そこには、光が溢れていた。 「光だ……」 クラウドは、落下しながら呟いた。暖かく、柔らかな、しかし力強い輝きがそこにあった。 「これは、ホーリー?」 苦しげに脈動する光が、樹枝を模した球形の戒めに囚われていた。 「どうして……、こんな……?」 クラウドは、閉じこめられた光を不審な目で見つめた。 大空洞の断続的な崩壊で、仲間たちもその場所に落下してきた。 互いの無事を確認しあう仲間たちの傍らに、セフィロスがふわりと着地する。 「これは……? ジェノバがホーリーを封印していたんじゃないのか?」 当然の疑問をぶつけるクラウドに、セフィロスは目を伏せて低く笑った。 「ふっふっふ……」 その底冷えのするような表情に、クラウドの背筋が凍った。 たった今まで、共に戦っていた相手とも思えぬ豹変ぶりだった。 もしかしたら……。 いや、まさか、そんなことが……。 一転して冷笑するセフィロスは、かつてジェノバに操られていたときよりも、さらに邪悪なるものの雰囲気をまとっていた。 青き瞳持つ者、災いの使者となり、萌ゆる大地を灼き払わん……。 ブーゲンハーゲンが言っていた、言い伝えが頭の中に蘇った。 セフィロス・ウエポン……。 彼こそが、最後の、第九の封印だ。 全てを破壊しつくすまで、戦うことをやめられないとでもいうのか? 「セフィロス! どういうことだ?」 恐ろしい考えを打ち払うように、セフィロスに詰め寄る。 セフィロスは、凍るような視線をクラウドに向け、抑揚のない声で言った。 「愚か者め。我は選ばれし者……。この星に選ばれ、神となる存在だ」 一同は、愕然とした。最悪の事態を招いたのではないかという嫌な予感が、彼らの胸に重くのしかかった。 呻くように、クラウドは言う。 「そのために……ジェノバを抹殺したというのか……!?」 「汚ねえ……」 そう言ったきり、バレットは絶句した。 セフィロスは、まるで仮面をかぶったような無表情で、色を失ったクラウドたちを見回す。 「君たちの協力に感謝する」 素早く宙を舞って、閉じこめられた光の球を背に庇うように立った。 「エアリスは? ねえ、エアリスはどうしたの!?」 ユフィが、泣きそうな声で叫ぶ。 「さっき、助けてくれたのは、エアリスだった! そこにいるんでしょう!?」 セフィロスは、冷笑した。 「愚かなる者、愚かなる行為、愚かなる愛……。この世の事象など、俺にとっては露ほどの価値もない……」 ユフィは、ふるふるとかぶりを振る。 「うそ……。エアリスを愛してたんじゃないの? 全部、ぜんぶ嘘だったって言うの!?」 不敵に微笑むセフィロスの表情は、まさに、悪魔の微笑みだ。心を持たない、美しすぎる悪魔……。 「星が、俺を選んだ。その崇高な使命の前には、愛など無意味だ」 「そんな……エアリス……!!」 ユフィは、打ちのめされた。その気持ちは、皆、同じだった違いない。 「本当の敵は、おまえだったのか、セフィロス!」 クラウドが怒鳴った。 「俺が、真におまえの味方だったことがどれほどある? 幻想は、破滅を呼ぶぞ」 「幻想でも何でも、俺は、通じあえたと思った! ジェノバを、共通の敵を倒したことで!」 セフィロスは、哄笑した。 「甘いな。おまえは所詮、コピーだ。俺の敵ではない」 「セフィロス……俺たちの……いや、エアリスの心を踏みにじるのは、許せない! エアリスを騙してその命を奪い、やっと星に届いたホーリーを封じ込め、これ以上、何をもくろんでいるんだ!?」 彼らを取り巻く空気が、ピーンと痛いほどに張りつめた。遠くで、まだ、爆音がこだましている。 セフィロスは、手にした長刀を高く掲げた。その刀身に、ホーリーの輝きが映り込んで、キラキラと輝く。 「神になると言ったはずだ。