YEW冒険譚

第八章  決着



ドッゴーン!!!!


 爆音と共にミチコへと近寄ろうとしていたオークは弾き飛ばされた。

 辺りに爆煙がたちこめる。
 
 そんな中、女性の声が響く。


「駄目よ、ミチコ。
 そういう時は祈るんじゃなくて、信じるの。
 仲間をね!!」


 煙が晴れ、そこに現れたのは紫の長衣を着込んだ三つ編みの女性、
ポエム=カインドリーだった。

 左手に爆液の入った薬瓶を弄びながらポエムはミチコに微笑を向けた。
 そんなポエムにミチコとチヅルから驚きの声があがる。


「「ポエム(さん)!?」」
「チヅル、ミチコ。
 お久しぶり!!」


 ポエムの笑顔にチヅルの困惑が深まる。


「な、なんで?」
「やーねー、私は薬売りよ。
 怪我人がいるならどこにでも現れるわ」
「…でも」


 言ってることはわからなくもないが、滅茶苦茶だ。


(……でも、ポエムならありうるかな?)


 そんな考えも否定できないチヅルだった。
 チヅルの考えを読み取ったのかポエムは笑って言葉を続けた。


「なんてね。
 実はさっき森でこの村から逃げてくる人に聞いたのよ。
 まさか、あなた達がいるとは思わなかったけどね」


 それだけいうと、ポエムはミチコ達の方へと歩み寄った。


「さってと……」


 ポエムはココナに近づくとその症状を調べ始めた。

 暫く調べた後、背中の刺し傷を見つけると
そこに付着した毒物を確認した。
 ポエムは軽く眉をしかめるとチヅルへと声をかけた。


「うむ…これなら何とかなるわね。
 チヅル、5分でいいわ。
 こっちにオーク供来させんじゃないわよ!!

「りょーかい、任せなさい!!」


 チヅルの答えに頷くとポエムはミチコに薬瓶を渡した。


「ミチコはこれでも飲んでて。
 少しは回復するはずよ」
「は、はい」


 受け取ったミチコに目もくれず、ポエムはその場に座り込むと
懐の道具を取り出して薬の調合を始めた。


(……もうちょい、遅れたらやばかったかもね)


 そんな考えをおくびにも出さず、ポエムは黙々と作業を続けた。
 何より時間との戦いだった。




 ココナが意識を取り戻した時、目の前にポエムの姿が見えた。


「う……ポエム?」
「そ、命の恩人よ。
 感謝なさい」


 そういって笑うポエム。


「どう、動ける?」

 ポエムの言葉に軽く手を動かす。
 若干の痺れは残っているが問題はない。


「なんとかって、とこかしら」
「上等よ。
 じゃ、これ飲んじゃって。
 痛みが和らぐから」
「あんがと」


 ふと視線を転じれば、そこにはオーク達を相手に戦うラッコとチヅルの姿があった。


「ラッコ姉!!
 もう大丈夫なの!!」

「ええ、ミチコ達のおかげね。
 少なくともこいつらの相手は問題ないわ」


 そういってラッコはココナへと笑いかけた。
 少し前の死の影はなりを潜めていたが、それでも無傷というには程遠い。
 それでも、そこに立つラッコの姿はココナに安堵を与えた。


(よかった……でも!!)


 ココナはポエムに渡された薬を一息で飲みほすと立ち上がった。
 まだ、毒が完全に中和されてないのか体がふらつく。
 慌ててミチコがその体を支えようとするが、ココナはそれを手で制した。
 瞳に怒りを浮かべ、槍を握り締めるココナにポエムは冷ややかな視線を向けた。


「どこいくの?」
「…あの子供、許す訳にはいかないのよ」
「やめときなって、あんなのかにまる達に任せときゃいいの。
 ココナには他にやるべき事もあるんだから」
「…やるべき事」
「オークの数はもうそれほど多くないわ。
 戦線に復帰したラッコとチヅルでも何とかさばける程度にはね。
 だったら、やるべきことは一つ。
 怪我人の手当てよ」


