痕(あと)
2 声 |
部屋の中には、 夕食の良い香りがいっぱいに漂っていた。
俊は狭いキッチンで白い湯気を立てる鍋を見ながら、
小さなカウンターテーブルにひじをつき、
壁に掛けられている時計をじれったそうに見上げた。
「遅いなぁ、 朔哉の奴……」
もう何度その行為を繰り返しただろう。
つぶやきながら玄関の方を伺い見る。
時刻はもう八時になろうかとしていた。
先に学校を後にし、
この部屋にやってきた俊は、合鍵を使って勝手に上がりこむと、
夕食の用意をしながら朔哉の帰りを待っていた。
それはいつものことだった。
特別料理が得意というわけではないが、
簡単なものなら作ることはできる。 なにより、
自分が用意をしなければろくな食事にありつけないことを、
俊はよく知っていた。
朔哉は食べることに興味がない。
ほっておくと、お菓子みたいな栄養食品だけで済ませてしまうことがしょっちゅうだ。
よくあれで一人暮しをしていて生きているものだと、
時々感心してしまうほどであった。
だから俊は、
ここに来た時にはなるべく出来合いのものではなく、自分の手で作って二人で食べるようにしていた。
面倒といえば面倒だが、 なんとなく朔哉に対しては、
そんな風にしてやらなければいけないような気がしていた。
でないと、
本当に食べるということを彼は忘れてしまいそうだったから。
俊はハアと大きなため息をつき、
退屈で何気無く部屋を見渡した。
部屋はきれいに整えられていた。
掃除をしていないから汚れているなどと、 よく言ったものだ。
そこはまるでモデルルームの一室のように、
何もかもがきちんと整頓されていた。
きれいだったが、
同時にどこか人の温かみのない無機質な部屋だった。
17歳の少年の部屋ならば、脱ぎ散らかされた衣服や放りっぱなしの雑誌の一つや二つあっても不思議じゃない。
現に俊の部屋はそんな日常のかけらでいっぱいに埋まっている。
だがこの部屋にはそれがなかった。
生きて誰かが暮らしているという存在感がなかった。
俊は微かに眉をひそめ、もう一度深く息をついた。
この部屋に独りでいると、時々妙に不安な気分になるのだ。
また顔を上げ、 ちらりと時計を伺い見た。
多分朔哉は、 全員が帰った後に、
杉宮とともに後片付けを終えてから帰途に着いたのであろう。
その後もしかして二人でどこかに立ち寄ったのだとしても、
もうそろそろ帰ってきてもいい時間だ。 ましてや、
今日は俊が来ていることを知っているのだから、そう長い間道草を食っているはずもない。
「……なんか、あったわけじゃないよな」
思わずそう独りごちたその時、 玄関のドアが開く音がして、
俊は椅子から立ち上がった。
振り向くと玄関の薄暗い影の中に、朔哉が立っていた。
俊は急いで走り寄ると、 口を尖らせて文句を言った。
「遅いぜ、 朔哉。 なにやってたんだよ、もう!」
「……ああ」
朔哉は無表情な顔のまま、素っ気無く応えた。
「ああじゃねえよ。 ずーっと待ってたんだぜ。
飯も食わずにさぁ。 もう腹へって死にそうだよ、 俺。
せっかく料理作ってやったのに。
どっかで食ってきたなんて言ったら、 俺、 怒っちゃうからな」
今までの不安と心配をいっきに怒りに転じて、
早口でまくし立てる。
だが朔哉はまるで聞こえていないかのように、どこか心ここに在らずといった感じだった。
俊も最初は怒りまくっていたが、
やがて朔哉のおかしな様子に気づいて、 眉をしかめた。
「……朔哉? 聞いてんの?」
「ああ」
「おい、朔哉ってば。 どうしたんだよ?」
俊が朔哉の二の腕を掴み、
強く揺さぶると、ようやく朔哉は俊に顔を向け、
まじまじと見つめた。
物も言わず、 薄茶の瞳でじっと凝視する。
俊はいぶかしみ、躊躇いがちに声をかけた。
「朔哉……?」
ふいに朔哉は俊の両肩を掴み、
そのまま乱暴に床に押し倒した。 大きな音とともに、
二人の体が固いフローリングの上に転がった。
急な出来事に身構える暇もなく、
俊は思いきり頭を打ち付けて、痛そうにうめき声をあげた。
だが朔哉はそんな彼の様子にはかまわず、のしかかっていった。
俊は突然の朔哉の異様な行為に、 怒りよりも驚きを感じて、
