YEW冒険譚
繰り返される悪夢 編
第壱夜 闇への誘い
3.雨の導き(ミチコ)
神殿で使う薬草を集める為に森に出ていた。
ミチコは手の甲に落ちた水滴に、薬草を摘む手を止めた。
「あら?」
空を見上げると、暗雲が広がっていた
「さっきまで、いい天気だったのに…」
溜息をついて荷物をまとめ始める。
それからほどなくして、雨脚は強まっていく。
ついには、30cm先すらも見通せない勢いとなった。
ミチコは帰路の足を速めた。
ミチコが薬草を取っていたのは森の入り口。
普通に歩いても10分もすればYEWの町に辿り着けるはずだった。
だが、どうだ?
既に雨が降り始めてから数十分は歩いている。
だが一向にそれらしいものは見えてこない。
全身が雨ざらしになって冷え切っている。
初夏とはいえ雨はまだ冷たい。
既に手先の感覚もなくなってきている。
辺りを見回したが、激しい雨の所為で自分がどこにいるかもわからなくなっていた。
近くには雨宿りできるような手頃な木も見当たらない。
「まいったわね。
迷っちゃったかしら」
生まれ育ったYEWの町のすぐそばで遭難なんて笑い話にもならない。
ミチコは少しでも見覚えのある風景を探すために辺りに視線を回した。
「!?」
人影が見えた気がした。
もし本当に人だとしたら今いる場所がわかるかもしれない。
そう思うと先ほど人影があったと思われる方へと自然と足が向いた。
「誰かいるの?」
返事はない。
だが、変わりに声が聞こえた。
雨にまぎれ、途切れ途切れではあったが確かに人の声だ。
「ったくー!! 何なのよ、この雨はー!!」
どこかで聞いたような気がする声。
あれは誰のものだったろうか?
雨に打たれ始めてもうじき一時間。
頭に靄がかかったようでハッキリしない。
その声が自分がよく行く酒場のウエイトレスの少女のものだと思い出すまでに
数瞬を要した。
三つ編みとそばかすが愛らしい少女だ。
活発でいつも酒場のムードメーカーになっていた。
髪形が似ていたミチコとも仲がいい。
「メイ?」
少女、メイに近づき声をかけると彼女もこちらに気付いたようだ。
「ミチコさん!?」
メイはミチコの姿を見つけると涙を流して抱きついてきた。
いつもは軽やかに揺れる彼女の三つ編みも今は雨で解れて
重く体に張り付いていた。
「もうさいってー!!
ここどこだかわかんないし、雨は冷たいしー!!」
ヒステリーを起こして泣きじゃくるメイの背中を叩いてやりながら
ミチコは溜息をついた。
(…今いる場所はわかりそうもないわね。
それでも一人で歩き回るよりましよね)
ミチコはメイの肩に手を置くと耳元に顔を近づけた。
雨音は激しく、こうしなければお互いの声が聞き取りづらい。
「落ち着いて、メイ!!
とりあえず、移動するわよ。
ここにいたんじゃ、凍えちゃうわ」
その声に少し落ち着きを取り戻したのかメイは頷くとミチコから離れた。
その時には彼女の顔には多少硬くはあったが笑顔が浮かんでいた。
そんな彼女達が雨の中に浮かび上がる洋館を見つけたのは
それから数分の後のことだった。
4.館(ミチコ)
「誰か!! どなたかいらっしゃいませんか!!」
ミチコが扉のノッカーを叩きながら声を張り上げる。
その声に答えるかのように扉が開かれた。
扉の影から藍色のメイド服を纏ったショートカットの少女が顔を覗かせた。
大きな愛くるしい瞳が驚いたように見開かれてミチコ達の姿を見つめた。
「ありゃ?