 ポエムの言葉はわかる。

 でも、許せなかった。

 自分を…ラッコを騙し、傷つけ…そして、それを笑って行った少年を。


「…でも」


 躊躇いに口を開くココナにポエムは厳しい視線を向けた。


「何躊躇ってんのっ!!
 医者が目の前の患者を見捨ててどうする!!
 あんたは本来殺す側ではなく、生かす側でしょうが!!」

…!!
 ……そうね。
 ごめん、どうかしてた」


 うなだれて声を返すココナにポエムはにっこりと笑みを浮かべると
その肩に手を置いた。
 そして、ミチコへと振り返る。


「よしよし。
 んじゃ、行きましょ。
 YEWを代表する薬売り、医者、神官の美女三人。
 これだけ揃ってて無駄に人死なんか出させる訳には
いかないんだからね!!」
「はい!!」
「ええ!!」




 そんな3人の声を聞きながらラッコはチヅルに苦笑を送る。

「そうすっと、私たちは殺す側?」
「ぼやかないぼやかない。
 戦士も魔術師も因果な商売なんだから。
 でも、その先に救いがあると信じてるから戦える。
 私たちは殺すことで他人を救うのよ」
「…確かにね。
 じゃ、私らはお望み通り、派手に暴れてきますか!!」
「ええ!!」


 それだけ話すと二人は目の前のオーク達へと意識を集中した。


 全ての人間がすべき事を成せば……きっとうまくいく。

 そう信じて。






 イサの処刑斧の一撃をかにまるは辛うじて受け流した。

 その一撃に僅かに手は痺れ、漆黒のプレートにはうっすらと
浅い線が走った。


「ちぃっ、ちったあ手加減しろってんだ!!」
「…敵は……殺す!!」


 二人が戦いを始めて既に数分。
 魔力不足の為か、それとも単純に楽しんでいるのか
 ニールからの干渉はなかったが、だからといって事態が好転することもなかった。

 実力は伯仲。

 武器の差からか速度でかにまる、一撃の威力ではイサに部があった。
 だが、時と共にかにまるの動きが鈍ってくる。


 原因はいくつかある。

 一つは鎧。
 イサの着るリングメイルに比べ、かにまるの着ているプレートメイルの方が
明らかに重いのだ。
 普段なら気にもならない鎧が、今はうっとおしかった。

 2つは心的理由。
 暗示によって闘争本能の塊となったイサに対し、
かにまるには若干の躊躇いがある。


 それらは最初は僅かな違いでしかなかったが、
時と共に致命的に作用することはかにまるにもわかっていた。


 手がないわけじゃない。

 簡易呪文。

 本来ならイサも使うことが出来るのだが、今の状況で使えるとは考えにくい。

 今のかにまるにはそれだけが利点だった。
 だが、簡易魔法の疲労度を考えれば使えるのは一度。


 攻撃のタイミングは大体読めている。
 本来のイサからは考えられないことだが、暗示の所為で
攻撃が単調化してきているのだ。


(…イサが操られてるんじゃなく、自分の意志で戦ってたらきつかったかもな)


 そう考えてから、頭を振ってその考えを振り払う。
 そもそも、イサが操られなければ戦うこともなかった。

 普段に売られた喧嘩ならこんな悩むことはないのだ。


(ったく、世話かかせやがって)


 いくら単調化しているとはいえ、その一撃は強力無比。
 下手に受ければこちらが弾き飛ばされる。
 それを潜り抜けての一撃。

 正直、そこまでの状況に持っていくだけで至難だ。
 その上でイサを救うことなんて出来るのか…


(理想は、俺が颯爽とイサの一撃をかわして、一撃で昏倒させるんだが…)


 それが出来るなら最初からやっている。


(…手がねえ訳じゃなんだけどな)


 覚悟だって、もうずいぶん前についていた。

 かにまるは視線を一瞬ニールへと向けた。


(……あいつがいなけりゃーな)


