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Dガーディアン〜夢守りの民〜
.閉ざされた結界砕かれた心、
              ガラス細工の少女
『硝子−しょうこ−

 

 

 3

    PM 10:00

「硝〜子〜 どこだ〜い」
 鈴木氏は、熊かなにかのようにうろうろと公園の中を歩き回っていた。
 逃げた硝子と先輩は海の見える公園まで追い詰められていた。
「硝子ちゃん〜 さぁ一緒にいきましょう。ママは硝子ちゃんと一緒にいたいのよ〜」
 先輩に連れられて、硝子は公園の茂みの後ろに隠れて声を殺していた。
「パパだよー。出ておいで〜 パパは硝子が大好きなんだよ〜 くんくん」
 獣のように鼻を鳴らして硝子の所在を探っていた。
(どうしよう……パパもママもどうして変になっちゃったの……)
 心臓の音が飛び出しそうに大きく感じる。
 蒸し暑い熱帯夜の空気がまとわりつく。
 セーラー服と素肌の間に汗をにじませていた。
 汗の匂いで悟られてしまうのではないか、心音が聞こえてしまうのではないか。
 不安でたまらない気持ちがいっぱいになった。
 その時、ぎゅっと手を握られた。
(え? 先輩……)
 振り返って先輩を見つめ、暗闇で二人でいるという状況を不意に思い出した。
 そんな事を考えている場合ではないと思いつつ、さっきまでとは違うドキドキが胸を高まらせた。
 お互いの息遣いまで触れるほどの距離……。
(せ、先輩とこんなに急接近してるなんて)
 先輩の視線は向こうを向いているが、その手は強く硝子の手を握り締めていた。
「あ痛っ、先輩……あの、ちょっと痛い…」
 手を握っているというよりも次第に硝子の腕を掴んでいる形になった。
 !?
「大丈夫さ、大丈夫……」
 しかし、その掴んだ手は温もりとは無縁だった。
「あんなやつらにはきみをころさせないよ……だって…………」
 長い沈黙……。
 それはどこかしら背筋の寒くなる、嫌な感じの気がする間だった。
「先輩?」
 ザラッとしたまがまがしい雰囲気。次の刹那、狂の形相を見せた。
 今まで頼りにしていた男がギョロリと目玉を向いて、舌をだらりと伸ばした。
「!?」
 硝子はわかってしまった。そう、それはあの両親と同じものだと……。
「おまえはオレの獲物だからさ!!」
 逃げる事もできず、硝子は手を捕まれたままうずくまった。
 最愛の両親も、憧れの先輩も、自分を殺しに襲いかかる現実。
「うがらああああああああああ!!」
 先輩が奇声を上げた時、少女の世界が壊れた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!」
 夜の住宅街を少女の絶叫がこだまする。
「みぃぃつけたぁぁ〜!」
「あの声は硝子さん!」
 硝子が叫ぶ、両親が振り向く、臨たちも声に振り向く。
 すべてが一瞬で、同時に行われた。
 包丁を持ってニコニコしている母親が次第に近づいてくる。
「さぁ一緒に行こう。遠い世界へ」
 さっきまで味方だった先輩は獲物を掴んだようにがっちり硝子を捕らえていた。
「さぁ踊れ、死ぬまで。血塗られた赤い靴を履いたお前はもう我らの意のまま」
 両親が何か唱えると、血で染まった赤い靴が勝手に動き出した。
 硝子の意志とは関係なく、血染めの靴に躍らされていた。
 自分から刃物を持った両親へと踊りながら近づいていく。
 異常なダンスのパートナーは、しっかり腕をつかんだ、憧れの先輩……。
 しかしそれは愛する者同士の固い抱擁ではない。相手は獲物を捕らえた猟奇の狩猟者だった。
 ゆっくりとどんどん近づいてくる狂気の両親。
 昨日まで心に安らぎを与えてくれた人たちが、今は恐怖の対象でしかなかった。
「助けて。助けて……誰か助けてぇ〜!!!」
 涙交じりの救いを求める声が海に向かって非情に消えていく。
 それに呼応するように小さく鈴の音が近づいてきた。
「待て!! 夢魔、硝子様から離れろ!」
 硝子を捕まえている先輩を指差して、臨が叫んだ。

