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ともに神を愛すればこそ

第5章−2

 

  ち誇ったように号羅はゆとりの微笑みを向けた。
「さらに完成の域に到達させることが種としての使命と心得る。そのためには雅流殿、貴公の時間循環の法呪が必要である。抽出した知塩を永遠のものとするためには、時間循環が最適であると考える」
 すでに知塩の言葉を言うのにも、なんの躊躇もなかった。当然の権利でもあるかのように、雅流に実験の提示を求めた。
「雅流殿。雅流殿。協力することが道である」
 手の平をかえしたように御老体は雅流にせまった。雅流は神々の言葉を聞き流して号羅に向き合った。
「私と貴公は、ともに実験を完成させていない。貴公は記憶という資源を持つが、保持する手段を持たない」
「ふむ?」号羅は片眉を上げてそれを聞いた。そして言った。
「私は法呪を完成させつつも、記憶の資源を持たない」
「ともに完成させようではないか」
 両手をさしのべて号羅は言った。
 雅流はゆっくりと首を振り、号羅の言葉をあざ笑った。
 白い歯をむき出して、雅流がすさまじい笑みを浮かべた。
「私が完成させるのだ」
 雅流が言った瞬間。アピアの口から最後の法呪文がほとばしった。
「ーーーーーーオンーーーーーーー」
 雅流の姿が陽炎のようにわずかに揺れた。
 突然、城を取り巻く空気が重くなった。
 なにかの質量が、この空間に加算された。
「……なにをした!」
 号羅が樽の知塩をしても理解できずにうろたえた。
「いったいなにをしたのか。雅流殿!」
 重ねて号羅は聞いた。雅流は答えて言った。
「忘れたのかね? ならばもう一度言おう。二度と忘れるな。私は資源としての記憶がほしい」
 その瞬間。号羅の回りの空気がいっせいにゆらいだ。細かな色の組み合わせが乱舞した。
 クンフにしては大きすぎる人型が、樽の回りで実体化した。
 長い金髪をなびかせた人の娘が、北の海のクリオネのように空中に泳ぎ出した。
「……リ・ラヴァー……!」
 号羅が、神々が驚愕の声を漏らした。
 神の属性を持つ七千九百九十九人のリ・ラヴァーが、突如として現れた。
 号羅の足元に積み上げられた無数の知塩樽。それを支える不可視の力場に乗って、彼女たちは空中に出現した。
「喰いつくせ」
 雅流が命令した。
「ぁあああぁぁっっ……ん」
 リ・ラヴァーが雅流の命令に服した。
 召還されたそのままの姿で。あるものは宮廷服を着て、あるものは畑で働く姿で、恋人の姿で、そして花嫁の姿で。
 彼女たちは号羅の発する力場を滑り樽に取り付いた。
 樽は個々に守られているわけではない。歳若い健康な彼女たちの力でたやすく蓋がこじ開けられた。
「おおおっ! まさか。そんな……雅流殿。やめろ。やめろ。馬鹿なまねはやめろ!」
 一瞬まえまでの優位が、もろくも崩れかけていることを号羅は理解した。
「ラブドエリスか? ラブドエリスだな。こんなくだらないことを雅流殿に吹き込んだのは。おのれ下らない人間め」
 号羅は錯乱して叫んだ。
「ラブドエリス? 心外であるな。彼はどこか下界でことの成り行きを見上げていることだろう」
  目を大きく見開き、雅流は微笑んだ。
「まあ良いさ。リ・ラヴァーをこうして操れるのはラブドエリスのリ・ラヴァーであればこそだからな。号羅殿。こうしているあいだにも、そら、リ・ラヴァーどもは貴殿の記憶を喰っているぞ」
 今度は雅流が笑う番だった。
 リ・ラヴァーたちは取りつかれたように、知塩をむさぼり喰い始めた。
 樽の中に両手を差し入れ、黄金色に輝く知塩をすくいとり、次々と口に運んでいった。
「んんんっ。ああああぁぁ」
  一口、口にするたびに、リ・ラヴァーたちのあいだからため息が漏れた。
「おおおっ。知塩が。貴重な積年の知塩が! リ・ラヴァーどもが!」
 号羅は法呪の青い炎をリ・ラヴァーに浴びせた。直撃を受けた三体のリ・ラヴァーが、五個の樽と共に落下していった。
「うっ、があ」
