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Dガーディアン〜夢守りの民〜
.閉ざされた結界砕かれた心、
              ガラス細工の少女
『硝子−しょうこ−

 

 

 1

 い靴履いてた女の子。異人さんに連れられて行っちゃった。
 横浜の波止場から船に乗って、異人さんのお国へ行っちゃった。


 ガラス、硝子、光を受けてキラキラと輝くガラス。
 ガラス、硝子、透き通った美しさをもつガラス。
 それは少女期の美しさとはかなさを持っている。


 赤い靴は呪いの靴。履いた者は踊りつづける。死ぬまで、死んでも……
 赤い靴を履いてた女の子は、異人に連れられてどこへ行ってしまったのだろう。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲【第四稿 Ver.3】20000827

 
  『Dガーディアン〜夢守りの民〜』
  『ドリームガーディアン』 硝子の章
           作:『紫 茄子花−ムラサキ ナスカ−』
=−=−=−=−=−=−=−=−=−=−

 はーい! 『夢語 望−ゆめがたり のぞみ−』です☆
 お久しぶり! みんないい夢見てる?

 危機一髪の綾女ちゃんを助けた臨ちゃん。
二人の夢守りの民は、仲間を探して道を行く。
 綾女ちゃんの長としての覚醒にはまだ時間ときっかけが必要なみたい。
 さてさて、三人目の夢守の民はどんな人?
 まだ恋に恋する少女を狙って夢魔が迫る! 急いで! 少女の名は
『夢祭 硝子−ゆめまつり しょうこ−』。彼女の危機を救ってあげて……


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


3.「砕かれた心、ガラス細工の少女『硝子−しょうこ−』」

*   *   *   *   *

 夕暮れの校庭。
 校門を出ようとしている男子生徒がいた。
 そしてその年上の相手を待つ人物がいた。
 想いのすべてを綴った手紙を携えた少女。
「(今日こそ渡すんだ……硝子(しょうこ)、ガンバ!)」
 何度も怖気づきそうな自分を奮い立たせていた。
 告白しようとしている少女、硝子が手紙を渡そうとした瞬間、
「あっ、先輩……待って」
 憧れの先輩はあっという間に姿を消した。
 遠い彼方へと去っていく彼の様子は、まるで反発しあう磁石のようだ。
「はぁ、今日もダメだった……しょうこのバカ……」
 落ち込んで、自分を責める硝子。
「もっと勇気を出していたら、先輩に逃げられなかったはずなのに」

 リリリリリリリリリ!!!

 このベルは決して終業のベルではない。
 次第に世界が白く崩壊していく。

*  *  *  *  *

 さらに暗転した時、硝子は自分の部屋のベッドから起き上がった。
 頭の中を整理して、夢から覚めたことを理解した。
「……うぅ〜、夢くらい自分の好きなように見たいな」
 夢の中でさえ、大好きな先輩に告白できない自分に、硝子はちょっぴりブルーになった。
 こっそり机の上に飾ってある先輩の写真を見つめた。
「ふみゃ〜ん! 頭に爆弾が落ちてる〜!! 大変」
 隣の鏡を覗くと髪が寝癖で爆発していた。
 すばやく飛び起き、硝子は階下へ降りていった。