戸惑った声で尋ねた。
「さ、朔哉、 どうしたんだよ? なにを……?」
そんな言葉に耳も貸さず、 朔哉は性急に俊を求めた。
制服の白いシャツをたくしあげ、ボタンを外すのももどかしそうに俊の胸を露わにすると、
そこに唇を押しつけ、 貪るように舌を這わせた。
俊はかすかに眉をひそめ、 熱く息を吐いた。
「朔哉……、ここで、やる気なの? マジで?」
返事を返しもせず、朔哉はひたすら愛撫を続けた。
舌が小さく尖った乳首を探しあて、 すかさず強く吸い上げた。
俊は大きく体をのけぞらせて、 切なげな喘ぎを漏らした。
「あん……、や」
俊は腕を朔哉の首に絡めると、 甘えた声でささやいた。
「ね、やるなら、せめてラグの上でしよう。
ここ、背中痛い……」
しかしいつもならすんなりと受け入れられる俊の要求も、
その日の朔哉にはとどかなかった。
朔哉の細い骨ばった指が、俊の下腹部へと下がり、
衣服の上から高ぶったものを探りまわす。 俊はもう抵抗を止め、
従順にその身を預け、
朔哉の燃えるような欲情の渦の中に巻き込まれていった。
薄暗い玄関先の廊下で、
二人は白い姿態を絡ませて抱きあっていた。
脱ぎ捨てられた衣服が、 無造作に周りに散らばっていた。
荒く激しい息遣いが狭まった空間にこだまする。
俊の唇から絶え間なく漏れる喘ぎ声が、
薄闇に悩ましく響きわたった。
「あ、あ、朔……哉、う、ん……いい、すごい、 感じる……」
俊は美しい顔を快楽に歪め、 てらいなくその快感を口にした。
華奢な指がきつく朔哉の肩に食い込み、
白い肌に容赦なく爪を立てる。 朔哉もまた、
俊の体内に深く押し入って、
熱く燃える粘膜を荒荒しくかき乱した。
俊の固くいきり立ったものの先から、透明な液体がとろとろと流れ落ち、
自らの腹の上に溜まっていた。 それが、朔哉の激しい動きに、
ゆらゆらと揺れては体をつたって床へと垂れて行く。
まるで、生き物が意志を持って動いているようにさえ見えた。
朔哉は俊を攻め続けながら、 ぼんやりとそれを目にしていた。
蛇が、 するりと俊の白い肌の上を逃げて行く。
彼の体の下に隠れて、
黒い陰からじっと息を潜めて見守っている。
快感に支配された朔哉の脳裏に、
ちかちかと記憶がはじけとんだ。
『何かが……ゆっくりと首筋を這っていく』
俊が苦しそうに唇を噛み、 固い床の上で右に、
左にと頭を揺らした。 茶色の髪が汗に濡れた額に張りつき、
その顔を覆い隠した。 まるで、俊の美しさを妬むように。
意地悪するように。 嫉妬するように。
『しっとりと粘りついて、肌に吸いつき、
弄ぶように……それはうごめく、するすると……喉もとを……』
朔哉は俊の膝の後ろに手をかけ、
高く持ち上げると、それをその胸に付くほど押しつけて彼の体を深く折り曲げた。
そしていっそう強く自分を中へと押し込む。
俊が耐え切れぬようにうめいた。
「んあっ、ん、苦し……朔哉……、そんなに……しないで……ああっ」
苦痛とも快楽ともつかぬ微かな悲鳴が響いた。
『なにかが、首筋を、這い回る。
その例えようもない感覚……甘く吐息を誘い、魂を熱く酔わせていく』
「う……く」
強く噛み締めた歯の隙間から、 朔哉はかすれた声を漏らした。
俊の熱い体内に飲みこまれ、
自分自身もがより熱く燃え上がっていく。
極みへとどんどん高まって、いっそう固く張り詰めて快楽を貪り食う。
『なにかはその吐息に応えるように、優しく愛撫を繰り返す。
上から下へ、 下から上へ……ゆっくりと、 執拗に、
何度も何度も行き来する。 見えない指を首に絡めて……優しく、
丁寧に……時間をかけて……』
何も考えられない頭の中に、
記憶が閃光の様にフラッシュバックした。
快感が、 時を越えてシンクロする。
俊の体を激しく出入りするもののもたたらす快感。
首筋を這い回る、なにかが生み出す快感。 二つが入り混じって、
朔哉の全感覚を包み込んだ。
「あ、ああ……」
朔哉は喘いだ。 激しく感じてしまう。
これはいったい誰の与える快楽だろう? 俊か、
それとも……あの暗い部屋にいたなにかか? いったい誰が犯しているのだ? この体を、
朔哉という生き物を?