 そんなことを考えていると、オーク達を片付けたチヅルとラッコが
かにまるの元へと集まってきた。


 そこでかにまるとイサの様子に気付いてチヅルが驚きの声を上げた。


「なっ?
 なにやってんのよ!?
 かにまる!!
 いさ!!」
「うるせえっ!!
 ちっと黙ってろ!!」


 イサの一撃をかわしながらかにまるが怒鳴り返した。

 そんなかにまるの苛立ちを面白そうに見つめていたニールが
チヅルに声を掛けた。


「あはは。
 じゃ、僕が説明してあげるよ。
 彼は僕の仲間になってくれたんだよ」


 楽しげなニールの声にかにまるが叫んだ。
 その瞳に憤怒の炎を浮かべて。

「だまれっ!!
 人のダチを好き勝手やりやがって…
 それ以上、好き勝手言うなら今度こそぶち殺すぞ!!」

「そんなことしたら、その瞬間に君の友人に殴られちゃうよ。
 僕に剣が届くより、彼の斧の方が早いんじゃないかな?」
「…くっ」


 事実だった。
 今の状況でイサに背を向けることは死を意味する。

 それに例えニールの元に辿り着いても、かにまるだけでは
あの魔法防御を打ち砕くことは出来ない。


(…いや、俺がそれをやる必要はないか)


 さっきまでとは状況が違う。

 そっと、かにまるは駆け寄ってきたチヅル達に視線を向けた。
 だが、その視線の意味に気付いたものはいない。

 ニールはゆっくりと首を振るとため息を一つついた。


「やれやれ、オーク達は全滅か。
 結構、数集めたつもりだったんだけどね。
 やっぱり計算道理って訳にはいかないよね」
「好き勝手やってくれるじゃない」


 チヅルがニールの言葉に弾かれたように詠唱を始める。


 魔法の雷はニールに届く直前に光の壁によって弾かれて消えた。


「!?」


(魔術まで防ぐの?)


 完全に効くとは思っていなかったがあそこまで完璧に防がれるとは
予想外だ。
 驚きの表情のチヅルにニールは余裕の笑みを浮かべた。


「やだなあ、今更そんなのが効くわけないじゃない。
 あんまり、がっかりさせないでよ」


 そんなニールの声を遮るようにかにまるが口を開いた。
 その視線はイサへと注がれたままだ。


「…ちー、ラッコ」
「…何よ?」
「何?」
「奴の防御魔法はあいつが攻撃を認識できなければ発動しない」


 一瞬、かにまるが何を言ったのかわからなかったが
すぐに理解する。
 そして、その防御を抜けることが以下に困難かも…


「…なるほどね」
「でも…やっかいね」
「……奴にダメージを与えるのは不可能じゃない。
 事実、俺とイサは奴を追い詰めた。
 奴の魔力を考えても癒しにまわすだけの魔力は残っていない。
 その証拠に俺が貫いた腹の傷は未だ癒えてはいない」


 …何か変だった。

 チヅルはかにまるの言い様に僅かな違和感を感じた。


「…かにまる?」
「奴の予測を超えろ。
 一人で無理でも二人ならいけるだろう」
「二人って…かにまる!?」


 慌ててかにまるへと視線を向けるが
かにまるは気にした風もなくイサを睨みつけたままだ。


 その瞳に決意の色を浮かべて…


「俺は……イサを止める」
「止めるって……まさか!?」
「ちょ、ちょっと!!」
「あとの事は……任せたぜ」


 それだけ伝えてかにまるは駆け出した。

 既にやることは決まっていた。
 ニールのことはチヅル達に任せればいい。


 自分は…イサを抑える!!

