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   この歳で、こんな細やかな事柄を、順序だて話される先生の力量に驚嘆するばかりである。ご自分で調べ、考え抜かれたことだから、できることである。他人の説の受け売りならこうは行かない。
この人の生き方そのものが、見事な作品と思う。

桂東雑記』Ⅳ
『桂東雑記』拾遺
白川静を読むときの辞典
知の愉しみ知の力
回思九十年
 

  
  2020年2月28日

 白川静『桂東雑記』Ⅳ

  95歳の時の講演を中心に編まれている。この歳で、こんな細やかな事柄を、順序だて話される先生の力量に驚嘆するばかりである。ご自分で調べ、考え抜かれたことだから、できることである。他人の説の受け売りならこうは行かない。
  どれも素晴らしいのだが、とくに「文字教育について」は漢字受容、国語化の1300年近い歴史を振り返り、戦後の漢字政策の不合理さを指摘する。「橘曙覧の短歌史上の位置について」は刺激的な短歌史。「皇室は遥かなる東洋の叡智」は、古代日本と殷の類似性はこれまで何度も触れているが、汎神論的世界観こそ平和の原理であると論じている。
  この巻での異色は、短いエッセイ群で、死を超える、海、樹木、石、都・・・・といった15のテーマについて、各項3,4頁、一息で読める長さで書かれている。先生にして初めて書ける名文で、唸る。
 

2020年5月18日

白川静『桂東雑記』拾遺

  雑誌に掲載されたエッセイと講演でこれまでの本から漏れていたものが収録されている。古いもの(46歳、61歳)のものもあるが、比較的短いものが多く、読み易いので、このシリーズの最初に読むのも良いかもしれない。
  どの文も面白いが、「蓬山遠し」は高橋和己の思い出を書いたものである。「孔子 -生きつづける偉大な人格」は先生の孔子理解のエッセンス。

  『文字講話』から始まった、先生最晩年の10冊のシリーズ(+1冊)は、他に読むものが次々出てきて、読了には1年半かかったが、一通り読んだことになる。先生の学問の全容を味あわせていただいた。
  先生の未読の本も多いので、楽しみは尽きることがない。
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日 野 昌 利
  さりげなく並べられた文字講話集他お見事です!当方、その後、やっとの思いで¨文字講話¨を読み上げた積りですが消化不良(不能?)です。図書館の貸出中止前に立命館大編¨入門講座¨一式を占有させて貰っていますが、未だ未だ道遠しでお恥ずかしき限りです。いつも素晴らしいお話を頂きありがとうございます。J3 日野生 拝

宮垣弘
  表面を撫ぜたに過ぎません。読んだ端から忘れるのですが、先生も何度も同じことを繰り返されるので、なんとなく先生の学問になじみました。先生の文字学は、明らかに高度の専門領域の話で、物理学者が物質を素粒子レベルで考えるのに似ています。先生は、それを一般化して、普及できるものと信じて疑っておりません。気宇壮大。
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Robin D Gill
  白川静と二通の手紙を交わしたのが、数十年前だった。東京郊外住まいに近い駅でもんぺ姿で自転車を乗っての来た中国人(蕭?Xiao紅燕さん)に、Waleyの詩経Book of Songsの一番目の歌の主人公の性別の確認を尋ねたら、相手が「美人」で男が詠んだと彼女が答えたら、小生は、必ずしもそれと限らないなどと反論する内に、我々中国人には恐らくロビンよりも知っている人はもうないが、白川静という人は日本人ながら我々中国人よりも沢山知っているから、白川先生に手紙を書いてみたら?
まさか、もう九十歳以上で絶筆中の人のお邪魔をしたくないと言ったら、彼女はともかくやってみて下さい、先生はロマンスの詩に関心あるなどと強く勧めたら、手紙を書くように約束してしまった。すると一週間も経ずに親切なご返事が届かれた。

  美しい筆跡を期待したが、ボールペンだった。書体が井上ひさしの極めて渋い素朴な字と正反対。中国の画数が多い複雑な字までも、一画とも抜かず全部を真面目に書きながら、字を書く途中に一度ともペンを紙から離れないから、乱れ髪の節目みたいになった。内容と言えば、海音ともう一人の日本人が男子が主人公にしたが、白川先生がWaley, Poundと小生と同じ見解で女性が詠んだ歌であろうという、自分にとって喜ばしい見解だった。

  拙著A Dolphin In the Woodsで取り上げているが、白川静の書簡はどこかファイルにあるからせめて一頁の見本。友人は笑うが、現在使う「小生」は、白川静の手紙から頂いたから、いいではないかと答えたら相手は諦めてlets me be。Thumbnailが小さ過ぎて手紙のどの部分か知らないが、とりあえず