『臨 空 天 神 波!』

 けん制の攻撃術法が先輩の頭をかすめた。
 臨空天神波に続いて、臨はダッシュした。
 髪を縛る鈴が、臨が動くたびにリンと鳴った。
 先輩を蹴り飛ばしながら硝子を連れて下がった。
「大丈夫ですか? 硝子様」
 震えが止まらない硝子に声をかけた。
「臨さん、硝子さんをこちらへ」
 臨は硝子を綾女の腕の中へとしっかり託した。
 手にナイフを持つ父親、包丁を持つ母親。
 そして臨の蹴りを受けて今起き上がってきた先輩。
 敵は三体。完全に定着されているのか、臨にはまだ判断しかねた。
「はぁぁぁぁ!」
 臨の両手に刀が具現化しそうになった。
「やめて! パパとママなの」
「硝子様……残念ですが、もうお二人は 夢魔に……」
「けけけ、夢守りの小娘。われらの子がいうんだ、手を出すな」
「倒さねば硝子様の命が……」
「そんな そ、そう、きっとみんな病気なの。悪い病気。だから治れば……」
 悲しいでまかせ……。そして言った本人も違う事をわかっていた。
「硝子を渡せ! 硝子は我々のものだ! 渡さないぞ誰にも!!」
 硝子はきゅっと綾女の着物の裾を掴んでいた。
 綾女に支えてもらわないと、また赤い靴を履いた足が勝手に踊りだしそうだった。
 ただでさえ3対1と劣勢であるのに、硝子の言葉で臨はますます防衛一方だった。
 なまじ他の夢魔のように爪や牙を生やすといった大きな変化をしていない。
 普段と変わらない姿が硝子を両親への淡い期待となっていた。
 臨が無刀のまま格闘スタイルで、ジリジリ近づいてくる3人を威嚇していた。
「硝子様……」
「だって……大事な人だもん。お願い」
 硝子の願いを受け入れることは、硝子だけでなく綾女も危険にさらすことになる。
「スミマセン……硝子様。はぁぁぁ!!」
 再び気合いをいれて、臨は刀を出現させようとした。
「!?」
 ところが二振りの刀は出現する前にかき消えてしまった。
「消えてしまいました……」
 綾女は臨がいつもと違うのに気が付いた。
 臨は夢魔と対峙しつつ、綾女の傍まで下がった。
「臨さん?」
 心配そうな目の綾女を見て、臨は語った。
「駄目なのです。敵の魔性気が弱すぎて、武器を出現させられないのです」
 現実世界に出てきた夢魔の発する魔性気。
 それが濃い時だけは現実世界でも武器を出現させられた。
 夢守りの民が戦闘衣や武器を招来させるのは、本来、夢の中だけなのである。
 3体も夢魔がいるのに、魔性気を押さえているのか刀さえ出せない状況だった。
「臨さん、これを……」
 そういいながら、綾女が差し出したのは白い日傘だった。
「お借りします」
 臨は、軽く得物の長さを測ると、傘を柄の部分より短めに持った。
 根元から折れないように、そして一番力が伝達しやすいように。
「ハッ!!」
 見事に鼻先に当て、夢魔を退かせた。
 さらに、突き出してくる手の、指先ギリギリを日傘で打ち据えた。
 瞬間的な痛みを与えるだけで、致命傷にはならない攻撃に、夢魔たちは次第になれてきたようだ。
 夢魔が後ろに顔を反らそうとしたのを察し、思わず手の中で日傘を滑らせた。
 強く柄を握り、強い一撃を食らわせた。
「っ!! ぐあっ」
 夢魔も痛みにのたうちまわっているが、日傘も臨の力に耐え切れず、根元からポッキリ折れてしまった。
「わっ! す、すみません綾女様!」
 いつになく慌てる臨に、綾女が落ち着いて答える
「構いません臨さん。それよりも今はご両親を正気にもどさなければ」
「お願い、先輩も元の先輩に戻るから、硝子の大好きな先輩に! だからやめて」
「ああっ、お前、オレが好きなんだろう。いいぜ、かわいがってやるよ」
 打ち込まれた鼻を摩り、先輩が下卑た声で舌なめずりをしながら近寄った。
 臨は拳を堅く握り、先輩に、いや先輩に取り憑いた夢魔の非道に怒りを示した。
