悪魔の部屋

 


 ドアの向こうから押し飛ばされた篤志は、勢い余ってドスンと床に尻餅を付いた。
「いっつぅぅ……」
 篤志が顔をしかめてうめいていると、突然後方から声がかかった。
「いらっしゃいませぇ!」
 ビックリして振り返ると、なんとそこは美容室だった。しかも女性が通うような、華やかで洗練された内装に包まれた広々とした一室。先ほどの森とはまったく異なっている。そしてそこに一人の男が立って、にこやかに微笑みながら篤志を迎えていた。
「ああ、良かった。お客さまが来て。暇で暇でどうしようかと思ってた」
 男はさも嬉しそうにそう言って、床に座りこけたままの篤志の手を取って、なかば強引に椅子のひとつに座らせた。
「さあ、どうしますか? カット? それともパーマ? ……どうでもいいけど、ひどいカットしてるなぁ、これ。いったいどこで切ったの?」
「へ? ……あー、近場の床屋」
「床屋ぁ? そんなオッサン臭いところに行くんじゃないってば。せっかく綺麗な髪してるのにさー、勿体無い」
 男はそう言うと手際よく篤志の髪をブラシで梳きはじめた。なにやら大層楽しげである。肩までかかる長い髪をくるくると波立たせて、なんとも派手な雰囲気の男だった。だがそれがまた、ちょっと日本人ばなれしたようなくっきりとした面立ちにとてもよく似合っていた。
 鼻歌混じりで機嫌よく作業している彼に、篤志はむっつりと無愛想な顔で言った。
「あの……俺、別に髪を切りに来たわけじゃなくて、出口を探してるんだが……」
 男は動かしていた手を止め、憮然としたように問い返した。
「え? なんだ、客じゃないの? なら早く言ってよ。無料奉仕しちゃったじゃないか」
「……」
 篤志もまた憮然として押し黙った。だが男のほうはすぐに気分を切り換え、あっけらかんとした態度に戻って言った。
「んじゃ、こっち。ほら、一緒にきなよ」
 男に誘われ、篤志は訝しく思いながらもその後についていった。店の奥に真紅のカーテンがなにやら重々しく下げられており、男はそこをくぐるように命じた。なんだかひどく胡散臭かったが、それでも仕方なく篤志はそのカーテンをくぐった。
 その向こうは……もっと胡散臭かった。
 薄暗く闇に包まれた中、ところどころに燭台があって蝋燭の火が揺らめき、なんとも淫靡で妖しげな雰囲気をかもし出している。得体の知れない奇妙な彫刻や置物が無数に飾り立ててあり、部屋の奥には特注したようなキングサイズの豪華なベッドが据えられていていた。
 そのベッドの上に、男が一人悠然と寝転がっていた。
 男の態度は大層ふてぶてしかった。フワフワの枕を何個も集めた真ん中にゆったりと背中を預け、人を見下すような眼差しで入ってきた篤志をじろじろと眺めまわした。
 その不躾な眼差しに篤志がむっとしていると、横にいつのまにか先ほどの男が現れ、スッと膝まづいて物々しく言った。
「大魔王キョースケさま、迷える子羊を連れてまいりました」
「うむ、ご苦労。使い魔アキヒト」
 なんだかわけのわからない芝居を見ているようで、篤志が目を丸くして見守っていると、膝まづいていた使い魔アキヒトが見上げて言った。
「おい、大魔王キョースケさまに挨拶しろよ」
「はあ?」
 篤志が思いっきり眉をひそめて問い返すと、アキヒトは説明した。
「出口を探してるんだろ? なら、大魔王さまに頼んでドアの鍵をもらわなきゃ先に進めないぜ」
 篤志は憮然としてベッドの上の男を見た。大魔王キョースケと呼ばれた男は、相変わらず偉そうな態度でのんびりとかまえている。そんな相手に頼みごとをするのはなんとも不本意だったが、仕方なく篤志は口を開いた。
「おい。いったい、どうしたら鍵をもらえるんだ?」
 大魔王キョースケは不遜な篤志の態度を咎めるめことなく、舐めるように彼を見つめ、そしてポソリとつぶやいた。
「服を脱げ」
「……え?」
 一瞬篤志は耳を疑って聞き返した。ところが、体はその言葉に操られるように、自分の意志に関係なく素直に服を脱ぎだした。
「な……なんだ、いったい! どうして……!」
 驚いている篤志に、大魔王キョースケは更に命じた。
「しゃぶれ」
 篤志は絶句した。言葉の意味はすぐにわかったが、その内容はとんでもないものだった。なんで見も知らぬ男のものをしゃぶらなければならないのだ? 冗談ではない。
 しかし体は先ほどと同じく、やはり意志を無視して、魔法でもかけられたかのように従順に動いた。すべてを取り払って素っ裸になった体でベッドの上に乗り、膝を折ってキョースケの前に膝まづいた。サラサラの真っ白なシルクのシーツをゆっくりと取り除き、そこから現れた立派なものに吸い寄せられるように唇をつけた。
 篤志はその大きなものを口の中へと受けいれた。何故そんなことをしているのか自分でも信じられないのだが、どうにも体が言うことをきかない。必死に抵抗するように顔をしかめるのだが、口は熱心に愛撫を続けた。
 大魔王キョースケの分身が熱く脈打っていた。いつもし慣れた夕日のものとは違い、それは口の中一杯に広がって苦しかった。
(くそぉ……なんだってこんな……)
 篤志が心中で言葉にならぬ声をあげていると、後方でのん気に使い魔アキヒトが訴えた。
「なあなあ、大魔王キョースケさまぁ。なんだか後ろから見る姿がメチャクチャ扇情的なんですけどぉ。こんなの見せつけられて、我慢できないよなぁ。俺もちょっといただいちゃっていい? ねえ、キョースケェ?」
「好きにしろ」
 大魔王キョースケはそっけなく答えた。使い魔アキヒトは待ってましたとばかりに、唇をペロリと舐めて、ベッドの上にあがってきた。そして膝まづいて奉仕している篤志の後ろにまわり、その腰を手にしてにやりと笑った。
「さっきから、タイプな奴だなあって狙ってたんだよな。フフフ、美味しそう……」
 そう言うと、使い魔アキヒトは篤志の後ろに口を寄せてきた。熱い舌が触れる。篤志はびくりと体を震わせた。
「ん……んん!」
(や、やめろ、バカ野郎!)
 大魔王キョースケをくわえ込んでいる為、声が出ない。腰を振って必死に抵抗を試みたが、それは逆に使い魔アキヒトを喜ばせただけだった。
「なんだ、そんなに感じる? それとも早く欲しいって言ってるのかなぁ? フフフフ。じゃあご要望に応えて入れちゃおうかなぁ?」
 篤志はギョッとし、なんとか意志を振り絞って大魔王キョースケのものを離すと、必死になって叫んだ。
「やめろ! 誰も入れろなんて言ってねーっ! 俺は嫌いなんだよ、入れられるのは!」
 だが使い魔アキヒトはケロリとして応え返した。
「嫌い嫌いも好きのうちって言うじゃんかよー? 大丈夫だって。感じさせてやるからさァ」
「よ、よせ! バカ、やめろ……うあっ!」
 強烈な痛みが篤志を襲った。何年かぶりに男を受けいれたそこはきつくて、快感どころではなかった。それでも体は金縛りにでもあったように身動きが叶わず、逃げることはできなかった。
 顔を歪めてうめいている篤志に、大魔王キョースケは冷酷に言った。
「おい。口がおろそかだぞ」
 その言葉に引きずられるように篤志はふたたび彼のものをくわえてしゃぶり始めた。いつ果てるとも知らぬ、その大きな大魔王の分身を……。


