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Dガーディアン〜夢守りの民〜
2.閉ざされた結界悲しみの織り姫
『綾女』
 

 

 

 3

 綾女は夢を見ていた。
 夢の中の綾女はまだ幼い姿をしていた。
 茶室のような所に綾女は鎮座していた。
 何をするでもなく、ただ物静かに座って心を静めていた。
 見えない茶室の外から、声が聞こえる。
「ほんに、お嬢様はお雛様のようだ」
 まるで綾女は雛人形。綺麗な着物を着て、そこに座っているだけのお人形。
 それは過去の事?
 綾女を取り巻く暖かい雰囲気が伝わってくる。
「綾女、外は危ないからそこから出てはいけないよ」
「そうよ、綾女。あなたはそこに一生いれば何も心配はいらないのだから」
 綾女の真後ろから、最も愛する両親の声が聞こえた。

「これは……結界か」
 綾女の見ている夢に『夢入りの法』で中に入った臨が目の当たりにしたもの。
 それは巨大な繭のようなものに捕らわれている綾女の姿だった。
 着物に身を包み、胎児のような格好で綾女はその中にいた。
 綾女の見ている小さな茶室、それは外の臨から見れば囚われの檻だった。
 救い出そうとしても、糸の収束した繭の結界が臨を拒んでいた。
「綾女様! 綾女様」
 綾女のいる繭の外側に臨が立ってドンドンと綾女の結界を叩き続けた。
 ところが綾女にはそれが自分がいるやすらぎの場を破壊しようとしているように感じた。
「ホラ、ごらんなさい。ああいう恐ろしい輩がいるのです」
 綾女に母の温もりと声が後ろから伝わった。
「いいですね決してここから出てはいけませんよ」
「そうだ、ここにいるんだ。一生、私たちと一緒に……」
 真後ろ、振り向けばすぐの所にいるような気配。
 瞬間、綾女のいるのが小さなちいさな茶室だったのが、大きな鳥かごになった。
 鉄格子の鳥かごの中で、着物を着て座している綾女。
 茶室も鳥かごも、みんな夢を見ている綾女のイメージだった。
「この中にいればいいんだよ。そう、この中に」
「永遠に私たちといよう。この中なら大丈夫。永遠のやすらぎを与えよう」
 飛び立つ自由もなく、庇護の下でそこから出られない籠の中の小鳥。
 夢魔は、綾女のその後ろにぴったりと張り付いていた。
「卑怯な……。夢魔! そこから出て私と戦え!」
 夢魔は口からシュルシュルと糸を吐きながら、ニタリと下卑た笑い顔を見せた。
「ハァァァー。 たぁー!」
 臨が精神を集中させ、再び戦闘衣に装束が変わった。
 二度、両手に二振りの刀を招来させ、繭の結界に臨んだ。
 綾女を人質に取りながら結界に逃げた夢魔は、彼女の力を利用して防御に徹してい
た。
「綾女様、夢魔に惑わされてはいけません。ご両親は亡くなったのです!」
 綾女の身体がビクッと強ばった。
「後ろを見て下さい、そこにいるのは綾女様の大切な思い出を利用した汚らわしい夢
魔です」
「…………」
 しかし恐ろしくて綾女は振り向くことができなかった。
「綾女様のご両親は、あなたをそんなに過保護にしましたか? 優しさとは危ない所
を排除するのではないはず」
 臨の説得は続いた。
「優しさとは、転ばないようにと一生歩かない生活をさせるのではなく、転んでも起
きあがる事ができるようにすることです」
「……」
「綾女様を大切に想うなら一生座敷牢のような所に閉じこめる訳がありません」
 臨は目を伏せた。
「私には両親がいません。物心ついた時から御館様と刀自様に、夢守りの民の戦士と
しての修行を受けました。それは決して易しい事ではありませんでした」
 そしてまっすぐ綾女を見つめた。
「でもそれは二人とも本当に私の事を案じてくれていたから、あのとき中途半端な修
行を受けていたら、今、こうして綾女様をお救いする事もできず、どこかの雑魚夢魔
に殺されていたでしょう」
「あ、綾女、あんなヤツの話に耳ヲ傾けルんじゃない」
 両親の声が次第にしわがれ、化けの皮がはがれ始めた。
 綾女の顔が困惑するのを感じ、夢魔は別の手段を講じるのだった。
「チッ、お前のせイだ。もうオ前に安住の場ハない!」
 バーンと大きな音がして綾女を取り囲んでいたカゴの鉄柱が八方へ飛び散った。
 底が抜けて綾女は突然、冷たく何もない空間に叩き落とされたような形になった。

