堕ちないで、BOY!

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--act  3                      


 彼の柔らかな唇が、優しく撫でるように頬の上を滑っていく。再び耳まで這い伝い、ゆっくりと愛撫した後にまた口元へと戻ってきた。幾度かそれを繰り返し、緊張が緩んだところでようやく唇へと辿りつく。
 夏哉のふっくらとしたそれをそっと甘く噛んで、果実を弄ぶように優しくしゃぶり、少し強く吸い上げてはふっと突然離して、放り出されて戸惑う唇に焦らすように軽いキスの雨を降らす。
 男の手馴れたテクニックに、夏哉はボウッとして、何もかもされるがままだった。
 自慢じゃないけれど、女の子とキスしたことは何度だってある。優しく焦らず、心をこめてをモットーに、一応キスは上手いほうだと自分では思っていた。
 だがこの貴彦という男の手にかかり、今までのそれは、まるで子供のじゃれあいだったのだと思い知った。
 キスなんてセックスの最初の手順、軽い口慣らしのとっかかりの前戯……。そんなのは大間違いだ。本当のキスは、それだけで体の芯まで酔わされるのだ。
 胸がドキドキして、息が荒くなって、クラクラ眩暈がするほど甘美な感覚に、我知らず身も心も昂ぶっていく。
 最初はおざなりで彼の背中に回していた手に、いつのまにか力が入って、しっかりとすがりついているのを夏哉は自分で気がついていなかった。
(あ……はあぁ……)
 何も考えられない頭は、先ほどからボウッと熱を含んで朦朧としていた。
 たかがキスひとつに、どうしてこんなに気持ちを奪われてしまうのだろう。いや、それより何より、男にキスされてなんでこんなに燃えるのか。気持ちがいいの悪いのなんて通り越して、思いっきり興奮させられている自分がいる。どうして?
 貴彦の唇がそっと離れていく。その気配にうっすらと目を開けると、彼がじっと見つめていた。
 鋭くて酷薄そうな眼差し。だけどほんの少し面白がるように目元が笑ってる。夏哉はぼんやりしながら彼を見つめ返した。
 貴彦はくすりと冷ややかな笑みを漏らすと、夏哉の瞳の上に唇をそっと押し当ててきた。思わず閉じた瞼にくちづけし、耳の傍でそっとささやいた。
「目が潤んでるぞ。坊主」
 低く甘い声……。
「……え?」
「誘ってるのか? 生意気に色っぽい顔しやがって」
 貴彦はそう言うと、すっと下にずり下がって、今度は胸に唇を押し当てた。滑らかな舌先でゆるゆると舐め、やがて小さな蕾を見つけてキュッと軽く吸い上げた。
 夏哉は思わずピクリと身を震わせた。先ほどバスルームで味あわされた初めての感覚が、男の舌で甦らされていく。なんだか切なくなるような甘い疼きが、体の奥から湧きあがって夏哉を戸惑わせた。
「……く」
 夏哉は強く歯を噛み締めてその感覚を堪えた。気を抜くと声を漏らしてしまいそうだった。
 快感が怖かった。不安でどうしようもなかった。本能のようなものが、それは恐ろしいと体の何処かで告げている。一度知ったら忘れられない危険な蜜だと、口にしてはいけない媚薬だと知らせている。
 夏哉が必死になって溺れそうな自分に抵抗していると、貴彦がふっと愛撫を止めて、話しかけてきた。
「何難しい顔してるんだ?」
 夏哉が無言でいると、彼は指を伸ばして乳首をつまみ、そっと柔らかく揉みほぐした。つんとした快感に夏哉が眉をひそめるのを見て、面白そうに微笑する。
「感度がいいな、坊主。ここが好きか?」
「やだ……」
 自分を隠すように顔を背け、震える声でつぶやいた。
「なんで……なんでそんなとこばっか、触るんだよ? 俺、女じゃないよ」