 
「大気に宿りし万能なるマナよ!!
その力、集いて不可視の鎖となれ!!
束縛の枷となりて、敵を封じよ!!!」


「Clumsy!!!!」


 かにまるの詠唱と共にイサの動きが一瞬鈍る。


「うがぁぁ!!!」
 

 だが次の瞬間、イサの烈迫の叫びと共に全ての効果が打ち消される。


 しかし…


「遅ぇっ!!」


 その一瞬の間にイサの懐へと飛び込んだかにまるの剣撃がイサの
頭部目掛けて振るわれる。

 イサもまたそれを気にすることなく、射程に入ったかにまるへと
処刑斧での一撃を放つ。


(……あとは、任せるぜ)


「うぉぉぉぉっ!!!!!」
「がぁぁぁぁっ!!!!!」



 かにまるとイサの叫びの中。
 
 二人は同時にお互いの一撃を受け、そして倒れ伏した。


 ラッコの目には若干かにまるの一撃が速かった様に見えた。

 だが、相手がイサではその程度のことは大して意味がないこともわかる。
 例え、先に敵に首を飛ばされ様と振り下ろされた処刑斧が止まる事はない。
 その一撃の威力は、使い手が死してなお必殺の力を持つのだ。
 だからこそ、かにまるは今まで受けに徹していたのだろう。

 後に残るニールとの戦いを考えて…

 だが、自分たちが辿り着いたことでその必要はなくなった。
 かにまるは自らの命をかけてイサを止めたのだ。

 そう、殺したのではない。

 かにまるが狙った場所はイサの兜の最も装甲が厚い場所だ。
 かにまるのブロードソードではその装甲を打ち砕くことなど
出来はしない。

 だが、あれだけの加速をつけた一撃だ。
 衝撃は兜を通して頭部へと抜ける。

 イサに意識は既にないだろう。

 かにまるの苦肉の策だ。
 まさしく命がけの…

 もっとも、この場所にいる人間では自分以外にそれが
見えたかどうか疑問だが。


 そんな考えを裏打ちするかのようにニールの笑いが響く。

「あはは。
 相打ちかぁ。
 劇的な最後だね」
「あんたはっ!!」


 その笑いに弾かれるようにラッコがニールへと斬りかかる。

 許せない。

 全てを忘れてそれだけが一瞬頭を支配した。
 相手の姿ももう気にならなかった。


 渾身の力を込めた一撃。

 持てる技量全てを使った乱撃。


 …その全てが光の壁に弾かれた。


「なっ!?」
「無駄だよ。
 確かに、魔力は減ってきてるけどね。
 それでも、そんな傷だらけのあなたの攻撃なんて
全然怖くない。
 さっきの人たちのほうがもっと早かったよ」
「くっ!?」
「ラッコ!!」


 言葉と共に弾かれた魔力弾を辛うじてかわしながら
 ラッコはチヅルのいる位置まで下がる。

 チヅルは視線をかにまる達へと向けるが二人は倒れたまま動く様子はない。
 すぐにでも助けに向かいたいが場所がニールに近すぎた。

 チヅルの口が焦りに歪んだ。


「まったく、嫌んなるわね」
「ほんとね。
 ……予測を、超えろか」
「まったく、簡単に言ってくれるわよね」
「ほんと」


 そんな簡単に出来ることではない。
 かにまるとイサに出来たからといって、それは二人が
多くの死線を共にした仲間だからだ。

 今までラッコ達と何度か冒険したことはあったが
そんなコンビネーションが必要な事はなかった。

 ラッコと自分ではいまいち不安が残るのだ。
 どちらが悪いわけではない。

 チヅルにとっての息の合った仲間はかにまるとイサであり、
ラッコにとってのそれがココナとフロットだということだ。


 悩むチヅルの横でラッコが呟きを漏らした。


「あれなら……」
「何か、手があるの?」
「…ううん、無理だわ。
 せめて、あと一人。
 ココナがいれば勝てるかもね」


 そういって、苦々しく呟いたラッコの声に答えるものがいた。


「呼んだ?」
「ココナ!?」
「私たちもいるわよ」
「はい」


 そこには村人の治療に駆け回っているはずの3人がいた。
 ラッコが驚きの声を上げる。


「あんた達、村人の救助はどうしたのよ?」
「一応、最低限の手当ては済ませて来たわ」
「これ以上の手当てはけりがついてからね。
 なにより、私もそこの奴が許せない一人なの」
「みんなで、やりましょう」