「きゃぁ」
 倒れた綾女が起きあがろうとすると大地に影が射した。
 不意に背後からおじの声が聞こえた。
「まったく、兄さんは何を考えているんだ」
 次々と親戚達の影が現れて、地にうずくまっている綾女を無視して話し続けた。
「あんな素性の知れない、どこの誰の子ともわからない子を養女にするなんて」
「おじ様、おば様」
「お前が邪魔なんだよ」
「お前さえいなければ、遺産はすべて俺達のものだったんだ」
「お前さえいなければ……」
 綾女は養女。余計な子。いらない子。
 綾女の存在を否定する刺すような冷たい言葉だけが綾女を責め立てた。
「お前さえいなければ……」
 お前が邪魔、死ね。
「迷惑なんだよ、お前の存在が」
 立ち上がることも、振り返ることもなく、頭を抱えて綾女はうずくまった。
 涙を拭うため、目を隠した格好になった時、どこからか童唄が聞こえてきた。

    かーごめ、かごめ
    かごの中の鳥は、いついつ出やる
    夜明けの晩に、鶴と亀が滑った
    うしろの正面、だぁれ……

 綾女は振り向く事ができなかった。
 おぼろげに綾女の周囲を白い何かが取り囲んで回っていた。
 それは真っ白く顔のない子どもたちのように見えた。
 それが手をつないで周りを囲み、くるくる輪になって歌っていた。
 両親を亡くし、一切の庇護をなくし、残ったのは莫大な遺産とそれを虎視眈々と狙
う否定的な親族だけ。
(ぁぁ、私が、私がいなければ……)
 綾女は全てを否定し、自分を否定してしまった。
 子どもの姿をしていたものは白い糸だった。
 次第に、臨と綾女の見ている情景が一致していった。
 綾女の弱みにつけ込み、夢魔はシュルシュルと口から糸を吐き出しながら綾女共々、
結界を張り巡らせた。

   かーごめかごめ……

 小さな唄はまだ聞こえ続けた。
 かごめ……篭女……。綾女は今、まさに篭の鳥だった。
 振り返る勇気さえない綾女は完全に夢魔の手の中にいた。
「綾女さまー!」
 繭のような卵形の外郭を刀で切りつけるが、結界はびくともしなかった。
 夢魔の脚すら切り裂く剣技が、糸の集合体である繭には歯が立たなかった。
「臨さん……いいんです。私がいなくなれば」
「だ、そうだゾ。さあさァ、どうすル夢守りノ民」
 二人羽織のようにぴったり綾女にくっついている夢魔に臨は手が出せなかった。
 さらにその周囲に繭のような結界を張り、夢魔は定着をしようとしていた。
「ああぁっ……」
 綾女は、生きる事ををあきらめていた。
「私が悪いんです。私がいなければ」
 臨は怒りに震えながら、徐々に糸が重なり、シルエットになりつつある夢魔に凄んだ。
「夢魔……綾女様に何かしてみろ。未来永劫、復活できないような目に遭わせてやる」
「ふしゅるふしゅる。やれるものナらやってみロ。まずはこの結界を破ってからだがな」
 ダッと大地を蹴ると 渾身の気力を込めて言霊を発した。
「 臨 空 天 神 波 !」
 白き気功の砲撃が真っ正面にぶつかった。
 もうもうと砂煙を立てたなか、結界はその様相を変えることはなかった。
「どうした、この女が気ニなって手を抜いたのか? かまわなイから全力で来るがいい」
「……」
 臨はもう一度、攻撃術法を撃とうとはしなかった。
 挑発に乗らなかったわけではない。
 先ほどの攻撃が臨の全力で放った術法だったのだ。
「ならば!」
 助走の距離を保ち、再び二振りの刀を構え、十文字にした。
「夢守二天流、弐ノ太刀! 十」
 下に向けた切っ先を、峯刃から左腕で沿えてのショルダーアタック。
 さらにもう一方の刀で十文字にして全ての力を糸の結界へぶつけた。
「たあぁ!」
 ところが
「夢守二天流、最大の攻撃力を誇る弐ノ太刀でも歯が立たないのか」
 助走を付けて激突のエネルギーも加算されているというのに、弾き返された。
 亀夢魔の甲羅すら撃破した剛の技も、綾女の結界を破るにいたらなかった。
「クッ、ううっ」
 しかし臨はあきらめなかった。
 一点に集中して左右前後と攻撃を加えた。
「たぁー、ハッ、やぁ! ハッ、ハッハ!」
 臨の攻撃に対して、敵は一切の攻撃を仕掛けてこなかった。
「どうした夢魔、攻撃してこないのか」
「結界を解いテか? その隙を付ケば勝機はあるからな。ハンッ! 誰がするものか」
 夢魔も臨の挑発にも乗らなかった。
 いいや、本当は相手も出来ないのだ。
 このままズルズルと時間だけを浪費すれば、捕まっている綾女は確実に夢魔に定着
されてしまう。
 夢魔と完全に定着した人を元に戻すのは、並々ならぬ事であることを臨は知っていた。
 定着だけは阻止しなければならない。臨の捨て身の攻撃が続けられた。
「夢守二天流、弐ノ太刀、十!」
 繭状の結界には小手先の技は通用しないと察した臨は、自分の持つ最強の技を繰り出した。
 しかし最大の攻撃技は、弾き返されればそのまま臨自身に反動として返ってきた。