またお客様だ」
口元に手を当てて驚く少女は、次の瞬間慌てたように扉を開いて脇へと体をずらした。
そして深々と頭を下げた。
短い黒髪がその勢いに一瞬広がる。
「あ、申し訳ありません。
ようこそいらっしゃいました」
「いえ、実はこの雨に道を見失ってしまいまして…」
「はい、存じております。
部屋とお風呂の用意をいたしますので中にお入りください」
「え? よろしいんですか?」
いくらなんでもうまく行き過ぎの気がした。
何より仮に親切心だとしても、館に赤の他人を入れるなんて
メイドの一人が決めていいことじゃないはずだ。
だが、少女の次の言葉がミチコの疑問を消し去った。
「はい。 実は雨に追われてこちらにいらっしゃったのはお客様方で3組目でして。
この館の主のフェイ様からもなるべくお力になるようにと仰せつかっております」
「ああ、それで…」
ミチコは先ほどの少女の第一声を思い出していた。
先ほどの言葉はそういう意味だったのだろう。
だとしたら、ここは好意に甘えることにしよう。
何より体は冷え切っていて、いまさら雨の中に戻る気にはならない。
先ほどから一言もしゃべっていないメイのことも気になる。
冒険や荒事になれていないメイにはこの雨の中の強行軍は厳しいものだったのだろう。
早く休ませてあげたい。
「それでは、お願いできますか?」
「はい、こちらへどうぞ!!」
扉を潜るとそこは吹き抜けのロビーだった。
目の前には二階に上がる広い階段が見える。
雨の為にその全貌は確認できなかったが思った以上に大きな建物のようだ。
(そんな大きな建物、この辺りにあったかしら?)
もしかすると自分達はとんでもない方向へ進んでいたのかもしれない。
YEWに向かっていたつもりだったが、見当違いな方へ進んでいた感は否めない。
そう考えればここで建物を見つけられたのは幸運だった。
そんなことを考えていると横からタオルが差し出された。
目を向けると先ほどとは異なるメイドの女性が一人。
年齢は20代中盤といったところか。
長い金髪を頭の後ろで団子にまとめている。
少し大きめのメガネが掛けており、それが彼女をおっとりした雰囲気にしていた。
十分に美人と呼べる容貌をしている。
そんな彼女が差し出してくれた2つのタオルをお礼と共に受け取るとミチコは
その一つをメイへと渡した。
メイは緩慢な動作でそれを受け取ると髪の毛を拭き始めた。
それを確認してミチコもまた体の水滴を拭き取る。
「それではお部屋にご案内いたします」
「は、はい。お願いします、えーと…」
「私のことはクリスとお呼びください。先ほど扉の所にいたのがフィールと申します。
何か御用がございましたら遠慮なく御申付けください」
「あ、私はミチコです。この娘がメイ」
「ミチコ様とメイ様ですね」
「はい、ご迷惑おかけしますがよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」
ミチコ達がお互いに頭を下げ合っていると、上の方から聞き覚えのある声が
聞こえてきた。
「あれ? ミチコに……メイ?」
声のするほうに目を向けると二階のホール側の手摺から身を乗り出すように
こちらに手を振る少年の姿があった。
その少年はミチコの知る人物、リカードだった。
数少ない冒険者としての知り合いの一人だ。
線が細くよくかにまる達には女みたいだとからかわれていたのを覚えている。
実際、リカードは女顔でぱっと見は女性と間違われることもあるほどだ。
長い髪をお下げにしているのも原因なのかもしれない。
本人は結構気にしているようだが…
そんなに気にしてるのなら、お下げなんて切ればいいのにというのは
ミチコの心の声だ。
「リカード!? じゃあ、さっき言ってた先に来たお客様って…」
「はい、あちらにいらっしゃいますリカード様で御座います」
ミチコの疑問にクリスが律儀に答えた。
リカードがそれを見て口を開くより先にリカードの後ろから更に別の声が聞こえてきた。
「何やってんの、リカード。 誰か来たん?」
「どうしたの?」
リカードの影から覗き込むように姿をあらわした二人の人物。
ビネガとフロットだった。
この二人もまたミチコの冒険仲間だ。
ビネガはあまり声高には言えないが盗賊だ。
ミチコ自身、盗賊という職業を肯定することは出来ないが
世の中が円滑に動く為には必要な職業であることも理解している。
何よりビネガ自身は根が悪い人間ではない。
ミチコは何度となく盗賊業から手を引くように進めていたが
今のところ、成果はなかった。
ちなみに灰色がかった長い髪と妙なアクセントの言葉使いも特徴といえば特徴だろう。
フロットはリカードと大して年の違わない少年だ。
青いバンダナがトレードマークの冒険者。
鍵開け、精霊魔法、弓と器用にこなすが器用貧乏といった感が否めない。
とはいえ、本人もそれぞれを極め様とは思っていないようだが…
ミチコが視線をクリスに向けると彼女はにっこりと笑って頷いた。
「あちらの方々がミチコ様の前にいらっしゃった二組の方々で御座います」
やはり、彼らが先に来た二組らしい。
見知らぬ人間がいるよりはよっぽどいい。
しかし、彼らがこの屋敷に来たということは
やはりここはYEWの近くなんだろうか?
