その2

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#名前は、すべて、旧姓で書かせてもらいました。
その1 1974〜1979は、こちら
その2 1980〜1989
その3 1990〜1999は、こちら
その4 2000〜は、こちら

■■■1980年(昭和55年)7年目■■■
1980年度になり堤が部長になる。

【葦芽19号(1981年版)より】
【p42、43】
Club・倶楽部・クラブ
文化(A 行事・記録、B 本年度をふりかえって)

放送部
A 6月 NHK全国放送コンテスト徳島予選 努力賞
  8月 夏季合宿
     NHK放送コンテスト全国大会 全国第2位
     NHK会長賞
  9月 市高祭
  2月 NHK徳島県新人コンテスト
B 今年は3年生に男子部員がおらず、1年生が中心となって活動してきました。
昨年までとはちょっとちがった「お昼の放送」が流れているので、昼休み、ちょっと耳をかたむけてください。
みなさんのご意見を待ってます(堤)
【p49】
クラブ一覧
放送部 顧問−箕浦、吉田K、部長−堤好史、部員数男−4,女19
予算−10,600
【p54】
放送部
1 8月5日〜7日 東京NHKホール
2 堤好史
3 第2位(研究発表部門) NHK会長賞
4 研究発表部門という特別な部門に初めて出場し、全国第2位という
徳島県出場者の中でただ一人の受賞者になれたことはうれしい。
だた、アナウンス、朗読、番組制作の各部門においての徳島県の
レベルの低さがNHKホールで痛いほど感じられた。(堤)
5 初出場の部門でいきなり全国第2位になり感激した。しかも1位との
得点差はわずかに1点だった。県予選で沈んだが、全国大会では、
放送活動の汗と涙を知っているベテランの公平な審査員が、暖かく
励ましの言葉をかけてくれた。結果よりもその思いやりがうれしかった。

9月 市高祭 校門 体育館でのPA準備

3月 17回生(放送部第6期 産田の学年)卒業

■■■1981年(昭和56年)8年目■■■
1981年度になり、昨年度に引き続き、堤が部長になる。

新歓遠足(眉山)

【葦芽20号(1982年版)p16より】
クラブ一覧表 文化部の欄に
<放送>、顧問<箕浦><新居>、生徒部長<堤 好史>、部員数男<6>女<19>、
予算額<¥8,800>

【葦芽20号(1982年版)p38より】
放送部  (A行事、記録 B本年をふりかえって)
A 6月 NHK放送コンテスト徳島県予選
     番組制作・ラジオ部門 優秀賞
  8月 夏季合宿(大神子海岸)
  9月 市高祭(表現の部・PA)
  1月 徳島県高校放送コンテスト新人大会
B 今年は一年生の入部数が少なく、女子の5名だけでした。番組制作のラジオ部門では、
入賞しましたが、アナウンス部門と、朗読部門では紙一重の差で入賞を逸してしまいました。
市高祭のPAをはじめ、来年度はみんなで協力して放送部をもりたてたいと思います。(清水)

【葦芽20号(1982年版)p46より】
参加出場記録  (1日時、場所 2出場者 3記録 4選手感想 5顧問所感)
放送部
1 6月21日 NHK徳島放送局
2 番組制作部門ラジオ部門
  (松原美香、川添真由子、堤好史)
3 優秀賞・第一位
4 昨年は研究発表部門全国大会第2位の成績だったが、今回は番組制作部門で県代表にエントリーされた。
 ただ制作日数が不足し、効果音をNHK徳島放送局の資料室に、また、フルトラックの録音については
 四国放送に、いろいろお世話になった。
 しかし、全国大会では上位入賞できなかったのが、心残りだ。(堤)
5 アナウンス・朗読が僅かの差で選に漏れ残念だった。責任を感じている。

【葦芽20号(1982年版)p78より】
記念特集〜昭和51年度〜
<生徒会活動>
   ・・・・・・・・略・・・・・・放送同好会はこの年、NHK全国高校放送コンテストに
4人の県代表を送りアナウンス部門で東三余子、朗読部門で佐光千恵子が見事入賞の
成果を収め、日ごろの地道な努力を実らせている。・・・・略・・・・

【葦芽20号(1982年版)p86】
記念特集〜昭和55年度〜
<生徒会活動>
   ・・・・・・・略・・・・・・放送部は、堤好史が研究発表部門で全国2位となり、
NHK会長賞を受賞した。・・・・・・略・・・・・・・