邪魔をするなら容赦はしない」 「クッ……。それが、おまえの本性か!」 クラウドは、アルテマウェポンを握りしめた。その手が、怒りでわななく。全身が総毛立ち、震えるほどの怒りを感じたのはあのとき以来だった。 5年前……。故郷を焼き払われ、両親を殺されたあのとき……。 やはりセフィロスは、悪魔の申し子なのか……。 「セフィロス! 覚悟しろ! 今度こそ、俺が地獄に送ってやる!!」 セフィロスは、氷の微笑を浮かべ、ゆっくりと長刀正宗を構えた。長い髪が、魔晄の風に煽られて、銀色の炎のようにゆらめく。 もう、どちらかが倒れるまで、戦い続けるしかなかった。そういうさだめに導かれているのだと、思い知った。 セフィロスは、異種の魔法を続けざまに放った。 いかずちが空を裂き、大地を揺るがす衝撃で土柱が立つ。 戦列に加わったバレットが、ミッシングスコアで応戦しながら、叫んだ。 「冗談じゃねえぞ! 本当にこんなヤツに勝てるのか!?」 続けざまに魔法のダメージを受け、脳天が痺れる。 「勝機がなくても、俺はやる!」 クラウドが、キッとした視線をセフィロスに向けた。ここまで来て、退くわけにはいかない。この星を救うためにも、エアリスの祈りを無駄にしないためにも、忌まわしい過去と遺伝子の呪縛を振り払うためにも。 エアリス……。 クラウドは、こんな男への愛に殉じて、哀しく散っていったセトラの娘を思った。 彼女は、本当に、それでよかったのだろうか……? 答えなど出るわけがなかった。 ふわりと優しい風が、傷ついたクラウドたちの間を吹き抜ける。 エアリスだった。彼女の大いなる意志は、それでもまだこの場所にとどまり、戦士たちを癒し続ける。 「エアリスに、恥ずかしくないのか!?」 思わず、クラウドは叫んだ。 大剣を振りかざして斬りかかる。 「笑止!」 セフィロスは、正宗を垂直になぎ払う。 衝撃波がクラウドを吹き飛ばした。 「クラウド!」 ユフィが、倒れたクラウドに駆け寄る。 「ばかぁっ!!」 セフィロスを睨みつけて、大声で叫んだ。パッと身を翻し、不倶戴天を振り回して斬りかかる。 虚をつかれたのか、セフィロスは、反撃も回避もしなかった。 「うそ……当たった!」 これには、当のユフィの方が驚く。 セフィロスの胸がザクリと斬り裂かれ、真っ赤に血しぶいた。 「そうか、これで攻撃したら、殺意を跳ね返せないんだ」 とはいえ、この男が、何もせずただ黙って敵の刃を受けるなどとは、思いもよらなかった。 その一瞬の隙を見逃ず、クラウドがアルテマを唱えた。 バレットは、跳ね返ってくる魔法に備えてマバリアを張る。 緑色の光が、セフィロスの頭上に炸裂した。その光が拡散し、クラウドたちにも跳ね返ってくる。セフィロスに与えたダメージは軽微だった。 やはり、通常の攻撃では太刀打ちできないのだ。 セフィロスは、不敵に笑うと、静かに両腕を浮かせた。 右手に握った正宗を水平に掲げる。 まばゆい閃光が、セフィロスを包んだ。 その光が、燃え盛る炎となって爆発するように膨れ上がる。 炎の柱が、クラウドたちめがけて発射された。 轟音とともに、地獄の焼印が襲いかかる。 クラウドの意識が遠のいた。衝撃で宙を舞いながら、もどかしいほどの無力感を感じた。 『クラウド、お願い……』 エアリスの声が蘇った。何度、その声を頭の中で聞いたことだろう。彼女は、何故、あのとき、あんなことを言ったのか。 『あのひとを……セフィロスを、殺して……』 エアリスは、セフィロスの野望に気づいていたのだろうか? それでも、愛していたのだろうか……? クラウドは、したたかに地面に叩きつけられた。追い打ちをかけるように、クラウドの頭上に集中的にコメテオが落ちる。 クラウドは、意識が朦朧として、まともに立っていられなかった。 