「綾女様ー!」
 全力でぶつかり、弾き飛ばされ、それと同じだけのダメージが臨を傷つけた。
 糸の結界の中から臨の傷つく様だけは綾女に見えていた。
「臨さん……やめて下さい。もう……いいんです」
 祈るような、か細い声でつぶやいた。
 綾女は、もう誰かが自分のために傷つくのを見ていられなかった。
「何故です? どうしてそこまでして下さるのです?」
 もううつろな目になって綾女は素朴に問いかけた。
「このオ譲様はナにも知らなイらしいな、夢守りの長のくせに」
「綾女様はこれから、私たち夢守りの民の要となって戴かねばならないのです」
「臨さん、すみません。私は助けて頂いてもそのような立場の者ではありません」
 手で目を覆ってうずくまり、ますます閉じこもってしまった。
 皮肉にも夢魔の思惑通り、綾女が結界の強化の一端を担っていた。
「このままそっとしておいて下さい。それに私がいなくなれば、おじさまたちも争わ
ないですみます……」
「綾女様、死んでも構わないなんて言わないで下さい!」
 臨の激が結界を通して綾女に届く。
「……」
「綾女様のお父上、お母上の葬儀で何人の人が悲しんだとお思いですか、綾女様がい
なくなったら悲しむ者が多くいるんです」
 第五打目の『弐ノ太刀、十』だったが、助け出すに至らなかった。
「綾女様、あなたは夢守りの民の長なのです」
「ゆめもりの……民? おさ? いいえ。私はそのような者ではありません」
「他の夢守りの民人が、あなた様を待っているはずです!」
 第六打目の『弐ノ太刀、十』。
 そして、6度目の反動ダメージが臨を襲った。
「綾女様の所にはまだ来ていなかったのですね」
「え?」
「夢魔が今、夢守りの民を次々と抹殺しているのです。一見、病気や事故、そして殺
人や自殺に見せかけて!」
 ふいに綾女の瞳に光が戻りかけた。
 新聞の記事や住職の言葉が綾女の頭を過った。
「戦いたくても戦えなかった人がいます。夢魔は本来、現実世界へ出る事などあまり
ありません。人の夢に忍び込み、じわじわを死に至らしめたり、その人に『定着』し
て悪行をします」
 よろよろと立ち上がり、再び二刀を構え、第七打目の『弐ノ太刀、十』だった。
「医者やインチキな祈祷では夢魔を倒す事はできないんです」
 ある程度の数、夢守りの民の末裔は存在していた。
 しかし夢守りの民とはいえ、覚醒していなければ戦う事はできなかった。
「夢魔は私を……夢守りの民と知って襲って来ました。私達が立たねばもっと不幸に
なる仲間がいるのです。夢魔と戦えるのは、我々『夢守りの民』だけ。夢魔と戦える
我らは、奴等にとって邪魔な存在であり脅威なのです」
 第八打目の『弐ノ太刀、十』。それはもう限界を超えた力だった。
「もう綾女様が夢守りの民の長であることは知られているのです」
「……ふしゅるふしゅる。その通リだ」
 8回も剛の技を使い、力尽きそうな臨が、もう一度気力を奮い立たせて起き上がった。
「夢魔……? その声、その口調……聞いたことが……」
 京都に差し掛かった時、交通事故の現場に居合わせた時に聞いた台詞だった。
「お前……お前が綾女様のご両親を殺したな!」
「だったラどうした。先に逝かせタだけだ、すぐ後ヲ追わせテやる」
「!」
「判りましたか、あなたがいなくなって喜ぶのは、そこの汚らわしい夢魔だけ」
 怒りに任せ打ちすえた二本の刀が奇妙な跳ね返り方をして臨の手を離れた。
 クルクル回りながら後ろへ飛んで、ザクッと大地に突き刺さった。
 しかし臨は取りにも行かず、ガンガンと拳で結界を叩くのだった。
 正拳、裏拳、様々に繰り出すパンチの応酬。
 激しく叩けば叩いただけのダメージが臨に返る。
 次第に、手に血が滲み始めた。
「綾女様ー。綾女様ー!」
 しかし臨はやめようとしなかった。
「なぜ? 臨さんは一体、何故戦うのですか」
「私が逃げたら、また大切な人を失ってしまう……」
 拳の痛みに顔を歪めながらも、臨は続けた。
「綾女様も、大切なものを失った……それは確かに悲しい事です。でも生きている者
は死んでいった者の遺志を受け継がねばなりません。諦めるのではなく、逃げるので
はなく、立ち向かう勇気を持って下さい」
 それは綾女に語っているというよりも、臨自身に言い聞かせているようだった。
「綾女様が目を閉じ、耳をふさいで振り向くことができないのは辛い現実から逃げた
いからです」
 繭の一部が赤く染まった。
「現実は辛いこと、苦しいことが多いです。夢の中に逃げたい気持ち……わからない
わけではありません。でも、いつまでもそこにいたら、背後にいる夢魔に蝕まれ、自
分を見失ってしまいます」
「私は……あなたのように強くありません……」
「綾女様! 私は……私は……強くなんかない!」
 臨の瞳に涙が溢れた。涙は血の滲む拳を濡らした。
「でも強くならなければ、大切な人を守れない。私を育ててくれた御館様も刀自様も
私よりもずっと強かったのに……」
「臨さんよりも強い人?」
「怖いです。私より強かった2人が夢魔の手にかかるなんて、たった一人残された私
なんかの力で一体何ができるのかって……そう思うと恐くて何もかも投げ出してしま
いたくなります」