そんな疑問を抱きつつ、ミチコ達は二階の一室へと案内された。
リカードは何か聞きたかったようだが今は体を温めたかった。
ミチコがリカード達にその旨を伝えると彼らは頷いてそれぞれの部屋へと
帰っていった。
どうやら、それぞれに一室が貸し与えられているようだ。
部屋の中にはベッドの他にクローゼットやテーブルといった最低限のものが揃っていた。
部屋の脇には大きな鏡台まで備え付けられている。
よく掃除されており、部屋は清潔感に溢れている。
金持ちにありがちなゴテゴテとした飾りがないのも好感が持てる。
「くしゅんっ」
小さくくしゃみをすると、体の凍えを思い出した。
(とりあえず、お風呂よね)
それから、程なくして部屋のドアが叩かれた。
「ミチコ様、フィールで御座います。
湯浴みのご用意をいたしました。
よろしいでしょうか?」
「あ、はい。
今、開けますね」
ドアを開けるとそこには大きな桶を抱えたフィールの姿があった。
足元に置かれていたバケツからは緩やかに湯気が上がっている。
フィールは部屋にそれらを運び込むと桶に湯を張った。
「こちらが着替えになります。
よろしければどうぞ」
そういってフィールは一式の着物をタオルと一緒にテーブルに並べた。
今着ている服と同じ若草色のワンピースだ。
もっとも値段的にはあちらの方が遥かに高そうだが。
「すみません、何から何まで…」
頭を下げるミチコにフィールは微笑を返した。
「お気になさらないでください。
困った時はお互い様ですから。
それに、この館にお客様がいらっしゃる事はそれ程多くありませんので
お客様がいらっしゃるのはうれしいんです」
「そういっていただけると、助かります。
あの、メイはどうしていますか?」
「はい、メイ様の部屋にはクリスが湯浴みの用意をしていましたので
今は湯浴みの最中ではないかと思います」
「そうですか、ありがとうございます」
少なくとも凍えてはいないようだ。
体が温まって休みさえすればメイも生来の活発さを取り戻すだろう。
ふと、視線を感じて顔を上げるとフィールがじっと佇んでいた。
その手には小さめのタオルを持っている。
「あの、何か?」
「湯浴みのお手伝いをするよう、仰せつかっておりますので…」
「い、いえ!!
一人で出来ますので!!」
ミチコは真っ赤になりながらフィールを部屋から押し出した。
さすがにこの年で湯浴みを手伝ってもらうのは恥ずかしすぎる。
何よりフィーナは自分より年下なのだ。
「そうですか?
では、湯浴みが終わりましたらテーブル脇の紐を引いてください。
私達がお部屋にお伺いいたします。
それと、直にご夕食となります。
フェイ様もいらっしゃいますのでなるべく遅れないようお願いいたします」
「はい」
ミチコがテーブル脇に目を向けると確かに小さな紐が出ていた。
恐らく別室の部屋に通じているのだろう。
ミチコはそれを確認するとドアを閉め、桶へと向かった。
窓に打ちつける雨音と衣擦れ、そして僅かな水音だけが部屋に響いた。
湯浴みを済まして、フィールの用意してくれた服に袖を通す。
若干サイズが大きめではあったが気になるほどではない。
着心地も滑らかで逆に落ち着かない感じもするがすぐに慣れるだろう。
着替えを済ませ、言われた紐を引くとすぐにフィールがやって来た。
「お食事の用意が整いましたら御呼びいたしますので、それまでゆっくりと御くつろぎください」
フィールはそれだけ告げると桶と濡れた着替えを持つと部屋を出て行った。
ミチコは一人取り残された部屋の中で雨に濡れる外の景色を見ていた。
影しい雨と夜の闇に覆われて何も見通すことは出来ない。
それでも何か見えるような気がして、ミチコはクリスが食事に呼びに来るまで
じっと何も写らない外の風景を見続けていた。
5.気に入らんな(ビネガ)
ビネガはフロットと共にリカードの部屋へと来ていた。
リカードの部屋はビネガに割り振られた部屋とほとんど同じだった。
二階にある6部屋は全て客室として作られたものらしい。
恐らく他の部屋も似たようなものだろう。
職業柄、この館の大体の配置は予測できた。
未だ、主のフェイという人物には会っていなかったが家に置かれた
絵画や装飾を見る限りなかなかの金持ちだ。
センスも悪くない。
目立たないところにしっかりと金を掛けていて、それを嫌味に見せない。
思わず手が疼くような素晴らしい絵画やらもあった。