『飛べ!』 その、頭の中に、命じる声があった。 心地よい、よく通る声だった。クラウドは、その声の主に憧れてソルジャーになった。そして、いつまでも追い続けていた。数奇な運命に弄ばれて、敵対してもなお、目が離せなかった……。 クラウドは、操られるように、地を蹴って飛んだ。 遺伝子破壊の呪文が口をついて出る。 空中でアルテマウェポンを振り回して、セフィロスの頭上から斬りかかった。 鋭く目を射る光が、2人を包む。 カッといかずちが空を裂いた。 クラウドは、飛びすさりセフィロスから離れる。 セフィロスを包んだ輝きが、断続的に鋭い光を放った。 何度目かのスパークで、光の輪郭が崩れる。 そして、残光をきらめかせながら、光に溶けこむように消えて行った。 「もしかして……、やっつけたの?」 ユフィが、回復呪文を唱えながら、呟いた。 しんと辺りに静寂が落ちる。 ヒュウと風が吹いた。 あまりの静けさに、身が凍るような気がした。本能的な恐怖を感じた。 静かすぎる、と思った。 この静謐は、さらなる悪夢の前触れだ。 そのとき、目の前の空間に光の球が現れた。 光は、次第に膨れ上がるように大きくなる。 天空から淡い魔晄の輝きが射し込んで来た。その神々しい輝きに、思わず一同は不思議な気分になる。 光る球の輝きの中で、12枚の翼を持った天使が、ゆっくりとその光る翼を広げた。 九番目の封印が解かれ、人ならざる者が、羽化する瞬間だった。 「綺麗……セフィロス……」 状況を忘れて、ユフィがその姿に視線を奪われる。禍々しいまでに美しい、蠱惑の天使だった。白銀の髪が翻り、青い魔晄の瞳が皆を見下ろす。 「ルシフィール……」 クラウドは、彼のこの姿を知っているような気がした。 神に造反した最初の天使、光を掲げる者、暁の明星、明日の子……。 彼がその堕天したルシフィールならば、クラウドはそれを駆逐した烈火の天使ミシェールの名を持つ者だ。 クラウド・ミシェール・ストライフ。 すべてが、さだめだというのか……。 しかし、見とれている暇はない。 光の天使は、時間魔法を唱え、スロウをかけてきた。同時に、テラフレア、ハイパーブレイクと封印の呪文を続けざまに唱える。 強烈な魔法攻撃に翻弄され、クラウドたちは防戦一方だった。 「ダメ! 手が出せないよっ!」 ユフィが、泣きそうな顔でクラウドを見た。 だが、クラウドもそれは同感だった。戦闘不能に陥らないよう務めるのがやっとの有り様だ。力の差は、歴然としていた。 クラウドたちは、容赦なく降り注ぐ激烈な攻撃魔法を受けて、回復系とバリア系の呪文を唱え続けた。 光の翼をはためかせて宙に舞い、セフィロスは悠然と微笑む。その笑みは、勝利を確信しているかのようでもあった。 「ちっくしょう!」 バレットがヤケになって、右腕の銃をぶっ放す。守りがおろそかになって、相手に与えた分の3倍ものダメージを受けた。 「冗談じゃねえ! オレは認めねえからなっ!」 膝をついたまま、喚き散らす。 刹那、キラキラと輝く星がクラウドたちの周囲を取り囲んだ。 星の守護により、短い時間だが、外的なダメージを受けつけなくなった。活路を見い出すのは今だ。 ユフィが、不倶戴天を振りかざして飛んだ。光り輝く天使の翼に向かって斬りかかる。 光る羽が散った。 クラウドたちの無敵状態が解ける瞬間、空にいかずちが走った。 怒りの烙印が彼らの頭上に落ちてくる。 エアリスの持つ、起死回生の技だ。 一瞬で、クラウドたちはリミット・ブレイクした。強大なエネルギーが全身にみなぎり、たてつづけに限界を超えた大技が繰り出された。 カタストロフィが、森羅万象が、超究武神覇斬が炸裂し、空間を揺るがせる。 