 ミチコの言葉にラッコは静かに頷いた。


「これで…いけるかも知れない」


 一瞬、ニールへと視線を向ける。
 ニールは笑顔のままこちらを見ている。


(…余裕?
 いえ、かにまるの言葉を信じるなら魔力の回復ね。
 ほっとくと、こっちが不利。
 とはいえ、今は助かるわ)


 ニールとラッコの位置には距離がある。
 少なくとも聞き取られることはないだろう。
 ラッコは念のため口元を軽く隠し静かに作戦を告げた。


 周りから驚愕の声があがる。


「!?」
「ちょっと、それって!?」
「ラッコ姉、本気なの!?」
「そこまでしないと駄目な相手なの?」


 ポエムの言葉にラッコは頷くと、倒れたかにまる達へと
視線を向けた。

 そこで初めてかにまる達に気付いたのかミチコ達は
小さく息を呑んだ。


「…それはかにまる達が証明してる。
 何より、ぼろぼろの私たちに出来る事なんてそんな多くないでしょ?」


 そういうラッコにチヅルが重々しく頷いた。


「勝算は?」
「勝てるとは思うわ。
 というか、これで駄目ならお手上げね」


 両手を上げてわざとお茶らけて見せた。
 だが、どこかに迷いがあったのかもしれない。


「ラッコ姉は……それでいいの?」


 その所為か、ココナの声はやけに胸に響いた。
 ラッコはココナに優しげな笑みを向けた。


「みんな、がんばってるからね。
 わたしも姉貴分としての意地を見せないとね」


 だが、ココナは小さく首を振る。


「やだ!!」
「ココナ?」


 普段の冷静なココナからは想像もも出来ない姿。
 迷子の子供のような、そんな弱さが見えた。


「私……
そんなのやだ!!
 ……できないよ、ラッコ姉」
「それでも、やるのよ」


 ラッコはココナの顔に手をやるとそっと目元を拭った。
 ラッコの手に残る暖かな雫。

 その様子をじっと見ていたミチコは表情を厳しくして
ラッコの元にと近づいた。


「私も、賛成できません」
「…ミチコ」
「でも他に手がないのもわかります。
 だから、死なせません!!
 ね、ココナ」
「…うん、絶対助ける」


 そういってミチコはココナに微笑みかけた。
 それに答えるように頷くココナ。
 その瞳には決意の光が見える。

 見ればチヅルもポエムもラッコへと微笑を向けていた。
 ラッコはそれを見ると答えるように笑顔を浮かべた。


「ええ、当てにしてるわ!!」


 話が一段落した所でニールが待ち構えたかのように声を掛けてきた。


「話は終わった?」
「ええ、待たせたわね」
「どんな相談したか、気にはなるんだけどね。
 さっき、好きにやらせてちょっと痛い思いしちゃったし
 とりあえず、防がせてもらうよ」
「防げるかしら?」


 そういって笑いかけるラッコにニールも笑みで答えた。


「出来るさ。
 少なくとも、同じ手はもう使えないよ」
「同じ手ね…」

 といっても、ここにいる人間はかにまるとイサが
どうやってニールを傷つけたか知りようはないのだが
それをニールが警戒するのは当然かもしれない。

 ニールが得意げに言葉を続ける。


「そうだよ、例えば…」


ドッゴーン!!!!