 ようやく上も下も解放され、ヘロヘロに疲れきった篤志は、どうにか手に入れた鍵を握りしめ、ふらつく体でその淫靡なる部屋から出ていった。まるで悪夢であった。えらい目にあってしまった。これはもうさっさと出口を探して出ていくしかない……そんな最低な気分だった。
 残った使い魔アキヒトはその後ろ姿を見ながら、大魔王キョースケの胸に甘えるように抱きつき、楽しそうに言った。
「なかなか美味しい子だったね。キョースケ」
 大魔王キョースケはちらりと篤志の消えた方向を見やり、つまらなそうに言った。
「まだガキだ。ガキは好みじゃない」
「そお? 俺は結構好みのタイプだったけどなぁ」
 大魔王キョースケはフンと小さく鼻で笑うと、使い魔アキヒトの背中に腕をまわし、ギュッと抱きしめた。
「おまえのほうがまだましだな」
 そっけない物言いなのに、誘うように淫靡にささやく。使い魔アキヒトはちょっと頬を赤らめ、そして思いっきり甘ったるい鼻声でねだった。
「ねえ、俺あいつに入れてるの見てたら、自分も欲しくなっちゃったんだよなぁ。ねえ、キョースケェ。俺にもしてよー、ねぇ」
 大魔王キョースケは冷たく笑って使い魔アキヒトを胸の中に抱えいれた。
 蝋燭の火が妖しく揺らめいていた。

 

鍵を開けて出口から出る