■■■1982年(昭和57年)9年目■■■
1 1982年度になり清水が部長になる。

【葦芽21号(1982年版)p17より】
クラブ一覧表 文化部の欄に
<放送>、顧問<松宮><新居>、生徒部長<清水佳久>、部員数男<3>、女<9>、
予算額<¥35,300>

【葦芽21号(1982年版)p43より】
放送部  (A行事、記録 B本年をふりかえって)
A 7月 NHK杯全国高校放送コンテスト県予選。アナウンス部門、阿部貴実子さん入賞。
  8月 NHK杯全国高校放送コンテスト 阿部貴実子さん出場。
B NHK杯放送コンテストでは阿部貴実子さんが一人奮闘。先輩の浜尾さんの指導でいい線まで
  いったのですが上位入賞かなわず。
  一方、市高祭の放送関係を一手に引き受け昼の放送に情熱をそそいだ一年でした。(清水)

【葦芽21号(1982年版)p46より】
放送部  (1日時、場所 2出場者 3記録 4選手感想 5顧問所感)
1 8月3日〜5日 東京都日仏会館
2 阿部貴実子
3 準々決勝
4 アナウンス部門で出場したが、よい経験になったと思う。他の県のレベルの高さに驚いた。
  そのレベルに一歩でも近づけるように、部員数は少ないが、努力していきたい。(阿部)
5 アナウンス部門は、原稿づくりからはじまる。高校生らしい明るい話題を選ぶこと、作った原稿は、
  自分が読みやすいこと、即ち言いにくいことばや発音のできにくい音は避けるなどだ。
  周到な準備と、多い練習量が上位入賞につながる。来年もがんばりたい。(新居)

【葦芽21号(1982年版)p85より】
新聞切り抜き帳
今年の顔<TV小説のヒロイン〜浜尾朱美〜徳島市高出身>
…シンデレラ的女優…
 大変な麗人だ。あふれ落ちそうな切れ長のひとみ。どこか若き日の岸恵子に似てい
る。4月4日からスタートするTBS系のテレビ小説第30回記念作品「おゆう」の
ヒロインとなる。もちろん県人としては初登場である。
 早大では西洋史学を専攻。北欧の小国の歴史に関心を持ち、バルトスカンジナビア研究員になった。
 北欧合唱団などにも所属、社会科の教員免許状を持ち、演劇、美術鑑賞が趣味。
 それに横笛を演奏し、歌を歌うのが大好きというマルチタイプ。
 「おゆう」に対抗するNHKテレビ小説は「おしん」ときた。ヒロインは人気絶頂の田中裕子だ。
 「私も大好きな方。とてもかないっこない。胸借りるどころか足もとなめさせてもらうつもりですわ。」と
 浜尾は苦笑いしながら勝気そうにひとみをキラキラさせた。女優を育てるTBSのうまさは定評がある。
 プロデューサーも「彼女にかけています。心中する覚悟」と打ち込みようは大変なもの。
 「おゆう」は四国放送でも4月5日から放送。(58.1.10徳島新聞)

3月 19回生(放送部第8期 清水の学年)卒業
    OB会 開催


■■■1984年(昭和59年)11年目■■■ New!
1 1984年度になり__が部長になる。

葦芽22号(昭和58年・1984年)より
【p15】部活動一覧
部員数 男子 7人、女子 9人 予算 49,000円
生徒部長 安丸 公子、顧問:浦上、新居

【p36】Club・倶楽部・クラブ

6月 NHK放送コンテスト徳島県予選
   阿部貴美子 アナウンス部門第2位。新居千昌 アナウンス部門奨励賞。
   番組制作部門 優秀賞。
8月 放送コンテスト全国大会
1月 徳島県放送コンテスト新人大会
B 今年は徳島県予選で阿部・新居の2人が入賞し、また番組制作部門でも入賞するなど、
  少ない部員が力を合わせてがんばった一年でした。
 また、今年の部は、先輩・後輩境がなく、和気あいあいとした雰囲気でした。
 来年も、今年以上に皆が協力し、クラブ盛りたてていこうと思います。(新居)

【p49】全国大会参加出場記録
1 8月9日〜11日 東京都電通ホール
2 阿部 貴美子
3 準々決勝
4 全国大会ともなると、レベルがすごく高くて練習不足を痛感した。アクセント・発音・原稿作りなど、
  毎日の積み重ねが大切だと改めて考えさせられた。いろんな面において勉強になった。
  来年は、後輩にがんばってほしいと思う。       (阿部)
5 全国大会ともなると、他の人がずい分上手に思えて来るもの。日頃の練習量が大切だと思われる。 (新居)


