右の入り口から一歩入った篤志だったが、入った瞬間、彼は自分の恰好にギョッとした。それまで皮ジャンにジーンズだったはずなのに、何故か奇妙ないでたちに変化している。なんというか……王子さまルック。タイツ姿でないだけまだましだったが。
 おまけに、周りはどこがどうなっているのか、どこかの森の中らしきところで、鬱蒼と木々が生い茂り、絡まる蔦が行く手を阻んでいた。
「なんだ、ここは? いったいどこなんだ?」
 篤志は顔をしかめて独りごちた。いぶかしげに辺りを見渡しながら、深い森の中をゆっくりと進んでいく。するとふいに開けた空間が現れ出て、そこに小さな小さな泉が湧いていた。
 透き通っているのに、まるでどこまで深いのかわからないほどその泉は蒼かった。篤志は不思議に思いながら、恐る恐るその泉をのぞきこんだ。
 すると、突然サアッと白い光りが湧き出し、その中から真っ白な羽を背中につけた天使……らしきものが現れでた。きっちりと三つ編みにした金色の長い髪に、白い衣をまとってはいるものの、真ん丸で真っ黒なサングラスをかけ、呆れるほどノッポである。おまけにどう見ても男なのに、開いた口から零れた言葉は奇妙なオネエ言葉だった。
 天使はニッコリと笑って言った。
「天使のドアと悪魔のドアと人間のドア、さあ、あなたの落としたドアはどおれ?」
 同時に、ザザーっと泉からドアが三つ浮かんでくる。篤志はしばし無言のままそれらを見つめ、ボソリと言った。
「俺はドアなんて落としてない」
 すると泉の天使はじれったそうに口を尖らせて文句を言った。
「ああ、もう、うるっさいわねぇ。決まりなんだからただ答えてりゃいいのよ。ほら、どれにするの? 選んだドアに、この子が連れてってくれるわよ」
 天使が指し示した先には、一人の少年が立っていた。それこそ、ノッポの彼よりはよほど天使らしい驚くほど綺麗な少年だった。だがどこか心許なげで、おどおどとしている。すがるように情けない目をして、泉の天使を見上げ、訴えた。
「ねえ、ジェイ、どうして僕たち、こんな事してるの? 早くうちに帰ろうよ」
「あんたは黙ってるのよ、世羅。これも仕事なの。しかも時給高いんだから。あんたっていう食い扶持が一人増えたから、出稼ぎでもなんでもして稼がなきゃなんないのよ。居候は大人しくパシリでもしてなさい」
 世羅と呼ばれた少年は、しゅんとしてうなだれた。泉の天使は満足げに見下ろし、篤志に再度問いかけた。
「さあ、さっさと決めてちょうだい。私としては天使のドアを勧めるけど、強制はしないわよ。どこに行くのも貴方の自由。さあ、どれなの?」
 篤志はきゅっと顔をしかめ、しばし悩んだ。天使はじれったそうに今か今かと彼の答えを待っている。篤志は思いきってひとつのドアを指差した。
 天使はニッコリと微笑んだ。
「OK。それが貴方の選んだドアね。ウフン、幸運をお祈りするわ。じゃ、世羅。彼をドアの向こうまで連れて行ってあげてちょうだい」
 天使が命ずると、美貌の少年はふうとひとつ深いため息をついて、しぶしぶ篤志を彼が選んだドアのほうに連れて行った。途中、独り言のように小さな声で、ポツリとつぶやいた。
「幸運をお祈りします。……本気で」
 篤志は眉をしかめて問い返した。
「はあ? 本気でとはどういう意味だ?」
 しかしその答が帰ってくることはなかった。サアッと独りでに開いたドアに、少年はとん、と篤志の体を押しやった。突然の行為に抵抗する間もなく、篤志はドアの向こうにはじき出されてしまったのだった。


 

天使のドア

人間のドア

悪魔のドア