    かーごめかごめ〜

 綾女の周りを白い糸がますます回り始めた。
「でももう失うのはイヤ! 弱ければ全てを失ってしまう! 綾女様を守るためなら
ば私は強くなる」
 ふたたび結界の繭を殴りつけた。
「こそこそと逃げて逃げて、一生夢魔の影に怯えて暮らす方が私には辛いです。私は
夢守りの民の戦士として、私のできることをしているだけです」
「ふしゅるふしゅる、一体何がデきるかな」

    かごの中の鳥は、いついつ出やる
 
「綾女様! 早く気が付いて下さい! 後ろで囁いているのは 影」

    夜明けの晩に、鶴と亀が滑った

「お願いです。そこから出たいとご自分の意志で思って下さい。そうでなければ、そ
の結界は破れない。すべてを拒む結界を作っているのは綾女様自身なのです」
 綾女は目を開いて、懸命な臨の姿をしっかり見つめた。
 身体中の傷、血の滲む拳、すべてが自分を救うためにできたものだと思うと胸を打
たれた。
「綾女様、私の代わりの戦士はどこかにいるはずです。でも綾女様の代わりはいないのです」
 繭の内側から、糸の結界を隔てて、臨の手に綾女が手を重ねた。
「臨さん……臨さんもそんな事を言わないで下さい。私にとってもあなたの代わりな
んていないんです」
 まだ唄い続ける子どものような白い糸がゆらゆらと歪み始めた。