Robin D Gill
  ああ、大きくみたら「小生」あるところ。第二目の手紙。一つ怪しいところが前の手紙で気づいたら、先生の方が直ぐに詫びった性格も本当に惚れ惚れになる。

宮垣弘
 すばらし思い出を書いてくださってありがとうございます。私のHPにも収録させていただきます。

Robin D Gill
  宮垣弘 拙著に名前を書いたのが「道」の字の首に関する個所だけが、性別が問題になる詩経の詩の所では、こうなる。白川静の専門外から、言及を遠慮する方がいいと思いました。
A Dolphin in the Woods Composite Translation, Paraversing & ...books.google.com › books
Robin D. Gill ... The proper sex is debatable; the world expert in Chinese characters, a Japanese man eighty-eight at the time and now about one hundred and ...
Robin D. Gill - 2009 - ‎Language Arts & Disciplines
BOOKS.GOOGLE.COM

  以上2020・7・19追加

白川静を読むときの辞典』    
    立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所編  2013  

   白川静が96歳の生涯をかけて研究分野は、日本、中国の古代文化、言語、文字であるが、そのどんな事柄を掘り下げたのか、白川静学のキーワードを整理したのが本書である。 執筆者は69名に及び、その労苦が偲ばれる。

  この辞典は初学者のものではなく、一通り白川静の著作に親しんだ人が、さらに理解を深めるためのものである。 白川先生の学の魅力は、その一貫性というか、論理性であって、漢字というシステムが体系をもっていることを示したことである。それを追うことが読者にも楽しいのである。近く、平凡社から『漢字の体系』という本が出るそうであるが、これは、すでに『字統』の序文でも触れているし、上記『辞典』にも体系の例が取り上げられている。漢字の体系といえば、晩年の『文字講話』はその体系の話をしたかったのである。
   『字統』の前には、藤堂明保『漢字語源辞典』(1965)があり、これは、単語家族という考えに基づき、漢字の音から体系化を進めたものである。白川は字形からのアプローチで、攻める方向が異なっていた。物事の体系的理解は知的喜びの一つで、生物の進化の系譜、分類を追うのと同じである。学者はそれに生涯を費やし、読者はその余禄にあずかる。辞典は結果だけを味わう安直な方法である。

   2020・9・14 

 


  
   白川静・渡部昇一『知の愉しみ知の力』致知出版社 2001

  70歳の渡部昇一が90歳の白川静から話を聞くといったスタイルの本で、80歳半ばに近い私は、20年ぶりに再読した。
ちょっと確認したいことがあって手にしたら、面白くて最初から又一気に読んでしまった。
  白川の日常生活から始まって、小学校卒の白川がどのように学問の道へ入っていったがから話が始まる。
  孔子を纏わる話に花が咲き、漢文教育、暗唱の重要性について、両者は共鳴し合う。この章(第4章)だけでも、教師の方をはじめ多くの人にお勧めである。書いて覚えるという記憶法など、なるほどと思い当たることが沢山ある。
 第五章「日本が世界に誇れるもの」では、渡部のドイツ留学体験から、誇れるものは天皇制だったことから始まり、見事な日本文化論。
 
  終わりは最後に、若い人への言葉は:
   志あるを要す
   恒あるを要す
   識あるを要す

  白川の座右の銘は「保眞」 で締めくくる。

この対談は正味5時間半という。読む方もそれだけに時間が有れば読める。
  渡部昇一には、若い頃、『知的生活の方法』で、大きな影響を受けた。そのような生活をしたいものと憧れた時期もあった。

 2021・4・10
 

  
   白川静『回思九十年』平凡社 2001

 渡部昇一は、上記の対談に当たって、この本を読んで臨んでいる。私も序に、この本も再読した。

  前半の「私の履歴書」(日経に掲載のもの)は、90頁にわたり、出自から、90歳の現況までを、具体的に述べている。
読後、襟を正し、頭を垂れ、厳かな気持ちになった。

  後半は11人のインタビュー・対談で、自伝を補完する多くの情報が引き出されている。
  トップの呉智英(くれ ともふさ)のインタビューは、白川の学問の過程を詳しく聴いてていて、研究の実態と覚悟のようなようなものにに触れることができる。

 作家の酒見賢一、宮城谷昌光、石牟礼道子はその影響を語る。
江藤淳は国語審議会の委員としての漢字問題が出されている。
詩人、歌人として、山中智恵子、水原紫苑、吉田可南子、その他書家など、白井晟一、今井凌雪、北川栄一、谷川健一。対談とは言え、白川の学説がふんだんに出てくるし、色々な角度から白川静の姿を照らし出している。

 白川静はその学説もさることながら、生き方そのもの見事なのである。おそらく、常人を絶する忍耐を要する探求を、愉しみながら続けられた結果であろう。
  白川の学説、人物像を知るのに恰好の本である。

   2021・4・18