「女じゃなくたって感じるだろ? ほら」
 ギュッと強くつねられて、夏哉は思わず声をあげた。
「あっ……」
 その声が、信じられないほど淫靡に聞こえた。自分の口から発せられたものだとは思えない。今まで聞いたどんな女の喘ぎ声よりもいやらしい。
 かあっと顔が火照って、耳の先まで朱に染まった。
(も、やだ……。どうなってるんだよ、俺? こんな……乳首なんかに反応しちゃって……)
 多分あそこはもうビンビンに元気に張り切っちゃってることだろう。そして彼もきっとそれに気づいてる。男って、こんな時自分を隠せないから困るのだ。
 夏哉がすっかり恥じ入って固く目を閉じていると、貴彦はふふんと小さく笑って、また少し体を下にずらした。そして、戸惑う暇さえ与えずに、夏哉のそれにくちづけしてきた。
「んっ!」
 生暖かい口の中に少しだけ含まれて、夏哉は大きくのけぞった。柔かな唇に包まれ、濡れた舌先がその中で蠢いている。ゆっくりと焦らすように、優しく優しく先端だけを愛撫する。夏哉は思わずシーツを強く握りしめた。
「……!」
 先ほどからキスと胸への前戯でいいだけ高められていた体は、そのストレートな攻めに一にもニにもなく反応した。どうしようもないほどの快感が、いっきにそこから湧き上がってくる。
「んっ、く……ふっ」
 固く噛み締めた歯の間から、かすれたような喘ぎ声がこぼれ落ちた。
 それを喜ぶように、貴彦はいっそう丁寧な愛撫を繰り返した。最初はゆっくりと優しく、次第に激しさをもって、深く根元まで咥えこんでは引きぬき、ふいに素っ気無く放り出しては、快感に見放されて身悶えする夏哉を面白がるように再び口にし、気が遠くなるほど心地良い舌技をつくした。
 あまりにも慣れた男のやり口に、夏哉は自分でも信じられぬほどの早さで頂点にかけ上がった。
 急激にわきあがってきた快感の波に、抗うすべもなく捕まった。夏哉はシーツの上で右に左にと頭を振り乱しながら、息も絶え絶えにうめいた。
「や……だめだ……。俺、俺もう……」
 離してくれと意志表示を込めて、夏哉は貴彦の髪に手を触れた。だが彼はそんな願いなどまるっきり無視して、更に激しく愛撫した。
「あっ! くうっ!……」
 あっけなさ過ぎる絶頂。だけどこれまで味わったSEXの中で、これほど心地良く酔わされたことはないというほどの、最高の気持ちの良さだった。
「はあ……」
 全身が何度も震え、その度に体の芯に旋律が走った。貴彦はそんな夏哉の反応に、満足げにずっと口に含んだまま、最後まで見放すことはなかった。時折優しく愛撫を加えて、あっさりと波が引かないように細やかな心配りを見せる。
 夏哉の体からすっかり力が抜けたのを見てようやく口を離し、横に寄ってきては胸に抱くように優しく覆い被さってきた。
 荒く息をついて放心している夏哉の耳に、そっと唇を押しあててキスをしては、大きな手で乱れた髪を優しくかきあげた。
 夏哉は激しく脈打つ鼓動をしばらくの間整えていたが、やがて細い声で力なくつぶやいた。
「た、貴彦、さん……」
 なんだ、と言うように彼が見つめる。夏哉は照れを隠すように彼の肩に額を押しつけて顔を埋めた。
「あのさ、あんた、フェラ上手過ぎ……。俺、全然我慢きかなかった」
 貴彦は表情ひとつ変えずに、平然として応えた。
「当たり前だ。おまえが相手にしているような小娘とは訳が違うぞ」
「ごめ……。口に、イッちゃった……」
 気にするな、と言うように、貴彦の指の背がそっと頬を撫でさすった。そんな仕草も、夏哉にとっては不思議な感動だった。