    後ろの正面だぁーれー

 唇がかすかに動いた。そしてゆっくり綾女が振り返った。
「あなたは……あなたは……夢魔ですね」
 胎児のようにうずくまっていた綾女が、しっかりと自分を取り戻した。
 身体をこわばらせ丸まっていた綾女が、繭の中で立ち上がった。
 すると綾女の内側から発する柔らかい光に、夢魔は彼女の側にいられなくなった。

「コ、こんなはずハ……」
「臨さん……。臨さん、ここから助けて下さい!」
 蜘蛛夢魔の姿と対峙した綾女が心から願った。
「御意、心得ました」
 うぉぉぉぉ!
 ジャンプして、天高く舞い上がると、天空の力を受けて臨の術法が放たれた。
「 臨 空 天 神 波 !」
 たまごから羽化する小鳥のように、閉じこもっていた、閉じこめられていた結界が
破れて、手を伸ばしていた臨と綾女がしっかりと手を取り合った。
 綾女の内面にあった、外界からの一切を否定していた結界を利用していた夢魔。
 取り憑いていた綾女が、閉ざした心の結界を自ら開けた時、綾女の力を利用できな
くなった夢魔は成すすべもなく転がった。
「夢魔、聞きたい事がある。御館様と刀自様を殺した長い刀を使う奴を知ってるか?」
「しらなイ、本当に知ラないぃ〜」
 もはや夢魔に情けなくうずくまるだけだった。
「あなた……」
 そこへ静々と綾女が歩み寄った。
「あなたが、お父様とお母様を殺したのですか……」
 静かな口調、しかしその中には凄まじい想いが込められていた。
「ヒィィィィィ」
「あなたが……」
 綾女は何もしていない。
 静かに、それでいてはっきりとした言葉で夢魔に問いかけているだけだった。
 しかし、そのプレッシャーは翼をもがれた鳥、手足をもぎ取られた昆虫のように、
逃げる事も身を守る事もできない夢魔には耐え切れない重圧だった。
 いっそ激しく罵られていた方がマシだった。
 身体はガクガクと震え上がり、状況に押し潰されて夢魔は消滅した。
「……綾女様、凄い……」
「? 私は何も……ただ確認したかっただけなのですが……」
 伏し目がちにしながら、夢魔の消滅した場を見つめていた。
「こんなに傷ついて……すみません。私がもっと早く……」
 臨の拳にそっと触れた。そして臨もその手に、自分の手を重ねた。
「信じてました綾女様。目覚めましたら現実世界でお会いしましょう」