1月 OB会 開催


■■■1985年(昭和60年)12年目■■■ New!
1 1985年度になり__が部長になる。

葦芽23号(昭和59年・1985年)より
【p44】Club・倶楽部・クラブ
A 
6月 NHK放送コンテスト徳島県予選
   下泉祥子・朗読部門第5位。西峯登美・アナウンス部門奨励賞。
   番組制作部門・優秀賞(納田謙三)。
8月 放送コンテスト全国大会
1月 徳島県放送コンテスト新人大会

B 朗読部門で、二年生の下泉祥子さんが『ああ、野麦峠』をさわやかな調子で朗読して五位入賞を果たしてくれました。
  また、アナウンス部門でも、二年生の西峯登美さんが校内ニュースの原稿を読んで奨励賞を受賞しました。
  番組制作部門でも、二年生の納田謙三君が編集担当として活躍、一年生が取材した『葦芽(あしかび)』に
  ついてのインタビューを構成しなおして、市高創立時の様子などを紹介し、優秀賞を受賞しました。
  また、昼休みの放送や体育祭での進行なども、和気あいあいとした雰囲気で取り組んできましたが、
  平常の練習不足が気にならないこともありません。
  基礎的な発声練習などを怠らず、来年に向けて頑張ってほしいと思います。 (箕浦)
                            
【p51】全国大会出場記録
1 8月2日〜5日 東京・東条会館及びNHKホール
2 下泉祥子
3 準々決勝
4 自分で考えていたよりもはるかにレベルの高いものであった。改めて毎日の
アクセント・発音などの練習の大切さを考えさせられてしまった。いろんな面に
おいて刺激をうけ、勉強になった。この大会で学んだことを頭において、練習に
はげみたい。                       (下泉)
5 徳島県代表の一人として出場した朗読部門は、地方大会では、1981高が
エントリーされ、その技量を競い合いました。地方大会のレベルとは全く異なる
高い水準の参加者の朗読を聞いていると、言葉にならない様々な感情が浮かび、
日頃の高校生活の限られた時間を自分を自分が選んだ一つのことに集中して精励
した参加者の緊迫感のようなものに、胸うたれる思いがしました。(箕浦)

【p63】部活動一覧表
部員数 男子:10人、女子:13人 生徒部長:新居千昌 部費:49,000円


■■■1986年(昭和61年)13年目■■■ New!
1 1986年度になり__が部長になる。

■葦芽24号(昭和60年・1986年)
【p35】Club・倶楽部・クラブ

6月 NHK放送コンテスト徳島県予選
   西峯登美(301H)アナウンス部門 
2月 徳島県放送コンテスト新人大会(予定)

B NHK放送コンテスト・アナウンス部門で、三年生の西峯登美さんが、自作の校内ニュースを
  さわやかな調子で放送し、奨励賞を受けました。
  また、市高祭・体育祭での進行にも取り組みました。しかし、近年の傾向として、
  平常の放送活動が低調になってきているようなきがします。
  9月にメカニズムに詳しい男子部員が入部したので、番組作りなど、
  来年のコンテストに向け頑張っていきたいと思います。 (箕浦)

【p63】部活動一覧表より
部員数 男子:2人、女子:15人 生徒部長 西島登美 顧問:箕浦、町田  予算額 60,000円


■■■1987年(昭和62年)14年目■■■ New!
1 1986年度になり__が部長になる。

■葦芽25号(昭和61年・1987年)
【p41】Club 倶楽部 クラブ

5月 新入生歓迎研修
6月 NHK杯高校放送コンテスト徳島県予選
   (市村紀代美 朗読部門第三位・板羽亜矢子 朗読部門奨励賞)
7月 第33回NHK杯全国放送コンテスト
2月 徳島県高校放送コンテスト新人大会
   (板羽亜矢子 朗読部門 入賞)
B 今年の課題の一つに番組制作があった。放送部の活動内容には、コンテスト参加やお昼の放送などがあるが、
  そのための準備に忙しく、ほとんど番組を作れなかったのが、残念である。来年度からは、計画的にやりたいと思う。
  アナウンス・朗読部門では、唯一気をはいて入賞しましたが、全体的に見ても、まだまだ練習不足なので、
  精進してがんばりたいと思います。    (岡本)

