Somerset Maugham  Topへ
   Cakes and Ale
  主人公が若い時いた下宿屋のハドソン小母さんの言葉。

’Wot I says to 'Udson is, laugh while you've got the chance, you won't laugh when you're dead and buried'   12章p111

「いつも、主人にそういうんですよ。笑える内に笑って置かないと、墓場へ入つちまたら、笑おうにも笑えなくなりますよ。つて。」

 (上田 勤 訳)

 ちよっと不機嫌な主人公に対してロウジーが言う。

Enjoy yourself while you have the chance, I say, we shall all be dead in a hundred years, and what will anything matter then ? Let's have a good time while we can.  17章p150

楽しめると時に楽しんでおくものよ。百歳まで生きるわけでもないし。死んでしまえばそれまでじやあありませんか。今のうちにせいぜい面白く遊ぶことよ。 

(上田 勉 訳)

本書は、引用の言葉ほどには、楽天的な内容を持ってはいませんが、ロウジーの行動に、どこか、底抜けに明るいものと、その裏にある哀感(もののあわれ)が伝わってきます。
 モームの作品
Ashenden  アシュンデン
Winter Cruise 冬の船旅

  
   Cakes and Ale  by Somerset Maugham
       初版は1930年

  モームの円熟期のもので、彼自身最も愛した作品と言われ、80歳を記念して出版された豪華版にもこの作品を選んでいる。

 読み始めて直ぐに気付くことは、イギリスが階級社会で、出自、経歴、職業、年齢によって、差別感が強くあり、更に、人々は、体裁(respectability)を気にしながら生きていることである。
 そのような背景の中で、この小説の主役ともいえるロウジーの自由で明るい振る舞いが、光り輝くのである。

 話は、大作家ドリッフィールドの伝記を書こうとしている友人アルロイ・キアが、ドリッフィールドの若い頃に接触があった私(作家)にアプローチしてきたことから、往年を回顧しながら、物語は進む。

  話の内容はともかく、現在と回想を巧みに織り交ぜながら、人物の細部を丁寧に描写する、著者の語り口が見事で、楽しめた。

  モームが自作の中で最も愛した作品したのは、彼の自伝的要素、作家としてく苦労など、随処に織り込み、、なによりも、天衣無縫の女性ロウジーの微笑みを永久に留めたいと思ったからではないか。
        2022・10・24
 
 VINTAGE BOOKS 2000 版

文章の前半に出てくるBlackstableはモームが少年時代を過ごしたWhitstable(Kent洲)で、 Of Humam Bondageにも出てくる。


  
  訳書:分らない所は翻訳の助けを借りて読んだ。

①。上田勉訳「お菓子と麦酒:新潮社モーム全集第7巻
   1959
② 同   中央公論社「世界の文学 40」 1965年  
  ①の漢字の多くをひらかなに変更したもの。年譜付
   解説は、戦前からモームを翻訳している中野好夫

③ 行方昭夫訳「お菓子とビール」岩波文庫2011年
    著者の前書きを省略。年譜付

  分らない所を参照しただけで、全部通して読んだわけではありませんが、上田訳が原文により忠実だと思えます。

  行方訳で大変違和感を感じるは、本文ではMrs Driffieldとある所を、かってにロウジーと訳していることである。
14、5歳の少年が、作家の夫人のことをファーストネームで言わないし、また、、この小説の味の一つは、身分、立場、年齢などのの微妙な距離感をモームは正確に描写して楽しんでいるのだから、この改変は無神経だと思う。
  ロウジーはある意味で、物語の主役級の人物であるので、ロウジーと訳した方が読者の頭に入りやすいと訳者は考えたのかもしれないが、原文の味を損ねているように思う。
  (ちなみに、語り手が、Mrs DriffieldをRosieと呼べるようになったのは、20歳過ぎて、しかも、土曜のサロンで皆がロウジーと呼んでいるので、恥ずかしいけれど、自分もそう呼ぶようになったと書いている。p120)

また、行方訳は、モーム自身が付けたAuthor's preface(1934選集本)が訳されていない。解説の中で一部引用されているが、モーム自身がこの小説の出来るまでのいきさつや、モデル問題について述べているので、省略は残念だと思う。)
80歳記念版にも著者の序文が付いているとのこと。
 
2,3の翻訳比較;

 ’Go it, go it, one on the favourite' p53
上田訳:フレー、フレー、赤勝て、白勝て
行方訳:頑張れ、頑張れ、わーい、わーい

the talk it made. p59
上田訳:噂が大きくなりましてね、
行方訳;二人があまりにいちゃつくので

she drppped an aitch  p65、81、110
上田訳:ハ行の音がはっきりしない
      ハ行の音が怪しい

    
行方訳:発音もひどい
     下町の変な言葉をはなす


 モームは若い頃フランス訛で吃音だった。
 Hの音を発音しないのは、女中にメアリー・アンの他、ロンドン時代の下宿のハドソン小母さん、同じ。いわゆる、cockney


We know of course that women are habitually constipated, but to represent in fiction as being altogether devoid of a back passage seems to me really an excess of chivaly.. p90

上田訳:勿論、女性が秘結しやすいことは百も承知だが、全然後架に上がるようなことはないように小説の中で描くということ、女性に対する忠義だても度が過ぎると思う。

行方訳:女性が便秘しやすいのは誰でも知っているはずなのに、彼女たちがトイレに行くことが全くないように描くというのは、騎士道精神の行き過ぎではないだろうか

 

 
 
    タイトルのCakes and Ale

 これは a good timeの意味。

 「シェイクスピアに『十二夜』などにある句で、「人生を楽しくするもの」「人生の愉悦」という意味合いである。」 
                行方昭夫文庫本後書き

シェイクスピアのTwelfth Night十二夜」の2幕3場で、夜中にどおんちゃん騒ぎしているサー・トビーが執事のマルヴォーリオにくってかかる台詞にも出てくる。

 : "Art any more than a steward?Dost thou think, because thou art virtuous, there shall be no more cakes and ale?"

小田島雄志訳: やい、なんだきさまは?たかが執事のくせに、てめえが堅物だからって、酒も肴も許さんって言うのかい?  【白水ブックス)

松尾和子訳:貴様、たかが執事だろうが?てめいが品行方正だからといって、酒もお祭り騒ぎも御法度かよ? (ちくま文庫)


同じ2幕3場は道化のフェステが次の歌を歌っています。

   What is love? 'tis not hereafter;
   Present mirth hath present laughter;
   What's to come is still unsure
   In delay there lies no plenty;
   Then come kiss me, sweet and twenty,
   Youth's a stuff will not endure.

   恋は明日があるものか。
   今日こそ歓び 今日こそ笑い
   先のことなど分らない。
   明日を待っても甲斐がない。
   恋人よ、今すぐ甘い口づけを
   若さははかなく消えるもの。
  松岡和子訳

  
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