   AM 7:30


 朝は戦争だ。
 時間との闘い、己との闘い。
 もうちょっと眠っていたいという甘美な誘惑が囁く。
 しかし、それに打ち勝った者だけが、身支度という次のステップへと進む事ができるのだ。
 そんな一分一秒が惜しい時に、鈴木氏は数秒間フリーズした。
「あ…………」
 平凡なサラリーマンであり、良き夫、良き父であろうとする典型的は『お父さん』である。
 そんな彼がバスルーム前の洗面台で、中学2年になる娘の下着姿を目の当たりにした。
 髪も半分濡れたまま、しかも頭にバスタオルを無造作に巻いただけの姿だった。
「ん? きゃーー!!」
 振り返り、見られたとわかって、娘の硝子は黄色い悲鳴を上げた。
「わっ! とっと」
 まだまだ子どもだと思っていたが、白いブラの下には、つぼみのようなかすかな膨らみがあった。
「んもう〜、パパのHぃー!!」
「おいおい、そんな事言ったってパパだって髭剃らないとならないんだよ」
 追い出された洗面所の前の扉で父親は情けない声を出していた。
 それに対して年頃の娘は容赦ない。
「Hなパパなんて、嫌いきらい、きらーい!」
「そんなぁ〜。硝子に嫌われたらパパ泣いちゃうよ」
 己の非を認めつつ、扉の前で床に向かってのの字をかいていると、扉がガチャリと開いた。
「う・そ・だよー。うふ、パパ! だーい好き!」
 制服に着替えた娘が、うずくまっていた鈴木氏に抱き着いて頬ずりした。
 ほのかなシャンプーの香りが鈴木氏の鼻をくすぐる。
 丸い体型にメガネを掛けた父親と、いまだにこうして甘えてくれる一人娘。
 そんな硝子のかわいい仕草を見て、鈴木氏も思わずニコニコしてしまう。
 鈴木硝子。中学二年生。
 他のクラスメイトと比較するとまだ小さくて、成長は発展途上であるといえる。
 セーラー服を着崩すことなくキチンと着ている。
 髪を左右に束ねてサクランボのような飾りのついた髪留めで留める。
 これが硝子のトレードマークだった。
 14歳にしては親に反抗するでもなく、まだ幼い面が多分にある。
「うんうん、パパも硝子の事が大好きだよ」
 しかし、鈴木氏はそれでも構わないと思っていた。
 むしろ少しでも長く娘を傍に置きたいと思うのは男親の性だろうか。
 たとえ、どんな事があっても娘は離さない。
 嫁に欲しいなんて男が来たら、追い返してやるぞ。
 そんな物騒な事を考える実に一般的なお父さんであった。
「ホント!? じゃ、前に言った赤い靴、買ってくれる?」
「おいおい硝子、それとこれは別だろう」
 雑誌で見かけたかっこいい靴をずっと欲しがっていた。
「う〜ん、作戦しっぱ〜い」
 ちゃっかりおねだりしたものの、見事に返された硝子はかわいく舌を出した。
「あらあら、パパ。急がないと時間は大丈夫? ほらほら、硝子ちゃんも!」
 洗面台の前でスキンシップを取っている親子にキッチンから声がかかった。
 急かしている割に口調がおっとりとしたお母さん。
「さぁさぁ瀬戸さんと有田さんがもうすぐ迎えに来るんでしょ、急ぎなさいな」
「は〜い!」
 身支度をあせるお父さんと硝子をお母さんは優しく迎えた。
 家族三人で囲む食卓には今朝も笑顔があふれていた。
「硝子〜 準備できてる〜!?」
「あ、セっちゃんたちだ。ハーイ、今行くよ〜!!」
 外から硝子を迎えにクラスメイトがやってきた。
 忘れ物のないようにキチンと確認。鏡に向かって笑顔も確認。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい! 車に気をつけてね」
 クラスメイトであり、親友でもある二人が硝子を迎えに来た。
「おはよう! セっちゃん、瑠璃ちゃん」
「おはよう! 硝子」
「夕べのテレビ見た? おっかしかったよね」
「アハハ うんうん、見た見た。そうだね!!」
 親友たちのと おしゃべり。
 苦手な授業もあるけれど、それはそれで楽しい毎日。
 優しい両親に育まれ、硝子は幸せだった。


 そんな光あふれる通学路を行く女子中学生たちとは対照的に、日常の影に潜む者たちがいた。
 硝子の家の物陰に潜み、少女を狙う存在は着実に計画を進めていた。
―――ユメモリノタミ、あれでまだ覚醒していないのか?―――
―――何という潜在能力だ―――
―――下手に近づいては我々の身も危ういぞ―――
―――しかし、弱点も分かった―――
―――……今は時を待とう……―――
 邪悪な影は静かに気配を消した。


   AM 8:00


 京都からの列車に、二人はいた。
 着物を自然に着こなしているのが夢紡綾女。
 京都の老舗、『織り鶴堂』の事実上のオーナーであり、夢守りの民の長である。
 眠っている姿は、小さな寝息がなければ美しい人形かと思うほどの整った顔立ちだった。
 片や、綾女の側で寄り添うように眠っている少女が夢守臨。
 彼女の長い髪をまとめた鈴が、列車がゆれると心地よく リリンと振るえた。
 ポニーテールの下は幼い顔立ちに小さな身体。
 しかし、かわいらしい姿とはうらはらに夢魔と戦うさまざまな能力を持っている。
 臨は、人の夢に潜り込み仇なす夢魔と戦う、夢守りの民の戦士だった。
 二人は同じ夢を見ていた。
 正確には綾女の見ている夢、虚無の空間に臨が『夢入りの法』を使ってやってきたのだ。