 悲鳴を上げたのは号羅のほうだった。知塩のあいだにくまなく張り巡らされた記憶探索線が焼き切れて、すさまじい苦痛を号羅に帰したのだ。
「おおっ、知塩が。私の知塩が」
 号羅は膨大な数のリ・ラヴァーに圧倒されていた。なすすべもなく知塩が喰われていくのを愕然と見つめていた。
 リ・ラヴァーたちの外観に、たちまち影響が現れ始めた。まず髪の色が黄金色に染まり出した。毛根から色素が染み込むように先端に向けて色が変わっていった。
「号羅殿。いかんな。この知塩は純度が低いな。黄金色とは。精錬度が低い。アリウスのように純白になる必要があるぞ」
 雅流が肩をすくめて言った。
「おおっ! ああ!」
 号羅は狂ったように雷を飛ばして、リ・ラヴァーを打ち落とした。数十体の少女達が樽を抱いたまま落下していった。そのたびごとに号羅には神経を引きちぎられるような激痛が襲いかかっていた。   
 しかし、リ・ラヴァーの圧倒的な数を一度に排除することは不可能だった。それは樽を全て捨てることを意味した。
  いまや御老体すら正しく状況に介入することの手段を選べずに、天のかなたで沈黙していた。
  すべての汎神族が注目しているであろうこの場において号羅は真の決断を迫られた。
「雅流殿。雅流殿……! わ、私が……」
「なにか? 号羅殿」
  冷たい雅流の声が笑った。
「私は雅流殿に敗れ従う!」
  血を吐く呪の言葉が放たれた。
「乞い願う……リ・ラヴァーを引きたまえ。貴重な、貴重な我が知塩をこれ以上……」
 身をよじり、号羅が泣いた。
 記憶を奪われる。それは汎神族にとって命を奪われる以上の恐怖だった。
「号羅殿」
 雅流はわざとゆっくり言った。
「号羅殿。勘違いされるな。私は貴殿と勝負をしているわけではないのだよ。貴殿の知塩を貰いうけている最中なのだよ」
「おお、あああっ! 隷ラディオ! 凶悪なる畜生・隷ラディオよ!」
 号羅がその名を呼んだ。
「隷ラディオ! 雅流殿をいさめよ!」
 二呼吸の時間が過ぎた。
 あの戦闘生物を知る雅流は警戒し、法呪による物理障壁を展開した。
 さらに四呼吸が過ぎた。
「……どうしたのかな?」
 雅流が笑いかけた。
 ごわっ、と黒い塊が雅流たちのうしろの空中に現れた。
 それは巨大な羽虫の羽音を響かせて、雅流に体当たりした。
 刹那。雅流の体から強烈な光があふれだして周囲を圧した。
「がっ……!」
 雅流の口から生物ばなれした悲鳴が漏れた。
 物理障壁は木っ端みじんに砕け散り、光の破片となって散乱した。
「雅流様!」
 アリウスが状況を理解したとき、雅流は絶望的な状態となっていた。
 美しい黒髪がマントのようにひるがえっていた。その位置が脚に対して不自然だった。
  彼らを支えていた力場が消失して、ゆっくりと落下が始まっていた。雅流の美しい体が半分にちぎれかけていた。
 すぐ近くを黒光りする巨大なものが落下していた。それはずたずたに裂けた虫の羽を持つ、汎神族ほどの大きさのものだった。鎧のような外皮に似合わぬ表情豊かな眼で、それは笑っていた。
「隷ラディオ……?」
 アリウスがつぶやいた。
 雅流、号羅双方がひどく傷ついたいま、彼らを位相遷移させていた法呪が維持されなくなっていた。
「うわっ。なんだ、ありゃ」
「落ちてくるぞ」
「たいへんだ。落ちてくるぞ。逃げろ!」
 城の回りに集まっていた人間たちの頭上に樽の山が現れた。位相遷移が崩壊して、本来の空間に属性を持つすべての物が一斉に押し戻されたのだ。さきほど広場から消え失せた膨大な数の樽が、小山ほどの塊になって彼らの頭上に現れた。
  それがゆっくりと落ちてくる。号羅が最後の力をふりしぼって維持するのは浮遊の法呪だった。もはや落下速度を遅らせる程度の力しかない。
 状況を理解する護国法兵士たちは、その場に踏みとどまり、貴重な樽を軟着陸させようと膨大な法呪を繰り出した。
 神々の足もとに黒いキチン質の生物が落下した。
「げっぐっ。ぐっぐっぐぐぐっ」
 使い物にならなくなった透明な羽を震わせて、怪物は立ち上がった。
「でやあああっーー!」
 大気を引き裂く気合いが走り、青白く光る長剣が黒い体を叩き斬った。飾り物のように退化した虫の足が空中に飛び散った。