「やめないか! どんな弱い心に取り憑かれたか知れないが自分を取り戻せ」
 ダンスのようなステップを踏んで、念じると臨の身体が震え始めた。
 激しいビートに、次第に臨の身体がぼやけ始めた。
「……多身術……二重双!」
 大した魔性気をもたない夢魔であることを考え、臨は多身術を使い、その身を2つに分身させた。
 敵は三体いても魔性力場を形成できない程の弱さ。
 ならば、二重双で力が半分になっても充分対抗できるだろうと考えた。
 しかし、待っていたかのように、父親と先輩が二人の臨をガッチリと捕まえた。
「ぐっ、しまった! は、離せ!」
 二人の夢魔はぴったり張り付いて臨の動きを封じていた。
 得意の肘打ちでもまったく離れる様子はなかった。
「この時を待っていたぞ! お前の力が半減するのを、な」
 父親は持っていたナイフも捨て、臨の動きを封じる事に専念していた。
 右臨左臨が捕らえられた隙に、母親夢魔が綾女と硝子の前に迫った。
「どきな! 母親が娘に何をしても他人がとやかくいうんじゃないよ」
 普段の温厚な母親とはまったく違う荒い言葉使いに硝子は脅えていた。
 包丁を突き付けながら綾女達に迫った。
「いいえ、退きません。硝子さんは私の、いえ臨さんもそうですが私達の大切な仲間。妹も同然です」
「綾女……お姉ちゃん?」
「他人がというのなら、今のあなたは硝子さんの母親とは思えません」
 硝子を背中にかばい、夢魔に同化された母親へと毅然とした態度で答えた。
「ふん、まぁいいさ。どうせ本当にこの女の、実の子でもないからな」
 やぶにらみで視線を外して吐き捨てた。
「!?」
「マ、マ?」
 かばっていた綾女の元から硝子はよろよろと離れた。
「ハッハッハ! お前なんか本当の娘じゃない。知らなかったのかい」
「言うな! そんなでたらめを言うな夢魔! 硝子様、耳を貸してはいけません」
「でたらめなもんか。本当は知っているくせに夢守りの戦士。私はこの娘を拾って育てていただけさ」
 臨を取り押さえていた父親も耳障りな笑いと共に硝子に答えた。
「そうとも、14年前、捨てられていたお前を拾って育てていただけだ」
「うそ……うそだよね……ママ」
「いけません硝子さん、危険です」
 綾女の手を振り払い、硝子は前に歩んだ。そう、赤い靴の、呪いのステップを踏みながら……
「おや本当に知らなかったか、世間知らずの嬢ちゃん。お前なんか他人なんだよ」
 右臨に張り付いたまま、父親が吐き捨てる。
「!………………ぱ、ぱぱ……」
 庇っていた綾女の手から離れて、硝子はさらにゆっくりと前に歩み寄った。
「誰が『パパ』だ、気安く呼ぶな、ば〜か お前は、死んだ我々の子どもの代用品にすぎないのさ」
 !
 硝子の心の中にあるガラス細工が、包まれていた優しさのビロードから滑り落ちた。
「だって……二人ともしょうこのこと、すきだって……いってくれたのに」
 硝子の目には大粒の涙がいっぱい浮かんでいた。
「ああ、だから食ってやるんだよ。そうすれば硝子は我らだけのものになる」
「誰にも渡さない。今まで、お前が食べ頃になるまで待っていたんだよ」
「オレに食わせろ、その柔らかい肉を、オレに食われるなら本望だろうが! なぁ硝子よぉ〜」
 心の中で、粉々に砕け散るガラス細工の心象風景。
「……い……いやぁぁぁあああああ!!!」
 絶叫が響き渡った。空気が震えた。
 硝子の額を中心にして取り巻く空間がキラッと光った。
 綾女から施された能力の解放がなされた。
 その光にたじろいだ隙に、2人の臨は夢魔の手から脱出した。
「硝子様、落ち着いて下さい!」
 何もかも、全てを否定する硝子の周囲の空間が歪んだ。
 戦闘で培った臨の予感が危険を察知した。
「綾女様、危ない!」
 右臨はどこにも逃げ場のない事を察知し、綾女を庇いながら身を伏せた。
 硝子から、声ではない声、術法を紡ぐ呪文が発動した。

   『 爆 』!

