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   「説文(字源)と易(経)には淫してはならない」という戒めを昔どこかで読みましたが、字の根源を追うことは、面白いが、泥沼に入る惧れがあるということです。若い人は、まず、漢籍を広く読むことに時間を割く方がよいと思います。  
 
  
   

白川静『字統』 (その1)

本を持ちたいという欲望は歳をとっても衰えないものらしい。。
この前の引っ越しで、蔵書の半分は処分して、悲しい思いをしたのに、また徐々に増えつつある。
嵩張る大型の辞書は後で処置に困るので、思案したのだが、誘惑に負けてしまった。
白川静先生の本はかなり読んできたが、最も代表的ともいえるこの辞書は手元になかった。
白川漢字学は古い俗習や儀礼などに及ぶので、何やらおどろおどろしいものが多いのだが、その典拠が示され、一貫性があるので、なるほどと頷ける。
怖い字釈ばかりではなく、例えばこんなのもある。
「愛」 後ろを顧みて立つ人の形である*(パソコンのフォントにはない)と、心との会意字。後ろに心を残しながら、立ち去ろうとする人の姿を写したものであろう。・・・
長年欲しかったがこの辞書、今日手元に届いて、喜びと安堵感に似た思いがが広がった。当分悦びが続くことだろ。

 
 
  
   

白川静『字統』 (その2)

  昔、大橋巨泉や藤本義一が司会する夜のテレビ番組に、「11PM」という柔らい番組があって、そこに藤堂明保先生も出演しておられ、女偏の字などを解説しておられた。漢字の成り立ちに興味を持つようになったはこの先生の所為かもしれない。藤堂明保の音韻に基ずく説明は説得力があり、すっかりファンになって、この人の本を買った。そんな時代が続いた後、出現したのが、白川静先生で、こちらは、漢字の形からのアプローチで、甲骨文字、金文から演繹されるその説明には一貫性があり、面白かった。藤堂明保とは意見を異にし、両者には確執さえあった。藤堂は名家の出で、東大卒、北京に留学、東大教授という経歴に対して、白川は小学校を出て弁護士の書生となり、夜間の学校を出ながら、ほとんど独学でその学問を掘り下げていった人。
  白川静は60歳になってから、『漢字ー生い立ちとその背景』(1970年)を岩波新書から出したのを皮切りに、多く著作を発表し、さらに70歳を過ぎてから、 字書三部作ーー『字統』(1984年)、『字訓』(1987年)、『字通』(1996年)ーーを出され、圧倒的な存在感を示された。
  藤堂明保と全く学問の次元の異なることを、『字統』の中にも示しておられる。
「字書としては藤堂明保氏の〔漢字語源辞典〕(1965年)が出ているが、その書名通り語源を論じたもので、字形学的には何の得るところもない。」(同書12頁)
  言葉は音から始まっていることは疑いないことで、それを表記する文字はその下位に属するものであるから、私のような素人は、音、形両方を、つまみ食い的に味わって、楽しむことができる。

 
 
  
   

小山鉄郎『白川静入門』平凡社新書

漢和辞典、字源辞典に興味のある方は第2章を読むことを薦めます。
著者は共同通信の記者で、白川静とその晩年に直接交渉があり、白川静の漢字の説を易しく紹介した本をたくさん出しておられる。この本は「入門」とあるが、初学者が読む本でなく、白川静に少し馴染んだ人向けのものである。
第1章:現在の作家(宮城谷昌光、村上春樹など7人)の中に、白川静の説の痕跡を見てゆく。ちょっとオタクぽい。
第2章:辞書読み比べの面白さがある。白川説を紹介する記事を書きながら、他の辞書でどうなっているかチェックして行った。その過程で、驚くことに気づく。諸橋徹次の『大漢和辞典』のコンパクト版が『広漢和辞典』(1981-82)と思っていたが、後者は字解に関しては大きく改変され、白川説が取り入れられる節がうかがわれる。そして、その後大修館からでる『大漢語林』『新漢語林』『大修館現代漢和辞典』も後者に拠っている。『字統』(1984)の執筆が急がれた理由とも考えられる。断定していない所に著者の良識を感じる。
第3章:白川静の弁証法的な思考方法をいくつかの文字の探究で示して行く。
第4章,第5章、あとがき:夫人への愛情、反戦、学問への態度,白川静の人となりを、いくつかのエピソードを重ねながら描き出している。
全編、字源に関する白川説がちりばめられてるが、白川静の人間像を紹介しようとする熱意に満ちていて、そのための糸口という意味で「白川静入門」なのかもしれない。
(写真手前が小山鉄郎の本、同氏の本は数冊持っていたが、引っ越しの際処分。バックは、積読中の白川静本)