「隷ラディオオォ!」
 ラブドエリスは悪鬼の形相で肉薄した。腹の外皮の接合面に短デュウの銃口をねじ込むと、充填された爆裂弾のすべてを撃った。
 くぐもった爆発音が腹の中で立て続けに響いた。
「ごああっ」
 兜虫の足のような外皮に覆われた恐竜の尻尾がラブドエリスを襲いはじき飛ばした。
 五メンツルも飛ばされながら、ラブドエリスは跳ね起きた。
「ぐっぐっぐっ。ラブドエリス……」
 不死身の戦闘生物が再び眼前に立ちはだかっていた。以前より一回り巨大になっている。
 形こそ恐竜の肉体を模しているが、内骨格の体ではない。昆虫の強力な外骨格で形作られた、黒光りするすさまじいものだった。
 全身のいたるところから、使い物になりそうもない虫の脚が突き出していた。唯一残った肉の頭も、なかばキチン質に覆われ装甲されていた。表情豊かな深紅の両眼だけが、かろうじて知性を感じさせた。
「あんたのタフさには、つくづく感心するわ」
 隷ラディオはぎしぎしと関節を鳴らして笑った。
「バカ野郎。イカ臭ぇゾンビロウだって、てめえにくらべりゃロリータにかよわいぜ」
 ラブドエリスは若い神から奪った分子粒振動喚起剤のアンプルを割って剣に垂らした。
 それは剣の刃を分子レベルで高振動させて、あらゆるものを斬り裂く機械学の産物だった。
 剣が喚起されてオレンジに輝きだした。
「お待ち。ラブドエリス。決着をつけたいのは私もおなじだけど、今は汎神族に準じるのが先よ。そうでしょ?」
「なにおう?  口が曲がるぞ、てめぇ」
「私はあんたと戦うことを禁じられているのよ。会ったらお茶しなさいってね」
「てめえのド頭の中にゃ茶柱が詰まってるだろうが!」
「まあ、おめでたい茶釜ね。でもね、いまは世話のやける神様たちの面倒をみてあげることが大事よ? ちがう?」
 言うが早いか、隷ラディオは十メンツルも飛び上がって落下を続ける樽の山に向かった。
「……げっ。なんてジャンプだ」
 ラブドエリスは度肝を抜かれた。ますます化け物じみてくる。
 しかしいまは隷ラディオの言うことが正論だった。人間として従属生物として、己の神を救うことが第一であった。
 ラブドエリスは隷ラディオが完全に視界から消えるのを見定めてから、雅流が落ちたところを目指して走りだした。
 雅流の居場所はすぐにわかった。そこは暴走する法呪の光が、噴水のように立ち昇っていた。神々しい白い光が途切れることなく天に向かっていた。
 光の中に立つ影が三体。いや、地面に倒れた雅流に覆いかぶさるようにかがむギュリレーネの姿もあった。
「どうだ。どうなってんだ。アリウス」
 ラブドエリスはその場に駆けよると、アリウスの肩をつかんで聞いた。
「うっ、うはあ。こいつはひどいな。まっぷたつじゃないか」
 ラブドエリスは想像以上の雅流の状態に驚いた。胴体の一部が完全に失われていた。隷ラディオの一撃でえぐり取られていた。
「聖火香様。でもこの身体は実体じゃないんだろ? 事象発生確率を再設定すればいいんだろう?」
 ラブドエリスは雅流の横に立ち、なにかの法呪文を唱えている聖火香に聞いた。
「そうとも言えるし、そうとも言えない。装置の創り出した身体に違いないが、雅流自身であることもまた確かだ」
「聖火香様! 雅流様をお助けください」
 ギュリレーネが涙声で訴えた。
「私の身体を素体に使えるものなら、喜んで差し出します。聖火香様」
「アリウス。このハデな本番で雅流の一番近くにいたのはおまえだ。なにか指示は出ていなかったのか? こんなことは想定していないのか」
 ラブドエリスが聞いた。
「雅流様は次に、リ・ラヴァーの集約をしようと考えておられたはずです」
 アリウスが言った。アピアと並んで立つ彼は機械のように冷静だった。
「リ・ラヴァーを集約? 八千人からの彼女たちを集約って、どういうことだ?」
 ラブドエリスが聞いた。
「一体のリ・ラヴァーにしようと考えておられました。ーーアピアの身体を使って」
 全員の視線がアピアに集中した。
 この小さなアピアに八千人分ものリ・ラヴァーの記憶を集約しようというのか?