 負荷の掛かった空間に亀裂が走り、強い力が生じた。
 そして鋭い破片が敵味方かまわず全方向に飛び散った。
 硝子を中心に360度、前後左右上下。四方八方、全方向にガラスの破片のような物が四散したのだ。
「臨さん!」
「ううぅっ!!」
 その身体は痛々しい無数の切り傷から血が滲んでいた。
「お怪我は……ありませんか、綾女様」
「はい。私の事より……ああ、臨さんがこんなに傷だらけになってしまって」
 右臨、左臨、どちらにも鋭い破片が身体を切り裂き、いくつも突き刺さっていた。
 しばらくするとその透明な破片は消えていった。
 空間の固まった破片が再び元の姿に戻るように……。
 味方である臨でさえ、この有り様であった。
 夢魔に取り憑かれていた両親と先輩はまともに破片の飛礫を喰らっていた。
「奴が覚醒前の夢に忍び込んでも弾き飛ばされるほどの力だったが、まさかこれほどとは」
「これが、能力を解放された夢守りの民の攻撃術法か」
「無意識でこれだけの威力とは、やはり早目に始末せねば危険だ」
 三体の夢魔は同時に攻撃態勢に入った。
 その攻撃の意志により、夢魔から発せられる魔性気が高まった。周囲が魔性力場と化した。
「しょ、硝子様! 落ち着いて下さい!」
「いやいやいやぁ〜!!」
 少女の深い悲しみは周囲の声を受け入れる余地がなかった。
 刹那、落ち着いたかに思えてもすぐさま少女には受け入れ難い事実が再び襲った。
 さっきまで抑えていた恐怖と、自分が実の子ではないという考えもしなかった告白……
 硝子はまた絶叫と共に強力な術法を暴走させた。

   『 爆 』!

「ぎゃぁぁ!」
 3体の夢魔はまともに攻撃を食らった。
 右臨に変わって、今度は左臨が綾女の盾となった。
「うわぁぁっ〜!」
 左臨の口から絶叫が響いた。
 背中、ふともも、肘に、空間の破片が再び皮膚を切り裂き、突き刺さった。
「左臨! ううっ」
 綾女を守っていた二人の臨が力無く、一体化した。
「臨さん!」
 それは前回、綾女が見た場合と違っていた。
 分身していられなくなって強制的にもとに戻ったという感じを受けた。
 互いに傷ついた2体の臨が一つになった時、傷がますます広がり、血が滲んだ。
「今は、この場を離れます」
 綾女は一体化した臨を担いで硝子から離れようとした。
 しかし非力はお嬢様の力ではわずかしか移動できない。
 空間を破裂させたガラス破片は夢魔も臨たちも区別なく攻撃をしていた。
 3体の夢魔は、術法を撃たれる前に攻撃しようとし、真っ正面から破片の飛礫を受けて満身創痍だった。
「いやいやいやいやぁぁぁぁぁ! パパ〜ママ〜」
 硝子に攻撃の意志はない。
 攻撃の意志以前に心の暴走が自分でも抑えられない状態であるだけだったのだ。
「うぐっ……なんて能力だ! これでは人質も意味がない」
「こんなブチ切れた奴とまともに戦えるか!」
 逃げようとする3体の背後から、三度目の無差別攻撃術法が炸裂した。

   『 爆 』!

