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胸があつい気持ち

 

 

胸があつい気持ち

 こは繁華街のはずれの小さなホテルだった。
 私はいま彼女とこんなホテルにいる。それを考えただけで、足が震え出すほど緊張した。
「春日さん、あの、本当にいいんですか?」
 彼女に心配されるほど、私は浮わついていたらしい。
 部屋を選ぶためにパネルを見ていた私は、その言葉にひきつった笑いで応えた。
 私は彼女の姿を見ていられずに視線を引き剥がした。
 ブラウンに染まった肩までの髪が、さらさらと流れた。はっ、とするほど白い肌は、あまり化粧もしていないのに輝くほど美しかった。
 小柄だが小さな顔と均整のとれたスタイルで、白いワンピースがよく似合っていた。
 紅い唇からきれな白い歯がのぞいていた。
 彼女はこの春に短大を卒業したばかりの22才。
 私の所属する営業部に配属されてきた。今は九月。ようやく仕事を覚えたといったところだ。私が所属するチームのサポート的な役割をしてもらっていた。
 私たちのチームは、二年越しの大きなプロジェクトをかかえていた。つい先日めでたく受注に成功して、今日はその打ち上げだった。私は責任者として入れ込んでいただけにかなりはめをはずして盛り上がってしまった。
 三次会も終わり、三々五々帰っていく同僚たちの中で、私たちは二人きりになった。
 そう、私は意識的に仲間とはぐれた。
 私は自分でも信じられない勇気を振り絞って彼女に言った。
「ちょっと、いこうか」
「えっ? もう一軒ですか?」
「俺、酔っぱらっちゃったよ」
 彼女を強引に引き入れたホテルは、外見とは裏腹にかなりくたびれた内装をしていた。
 暗い照明にベッドだけで一杯の狭い部屋。私は彼女に申し訳ないと恐縮してしまった。
 部屋に入ると、私は彼女を抱きすくめてキスをした。
「……ん、ふっ」
 彼女は甘く応えた。私は彼女に逃げられるのを恐れた。
 ここまでついてきた彼女がいまさら帰ってしまうことはないのだろうけれど、しかし興奮した私は臆病になっていた。
 キスをしたまま、彼女のブラウスのボタンをはずしてスカートのファスナーを下げた。
「やっ、あ、だめ。だめです」
 小さく抵抗する彼女にキスをしたまま、私は彼女を下着姿にまで脱がせた。
 自分でも呆れる手際の良さだった。そのまま抱えるようにしてベッドに倒れ込んだ。それでもキスはやめない。私の指先がパンティにかかったとき、さすがに彼女もあらがった。
「いや、やだ、じぶんで……」
 私は息が止まるほど彼女を抱きしめた。私はスーツを着たままだ。背広越しに感じる女性の柔肌が、ひどく非日常的だった。
 するり、とパンティを奪った。ささやかな礼儀で、パンティを見ないようにして床に散らばった着衣の下に隠した。
 もう彼女はブラジャー以外なにも身につけていない。私はもう一度キスをすると、彼女を残して立ちあがった。
 彼女の身体の汚れは気にならないが、自分の汚れは気になった。彼女に不快な思いはさせたくなかった。
「……ずるい、自分だけ服を着てます」
 彼女はベッドの上で自分の胸を抱きしめながら、もじもじとつぶやいた。すらりと伸びた白い素足を恥ずかしそうにすり合わせていた。その姿を見て私は幾分安堵した。たぶん彼女はひとりで帰ったりしない。
「ちょっと、まって」
 私は浴室にかけ込むと、急いでシャワーを浴びた。汗の臭いを丹念に落とした。
 ベッドに戻ったとき、彼女はシーツを頭からかぶって丸まっていた。長い髪の毛だけが枕元にはみ出していた。
 その足元にブラジャーが転がっていた。私はベッドに腰掛けた。
「私ったらなにやってるんだろう……」
 彼女は小声で、しかし甘くつぶやいた。私はもう遠慮することをやめた。シーツをおもいきり剥ぎ取り、もう一度キスをした。
「君に触れるだけで、私は少年のように我を忘れてしまいそうだ」
 私は準備していた言葉を冷や汗をかく思いでつぶやいた。言ってから後悔した。なんてこっけいなセリフだ。
「…………ん」
 彼女は笑い出すことなく、愛撫に応えた。
 唇が首筋に降りていった。立てた指先が肩をなぞった。産毛の先をかすめるように爪先が白い肌を愛撫した。
「あっ……」
 彼女の口から声がもれた。毛根のひとつひとつが鋭敏な神経になった。唇の隙間から熱く濡れた舌がもれだした。
 淡い快感が全身に広がるのがわかった。
「どうして……」