「でも、どうやって。彼女たちは肉の身体をもっているんだぜ。身の丈百メンツルの合体魔人でも作るつもりかよ」
「いいえ、聖火香様の事象発生確率制御装置を使って、すべてのリ・ラヴァーはアピアに等しいと宣言する計画でした。そのためにシベツの街で、リ・ラヴァーの製造印、魂介入印を奪ってきました。これにより雅流様はリ・ラヴァーの精神面だけでなく、物理属性にまで干渉することができるようになりました」
 淡々とアリウスは説明した。
「するとアピアはどうなるんだ?」
 ラブドエリスは自分の姿を模した少女を見た。
「……私のように自身の意識をとどめることは難しいでしょう」
  アリウスは目を伏せて言った。
「量が半端じゃないからか」とラブドエリス。
「それもありますが、あの知塩は私が食したもののように統一され、体系付けられたものではありません。私が食したものは一柱の神の記憶のすべてでしたが、いま彼女たちが食しているのは、記憶溢れを起こした神たちの断片的な知塩ばかりです。人の姿を維持できるかも難しい……」
 聖火香がその後を続けた。
「量は圧倒的だが、整理されていない雑音だらけの知識だ。重複も多い。だから見よ。号羅は自在に知識を活用することができずにリ・ラヴァーたちに知塩を喰われている」
 聖火香が指さした方向では、いままさに号羅と樽と無数のリ・ラヴアーたちが地面に激突しようとしていた。
 下面にいたリ・ラヴァーたちが何人も樽に押しつぶされていく。だが同時に樽も連結を失い、号羅に断末魔の激痛を送り込んだ。
「…………がぁぁぁっ……」
 号羅の悲鳴がここまで届く。
 護国法兵士たちの懸命の努力で、樽はすこしずつ分離されているが、号羅の法呪を解読、解呪しながらの作業は、いかに彼らといえども困難な作業だった。
 樽はひとつひとつ法呪でくるみこまれ、記憶探索結合を慎重にはずしながら分離されていく。そこにリ・ラヴァーが取り付いていれば、その体ごと切り離していった。
  アピアは眼前の光景から目を背けた。彼女と他のリ・ラヴァーのあいだにはなんの結合もない。痛みは感じない。
 しかしはじけた樽に空中高く飛ばされる髪の長い人型は、見慣れた自分の姿だった。
 アリウスがうしろからアピアの両肩に手を掛けた。彼の真っ白な髪がアピアの頬に触れた。
 アリウスは強く、強くアピアを抱きしめた。
 ここに普通の人間はいない。
 ラブドエリスもアリウスも、そしてアピアも、全員が神の実験のためにここにいる。雅流の意志のもとに用意された者たちだ。
 しかしいま立場は揺らいでいた。雅流は倒れた。彼らは自由だった。
 雅流を残して、この場を去ることもできた。聖火香は止めないだろう。止める理由がない。
 人間の街に戻り静かに暮らせば、人間の一生分の時間ぐらいすぐにたつ。それをいさめる権利は誰にもない。
 ラブドエリスは、抱き合うアリウスとアピアを見て本気で考えた。少なくても彼らはここから立ち去らせるべきではないかと。
 雅流の、ある意味では自分勝手な実験に、これ以上彼らを巻き込む必要はないのではないか。彼らの役目は終わっているはずだ。
 そのとき、号羅に異変が起きていた。
 悲鳴はいつしか狂気の叫びに変わり、意味不明の古い法呪文を絶叫していた。意志があってのことなのか、錯乱による戯言なのか。御国法兵士たちでさえ意図を計りかねて、ただ聞いていた。
 やがて声に応えるかのように城門が開いた。その奥から数十人の人間が、なにかを運び出してきた。
 毛のない全裸の男女が頭上高くに持ち上げて、巨大な円盤状のものを持ちだした。
「なんだ。ありゃあゾンビロウじゃないか?」
 ラブドエリスが言った。
「なにをしているんだ?」
 鉄の輪は、あきらかに法呪でくくられていた。ゆらめく陽炎がじわじわとたち昇っていた。
「あ、あれは……」
 アリウスがひきつった声を出した。
 恐怖に歪む神の声だ。
「おおっ……万に千切れて地獄に落ちよ。号羅め」
 聖火香までが呪いの言葉を吐いた。
 それは鉄士別の昔から、神の記憶を抽出してきた首の並ぶテーブルだった。
 記憶潜行の恐怖がまざまざと思い出された。