 綾女達も夢魔たちも攻撃の及ばない所まで逃げることはできなかった。
 明らかにこれを再び受けると、臨の命も危ないと綾女は思った。
「臨さん!」
「くっ、綾女様、御身を低く」
 自分の身を呈して守ろうとする臨の姿に綾女の心はひとつの思いで固まった。
(守りたい……臨さんを……。鎧、身を守るもの。戦闘衣……)
 綾女の身体に、七夕伝説の織り姫のような服が装備された。
 そしてその胸には弓道の胸当てに似た防具があった。
(だめ、これでは私の身しか守れない)
 想いが深くなった時、心の琴線に何かが触れた。
(強い防御力。加護の力……)
 瞬間、以前捕まった蜘蛛夢魔の張った結界の強さを思いだした。
 あの時は夢魔の操られるままだったが、身体が、己の持つ術法の力を思い起こさせた。
 そしてあの時の全てを否定して閉じこもる強固さではなく、守りたいと想う一途な気持ちが具現化した。
「いけません綾女様! 危ない!」
 しかし、臨は体勢を建て直すだけの力さえ残っていなかった。
 綾女はとっさに先ほどまで硝子を庇ったように体勢を変えると、心の導きのままに言葉を紡いだ。
「光の糸よ、光織り成すものとなれ。我らを守るものとなれ」
 そして5つの言霊が綾女を取り巻き、力を示した。