セフィロスは、宇宙の気を集めて、超新星の爆発エネルギーを呼ぶ。 クラウドたちは、その衝撃で倒れた。 しかし、再び、怒りの烙印が落ちてくる。 「エアリス……!」 彼女の意志の力に、クラウドは圧倒されていた。 なんとしても、彼らに力を与えようとしているのが痛いほどに感じられた。 再び、3人は、それぞれの奥義をぶちかます。 それは、星自体が爆発してしまうのではないかと思うほどのエネルギーだった。 セフィロスの光の翼が、はらはらとちぎれ落ちて来る。 光の天使は、地に堕ち、膝をついた。 乱れた髪が、バサッと地面に散る。 セフィロスは、肩で大きく息をつき、最後の力を振り絞って究極の呪文を唱えた。 来る! 反射的に、クラウドは身構えた。 しかし、それは、エネルギー転換の呪文だった。セフィロスは、星に対して、己のすべての力を解き放った。 「え……?」 驚く間もなく、再びセフィロスの体が光る球に覆われてゆく。 光……。 それは、聖なる輝きだった。 光を掲げる者、ルシフィールによって掲げられた、命の輝き……。 猛烈な心の痛みに襲われて、クラウドは光球に向かって叫んだ。 「セフィロス!」 すさまじいエネルギーの流出が、始まっていた。彼がジェノバから受け継いだ強大な魔力の全てが、臨界点を超えて膨れ上がる。 「危ないっ!!」 ユフィが、咄嗟にマバリアを張った。 強烈なエネルギーに抗しきれず、バリアがビリビリと震動する。 「どこに、これだけのエネルギーが残ってたんだ……」 身を伏せ、自らを庇いながら、クラウドが呻いた。心底、恐ろしいヤツだと思った。 そのとき、クラウドの耳に、反響する声があった。 『クラウド! 今だ!!』 セフィロスの声だった。 クラウドはハッとして顔を上げる。エネルギーを放出し続ける光球を見た。 天空がにわかにかき曇り、ザッと大粒の雨が降りだした。 「これは……!」 クラウドは、天を仰ぐ。 一瞬で雨雲は去り、晴れ渡る青空の中に、太陽の光を浴びた3人の天使が降りてきた。 エアリスの究極の祈り、大いなる福音の発動だった。 クラウドは、急に体が軽くなるのを感じた。考えるより先に、体が動く。 アルテマウエポンを頭上高く掲げた。 稲妻が空を裂く。避雷針になったように、エネルギーが剣の先に集まった。 体の奥底から沸き上がる力を剣の先に集中する。 クラウドは、ビュンと大剣を振り回した。 光の残像が空中に輝く円を描く。 クラウドは、高く跳躍した。剣を振り下ろしざま、封じ込められた最後の呪文を唱える。 セフィロスが、唱和する声が聞こえたような気がした。 クラウドが振り下ろした剣は、そのまま彼の手を離れ、セフィロスを包んだ光球に吸い込まれて行った。 互いのエネルギーが融合し、巨大な爆発を呼ぶ。全てのものを無に還すほどのエネルギーが、堰を切って溢れ出た。 煽られて、クラウドは地面にたたきつけられる。しかし、大いなる福音が彼らを、爆発の衝撃から護ってくれた。 圧倒的な光の洪水に、彼らの視神経は麻痺していた。何も見えない、光り輝く闇が星の体内に充満する。 その、光る闇の中で、クラウドは、エアリスの笑顔を視たような気がした。満ち足りた笑顔だった。 「セフィロスは? どうなったのっ!?」 ユフィの声が聞こえた。 「ヤツは、あの光の中心にいる……。エアリスといっしょに……」 そんな気がした。 「なんにも見えないよ……! アタシたち、死んじゃったのかな?」 「光……この光は……!」 星の、胎動を感じた。 今にも、内側から外に向かって吹き出して行きそうなくらい、強い、生命のエネルギーだ。 「ライフストリーム……? ホーリーが発動しようとしている!!」 光の闇に目が慣れると、そこは、大空洞の最深部だった。