 口でしてくれる女の子も今までいなかったわけではないが、大抵はおざなりで、あっさりしたものだった。自分がしてもらう分の何分の一かのお返しといった感じ。ましてや最後までいかせてくれて、更にイヤな顔ひとつせずに全て受けとめてくれる子なんて、一度も出会ったことはない。
 さすがはゲイだよな……なんて、呑気な感慨に浸っていると、耳元でまた彼の低い声が聞こえた。
「おい、坊主。自分だけ気持ちよくなったまま終わる気じゃないだろうな」
「へ? ……あ、そっか。うん……」
 男の言葉に、半分トロトロと眠りかけていた夏哉は戸惑い気味にうなづいた。そうだ、快感を得るのは彼のほうで、自分ではないのだ。金を払ったのは彼、受け取ったのは自分。こっちの方がもっと彼にいろいろとサービスしなければいけないのに。
「あ、あの……どうすればいいの? もう入れる?」
 少しビクビクしながら尋ねると、貴彦はちょっと考えるように夏哉を見つめ、ボソリと言った。
「口でしろ」
「ええええっ!」
「とは言わないでいてやる。おまえ、不器用そうだからな。歯でも立てられたらたまらん」
 貴彦は居丈高な口調でそう言うと、夏哉の手をとって有無を言わさず自分のものへと導いた。
「う、ひゃ……」
「手でぐらいやれるだろ? 五万円分の仕事だ。やれ」
 そう命じられて、夏哉はちらりとそちらに目をやった。自分の手の中に、しっかり男のそれが握られている。まだそれほどではないはずなのに、てのひらに余るその部分。初めて触る自分以外の男の性器。見ているとかあっと頭が熱くなったので、思わずしっかり目を閉じた。
(ひゃあああ、どうしよっ。こんなん、どうすればいいんだよぉ?)
 いや、どうするかなんてのはよくわかってはいるのだ。ただ、初めての行為が怖いだけ。自分のするべきことが怖いだけ。
 おそるおそる手を動かしてみる。感触は自分のそれとさほど変わらなかったが、やっぱりひどく不思議だった。そうっと彼に目をやると、貴彦は平然とした顔で静かに目を閉じていた。そんな様子に、ちょっとだけ不安になった。
(か、感じてないのかな? これじゃ、だめなのか? 俺ってヘタッピ? ……でもちょびっとだけでかくなった気がしないでも……)
 困惑しながら愛撫を続ける夏哉に、貴彦はしばらく黙って身を任せていたが、やがてふわりと体を被せてくると、そっと唇にくちづけし、そして頬や首筋をついばんだ。先ほど夏哉が反応を見せた胸に手を伸ばし、またゆっくりと撫でさする。
 じわりとした疼きが再び体の奥に生まれ出した。一度は静まったはずの火が、ゆうるりとまた燃え始める。親指の腹が優しく乳首を揉み解し、広くて大きな手がゆっくりと胸元から背中にかけて這い伝うと、それだけでいつしか息が荒くなった。
(あ、あれ? 俺、なんか……また? え、嘘ぉ……、マジ? なんでだよぉ?)
 そんな自分の体の反応に、何よりも驚いたのは夏哉自身だった。うなだれていたはずのアレがなんとなく元気になって、またまた甘くてじれったい感覚に疼いている。貴彦が唇にキスする度に胸が高鳴って、手で体を撫でられる毎に気分がフワフワと浮遊する。奇妙な感覚、不思議な気持ち。愛撫してるのは貴彦のもののはずなのに、自分がどんどん高まっていく。
 貴彦の手が夏哉のものにも伸びてきた時、夏哉はそれを待ち望んでいた自分に困惑した。
(はあ……これ、まずいって。俺、思いっきりハマってるじゃん。相手、男だぜ? まずい、まずいよー! うー、気持ちイイーっ)
 思わぬ事態にすっかり混乱していると、貴彦がそっと話かけてきた。
「坊主?」
「ふあ?」
「そんなに気持ちいいのか?」
 あっけらかんとした問いに思わず赤面すると、貴彦が呆れたような眼差しを向けた。
「おまえ、本当に男初めてか?」
「はっ、初めてだよ! 決まってるじゃん!」