 こんなに感じるのか。彼女は躊躇しているようだった。
「白くて……やわらかい。なんてきれいな身体……すごいよ」
 私は饒舌だった。しゃべらないと興奮でどうにかなってしまいそうだ。
「……ああっ、いや」
 私の指が彼女の秘裂をかすめた。黒くそこを覆った柔毛をなであげた。
 くちゅり、と音をたてて、すでに濡れそぼったそこは口を開いた。
 ……濡れている……。
 私は興奮してしまい、大きく顎を開けてかじりついた。歯が敏感な芽をかみしだいた。
「あ……! あっ」
 彼女の腰が堅く緊張した。そんな乱暴な仕打ちを受けたことなどなかったのかもしれない。ショックに身をすくませる彼女の体を飲みこむように、私は体を起こして覆いかぶさった。
「い、いや………ああ」
 力なくあらがう彼女の両手を右手で一掴みにした。そのまま頭上に持ち上げて固定した。
「うっ」
 私はがまんできずに彼女の股間に割って入った。一瞬、私のこわばりを感じた内股が緊張した。次の瞬間それは彼女の秘肉をこじあけた。
「ひぃ……あ」
 彼女の胸が大きく膨らんだ。胸が体の中から押し開かれた。
 肺が空気を欲してあえいだ。私はかまわずに、ゆるやかな律動が始めた。
 私の熱い息が彼女の首筋をなぶった。じわりと、鈍くあらがいがたい快楽が彼女の身体をかけのぼっていくのがわかった。
 たまらない光景だ。
「よく見える。君のその顔だ。きれいだ」
「いや、見ないで」
 彼女は目をつぶったまま首を振った。
「皆が言っているとおりだ。君はきれいだ」
「でも、私の顎は太いわ」
 こんなコンプレックスを彼女が持っていたとは意外だった。私は彼女の首筋に触れた。
「こんなに君の顎は細く可憐だ」
「……私は毛が……多いし……」
「白くて吸い込まれそうな肌だ。私はいつも見ていた。君を見ていたんだ」
「ああっ……!」
 激しく私は突き上げた。
「指が……」
「この形の良い指が私に触れているなんて」
「……はずかしい」
 背徳のかすかなうずきが、彼女の胸の奥をかきむしった。その甘い後悔は、肉壁の収縮となって私を責めたてた。
 官能の炎に全身を灼かれた彼女は、ただれるような苦悶のうちに私の舌に自分の舌をからめた。唾液を吸いあうような熱いディープキスが、理性を溶かしていった。
「う……ん、い、いや……。あ、あ」
 映画のように情熱的で官能に満ちた強烈な身悶えで彼女は狂った。自ら積極的に腰を振り、深く私を導き入れた。
 白い裸身が桃色に染まり、汗がきらきらとしたたり落ちた。
「ああっ……あっん」
 彼女には恋人がいるはずだ。その裏切りの意識が燃え立たせるのか、普段の彼女からは想像もできない乱れ方で私にしがみついた。
「あっ、そ……そこ」
 こぼれるように悦楽の音色が溢れ出た。
「ど、どうして、こんな……ああ」
 絶頂の気配が、もうそこまで来ていた。
「も、もう……いや、い、いきそう……」
 初めて口にする、あられもない言葉が彼女を一気に頂上へ押し上げていった。
 裸身全体から立ち昇る妖炎のような女の臭いに、私は彼女の最期を察知した。
 私ももう限界だ。ここまで耐えたこと自体信じられない。
 強引なまでに動きを速めた。
「い、いや……いく……いや、ああっん、いっちゃう。あ、ああっ」
 私は折れんばかりに彼女の背中を抱き締めた。細い腰と肩を鷲掴みにして、自分の動きのために押さえつけた。
 身体の自由を奪われて首と腕しか動かせない彼女は、もがき逃げ出そうとするかのように暴れた。
「もう……あ……ほんとに……い……っく……」
 端正な顔がゆがみ、眉に深いしわがよった。
「ああぁ! いや、いく……い、いくぅっ……!」
 白い肢体が彫刻のように硬直し、次の瞬間、小刻みなけいれんで跳ね続けた。
  

 私はゆるやかな愛撫をかさねていた。彼女の長い髪に顔を埋めた。そのしぐさは恋人のように愛情に満ちていた。
「君を愛している。君を失いたくない」
 彼女はすぐに答えを口にしなかった。
「……それは……」
 できない、と言おうとした。しかしその言葉は口から出なかった。
「君の美しさを私のものにしたい」
 私はたたみかけるように言った。
 だが、それきり彼女は一言も口をきかなかった。
 私は自惚れたのだ。こんな一回のために。
 しらじらと夜が明けかかったころ、私は涙を流しながらひとりで部屋を出た。



 

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