*   *   *   *   *


 リン、リリンッ
 目を覚ました綾女が最初に見たもの。それは夢の中で見たのと同じ臨の顔だった。

 騒然とした屋敷と綾女の裂かれた着物が、一連の事件が実際の出来事だと証明していた。
「綾女様……」
「りん……さん?」
「……よかった」
「ありがとう、臨さん。」
「よかった……本当に良かった。私はまた一人ぼっちになるかと思いました」
 そう言う横顔は、先程まで蜘蛛の化け物と対等に戦っていた者と同じとは思えない
素直な少女だった。
「臨さんは孤独ではありません。そして、私も一人ぼっちではないのですね」
 似た境遇の二人が互いに見つめ合った。
 綾女が無事に目覚めたのを確認し、その前に恭しく跪いた。
「綾女様、あなたは夢守りの民の長なのです……」
 臨はもう一度、自分が綾女の元に来た訳を話した。
 にわかには信じられない話であった。しかし、実際に身を持って体験した事は否定
しきれない事実であった。
「私はまだ迷っています。私には臨さんのおっしゃる『夢守りの民』だという自覚も
ありませんし」
「綾女様、この空の下、綾女様と同じように夢守りの民である事に覚醒できず、夢魔
の脅威にさらされて、命を狙われている仲間がいるのです」
「それと、ここに綾女様がいると、また再び別の夢魔がやって来て周囲の人々に悪影
響を与えかねません。私と来ていただけますか」
「私が、ここにいては、またおじ様たちに、ご迷惑がかかるというのですね」
「はい」
 迷い、葛藤があった。不安、心配があった。
「私はあのような怪物と戦うなど、できません」
「私が綾女様のお傍にいて、綾女様をお守りします。それに綾女様もご自分の能力を
引き出せるはずです」
 臨の説得を受けながら、綾女はチラリと黒いリボンの中の両親を見て、心を固めた。
「この命は、もともと臨さんに救っていただいたものです。臨さん、これからもよろ
しくお願いします」
 肩に置かれた、その手の温もりを感じつつ、臨は深く頭を下げた。
「夢守臨。民の戦士として、夢紡綾女様を全力でお守りいたします」
 そんな臨の手を取って、綾女は自分も視点を臨の所まで下げた。
「長などと言われても、私はまだ何もわかりません。臨さん、夢守りの民の事、さき
ほどの夢魔や、術法というものについて教えて下さい。同じ仲間として、お友達として」
 静かな笑みを浮かべた。
 その時、腰の低い老人がふすまを開けて入って来た。
「ご心配には及びませぬ、おひいさま」
「寿限夢さん……」
 頭を垂れた寿限夢老人は臨に向き直って
「お臨殿。刀自からの言伝をお話します」
「お爺さん、刀自様をご存知ですか?」
「この年寄りは夢守りの民を補佐をする者ですじゃ。そしておひいさまの封印を解除
するための言葉を預かり持っております」
「私の……封印ですか?」
 寿限夢老人は綾女の額に手を添えた。
「おひいさまの真名は『夢紡(ゆめつむぎ)』。夢紡綾女。それがおひいさまの本当
の名前です」
 寿限夢老人が言霊の力を込めた真の名前を告げると、聞いた途端、綾女の中に今ま
で知らなかったような不思議な感覚が流れ込んだ。
「あっ!」
 眠っていた臨の口から聞いた名前。
 その時はどこか懐かしいような、不思議な感じを受けただけであったが、寿限夢老
人から聞いたその名前は、まるで頭の中にあった鍵穴に鍵を差し込まれて、心の扉が
開くように感じた。
 そして、幼い頃からいたように思っていたこの寿限夢老人が、実はまだ数日前から
しかいなかった事までも……。すべて、綾女を守るために施された封印だった。
 頭と心に光の糸が一本、すぅっと通じたようだった。
「誰が真名を告げても封印を解放出来るわけではありません。ですがこれでおひいさ
まが真名を告げれば、他の夢守りの民も覚醒できるはずです」
 寿限夢は臨に向き直って
「まだ全てを覚醒するまでには時間が掛かりましょう。お臨さま、それまでおひいさ
まの事、よろしく願いします」
「心得ました。それでお爺さん、それで刀自様の言伝とは?」
 寿限夢老人の話は、夢守りの民きっての術法使いと呼ばれる刀自よりも強大な可能
性を秘めた民の所在を示すものだった。
「その方の真名は……」
「『夢祭硝子』……さん。現在の所在地は、ここからずっと東……横浜、ですか?」

「綾女様、どうしてそれを?」
「名前と、横浜の文字が、今、頭の中に浮かんできました」
 自分でも驚いている綾女に、老人はそれこそが長としての覚醒の一歩であると語った。
「すでに使いの者が向かっているはずですが、覚醒していなければ、夢魔に対抗する
事はできない。お急ぎ下され!」