深遠を臨むと、淡い魔晄の輝きがライフストリームのうねりと重なって、爆発しそうに輝いている。 「クラウドっ!」 岩棚の上で、ユフィが叫んだ。ハッとして声のした方を仰ぎ見る。ユフィが、必死に手を差し延べていた。その手に向かって、クラウドも自分の右手を差し出す。 大きな震動とともに、落盤が起こった。 クラウドの足元が、ぐらぐらと崩れ出す。ユフィが、自分の身も省みず、岩棚の上から体を乗り出した。 その瞬間、ユフィの体を支えていた岩が、崩れ落ちる。 反射的に体が動いていた。クラウドは落ちてくる少女を受けとめ、タイミングよくジャンプする。片手で、残った岩棚にガシッと掴まった。 クラウドが今まで立っていた辺りは、すっかり崩れて光の中に消えている。 少女を左腕に抱き、右腕一本で崖下にぶら下がりながら、クラウドは呟いた。 「……わかったような気がする……」 「えっ?」 ユフィは、クラウドを仰いだ。 「星の心……導かれていたわけ……」 クラウドは、ゆっくりと片手懸垂する。巨大な剣を力技で振り回す腕だ。さほどの苦もなく、2人分の体重が持ち上がった。 「誰にも知られないところに、真実がある……」 「約束の地も、エアリス、見つけてたかもしれないね」 ユフィは、自力で岩棚の上に飛び移った。 その衝撃で、背中にくくりつけていたプリンセスガードが、落下する。 「あっ!」 あわてて手を伸ばしたが、届かなかった。 遥か下方の、光の海に向かって、静かに没していく。 「エアリス……」 ユフィは、切なく呟いた。 岩棚に這いあがり、クラウドはユフィを引っ張り上げる。 「還ってゆくんだ……。もう、必要ない」 ユフィは、拳で目をグイッとこすった。 「だからこそ、アタシ、信じたいんだ……」 「なにを?」 「言葉だけが真実じゃないって」 「ああ……」 クラウドは、ユフィの揺れる瞳に向かってうなずいた。彼女が何を言いたいのかはわかっていた。あのときの彼のセリフは、冷静になって考えるほど不自然だった。 「おまえ、マジで爆発してたくせにな」 「だって、エアリスのことあんなふうに言うんだモン」 「わかってもらおうなんて、思っていなかったのさ。誰にも……」 「やられたね。どうすれば人を乗せられるか、心得てる」 クラウドは、微笑んだ。 「場数がちがう。ヤツは、英雄だからな」 「辛いけどね……」 2人の傍らの岩が、ごろごろと転がり落ちた。 「そうだ、みんなは?」 クラウドは、周囲を見回す。空洞を挟んだ対岸に、仲間たちの姿が見えた。大声で呼びながら手を振っている。 「あいつらが、簡単にくたばるわけないか……」 ユフィは、伸び上がって手を振り返した。 その、2人の元気な様子を確認して、バレットが傍らを見た。 「どうやら向こうも無事らしいな。でもよ、これからどうするんだ?」 「もうじき、ホーリーが発動する。そうなったら、ここは……」 レッドXIIIが、悟ったように言って首を振る。 「あ〜あ、運命の女神さんよぉ……何とかなんねェのかよ〜」 煙草をくわえたまま、シドが天を仰いだ。 と、遥か上空から、巨大な動力音が近づいて来た。シドは、驚きのあまり、くわえていた煙草をぽろりと落とした。 空洞内を揺るがすその音に、クラウドも霞む上空に目をこらす。 ガラガラと崩れ落ちる岩塊とともに、運命の女神が頭から突っ込んで来た。飛空艇ハイウインドである。 彼らは、急いでそれに乗り込んだ。 地の底から、膨れ上がるエネルギーの奔流が、噴火のようにクレーターから地上に吹き出した。 その、まばゆい光に押し上げられるように、飛空艇はクレーターから飛び出す。 光の噴火は、飛空艇を呑み込み、激しく揺さぶった。エマージェンシー・シグナルが赤く点滅する。シドは、渾身の力をこめて、緊急用のレバーを引き絞った。 飛空艇が、三段階目の変形を遂げる。 翻弄される光の中から、エンジンをフル稼働して、離脱した。 ホーリーの発動は、まるで、聖なる光の噴火のようだった。
