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「おはようございます、ダンナ様」

 

 私はぼんやりとメイドさんの働く姿を眺めていた。

「不思議の国のアリス」のようなエプロンドレス。

 白と紺のコントラストがとても映える。

 メイドさんの髪は漆黒で長い。

 ゆえにリボンできゅっと結んでいるがこれを見るのも私の至福の時と言えよう。

「? どうかなさいましたか、ダンナ様?」

「いいや、メイドさんがよくやってくれているなぁと感心していたのです」

「私は、こんな素敵なお屋敷で働けて幸せですわ」

 メイドさんの明るい笑顔が朝の光にキラキラしていた。

「私も、こんな素敵なメイドさんに働いていただけて幸せです」

 私たちはしばし、微笑みを交わした。

 

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「ダンナ様、お茶が入りました」

 

 午後の日差しが柔らかく部屋に差し込んだ。

「どうぞ、紅茶をお持ちしました」

「はい……ありがとう、メイドさん」

メイドさんの煎れたお茶は洗練された味わいがある。

「メイドさん、今日も御一緒にお茶を飲んでいただけますか」

「いいえ、ダンナ様。私はお茶を入れるのがお仕事ですから」

「ではお仕事のひとつとして私と一緒にお茶のお相手をしていただけますか」

「はい。承知しましたダンナ様。御一緒させて頂きます」

 いつも繰り返される言葉のやりとり。

 決してすぐに応じてはくれません。

 私から誘ってお仕事という名目、お仕事の一環としてお茶に付き合ってくれる

メイ ドさん。

 私もメイドさんもお互いにおしゃべりがあまり得意な方ではない。

 でも何も言わなくても、そこにはほんわかとした暖かい雰囲気があった。

 メイドさんのほのかな石鹸の香り。

 メイドさんのおいしいお料理の香り。

 メイドさんの甘いお菓子の香り。

 メイドさんの豊潤な紅茶の香り。

 メイドさんがそばにいてくれると、そこにはいつも素敵な香りがあった。

 私は時折、考える。

 私のような朴念仁の側にいて、彼女は退屈ではないだろうか。

 どうして私はこんな素敵なメイドさんと一緒にいられるのであろうか、と。

「メイドさん」

「はい、なんでしょうダンナ様?」

 しばしためらいながら私の疑問を彼女の投げかけた。

 すると、はじめはキョトンとした顔をしていたが

「それは、ここが私に一番の場所だからですわ」

 メイドさんにしては珍しく、片目を閉じて 茶目っ気たっぷりにウインクした。

 一番の場所。それは私も同じ事。

 一番の場所を共有できる私たちは世界でも幸せな方だと思う。

 

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「いいお天気ですね、ダンナ様」

 

 部屋から出て、ベランダから外の空気を吸いにきた私。

 柔らかい日差しが庭に差し込んでいた。

 洗濯物をよいしょと担いだメイドさんが、庭から私に声を掛けた。

 籐のバスケットの中には洗い立ての洗濯物たち。

 シャツもシーツもメイドさんの手にかかれば、みんな卸したてのように真っ白に

なり、洗濯ものはみんなお日様の匂いがする。

 木々の間に張ったロープを前にパンパンとしわを伸ばして干していく。

 楽しくお仕事をしている時、メイドさんの唇から楽しい歌が紡がれる。

 Lalalalalalalalalala

「素敵な歌ですね」

「まぁダンナ様、聴いていらしたんですか、お恥ずかしいわ」

 洗濯物を干し終わってから、頬に手を添え恥じらった。

「とんでもない、できればもっと聴かせて下さいませんか」

 私のお願いに、メイドさんは頬を赤らめながらも歌ってくれた。

  白いシーツの幕をバックに、お日様のスポットライト。風に揺れる服たちが、

まるでメイドさんの歌に合わせて踊っているようだった。

 小鳥のさえずりや春の日だまりみたいな暖かい気持ちにさせてくれるメイドさん

の歌。

 洗い立てのシャツのように清らかな心を持つメイドさんだからこそ、こんなに素敵

な歌が生まれるのだろう。

 そしてメイドさんの手にかかって洗い清められた服を身に纏い生活できる私は

とても嬉しい。

 彼女の歌を真似て、ハミングしながら私はまた自室へ戻った。

 

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「ダンナ様ぁぐすんっ……」

 

 メイドさんが私をまっすぐ見つめていた。

 その瞳には大粒の涙が今にもこぼれそうだ。

「どうしたんですか? メイドさん」

 買い物から帰ってくるなりのその表情に、私は戸惑った。

「ダンナさまぁ

 駆け寄ったメイドさんが私の胸に飛び込んできた。

 堰切ったように溢れる涙たち。

 華奢な体をぽんぽんと叩いて、もう片方の手で黒髪を撫でてあげる。

「……メイドさん。落ち着きましたか? さぁ話して下さい。何があなたをそんな深い悲しみに沈ませたのですか?」

「ぐすっ、リボンさんが……、リボンさんが……」

「リボンさん? お友達ですか?」

「いいえ、買い物をする時によく見掛ける女学生さんなのですが、黄色いリボンの

方でお名前も知らないのでそう心の中でお呼びしているのです。お話をした事も

ありません」

 ようやく少しだけ、お話が見えてきました。でも、一体なぜ……?

「でもいつもリボンさんは学校の先輩らしい方を遠くから見つめていらして、何度も

告白なさろうとしていらっしゃるようだったのを知っていました」

 同じ時間に買い物に行くメイドさん。その同じ時間を共有していたのだろう。

「それが、それが今日。リボンさんの御慕いする方が別な女性と楽しげに歩いて

いるのを見て、泣きながら駆け出す彼女を見てしまったのです」

 メイドさんはそこでまた少し涙をこぼした。

「リボンさんが泣いていました。ですが、私はリボンさんに何もしてあげられない

……それが、それが悲しくて……」

 名も知らぬ少女の悲恋をまるで自分の事のように涙するメイドさん。

 こんな時、何と声を掛けたら良いのか。私にはわからない。

 メイドさんはそのリボンのお嬢さんのような悲しい想いをした事があるのだろうか 。

 私の知らないメイドさんの過去がちょっと気になった。

 今度、リボンさんに逢ったら、声を掛けてみるといいでしょう。

 お友達になってこの屋敷へご招待すると良いでしょう。

 メイドさんの入れたお茶を飲んでメイドさんとおしゃべりすれば、きっとまた新しい

恋をするきっかけになると思いますよ。

 優しいメイドさん。あなたの笑顔で彼女に元気をおあげなさい。

 

 

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