――サクヤ……
耳元で声が聞こえた。
朔哉は自分自身の爆発を感じて、
狂ったように俊の体に己のものを打ちつけた。
俊が胸の下で感極まった声を張り上げた。
「あああっ、いや、イク! うああっ!」
「……くぅっ!」
噛み殺した声が、 こらえきれずに朔哉の唇から漏れた。
俊の中に熱い命を注ぎ込んで、そのまま全身の力が抜け、
朔哉は俊に上にどさりと身を預けた。
重なり合った体に挟まれた俊のものが、
ピクピクと余韻を含んでうごめきながら、
白い液体を滴らせていた。
俊はしばらく放心したように身をこわばらせていたが、
やがて深く吐息をつくと、
同じようにぐったりと体の力を抜いて肩で荒く呼吸をした。
美しい顔が小さな汗で濡れてきらめいていた。
二人は長い間、ただハアハアと苦しげに息をついて、
重なり合ったまま床に転がっていた。
そのうち、俊がのしかかる重さに耐え兼ねて、かすかに身をよじった。
朔哉は少し体をずらして、 傍らに横になった。
俊は疲れた顔に微かに笑みを浮かべ、朔哉の胸に擦り寄ってくると手を伸ばして頬に触れた。
「ねぇ、今日凄く感じてただろ、 朔哉?」
朔哉は眉をひそめて、けだるそうに見返した。
俊は満足そうに微笑み、 肩に頭を乗せかけてきた。
「だって、朔哉が声出すの、 初めて聞いた」
「声、を……? 俺が、 出してた?」
「うん。 色っぽかったぜ。 とっても」
俊がからかうようにくすくすと笑うのを、
朔哉は冷たい感覚で聞いていた。
快楽に喘いだ自分……。
それは、いったい何に感じて喘いでいたのか。
俊の体に酔っていたのか、
それとも別のものに狂わされていたのか。
考えると背筋がぞくりと震えあがった。
ふと、俊が首に手を伸ばし、 不思議そうに尋ねた。
「朔哉? おまえ、浮気してた?」
「え?」
「首、 キスマークついてるぜ。
いったい俺に隠れて誰と遊んでたんだよ?」
朔哉は全身が凍りついた。 冷たい汗が額を濡らす。
きゅっと固く唇を結び、 ごくりと唾を飲んだ。
だが俊はそんな彼の様子には気がつかなかったようで、
諌めるように一人喋っていた。
「まさか今やってきたとか言うなよな。 さすがの俺だって、
それは許さないぜ。 俺が待ってるの知ってて浮気だなんてさ。
俺だってそんなひでえことしないんだからな」
朔哉は黙って聞いていたが、
やがて俊の体を引き寄せて強く胸に抱え込んだ。
俊がビックリしたように戸惑ったつぶやきを漏らした。
「お、さ、朔哉? なんだよ、 急に……」
「……誰にも触らせたりしてない」
「はあ?」
「おまえ以外には触らせない、 誰にも」
俊はちょっと当惑したように応えて返した。
「なに言ってんの、 今更? 俺別におまえ縛る気ないよ。
おまえが誰とやったって文句言う気ないし。
ただ、俺と約束した時にすっぽかすなってだけで」
だが朔哉は無言のまま、俊の体を離そうとはしなかった。
俊は呆れたように小さくため息をつき、
ポンポンと子供をあやすようにその背を叩いた。
「わかったわかった。 おまえの純情はよーくわかった。
だから離せよ。 俺、 腹減っちゃったよ。 飯食おうぜ、 朔哉ぁ」
それでも朔哉は俊を抱きしめ続けた。
首筋に残る甘い感触が、 ぞくりと冷たくせせら笑った。
その日朔哉が美術室に行くと、
先に来ていた杉宮に声をかけられた。
杉宮は教室の隅に彼を引っ張っていくと、
声を潜めて尋ねかけてきた。
「おい、担任の安西がおまえを探してたぜ」
朔哉は小さくうなづいた。
「ああ、今会ってきたよ」
杉宮は心配そうに眉をひそめ、いっそう声を落として聞いた。
「おまえ、なんかヤバイことやらかしたんじゃないだろうな? まさか長尾とのことがばれたとか」
朔哉は失笑して答えた。
「違うよ。 進路相談の話さ。 この間面接すっぽかしたからな」
「すっぽかしただと? で、どこに進む事に決めたんだ?」
「まだ決めてない」
朔哉がさらりと答えると、 杉宮は呆れたように顔をしかめた。
「まだだと? おまえ、