カームの町に避難していたマリンは、そのとき、テーブルに着いてミルクを飲んでいた。ハッとして顔を上げる。 「お花のお姉ちゃん?」 エアリスの心が、ふわりと触れたようだった。 その想いに導かれるように、窓へ歩み寄り、雨戸を開け放つ。 窓を開けると、真っ赤に燃えるメテオが、ミッドガルの頭上に迫っているのが見えた。 その、すさまじいエネルギーが、ミッドガルの街を呑み込んで行く。灼熱の竜巻が起こり、ミッドガルを破壊し始めた。要塞のごとく堅固にそびえていた神羅ビルも、熱波に襲われ崩壊してゆく。 そこに、遥か北のクレーターよりホーリーの光が到達した。メテオと星の間にバリアを張るように割り込んで、メテオのエネルギーと真っ向から対立する。 神羅ビルが爆発し、夜空が燃えた。 クラウドたちは、その様子を飛空艇から見ていた。 「おいおいおい! ミッドガル、どうなるんだ? まずいんじゃねえのか?」 バレットが、ケット・シーを睨み付ける。アバランチとしてテロ行為を繰り返した街だったが、それでも、バレットにとって、ミッドガルは第二のふるさとだ。 しかし、ケット・シーを操っているミッドガル都市開発責任者のリーブは、それ以上にあの都市への思いは深い。 「みんな、スラムに避難してもろたんやけど、このままやったら……もう……」 レッドXIIIが、ゆっくりと視線を巡らせた。 「きっとホーリーが遅すぎたんだ。メテオが星に近づきすぎてる。これじゃ、せっかくのホーリーが逆効果だ。ミッドガルどころか星そのものが……」 メテオとホーリーのせめぎあいは、すさまじいエネルギーを放出しながら続いていた。 このままでは、互いのエネルギーの暴走に、星自体が呑み込まれてしまうのも時間の問題だった。 エネルギーが拮抗しすぎていた。それほどに、メテオの持つエネルギーは強大だったのだ。 クラウドたちは、なすすべもなく、沈みゆく魔晄都市の姿を見つめていた。もう、ちっぽけな人間の力では、どうすることも出来ないところまできてしまっていた。 諦めの気持ちが胸にわき上がったとき。 不意に、地上にいくつもの光の点が現れた。 飛空艇から身を乗り出していたティファが、驚いて指をさす。 「あれは?」 その声に反応して、皆が鈴なりになった。 「なんなんだ?」 バレットがクラウドを見る。 光点は、幾筋もの光の帯となって空中に噴出し始めた。あっちからもこっちからも、大地を割り、魔晄の輝きを持った光の帯がうねり出す。 クラウドは確信した。あの、懐かしい、暖かい光は、この星の生命の源、ライフストリームだ。 カームの町の子供たちが、そろって自宅の窓を開け放った。皆、外を見つめ、遥かなる生命の奔流にシンクロする。子供たちは、誰に教えられなくても、それに気づいていた。 「来る」 マリンは、眺望した。 ライフストリームのうねりが星全体に満ち、ミッドガルに集まって来る。 ホーリーのエネルギーと混ざり合い、堕ちてくる災いの星を包み込んだ。 その、刹那……。 まばゆい閃光が、星の空を暁に染めた。 恐ろしいほどのエネルギーが、対消滅した瞬間だった。 天高く、光が掲げられる。 その光の中に、12枚の輝く翼を持つ封印の天使ルシフィールの姿が、一瞬きらめいて、消えて行った。
Epilogue