 
 
 
   

白川静『文字講話Ⅰ』  (そのⅠ)

  先生は、73歳から86歳にかけて、大部な字書三部作を完成し、90歳にあと1年という時から一般人を相手に講話を始めた。1回2時間、年に4回、全20回の計画で進め、完遂された。
そんな先生が自分の研究を最後にどんな形で話されたのか?知りたくて、講話録『文字講話』を図書館へリクエストしたら、文庫版(右)が来た。私はやはり文字の大きい単行本(左)で読みたくて、ネットで注文した。
  30年以上も昔、私は先生の謦咳接したことがある。神戸の白鶴美術館の講堂で漢字を講じておられたの時のことである。2,30人の学者らしい人に交じって、1,2度拝聴した。話の内容は私にはさっぱり理解で出来なかったが、先生の鬼瓦のような面相とその声は今でも記憶に残っている。今では先生の『講話』を少しは理解できるようになっていると思う。
先生の悠々たる生き方にあやかって、私もゆっくり読み進めたい。

〔文庫版に立派な索引が付いていたので、単行本ではどうか?とちょっと不安だったが、索引は最初から付いていて問題なかった。文庫版は、新たに解説がついているほかは、単行本の完全な縮小版である。〕

 
 
  
 

白川静『文字講話Ⅰ』  (その2)

『文字講話』は、字源の話を先生が易しい言葉で素人に解説するといった類のもでなかった。先生の学問の基礎、即ち、どんな資料で、どんな思索の末に、結論に達したかを、すべてあからさまに示し、また、未解決な事も明らかにして、後進の学者に、さらなる探究を求めるものであった。
したがって、これは、初学者向けの本ではない。漢学者としては、驚くべき古今東西の知見を探り、さらに、我が国の事情に対比させて考える所に、特色がある。
「外国のことを研究する場合には、わが国のことを比較してどうかということが、いつも根底にある。そういう意識があって、はじめて問題となりうるのであって、もしそういう問題意識がなくては、研究の対象となりえないのです。わが国のことを考えるがゆえに、その比較の対象として、中国のことを調べるのです。」(同書134頁)
国籍不明の、進歩的文化人的な学者(ちょっと表現が古いが)とは、一線を画す。
3000年以上も前の漢字を読み解くには、いかに該博な知識が必要かもよくわかる。
第一話「文字以前」、第二話「人体に関する文字」、第三話「身分と職掌」、第四話「数について」第五話「自然と神話」。いづれもスケールの大きな講話が展開される。第五話で、先生は90歳を迎えられおり、先生の宗教観も披歴されている。
私は、未消化ながら、第1冊目を終えて、第2冊目へと移る。

 
 
  
   

白川静『文字講話Ⅱ』

漢字の発生は3300年も前の殷の時代に始まるので、話は勢い古い時代に遡るのが、それだけに止まらないのが白川学のスケールの大きなところである。
「原始の宗教」では韓国のシャーマニズムに触れ「祭祀について」では、ギリシャの狂気やオリンピックにも言及。「国家と社会」では、国、邦、県、郡の発生を見、最後に、ITが個人と個人の結びつきを強め、国家や社会を疎外し、思わぬ結果を招きかねないことを危惧している。「原始法について」法の発生への追及は、法哲学者にも示唆するところがあるだろう。「戦争について」では、国語の「たたかう」の語源説に異論をはさみ、戦争関係の漢字について、許慎「説文解字」の説に対する反論を列挙してみせ壮観である。それだけではなく、日本の行った戦争について、鋭い批判を行い、先生の学問の根底にどんな志があるのか伺えて胸を打つ。
5話いずれも、深い内容を持ち、90歳を超えて、よくぞこのような細密な話ができるものだと、感心する。先生の学問が自らの思索の積み重ねで出来ているので、加齢によって容易には崩れないのであろう。
雑駁な読み方で申し訳ない気もあるが、2冊目を終え、3冊目に移ることにする。

