は
 私は……
 わたしが死ぬと世界はどうなるの?
 私もなにかの一部なの? だとしたら。私が死ぬと誰かが困る?
 だって私は必要だから生まれてきたんでしょ?
 
「手術は終わりました」
「あの子は……理菜は!」
「お母さん。全力を尽くしたのですが。残念ながら」
「ああ! あああっ、理菜!」

 死んでいく彼らは苦しんだ? 彼らのために涙を流した?
 彼らに悲しみはあるの? そんなものはないはず。
 私はそれを知っている。
 じゃあ私が死んだら、私のために私の知らない感情をもつ誰かがいるの?
 「悲しい」よりももっと悲しいなにかで私を想ってくれるの?
 私はここにいます。
 あなたはそこにいるのですか?
 あなたの作った世界を守るのが私の生まれたわけなら。
 私は彼らに言おう。
 私はここよ。
 私がみんなを守ってあげる。 
 私は彼らの世界そのものだから。
 私はまだまだがんばるんだ。
 
「……先生! 綾木先生。至急処置室3へ来てください……」
「……脈が……」
「………………」



 

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