「そのわりには、抵抗なく感じてくれるな。まあ、見てて面白いが」
 ふふんと小馬鹿にしたように笑う。夏哉は真っ赤に染まった頬をぷんと膨らませて、顔を背けた。
 言うに事欠いて面白いとはあんまりだ。だけど感じているのは本当だから、真っ向から言い返すこともできない。だいたい、言い返せるほどの余裕なんて全然ないのだ。先ほどから再び沸きあがってきた快感に、胸がドキドキして苦しい、じれったい、中途半端に体が燃える。思考回路が弾け飛ぶ。
 自分の快楽に翻弄されてついつい疎かになりがちな手で、それでも懸命に愛撫を続けた。朦朧としながらも、頭の片隅で当たり前の不安が顔を出す。
(なんか……でかいじゃん、こいつの……。こんなの本当に入れるのか? 入んのかよ、これぇ。すげぇ痛そう……)
 悦楽に酔いながらも、この後に待ってるはずの初めての行為を思うと、我知らず背筋が震えた。
「ん……」
 無意識に甘ったるく鼻を鳴らし、顔を貴彦の胸に擦りつけた。それを誘ってるととったかどうかはわからないが、貴彦は夏哉の手をそっと外すと、体を起こしてサイドテーブルから何かを取った。そしてぼんやりと見つめている夏哉の上に跨る恰好で膝をつき、手にした小瓶からとろりとした液体をだした。夏哉は不安そうな表情を浮かべて、おずおずと尋ねた。
「それ……なに?」
「ただのオイルだ。一応な。……ふふん、バージンお嬢さんはまったく手が掛かるぜ」
 貴彦は口の端をくいっとあげて、面倒くさそうに応えた。だがそう言いながらも、面白がってるように目が笑っていた。
 冷たくてぬるっとした感触が後ろに触れた。
「冷て……」
「力抜けよ、坊主。緊張すると尚更痛いぞ」
「……どーでもいいけどさ、その坊主ってのやめてよ。なんかガキみたい……」
「まだ未成年のガキだろうが」
「そうだけど……」
 夏哉は朦朧としながらつぶやいた。先ほどから貴彦の指が後ろの部分を優しくくすぐっていて、その感覚に眩暈がしていた。気持ちが悪いような、良いような、なんだかわからない初めての感覚。止めて欲しくて、でも止めて欲しくなくて、不思議で奇妙で恐ろしい。それ以上続けられると、自分がどうなってしまうか想像もつかない。
(うぁ……も、やだ……。は、早く、やるなら早くやってよ、もう……)
 夏哉はすっかり観念して、貴彦の二の腕をぎゅっと引き寄せた。さっさとケリをつけて欲しかった。これ以上わけのわからない世界で中途半端に泳がされるのはたくさんだ。不安と快感に弄ばれるのはもういい。痛かろうがなんだろうが、早く終らせて開放して欲しい。早く元の普通の自分の世界に帰してもらいたい……。
 貴彦は夏哉の脚を脇に抱え、グイと身を寄せると、耳元に唇を近づけてそっとささやいた。
「あまり我慢できないようなら言うんだぞ。……カースケ」
 最後に呟かれた名前が、ひどく甘く聞こえた。大嫌いだったはずの呼び名が、男の口から漏れると、まるで魔法が掛かったように何故だか胸を熱くした。
 夏哉は腕を伸ばして男の首に絡みつけた。
「……っ!」
 男のそれがゆっくりと押し入ってきた。
 たっぷりと塗りつけられたオイルのおかげで、それはさほど抵抗なく進んできた。戸惑う暇もなく先端部分が入り込み、夏哉が驚いて身をのけぞらせた隙を縫い、更に奥へと進んでくる。夏哉は初めて自分の体の中に別の者の存在を受け入れて、恐怖に襲われ、体を強張らせた。
「……んふっ!」
 思わず全身に力が入り、それが逆に男のものを拒絶しようとして、鋭い痛みを生んだ。夏哉は無意識に逃れようと体をよじった。しかし中途半端に動けば動くほど、慣れぬその部分はいっそう苦痛を訴える。
(あ、や! 痛い! し、死ぬっ!)