 突然の爆発。
 ニールに激しい衝撃波が襲い掛かる。
 辺りに爆煙が満ちる。

 その煙の向こうには爆液のポーションを持ったポエムの姿。
 ポエムは笑いながらニールのいたであろう場所に声をかけた。


「…不意打ちみたいな、かしら?」
「……そうだね、この程度じゃなんでもないよ」
「な!?」


 煙の向こうから平然としたニールの声が響く。
 思わず驚きの声が漏れる。


(はなっから、これで片がつくとは思ってなかったけど……
 ちったあ効きなさいよね、まったく)


 だが爆発が起きた時、既に他の4人は動いていた。

 そう、もともと攻撃が目的ではない。
 爆発による爆煙によってニールの視線を塞ぐこと。
 それがポエムに与えられた役目だった。


「この煙、邪魔だな」


 ニールが術で煙を晴らすと同時にニールを中心に火柱が上がる

 爆音に紛れるように詠唱を続けていたのだ。
 わざわざ、爆発の後にポエムがニールの注意を引いてくれていた。
 気付かれてはいないはずだ。


 だが…防がれた。


 炎は辿り着く直前に光の壁によって阻まれた。


「目くらましに合わせようと、効きはしないよ」


 そこにラッコが若干のタイミングのずれを伴い
ニールの死角から斬りかかる。


「うん、それも読んでる。
 次は槍のお姉ちゃんが来るのかな?」


 光の壁でラッコの刀を弾く。
 だが、ラッコは口元に笑みを浮かべる。


「当たりよ。
 でも…ここまで読めたかしら?」


 その瞬間、ラッコの腹部から漆黒の槍が現れた。

 驚愕の顔のまま、貫かれるニール。


 ラッコの後ろには涙で顔を濡らしたココナの姿。
 その手には漆黒の槍。

 そう、ココナはラッコごとニールを貫いたのだ。


「…ま、まさか!?」


 ニールは自分の胸に吸い込まれた槍を呆然と見つめていた。



 それがラッコの考えた作戦だった。
 付け焼刃のコンビネーションが効くとは思えなかった。
 何より傷だらけで複雑に動くことは出来ない。
 ならば、ニールが想像し得ない方法を取ればいい。
 無謀と言っていい手だが勝算はあった。

 ニールはここまで自分たちの戦いを見てきたのだ。
 自分たちが仲間をどれだけ大切に思ってるか。

 ニールはそれを知っている。

 だからこそ、この自分を犠牲にする手段は成功すると思った。


 そして、その賭けに勝ったのだ。


 ラッコは満足そうに微笑むとゆっくりと倒れこんだ。
 その勢いでニールから槍が抜け落ち、大量の血が噴出した。

 ココナはニールには目も向けずラッコへと駆け寄った。
 待機していたミチコとポエムも駆けて来る。

 ココナは槍を動かさないよう細心の注意を払いながら
ミチコ達の到着を待つ。

 既にラッコの意識はない。
 流れ出る血もさることながら
 呼吸も停止しようとしていた。
 
 ミチコ達がつくとココナは視線を合わせた。


「ミチコ、タイミングを合わせて。
 槍を抜くわ」
「はい!!」


 ミチコが術の詠唱に入る。
 槍が引き抜かれるのと術の効果が現れたのはほぼ同時。
 ココナがポエムのサポートの元、止血作業に移る。

 最重要の器官は避けたとはいえ、それでも臓器の何割かは
損傷しているのは間違いない。
 そうだとすれば、手持ちの道具だけではとても足りない。
 血の流れも考えれば、ミチコにかけるしかない。
 だが、それでもココナは手を止めることはなかった。