*  *  *  *  *

「……これが、私の知る全てです」
「……」
「綾女様。あの、おわかりいただけましたでしょうか?」
 臨は夢の中で綾女の知らない夢守りの民の事を説明していた。
 夢の中は現実の世界とは時間のたち方が違う。夢の中でじっくり時間をかけて説明をしていた。
「すべて理解できた訳ではありませんが、臨さんのおっしゃる事はわかります」
 夢守りの民という一族がいること。
 夢魔という存在がいること。
 夢魔が自分達を襲って来た事実。
 夢魔に対抗できる技を持っているということ。
 夢紡綾女は夢守の民の長であるということ。
「それから、その……綾女様にはしばし夢の中で鍛練していただきます」
「……」
 戸惑う綾女に臨は続ける。
「術法を、綾女様ご自身の術法を、習得し身を守る術として欲しいのです」
 臨の言葉に綾女はコクリとうなずいた。
 術法。それは臨の放つ攻撃術法『臨空天神波』のような夢魔に対抗するもの。
「心配には及びません、毎晩、少しづつです。そうすれば綾女様も!」
 そこで言葉を切って、臨は大地を蹴って天を舞い、掌から光の塊を撃ち放った。

   『 臨 空 天 神 波 !』

 攻撃光塊はまっすぐに彼方まで飛んで行った。
「これと同じではありませんが、術法とはこのような力です」
「それは私を救って下さった技ですね」
「私も今の所、これしかできないのです」
 着地して、綾女に向き直ってから続けた。
「修練を積めばさらに別な術法も習得できるということなのですが」
 少し間を空けて、別な術法を試す臨だったが