ライフストリームの光の中で、エアリスが、うつむきかげんで微笑んでいた。 ふわりと右手を動かし、長い長い白銀の髪を優しく撫でつける。膝にかかる重みが、心地よかった。 男は、娘の膝枕で眠っている。その安らいだ表情を見下ろして、エアリスは至上の幸福を感じていた。 「お疲れさま……。がんばったね、セフィロス……」 そっと囁いた。 横たわる男の瞼が、ぴくりと緊張する。 エアリスは、あわててストップモーションした。 エアリスには、全てが見えていた。あのとき、水の祭壇で唱えたホーリーは、確かに星に届いた筈だった。しかし、星自体のエネルギーが枯渇寸前で、迫り来るメテオに打ち勝つだけの力が足りなかったのだ。 魔晄エネルギーの乱用によって、星自体の生命力がこれほどに衰えていたとは、エアリスにも予想出来ないことだった。 セフィロスは、ホーリーの発動を抑えた。逆に言えば、彼個人にたやすく抑えられる程度の力しか、星は生み出せなかったのだ。 パワーが足りなければ、補わなければならない。 星の体内で、強力な魔法のエネルギーを放出し、ホーリー発動の原動力とするしかなかった。クラウドたちが蓄えたマテリアの力とジェノバを巡る全ての封印、その力を解放し、星に還す。彼らとの戦いは、そういう意味だったのだ。 エアリスは、満ち足りた表情で男を見つめた。やっと、自分のもとに戻って来てくれたと思うと、それだけで幸せだった。生きる時間の短さも、苦しいばかりのさだめも、この男を愛するためだったのだと思えば、悔やむことはなかった。 たとえどんなことがあっても、ぜったい……。 何度、自分に言い聞かせるように呟いただろう。決して弱気にならないように、諦めてしまわないように、迷って道を見失わないように……。 自分自身に、負けてしまわないように。 そうしなければ、とうてい、ついてくることなど出来はしなかった。いつも、この男は、たやすく手を振り払って行ってしまうから。そして、決して自分からついてこいとは言わないから。 真実、自分が必要とされているのかさえわからなくなって、何度も自信を失いそうになったものだった。 けれども、彼はいつも独りだった。独りでなにもかも、抱えてしまっていた……。 だから、自分の存在の全てをかけて、愛するしかなかったのだ。 それは、もしかしたら、破滅的な愛だったかもしれないけれど……。 男の指先が、わずかに動いた。 エアリスは、ハッとして目をしばたたく。 男は、静かに目を開けた。青い魔晄の瞳が、娘の顔を見上げる。 視線が、合った。 娘は、口許をほころばせる。 「おはよう」 エアリスは、男の額にそっとくちづけた。 「約束よ。旅に出ようね」 「そうだったな」 「あなたと、この子と、3人で……」 そう言って、エアリスは花のようにあでやかに微笑った。それは、全てを宥恕する、天使の微笑みだった。
Few
years
later
子供が2人、荒野を駆けて来た。 年子の兄弟だろうか、兄は銀の髪に魔晄の瞳、長髪をなびかせている。弟は、同じ銀の髪に魔晄の瞳で、ツンツンとがった独特のヘアスタイルだ。 追いつ追われつして、じゃれ合いながら駆けてゆく。 その後を、必死に、銀髪を振り分けてくくった妹が追いかけていたが、つまずいて、すてんと転んで泣き出した。 座り込んで、わあわあ泣く少女の傍らに、男の影が歩み寄る。 そっと手が伸びて、少女を抱き上げた。ふわりと片腕で抱えて微笑みかける。 クラウドだった。 少女は、大きな腕に抱かれて安心したのか、ひとつしゃくりあげて泣き止む。潤んだ瞳は、やはり魔晄の色をたたえていた。 クラウドは、先に走って行った少年たちのほうを眺望する。 小高い丘の上で、長い髪を頭上できりりと結んだくノ一と、カラテごっこをしてじゃれていた。 クラウドの視線に気づいたのか、彼女は、細い腕を頭上で元気に振り回した。 クラウドは腕に抱いた娘に視線を向け、少し微笑むと、その丘を駆け上がった。 丘の頂上は澄んだ風が吹き抜けている。 