さすがに恩義を感じるから盗もうとは思わないが、目の保養にはなる。
ビネガは椅子に腰掛けると部屋を見回した。
リカードはベッドに腰掛けたまま欠伸をかみ殺していた。
フロットは背中を壁に預けて面白そうにこちらを見ている。
かっこうをつけているつもりなんだろうが如何せん年齢が足りない。
子供が背伸びしてる感は否めない。
ビネガが足を組むと正面に座っていたリカードが顔を赤くして
視線を逸らした。
妙に思って自分を見てみると短めのスカートの中から長く白い足が覗いていた。
ビネガは怪しく笑うと足を組みなおした。
ちらちらとこちらを見ていたリカードの顔が更に赤くなる。
薄く笑いながら視線をフロットに向けるがフロットは気付いていないようだ。
何か拍子抜けな気もしたが赤くなったりカードを見れば十分おもしろい、
「さて、と」
ビネガはリカードとフロットが視線に入るように体の向きを変えた。
ビネガの言葉にリカードとフロットが顔を上げる。
「おかしいと思わへん?」
「なにが?」
その言葉にリカードは不思議そうに首をかしげた。
フロットは特に何も言わない。
そういえば、この屋敷であってからずいぶんと静かだ。
疲れているのかもしれない。
まあ、あの雨の中を抜けてきたのなら無理もないが…
「まず一つはここがどこかってことや」
「クリスさんはYEWの付近って言ってたけど…」
「…あんなー、このうちがYEW付近にあるこんなでかい家を
知らんわけないやろ」
そう、ありえないのだ。
これほどの屋敷を自分が知らないなんて。
クリスというメイドに位置を聞いてみたがどうにも要領を得ない。
外は豪雨の為に現在位置を調べようもない。
だが、実際にここに館が存在するのは事実だ。
それを否定しても仕方ない。
「で、うちらがここに集まったこと」
「…変かな?」
「状況を考えてみ。
5人が一緒にこの館に来たんとちゃうで〜。
まず、うちとリカード。そしてフロットが…
最後にミチコとメイや」
「確かに一日に集まるにしては数が多いね」
「それだけとちゃうで。
うちは自分の方向感覚に自信を持ってんねん。
それでも、あの雨に降られてからそれがわかれへんようになったし。
森に詳しいはずのフロットかて道に迷ってこの館に辿り着いたやろ?」
今日は昼過ぎからリカードと共に宝捜しに向かっていた。
結局、その途中で雨に降られてしまって見つけることは出来なかったが…
雨に視界が遮られて歩くうちに、現在位置を見失ってしまった。
そんな事は今まで一度だってなかった。
…とはいえ、あれだけの雨だ。
道に迷ったとしても不思議はない。
ただ、少し引っかかりを感じた。
それは、館に濡れ鼠となったフロットを見た時に強まり
ミチコ達の姿を見た今では確信に変わっていた。
もっとも、それがなんなのかはわからなかった。
少なくともこの館やメイド達に不自然なところはなかった。
「で、どうしろってんだよ?」
「…別に」
「別にって…」
「気に止めておけってことや。
世の中、注意深くしてしすぎることはあらへん」
そういってリカードの視線から逃れるように窓の外に視線を移した。
相変わらず雨の勢いは強く、窓の外は漆黒の闇。
窓に映った自分の姿を見つめながら僅かに眉をしかめた。
(…なんか気に入らんな〜)
目の前に何かあるのにそれがないかわからない。
そんな違和感と苛立ち。
溜息と共に首を振ると灰色がかった長い髪がふわりと広がった。
ランプの明かりに照らされて幻想的に輝く。
(結局、フェイとかって奴に会ってみんとわからへんか)
そう結論付けた時、ドアを叩く音が響いた。
クリスの澄んだ声がドアの向こうから聞こえる。
「皆様、食事の用意が整いました」
(さてっと、ほなご対面といこか)
ビネガ達はドアを開き、食事へと向かった。
6.不思議な夕食(リカード)
案内された食堂は思ったよりも広かった。
大きな横長のテーブルに規則正しく椅子が並んでいる。
どうやらリカード達が最後らしい。
既に椅子にはみんな座って彼らの到着を待っていたようだ。
一番奥の席には壮年の男性が座っている。
すらりとした体格、少したれ目がちの目元に豊かな口髭を蓄えている。
服装とテーブルの位置関係を考えればこの男がフェイだろう。
外見で判断するのもどうかと思うが、少なくとも悪人には見えない。
その左隣には一人の少女。
年の頃は10歳を少し超えたところだろうか?
