辻まこと (2)    (1)へ   (3)へ   Topへ
     誰もいない山中で一人一夜を過ごす。そんなことを楽しむような者でないと辻まことの世界とは縁がないかも知れない。
私は彼ほどではないですが、そんなバカげた事が好きで、2度ばかりですが、一人「山で一泊」の経験があります。友人との幕営は何度もありますが、一人というのはまた格別の味があります。

  父はダダイストの辻潤、母は女性解放家の伊藤野枝、まこと3歳の時、母は大杉栄の所へ出奔し、7年後、大杉栄とと共に甘粕大尉に惨殺されている。まこと、15歳の時、父と共に1年間パリで過ごす。・・・
  生涯については、Wikipediaに詳しい。下記の西本正明『夢幻の山旅』を参照したとある。
  両親に対する彼の感情は、『居候にて候』のⅣに出てくる。
 

  
   辻まこと『山で一泊』創文社 1975

  いずれも山での実体験をもとに綴られているので、山好きの人間には、読んで楽しい。文章も締まっていて。心打つものが多い。稜線で吹かれる風はエヤコンの噴き出す風とは異なる。

  挿画がすばらしいので、この大判の本で読まないと、良さが分からないだろう。
  (残念ながら、東京、港区、渋谷区、品川区、杉並区、葛飾区)の図書館にはこの本はない。)

  「あとがき」から読むのも良いかもしれない。辻まことの世界に入りやすい。一匹の犬の話なのだが、「山の気」がどんなものか伝わってくる。

  著者生前に出版された3冊目(最後)の本。著者の検印がついている。


目次:

  山上の湖畔
  旅はみちづれ
  無風流月見酒
  奥武蔵非推奨コース
  ヤマヒト或いは風来仙人のこと
  小屋の命横手山越え(6篇)
  鬼怒沼山
  山中暦日
  根名草越え(4篇)
  けもの捕獲法
  絵はがき(10篇)
  あとがき



                 
 「 そう、いま静かな雨に閉ざされた夜のテントに、君が一人いると考えてください。
 実際にいま私はそうなんです。・・・・・めったにない貴重な時間です。  私たちはみな生まれてこのかた「お前は人間だ。人間だ」といわれ続けてきました。
 こういう強制的な契約関係からとき放された世界におかれているときぐらいは、この人体という乗物から、心だけでもおろして散歩させてみるのも悪くないでしょう。・・・
  」

 「絵はがき  沈澱」より

 


  
   辻まこと『すぎゆくアダモ』1976年創文社

  まことの死後1年に出版されている。奥付けには著作権者辻良子と奥さんの名とあるが、彼女も1年後に亡くなっている。
 49頁の本で、18の短文にそれに対応する挿絵がついている。
辻まことファンには十分満足できる作品。

 少年アダモが誕生日に両親から、虫眼鏡と望遠鏡を貰い、夏休みに叔父のアダエモンの所で過ごすのが、川をカヤックで遡行する物語とな�っている。


 


















夕暮れに河原で焚火をしている所に犬がやって来るシーン

― 冷たいこの夜気をゆっくり深く吸ってごらんよ。その中には、とても懐かしく、心を酔わせる軽い香りがあってねぇ、ヒトも、もう少し鼻が敏感だとこの透きとおった陶酔の中で愉しい話ができるのだけれど・・・・・ 
犬がアダモにいったのか、アダモがアダモにいったのか、それはよく判らない。
内側の夜も外側の夜も二人を一つに包んでしまったから。


  ー--同書32頁から


    2022・4・28
 


  
   西木正明『夢幻の山旅』中公文庫


  直木賞作家、この作品も新田次郎文学賞を受賞しているが、私の好みには合わなかった。辻まことの作品世界とは相容れないものであった。

  丹念に事実を調べ、それに要したエネルギーは膨大なものであったであろが、男女関係に焦点を当て、ちょっと通俗小説的細かな描写を重ねる作風で、鬱陶しかった。

  母親伊藤野枝が、3歳の自分をおいて、大杉栄の所に走ったという事実は恐らく生涯辻まことの人生を支配する事になるのであろうが、女癖の悪かった父辻潤を含めて、男女関係を中心に、辻まことを伝記小説の肴にして欲しくなかった。

  山の気をたっぷり含くみ、清冽な作品を残した新田次郎を冠した文学賞の対象となぜなったのか分からない。(辻まことの作品が対象となったのならわかるが・・・・)

   この本に顔を出す人物(全部ではない)

女性: 伊藤野枝、林芙美子、大杉魔子、上原フミ子、武林イヴォンヌ、宮田文子、松本良子、大原院陽子、吉田瀬津子

男性: 辻潤、武林無想庵、竹久不二彦、三井直麿、山本文彦、西常雄、宇佐見英治、矢内原伊作, 石川達三、清水崑、串田孫一・・・

   しかし、辻まことが出会ったのは、山間に住む人、猟師、樵、炭焼きなど無名の人々から多くのものを得ているのであり、 なによりも、山、澤、けもの、風、雪・・・その自然の中の自分なのである。
  彼はそのことを文章や絵に留めているのである。

   2022・5・6
 

  
   辻まこと『山と森は私に語った』白日社 1980
   三浦健二郎編

  編者によって山の雑誌(「山と高原。「岳人」「アルプ」などから集められた文集である。

  山好きには、いずれも楽しい画文集であるが、異色なのは、本人の講演録とヨーロッパ旅行で採取したというヨーデルの楽譜があることである。

 講演録「山と画文」は、第三回アルプ教室速記録(1972年4月「アルプ」に掲載) はとりとめもないおしゃべりで、。黒板に絵を描きながら話している。論旨不明でちょっとがっかりするが、その中にこんな言葉もある。
 
 「山へ登って私が一番考えることは、一人でということです。
一人の存在というもので極力間に合わせよう、一生一人で間に合わせたい、できないことですが、こういう気持ちがあるんじゃないかと思います。


  孤心、山の登りの一つの要素ですね。

初読は1980年

    2022・5・17
 

  
    辻まこと『居候にて候』白日社 1980
   三浦健二郎編

  こちらにも、山の文章が沢山あって、満足する。
 は山、はスキー、は旅・宿がテーマ。
 
 私は山スキーに憧れた事もあったが、残念ながら未経験に終わった。彼のスキーに関する文章は、憧れを満たしてくれる。
   
  辻まことファンは、数奇な人生を送った両親、辻潤と伊藤野枝と彼との関係をあまり詮索しないと思うし、彼自身も余り触れることがなかった。
   は珍しく彼の家族への言及である。嫌がらず読んで欲しい。
ちどり足に続くハシゴ」かな」は、父親の文を引いて、親子二代の飲みっぷりを示して、面白い。

   Ⅴは断章である。私は彼の警句、エピグラムとそれのイラストには、これまで関心がないく、したかって、『虫類図譜』も持っていない。編者は、遺稿を含め丹念に採取している。

 辻まことが父親から受け継いだのは、下記のようなものだったのではないか。

  「自分自身を生命の一個の材料として最も忠実に観察し、そこに起こる運動をありのままに表現する作業、つまり、客体として自己を透して存在の主観を記述したのが辻潤の作品なのだ。
  最も確実な個性を、最も個性的な忠実さで個性的に追及したため、遂に個性などというものを突抜け、人間をつきぬけ、生物一般までとどこうとしてしまった存在なのだということができるかも知れない。」 辻潤の作品 ー 辻潤著作集第三巻の解説


初読1980年

   2022・6・5