そこからは、廃虚になってしまったミッドガルの跡に、緑が繁茂している様子が一望できた。 クラウドは、娘を下に降ろし、妻の傍らに立った。 「なんか、不思議。夢見てたみたいだよね」 呟く妻が、何を思っているのかは容易に想像できた。 「それでも、ユフィ、おまえと知り合えた」 「嬉しいこと、言ってくれるじゃない」 ユフィは、少し悪戯っぽく笑った。元気印100パーセントだったあの頃の面影をのこしつつ、大人の女性としての色気も多少は加わったようだ。 いいムードに浸っている2人になどお構いなしで、子供たちはこぜりあいを始める。 兄2人が、小さな妹を泣かせる結果となった。 「こぉらっ! ルシィ! ミュカ!」 母の怒声が、飛ぶ。 2人は、硬直して、直立不動の姿勢を取った。 「男なら卑怯なマネはするなっ!」 ぴしゃりと言い放つ。 そして、泣いている妹を抱き上げた。 「セラ、あんたも、女なら強くなれ。……たとえどんなことがあっても、ぜったい、想いを貫き通せるように……」 娘の頭を撫でて、クラウドを振り返った。 「でも、なんで、この子の名前……セラフィータにしたの?」 クラウドは、少し、意味ありげに笑った。 「まあ、いいじゃないか」 「なんか、気になるよね。この子たち、みーんな、誰かさんにそっくりだもん。ま、かわいーからいいけどさ」 「大丈夫。遺伝子は書き換えてある。ジェノバの力が蘇ることはないよ」 「そこんとこがわかんないよね。意識的に自分の遺伝子書き換えられるなんて、想像もつかない」 「とはいえ、生まれた子供がみんなアイツに似てるってのはショックだよな」 「コピーの分際で、文句を言わない」 「ひどい言われようだ」 長男ルシィが、耳ざとく親の話を聞きつけた。 「ね、その、誰かさんって、誰?」 母の腰にまとわりつく。 ユフィは、ふふふ、と笑ってしゃがみ込み、長男と目線の高さを同じにした。 「かあちゃんの、初恋の人……」 クラウドが、驚いた表情で、ユフィを見た。 「おまえ、それ……」 そう言ったきり、二の句が継げなかった。 「えっへへ〜。知らなかったでしょ? あのとき、助けられたときにさ、強くていい女になれって言われたの、めちゃくちゃ感動だったんだ」 「強くていい女、か……」 クラウドは、しみじみと呟いた。確かに、強すぎるくらい、強い女に育ったかもしれないと思って苦笑した。 「クラウド、これ……」 ユフィは、不倶戴天をクラウドに差し出した。 「いいのか?」 「うん。これは、やっぱり、星に還したほうがいいと思う」 「じゃあ、俺の立場はどうなる?」 ユフィは、クスッと笑った。 「クラウドが生きてる間の何十年かくらい、星は待っててくれるよ。きっと」 クラウドは破顔した。確かに、星の命から比べれば、人間の一生などちっぽけなものかもしれない。それでも、ここに生き、愛し、散って行った想いが、大いなる命を育んだ。それを知っているだけでも、それを子供たちに伝えられるだけでも、価値があるのだと思えた。 クラウドは、ユフィから受け取った不倶戴天を、ミッドガルの方に向けて、力一杯、投げ放った。 赤い刃をつけた封印の武器は、くるくると回りながら遥か彼方に消えてゆく。 その様子を、娘を抱いたユフィが黙って見送っていた。 もう、二度と、あんなものが必要でないように……。そう願わずにはいられなかった。 飛んでいった戦いの証を追うように、鳥の群が頭上を渡って行く。 優雅に羽ばたくその翼が、陽に透けてキラキラと輝いていた。 それは……。 あの日散っていった堕天使の、聖なる翼にも似ているような、気がした。
1997.4.15.(1997.12.7.改稿)
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