いったい今いつだと思ってんだ? もうすぐ一学期が終わるんだぜ。
三年にもなって進路も決まってないような奴はおまえだけだぞ」
朔哉はげっそりした表情を浮かべて、ため息をついた。
「よせよ、おまえまで。
そういう説教は教師からいいだけ聞かされてる」
「当たり前だろうが。
のんびりしているおまえのほうがおかしいんだ」
杉宮は情け容赦なくそう言いきると、
真面目な顔をして話を続けた。
「先生はなんて言ってたんだ?」
「普通の大学を受けろって言われたよ。
特にやりたい事があるわけじゃないなら、
将来のことを考えて決めろって」
杉宮は少し腹立たしそうな表情を浮かべ、 荒く鼻息をつくと、
今度は諭すようにやさしく言った。
「なあ、藤城。 俺と美大に行こうぜ。 おまえの絵は悪くない。
もっと真剣にやれば、絶対ものになる。
趣味で終わらせるには惜しい才能だ」
朔哉は嘲るように鼻で笑った。
「ふ、おまえに進路指導されるとは思わなかったな。 それ、
一応誉めてるのか?」
「冗談事じゃない。 おまえが真剣に考えないから、
俺が考えてやってるんだ。 絵を描けよ。 もっと情熱を持って。
それだけのものがおまえの絵にはあるんだ。
もっと熱をいれろよ」
杉宮はまるで自分のことのように、
目をきらめかせて熱く語った。 瞳が真剣な色に燃えて、
じっと朔哉を見つめている。 朔哉はしばらく黙っていたが、
やがて視線をそらし、 力なく応えた。
「考えておくよ」
そう言って背を向けた。
どこに行くんだと引き止める杉宮を無視して、
その部屋を後にした。
廊下を歩きながら、
朔哉は自分の心がどんどん冷たくなっていくのを感じた。
いつもそうだ。 誰かが周りで熱く燃える分だけ、
自分は逆に冷めていく。 天邪鬼でそうなるわけじゃない。
どうしようもないのだ。
自分の中には、 熱く燃えるなにかが欠けている。
朔哉はそれを知っていた。
何に対しても夢中になるということがない。 勉強にも、
恋愛にも、
絵を描くというたったひとつの趣味にも熱中できない。
いや……それ以前に、 生きていく事に執着がもてないのだ。
日々をなんとなく過ごすだけ。 死にたいわけじゃない。
死ぬ事にも魅力なんて感じない。 ただ毎日息をして、
そして少しづつ魂が冷たく凍り付いていくのを感じるだけ。
何も燃えさせてくれない。 何も暖めてくれない。
何も熱く感じさせてくれない……。
――サクヤ……
朔哉はぴくんと身体を震わせた。
耳元であの乾いた声がした。 かすれた風のうめきのような声。
冷たく暗い闇の中から自分を呼ぶ声。 だが、
なによりも全身を熱く煮え立たせる……。
ズボンのポケットの中で、 小さくなにかが動いた。
手を差し入れて触れる感覚は、 冷やりとした金属の塊。 あの日、
家に帰る途中で作った旧美術室の合鍵がそこにあった。
こくりと唾を飲み、
ポケットの中でぎゅっと強くそれを握り締めて、
朔哉は廊下を歩いていった。 校舎の北側から続く廊下を越えた、
あのひっそりと暗く湿った教室へ。
廊下に溢れていた生徒達の姿がいつのまにか見えなくなり、
気がつくと彼は旧校舎を歩いていた。
足元で黒ずんだ廊下がきしんで泣いた。 静まりかえった空間に、
その声だけが物悲しく響いた。
引き寄せられるように朔哉は美術室へと向かっていった。
目の前に現れた古い扉の鍵を開け、埃だらけの室内へと足を入れる。
そして準備室へと続くドアを開けた瞬間、
中からむせかえるような甘い匂いが押し寄せ、
朔哉を包み込んだ。
朔哉は反射的に深くそれを吸い込み、
眩暈にも似た感覚に襲われた。 くらくらっと頭が揺れ、
一瞬意識が遠のいていく。 だが、はっと気づいたその時には、
もうそんな芳香は跡形もなく消えていた。
朔哉はしばしその場にたたずみ、
そしてゆっくりと中へと入った。
すぐになにかが動いて、 朔哉の両腕をふわりとつかんで、
また離れていった。 かと思うと、
唇に羽が触れるような微かな感触を感じる。
風もないのに朔哉の細い髪がさらさらとなびいた。