ウエーブのかかった栗色の髪と伏目がちの瞳が印象的だ。
将来はなかなかの美人になるだろう。
フェイの娘だろうか?
そう考えると、確かに目元に似通った雰囲気はある。
フェイの右隣、つまり少女の対面の席は誰も座っていない。
食事が並べられていないことを考えれば故意に開けているのだろう。
そして、その隣にはミチコ、メイと並んでいる。
リカード達が開いてる席に腰掛けるとフィールとクリスが食事を運んでくる。
程なくして、テーブルの上に暖かな食事が並んだ。
それを確認すると奥に座った男が口を開いた。
「皆さん、ご紹介が遅れてしまいましたね。
私が当館の主、フェイ=シグニールと申します。
こっちの子が私の娘のティスと申します」
フェイの紹介にティスがこくりと頭を下げる。
「あと、私の妻がいるのですが今は病に伏していまして
ここに来ることが出来ませんでした」
そういって申し訳なさそうに頭を下げるフェイ。
「いえ、御気になさらないでください」
ミチコの言葉にフェイの顔に笑みが浮かぶ。
その後、それぞれの自己紹介を済ませた後、夕食となった。
食事は鶏肉のスープも他の肉料理も絶品だった。
ティスも初めは人見知りしていたが、話が今までの冒険の話に及ぶと
目を輝かせてこちらを見ていた。
軽く酒も入って陽気になりながら少し誇張した冒険譚を話して聞かせた。
話が盛り上がったその時、ふと口にしたサラダの中に僅かな苦味を
感じて口を歪めた。
(げ、ラルの実が入ってるし…)
苦味を我慢して何とか飲み込む。
ラルの実は小指の先ほどの緑色の木の実でその苦味が味付けに使われる。
冬に取れる木の実の中では割とメジャー所だ。
栄養もあり体にいいのもわかっているがどうしても好きになれない。
(…え?)
考えてみればおかしい。
今は初夏だ。
何故、冬の果実が並んでいる?
そう考えてからテーブルに並んでいる食べ物をもう一度見てみると
目立ってはいないが春や秋に取れるはずの食材も並んでいた。
貴族特有のわがままなグルメってやつなのだろうか?
だが、フェイは少なくともそんな事にこだわるようには見えないのだが…
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「い、いや、なんでもないよ」
ティスの心配そうな声に我に返ったリカードは深く考えるのをやめた。
程よく回った酒の所為かあまり気にならなかった。
第一、聞いてどうなるものでもあるまい。
リカードは気を取り直して先ほどの冒険譚の続きを始めた。
食事が一段落つき、目の前には果物を凍らせたデザートが並べられていた。
穏やかな雰囲気の中、フェイが席を立った。
「私はこれで失礼しますが、皆さんはゆっくりとおくつろぎください。
雨もまだ降り続いているようですし、雨がやむまでこの館でゆっくりと
していってください。
何か困ったことがありましたらフィールかクリスに申付けてください」
「何から何まですみません」
「いえ、御気になさらずに。
それでは、失礼します」
ミチコの言葉に手を上げて答えるとフェイは部屋から出て行った。
ティスはそれに気付かないかのように凍った果実と格闘していた。
つるつると滑る果物をフォークで刺そうと必死だ。
その姿は愛らしく見ていて微笑ましい。
先ほどの冒険譚の反応といいどうやら、見た目ほどおとなしい
性格ではないらしい。
そんな姿に苦笑を浮かべながら、リカードはデザートの果実を口に入れた。
シャーベット状になった果実が冷たく心地いい。
その冷たさが酔いを覚ましてくれる。
そしてリカードは先ほどの奇妙な夕食に思いを馳せた。
(…注意しすぎてしすぎることはない、か)
食事前のビネガの言葉を思い抱きながら…
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