「う、イタタ」
「私たちは一体、今までなにをしていたんだ?」
 夢魔に操られていた親戚たちが目を覚ました。
「か、身体が……痛くて……」
 夢魔から解放された親戚たちは、自分たちの身に何が起きたのかわからないまま顔
を見合わせていた。
 しかし、身体は操られていたときの無茶な動きと、臨の攻撃で思うようにたちあが
れなかった。
 幸い、寿限夢老人が呼んで来た医師が役に立った。
「泰一郎おじ様、知三郎おじ様。そして潤子おば様、数子おば様」
 綾女は動きのままならない4人の前に立った。
「おば様。これはお母様の指輪です。さぁどうぞ」
「綾女……」
「そして、こちらが真珠のネックレスです。ですがおば様方は装飾品で飾らなくても
お綺麗ですよ」
 綾女の慈悲深い姿に、着飾る事ばかり考えていたおば二人は、我が身を恥じた。
「おじ様、常々、お父様は『商いはお金を儲ける事ではない、お客様の事を考える事
だ』とおっしゃっておられました」
 綾女は泰一郎と知三郎の二人で力を合わせて欲しいと願った。
「この『織り鶴グループ』の要は織り鶴堂です。このお店の権利全般をお譲りします」
「俺たちは……その」
「いいんです。さきほど、皆さんにすべて差し上げると申したのですから」
「そんな、綾女様、あれは私を助けるために放り投げただけでは?」
「一度口にした約束です。それにこれらは私には大きすぎるものですから」
 4人に言葉はなかった。そして、初めて自らを省みる事ができたようだった。
「俺は姪の財産に目が眩んで、何て事を」
「わしはやり直したかった……一度失敗したわしに対する評価は知っている。だから
こそ今度こそ、あいつの分まで」
「私は何もいりません」
「おひいさま。先程差し上げたというのはその散らばった物でしょうか? ならば……」
 そう言いながら、寿限夢老人は数枚の権利書を取り出した。
「ふむ、これはお投げにならなかったようですし、この全国にある数点のマンション
の権利はまだ残っているようですな」
 それも辞退しようとする綾女に、4人と寿限夢老人の説得でそれだけは間違いなく
綾女の財産であるとされた。
「皆さん。私はこれから少し、ここを離れてなければならないのです」
「旅行か? ああ、いいとも。何か困った事があればすぐに連絡をしなさい」
「お前の『織り鶴グループ』が最大限のバックアップをするから」
「これは全部、綾女のものだ。綾女が受け取らないんなら、とりあえず預かってはお
くが、全部、綾女のものなんだからね」
 誰からとなく、グループの運営に三権分立のシステムが提案された。
 綾女と、どちらかの賛成がなければ無茶はしない、と。
 あれほどまで遺産に固執していた二組の夫婦4人がまるで別人のようだった。
(綾女様のお力か、私にはできない事だな)
 全てを許す寛大な心。これが「戦士」と「長」の器の違いなのかと臨は思った。
「寿限夢さん、申し訳ありませんが、しばらく留守にします」
「心得ております、おひいさま。後のことはこの寿限夢めにおまかせ下され」
「宜しく」
 寿限夢は夢紡家で起きた騒動を収拾すべく行動を開始した。
 旅立つ仕度をしていた綾女は、部屋にある古い織り機に手を触れ、もう一度、両親
の言葉を思い出してみた。

   一本の糸が紡がれてやがて一枚の織物となる……
   人も人と人との絆の糸を紡いで生きて、そして生かされているんだよ……

「お父様、お母様、私は参ります。人と人の絆を織り成すために」
 着物に身を包んだ綾女を待って臨は東の彼方へ向かって呟いた。
「硝子様、ご無事で……」
 綾女と臨は、まだ見ぬ夢守りの民の仲間を求め、京都から旅立った。

                  [つづく]【1998/08/08】


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 こうして綾女ちゃんは臨ちゃんと出会い、自分の天命を知ったわけ。
 やさしくて着物美人な綾女ちゃん。
 淑やかお嬢様だけど芯の強さはさすが大和撫子ね。

 頑張れ臨! 負けるな綾女!
 と、言うわけで今回はここまで!
 次回は、キュートでプリティな夢守りの民、硝子ちゃんの登場


3.「砕かれた心、ガラス細工の少女『硝子』」

 を、送信します。お楽しみに! では今宵も素敵な夢を!
 have a NICE DREAM ! あなたの夢に 臨空天神波!


 @ お知らせ & 大募集〜! @

 あなたの見た、不思議な夢、こわ〜い夢を 私、「夢語 望」に教えてくれない?

 Dガーディアンの感想も一緒にネ! (^_−)ミ☆

 もしかしたら あなたの見た夢が臨ちゃんや綾女ちゃん達、Dガーディアンの戦う
舞台になるかも!!
 どんどん聞かせて下さい。 おたより、待ってまーす☆
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲ 【第二稿 Ver.4】




 

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