  • 日 野 昌 利 宮垣 様 早速に¨文学講話Ⅰ、Ⅱ¨の読後感をお寄せ頂き畏れ入ります。当方、先に触発頂き、従来の超大家達の全集を教養書代わりに読み進めて行くのに変えて、一念発起、図書館からⅠ巻目を借り出し、漸く、目を通し終わヘ、Ⅱ巻目を借り出した所です。とてもではありませんが、内容を理解し他への応用を自在という訳にはまいりませんが、重い読み応えに浸っている所です。色々、ご啓発をありがとうございました。
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  • 宮垣弘 日野昌利様;ご一緒に同じ本を読めて嬉しいです。各話とも奥が深いですね。何事も原点から掘り下げる人には頭が下がります。
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  • Robin D Gill 約二十年前に、詩経の詩の作者の性別の判事(?)を求めて、中国人の友に聞いたら、彼女が「我々に訊くよりも白川静香先生を書いて見たら?」。そうしました。氏は直ぐ返信した。どちらかとすれば、氏が日本人訳者(海音寺など)が択んだ男性よりもWaleyとPoundが択んだ女性は妥当との結論だった。そして親切に、謙遜にも他の質問に答えた。自分の事を「小生」としょうした。
  • 白川静が今も生きていたら、その推薦だけで埋もれた歌と歌人が多すぎる国文学に革命を起こしました。残念ながら、数万首の面白い狂歌と新奇の和歌を用意して日本へ戻ったら、日本の出版社は自閉症が甚だしく、玉の作品が山となる宝船も入港させない。一般人が詠めば面白いと思うはずな、99%の古歌を食わず嫌いの大学や学者や出版社のこころは。国文学を独り占めにすれば、国文学離れは確実に続く。十日後に台湾へ行く。そこから日本の国語の革命を起こす勇気の或る出版社に出会うか。白川郷の濁り酒なければ寂しいが。
    • 宮垣弘 白川静先生との出会いは素晴らしかったようですね。あなたの試みはよくわかりませんが、成功をお祈りします。
    • Robin D Gill 下記二首で、見逃されているB面和歌の幅が認識できるかと思います。

    • 玉箒星を見るにも君が代は塵おさまりていや栄えなん 1264
      In my Lord’s Reign, even this Great Comet, a jeweled broom
      should sweep away trouble and bring prosperity, not doom!

      書物も残らず棒にふるさとの人の紙魚/\憎き面哉 1810
      題How They Do Bug Me!

      All books must go: that is their wish –
      in my hometown, capital to silverfish.

      左が君を祝いながら史最大の彗星という凶ないし「大変」の縁起直し。右は後年の変種に「わがみだ」即ち亡き父の遺産Papa’s papers, saved for me, the fruit of his hard labor – / Gone! My hometown’s motto? “Silverfish thy neighbor!”)となるが、怒りをほぐすカタルシスという気の薬になる狂歌風悪口でしょう。前者は、年号を救った歌徳あるかねないし、後者は世界にも愛でている俳家の心を知る大事な参考物ながら、いずれも拙著以外には、夫木和歌抄(1310)と一茶句帖を一歩とも出なかった。この古歌同様に、いわゆる古典の和歌よりも面白い、百年か千年も埋もれた何万首の無名歌を、学者にだけではなく、それを鑑賞できる一般人にも打ち明ける「国文学の革命」を起こしたい。

      或いは、又二首(返礼すらしなかった出版社への詳説の抜粋:

      又、泰平祝いでなくても、和歌にも狂歌と同じ反省も、探せば見つける。下記は古今集と日文研の和歌DBの定家の歌集より。  
       
      世の中はいかに苦しと思ふらん ここらの人に怨みらるれば
      How it must pain this old World of ours to know
      there are so many people here, who hate it so!

      天地もあわれ知るとは古のたが偽りぞ敷島の道 定家 
      Our Shikishima Way of Waka! – Who, long ago made up
      the idea that Heaven and Earth have hearts to hear us?

      世の中を擬人化し、その観点を詠む元方も、古今どころか万葉まで遡る信仰(?)を問う定家(!)の二首とも有名にならなかった。おそらく古狂歌が見過ごされてきた事と無縁ではない。古典を好む者の趣味に合わないから、それとも国語文学に通じる者が表現としての言葉に頭がいっぱいから概念に関心がないから、そうなっているか。

      要するに『百人一首』や『サラダ記念日』より百倍も面白い撰集を数十冊も、いと簡単に用意できるネタがあるものの、数十首の歌例証を出版社は、持ち込みと言われて見てくれない。
    日 野 昌 利 宮垣 さま いささか難解過ぎるのか、¨文字講話Ⅱ¨の初めで方針を変え、白川博士の全体像のイメージを深めるため、入門講座と銘打った立命館大白川静記念東洋文学文化研究編の¨白川静の世界¨全三巻の内のⅠ巻目¨文字¨を読みⅡ巻目『ショート・パス?-2 の続き』借り出し、読み始めた所です。門下生が分担して
    宮垣弘 日野様
    私はこのところ、Jeevesシリーズなど面白い本がたくさん出てきて、ちょっと難しい「文字講話」は後回しなりがちです。貴兄が方向転換されたのも良かったと思います。読書も登山と一緒で、自分に合った難易度の山を選んで、登る方が達成感があると思います。
    なお:FBへの書き込みですが、私は、PCのメモ帳でまず書いて、それを、FBにコピーして貼り付けています。(ご参考までに)

 
     
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