   『 麗 糸 防 壁 布 <レイシ ボウヘキフ>』

 それはほんの一瞬の事だった。
 言葉と共に、指先から紡がれた光の糸が、素早く織り込まれた。
 反物のような光の布が、幾重にも円筒形に取り囲み、襲ってくる無数の破片から、臨と綾女自身を防御した。
 細い光の糸が幾重にも折り重なり、超高速で織りなされた光の織物のようなもの。
 それは、ガラスの破片のようなものを放つ、硝子の術法攻撃にも傷つく事なく、全て防御した。
 網目の細かい光の布が密度の濃い防壁となったのだった。
「綾女様、それがあなたの術法。綾女様に受け継がれた御身を守る防御術法なのです」
 臨の言葉を受け、綾女はさらに光の布紡ぎ出した。
 そしてそれを、混乱している硝子の取り巻くように羽織らせた。
 3度目の攻撃に、定着するギリギリだった夢魔たちは、硝子の両親と先輩という素体から抜け出た。
 その瞬間、さらに周囲の魔性気が一気に高まった。
 黒いヘドロのような物体が3つ、空中に漂った。
「綾女様、あの3体を倒さなければ」
「……はい」
 綾女は愛用の弓を具現化させようと想念を集中させた。
「弓……弓……」
「あの3体を今、仕留めないと再び硝子様を狙います」
「はい。もう、これ以上硝子さんを悲しませないためにも……」
 綾女が念じると、左手に弓が出現した。
「これが、私の!?」
 それは幼い頃から愛用の弓に似ていた。
「矢をイメージすれば綾女様の思う通りの矢が出現します」
 臨に言われて、弓を握ると光る矢が現れた。
「破魔矢……。夢魔を滅する光の矢よ」
 長い間、弓道の型を踏襲し、光る矢を番えた。
 キリキリと弓を引き絞り、今まで硝子の両親たちに取り憑いていた夢魔めがけて撃ち放った。
 見ている臨はハラハラしながら見ていると、放たれた矢は真っ直ぐ線を引いたように夢魔に命中した。
「ぎゃぁっ!」
 断末魔の悲鳴をあげて消滅する夢魔。
 二本目の矢も同じように夢魔を一瞬で消滅させた。
 しかし、最後の抵抗を試みた夢魔が綾女に向かって襲い掛かってきた。
「綾女様! お急ぎ下さい」
 臨に急かされた綾女。
 だが、変わることなく同じ型を踏襲し、ゆっくりと弓を引き絞った。
 夢魔はどんどん迫ってきた。
 ビュンと矢は放たれた。
 !
 しかし夢魔は綾女の矢を大きな動作で右に避けた。
「はずしたな! 夢守りの民長! もうお前を守るものはない!」
「いけない、弓を使っている時の綾女様は術法が使えない無防備!」
 臨は傷ついた身体を奮い起こして綾女の護衛に付こうとした。
「くっ、身体が……ま、間に合え!」
 しかし、硝子の術法のダメージは強大で、さしもの臨も動くことができなかった。
 綾女は逃げる素振りも見せず、夢魔を見据えていた。
 綾女にあと少しというところまで夢魔が襲い掛かってきた。
 「ぐわっ!?」
 が、思いもよらない後ろからの一撃に成すすべもなく先の2体同様、消滅した。
 綾女の矢がまるで、ブーメランのように戻って来て夢魔を背後から直撃したのだった。
「お見事でした。綾女様」
「はぁっ、はぁっ……怖かったです」
 この時、綾女は初めて自分の力で、自分の意志で夢魔を倒したのだった。
 綾女は防御術法と自分の武具を一挙に得たのだ。
 しかし、その代償は消して小さくなかった。
 魔性気が次第に薄れて、辺りを見回してみると、まるで爆弾でも炸裂したようだった。
 硝子の攻撃術法により、周囲は無数の破片によって傷だらけ。
 夢魔に取り憑かれていた3人はその身体に攻撃を受けてズタズタになっていた。
 硝子は綾女の麗糸防壁布の効果が消える頃には気持ちも落ち着いて状況を把握することができた。
「しょうこ……こんな……しょうこが……うぅ〜〜ううわぁぁん〜!!」
 硝子は自分のした事に恐れおののいた。
 そして自分が大切な人たちを傷つけたという事実に大粒の涙をこぼした。
「硝子さん、今は泣いてもいいんですよ」
 綾女は硝子をそっと胸に抱きとめた。
 悲しむ時に素直に涙を流す彼女の姿に、綾女は羨望もあったのかもしれない。
「綾女様……」
 大人になるということは悲しい時にも、泣くこともできない。
 そんなものなのだから。
「私も、硝子さんと同じように臨さんに助けられました。先ほどから硝子さんを襲っていた夢魔から」
 硝子の髪をそっと撫でながら、綾女は諭すように語り掛けた。
 傷だらけの臨を見て、硝子はさらに涙を浮かべた。
「……お姉ちゃん……痛いよね、そうだよね、いっぱい血が出てる」
 綾女の元から倒れた臨の傍まで歩み寄った。
 少女の放った術法『爆』により臨は大きなダメージを負っていた。
「硝子のせいで……ううっ、ごめんなさい」
 満身創痍の臨の手をぎゅっと握って、硝子は詫びていた。
「でも硝子、あんな事ができるなんて知らなかったの」
「私は…大丈夫です硝子様。ですから私達に力を貸して下さい」
「硝子さん、私たちと一緒に来て下さいませんか」
 綾女は、自分のこと、臨のこと、そして夢守りの民と夢魔の事を話した。
 先ほどの爆発的な術法も硝子が夢守りの民の末裔である証拠だということを。
 夢魔を滅ぼす事が、戦うことが目的ではない。
 自らの命を守るため、狙われている夢守りの民は、結集していたほうが良いということを話した。
 術法も、臨の手ほどきを受けて、コントロールできるようにならなければ今のままではまた暴発してしまう。
「先輩……。パパ、ママ……」
 硝子は傷ついた両親を見つめていた。
「硝子さん。確かに、あなたとご両親、血の繋がりはないのかもしれません」
 綾女が硝子の後ろから包み込むように抱きしめた。
「でも、夢魔に取り憑かれる前のお母様はとても硝子さんのことを心配していらっしゃいました」
 綾女は、少女が一歩大人になるための、試練に立ち向かえるように自分の過去を語った。
「私も、本当の両親を知りません。私も孤児だったそうです。しかし、私のお父様、お母様は優しく、時に厳しく私を育ててくれました」
「硝子様、綾女様のご両親は夢魔の手にかかって……」
 その大切な育ての親を夢魔に殺された事を臨が代弁した。
 三人の夢守りの民が話している時、別な所から声がした。
「しょ、しょうこ」
 父親がうわごとのように硝子の名前を呼んだ。
「パパ? 硝子はここにいるよ! しっかりして」
 両親のところに駆け寄ると、二人とも声を震わせて語った。
「ひどいことをいったね、ごめんよ」
 振り絞るような声で二人は語りつづけた。
「わたしたちがよわむしだった」
「ほんとうのことをいったらしょうこちゃんがどこかへいってしまいそうで」
「さっきいったのはパパじゃないんだよ、それだけはわかっておくれ」
「ママもパパも、しょうこちゃんがだいすきよ」
 傷だらけで、出血もひどいというのに、両親はどうしても伝えなければならない言葉を、懸命に紡いでいた。
「うん、うん、わかってる。硝子のパパとママは、パパとママだけだよ! お願い死なないで」
「よかった……どうしてもそれだけはつたえたかった……」
 そして二人は静かに目を閉じた。
「パパ! ママ!」
 綾女は硝子をぎゅっと抱きしめ、臨は倒れた二人の様子を調べた。
「大丈夫。硝子様のご両親は生きています。ただ……」
 強烈なダメージが肉体だけでなく精神にも伝わり、回復にどれだけかかるかはわからなかった。
「すぐに、寿限夢さんに連絡します」
 綾女は横浜の『織り鶴堂グループ』に連絡を取った。
「かかりつけのお医者様が、硝子さんのご両親の治療をいたしますから」
 硝子は涙を拭いた。そして、勇気をもって自分が成すべきことを自覚した。