 大声をあげてしまいそうなほどの辛さに、夏哉は一瞬気が遠くなった。あまり苦しくて息をするのすら忘れてしまう。だが、それを引き戻してくれたのは、貴彦のささやく声だった。
「カースケ、息を吐け」
 顔を寄せ、低くて静かな声で導くように命じる。夏哉はほとんど無意識にそれに従った。はあと大きく息を吐くと、ほんの少し力が抜けた。
「そのまま深呼吸してみろ。ゆっくりと」
 言われるままに何度も深く息をついた。貴彦はそんな夏哉を見下ろしながら、右手を伸ばして、大きなてのひらでそっと頬を優しく包みこんだ。
「大丈夫……、大丈夫だから。怖くないからな。そのまま続けてろ」
 そう言いながら、貴彦は少しづつ自分を奥へ奥へと埋めてきた。夏哉が緊張に身を固くすると、それを解きほぐすように優しく顔を撫でてくれた。
 優しい手、優しい声、鋭いけれど優しい瞳……。
 初めての、想像以上だった痛みに耐えられたのは、貴彦のそんな行為があったからかもしれない。
 だからすっかり彼が入ってきて、その圧倒的な存在感に押しつぶされそうになりながらも、夏哉は必死になって声をあげずに我慢した。やめてと叫びたい気持ちも押し留めて、じっとその感覚をこらえていた。
(うわ……信じらんね……。俺の中に、入ってる、彼が……。すご……い)
 強烈な異物感。まるで自分の体内全てを埋め尽くされてしまったような錯覚がする。それは何もかも彼に奪われ、すっかり支配された敗北感を与えながら、同時に全て身を任せた奇妙な安堵も併せ持っていた。
(ああ、俺……、ついに犯られちゃったのか……。俺、男とやってるんだなぁ。なんか、嘘みて……。でも入ってるし……。さよなら、俺のアナルバージン……くすん、痛ぇ……)
 夏哉はじんじんとこみあげる痛みに耐えながら、一人馬鹿げた感慨に浸っていた。
 貴彦は最後まで夏哉の中に身を進めると、しばらくそのまま黙って見下ろしていた。夏哉の瞳に涙が溢れているのを知って、そっと指で拭いとり、いたわるように幾度も幾度も頬を撫でながらささやいた。
「痛いか?」
 夏哉が素直にコクンとうなづくと、口元に哀れむような笑みを浮かべる。
「仕方ないな。初めてだし。でも、思ったより大人しかったな、おまえ。もっと騒ぐかと思ったぞ」
「だって……」
 夏哉はかすれた声で途切れ途切れにつぶやいた。
「煩いのやだって……。騒ぐの嫌いだって……言ったから……」
「それで我慢してたのか?」
 夏哉がうなづくと、貴彦は目をすがめ、優しく頭を撫でた。
「良い子だ」
 まるで子供を誉めるようにそう言われて、夏哉は思わず頬を赤らめた。どうしてこの男にそんな風に言われただけで、こんなに胸が高鳴るんだろう。嬉しい、なんて風に感じてしまうんだろう。今日初めて会った男。なんだか冷たくて、偉そうで、ぶっきらぼうで、愛想がなくて、なのに妙に甘えたくなってしまうこの男……。
 そんな己の心情に当惑して目を伏せる夏哉に、貴彦はそっと覆いかぶさってくると、口の端に満足げな笑みを浮かべて言った。
「おまえ、なかなか可愛い奴だな、カースケ」
「え?」
「ちゃんとおまえを味わいたくなった。可哀相だがもう少し我慢しろ」
 体を伸ばして唇に軽くくちづける。夏哉は黙ってキスされながら、不安げな面持ちでつぶやいた。
「……まだ続きあんの?」
「おい、まだ挿れてるだけだぞ? これからが本番だ」
 貴彦はふふんと鼻で笑って、脇に抱えていた足をぐっと深く掴みなおした。
「安心しろ。優しくしてやるから」
 そんな、あまりあてになりそうもない言葉を聞きながら、夏哉はギュッと強く目を閉じた。
(まだ続くのかよ? 俺、本当に壊れるかも……ふあああ! 痛いよぉォ!)
 夏哉の心の叫びをよそに、貴彦が余裕の表情で冷ややかに微笑みながら身を寄せてきた。まるで夏哉が踏みこんだ地獄の底の、案内人みたいな顔をして。
 夏哉はその時まだ、その本当の恐ろしさを何一つ知らなかったのだった。

                                                   ≪続く≫

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