 その時、地の底から響くような声が聞こえた。


「…一度ならず、二度までも……」


 しわがれ、かすれた声。
 まるで老人の声だ。

 一瞬、それが誰から発せられたかわからなかった。

 ココナ達が視線を向けた先には憤怒の視線を向けるニールの姿。
 全身を朱に染めて、なお立っていた。


「楽に死ねると思うな、小娘共!!」
「な!?
 あの傷でまだ動けるの?」
「……化け物ね、ほんとに」


 ポエムのその言葉に反応したかのようにニールの顔が歪む。


「化け物か……言ってくれるな小娘。
 だが、その代償は高くつくぞ!!」

「がっ!?」


 言葉と共に打ち出された魔力弾によってポエムの体が弾き飛ばされた。
 もともと戦闘経験自体は少ないポエムにその攻撃は避け様はなかった。


「…まいった、わね」


 ポエムがうめく。
 意識は失っていないのが幸いだが、暫くは動けそうもない。


「……殺してやる、ワシがじきじきにな」


 そういって、ニールがゆっくりと歩みよる。
 咄嗟にココナが投擲したナイフはあっさりと光の壁によって弾かれる。


「待っておれ。
 貴様らもすぐに同じ所に送ってくれる」



 そういって狂気の笑みを浮かべるニール。
 その時、ニールの視界に動く影があった。

 漆黒のリングメイルと処刑斧。
 
 イサだ。

 イサは立ち上がると僅かに首をめぐらせた。


「…敵……敵はどこだ?」


 その言葉を聞いたニールは口元に邪悪な笑みを浮かべた。
 ゆっくりとイサの元へと歩み寄る。


「敵なら。
 ほら、そこにいる」



 そういってチヅル達を指し示す。
 イサはそちらに目を向けるとゆっくりと斧を構えた。


「…敵は……殺す!!」
「イサ!?」


 イサの様子にチヅル達の顔に絶望の色が浮かぶ。
 既にニールさえも手におえない状況だというのに…

 イサはニールと共にチヅル達の元へと近づき、
無言のまま、処刑斧を振るった。


 そして、その斧は……


 背後からニールの肩口を深く切り裂いた。

 刃は間違いなく心臓へと達している。


 ニールは驚愕のまま、イサへと振り返った。


「言っただろうが、敵は…殺すってな」
「イサ!!
 暗示が解けたの!?」

「馬鹿な、そんな簡単にあの暗示が……」


 驚きのチヅル達の声。
 未だ信じられないという表情でイサを見つめるニール。

 そしてそのまま崩れるように倒れる。


「……ああ、簡単じゃねーよ。
 ダチを斬った感触が……まだ、残ってやがる。
 あれほどの屈辱と怒り、初めてだ!!」


 吐き捨てるように叫ぶイサ。
 無論、それだけではない。

 かにまるの頭部への一撃によってほんの僅かな間、
暗示の効果が薄れた。

 その一瞬に味わった友を傷つける感覚。

 自分への不甲斐なさ、ニールへの怒りがその瞬間、
イサを縛っていた暗示を打ち崩した。

 そこで、イサは暗示にかかった振りをしてニールへの止めを
さす機会を窺っていたのだ。

 もっとも、頭部のダメージからまともに動くことが出来なかったというのも
理由の一つではあるのだが。



「人の心を操ろうとした報いを受けろ!!」


 イサの叫びに、ニールの顔が歪む。


「…報い?」


 ニールの顔に浮かんだ表情は怒りというよりも泣き顔に近かった。


「…貴様らに……何がわかる…
 ……ずっと…一人だった…んだ。
 化け物と…呼ばれ……
 …仲間だと…思ったものに……裏切られ…
 何時も…懐疑と…不安が……
 ……消えることなんて…なかった」



 出血の所為か視線は虚ろだ。
 既にニール自身何を言っているのかわかっていないのかもしれない。


「この世に…優しさ…なん…て…ありは…しない。
 仲間なんて…いないんだ」

「…ニール」


 ミチコが悲しげに呟くが、その声はニールには既に聞こえていないようだ。


 …ただ、ニールの言葉が続く。


「永遠に…変わらない忠誠を……
 …温もりを…優しさを求めて……何が…悪い…
 自分と同じ存在を求めて…何が…悪い……」



 その呟きを最後に、数十年の時を生きた邪術師ケイオン=ニールは
その孤独に満ちた生涯に幕を下ろした。


 それは、この一連の戦いの終結もまた意味している。
 だが、それを喜ぶ声は誰からもあがることはなかった。


 …ただ、重苦しい沈黙だけが残った。



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