 記憶溢れを起こした神々の怒りと恐怖と無念さが、血となって知塩となって垂れ、鉄の輪に染み込んでいた。
 意志を持たない狂気の塊。歪んだ希望の臭いが凝り固まった黒い鋼鉄。
 その力を、号羅は利用しようとしていた。
「見て。護国法兵士たちが変よ」
 いつのまにか立ち上がったギュリレーネが言った。
 輪の接近に押されるように、護国法兵士たちが後退を始めていた。あきらかに彼らは躊躇していた。いや、逃げていた。
 不気味なゾンビロウたちは、鉄の輪に発する法呪に焼かれながら、それを号羅の近くまで運んだ。号羅は地面に散乱した樽に、なかば埋まるようにして、それでも法呪文をわめき散らしていた。
 最後まで踏みとどまった数柱の護国法兵士たちがゾンビロウの群れに呑み込まれそうになった。
 そのとき巨大な黒い獣がゾンビロウに襲いかかった。圧倒的な力がゾンビロウどもを熊のぬいぐるみのように殴り飛ばした。鉄の輪を支えていた片端がいなくなり、輪は地面に突き刺さった。
 ゾンビロウどもは、わらわらと広がり、再び鉄の輪を持ち上げた。
 その隙に護国法兵士たちは後退を開始した。
「ありゃあ、隷ラディオじゃないか? なにやってんだ? 号羅の邪魔をしてやがるぜ」
 ラブドエリスは驚いてつぶやいた。
「が・が・がりゅううぅぅーーーー」
 号羅の叫びが大地を揺るがした。
「がりゅゅうううぅぅっっ」
 城の中から押し寄せるゾンビロウの数に圧倒されて、さすがの隷ラディオも容易に鉄の輪に近づけないでいた。
 彼を支援するかのように、一柱の護国法兵士が踏みとどまっていた。
 白銀の貴金属鎧が様々な光を反射して、きらきらと輝いた。苦手であろう攻撃法呪を繰り出して懸命に恐竜を援護していた。
 ラブドエリスは聖火香を振り返った。
「聖火香様。俺に事象発生確率制御装置を貸してくれ」
 ギュリレーネは驚いてラブドエリスと聖火香の顔を見比べた。いま雅流の姿を維持している装置を貸せと、ラブドエリスは言っているのだ。
「ラブドエリス、なにを……」
「ギュリレーネ。号羅様は見境いがなくなっている。奴はいま目先の敵として雅流を襲うぞ。そして汎神族、人間の区別なく危害を加えることになる」
 アリウスが言葉を継いだ。
「ギュリレーネ様。あの鉄の輪はすさまじい呪いで凝り固まっています。数千もの神々の無念が、記憶があの鉄の輪を通して樽に集められました。 その呪いを利用されたならば、いかなる神といえどもかなうものではないでしょう」
「雅流はやりすぎた」
 ラブドエリスが吐き捨てるように言った。
「うまくやりすぎたんだ」
「………………」
 ギュリレーネは、それでもまだ決心できないでいた。いま目の前にある雅流の姿を失うということ自体が耐えられないことだった。
 しかしラブドエリスはもはや躊躇することはなかった。
「借りるぜ」
 右手のナイフを握りしめると、雅流の胸をまっぷたつに切り裂いた。
「ひっ……」
 ギュリレーネの口から悲鳴が漏れた。
 そのまま中を探った手が、光る玉をつかみ出した。それは光の乱舞するこの場においてさえまぶしく輝いた。
 雅流の首球だ。
「……雅流様」
 アリウスがささやいた。
「ああっ、あああぁっ」
 ギュリレーネがぼろぼろと涙をこぼした。
「ーーーう……わっ」
 突然ラブドエリスの体が大きくのけぞった。手にした雅流の首球が激しく発光を始めた。白い強烈な光が四方八方に向かった。
 またたくまに光は周囲に広がり、居合わせた者達を呑み込んだ。
「が、雅流様!」
 ギュリレーネが小さく叫んだ。
 雅流の意志がなにかをしようとしていた。
 雅流の意識はまだ、実験に固執していた。
  号羅に劣らぬ執念で、彼らに法呪を展開した。
  雅流の声なき声が、彼らに必死の呼びかけをしていた。彼らはそれを感じた。
「なに? 雅流」
 聖火香がやさしく聞いた。
 ラブドエリス、ギュリレーネがまっさきに光の中に姿を消した。聖火香が、アリウス、アピアが逆らうことなくとりこまれていった。


 

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