   『 臨 ばく ひょう とう……うわっ、うぅ』

 術法の途中で、力が抜けたように座り込んでしまった。
「やはり、まだ無理でした」
 臨は少し恥ずかしそうに照れた。
 その表情は得意なことを披露しようとして、失敗してはにかむ子どものようだ。
「ですが、こちらはもうご存知ですよね」
 ダンスのような激しい動きにあわせて次第に振動し、臨の身体がぼやけ始めた。
「……多身術……二重双<ニジュウソウ>!」
 激しい振動で身体が二重写しの写真のようになると、左右に2人の臨が現れた。
 多身術。二人になった臨。双子以上にそっくりな二人が綾女の左右に位置した。
「便宜上、右臨、左臨と呼んでいますが、どちらも同じ私、夢守臨です」
「本当にびっくりしました。二人になれるなんて、便利ですね」
「ただ、多身術を使っている間は、能力が半減してしまいます」
 時にはこうして分身し、互いに模擬戦をして、修行をしている臨だった。
 互いの手を重ねて、再び一体化してみせた後、夢守りの民のもっとも基本的な能力の説明をした。
「綾女様、我々、夢守りの民は古来より、人の夢に入る能力を有しています」
 今も臨が綾女の夢の中に入って説明をしているのだった。
 本当の二人の身体は、今、横浜行きの列車の中。
「人の夢に入る能力、この『夢入りの法』は 綾女様も何度か体験するうちにできるはずです」
 術法、夢入りの法と説明をし、今度は武器と戦う時の姿になる技を説明した。
 臨は大きく息を吸い込んで 気合を入れた。
「たぁぁぁぁっ!」
 すると今までの装束から、鎧の姿になり、そして両手に刀を出現させた。
「どこからその刀はでてくるのですか?」
「イメージするのです。想念を具現化するのです」
 もう少し追加して、夢の中にいる時と、夢魔の持つ、魔性気が強い場、『魔性力場』が形成されたとき、夢守りの民は武器や戦闘衣を出現させられると説明した。
 綾女はそっと、臨の刀身に触れた。そこには確かにそれは存在していた。
 そして、ちらちらと、視線を移しながら、言いにくそうに
「それから、あの、とるに足らない事なのですが……。臨さん、そのお姿、寒くないですか?」
 肌の露出が普段着よりも多くなっている戦闘衣を見ながら綾女は問い掛けた。
「え? ええ」
 綾女の実に平和的な問いかけに臨は戸惑った。
「すみません、何か肌が見えていましたのでつい……」
「あまり寒いと思った事はありません。パーツごとの防御力もありますし、機動力が最優先です」
 手と、首から上以外着物で肌を隠している綾女と、戦闘衣姿になった臨。
 二人が並ぶとその違いがはっきりと判る。
「戦闘衣は身を守る鎧です。これも想念で形成します」
「それは臨さんと同じ装いではないのですね」
「はい」
 綾女はホッと胸をなで下ろした。
「よかった。その衣装になるには少しだけ、あの、その……」
 臨は複雑な笑みを浮かべた。
「戦闘衣と、武器は夢守りの民それぞれ持っているそうです」
「武器……ですか?」
 臨は、自分が育ての親である刀自に教わったのと同じく綾女に話した。
「刀、槍、薙刀、弓など、人の能力を超えた夢魔を討つために夢守りの民が備えたものだそうです」
「弓道でしたら、少し心得があります」
「ならば弓をイメージして下さい。夢守りの弓は魔を祓う、まさに破魔矢を放ち、敵を討つと聞いています」
「弓……」
「綾女様の御愛用の弓を思い浮かべていただければ」
「弓……弓……」
 うっすら汗をかくほど一生懸命イメージするが、その手にはまだ何も出現しなかった。
「……」
「あ、綾女様、すぐにはできないかもしれませんが、大丈夫です」
 うまく行かなかった綾女を臨は励ました。
「夢守りの矢は綾女様の御意志のままに、放てば必ず当たります」
「必ず……ですか」
「はい。想いが強ければ必ず! 時として、想念の強さが勝敗を決めます」
 夢守りの戦士の強さとは腕力ではないことを臨は強調した。
「夢の中での、夢魔との戦いは精神力の戦いなのです。想念を強めれば、刀は岩をも斬り裂きます」
 綾女は臨の刀の切れ味を京都での戦いで目の当たりにしていた。
「夢の中での『死』は、すなわち実際の死を意味します。ただし、それは死んだと思いこんだ時のこと、死の悪夢に負けた時にそれは現実となります」
 死。その言葉に綾女は改めて自分の置かれている立場を再認識した。
「もちろん、全力でお守りします、綾女様。ですが……」
 綾女は臨の手をぎゅっと握って見つめた。
「私の方からお願いします、私に身を守る技を教えて下さい。自らを、そして、少しでも臨さんの力になれるように」
「綾女さま……」
「あ、いえ、その足手まといにならないようにしたいのです……」
 自分で言った積極的な言葉に、綾女は少し驚いていた。
 前向きな綾女の姿に、臨はぽつりと自分の言葉が漏れた。
「綾女様の言葉、とても嬉しいです。御館様たちが倒されて、もう私はひとりぼっちだと思っていたから」
 臨と綾女、どちらも今まで育ててくれていた親を夢魔によって殺されていた。
「大丈夫、綾女様がいてくださるだけで、夢魔たちもうかつに手が出ないのです」
「そんな、私など何の力も……」
 臨は京都までの、一時も気の休まることのない道のりを話した。
 眠ることさえままならない日々。身体を無防備にしていたら敵に狙われる。
 多身術で、常に半分の自分を見張りに立てていた闘いの日々だった。
「下級夢魔では二人の夢守りの民と戦えるほど強くないのです」
 例え、まだ綾女の戦闘力が低くても、それを敵には知られてはいなかった。
 術法はおろか、戦闘衣にすらなれない事もまだわかってはいないだろう。
「しかし二人でいるのを承知で攻めてくる敵には心してかからねばなりません」
「私のように、夢魔に命を狙われている同じ夢守りの民がこの先にいるのですね」
「はい、覚醒もしていないところを襲われたら……急がないとその方が危なのです」
 二人は堅く手を取り、共に同じ道を行く決意を確かめた。

*  *  *  *  *
「まもなく〜、新横浜〜」
 列車がホームに着く手前のアナウンスで、二人は目が覚めた。
 その日、2人は新しい地に降り立った。
「ここが横浜……」
「この地に硝子様がいるのですね」
「参りましょう、臨さん」
 暑い真夏の日差しを避けるため、白い日傘を掲げて綾女が呟いた。
「今日は暑くなりそうですね……」