   翌日 AM 9:00


 出航を告げる合図が鳴ると、船が横浜の港を出港した。
 どこかで、誰かが童謡を口ずさんでいる。

 赤い靴履いてた女の子
 異人さんに連れられて行っちゃった……
 横浜の波止場から船に乗って
 異人さんのお国へ行っちゃった……

 硝子は船上で友達に手紙を書いた。
 一通は友人に向けて、しばらく留守にすると、水泳の大会に出られなくなってゴメンナサイと。
 もう一通は、ずっと渡せなかった先輩への手紙を書き直したメッセージ……
 憧れだけの恋に恋していた硝子とは違う、ちょっとだけ大人になった少女の告白。
 そしてずっと持っていた古い先輩への手紙をどうしようかと迷っていたとき、
「あっ!」
 それは、船上を駆け抜けた一陣の風にさらわれて、大海原に消えた。
 まるで勇気のなかった自分も一緒に連れ去るように……。
「バイバイ、昨日までの硝子……」
 遠くなる横浜を見つめ、硝子はそっとつぶやいた。
 包帯を巻いた臨と綾女が、そばにやってくると、硝子は健気ににっこり微笑んだ。
「大丈夫! 硝子は強い子だもん」
 これが硝子の長いながい夏休みの始まりでした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 こうして硝子ちゃんは悲しい想いを背負ったまま ご両親と別れた。
 臨ちゃんや綾女ちゃんと共にこれ以上、自分と同じ悲しみを繰り返さないためにゆくの。
 辛いけど硝子ちゃんの持ち前の明るさで きっとすぐに元気になるね。
 キュートでプリティな硝子ちゃん☆
 でも助平な事でもしようものなら たちまち彼女の術法『爆砕硝片散』でボッロボロ。
 努々 ご油断召さるな!
 と、言うわけで 今回はここまで!
 次回は 今までとは一風変わった夢守りの民、沙羅ちゃんの登場


    4.「とぎすまされた拳、孤高の白き花 沙羅」

 を、送信します。お楽しみに! では 今宵も素敵な夢を!!
 have a NICE DREAM ! あなたの夢に 麗糸防壁布!!


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 こんばんは 鈴木硝子こと、夢祭硝子です。
えと、まだ作品ができてなくってごめんなさい。
 もうすぐ完成しますから、楽しみに待っててね。

 見所としては、硝子が初めて使う、あ、と言っても無意識なんだけど攻撃術法
『爆』の炸裂するところです。
 この技は硝子を中心にして360度全部に攻撃してしまうので、夢魔だけじゃなくって
臨お姉ちゃんまで傷つけてしまうの。
 まわりの空間がビシッっとひびが入ったと思ったら空間が割れてその透明な破片が周囲
をすべて攻撃。
怖いのは 両親が夢魔になってしまうところと、信じていた人が……
っとこれは読んでからのお楽しみね。
 三人とも、まだ慣れていないからちょっとぎこちないところや、暗い感じがあるけどもう少ししたらみんな慣れてきて、もっと笑ったりもできるんだよ。
 そのためには やっぱり 沙羅お姉ちゃんを越えて、望先生が登場しなきゃね。
「おいおい、あたしゃ飛ばされかい」
「あ、沙羅お姉ちゃん、ふふ、そんなことないよ」





 

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