なにかが、朔哉の訪れを喜んでいた。 喜び、
歓喜にさざめいていた。
朔哉は真ん中ほどまで進んでいくと、
闇に向かって話しかけた。
「俺を、 呼んだのか?」
答えはなかった。
朔哉は壁から天井をゆっくりと見渡した。
埃と蜘蛛の巣だらけのその部屋。
窓のない、暗く閉ざされたそこは、後ろに開いた扉の外から差しこむわずかな明かりだけが、その場を照らしていた。
ふいに、その扉が閉まった。
一瞬室内はまったくの闇に閉ざされたが、
すぐに天井の古ぼけた蛍光灯に明かりが灯った。 もちろん、
誰がつけたわけでもなかった。
朔哉は長い間じっとそこに立ち尽くしていたが、
やがて静かに口を開いた。
「何故俺を呼ぶんだ?」
くすくすと笑うような気配のざわめきを感じた。
朔哉は全身になにかの視線を感じながら、 声をひそめ、
つぶやいた。
「俺が……欲しいのか?」
すかさず、するするっとなにかが朔哉の首に巻き付いてきた。
まるで巨大な大蛇が獲物を捕らえたように、
がっしりと首から顔まで幾重にも巻き付いて覆いつくす。
息苦しさは感じなかったが、微かに絞めつけられるような圧迫感があった。
朔哉が戸惑って身をよじると、 それはすぐに離れていった。
いたぶっているのか、 それとも朔哉の反応を見守っているのか、
少しづつ少しづつ、探るように接触してきた。
しばらくの間なにも起こらなかった。
が、やがて、すうっと気配が動いて、
そっと朔哉の頬に触れてきた。 優しく、
そして恐ろしいほどに甘美な感触だった。
朔哉は無意識に目を閉じた。
頬がじわりと熱を帯び、 それが全身に広がっていく。
血がさざめいた。 体中の細胞が熱く燃えた。
胸の中のずっと奥の、 冷たく凍った魂がゆうるりと溶けていく。
朔哉は深く吐息をついた。
力が抜けて膝から崩れ落ちた体を、
なにかがふわりと支えて、そっと横たえた。 そして、
見えない手はその体の上をゆっくりと這った。 喉元から胸へ、
胸から腰へ、 その更に下へ……。
優しく優しく撫でさすっていった。
朔哉は唇から微かに声を漏らした。
それを受けとめるように、 そっと唇に触れてきた。
しっとりと冷たく熱い、柔らかなものが押し当てられる。
ゆっくりと、ゆっくりと、なにかが口の中に進入してきた。
艶かしくうごめきながら、舌に柔らかく絡みつく。 歯の裏を、
舌の付け根を、 喉の奥まで、
それは滑った感触をさせながら、あらゆる場所を動き回った。
普通のキスとは違う、 不思議な感覚だった。
だがそれは激しく興奮を誘った。
朔哉は初めて本当のくちづけを知った少女のように、 息を荒げ、
身を熱くした。
胸の中心に火が灯る。 蒼く妖しい炎をあげて燃え立つ。
耳の奥がしびれ、 目頭が熱くなった。
「あ……あ」
我知らず唇から声が漏れた。 せつなく体が震え、
朔哉はなにかを探るように空中に手を伸べた。
その指先を、しっとりと濡れた感触が包み込み、
一本づつ丁寧に舐めあげた。
「ああっ……う……あ」
たまらず大きな喘ぎ声をあげた。 こんなのは初めてだ。
指先を含まれて感じるなど朔哉自身も知らなくて、未知の快楽に頭の中が真っ白になった。
そしてなにかは、別の触手を伸ばして指先とともに胸にも愛撫をくわえてきた。
白いシャツの襟元からするすると入りこみ、胸の上を這いまわり、
やがて乳首を探り当てて食いついた。
それはえもいわれぬ感触だった。 ぬるぬると滑っていて、
それでいて跡を残さず、 熱く、 冷たく、 執拗にうごめく。
時に強く、時に優しく、 いとおしそうに舐めまわす。
そのうち、ゆっくりとベルトが外されて、手も触れぬのにズボンの前が押し開かれ、
下着が剥き出しにされた。 その上を、 なにかが触る。
すでに固く張り詰めた朔哉を、 柔らかく包み込んで弄んだ。
朔哉はうっすらと目を開けて、
見えないなにかに向かってささやいた。
「熱くして、くれるのか……? 俺を……」
さわさわっと気配が騒いだ。
そして、それはゆっくりと朔哉の上にのしかかってきた。
淫らに甘い香りとともに……。