【p63】部活動一覧表
男子 8人、女子 7人 生徒部長:岡本壮史 予算額:40,900円 顧問:箕浦・町田


■■■1987年(昭和62年)14年目■■■
1 1987年度になり岡本が部長になる。

【葦芽第26号 1988年度版 32頁より】
「Club・倶楽部・クラブ」
放送部
A 行事・記録
  6月 NHK杯高校放送コンテスト徳島県予選
     (浜田かおり、アナウンス部門第五位、市村紀代美、朗読部門奨励賞)
  7月 第34回NHK杯全国放送コンテスト、アナウンス部門、準々決勝に出場、浜田かおり
  2月 徳島県高校放送コンテスト新人大会(予定)
B 本年をふりかえって
  今年は他校との合同練習といった新しい試みも行われたが、全般的には地味な一年だった。
  来年はコンテスト以外にももっと力を入れ、部の活動に革命をおこし、部員を集めたい。(浜田)

【葦芽第26号 1988年度版 49頁より】
「全国大会参加記」
放送部
1 7月23日〜26日 社会文化会館・NHKホール第34回NHK杯高校放送コンテスト全国大会
2 アナウンスの部 浜田かおり
3 準々決勝に参加
4 他県代表の本職並みのアナウンスに緊張してしまい、ベストが出しきれなかった。
  結果はともあれ、他校との合同練習やNHKのアナウンサーによる個別指導など、良い経験ができた。(浜田)
5 今年は城東高校放送部と連携を密にして合同練習をするなど、例年にない意気込みで全国大会に臨みました。
  入賞は逸しましたが、原稿作りや発声練習などに収穫がありました。 (箕浦)

【葦芽第26号 1988年版 63頁より】
「部活動一覧表」
クラブ名   放送部
顧問名    箕浦・阿部
生徒部長  岡本壮史
部員数    男 6名、女5名
予算額    61,080

■■■1988年(昭和63年)15年目■■■ New!
1 1988年度になり__が部長になる。

葦芽27号(昭和63年・1988年)より
【p38】Club 倶楽部 クラブ

6月 NHK杯高校放送コンテスト徳島県予選
   (杉本真弓、アナウンス部門第四位。板羽亜矢子、朗読部門第一位。
    川辺順子、朗読部門奨励賞)
7月 第35回NHK杯全国放送コンテスト、アナウンス部門、朗読部門、準々決勝にそれぞれ出場、杉本真弓、板羽亜矢子
2月 徳島県高校放送コンテスト新人大会(予定)

B 今年はコンテスト出場が主で、校内での活動はほとんどなかった。今後は校内放送にも力を入れ、
  日々の活動を大切にしたい。また、後輩には、部の機材を活用し、番組制作も手がけて欲しいと思う。 (板羽)

【p49】全国大会参加記
1 7月28日〜30日 東条会館・NHKホール
  第35回NHK杯全国放送コンテスト全国大会
2 アナウンス部門 杉本真弓
  朗読部門    板羽亜矢子
3 準々決勝に参加
4 プロのアナウンサーによる個人指導など、とてもためになることばかりであった。
5 久しぶりに県予選で第一位入賞を果たし、二部門で複数出場ができた。 一年時からの取り組みの成果だ。

【p51】部活動一覧表
男子 3人、女子 7人 生徒部長:板羽亜矢子 予算額:63,050円 顧問:箕浦・阿部


■■■1989年(平成 1年)16年目■■■
1 1989年度になり__が部長になる。

【葦芽28号 1990年(平成2年)3月発行 より】
【p33】 Club・倶楽部・クラブ
 6月 NHK杯高校放送コンテスト徳島県予選
     勝占悦子、アナウンス部門奨励賞
11月 徳島県高校放送コンテスト新人大会
     勝占悦子、アナウンス部門奨励賞
     福田康子、朗読部門奨励賞

新しい機材を購入したので、市高MUSICアルバムにかかる手間が少なくなったが、
ただ曲を流すだけの単調なものになっているように思う。何かよい企画を考え、楽しい放送にしたい。
また、コンテストにそなえての練習にも、もっと力を入れたい。(村岡)

【p51】 平成元年度部活動一覧表
放送 男子2、女子5、 顧問 箕浦・阿部


お願い:間違いや、追加の情報がありましたら、まで連絡いただけるとうれしいです。

          このページに使った画像
          1981年 3月 〜大関にて〜          (尾嶋さん提供)
          1981年 5月(?) 新歓遠足         (原田さん提供)
          19回生(放送部第8期 清水の学年)卒業  (佐藤さん提供)
          1984年 1月 〜太閤にて〜          (中井君提供)
          1980年 校門 体育館でのPA準備     (坂口さん提供)
          17回生(放送部第6期 産田の学年)卒業  (坂口さん提供)

その1 1974〜1979は、こちら
その3 1990〜1999は、こちら