    AM 11:00


 夏。
 照りつける太陽の下、グラウンドには体育の授業を受ける硝子の姿があった。
「どうしてこの季節に跳び箱なの? 普通プールでしょ」
「こんな炎天下でやったら、倒れちゃうよ」
 体操をしながら、硝子の親友の一人、有田瑠璃がこぼした。
「その点、硝子たちはいいよね〜水泳部だもん、ああ、暑いなぁ」
「セっちゃんも硝子と一緒に水泳部の助っ人する?」
「やめとく、私は硝子みたいに泳げない。でも硝子、テニス部なんだから素振りはやっときなよ」
 セっちゃんこと、瀬戸伊万里はテニス部。
 実は硝子もテニス部なのだが、1年生の時に水泳の技術を見込まれて、弱小水泳部の助っ人部員になっているのだった。
 体操が終わって、体育教師から一連の指導があってから、少女たちが跳び箱を跳んでいった。
 ホイッスルが鳴るたびに待機側の生徒が少しずつ減っていく。
「よぉ! がんばれよ〜!」
 後ろから、急に声を掛けられて硝子たちが振り返った。
 そこには三年生らしい体格のいい二人組が、制服のままグラウンドを走っていた。
 突然のことに戸惑っていると、二人の後ろから硝子の憧れの先輩が駆けて来た。
「コラ! お前ら、校庭10周の罰の最中だろうが、何を下級生ナンパしてんだ」
「(え? せ、先輩!!? うそ、どうして??)」
 硝子は夏の暑さとは別に体温が急上昇してくるのを感じた。
「そこのメガネの娘も、そっちの赤い髪留めの子もがんばれ」
「おにーさん達が応援してるぞ」
 追いかけて来た先輩を無視して後輩の女の子に手を振る二人組。
「こら俺を無視するな! 大体、怖い顔した野郎が近づくから、怯えているだろ」
「言っとくけどな、お前も罰マラソンの一人だからな、念のため」
 3人は掛け合い漫才のようなやりとりをしていた。
 そのうち、憧れの先輩が、硝子たちに声をかけた。
「ごめんな、俺が責任をもってこの野生の猿は捕獲したから、さ、授業を続けてくれ」
「うっきー、ウキャウキャ!」
 猿扱いされた二人は、めげずにもがいた。
「キミ確か、水泳部の助っ人で今度の大会に出るんだよな、がんばれよ! 鈴木硝子ちゃん」
 不意の先輩の言葉に硝子は髪がピョコンと立つようにびっくりした。
「え?! どうして硝子の名前を?」
「知ってるさ、有名だからね。それじゃ!」
 突風のように硝子たちの前に現れた三年生たちは、登場と同様にまた風のように去っていった。
 しばらく呆然としていた硝子が、大好きな先輩の言葉を思い出して飛び上がった。
「きゃ、きゃ☆ ね、ね、聞いた聞いた? 先輩が硝子の名前知ってたんだよ!!」
 硝子は浮かれて飛び跳ねている。
「がんばれよ! だって☆ 硝子ちゃん だって☆ きゃんきゃん!嬉しぃぃ」
「だめだセっちゃん、完全に舞い上がってる」
「おーい、しょうこ〜、戻っといで〜、一人で違う世界に行かないでよ〜」
 人を好きになる不思議な力。
 ちょっとしたことで、落ち込んだり、すぐまた元気になったり。
「先ぱ〜い☆ うふふふ」
「ほら、先生がこっち睨んでるよ。硝子の番だってば」
「はーーい!! スーパー硝子におまかせよ〜! いっきまーす」
 一生懸命に走って、走って、走って……。
 時々何かを思い出したのか、はにゃ〜んと浮かれて跳び箱にダイブ!
 華麗に跳び箱の上を舞った硝子は、綺麗に弧を描いてそのまま砂場に転がった。
「アハハハハ。失敗しちゃった」
 砂場に座り込んで、硝子は笑っていた。
「しょう〜こ! 早くどきなさーい!」
「はーい」
 玉の汗を額に、砂粒がついている横顔さえも、キラキラと輝いていた。
 何事も一生懸命で汗を綺麗にみせる子だった。


 

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